写会人日記

2017年11月14日

読まずに死ねるか「新聞記者」

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「そのような指摘はあたりません」「全く問題ありません」正面から問いには答えず、はぐらかし、すかし、根拠も言わず否定する菅官房長官の会見。「菅話法」と呼ばれる一方的にコミュニケーションを断ってくるそんな菅に突っ込むこともなく大人しく引き下がる記者クラブの記者たち。「そこ突っ込まんと何してんねん、てめえたちパソコン叩くカカシか。公式見解を垂れ流すだけなら要らんやろ」と怒りでテレビを壊しそうになるので見ないようにしていたら、この6月くらいからあの菅の顔色を変えさせるくらいの鋭い質問をしつこくぶつける記者が出てきて話題になっていた。「東京新聞の望月です」「きちんとした回答をいただけていると思わないので繰り返し聞いています」望月衣塑子記者だ。いいぞ。それでこそ記者会見だ。その後も菅官房長官の菅話法を使ったはぐらかしは続くのだが、望月記者の「知りたいことを的確に突く質問攻撃で、いかに菅がいい加減で、何も答える気がないかを国民の前にさらけ出すことになったのだ。「承知していません」「当たりません」は相変わらずだが「仮定の質問には答えられません」「総理がおっしゃった通りです」「主観に基づく質問には答えられません」「防衛省に聞いてください」挙句「ここは質問する場ではありません」と。この発言に至っては「そしたら何の場やねん」という国民がツッコマないとおれないような、後世に語り継がれるほどのボケで、結局彼は何も応える気がない。あるいは応えられないから応える気がないように見せているということがわかったのだ。
 質問を封じる会見……。一体どうなってしまったのだ。官房長官会見だけではなくてあらゆる政府の会見が政府広報の場のようになってしまっている気がする。
 ”記者と質問”で思い出したことがある。CBSイヴニングニュースのキャスター、ダン・ラザーは「質問することは最も重要だ。”やめろ”と言われたり”偏向だ”と批判されたりしても、質問しなくなったらこの国は終わりだ。わたしはそう信じている。だから頑張れ」と取材記者を諭していた。
 嫌がる質問をしないのならそれは記者としては”死”を意味する。だから予定調和的記者クラブの会見はお通夜のようなのだ。木魚がパソコンに替わっただけだ。
それにしても望月記者の奮闘は素晴らしい。まだこの国にも少しは希望があると思わせてくれた。
他の記者も頑張ってほしい。ダン・ラザーにならって次の言葉をおくっておきます。
「courage ! (勇気を!)」