写会人日記

2018年04月10日

可朝さん逝く。いやほんま。

98604381 月亭可朝さんがお亡くなりになった。とんでもなく辛い。今世紀中は喪に服させていただくという固い決意のもと、「『裏の人間国宝』月亭可朝の芸と人(にん)を保存する会」(可朝本人と松枝忠信さん、それにわたしの3人)のプロジェクトリーダーとしては過去のブログ記事を引っ張り出して可朝さんのご冥福を祈ること、になるかどうかわからないけど、貼っつけておくことにします。信じられんわ。いやほんま。



いやほんま    2008年06月19日
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 ほんまでっせ、いやほんま。ほんまにほんま、いやほんま。そらぁ、ほんま、ほんまにほんま、いやほんま。15分間「ほんま」しか言わず高座をおりたという逸話の持ち主。てなことを言えばきりがないほどのエピソードがあって、まさに落語界の横山やっさん。月亭可朝さんといえば「ボインは〜」のイメージが強く、落語、しかも古典をやるなどとはちょっと考えられないが、実は桂米朝師匠の一番弟子。小米朝を名乗ったこともある。
 2年ほど前から本格的に落語をやるということで羽織袴で(カンカン帽はかぶっていたが)ポスター用の写真を撮ったが、今回は落語の殿堂繁昌亭での高座。わーい、可朝が落語に帰って来た。てわけで喜び勇んで写真を撮りに行った。「いや、ほんま、ほんまにほんま、思い出しながらやからなかなかスムーズにいかんかったわい」と楽屋で言っていたが、繁昌亭の昼席。立ち見が出るほどの満員のお客さんは大喜びだったのでした。
 可朝さんと初めて会ったのは35年ほど前。当時女性週刊誌の駆け出し記者をやってたわたしの取材に応えるため、取材内容はたしか女性問題でデリケートな内容だったにもかかわらず、夙川の駅まで外車で迎えに来てくれ、家まで連れて行ってくれたのを覚えている。その家はその後火事で丸焼けになるという不幸にもみまわれたが、いつもサービス精神いっぱいで、平気な顔で乗り越えて来た(はず)のでした。ここで落語に没頭していただければすごい名跡となるはずです。でも、ふらっとどこかへ行ってしまうんじゃないかという一抹の不安がぬぐえません。そう、そこが月亭可朝の可朝たらしめている部分なのでしょうが。



夏の終わり、いやほんま  2010年09月01日
98604381 「ボインは〜」や、参院選立候補時の公約「男湯と女湯の仕切りをなくします」や、賭博やストーカーで逮捕などで破天荒な芸人のイメージが先行している月亭可朝さんですが、その通りです。
 ただ落語家月亭可朝という側面は(というよりこちらが正面なのですが)あまり知られていません。実は桂米朝師匠の一番弟子で古典落語の優れた演者です。わたしは最後の「芸人らしい芸人」可朝の部分も好きですが、まじめに落語に取り組む可朝さんも好きで、その姿を記録しようと立ちあがった「可朝落語記録プロジェクト」のプロジェクトリーダーです。他にメンバーは、おりません。わたしがやらねばだれがやる、f8763869です。いやほんま。
 この日の高座は繁昌亭の昼席「都んぼ改め米紫襲名披露特別興行」でした。同門ですが超高弟の可朝さんに楽屋で対面した米紫さんの緊張した表情が印象的でした。可朝さんにはもっと落語の機会を増やして、落語家月亭可朝の上方落語におけるポジションをさらに固めて後輩の範となって欲しいと思ったのでした。わたしはそれを記録する。これって、いわば貴重な財産を保護し記録するユネスコの活動に似ていると思うのですが、どうでしょう。いやほんま。



大阪生國魂(いくたま)の変   2010年09月06日
f7b23984 生國魂(いくたま)神社で毎年開かれている上方落語家の大文化祭「彦八まつり」に可朝さんが出るということで、落語家月亭可朝保護育成記録会としてはこれは行かねばなりません。参集殿での「わたしはこれで売れました!?(〜なつかしのあのネタ、この芸〜)」です。演者さんは、月亭可朝、桂福団治、桂ざこば、桂小枝、嘉門達夫などすごいメンバー。だがメンバー見た段階で気づくべきでした。今回は"落語家"可朝ではないと。
 で、行ってみれば、やはり「嘆きのボイン」「出てきた男」の可朝さんです。でもまあ、これが受けるんです。袖で見ていたざこばさんも涙を流さんばかりに笑ってました。「保存会」の趣旨とはちょっと違うがいいんです。ギター漫談も落語も一緒や。「そら、違うでぇ」こだまさんならすかさず突っ込みます。「米朝師匠がギター持ってボインとか言いまっか」そらそうです。一緒ではない。でも可朝さん的には一緒ということで理解していただきます。可朝さんのすぐ後にあがった嘉門達夫がまたおもろい。「裏の人間国宝・可朝師匠のあとで、028bd388同じようにギター抱えてきてやりにくいというか、やりやすいというか。破門された落語家が出てきてええんやろかと思うんですが、鶴光師匠が来てないのでわからんようにやらしてもらいます…」と言いつつ例の「替え歌シリーズ」や「鼻から牛乳」で客席を大いに沸かすのでした。この舞台には英語落語で人気のわが友・桂かい枝くんも出ていて、お客さんの自尊心をくすぐるコジャレたネタでウケておりました。懐かしの福団治師匠の「ペケペン小噺」も聴かせてもらって、この達人たちの「芸」におおいに鼓舞されたわたしでした。これはうかうかしてられんな、と。何のこっちゃ。


保存会発足す  2010年09月10日
78e006fa「『裏の人間国宝』月亭可朝の芸と人(にん)を保存する会」がついに発足しました。きょうその最高首脳会議が神戸北野の「六甲荘」で開かれました。いまのところ保存会の会員はこの最高首脳の3人のみです。今後増える見込みもなさそうですが、この3人組は超強力です。なにしろ本人も入っています。さらに芸能界でこの人を知らない人はもぐりといってもよいほどの芸能ジャーナリズムのの重鎮松枝忠信さんです。それに、わたし、と。これがほんまの「なんじゃそら3人組」です。いやほんま。どうなることやらほんまにほんま、いやほんま。


<付録>
がんばれ可朝 中指の誓い  2008年08月28日
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 義父の本葬のため、可朝謝罪会見に出席できないのでうちのスタッフT嬢に行ってもらう。会見中、今度の事件を「嘆きのボイン」をもじって歌ったことがワイドショーのあほコメンテーターたちの顰蹙をかっていたが、可朝に良識を求めてどうすんねん、八百屋で魚は売ってません。大川興業の総裁は芸人の魂を見たと絶賛。そう、芸人なのである。芸能人ではなくて芸人。芸人を名乗る一般人ばかりが氾濫しているが、一般素人が手出しが出来ない領域に達してこそほんまもんの芸人。ま、誰も手を出したくなるような領域ではありませんが。横山のやっさん亡き後、破天荒な芸人は彼しかいない。 
 そもそも、今回の事件(とも呼べんと思うが)は痴話げんかの延長で、反省の色を見せていないとメディアは喧しいが、そらそうです、反省してないもん(わしの推測だが)。ただ残念なのは、会見で歌ったのはよいがすべったことである。そしてその空気にさすがの可朝もとまどって、用意していた二の矢が継げなかった(のだろうと思う)。
 T嬢の撮って来た写真を分析した結果、左手の中指に書かれた「おしおき」の文字を発見。おそらくネタだったのだろうが、できることなら最後まで貫いてほしかった。月亭可朝に、女房を泣かせ、借金まみれで、邪道落語と呼ばれ、なお愛された初代桂春団治を重ねるのは私だけではないだろう(わたしだけか? ちょっと不安)。あとは何も考えんと芸道に精進してほしいのであります。たのむわ。いやほんま。