写会人日記

2018年06月23日

「生きる」14歳少女の平和の詩

35973142_1000596800107266_5879575800319049728_nきょうは沖縄慰霊の日。パソコン作業中にFB友がライブで中継してくれた沖縄全戦没者追悼式。そしてそこでの浦添市立港川中学校3年相良倫子さんの平和の詩「生きる」の朗読。さあこれを見てしまったものだから大変。涙が出て出て作業するどころではなくなった。何回も聞いた。「みなとがわちゅうがっこうさんねんさがらりんこ」もうそれだけで涙が出る。すばらしい。原稿に目を落とすことなく滑舌良く抑揚を抑え気味に発する言葉はそのどれもが瑞々しく心に届いてくる。彼女の目の前にいた誰かとは比べるべき基準すらないが、こういう若い人がいる限り希望は捨ててはいけないと強く思う。ぜひ聴いてほしい。



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73年前、日米両国で20万人以上が犠牲となり、県民の4分の1が命を落としたとされる沖縄戦の組織的戦闘が終結したこの日、糸満市摩文仁の平和祈念公園では戦没者の追悼式が営まれた。

式では、浦添市立港川中学3年の相良倫子さん(14)が、平和の詩を朗読した。

生まれ育った島の美しさ、忘れることのない戦禍の悲しみ、平和への誓い。真剣な眼差しで会場を見渡し、力強い口調でこう訴えた。

「あなたも感じるだろう。この島の美しさを。あなたも知っているだろう。この島の悲しみを」

「私は手を強く握り、誓う。奪われた命に思いを馳せて。心から誓う。私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを」

「もう二度と過去を、未来にしないことを」

激しい地上戦を生き抜いた曽祖母の体験から「平和とは当たり前に生き、命を精一杯輝かせて生きること」と考え、紡いだという詩には「生きる」と名付けた。

相良さんの姿にTwitterでは「圧倒されて鳥肌がたった」「本当の平和とは何かを自分の言葉で訴えてくれた」「誇り高くて、頼もしくて、平和への決意に溢れていて。こんな素晴らしい若者がいることに嬉しくなった」などの反響があった。

全文は以下の通り。

私は、生きている。

マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、草の匂いを鼻腔に感じ、遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。

私は今、生きている。

私の生きるこの島は、何と美しい島だろう。

青く輝く海、岩に打ち寄せ汗しぶきを上げて光る波、ヤギの嘶き、小川のせせらぎ、畑に続く小道、萌え出づる山の緑、優しい三線の響き、照りつける太陽の光。

私はなんと美しい島に、生まれ育ったのだろう。

ありったけの私の感覚器で、感受性で、島を感じる。心がじわりと熱くなる。

私はこの瞬間を、生きている。

この瞬間の素晴らしさが、この瞬間の愛おしさが、今という安らぎとなり、私の中に広がりゆく。

たまらなくこみ上げるこの気持ちを、どう表現しよう。

大切な今よ、かけがえのない今よ、私の生きるこの、今よ。

73年前、私の愛する島が死の島と化したあの日。小鳥のさえずりは恐怖の悲鳴と変わった。

優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。

青く広がる大空は鉄の雨に見えなくなった。

草の匂いは死臭で濁り、光り輝いていた海の水面は、戦艦で埋め尽くされた。

火炎放射器から噴き出す炎、幼子の泣き声、燃え尽くされた民家、火薬の匂い。

着弾に揺れる大地。血に染まった海。魑魅魍魎のごとく、姿を変えた人々。阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。

みんな生きていたのだ。

私と何も変わらない、懸命に生きる命だったのだ。彼らの人生を、それぞれの未来を。疑うことなく思い描いていたんだ。

家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。仕事があった。生きがいがあった。

日々の小さな幸せを喜んだ。手を取り合って生きてきた、私と同じ、人間だった。

それなのに。壊されて、奪われた。

生きた時代が違う。ただ、それだけで。無辜の命を。当たり前に生きていた、あの日々を。

私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを。

もう二度と過去を未来にしないことを。

全ての人間が、国境を越え、人種を超え、宗教を超え、あらゆる利害を超えて、平和である世界を目指すことを。

生きること、命を大切にできることを、誰からも侵されない世界を創ることを。

平和を創造する努力を、厭わないことを。

あなたも感じるだろう。この島の美しさを。

あなたも知っているだろう。この島の悲しみを。

そして、あなたも、私と同じこの瞬間を一緒に生きているのだ。

今を一緒に、生きているのだ。

だから、きっと分かるはずなんだ。戦争の無意味さを。本当の平和を。

戦力という愚かな力を持つことで得られる平和など、本当はないことを。

平和とは当たり前に生きること。その命を精一杯輝かせて生きることだということを。

私は、今を生きている。みんなと一緒に。

そして、これからも生きていく。一日一日を大切に。平和を想って。平和を祈って。

なぜなら、未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。

つまり、未来は、今なんだ。

この青に囲まれた美しい故郷から。真の平和を発信しよう。

一人一人が立ち上がってみんなで未来を歩んでいこう。

摩文仁の丘の風に吹かれ、私の命が鳴っている。

過去と現在。未来の共鳴。

鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。

命よ響け。生きゆく未来に。

私は今を、生きていく。



解説:中学3年・相良さん
 追悼式では、沖縄県浦添市立港川中学3年の相良倫子(さがらりんこ)さん(14)が、自作の平和の詩「生きる」を朗読した。沖縄戦を生き抜いた曽祖母の体験を聞き、「平和とは、あたり前に生きること。その命を精一杯輝かせて生きること」と考えた。生まれ育ったこの美しい島から伝えたい。「鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。命よ響け。生きゆく未来に。私は今を、生きていく」
 相良さんの詩は県平和祈念資料館が募った「平和の詩」971点の中から選ばれた。
 うるま市に住む94歳の曽祖母は戦前から理容店で働き、地上戦を体験。友人が目の前で被弾して命を落としたことや家族と離ればなれになった話を聞き、相良さんは「戦争の残酷さを感じた。曽祖母の存在から平和や戦争について考える機会が増えた」と振り返る。
 5月に曽祖母が入院したことで、「生きる」を詩のテーマに決めた。「優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた」「青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった」。作品では「戦争の残酷さがより伝わる」と美しい島の現在の情景と73年前の戦場を対比的に描いた。
 「戦争は人を鬼に変えてしまうから絶対してはいけない」と教えてくれた曽祖母。「この詩が一人でも多くの人に平和や戦争について考えるきっかけになってほしい」と願う。「一日一日を大切に。平和を想って。平和を祈って。なぜなら、未来は、この瞬間の延長線上にあるからだ。つまり、未来は、今なんだ」