写会人日記

2018年07月21日

枝野の大演説「七つの大罪」


この大演説の文字起こしをしてくださった犬飼淳 / Jun Inukaiさんのサイトから転載させていただきます。枝野の演説とともにこの文字起こしという大作業をされた犬飼さんに敬意を表します。

事実上の会期末を迎えた2018年7月20日、野党は安倍内閣不信任決議案を提出し、否決された。この趣旨弁明で立憲民主党・枝野代表は不信任理由を7項目に分けて、2時間43分にわたって演説した。これは今年5月25日に同党・西村ちなみ議員が厚生労働大臣不信任決議案の趣旨弁明で記録した2時間6分を上回る最長記録である。
しかも、簡単なメモはあっったようだが、原稿を事前に用意しておらず、ほぼ即興でこの長時間をしゃべり切った。
 演説するなんてとんでもない。全くと言っていいほど喋られない、原稿棒読み、しかも読み間違える安倍と比べるのもどうかと思うが、改めて政治家は言葉だと思った枝野の演説だった。

以下文字起こし
枝野代表:
今般の豪雨災害でお亡くなりになられた方々に哀悼の意を表します。
また、被災されたすべての皆さんに心からお見舞いを申し上げます。発
災以来、消防、警察、海上保安庁、自衛隊、そして自治体職員や消防団の皆さんなど、さらには各地からボランティアの皆さんが被災地にお入りを頂き、猛暑の中、被災者の皆さんのためにご尽力を頂いています。そうした皆さんにこの場を借りて心からの敬意と感謝の意を表したいと思います。

こうした被災地の皆さんは猛暑の中で今なお行方不明の方の捜索。そして、復旧に向けた努力をされていますが、連日続く猛暑はもはや自然災害と言っておかしくないと思います。学校での活動中に亡くなられた小学生を始めとして熱中症などで猛暑で亡くなられた方々にも心から哀悼の意を表する次第であります。

これよりわたくしは国民民主党・無所属クラブ、無所属の会、日本共産党、自由党、社会民主党・市民連合、および立憲民主党・市民クラブを代表し、安倍内閣不信任決議案について提案の趣旨を説明いたします。
まず、決議案の案文を朗読いたします。本院は安倍内閣を信任せず、右決議(みぎけつぎ)する。

この後、順次述べさせて頂きますが、安倍内閣が不信任に価する理由は枚挙にいとまがありません。大きく括っても7項目、不信任の理由があります。ただ今回、不信任案の提出には若干の躊躇の思いがあります。それは豪雨災害などへの対応が現在進行形であるという現状にあるからであります。

わたくしどもは野党5党1会派一致をいたしまして、7月9日の午後、総理大臣宛の申し入れを官房長官へとお伝えをいたしました。
その申し入れは、「この7月豪雨災害について最大級の災害である」と。救命救助を待っておられる方も多い状況であり、天候によってはさらに事態が深刻化する可能性があると。全国各地に被害が及んでいること。そうした事情を挙げまして、行政府、立法府が一体となって取り組む体制を整えることは当然であると致しまして、政府に対し、この災害対応を最優先に取り組むべきであり、防災担当大臣や国土交通大臣など関係大臣は災害対応に全力で取り組むよう申し入れをさせて頂きました。
同時に野党としても可能な限り協力をさせて頂く旨も伝達させて頂きました。特に災害対応の中心を担う国土交通省、国土交通大臣はいわゆるカジノ法案の途上であり、初動以来大変なご尽力を頂いている消防を所管し、そして被災地の自治体の皆さんは連日不休の対応にあたっていられる。その実態を支援するのは総務大臣でありますが、総務大臣は選挙制度を所管しておられる。カジノ法案も選挙制度についても、いま急いで決定しなければならない案件では到底ありません。

我々は両案とも廃案にすべきであるというのが本来の主張でありますが、せめて継続審議にして災害対応がある程度の見通しが立った段階で臨時国会を開けば、いくらでも政府与党の立場に立ったとしても間に合う法案であります。
にも関わらず、災害対応を放り出して、この2つの法案審議を優先させたのは何なのか。
よほど臨時国会を開くのがイヤなんでしょうか?
それとも総裁選の日程の方が大事なんでしょうか?
わたくしどもはそう受け止めざるを得ません。

我々野党は会期末で時間のない中ではありましたが、義援金に対する差し押さえを禁止するための特例法は昨日のこの本会議で与野党一致で協力して成案を得て、可決をしました。やるべきことは急いでやる。そのことに協力をしてきているところであります。
カジノやお手盛りの選挙制度をやるくらいならば、例えば野党各党は今年の3月に被災者生活再建支援法と災害弔慰金支給法の一部改正案を国会に提出していますが、川流しにした上にこの災害の裏側で国会を開いていながら、こうした法案の審議に応じていないのは与党であります。

災害時における大臣の役割は大きなものがあります。緊急な災害時においては、まさに様々な前例のないこと、前例の少ないこと、様々なことが生じてきます。行政の皆さんだけでは前例を越えて対応する決断することにはなかなか困難があるのが実態であります。だからこそ災害などの緊急時においては前例主義にとらわれず、政治責任を持つ政治家がしっかりと役割を果たしていく体制が求められています。

いわゆる赤坂自民亭と言われる問題は、まだ特別警報が出ていなかったなどの言い訳をされている方もいるようですが、自衛隊の対応なども動き始めている状況で一議員の皆さんがされていたのではありません。指揮すべき立場である総理や防衛大臣、官房副長官まで参加し、しかも、そのあと、反省の姿勢が全く示されていません。

あえて申し上げますが、一部に同じような時期に開催された立憲民主党議員の会合を同一視して批判する向きもあります。
しかし、緊急時に執行権限を持ち、判断をし、指揮すべき総理や防衛大臣や官房副長官の責任は野党議員と一緒なんですか?
あるいは野党議員にそうした判断、決断をさせて頂けるのですか?

(野次がおさまらないため、枝野氏、30秒ほど黙り込む)

大島議長:
趣旨弁明を続けてください。

枝野代表:
(後方の議長席へ振り返って)
黙らせて下さい。

大島議長:
続けて下さい。

枝野代表:
黙らせて下さい。

大島議長:
続けて下さい。

枝野代表:
黙らせてください!
(いっこうに野次を注意しない議長に対して)
黙らせて下さい。 
黙らせて下さい!

大島議長:
ご静粛に!
(野次がいったんおさまり)
どうぞ続けて下さい。

枝野代表:
ちなみに申し上げますが、指摘されています我が党の会合は議員や政治家の内輪の懇親ではありません。外部の方が参加する会であり、わたくしも参加しましたが、挨拶だけで短時間で退席しております。議員が集まって盛り上がっていたとツイートされるような会合とは趣旨も内容も全く異なっております。

それだけではありません。
明らかにこの災害に対する初動は大幅に遅れています。7月5日午後2時ごろ、気象庁は異例の記者会見を行って、そこから66時間。
8府県に特別警報が発令されるという前例のない事態となり避難勧告の対象が23府県264万人に達し、死者・行方不明者の報告も多々入っていた7日の午前0時を起点としても丸一日以上経過した8日の午前8時まで非常災害対策本部が設置されておりません。
「空白の66時間」という指摘もなされています。赤坂自民亭の問題をあわせ、初動の遅れを指摘されても止むをえない状況ではないですか?

まだまだ、まだまだ緊急対応の状況が現地は続いています。
したがって詳細な検証は落ち着いてから厳しくさせて頂きたいと思いますが、少なくともこうした批判に対して謙虚な姿勢が全く見られないというのは深刻な問題ではないでしょうか。

大島議長:
(野次に対して)ご静粛に。

枝野代表:
こうした初動についての指摘を受ける中で、カジノや恣意的な選挙制度の改悪を災害対応に優先させたその一点をもっても不信任に値すると考えます。むしろ、この災害対応を加速させるためにも安倍内閣は不信任すべきである。そういう思いの中で今回、不信任案を提出をさせて頂きました。

大島議長:
(野次がおさまらないため、上記の枝野氏の発言途中で)ご静粛に!

不信任理由1「高度プロフェッショナル制度の強行」
(12:25〜25:23)
枝野代表:
それでは、ここから大きく7つ安倍内閣の不信任に値すべき事項について、お話をさせて頂きたいと思います。

まず第一は、過労死を増やすことになる、国民の命を危機にさらす高度プロフェッショナル制度を強行したことであります。この問題の本質は労働時間規制が及ばない労働者をつくるということにあります。そもそも、近代労働法制というのはどこから始まったのか。1日8時間労働が原則であるという、その原則を法制し、しっかりと守らせる。それこそが労働法制の世界における近代社会としての大前提であります。

高度プロフェッショナル制度は様々な言い方をしていますが、この近代国家においては大前提である、労働者の労働時間はしっかりと把握・管理し、1日8時間労働が原則である、8時間を労働に、8時間を睡眠に、残り8時間をそれぞれの自由な時間に。それこそが人間らしく生きるための最低限のベースであるというのが近代社会の大前提である。

この制度の外側に置く労働者をつくるというのがこの高度プロフェッショナル制度の本質であります。結果的に長時間労働させ放題になる。我々は当初、残業代ゼロ法案と言っておりましたが、もっとわかりやすく言えば、定額働かせ放題の制度である。
携帯電話やスマートフォンであれば定額使い放題は大変便利な制度であります。しかし、まさに使い放題だからこそ、どれぐらい使っているかということを気にせずに使えるからこそ定額使い放題制度は情報通信の世界で大変広く広まり利用者にとっても便利な仕組みとなっています。

これを労働の分野、人間の働くという分野に持ち込もうというのが、この高度プロフェッショナル制度の本質、実態であります。どんな言い訳をしても、どんな説明をしても、いや私も使用者の立場であるならば支払う賃金が同じ金額ならば、できるだけ多くの課題をその人間に負荷して、できるだけ長い時間を働いて頂いて、できるだけ多くの成果をあげて頂こうとするのは、むしろ当然のことであり、否応なく長時間労働に繋がるということは、誰がどう見ても明らかな問題のある制度であります。

しかも、労働管理自体を従来の労働と違って、しっかりとした管理をしないという仕組みになっています。したがって長時間労働の結果、過労死などの残念な事態が生じた場合、現在の仕組みのもとでも実際の労働時間を立証する、それによって過労死であったことを立証する、これはこうした問題に直面せざるを得なくなった遺族の皆さん、それを支える弁護士にとっては現状でも大変困難な実は案件であります。
にも関わらず、そもそも労働時間管理自体を原則取っ払ってしまう高度プロフェッショナル制度のもとで長時間労働による過労死が生じても、これが過労死である、長時間労働の結果であると証明することが、はなはだ困難になってしまいます。しかも、自己管理による自己責任であるという最近お得意の論法で労災などの認定を受けられないという結果にも繋がりかねません。明らかに過労死・過労自死促進法であることは論を待ちません。

安倍総理はかつて過労死を防ぐ法律をつくろうという時には過労死の遺族とお会いになり、お話をされました。二度と過労死を出さないという決意を示されました。
そうした皆さんが「この法案は問題である」「自分たちと同じような辛い思いをする」「亡くなってしまった人は戻ってこない」「そうした人たちを増やしてしまう」という強い危機感を持って、もう一度総理に直接聞いてもらいたいということを一顧だにもせず強行したこの姿勢はなんなんですか。
褒めてもらえそうな都合の良い時だけ顔を出すけども、厳しい指摘を受けそうな時には逃げる。まさに卑怯者のやり方ではないでしょうか。

そもそも高度プロフェッショナル制度には様々なウソが前提となって議論が進められたという大問題があります。そもそも、この制度は「1075万円以上の年収のある人にしか適用されない」「ほとんどの労働者には関係がないんだ」という前振りのもとに議論が進められました。しかし、野党各党の国会における審議を通じて、そもそも法律には金額の明記がないこと。これは読めばわかる話です。その1075万円という金額の算定の中には様々な諸手当も含まれる解釈が成り立つこと。そして、何よりも問題なのは審議の途中から「いずれこれは引き下げいくんだ」ということが各界、各省、議員の中からも出てきているという話であります。

ウソという意味では追求しなくてはならないのでは、不適切データの問題であります。総理ご自身が不適切、むしろ捏造と言っていいデータにもとづいて「裁量労働制で働く人の労働時間は一般労働者より短いというデータもある」と総理ご自身がおっしゃったんです。撤回をし、「厚労省のデータが悪いんで俺は責任が無い」と例によっての責任逃れをおっしゃっていますが、実は撤回をした後にも、さらに200件以上の不適切データが発見をされています。衆議院の委員会採決の当日の朝にも新たな不適切データが発見されたということはこれまで何度も指摘をされているところでありますが、にも関わらず、審議を強行し、採決を強行しました。

事実に基づかない、誤ったデータに基づいて議論を進める。こんなことは近代国家ではありえないことであります。行政の内部におけるいきさつは色々あるのかもしれませんが、総理ご自身が裁量労働制や高度プロフェッショナル制度などの、いわゆる残業代を残業時間に応じて支払うわけではない制度を導入するにあたって、この誤ったデータを引用して正当化する発言をしていた以上はこの法案の前提の事実が、事実でなかったということでありますから当然のことながら今度は正しいデータをとり、そのデータをしっかりと分析をした上で議論をし直すのが当たり前のことじゃないですか。

安倍総理はあるいは政府の皆さんはこの高度プロフェッショナル制度について「ニーズがあるのか?」と問われ、「やりたくない企業や労働者はやらなくていいんだ」「希望している人もいるんだ」という答弁をされました。
しかしながら、労働者側のニーズを示す客観的な根拠はありませんでした。ヒアリングは10名程度の事後的なアリバイづくりのようなものに止まっています。所詮は企業側の論理にもとづく一方的な制度の導入であるということは既に議論を通じて明らかになっています。

しかも、企業側が導入を求めた時、残念ながら今の日本の社会風土、職場風土の中で、本当にこれを拒否できる労働者がどれぐらいいると思っていらっしゃるのでしょうか。残念ながら会社側から強く求められれば、本人はイヤであっても受け入れざるを得ないというのが現実の日本の職場風土であるということを総理も厚生労働大臣もご存知ないんでしょうか?
「希望しない人は制度を取らなければ良い」という言い訳は全く説明になっていません。

今回の労働法制は長時間労働の是正という大義のもとに行われています。残念ながら野党各党の強い反対を押し切って成立した後も、長時間労働の是正という大義を総理が掲げておられます。労働者側のニーズもなく、長時間労働に繋がる高度プロフェッショナル制度を推進するのは「看板に偽りあり」と言わざるを得ません。失われた命は戻りません。過労死・過労自死で家族を失われた皆さんの悲鳴とも言っていいような声は野党の同僚議員がこの本会議場でも全ての議員の皆さんに向かってお伝えをさせて頂いた。わたくしも目頭が熱くなりました。

この高度プロフェッショナル制度で長時間労働を余儀なくされ、命を失う方が出た時に誰がどう責任を取るんですか?
私たちは残念ながらこの国会で形式的に高度プロフェッショナル制度は成立をしてしまいましたが、人の命に関わる問題です。決して諦めることはありません。1日も早く衆参両院で高度プロフェッショナル制度に反対する勢力が過半数を取り、1日も早く廃止する決意を皆さんに申し伝えたいと思います。

また、この制度が形式的に当分続く間も我々は様々な皆さんと連携をしながら、実際にこの制度を導入する企業が生じないように厳しくウォッチをし、もしそうしたものが見つかった場合は国会内外で厳しく指摘をしていく。そのための監視活動を全力を挙げて取り組んでいくことをこの場で申し上げたいと思います。
✳︎同僚議員が本会議場で伝えた遺族の声とは、2018年5月25日に西村ちなみ議員が2時間6分にわたった演説終盤の内容を指す。当日の文字起こしはリンク先を参照

不信任理由2「カジノ法案の強行」
(25:24〜41:23)
枝野代表:
不信任に価する2つ目の大きな理由は、カジノを強行したことです。

7世紀末、我が国は持統(じとう)天皇の時代ですが、双六(すごろく)禁止令が発令されました。以来、我が国は千年を超える期間、賭博は違法であるという法制度のもとで歴史と伝統を積み重ねてきました。例外は公営ギャンブルという財源確保のためにやむなく行われた非営利目的の特別なものだけであります。

カジノの収益で経済成長を目指す。そもそも千年以上にわたって違法とされてきたものを使って利益をあげて、そして経済を成長させる。そのこと自体がみっともない政策ではありませんか。持統天皇以来の歴史を一顧だにもせず、こんな馬鹿げた制度を強行する人たちに保守と名乗って欲しくはありません。

保守と称する皆さんは、保守とは何かをわかって自分たちを保守と名乗ってらっしゃるんですか?
保守という概念はフランス革命を契機に発生した政治概念です。フランス革命における急進過激な変革に対して、それはやり過ぎだという立場から保守という概念が発生しました。

そして、保守の本質は何か?
それは、人間とは不完全な存在であるという謙虚な人間観です。人間は、すべての人間が不完全なものであるから、どんな政治家がどんな良い政治をやろうとしても完璧な政治が行われることはありえない。常に政治は、社会は、未完成・不完全なものである。それが人間は不完全なものであるという謙虚な姿勢にもとづく保守の一丁目一番地です。

ま、このこと自体で今の自民党・安倍政権が保守ではないということは明確であるというふうに思いますが、そうした謙虚な人間観にもとづき、今生きている私たちの判断だけでは間違えることがある。従って、人類が長年にわたって積み重ねてきた歴史の積み重ねというものに謙虚に向き合い、人類がその中で積み重ねてきた叡智(えいち)というものを活かしながら、それを改善していくにあたっても、間違っているのではないかという常に謙虚な姿勢を持ち、そして自らを省みながら一歩ずつ世の中を良くしていく。これが保守という概念の本質であります。

保守反動という日本語がありますが、そもそも反動では保守はありません。今も不完全な社会です。しかし、過去においても理想的な時代はありえなかった。未来においても理想は実現できない。でも、今あるものをちょっとずつでも良くしていく。これが保守ですから、保守と反動は相対立する概念であります。

一方で穏健保守という概念もありえません。なぜならば、保守とはもともと穏健なものであります。反対意見を封殺し、自分が正しい道を信じて邁進する。まさに保守思想が否定をしたフランス革命の急進的な思想であります。
従って、保守とはそもそも穏健なものであり、穏健でない保守が保守を名乗るのは自己矛盾であります。

そもそも今のような保守概念からすれば日本における保守とは何を大事にしなければならないのか。明治維新以来の150年も確かに日本の歴史であります。しかし、日本の歴史は文字に残っているものだけでも1500年を超える歴史を持っています。明治維新以降の歴史だけを見て、それが日本の歴史の伝統だと勘違いしている人たちが特にこの辺には多いんじゃないですか?
(枝野氏、右手で与党席を示しながら)

だから、持統天皇以来の日本の歴史の伝統を知らないでカジノなんていう我が国の伝統に反する馬鹿げたことを進めているんじゃないですか?
そもそもが、我が国の歴史と伝統を考えた時に明治維新というのは、それまで1500年近くにわたって少なくとも文字に残る歴史に積み重ねられてきた我が国の歴史が、西洋近代化文明の流入によって、急激に変更を余儀なくされた。その結果として、それまで積み重ねられた歴史と伝統が大きく変更させられた150年であります。いま我が国が直面をしている時代認識は、この明治維新以来150年間歩んできたこの歩みというものが大きな転換点を迎えている。わたくしは今の日本はそういう状況にあると思っています。

イギリスにおいて産業革命が起こって以来始まった近代化の歩み。これは規格大量生産によって経済を急激に発展させる。そのことによって我々も物質的に豊かな文明の中で暮らしてくることができました。私はこれまでの歩みは世界史においても日本史においても、それは様々な、その間に問題がある時代があったにしても、大きな人類の前進であったというふうに思っています。

しかし、いま先進国が、特に我が国は第二次世界大戦以降、日米戦争以降、急激な近代化、つまり経済成長をしたがゆえにその壁に最も早く急激に直面をしていますけども、先進国が共通して大きな壁にぶつかっている。それは従来の規格大量生産によって、安いモノをたくさん、良いモノをつくれば、そのことによって経済は発展し、そのことによって一人一人の暮らしが良くなっていくという、これが現実に機能しなくなっている。そういう時代に入っている。だからこそ、社会の格差分断というものが、日本だけではありません、先進国共通で深刻な問題になっている。

その時に日本の歴史と伝統を大事にするのであれば、そうした近代欧米文明、産業革命以来の規格大量生産型の文明が入ってくる前からある、我が国の歴史と伝統こそをもう一度見つめ直す。それこそがわたくしは真っ当な保守のあり方であるというふうに思います。

もちろん、人権意識。そのことによる男女平等を始めとして、あるいは先ほど申し上げました労働法制もそうかもしれません。様々なものが欧米から流入したことによって進化をしたものもたくさんあります。それを元に戻せと言うのではありません。しかし、それまで積み重ねてきた我が国の社会のあり方の良い部分をこうした人権問題に対する意識が大きく前進をした中で、それを取り入れて、それを活かして、いま我々先進国が共通して直面している壁にどう立ち向かっていくのか。わたくしは本来の保守のとるべき道はそういう道であるというふうに思っています。

ちなみに今日は5党1会派を代表して趣旨説明をさせて頂いておりますが、趣旨説明の担当者ということでお許しを頂いて立憲主義について一言述べさせて頂きたいと思います。

立憲主義というのは、言うまでもなく、権力の自由ではありえない。どんな権力も憲法というルールに基づいて運用されなければならないという考え方であり国際社会の大前提であります。

そして、その憲法とは何なのか?
まさにこれこそ、歴史と様々な苦難の中から先人たちが積み重ねてきた社会の大前提となるべきルール。権力が従わなければならないルール。様々な苦難を乗り越えた先人たちが積み重ねたルールが結集されている。それが憲法であります。

だからこそ、多くの国において憲法を変える手続きにおいては、今生きている有権者の半分だけでは簡単には変えられないという仕組みを多くの国で採用しているのは、憲法というのは歴史にもとづいた人類の叡智(えいち)の積み重ねの結集であり、それによってどんな権力も拘束されなければならないという、そういう考え方に立っているからに他なりません。まさに立憲主義は保守思想そのものであります。積み重ねられてきた先人たちの知恵。そういうものに基づいて、それを動かす時には急進的な理想に邁進するのではなくて、今あるところから一歩ずつ改善していくにはどうしたら良いのかを考える。

まさに立憲主義も保守主義も同じ考え方である。であるので、わたくしこそが保守本流であることを自信を持って日頃から皆様方にお訴えをさせて頂いているところであります。

こうした保守、・・・・。
(枝野氏、議場からの野次がおさまらないため、15秒ほど黙り込む)
いいですか?喋って?

こうした保守の本質を全く勉強せずに自称・保守の人たちを相手にしてもしょうがないんですが、各論だけを申し上げてもカジノ法案はギャンブル依存症を増やす。ギャンブル依存症は、まさにこれに陥った当事者だけの問題ではありません。家族や地域社会を含めて、多くの人たちがそのことによって社会的・経済的に大きなダメージを受けます。カジノの収益で経済成長する側面が百歩譲って存在するとしてもカジノ依存症による社会的・経済的マイナスが圧倒的に大きいと言わざるを得ません。

しかも、いま強行されようとしているこのカジノ法案は、カジノ事業者が金を貸せる。とんでもない貸金法上の事実上の例外まで盛り込んでいる。まさにギャンブル依存症になろうとしている人たちに金を貸しまくって、ますますギャンブル依存症、ギャンブルによる多重債務に繋がっていく仕組みではありませんか。

外資に対する規制も十分ではありません。残念ながらと言うべきか当然のことながら、我が国ではカジノ事業を運営した経験はありません。どう考えても外資規制を十分に行わなければカジノ運営の経験ノウハウの高い人たちが商流入という形をとって、この事業の利益を掠め取っていくのは目に見えているじゃないですか。日本人がギャンブルで損をした金で海外のカジノ業者を潤わせる。まさに国を売るようなことではないですか。

わたくしは裏付けのないことで直接批判をしようとは思いませんが、しかしながら安倍総理とトランプ大統領との会合の席にアメリカを代表するようなカジノ業者の方がご一緒していたというようなことも伝えられています。まさにアメリカに我が国を売るための法律をいま強行していると言われても仕方がないんじゃないでしょうか。

だいたいですね、カジノのために日本に来る外国人観光客がいる?
あるいは、そのことによって外国人観光客を集めなければ外国人が来てくれない? そんなに日本は情けない国なんですか? 保守と称している皆さん。

我が国には、世界の国々の多くの皆さんから見れば、そうした皆さんとは違った歴史、風土、文化、あるいは生活様式、そして自然。我が国には様々な観光資源として魅力あるものがあります。まだまだそうしたものが世界の皆さんに十分に伝えられていない部分も山ほどあります。あるいは受入の体制が十分ではないために魅力ある観光資源を持ちながら外国人観光客がなかなか来て頂けていないところも少なからずあります。まさにやるべきは、そうした観光資源を魅力的なものとして世界に売り出し、そして、日本の本来の良さを見て頂くために日本に来て頂く。それこそ日本の伝統と歴史を大事にする立場の人たちの意見ではないかと私は思うんですけども。

いずれにしても、いずれにしても、災害復旧の中心を担うべき国土交通大臣が災害対応よりも優先させて急がなければならない法案でないのはハッキリとしています。今からでも遅くはありません。まだ参議院の本会議が開かれていません。今からでも考え直して、いったん立ち止まり、まずは国土交通大臣中心に災害復旧に、この間カジノにうつつを抜かしていたことへの反省も含めて全力を挙げて頂いて仕切り直しをされるべきであるということを強く申し上げたい。

不信任理由3「アベノミクスの限界の露呈」
(41:24〜1:11:35)
枝野代表:
安倍内閣を信任できない3つ目の理由は、アベノミクスの行き詰まり、限界の露呈であります。

そのアベノミクスの結果として生じた様々な副作用のみがますます顕著なものとなっています。このままでは国民生活と、そして日本社会の分断によって社会そのものを崩壊に至らしめかねない、ギリギリのところに来ていると思っています。

確かにアベノミクスの成果なのかどうかは別として株価、あるいは輸出企業を中心とした企業収益には良い数字も見られていますが、実質賃金や個人消費には全く繋がっていません。アベノミクスが始まって5年半になっています。もはや「まだ始めたばかりだから結果には繋がりません」という言い訳が許される時期ではありません。そもそも経済を活性化させることで税収を増やし、財政再建を実現すると称していた財政再建目標は5年経っても全く実現できず、5年先送りにしています。
どういうことだかわかりますか?
5年やって成果があがらず、5年先送りにした。
成果がゼロだから、これまでと同じ期間が必要なんですよね?
半分進んでいるのなら、2年半で済みますよね?
全く進んでないということです。

2%の物価上昇目標。これは一義的な責任は日銀かもしれませんが、この物価上昇目標は当初「2年程度」とおっしゃっていました。
今、何年です? 5年半です。6度の先送りです。
もはやこの目標自体が「達成できなかった、失敗だった」と言うのが当然じゃないでしょうか。

あえて申し上げますが、徹底した金融緩和。ま、円安を目的としていたとは言えないにしても、そのことによる円安。財政出動。確かに、かつては正しい経済政策だったとわたくしは思っております。今回も輸出企業の収益増など一定の部分的な成果はあがっている。
しかし、先ほど申しました通り、そもそもこうした手法が通じた150年間の状況と、いま我が国が置かれている状況が根本的に変化しているのではないか。そのことが問われているのはないでしょうか。

だから本来効果があがるはずの緊急緩和をとことんアクセルを踏んでも、財政出動にとことんアクセルを踏んでも、個人消費や実質賃金という国民生活をより良くするという本来の目的に繋がらないところで止まっているのではないでしょうか。
わたくしは政治的な言い方としては、こうした金融緩和などによるアベノミクスをいわば「強い者・豊かな者をより強く、豊かにする政策である」という言い方をしてきました。ご異論はあるかもしれませんが結果的に大きな輸出企業などを中心として強い者がより強く、豊かな者がより豊かになる。
ということは先ほど挙げた部分的な成果の言い換えとして間違ってはいないと思います。

これもあえて申し上げます。このこと自体はある時期までは私は正しかったと思っています。日本の戦後復興、高度成長の時代、貧しかった時代は、まさに貧しい日本が豊かになるためには海外にモノを売って稼がなければ豊かになれませんでした。海外にモノを売って豊かになる。しかし、貧しい国ですから高品質、高性能あるいは新製品の開発。そうしたところで時の先進国、主にはアメリカがありましたが、そうした国と競争できるような力はまだまだありませんでした。

従って安い労働力を武器として安いモノをたくさんつくる、安いからたくさん売れる。そうしたことによって世界にメイドインジャパンを売り、そのことによって得た利益で国内を豊かにする。従って、まず国内を豊かにする前に輸出によって稼ぐために輸出企業を太らせる。輸出企業が育つために何をやっていくのかということに経済運営の力を注力する。私は自民党がまともだった時代のこうした政策というのは決して間違っていなかった、時代に合致していたと思っています。

問題は、特にバブル崩壊以降の我が国の状況がこうしたやり方が通用している時代状況にあるのか、世界経済の状況にあるのかということだと思っています。
実は多くの皆さん、勘違いされてるんじゃないかと思いますが、バブル崩壊以降の日本経済の低迷、それは部分的な数字は良くなったと自民党の皆さんがいくらおっしゃっても、実質経済成長率などの数字を見ればバブル崩壊以降、一貫してせいぜい1%前後の低成長が続いている。バブル崩壊前は平均すると4〜5%の経済成長をしていたところから、我が国の成長力が落ちた。これは否定ができない。そして、これは民主党政権の時代も含めて、この30年近くの間一貫している我が国の状況です。

こうした状況の原因が外需にある、輸出にあると勘違いをしているんじゃないでしょうか?
確かに日本を代表する輸出企業は、そして輸出産業は、新興諸国の売り上げ、そしてグローバル化などによって大変厳しい競争環境の中に置かれています。実際、その結果として日本を代表する輸出企業が経営危機に陥るなどというニュースが年に何社も出ているという状況もあります。
「サザエさん」のスポンサーが変わったのも大変残念です。

問題は、じゃあ輸出産業全体がこの30年近く、経済成長をしていないのかということです。実はバブル崩壊の前と後で日本の輸出に関しての成長力はほとんど下がっていません。大変厳しい経済環境のもとではありますが、日本の輸出企業、輸出産業は競争の中でも着実な経済成長を遂げているんです。もちろんこうした経済成長を遂げてきた背景には我が国のそうした企業を支援するバックアップという政策の支えがあったことも否定はしません。
しかしながら厳しい環境の中でもバブル崩壊前と比べて大差ない成長を遂げている輸出産業に「もっと頑張って成長して国内を引っ張れ」と言ってもそれは無理な相談なんです。今の成長力をどう維持していくのかということが厳しい環境の中、30年間頑張ってきた輸出産業と輸出企業に対して、政府のできることなのではないでしょうか。

本当にやらなければならないのは、実はバブルの前と後で大きく変わったのは、個人消費が大きく落ち込み、落ち込んだままであるということであります。個人消費が増えない限り、日本の経済の安定的な成長が実現できないのは自明の理であるとわたくしは考えます。

問題は、この30年近くの間進めてきた政策が個人消費を着実に増やしていくという観点から見た時にどういう意味を持ってきたのかということであります。
例えば、労働法制。今回の高度プロフェッショナル制度の問題もありますが、この30年の間に派遣法は逐次改悪されて、学校を卒業して就職するというのは、わたくしは今54歳ですが、私が学校を卒業する時代には正社員になるというのは当たり前のことでありましたが、いま若い人たちは必ずしも、一流大学を卒業される方は別かもしれませんが、
「正社員になれたから良かったね」
「正社員じゃないけども就職があって、まぁまぁ良かったね」
こういう実態があることを皆さん、ご存知でしょうか?
そして、非正規の方が異様に数が多かった、いわゆるロストジェネレーションと言われる世代の皆さんは仕事をしながらもジョブトレーニングの機会に恵まれることもなく、今なお非正規で低収入という状況の中で歳を重ねておられる。

我が国はただでさえ少子化、人口減少の中にあります。人口が減少すれば、もちろん1人あたりの消費量を増やすということで個人消費の全体量を増やしていくということは可能ではありますけども、しかし、まさに消費者の数が減れば消費がマイナスの方向に向かう。そういう大きな要素になることは間違いありません。そうした構造の中で政治がやらなければならないのは何なのか。

実はやらなければならない第一のことは格差の是正であります。格差の是正は今やらなければいけない経済政策です。景気対策です。日本では当たり前の経済についての大原則の中で、なぜかどなたもおっしゃらない、ほとんどの方がおっしゃらない大原則があります。それは金持ちほど金を使わないという大原則です。

これは例えば、価格は需要と供給のバランスで決まるのと同じように経済の大原則です。消費性向という手にした所得のうちどれくらいが消費に回るのかという比率です。これは所得が大きいほど低くなる。これは経済の大原則です。したがって格差が拡大すれば消費が落ち込むのは、経済のいろはの「い」。この中で結果的かもしれませんが、強い者・豊かな者をより強く豊かにする、そうした政策の結果として格差が拡大し固定化してしまっている。その結果として消費が拡大をしない。それが今の日本の置かれている状況であります。

格差の是正は「貧しい人たちが気の毒だから」というだけではありません。格差を是正し、低所得の人たちの賃金を底上げすれば、低所得であれば消費性向はほぼ100%です。従って、その人たちの手にした収入はほぼ全額が消費に回ります。しかも、低所得・低賃金ですからそうした方が海外のブランド品を買うとか海外旅行に行くとか海外に投資をするとか、そうしたところにお金が使われる比率はどう考えてもほとんどありません。国内における内需の拡大に直接つながる。それが所得の低い人たちの所得を底上げする政策の持っている経済政策としての意味であります。

従って、いかに格差を拡大せずに、そして格差を是正していくのか。所得の低い人たちから中間の人たちの所得をどう底上げしていくのか。そのことが国内における消費を拡大させる、日本経済を立ち直らせる王道であるとわたくしは考えます。

まぁ、あえて付け加えれば、労働法制などをむしろ規制を強化することによって働いた賃金に応じて所得を得る。そうしたことがキチッと回っていく社会をつくっていかなければなりません。例えば、我が国ではトラック運送などに携わるドライバーの方が大変な人手不足です。低賃金で人手不足です。あとで申し上げる介護や保育の皆さんと同様です。おかしいんです。先ほど申し上げましたがように価格は需要と供給のバランスで決まるんです。それが、資本主義社会であるならば大原則です。人手不足なのに低賃金というのは、マーケットがどこかで歪んでいるからです。その歪みを正すのは政治の役割です。低賃金であるならば賃金が上がる。そのことによって「賃金が高いから重労働かもしれないけど、頑張ってやろう」とそういう方が増えて、市場が機能して、人員が確保させることに繋がるんですよ。

残念ながら例えば、今回の長時間労働を是正する働かせ方改悪法案の数少ない改善部分である長時間労働の規制も低賃金、重労働、長時間労働であるトラックドライバーなどの皆さんについては先送りをされてしまいました。
もちろん、どんな産業に携わっている皆さんでも、過労死・過労自死に至れば、先ほど申しました通り、家族を含めて残された人たちに大変大きな傷を残します。何よりもご本人がやりきれないものでありますが。交通事故などにつながれば、それ以外の方々にも影響が及ぶような仕事の人たちの長時間労働の規制を後回しにせざるを得ない。それだけ、こうした人たちの人手不足が低賃金を背景に行われている。この市場のメカニズムの歪みを正すことこそが、実は格差の是正につながり、低賃金の人たちの賃金の底上げにつながり、経済・消費の拡大につながっていくということを申し上げたいと思います。

さらに申し上げると経済・消費を増やすためにあと2つ大事なことがあります。1つは高齢者の老後であります。
今の日本の高齢者の皆さんはまさに日本の右肩上がりの高度成長をつくってくださった世代の皆さんです。もちろん、同じ世代だからといって皆が同じ生活環境にいるわけではありません。高齢者でも大変厳しい生活をされている方も少なからずいらっしゃいます。そして、人によって持ってらっしゃる資産の規模には大きな違いがあるでしょう。しかしながら、まさに老後のためにコツコツお金を貯めよう。そのことが可能であった高度成長をつくってこられた世代の皆さんは、日本の高齢者の皆さんは老後のために蓄えた貯蓄が若干ずつでも持っている方がほとんどです。問題は、こうしたお金が老後になってもほとんど使われていないという現実です。
「あの世に預金通帳は持っていけない」
講演会などでは高齢者の皆さんにこう言うとよく笑って頂けます。皆さん、わかっておられます。にもかかわらず、老後のためにと思って蓄えたお金が老後になっても使えない。なぜでしょうか?

それは元気なうちは良いけども、病気やあるいは介護が必要な状況になった時に「せめてわずかな預貯金でも残しておかないと心配だ」という意識に多くの高齢者の皆さんが陥ってしまっているからであります。その結果、1500兆を超えるとも言われている金融資産。そのうちの多くを占めている高齢者の皆さんの貯蓄が消費に回っていません。こうした皆さんの貯蓄が「全部を一気に使ってください」と言ってもやはり将来不安が一気に無くなるわけではありません。例えば、今持っている貯蓄の半分を20年間かけて使いませんか?それだけでも数兆円単位の消費の拡大に確実に繋がります。本人にとっても、自分が若い頃に稼いで貯めてきたお金で充実した老後を過ごすことができる。そして、お金を使って頂くことによって現役世代の経済が回っていく。一石二鳥です。それができないのは介護のサービスが不足をしていること、年金や医療を含めて老後の不安が大きいから。老後の安心を高めることこそが経済政策です。景気対策です。

子供を持たないという選択をされたり、子供を持ちたいと思いながら持てなかった人たちに対する心ない発言が残念ながら自民党議員の方から何度となく繰り返されました。子供を産むか産まないかという選択はまさに自己決定です。それぞれのカップルが自ら決めることです。あるいは持ちたくても持てなかった人たちもたくさんいます。その一方で持ちたいと希望した人たちが希望を叶えることができれば、そうすれば我が国の出生率は大きく高まります。子供の数は増えます。そのことが結果として消費を増やし、経済を活性化させることに繋がります。したがって、産む、産まないの選択を迫るのではなくて、産みたいと希望しながら、それをできていない人たちをどうやったら希望を叶えて頂けるのか。そのことこそが、政治のやっていくべき役割だと思います。

なぜ、なぜ産み育てたいと希望している人たちが産むことを実現できないのか。まさに、子育てと教育と雇用のこの3つの大きな問題があるからに他なりません。1つは保育所の不足に代表される子育て支援の不足である。そして、教育の問題。教育、かつてわたくしの時代も「奨学金をもらって頑張っているんだね。あの人は」という同級生もいましたが、非常に数が限られていました。しかし、今や奨学金をもらわないと進学できないという人たちの比率は圧倒的に高まっています。わたくしは国立大学の出身ですが、「某私立大学に行きたい」と言ったら、「学費は最低限出せるけども、なかなか色んなこと含めて全体の大学に関わる金は出せないね」と言われて国立大学を選択しました。その当時と比べると国立大学の学費はべらぼうに上がってしまっていて、「国立なら行かせられるけども」とそうした状況ではなくなってしまっています。

こうしたことなどを背景として、せっかく子供を育てるのならばちゃんとした教育を受けさせたい。子育て支援は不十分。教育には金がかかる。育てたいと思っても断念している。あるいは2人、3人産み育てたいけども、1人で断念をしている。そうした人たちが山ほどいらっしゃいます。そうした人たちが安心して子供を産み育てることができるようにする。まさに教育の格差の是正や保育所の増設は景気対策、経済対策です。

失われた世代、ロストジェネレーションという言葉、先ほど申しましたが、そうした象徴的な世代の皆さんに限らず、若い人たちの間には、例えば、結婚して子供を産み育てたいという希望すら持てないような低所得、不安定な働き方を選択されている人たちが山ほどいます。そうした人たちが安定的な仕事を得て、安定的な収入を得ることができた時には、その中の一定比率の人たちは家族を持ち、そして子供を産み育てたいという希望を持つことができ、そこに繋がっていくでありましょう。結果的に消費を拡大させることに繋がる、少子化に歯止めをかける。希望する人たちにその希望を叶えて頂けることを実現するためには、まさにこうした子育てや教育や雇用の政策を打つことこそが景気対策、経済対策であるという時代に入っているんです。

立憲民主党はこうした観点から景気対策として保育士の賃金の底上げを、そして介護職員の賃金の底上げを急いで行うということを提起をし続けています。他の野党の皆さんにもご協力を頂き、そして、国会に法案も提出をさせて頂いています。これは一義的には景気対策という側面を持っている経済政策です。確かにこうした長期的な財源を必要とする政策のためには安定財源が必要だという理屈がわからないわけではありません。しかし、景気対策として効果があるならば、建設国債は財政規律のある意味別枠という扱いでバンバン発行をされている。

今や、今や、いわゆる従来型公共事業と比べて、こうした社会保障関連の投資の方が経済波及効果が大きい。それこそ、そういうデータも存在している時代に入っている。経済波及効果の大きい、しかも今我が国が直面をしている消費不況をどう脱却するか。老後の安定、そして子育ての支援。そして、そこに携わっている所得の低い人たちの所得の底上げに繋がる、介護職員や保育士の賃金の底上げという政策は、そこに集中的に財源を投入するのかということが、まさにどこに向けて景気対策を進めていくのかという象徴的な姿であり、少なくともカジノを進めるよりは100万歩経済に効果のある政策だとわたくしは確信を致しております。

所得の低い人、所得の不安定な人たちの所得を下支えすることは景気対策、経済政策という側面があることを申し上げましたが、こうした側面も合わせて、特に地方の活性化のための経済政策としてこの国に必要なのは、一次産業に従事する人たちの所得の安定を図ることであるというふうに思います。それぞれの地方において、地域の社会と経済を支えているのは一次産業に従事する皆さんです。その人たちの比率はかなり低下している地域があるかもしれませんが、しかし基幹となる産業として一次産業がしっかりと回っていく。そこで仕事をしている人たちが地域の中心となって、あるいは消費を促していく中心を担っていく。そうしたことが必要な地域が日本中の圧倒的に広い面積を占めている、というふうに思っています。米作農家の経営安定に大きな貢献をしてきた米の直接支払制度について安倍政権は平成30年度産米から廃止をしました。我々が推進をした農業の戸別所得補償制度はそれに先立って廃止をされています。
一次産業の中には天候によって、大きな利益をあげる年もありますが、逆にそのことによって翌年の再生産も不可能なくらい所得を得られない時もあります。どんな年でも最低限、翌年の再生産が可能な安定的な一次産業の経営を担っていただく。そのためにいわゆる所得補償制度をとることは先進国の農業政策においては今や常識となっている。私たちは、これはまさに農業を守る、食の安全を守る、緑を守る、と同時に特に過疎地域などにおける経済を回していく最低限の前提条件として必要なことだと思っていますが、安倍政権はこれに逆行する政策を今までとっているわけであります。

ま、そもそも、卸売市場法改正を始め、農政改革法案を成立させましたが、農業を他産業と同一視し、目先の経済効率を過度に追及するのみで多面的機能を評価し維持するための方向性に逆行をしています。いわゆる土地改良予算は一方で大幅に伸びており、安倍農政は小規模農家、つまり地域社会を経済の面でも支えている人たちを切り捨てる一方で従来型の農業土木を推進している。誰のための農政なのかと申し上げたいし、まさに土地改良などの農業土木はいつまで継続するかわからないわけであります。それぞれの地域において、長期にわたって暮らし続ける、住み続ける、営みを続ける。そのためには一次産業で最低限食べて、再生産をしていけるという基盤を整えなければ、過疎地域に暮らす人たちは居なくなります。

安倍政権はこうした暮らしを社会を下から支えて押し上げるという、いま我が国がとらなければならない経済政策の方向とは逆行し、強い者をより強くする、豊かな者をより豊かにする。そうすれば、世の中全体がそこに引っ張られて良くなる、あるいは豊かさがしたたり落ちるという、全く時代遅れとなった政策に強弁をし、社会の分断と貧困を招き、そして、思った通りの案的な経済成長をもたらすことができないという結果をもたらしている。

逆行しているのは明確です。例えば、この国会でも生活保護費の母子加算。わたくしこの国会の一番最初の本会議でこの点について指摘をしましたら、「6割の人は増えるんだ」という答弁にとどまりました。まさに安倍政権の姿勢を象徴しているとわたくしは思います。確かに母子加算については6割の方が増えるというのは客観的な事実です。その方は増えるんだから結構なことです。しかし、6割が増えるということは4割は減るということを認めてらっしゃるんです。せめて、「4割は減るけども、こういう人たちだから大丈夫なんだ」という答弁をしなければ、この4割を切り捨てていることに他ならないじゃないですか。
「保育所の数を増やすよう努力をしている」とおっしゃっていますが、おっしゃっているだけで、保育士の賃金増による待機児童対策よりも無償化を優先する政策をいまだに推進しています。確かに無償化が実現できるならば結構なことです。我々も将来の方向として目指したいと思っています。しかしながら、限られた財源とおっしゃっているのは、いつも与党じゃないですか。

限られた予算を無償化に回すことが本当に合理的なんですか?
今何よりも、今何よりも手を差し伸べなければならないのは、保育所に入りたいと思っているのに入れていない人。その人たちに保育所を提供することこそが、無償化よりも圧倒的に優先度は高いんじゃないですか?
しかも、現在の保育料を国も所得に応じて段階をつけていますから、実は無償化されて一番恩恵を受けるのは高額の所得を得ていながら保育所に子供を預けることができている人たち。私はその人たちも財源があるならば、無償で安心してお子さんを預けていただける、そこを目指すべきだと思いますが、優先順位は所得が低いのに保育所にも入れないような、そっちの人たちを救うのは当たり前じゃないですか。こんなちぐはぐなことをやっておいて、先ほどから「やってるじゃねえか」という野次が飛んでますけども、やってるんですか? やってないじゃないですか。逆行してるじゃないですか。

税だってそうです。これは低所得者ではありませんが、一部の中堅所得層の給与所得控除の見直しをしたのは誰ですか? 国際観光旅客税を含めて、とりやすいところからとるという税制の改悪を進め、例えば、金融所得課税などは先送りをしているじゃないですか。強い者・豊かな者には優しく、苦しい環境にある人たちには厳しく。それは、繰り返しますが、そうした皆さんが気の毒だからにとどまりません。そうした皆さんの所得を底上げして消費をして頂かない限り、従来型の経済政策をいくら打っても、消費が伸びない限り、我が国の安定的な経済の再建はありえません。

経済については、あと30分くらい話したことがあるんですが、最後に安倍総理の典型的な勘違いを申し上げて、次のテーマに移りたいと思いますが、1月31日の参議院予算委員会で安倍総理は国民生活の困窮化の一例としてエンゲル係数の上昇が見られることを質問され、「物価変動とか食生活や生活スタイルの変化が含まれている」と場違いな答弁をされている。
こんな認識なんですから、所得の低い人たちの所得を底上げをしなければ景気を回復させることはできないという、今の社会において日本経済を立ち直らせることは到底できないということを最後に強く指摘をしておきたいと思います。

不信任理由4「モリカケ問題」
(1:11:36〜1:46:13)
枝野代表:
4番目に政治と社会のモラルを崩壊させる、いわゆるモリカケ問題にも触れておかなければならないと思います。
まず、このモリカケ問題には、第一に約9億円の国有地が8億円ほど値引きして売られようとしていたという本質を忘れてはならない、というふうに思います。まさに国民の皆さんから集めた税金の使い道について厳しい声が挙がっています。そうした状況の中で国有地が8億円もダンピングされたというのは、その分の税金が食い物にされたのと意味は同じです。

本来であれば、本来であれば・・・、
(与党席からの「野田中央公園はどうなんだ、説明してください」という女性議員からの野次に対して、野次の方向を指差しながら)
黙らせて頂けますか?

(なおも野次を注意しない議長に対して)
黙らせて頂けますか? 黙らせて頂けますか?
議長、不適切発言に対しては指導をして頂きたいと思います。

大島議長:
ご静粛に。ご静粛に。どうぞ、続けてください。

枝野代表:
(なおも野次を続ける女性議員に対して)
ミズタ議員、黙って頂けますか?
(杉田水脈議員の言い間違いと思われる)

この8億円もの値引きがどうしてされようとしていたのか。財務省の皆さんはそれには批判もあるかもしれませんが、国民の皆さんから納める税金は1円も間違いなく納めて頂くために努力をされている。国有財産を売るにあたっては1円でも高く売るために努力をされている。わたくしはそうした財務省の基本的な姿勢は、それは「少しでも税金を安くしてほしい」「少しでも安く国有財産を手にしたい」という皆さんには残念なことであるかもしれませんけども、正しい姿勢だと思っていますが、その財務省がなぜ8億円も値引きを認めようとしたのか。ま、いったんは認めたのかという深刻な問題であります。こんなことが日常茶飯に起きたとしたら、我が国の財政はどんなに国民から税金を頂いたとしても回るはずがありません。

したがって、なぜこんなことが起こったのか。その原因、本質を明確にすること。そして、そのことにもとづいて再発防止策をとること。原因もわかっていないのに、全貌も解明されていないのに再発防止を打てるはずがありません。あとで述べる改ざん問題なども含めて、「責任を痛感します」とか「真摯な反省」とか「再発防止」とか言葉だけは踊っていますが、全貌解明の妨害をし続けているのは誰なんですか?
全貌解明に抵抗しているのは誰なんですか?
全貌解明に協力をしない。そうした与党の姿勢こそが、まさに税金の無駄遣いを生み出す、膿(うみ)そのものではありませんか?

そもそも、これだけでも問題なのでありますが、第二に申し上げなければならないのは、安倍総理の昭恵夫人が夫人付きの公務員である谷査恵子氏を通じて行政に問い合わせるという関与をしていました。このことは既に明らかになっています。このことだけで大問題じゃないですか?
他に、こんなおかしな値引きをしたことについての合理的な説明が一切なされていない以上は、このことが影響を与えていたという以外、現状では追認しようがないじゃないですか。

安倍総理は「関係していたら総理も議員も辞める」という発言をされました。この発言があろうと無かろうと、この事実をもってしてだけでも、まさに権力の公私混同の問題として深刻な問題であることは明らかであります。にも関わらず、昭恵夫人も谷氏も国会はおろか記者会見などの場を含めて、全く説明をされておられません。
財務省が改ざん、隠蔽してきた文書の多くをこの国会で野党の協力によって公開にまで持ち込むことができました。野党各党が粘り強く追及してきた成果であると思っていますが、そもそも本来であれば、総理や政府自身、あるいは自民党が積極的に真相解明に努力すべきであると思いますが、全くそうした姿勢は一貫して示されませんでした。そして、非常にわかりやすいのが関連する文書の多くがようやく野党の追及に応じて出てきましたが、なぜか昭恵夫人や谷査恵子氏が関与していたとされる時期の文書だけ未だに出てきておりません。

さらに言うと、ビックリしましたが、日本共産党さんが指摘をされました「最高裁まで争っても公開はしない」とされる打ち合わせ文書が出てきた。こうした文書が本物でないという否定もできていません。本物かどうかわからない、というか答えないという状況です。本物だから否定できないんですよね。「最高裁まで争っても公開しない」という、そんな姿勢。
まさに総理が指導力を発揮して、「公開できるものは公開する」と言うべきじゃないですか。こんな姿勢で「自分の配偶者は関与していない」といくら言い張っても、誰も信用しないのは当たり前のことじゃありませんか?

モリカケ問題に関連しては3つ目、加計学園問題であります。国家戦略特区に至るプロセス、獣医学部の設置認可に至るプロセス。まさに行政の中立性、公平性を損ないかねない疑惑であります。これに全く真摯に対応していないどころか、真実に目を向けない姿勢がもはや明白であります。何度も指摘をされていますが、改めて申し上げたいと思います。

公開された愛媛県の文書。平成27年の3月付の文書には3月3日の打ち合わせ会において、加計学園のした報告が記載されています。2月25日に総理が加計理事長と面談し「いいね」と言われた。ま、公文書であるのかということには色々な議論がありますが、愛媛県の地域政策課が作り保管していた文書において、総理が加計理事長と面談して「いいね」と言われたことが明確に書かれているところであります。
スゴイのは、加計理事長などが「事務局長がその場の雰囲気で作り話をした」と釈明をされたことであります。愛媛県の一連の記録と照らし合わせれば、明らかにこの加計理事長の説明は矛盾をしており、この理事長の「雰囲気で作り話をした」という釈明こそが虚偽であるのは明らかであります。

一つには、その3月の文書の冒頭に何と書いてあったのか。「加計学園から理事長と安倍首相との面談結果等について報告したいとの申し出があり」というのが冒頭の記載です。つまり、この会合自体が打ち合わせ結果、安倍総理との面談結果を報告したいという申し出にもとづいて、この会合がセットされてるんですから。その場の思い付きで安倍総理との会談の話が喋られたわけではないというのは記録上、明々白々じゃないですか。これだけでも加計学園は大嘘つきだとハッキリしています。

一つだけではなんなんで、愛媛県の公表文書。一つ前の文書は2月付の文書です。その2月付の文書にはどう書いてあったか。「理事長が安倍総理と面談する動きもある」と明記されています。2月の会合で理事長が安倍総理と面談する動きもあるという報告をし、3月の会合は理事長と安倍総理との面談結果を報告したいとの申し出でセットをされ、そこで「いいね」と言われたと報告したと。
これが全部、記録上も明確に残ってるんです。 これが作り話? ありえないですね。

まだあります。この3月付の文書。「柳瀬首相秘書官から改めて資料を提出するよう指示があった」との加計学園からの報告が記載されています。そして、次の文書で「資料提出指示を受けて、柳瀬秘書官と加計学園が協議の日程を調整している」との加計学園からの報告内容が記載されて、実際にこの流れの中で問題となっている柳瀬秘書官との面談が実現されているわけでありまして、総理と加計理事長の面談からこの一連の流れが進んでいるということは記録上ハッキリとしているじゃないですか。

そもそも学校の設立認可という公権力の行使の選択にあたって、こんな形で政治家が関与していたとすれば、そのこと自体が大きな問題でありますが、県や市も多額のお金をこの加計学園に出していますが、学校設立されてしまった以上はここには毎年私学助成金という形で国費も出て行くんです。
獣医学部のように実験などを行う学部が私学助成金なしで経営が回っていくのは現実的にはありえません。
学校が存続する限り、私学助成金が無い限りは経営が成り立たない。これもまた税金の使い方、使われ方の問題であり、しかし、愛媛県や今治市だけではない。国費の問題でもあるんです。

安倍総理は国家戦略特区のワーキンググループのプロセスに瑕疵(かし)がないことを繰り返し強調していますが、全くピントはずれの言い訳だと言わざるを得ません。仮にワーキンググループの設立に今回は瑕疵が無かったととしても、総理との関係を背景にして総理秘書官から特別な指導、助言を受けていれば、行政の中立性、公立性を損ねるものになります。
あるいは国家戦略特区としての正式な申請の前段階のプロセスであったとしても、それこそ加計理事長の言い訳のように総理の名を騙って県や市を騙すような決定的な瑕疵があるならば、設立認可そのものに瑕疵があると言わざるを得ません。

そもそも申し上げたいんですが、この柳瀬秘書官というのは、わたくしも経済産業大臣をやらして頂いたので存じ上げていますが、経済産業省から総理秘書官に出てらっしゃったんですよね。この国家戦略特区は、その結果、学校の設立といった意味では文部科学省に影響を持つ話です。獣医師さんという話では農林水産省に影響する話でありますが、内閣府の所管であります。私立の大学の学部を設置する。しかも、一次産業系の学部を設置することについて、そもそも柳瀬秘書官は知見もなければ、所掌(しょしょう)したこともない。なんで柳瀬秘書官が関与して、指導・助言しているのか。それはまさに総理秘書官だからに他ならないじゃないですか。総理秘書官が関与しているから内閣府を始め、各省庁、それを忖度するなり、事実上の指示が出ていたと私は思っていますが、それは断定はしません。しかしながら、まさに、なぜ所掌ではない経済産業省出身の秘書官が関与をしていたのかということ。この1点をもって、まさに官邸としての影響力を行使させようとしたことはそれだけで私は明々白々だというふうに思いますけど。
これらだけでも内閣3回くらい吹っ飛んでもおかしくないんですから。んですから。

この問題はさらに言うと、このまま放置をすれば、とんでもないことになるという、そういう問題です。
総理のような権力者と友人であるならば、あるいは権力者の配偶者に取り入ることができれば、行政的に有利に取り計らってもらえるかもしれない。そういう認識を世の中に生じさせているということであります。
行政の中立性、公平さに対する信頼が急激に著しく今劣化しています。
こうした状況を放置をして見逃せば何が起こるか?
有利に取り計らってもらおうとして、権力に取り入る、すり寄る人間が増加する。その一方で「そうした機会はつくろうと思っても、とてもできないよね」と多くの皆さんは考えるでありましょう。そうした皆さんは「どうせ一部の人だけがいい思いをするのでしょう」という意識に陥り、モラルとモチベーションが低下することになる。
これは、まさに日本社会を崩壊させる危機です。
したがって、多くの国民の皆さんが「ああ、やっぱり行政は中立、公正なんだ」という納得感を得させなければ社会のモラルを崩壊させる。その責任はこうした疑念を生じさせた安倍総理にあるということは間違いないじゃないですか。

ま、森友・加計学園問題に関連をして、5番目に指摘をしなければならないのは、単独で1項目、7つの内の1項目に立てたいくらいの話でありますが、この真相解明を妨害するような、そうしたプロセスの中で出てきた公文書の改ざん問題であります。

これは、行政の末端の、ごくごく一部の数人が個人的な不祥事を隠すために改ざんしたなどという、過去にも残念がら時々生じている不祥事とは全く本質的には違っています。公文書との改ざんを、しかも国会との関係です。中央官庁の中枢部が大掛かりに実施をしたということが本質的な問題です。国会から求められている資料提供や報告を求められている案件について公文書を改ざんしたということはどういうことか。国会を騙したということであり、国会を通じて国民を騙したということに他なりません。

(野党席から「そうだー」の声が多く挙がったこと受けて)
この問題は、与党の皆さんも「そうだ」と言わなければ、おかしいんですよ。騙されたのは皆さんも一緒なんです。その本質的な意味を理解されていないことに、今の自民党の劣化が象徴されているとわたくしは思います。

行政が国会に改ざんしたウソの文書を出したら国会は成り立ちません。いや本来であれば、あとで申し上げますが、国会の内外で虚偽答弁が繰り返されている。それに対しても問題です。でも残念ながら、過去も国会などで事実と違う答弁をされたりすることはありました。だから国会では、特に野党は「文書を出せ」ということに力を注いできてるんです。さすがに公文書は正しいことが書いてあるはずだ。だから、残っているはずの文書は何なのか。それを探り出し、それを公開させることによって、口先ではごまかそうとしても、事実を認める。そのことのために努力をしてきて、そのことによって成果もあがってきている。
にもかかわらず、その国会に出す文書を改ざんする。国会を騙すために改ざんするなどということを認めてしまったら、国会を騙すんですから与党も騙すかもしれませんよ。与党の側にもウソを書いた文書を出してくるかもしれませんよ。そうした状況を許すということを本当に危機感を持ってらっしゃらない与党議員の皆さんを私は大変残念に思います。

こんなとんでもない改ざんが行われたにも関わらず、残念ながら誰も刑事責任を問われていません。ま、検察審査会に国会議員が介入することはできませんが、検察審査会に期待をしたいと述べるにとどめたいと思います。加えて、最も重い処分が停職3ヶ月。あとで話が出てきますが、外務省で停職9ヶ月の方がいるので、そっちはよっぽど重かったんですね。これの3倍あるんですからね、ということをここで申し上げたいと思いますが。
国会を騙すようなことをして停職3ヶ月?
それぐらいの停職で済むということで「こういうことをやっていいんですね?」と認めてるようなもんじゃないですか。あえて言えば、主観的意図はわかりませんが、まさに経緯からすれば安倍総理を守るために改ざんをしたと受け取られても仕方のないプロセスなのはハッキリしてるわけですから、「総理を守るためだったら、こんなとんでもないことしても、こんな軽い処分で済むんだ」と、ここでもモラルハザードを生じさせるんじゃないでしょうか。

佐川 前国税庁長官は理財局長当時にこうしたメチャクチャな改ざんを行っていた中心にいたのは、これはもう政府としても認めているわけです。その方を野党の指摘を、「こんな人にしていいんですか?」という指摘を払いのけて「適材適所」と国税庁長官にしたのは安倍総理です。確かに財務大臣かもしれませんが、あとで申し上げるとおり、今や幹部公務員の人事は一元化して総理自身「適材適所」と繰り返しておられました。未だに「適材適所」とおっしゃっているようなんですが・・・、信じられません。
総理のために停職処分を恐れず、公文書を改ざんして国会を騙すような人は、総理にとっては適材適所なのかもしれませんね。

公文書が信用できないということになれば、これ国会としても役所が出してくる文書をいつも「改ざんされているかもしれない」と疑念の目を持ちながら議論しなければなりません。そして、多くの国民の皆さんの国民生活だって、役所から来る公文書は正しいものだという前提でほとんどの国民の皆さんは暮らしています。
役所から例えば納税の通知書が来れば、自分でいちいち計算し直して自分の税額が合っているか調べる人はあまりいません。役所から「あなたの年金はいくらです」と通知が来れば、年金なんとか便というのをつくって過去の支払いの実績がチェックできるようになっていますが、毎回毎回チェックする人もそうはいらっしゃいません。役所はそうは言ったって、役所の作る文書は正しいんだという信頼関係のもとに社会というのは成り立っています。この公文書改ざんをこのままで臭いものにフタをしてしまったのでは、この社会全体の公文書に対する信頼が揺らいだ状況を放置することに他なりません。この社会そのものを壊してしまうことに繋がっていくと、わたくしは強く危惧をしているところであります。

公文書に対する扱いは財務省にとどまりません。あとに防衛省、自衛隊の日報問題についても述べさせて頂く予定になっています。ま、そもそも、「由(よ)らしむべし 知らしむべからず」という江戸時代以来、あるいはもっと古いかもしれません、まさに我が国の間違った意識が残ってしまっているのではないでしょうか。
先ほど申しましたとおり、わたくしは明治維新以前の西洋近代文明が入ってくる前からの日本の歴史の伝統の中には再評価すべきもの、しっかりと引き継ぎ、それを国際社会に合わせて応用して活かすべきものが多々あると思っています。しかしながら、まさにこの「由らしむべし 知らしむべからず」という意識を行政に関わる人間、それは政治家も含めてですが、わずかなりとも思っていてはいけないとわたくしは思います。
そうした意識を持っているのではと疑わざるを得ない。大本営発表にも繋がったようなこうした意識を払拭させる責任は総理にあるにも関わらず、総理自身が膿の産みになっているという状況では、とても内閣を信任することはできません。

森友・加計学園についての6点目は、加計学園。森友学園は理事長は学園の経営からは退かれました。加計学園の加計理事長は今も理事長のままでおられます。まったく矛盾に満ちた、まさにデマカセと言っていい説明を繰り返し、逆に百歩譲って、もしこの加計理事長の言っていることが本当だとすれば総理の、「腹心の友」という日本語を私あまり聞いたことがないんですが、相当親しいご友人がトップである法人が総理の名を騙って、騙ったわけですからね、愛媛県や今治市に対しては。しかも、勝手に騙って獣医学部の設置を有利に進めようとしたことになるわけですね。総理とのご友人だったのは事務局長じゃありませんね。事務局長が言ったと、百歩譲って言ったとしても、総理と加計理事長がご友人だったことを奇貨(きか)としてやってるわけですね。
なんらの責任を感じる姿勢も示さず、説明責任をまったく果たしていない。
「もう記者会見はやらない」なんて言ってますよ。
こんな方に教育者のトップやらせていていいんですか?

この認可過程に決定的な問題があります。
ありましたが、学校として現に出来上がってしまい、ここの学んでいる学生さんたちがいらっしゃいます。そうした現実を踏まえるならば、やるべきことは加計理事長は加計学園の少なくとも獣医学部の経営から手を引かれ、第三者に経営権を移譲すべきであると思いますし、友人であるならば安倍総理はそれを促す責任があると思います。そうでなければ、こんないい加減な無責任な人間が教育機関のトップをやっているという教育におけるモラルの崩壊に繋がっていくとわたくしは思います。

(野次に対して)
「民間に口出すな」と野次っている人がいますから、私の話ちゃんと聞いてくださいね?
「総理、友人として促すべきだ」とわたくしは申し上げました。
それが日本の社会の秩序、モラルを維持すべき責任を持っている日本の政治のリーダーとしてのご友人に対する姿勢ではないでしょうか? 皆さん。

ま、総理のおっしゃる友人というのは、同じような高い志を持って違う道だけど頑張っていこうねというのがわたくしは友人というものの定義だと思っていますが、一緒に楽しくゴルフをやるというのがお友達なのかなと思いますので、しょうがないのかもしれませんね。

モリカケ問題の7番目の問題点。これは検察捜査への介入の疑惑まで生じている。
大阪航空局作成とされる文書、これもこの国会の中で指摘をされました。
「官邸も早くということで法務省に何度も巻きを入れているが、刑事処分が5月25日夜という話はなくなりそうで」
捜査することすら否定してます。
検察庁法14条は「法務大臣は個々の事件の取り調べ、または処分については検事総長のみを指揮することができる」と明記をしています。
法務大臣ですら検事総長のみを指揮することができるんですから、法務省の役人や、ましてや法務省以外の行政機関の役人が検察に対して犯意をすることがあってはならないのは、この検察庁法14条が前提としています。
検察権、指揮権発動以外の手続きで、官邸を含めた行政機関が法務省を通じて個別事件の捜査に巻きを入れていれば、明らかに検察庁法に違反した捜査への不当介入であります。当該文書は行政の当事者でなければ到底つくれない内容になっており、怪文書では到底ありません。

ま、そもそも昨年のモリカケ問題発覚以来、怪文書と最初称していた文書が実は本物だったことの繰り返しではないですか。財務省、会計検査院、これだけの問題。検察捜査にまで官邸が影響力を行使して行政を歪めているとの疑念をこのまま放置したのでは、この国は何者も信用できない国になってしまう。法治国家とは到底言えない状況になってしまいます。私は現時点でこの文書が本物だったというつもりはありません。しかし、政府自ら積極的に調査をして真実を明らかにする必要があります。巻きを入れた事実があったのか無かったのか。しっかりと調査をすべきでありますが、その調査すら放棄をして開き直っている姿勢は到底許しがたいものがあります。

以上、申し上げてきた通り、一連の森友問題、加計学園問題はいわゆるスキャンダルではありません。行政の公平性、連結性を損ねる。放置をすればモラルハザードを招く。社会と国家の危機であります。
今なお多くの国民が総理や政府などの説明に納得できないという状況であります。このこと自体が危機であります。「丁寧な説明「膿を出しきる」と繰り返しましたが、実態は逃げ回る一方であります。確かに我々に対しては「いつまでモリカケばかりやっているんだ」という声もあります。そもそも「ばかり」でないというのは客観的な事実として申し上げておきたいと思いますが。同時にモリカケ問題の追及は真相解明までどんな声があっても諦めずにやり続けます。

ま、総理はいずれ時間が経てば多くの国民が忘れてくれると思っているのかもしれません。そもそも昨年秋の総選挙がモリカケ隠しの意図があったのではないかという声もありますが、何度解散されようと、どれぐらい時間が経とうと、真相解明されない限り、このことを追及していくのは行政の中立性、国会答弁や公文書に対する信頼性を守るための野党としての責務であると考えています。

総理を始めとして、政府・与党が真相解明に積極的に対応すれば、そもそもこんな大きな問題になっていなかったかもしれません。
安倍昭恵夫人、谷査恵子氏、加計理事長、愛媛県知事、再度の佐川氏など、後ろめたいことがないのならば、与党から積極的に国会での招致などを求めるのが当たり前じゃないですか?
行政の内部文書と思われるような文書が明らかになったら、積極的に調査し報告すべきじゃないですか?
後ろめたいと思っているから、やらないんでしょう?

そもそも、公文書も、総理を始めとする行政の国会での説明も信用ができない。中立性、公平性に信用ができないという状況では、内政・外交ともにまともに進むはずがないじゃないですか。
国会などで様々な答弁を引き出し、政府の認識を明らかにしても、あとになって発言が、文書の内容が簡単にひっくり返されたのでは論争自体、意味が無いじゃないですか。多くの国民の皆さんが政府に対する信用・信頼を持っていない中で、強力な政策推進ができるはずが無いじゃ無いですか。

私たちは全貌解明に至るまで追及を続けることをここで申し上げると共に与党の皆さんに対しては、国会は明後日、通常国会は再延長はありませんので閉会をしますが、臨時国会を開き、あるいは臨時国会を開かなくても閉会中審査でも、いくらでも先ほど申し上げました関係者に国会に来て説明をして頂くことはできますので、ぜひしっかりと国民の信頼を取り戻す。本気で膿を出しきる姿勢を示して頂きたいとこの場を借りて強く求めていきたいと思います。

不信任理由5「不誠実答弁、民主主義のはき違い」
(1:46:15〜2:18:13)
枝野代表:
5番目のテーマについて申し上げます。森友・加計学園についてもそうでありますが、それにとどまらず、ごまかし、いい加減な国会答弁の数々。そもそも民主主義のはき違いが著しい。そのことをもって安倍内閣は到底信任することはできません。

審議不十分の声を押し切った強行採決は数知れません。冒頭のカジノについて災害の中、強行していること。高度プロフェッショナル制度の問題。後ほど述べますが参議院選挙の問題、等。まさに、時間が来たからどころではない。参議院の選挙制度に至っては、ろくな審議もせずに採決をしている。

ご飯論法とか、信号無視話法という言葉が、この国会を通じて巷に出回りました。聞かれたことに答えるから議論になるんです。聞かれたことに答えないで、はぐらかす。というのは、目先の論争では一瞬勝った気になって、言った人は気分いいかもしれない。ですが、見てる人はみんな見ています。結果的に聞かれたことに答えない。全部ずらした、ごまかした答弁をしているということで加藤厚生労働大臣、そして安倍総理。「ご飯論法」と世の中から嘲笑われる結果となっている。

聞かれたことに正面から答えないだけにはとどまらず、聞かれてもいないことをダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラ、ダラダラしゃべり続ける安倍総理の姿勢。

(野次がおさまらないため、枝野氏、15秒ほど黙り込む)

わたくしは・・・、わたくしは安倍内閣がいかに不信任に値するかということを発言する機会を頂き、ここで発言をし、安倍内閣がいかに不信任に値するかということを一貫して述べさせて頂いています。
国会における、少なくとも国会における予算審議や法案審議などにおける行政府の皆さんの仕事は、自説を述べることではありません。国会で問われたことに行政府を代表してお答えになる。聞かれたことに答えるのが予算、法案審議における大臣の仕事、役割、責任であって、聞かれたことをダラダラ話している安倍総理と、味噌とクソを一緒にしないで頂きたい。

ま、そもそもこの聞かれたことに答えずに、聞かれてもいないことを答えている姿勢だけでも不信任に値すると思いますが、それにとどまらず、平然とウソをつき、開き直る姿勢がますます顕著になっています。1個1個挙げようと思って調べたんですが、あまりに多すぎて、それだけで5〜6時間になりそうなので、最近の顕著なものだけ指摘をしておきたいと思います。

小野寺防衛大臣。いわゆる赤坂自民亭の件で当初は「報告を受け、指示をしていた」と発言をされていました。ま、そしたら「飲みながら指示してたのか」と指摘を受けたので、慌てて撤回をしました。慌てて「会合が終わってからだ」と撤回をしたら、「その後も指示は受けてない」と防衛省から発言があり、要するに口からデマカセを言っていたということが明らかになっている。

赤坂自民亭に関しては、西村副官房長官が「災害発生時に会合をしていたかのような誤解を与え」、開き直りました。
何が誤解なんですか?
災害は発生してなかったんですかね?
しかも、総理は西村副長官を注意したらしいのですが、情報発信について注意されただけ。西村副長官について言えば、実は「大雨はヤマを越えた」とのツイートをしているんです。結果的に、このことを信じて被害に遭われたことを今のところ聞いておりませんが、自己正当化のために被害を拡大させかねない不適切な発言だと言わざるえを得ません。
情報発信について注意するならこちらですし、災害の時の官房長官、官房副長官。まさに多くの国民の皆さんが、こここそがまさに様々な国家の情報が集約されていて、実は最新の最も広範な情報を持っていると多くの国民の皆さんが思ってらっしゃいます。わたくしも自らの経験で必ずしもそうでないことを知っているんですが、多くの国民の皆さんがそう思っている中で「大雨はヤマを越えた」というツイートは、これだけで私は辞職に値すると思います。

閣僚ではありませんが、この話はいまだに信じられないんですが、河村予算委員長。総理との会食直後に「総理が集中審議は勘弁してほしい旨、発言していた」と明言をされている。ま、翌日撤回をされている。
自民党はウソつき、ホラ吹きを予算院長にしてるんですか?
前の日に堂々と記者の前で明言してるんですよ。
これ、なんか勘違いしそうな話ですか?
日付を間違えたとか、総理の発言をどなたか別の議員の発言と間違えませんよね?
明らかに撤回がウソであるか、もし撤回が本当であれば記者の前で総理が言ってないようなことをホラを吹く。そういう方は予算委員長にしてるんですか?
ま、わたくしは河村委員長を知らないわけではありませんので、河村委員長がホラ吹きだという印象を持ったことは一度もありませんが。撤回がウソだとしか思いようがないんですが。どちらにしても河村委員長、ウソついたってことですね。

ま、古屋議運委員長については昨日の本会議で同僚議員が厳しく指摘をいたしましたが、せめて説明ぐらいしろよと。説明もできない状況なら身を退かれたらどうですかということを改めて申し上げておきたい、というふうに思います。

民主主義のはき違いという意味でここで厳しく指摘をしておかなければならないのは、参議院選挙制度のことであります。
定数を増やす?
意味がわかりません。
確かに、確かに議員の数をただ減らしていくことが本当に良いことなのかという疑問の声が出てきていることをわたくしは承知をしております。しかしながら、来年の10月に国民の皆さんに、自公の皆さんは消費税を10に上げるということを押し切るんでしょう?
その直前に国会議員の定数を増やす選挙をやるという、その発想がわたくしには理解ができません。

百歩譲っても一票の格差と関係のない、なんで参議院の比例定数を増やすんですか?
まったく意味不明です。
特定拘束枠も意味不明です。
1県1代表にすべきではないかという声は非常に強く思います。抜本改革が必要だと思います。
抜本改革が間に合わないからといって、その地域の人たちを比例で優遇する。
百歩譲ってそこまでわかるとしたら、なんで2じゃないんですか?
合区で1県1代表出せないというのは、合区になっているところが2つあるわけですから、4県ですから、そのうち4県から2人しか出せないわけですから、2つ特定枠があればその対象にはなるんじゃないですか? 当面の策として。
そもそもが、そもそもが、非拘束名簿の中に拘束名簿を入れるという全くムチャクチャなことでありますが。先ほどから言っています、百歩譲っても定数を増やしてまでやることは意味わからないし、そしてその合区対策だと称するなら、2より多い数にしてるのは意味がわからない。
いろいろな意味がわからないことを今申し上げているので、意味がわからないからといって、違うことに賛成するという意味でないのは子供でもわかる理屈だと思いますが、いかがでしょうか? 皆さん。

しかも選挙制度は民主主義の根幹であります。
平時においても与党だけで十分な議論もなく、十分な議論がないとはどういうことかというと、国民の知らないうちに決まるということです。国会の中で時間をかけて議論をするということがあれば、国民の皆さんの間でも「あー。そういうふうに変わろうとしているんだ」「それはおかしいじゃないか」とか「それならいいんじゃないか」とかという国民の皆さんの、ま、ご関心のある方だけかもしれませんが実態は、でも知ろうと思えば知ることになるわけですが。まったく審議の時間もとらずに、あっという間に成立をさせてしまった今回のプロセスでは、ほとんどの国民の皆さんがどう変わるのか知らない間に、しかも災害対応に多くの皆さんが大変な力を注いでおられる中で、どさくさ紛れと言わざるを得ません。まさにこうしたプロセスも含めて、この選挙制度の改悪というものは到底容認することはできませんし、形式は議員立法にありますが、時々安倍総理は総理大臣と自民党総裁を便利に使い分けておられますが、議員内閣制においては議会の多数派と行政府が一体となる。議会の多数政党の党首と内閣総理大臣が一体となるという仕組みの中で出来上がったものなので、「それは議員立法で勝手にやっとけ」なんていう言い訳はもしなさるとすれば、議院内閣制の基本をわかっていない理屈だということを申し上げておきたい。

そもそも、民主主義とは単純な多数決とイコールではありません。そこを履き違えておられるんじゃないかとわたくしは強く危惧をしております。選挙で勝って多数があるんだから、何をしてもいいわけではありません。そもそもが現在の衆議院の議席数は投票した人の相対得票すら反映していません。自民党と公明党、与党の皆さんで先の衆議院選挙の得票は過半数の相対得票を得ていませんからね。その上で申し上げますが、多数決と民主主義はイコールではなく、多数決とは必ずしも正義ではありません。すでに言われている話ですが、いわゆるエレベーターのパラドックスという話があります。老朽化した分譲マンションにエレベーターをつける。みんなで一致をしてエレベーターをつくることに賛成をした。エレベーターの費用分担をどうするのか。ま、実はこうしたマンションの決定のあり方は単純な多数決ではありませんが、そこを少し省略する説明をすると、例えば2階以上の住人が結束をすればエレベーターの費用負担を1階の住人だけに押し付けるという決をとることが可能になる。似たようなことをしてるんですよ。

(与党席からの女性議員の野次に対して)
似たようなことをしてるんですよ、高橋ひなこさん。

民主主義というのは、必ずしも多数決とイコールではない。多数決をもってしても、やってはいけないことがある。多数決をやる前にはやらなければならないことがある。わたくしはみんなでご飯を食べに行こうかという例を時々申し上げています。仲間内でどこかご飯を食べに行こう。

(野次がひどくなってきたことに対して)
あんまりモノをわかっていない方がこの議場には多いので、わかりやすく説明をさせて頂いておりますので、ぜひ聞いて頂きたいと思います。

(野次がおさまらないことに対して)
聞いて頂きたい方がうるさい状況ではしゃべりにくいんですけども。

いいですか?
仲間内でご飯を食べに行こうと。寿司にしようか、肉にしようか。ま、意見が分かれたら多数決でものを決める。ま、みんながそう言っているから、今日はそうしようと。しかし、例えばその中に足が不自由で車椅子の方がいらっしゃれば、他の皆さんが「あの店ウマいからそこにしよう」と思っていたとしても、車椅子の方ではなかなか入れない、バリアフリーになってない店は除いて、その中から皆さんの多数意見はどこだろうかと決めるのは当たり前じゃないですか。つまり、多数の意見だからといって押し切って良いわけじゃなくて、その中で、みんながお互いに譲り合う。配慮し合うことの中で、理不尽ではない、不合理ではない、その範囲の中で、多数の意見で決めていこうとしなければ物事はいけない。それが民主主義なんです。

そもそもが民主主義は多数決ではないんです。民主主義というのは主権者である国民みんなでものを決めて国を動かそうというのが民主主義なんです。民主主義で、みんなで決めたいんですが、残念ながら1億2000万を超える国民の皆さんがみんなで集まって相談することが出来ないので、やむなく仕方なく、それを補う手段として選挙という多数決が使われている。そして、そして、国会の中でみんなで一致してものが決まるのが、本来の民主主義の望ましい形でありますが、残念ながら全ての県で全員が一致することはありません。その場合の手段として多数決が使われることがある。しかし、多数決だから正しいわけではありませんし、正当な手続きではありません。なぜ民主主義において多数決という手段が使われるのか。それは多数の言っていることが正しいからではありません。熟議を繰り返した結果として多数の意見であるならば、少数の意見の人たちも納得するから。多数決というのは少数意見の人たちも納得するための手段として多数決が使われる。
少数意見を納得させようという意思のない多数決は、多数決の濫用です。

多数決が少数の人たちを納得させる手段として正当性を持つためには、多数決を前提として正しい情報が開示されなければなりません。例えば、先ほどの例に引き寄せてお話をすれば、じゃあ、肉屋にしようか魚にしようかというときに例えば、肉屋は5万円です、魚屋は5000円です。その情報を何も言わずに「どっちにする?」と聞いて、どちらかに答えてもその結果で「私は5万円の肉だったら、5000円の刺身のほうが良い」などという話になるわけで。少数意見も納得するものの決め方というのは判断するに必要な情報、材料がキチッと公開、提示をされた中で、それぞれが判断する。そうしたことの中で、そうしう前提の中で「多くの皆さんがそうおっしゃるのならば、自分は違う意見だけれども、みんながおっしゃるのなら仕方がない」これが、まっとうな民主主義における多数決の定義であり、大前提です。
その大前提を欠いて、つまり国会でウソをつき、国会に改ざん文書を出し、提示を求めていた資料を出さず、そして十分な議論の時間も与えず、拙速に物事を決めるプロセスを重ねているのは、まさに民主主義のはき違いであります。

民主主義のはき違いという観点からは先ほど、足の不自由な方の車椅子の話を申し上げました。あるいはエレベーターのパラドックスの話をお伝えしました。どんなに数を持っていても理不尽なことはやってはいけない。その理不尽なことは何なのかをあらかじめ決めているルールを民主主義の国における立憲民主主義として憲法というルールで定めているんです。あらかじめ一時の多数決では変えてはいけないこと。一時の多数決を持っても変えてはいけない、理不尽なこと。それが何なのかを決めて、こういう理不尽なことはやってはいけませんよという枠の中でしっかりと熟議をして、情報を公開して、少数意見も、それは政治ですから、建前としては今さら賛成とは言えないよね。でもここまで議論をして、これだけ情報開示をして、理不尽でないならば意見は違うけれど仕方がないね。
これが本来のまっとうな民主主義の姿であります。

その手続きをこの国会で全く踏んでいない上に、安倍政権は立憲主義そのものも破壊工作を進めています。そこはあまり長く繰り返しませんが、集団的自衛権は憲法違反である。誰が言ったわけでもありません。歴代自民党政権が積み重ねてきた憲法の解釈を一方的に変える。憲法というどんな数を持っていても、そういう理不尽なことをやってはいけませんよということを決めているルールを憲法改正の手続きもとらずに勝手に無視して集団的自衛権の一部行使容認を進めた。まさに立憲主義も立憲民主主義もわきまえない姿勢である。そうしたことの中で、こうした理不尽な民主主義の本質をわきまえない、数さえあれば何でもいいという議会運営、政治運営が進んでいるということは、ある意味で必然かもしれませんが、到底許されることではないということは申し上げたいと思っています。

そもそもですね、多くの国民の皆さんは誤解をされているかもしれませんが、よく与党の皆さんなどが「野党は何でも反対する」と言っているのは、大ウソつき、デマですからね。
提出している法律等の約半数は全会一致であるということは議場にいる皆さんならば、1回生議員の皆さんも十分ご承知だと思います。自民党から共産党まで全会一致で約半数の法律がつくられている。
野党第1党、現状では私ども立憲民主党に限れば、本国会では実は8割の法案に賛成をしています。実は2割の反対についても多くの場合は審議に協力をしています。例えば、この議場で我が党から非常に品格の高い反対討論をして頂きましたが、18歳成人については審議については協力をいたしましたが、しかしながら、対応、しっかりとして手当が不十分だということで反対をいたしましたが、審議には一定の協力をいたしましたし、あるいは相続法の改正についても明確な反対を示しましたが、審議には協力をいたしました。野党が徹底的に反対をしているのは安倍内閣になって急に増えてきていますが、従来でいれば1年間に1本、2本あるかどうか。この国会でも決して両手で数えなければならないほどの数ではありません。

「何でも反対をしている」というのはデマです。
そもそもが、立法過程というものをご存知ない方が「野党は何でも反対だ」なんていうデマを流す。そもそも与党の皆さんはよく「野党に対案出せ」と言いますが、与党で対案出したことありますか?
国会に出て成立する法案のほとんどは政府提出法案。当たり前です。なぜならば、なぜならば、与党の皆さんは事前に審査をして政府が法案をつくるプロセスの中で与党の皆さんの意見を取り入れさせています。

国会で、国会で、なぜ法案の2分の1が全会一致になっているのか。法案の8割が野党第1党が賛成する形になっているのか。冷静にお考えになってください。与党の皆さんは確かに手続きとしての与党審査で、そこをパスしなければ国会に法案が出てこないという、そういうプロセスを我々も与党の時にとりました。そのことが良いのかという議論は中長期的な課題としてあるとは思いますが、そういう前提です。
同時に法案の成立プロセスにおいては、野党も様々な政策テーマについて様々な意見や提案を申し上げてきています。自民党の皆さんは民主党政権の時代にそういうことをしなかったんですか?
野党だから国会で法案が出てくるまで自分たちの意見を役所に言わなかったんですか?
違いますよね?
どの政党であっても国会議員は国会質疑などを通じて、党によって呼び方違いますが部会などを通じて、様々な形を通じて、自分たちの意見や考え方、現場の声などを法案提出前に役所などに伝えています。提起をしています。要請をしています。

そうしたことの中で、本来の民主主義をわきまえるならば、できるだけ幅広い人たちに賛同をされる。それは国会の中ではありません。国民の皆さん、幅広い皆さんに「いい法律ができたね」と思って頂けるように本来、政府、官僚の皆さんも仕事をしているし、わたくしや与党の政治家の皆さんも本来そういう思いで国会議員になられたのだと思います。したがって、与党の皆さんの意見は事前審査があるから必ずとりいれるか、党内の圧力で封じ込めるかしないと前へ進みませんが、野党の意見の中でも採り入れられるものは採り入れて頂いている。だから、だから、政府提出法案の半分は全会一致なんですよ。政府提出法案の8割は野党第1党が賛成するんですよ。国会の我々の役割というのは、国会に法案が出てきてからだけではない。
与党の皆さんがまさに日々されている通り、野党も含めて法案提出前に、いかに現場の暮らしの声を国会審議を通じて政府に届け、それを反映させるかということを与野党を越えてやっているんです。ですから、自民党が与党である政府の提出法案だからといって、自民党だけの法案だと思っていること自体がまったく全然事実を履き違えているということだし、そもそも民主主義が何なのかという理解が不十分だから、そういう勘違いになる。

ちなみに言いますと、安倍内閣そして与党のまさに民主主義を履き違えている姿勢。それは野党提出の議員立法に対する姿勢にもあらわれているというふうに思っています。
申し訳ありません。共同提案して頂いた他党の分まで細かく数を調べることができませんでしたので、代表して立憲民主党だけ申し上げますが、総選挙後に対案的法案を4本、政策推進のための法案を33本。合わせて37本。野党の皆さんと連携して議員立法して提出している法案であります。超党派で時々、1国会に数本、与野党を越えた超党派の議員立法がありますが、これには計算に入れていません。

文書改ざんに対応する公文書管理法等の改正案。これについては今回の公文書の改ざん問題が明らかになる前から、実は公文書管理法、このままではおかしなことになるということで改正案を国会に提出をしている。

そして、この水害等が起こる前から先ほど一通り申し上げました通り、被災者生活再建支援法の改正案など、こうした大規模災害に備えて、支援の体制が不十分であることの法案を急いでいる。こうしたものを一顧だにせず、審議に応じてこなかったのは与党の皆さんであります。

現状では、現状ではまずは政府提出法案を優先してやりたい。与党の皆さんの立場としてはそういう立場であるのは認めるわけではありませんが、理解はします。
そうであるならば、経済産業委員会はどうなんです?
政府提出の審議案件がとっくの昔に無くなっている。我々はいわゆる原発ゼロ法案を提出をして、審議を求めています。政府提出法案がまだまだたくさん残っていて、そちらの審議をやらざるを得ないので、野党提出の議員立法の審議ができない。・・のではなくて、政府提出の案件が無くなって、空っぽスカスカでやることが無いのに野党の議員立法の審議にすら応じない。
誰が審議拒否をしてるんですか?

国民の皆さんがオモテに見える国会の審議だけで野党が審議に応じられない場面について、ご批判をされるのはわかります。しかし、国会の中に席を置いている者同士であるならば、自分たちに都合の悪い法案はいくら日程がスカスカであっても審議に応じないことをしておきながら、国会運営に抗議をして出席できない状況をサボっているだなんてデマを吐くことはやめて頂きたいと思います。

ちなみに議会のあり方について申し上げましたので、モリカケ問題とも合わせて申し上げておきたいと思いますが、国会は立法府と中学校か小学校で教わったと思いますが、国会が立法府というのは間違っていませんが、国会の役割は法律をつくることだけではありません。国会の我々の役割は大きく3つあります。確かに1つは法律をつくること。2つ目は内閣総理大臣を選挙すること。もう1つは行政を管理すること。監視することです。チェックすること。まさに議会には行政の監視という大変重要な役割があります。政府、行政がおかしなことをしていたら、それを厳しく指摘をすることにエネルギーを注ぐのは法律をつくることと同じようにやらなければならない、議会の責務であります。
しかも、しかも、残念ながらと言うべきか、これは当然のことなんですが、議院内閣制であるから、政府と与党一体ですから、与党の皆さんが政府の問題を厳しく指摘をするということについては、そもそも政府として予定されていません。与党の皆さんが行政監視に十分力を注げていないのは、制度的な前提として半分やむないところがあります。
だからこそ、野党は行政監視、行政でおかしなことがあったら厳しく指摘をするということに責任を持って力を注がなければならないのは議会の役割から当然のことであり、したがってモリカケ問題について「いつまでやっているんだ」と与党が野党に対して野次るのは全く議院内閣制を理解してないことだということを申し上げておきたいと思います。

✳︎不信任理由6以降は順次、追記予定