写会人日記

2019年03月11日

読まずに死ねるか「たとへば君(きみ)」

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 生物細胞学者であり歌人でもある永田和宏先生の歌人サイドの著書。永田先生の奥さまで、歌人の河野裕子さんとの相聞歌集である。「たとえば君」(文春文庫)。サブタイトルには"四十年の恋歌“とある。出会いから2010年に奥さまが亡くなられるまでを歌で綴るお二人の愛情物語。ああ、言葉とはその使い手次第でかくも美しく、かくも切なく伝わるものなのか。言葉の大切さを改めて感じさせてくれる素晴らしい歌集である。タイトルにもなった

たとへば君 ガサっと落葉すくうやうに私をさらっれ行ってはくれぬか

は、河野裕子さんの初期の代表作で、二人の男性の間で揺れ動く気持ちを永田先生にぶつけている。さらってくれと。落葉をすくうように。乱暴でもいいから。むしろ乱暴に。すごい歌である。

 おかしいのは二人の出会い。大学の歌会で先に来ていた河野さんを永田先生が見つけたといい。河野さんは先に来ていたのは永田先生だと言っていたらしい。「窓際に一人の少女が立っていた。何という髪型なのだろう、両側の髪を耳の後ろからすくって、うしろでまとめ、上の髪はその上に垂らして、リボンで結んでいた」と細かいディテールを書けるほどなので、永田先生が正しい、ということにしときましょかね。いずれにしても伝わってくるのは初々しいときめきである。それはわたしも、あるからわかる。永田先生、わかります。これを読んで忘れていた感覚が蘇ってきましたから。

 そうして亡くなる前日に詠んだ最後の歌

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

 これを病床の傍らで書き留めている永田先生の気持ちを思えば、こちらの息もとまりそうになる。
言葉による二人の間の全的交通は、二人が与えた言葉の力によって広がり、他者の心に沁み入っていくのだ。
 美しく切ない二人の記録は、力を与えられた言葉によって命の記憶となって読む人の心を打つ。ぜひ読んでみてください。