写会人日記

2019年07月26日

甲子園を逃した青年監督の「英断」

IMG_0360 エースで4番の佐々木朗希をベンチに置いたまま決勝戦で敗れ甲子園を逃した大船渡高校。わたしはこう思う。国保陽平監督は甲子園に出場させないようにしたのではないか。そうとしか思えない選手起用。決勝でエースを出さず4番手、5番手ピッチャーを先発させ、案の定ボコボコにされている。何者かに甲子園に行くなと脅されているのか、単に無能なのか。支離滅裂な佐々木の起用から考えて無能としか言いようがないというのが結論だ。
 大船渡をずっと取材してきたライターの柳川悠二さんはこう書いている「そもそも、国保監督は大会直前の練習試合では佐々木を連投させています。準決勝で佐々木を投げさせるにしても、5回で降ろすとか、いろいろ考えられたはず。この日も初回、先発の柴田がアップアップの中でも、国保監督はブルペンで準備をさせていない。佐々木が194球を投げた試合でも誰も肩をつくっていませんでしたから。国保監督は選手への言葉がなにもない。円陣にも加わらない。これでは、オーダー決めと佐々木を使うか使わないかの判断くらいしかしていないことになります。この日、部員には佐々木が先発しないことは伝えられたが、まったく投げさせるつもりがないことは伝えられていませんでした」
 「故障を防ぐために投げさせなかった」という国保監督の判断を、識者やメディアは訳知り顔で「英断」と持ち上げているが、「佐々木のコンディションに配慮しつつ、この絶対エースを最大限に生かしながら、甲子園へ出場するための最善策を考えるのも、監督の仕事だ」とゲンダイ。そう、それができないなら高校野球の監督はしたらいかん。
 「これで壊れるなら、プロに行っても壊れる。(智弁和歌山は)甲子園に出るために練習しているし、選手を甲子園に出したいから、投手も投げさせる」という智弁和歌山の高嶋前監督や横浜の渡辺監督の意見に対して、私学と公立の違い、だの強豪校監督の古い考え方との反論もあるようだが、悔いのない戦いをしたといえない選手たちが一番かわいそうなのではないか。佐々木本人にしても。
そう思わざるをえない、不可解な大船渡国保監督の「英断」なのだった。