写会人日記

2021年05月08日

デジタル西行 其の五

25年前、わたしは西行法師だった。
正確にはデジカメを持ったデジタル西行だった。「デジタル西行」は月刊イメージングジョイ(’97)に掲載された。われながら読み返しても面白い。編集部内でもただの温泉好きのホームレスなのでは、と"正論"を吐く人はいたが、人気の連載となりその声は小さくなった。そしてついに拡大スペシャル特別編を掲載するまでになる。その「デジタル西行」第五回お伊勢参り編。#デジタル西行 #西行法師

注)お気づきの方は多いと思いますが、誤字が多い。これは河野悦子のような優秀な"校閲"がいなかったことと、当時原稿は手書きで、あまりに達筆な故入稿する係がなんも考えんと書き写したら、こうなってもたということで、全国行脚中のデジ西、ゲラも見ることなくスルーした結果であります。ご了承ください。間違い探しに使ってくれてもよいかと思います。
訂正版を追加しています。

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デジタル西行 其の五
【特別編三重県.伊勢】TEXT西田行男

お伊勢様詣に旅立ちつつ、
美味店参拝に興じる囚果かな



デジタル西行、スペシャルということで勇んで伊勢神宮参拝へと旅立つ。かつて、師・西行がありがたく拝んだというお伊勢様。その足跡をたどったデジ西、食の出家者となってしまうような美味が並ぶのだった。

 出家直後は京都周辺に暮らしていた西行がまず目差したのは伊勢である。何しに行ったのか。理由は単なる参拝である。なんでお坊さんが神さんを、と思うところだが、まあ、昔は同じだったのである。
 伊勢神宮は天照大神を祭ってあり、当時は大日如来と共同で日本国を作ったとされていた、らしい。天照大神が第六天の魔王と、仏・法・僧を近づけないという約束をして国が生まれたから、外見上は仏法を排除しながら、精神的には仏法を守ったというのである。つまり当時の神仏習合の思想の表れ。
 だが行っても神前に近つくことを許されず、五十鈴川対岸の僧尼拝所から拝むしかなかった。

なにごとのおはしますかはしらねども
かたじけなさに涙こぽるる


 よう分からんけどありがたいという、西行作とは思えぬ平凡な歌。

京都からは鈴鹿を越えて伊勢に入った西行。

鈴鹿山憂き世をよそに振り捨てて
いかになりゆくわが身なるらむ


いづくを住処と定めねば、命を限りに国々を修行せむ。強い決意での出発であった。金を限りに国々を極道せむ。弱い決意でのデジ西の出発は、近鉄上本町ステーションから。

お供は例によってPB5300”西行どん”とDS300、ケータイとモデムカード9600、15メガのPCカード2枚。最強の旅支度。だが悩みはPBの重さ。高速プロセッサーが欲しい。

年明けて雲の切れ間はのぞけども
陽ざし届かぬデラシネの身に
           

 よく考えるとそんなこというてる場合ではないのである。物を欲しがる立場ではないのだ。
逆に身についたもの、世俗のアカをそぎ落としていかねばならぬ。資本主義のコア”物欲“は、もうダサいのだ。と考えてガマンしているデジ西ではあった。「あっ、お姉さん、コーヒーを」。近鉄特急はワゴンサービスがあるので、物欲を満たしやすいのだ。アカンがな。
 伊勢はまず外宮から内宮へ参拝するのが定め。外宮入り口では正月も過ぎたというのに振る舞い酒。でもタダではなくてなにがしかカンパをする。パイトの女人が見てるから、たくさんお金を置きそうになる。
 伊勢神宮には別宮など全部で125の社がある。そのうちのひとつ風の宮で西行は、

この春は花を惜しまでよそならむ
心を風の宮にまかせて


 と詠じている。うまい。咲くも散るも風の宮の神の心にまかせよう。
 うまいといえば赤福。五十鈴河畔、おはらい町にある本店前は、半年間で 460万人が訪れた”おかげ参り“さながらのにぎわい。本店内部で 300年間アンを餅にくっつけている女人たちを発見。そんな奴はおらんやろ。あんさん信じなはれ。
 それよりも古いのが二軒茶屋餅゜赤福ほど商売上手やなかったため知られてないが、アンを薄皮で包んだ逸品。伊勢でアンアンといえばこの2品を指す。あんさん信じなはれ。うまいといえば、おはらい町のまる天のチーズ棒。それに角屋酒造の味噌ピザ。地ビール、ペールエールとの組み合わせは絶品。
 食の出家者と化したテジ西である。

菜魚とは俺のことかと西行言い
            <DS>
肉気がないようなので、松阪・和田金よりもうまいと評判の豚捨・若柳のすき焼きに挑戦。特選伊勢牛を炭火にかけた鍋で炊く。ぶ厚いロース肉が柔らかくてデジカメのファインダーが涙で濡れる。

豚捨のわすらるまじき別れかな

 食べるのに忙しくて短く詠んだら、俳句になった。デジ芭といったところか。とすかさず仲居さんが、

心を肉の汁にとどめて

 と詠じ、連句にした。で、できる。わしをデジ西と知っての狼藉か。見事なものである。
 ところで、今回最も気に入った場所がある。外宮から内宮へ行く途中、古市にある旅館、麻吉である。創業200年以上、もとは芸妓30人以上も抱えた廓。珍しい三層楼で、細い坂道に連なる建物がよい雰囲気。今にも足抜けした芸妓が長じゅばんを乱しながら走り出てきそうなほど。渡り廊下からは悪名の朝吉親分がひょいと顔をのぞかせ、下にいるモートルの貞に声をかける……。そんなシーンを容易に浮かべることができる。


思いきや二見浦の月を見て
明け暮れ神に浪かけむとは


二見浦にまわる。
芭蕉にならっていえば、此一首にて数景尽きたり、もし一弁を加るものは無用の指を立るがごとし(※)、となる。無言雄弁に勝る。デジ西ただ犬に引かれ、白砂青松夕暮れの浜をゆくとす。

伊勢二見参りましたと頭たれ
      

※)芭蕉が全昌寺(福井県)汐越(しおこし)の松を前に西行の「夜もすがら嵐に波をはこばせて月をたれたる汐越の松」の一首を引いて、これが全て言い尽くしている。これに何を加えよというのだ。といったとか。


psharuky at 23:50 │