写会人日記

2021年07月30日

「災い転じて福となす」益川先生撮影でのトチリ顛末2


「終わりよければすべてよし」益川先生撮影でのトチリ顛末の補足
「災い転じて福となす」
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 そう、あの日の益川先生の取材は京産大でたしか11時からの予定でした。ところが起きたのが10時半。ねぐらの大阪天神橋から京都は北に位置する京産大までは新幹線を使い電車の中で走っても1時間15分はかかる。先にインタビューをしてもらっても取材時間は1時間。撮影はできそうにない。ふだん丈夫な胃もキリキリ痛みだす。とにかく行かねば。雪を蹴立ててサックサク向かうは松阪町〜っていうのは俵星玄蕃。こんなときにいらんことが頭に浮かんでくる。もう、その時の気持ちたるや、忘れたくても思い出せないほど。連絡しないといけないけれど、少しでも近づいてからにしよう。しにくい電話はなんやかんや言い訳しながら後回し。電車の中で生きた心地が全くしなかった。むしろ死んでもいいかも、と思ったとき、携帯がなった。編集からだ。「霜越は死にました」そうい言おうと思ったけれど出た言葉が「すみません。電車(に乗るのが)遅れて。いまむかってます。もう着きます(まだまだ着かんのだが)ほんまにすみません」と、編集の言葉を聞きたくないので一気に喋る。すると編集、なんか明るいトーンで「#$%’”!<+*%」「え?」聞き返すわたしに理解不能の言葉が聞こえてきた「霜越さん。急がなくていいですよ」「???」「ゆっくり来てもらって大丈夫です。益川先生の都合で14時からになりました。わたしたちどうやって時間を潰そうかと思ってるところです」その時わたしははっきりと悟った。安堵で漏らしそうになりながら思った。神はいると。日頃の善行を神は見てくれていたのだ。ふつうはこれ、市中引き回しの上はりつけが当然の所業。こんなことってあります? しかも取材時間が2時間に増えた。災い転じで福。神様の思し召し以外に考えられない。奇跡と呼んでもいいかもしれない。しかしね、これがあかんのです。トチっても帳尻があってしまう。これがわたしの懲りない理由なのですね。そない奇跡はおきんやろ。思いますよね。でもね、こういうのがあと2回ほどあるのです。
以上、わたしの3大トチリのひとつでした。
あとの2つはまた今度。お楽しみに。

psharuky at 23:56 │