写会人日記

2021年08月13日

田辺聖子・発見された「十八歳の日記」

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聖子日記03
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きょうお昼の番組「大下容子のワイド!スクランブル」(テレ朝系)で田辺聖子さんの18歳の時の日記が紹介されました。これは姪の田辺美奈さんら遺族の方が膨大な遺品を整理しているときに見つけたもの。田辺美奈さんが日記発見の経緯を書かれている。さすが姪ごさん、うまくおもしろくまとめられています。ぜひ。
 日記には悲惨な戦争と、その下で翻弄される女学生の逡巡と失望、悲しみと怒り、そして希望が正直に綴られている。貴重な資料であるとともに、一つの若き文学者の作品になっている。その中で紙に穴が開くほど激しくペンを踊らせた日がある。8月15日。敗戦の日だ。
「何事ぞ! 悲憤慷慨その極みを知らず、痛恨の涙滂沱として流れ肺腑はえぐらるるばかりである。なんのための今迄の艱苦ぞ。サイパン島同胞婦人、日本の勝利を信じて静寂に髪を梳いて逝き、アッツ島守備兵また神国不滅を確信して桜花と散り、沖縄の学童はいたいけな手に手榴弾を握って敵中に躍り込み、なかんずく、特攻隊の若桜はあとにつづくを信ずと莞爾と笑って散った。嗚呼何の為に我々は家を焼かれたか。傷つき、そして死んだか。我ら学徒もまた、美しきまた再び来ざる青春の時代を、惜しげもなく祖国に捧げたてまつり、勉学にうちこむべき精力をすべて生産増強にふりむけて、傍目もふらずひたすらに国想うおとめごころの、赤き一すじの道をひたばしりにあゆみすすんで来たものを」と苛烈な文章で綴っていた。"軍国少女"(自らをこう呼んでいた)の怒りの先は想像するにかたくない。
今日の放送でもまた泣きました。
 たくさんの人が亡くなった。田辺聖子さんも空襲でなくなっていたかもしれない。生きていてくれてよかった。運が良かったのだな。だが思う。運がよかったら生きられる国ってなんなのだ。いまのコロナ禍での国の無為無策ぶりを見て強く思う。

psharuky at 18:00 │