写会人日記

2022年05月03日

憲法記念日によせて2

12年ほど前の記事だが載せておきます。

(2010.5.3)
 当時の新制中学1年生社会科の教科書に入った「あたらしい憲法のはなし」は読めば涙が出てしまいます。わかりやすく話してくれていますからぜひ読んでみてください。
絹布の法被
憲法記念日がくると思い出すことがある。中学の社会科の授業での先生のはなし。1946年11月、憲法の発布がされると聞いた長屋のおばさんが大喜びをした。やはり、平和憲法が公布されるのを喜んでいるのだなと思ったら、そのおばさん「ところで、その絹布の法被はいつ配ってくれるのかね」憲法の発布を絹布の法被(けんぷのはっぴ)と勘違いしてたんですね。と、こんな楽しい授業をしてくれる先生がいた。当時はまだ理解できたけれど、いまなら絹布も法被もわからないだろうから、話が成立しないけれど。わたしはこの社会科教師からたくさんのことを学んだ。とくに憲法に関して、わたしたちは世界に誇れる憲法を持っているのだと、そう教わったとき、なんか無性に嬉しかったのを覚えている。文部省が配布した「あたらしい憲法のはなし」には漆黒の闇に射す一条の光のように明るい未来と希望が書かれていて、その内容は多くの犠牲と引き換えに手に入れた宝物のようにきらめいています。「みなさん、あたらしい憲法ができました。そうして昭和二十二年五月三日から、私たち日本国民は、この憲法を守ってゆくことになりました」そして「みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです」「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは、『すててしまう』ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」静かですがすさまじい平和への願いと決意です。これは理想だと、現実を見よという人がいます。けれどもそういう人に言いたいのは、理想を掲げ現実を近づけていくことこそが本当の人間の営みなのではないか、そしておそらくそれ以外には人間の未来はないということなのです。

 わたしは戦争で犠牲になった人々のことを思うとき、人として導き出される答えはこの憲法にあると考えます。この憲法が「日本を孤立と軽蔑の対象に貶め」(日本維新の会党綱領12年当時)たとする人たちにもう一度よく考えてほしいと心から思います。


psharuky at 23:54 │