December 15, 2005

いつも心に宇宙を

6834dcd7.jpg 時間性を異なるhの時系列化として、
過去の自己と空間的な他人は等価だ
とか、社会生命たる真の自覚において
他人を自我化せよ、などと言っても、
「だって自分の体はつねれば痛い」
と言われるかも知れない。
 だが世界が目から見えているといって
誰も「目玉が自分だ」とは思わない。
神経を伝わるインパルスと電磁場を経た
光量子作用の間に、本質的差異はない。




 そうは言っても、自己は連続しているけど、他人との間には距離がある」という反論も
あるだろう。それは当然である。
無の潜在たる自我仮説の顕在化(時空仮設における階層現象表面的定性化)において、
異なるhの時系列化は原理的前提であり、他人はそうした原理の現象的射影だからだ。

 だが、そもそも『自己は連続』などしていない。
量子性は、時間軸にも展開し得、時間も10の23乗分の1秒の間隔で不連続なのだ。
 「他人と距離に比べれば、そんな『自己の断絶』など小さい」と言われるかも知れない。
しかし、自己の「断絶」は原理性においてであり、他人との「距離」は現象的射影に
おいてである時、その『現象(自我仮説成立の相補性)』の全体である宇宙の大きさ
(半径140億光年)を「10の23」乗で割れば、1km近くの距離になる。

 存在(=有限的認識)を支えている自我仮説性=時間性は自己の内にあり、その結果的
射影としての外部空間の140億光年の広がりに対応する、140億年の進化=階層現象性
として、膨大な時空を内部に折り畳んでいるのだ(時間的距離は空間にほぐすと大きい)。
 他人との距離など、自己の量子的不連続性と大差なく、他を自己として愛するに、
何ら物理的障害とはなり得ない。


psytex1 at 17:16│Comments(1)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by renshi sophio   February 11, 2006 23:43
5 今日は。

私が研究している理論と似ているように思われましたので、私のブログに転載させていただきました。よろしくお許可をお願いします。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10008997135.html

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔