先日浜甲子園運動公園付近をサイクリングしていて、たまたま出会った海岸線の砂浜から頭を出す遺構、その規模の大きさが気になり調べてみると、様々な歴史がある事が判明しました。もしかするとその遺構から当時に関わる物が出てくるかもしれないという期待を込めて探索に出かけました。

 最初に見て頂きたいのが下の地図です。比較的現在に近い物ですが、写真中心部付近は現在開発中で集合住宅は壊され更地の状態になっています。中心部少し右側に見えるのが鳴尾川となります。海に浅瀬があるのがお判りになるでしょうか。
甲子園浜遺構 (33)

1⃣ さて早速その歴史を振り返ってみましょう。遡る事「1930年の地図」と記載されていましたが、もう少し前の時代であると考えられます、地図を重ね合わせてみます。現在の集合住宅がある辺りに阪神競馬場があり、その西側に「はまか(こ)うしえん」の駅があります。海岸線の形状も大きく違います。しかしながら現在の遺構で海岸線に弧を描く様な形状の防波堤跡があるのですが、この時代に既にそれが描かれています。
甲子園浜遺構 (1)
 その後この地は1929年7月「甲子園娯楽場」がオープン1932年に「阪神パーク」に名称が改められます。動物園、水族館、遊戯施設等多くの方が訪れる阪神電鉄の一大レジャーゾーンであった訳です。*上の地図が1930で無いことがここで判断できます。
この時代の地図が見つかれば地図を重ね合わせてみたかったのですが、残念です。


2⃣ そして更に時代は進み1947年の地図を重ね合わせます。
1943年、日本海軍が、競馬場に隣接する川西航空機の製造する軍用機の試験飛行を実施するための飛行場として徴収され、鳴尾飛行場の滑走路を建設する為海を埋め立てていますが、現在はその埋め立て部分が水没し防波堤が頭をのぞかしている状態です。

甲子園浜遺構 (35)

 それでは早速現在の様子を見ていきましょう。鳴尾川の延長上になりますが、1⃣の時には既にあった防波堤と思われます。

甲子園浜遺構 (2)

海岸線を見ていくと高架の少し下辺りに横一線に白波がたっているのが見えるでしょうか。これが2⃣の時の海岸線であると思われます。地図で見るよりも遥か遠くに感じます。

甲子園浜遺構 (4)
2⃣の時代の埋め立て殆ど水没していますが、浅瀬になっていて野鳥の休息の場になっています。
 西宮市HPの野鳥情報はこちら
甲子園浜遺構 (3)
こちらは1⃣の時代に見られた弧を描くようにせり出した海岸線で途中から防波堤が決壊して土(砂)が流出しています。しかし不思議な事に手前側にテトラポットがすでに埋まっています。もしかしたらここは1⃣の時代より前に埋め立てられた場所なのだろうか?探索当初不思議に思ったのが、この付近にはテトラポットの頭の部分だけが落ちていて、この付近は時化の時でも大したこと無いだろうから、なぜそこまで破壊されているのだろうと、しかしこの先を見ていくとそれだけの年月が経って、更に海となればこの様な状態になるのでしょう。
甲子園浜遺構 (5)
しかしこの防波堤、厚さ200mm位の鉄筋コンクリートしかありません。マンションの境界壁程度でしょうか。
甲子園浜遺構 (6)
これはマンホールであると思われます。
甲子園浜遺構 (7)
そしてコリント式オーダーの台座部分です。かつて甲子園がローマ帝国の支配下にあった事を示す遺構です。
甲子園浜遺構 (8)
さていよいよ、遺構が多く散らばる海岸線に到着です。発掘調査のメンバーの方々も大勢来られています。「お疲れ様です!」私も皆さんに早く追いつく様頑張って写真を撮っていきます。
親子連れの方が多い!いや~親子で発掘なんていいですね!
何か一人で写真撮っていると浮いちゃうな!と思っていると
横で お父さん:「そのデカイ岩をなこうやってゴロンと転がすと・・下に蟹がいるんだよ!」
そうか!皆さんのお目当ては蟹や稚魚、しかしこの様子じゃ既に遺構とか言っている場合じゃないだろうなと想像できます。
甲子園浜遺構 (9)
ここは遺構のなかでもその形を大きく遺している場所。しかしこれは何なんだろう?水路の様にも思えるし枝川だったなんて事はないだろうか?1⃣の地図にものっていますが判明できません。
甲子園浜遺構 (31)
甲子園浜遺構 (30)
甲子園浜遺構 (23)
甲子園浜遺構 (22)
さてこちらは弧の反対側で、砂浜にこの部分だけ遺っています。
甲子園浜遺構 (28)
甲子園浜遺構 (29)
甲子園浜遺構 (21)
場所によってはアスファルトかコンクリートの平らな地面があります。
甲子園浜遺構 (12)
甲子園浜遺構 (17)
甲子園浜遺構 (11)
甲子園浜遺構 (24)
煉瓦の塊です。
甲子園浜遺構 (10)
甲子園浜遺構 (14)
煉瓦にモルタル仕上げの壁でしょうか。
甲子園浜遺構 (13)
この付近に落ちている煉構造建築が多いです。
甲子園浜遺構 (16)
洗い出し仕上げです。この付近の遺構を見ると昭和初期の薫りがします。
甲子園浜遺構 (20)
甲子園浜遺構 (26)
甲子園浜遺構 (19)
これは鉄製ですが、当時の物でしたら残っているでしょうか?流れ着いた可能性もあります。
甲子園浜遺構 (18)
石で出来た階段形状の物体、階段にしては蹴上が低い様な気がします。
甲子園浜遺構 (25)
さて今回の大発見「S.S SHINA‥‥」初めて文字が書いてある物体を発見。検索してみるとありました。「品川リフラクトリーズ株式会社 SHINAGAWA REFRACTORIES CO.,LTD.」さん耐火煉瓦でしょうか。
甲子園浜遺構 (27)
実は今回の探索で大きな間違いをしてしまった事を後で気づきました。ここは海ですから満ち引きがあります。この時はどちらかというと満ちている時でしたので、もしかしたら海の中にまだ眠っているかも知れません。情報によるとライオンの顔があるとの事ですから、いつか干潮時に行ってみたいと思います。
*早速行ってみました
 甲子園浜に広がる遺構を探索2 [歴史は海底に眠る]2018年05月06日

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  甲子園浜に広がる遺構を探索
 

住所〒663-8154 兵庫県西宮市浜甲子園1丁目18−15

 

電話

 

電車阪神電鉄本線 甲子園駅からタクシーで5分徒歩で30分

 

駐車場ありまたゴールデンウィーク等の繁忙期は終日満車となる場合があります。

 

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