January 13, 2011

忙しい・・・

ブログを更新しなきゃと思いつつ、忙しさのあまり出来ておりません。

一月末までにしなくてはいけないこと:

  • 国際学会の要約 2本

  • 学会誌への論文提出 1本

  • ジャーナルへ論文を再提出 2本

  • 業界マガジンからの取材 

       .
       .
       .


  • 博士論文・・・手が回りません・・・。

1月が終われば少しは時間ができるはず!

public_road at 01:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

January 06, 2011

New year's day in Holland

フィンランドから帰ってきたあとはすぐ新年。
オランダ人とドイツ人のカップルが年越しを一緒にすごそうと誘ってくれました。
多分オランダで過ごす最後の年越しになるはずです。


ドイツ人のターニャがワッフルとシチューを作ってくれました。
164786_10150113661551159_601196158_7692589_5499606_n


166112_10150113661581159_601196158_7692590_5163455_n


ワッフルのレシピは母親から伝わったもの。それをノートに書きとめているんです。

165092_10150113661616159_601196158_7692591_5118245_n


その間ワインと
165159_10150113661861159_601196158_7692597_7830636_n


タイスのショパンの演奏を楽しみました。
168308_10150113661906159_601196158_7692598_6579427_n


ワッフルはデザートにして、まずは牛肉とトマトのシチューをいただきます。
シェフ自ら器によそってくれました。
166382_10150113661781159_601196158_7692595_3814273_n


あとドイツからのおいしいパン。
167574_10150113661661159_601196158_7692592_6587369_n

167531_10150113661741159_601196158_7692594_962568_n


窓の外では年末の花火が始まります。
168606_10150113661816159_601196158_7692596_1992327_n


デザートには先ほどのワッフル。
166103_10150113662081159_601196158_7692601_650248_n


その後は教えてあげた大貧民をして遊んで・・・。
167087_10150113661966159_601196158_7692599_4774022_n


年越しとともに外に出て近所の人とシャンパンを飲みつつ花火を眺めました。

今年も皆様にとって良いお年になることをお祈りします。

public_road at 05:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

January 05, 2011

Christmas in Finland

まずは近況から始めます。
クリスマス(12月21日から28日)をフィンランドの友達の家で過ごしました。

72026_10150111717831159_601196158_7663398_8127503_n

166135_10150111717741159_601196158_7663395_6492279_n


クリスマスパイ作り
163474_10150111717881159_601196158_7663401_3950205_n

162693_10150111717996159_601196158_7663405_2946459_n

165663_10150111718076159_601196158_7663409_6044803_n

164508_10150111718146159_601196158_7663413_4125670_n

プラムとアプリコットのジャムをのせます。
74621_10150111718231159_601196158_7663416_1508682_n

167363_10150111718296159_601196158_7663420_267888_n

163706_10150111718361159_601196158_7663423_6656382_n

166190_10150111718451159_601196158_7663427_7309631_n



外に出たら雪の結晶が降っていました。
162948_10150111719661159_601196158_7663481_8267749_n


次の日の朝。日の出は9時30分。
163003_10150111719096159_601196158_7663455_3583988_n

162659_10150111719961159_601196158_7663487_6812549_n


午後からはスノーモービルに乗せてもらい、凍った湖を疾走!
163436_10150111719171159_601196158_7663461_3836581_n


この日の晩はクリスマスクッキー作り。
164151_10150111719481159_601196158_7663474_1173271_n

164041_10150111719511159_601196158_7663477_2230712_n

167386_10150111720051159_601196158_7663488_3451486_n


その後はクリスマスのデコレーション。
163038_10150111719576159_601196158_7663480_50003_n

167352_10150111720181159_601196158_7663491_6863881_n


牛乳のパックに水を入れたのを外においておくと大きい氷のキューブが出来ます。それでクリスマスランタンを作りました。外気温はマイナス27度。
165174_10150111720256159_601196158_7663493_1142254_n

163482_10150111720381159_601196158_7663495_2435743_n


その後は友達の親戚がきたのでケーキとお茶の時間。
166118_10150111720516159_601196158_7663497_3148894_n


クリスマスイブの朝。
165597_10150111718731159_601196158_7663438_2558864_n

164592_10150111718896159_601196158_7663445_7583551_n


お昼はお墓参りにいくのが習慣のようです。お墓に積もった雪を払って蝋燭をともします。
その夜はサンタクロースが手には大きなベルをもって来てくれました。子供たちはドレスアップしてサンタを待っています。サンタの本には去年の行いがすべて書いてあります。
165034_10150111721511159_601196158_7663515_6464943_n


クリスマスの日。朝6時におきて教会に行きました。
165502_10150111720866159_601196158_7663505_3031608_n


その後もクロスカントリースキーや
164763_10150111723101159_601196158_7663536_3951192_n


サウナの後に凍った湖に穴を開けて飛び込んだり(髪の毛が一瞬にして凍りました)
166565_10150111722686159_601196158_7663530_5602077_n


子供たちと遊んだりしてすごしました。
167394_10150111722966159_601196158_7663533_8024341_n




次の日もまた粉雪がふる寒い日でした。
164335_10150111723646159_601196158_7663547_7663810_n


終わり。

public_road at 00:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

January 03, 2011

そろそろ再稼動

新年明けましておめでとうございます。
ブログから離れて1年以上たっておりました。どこか心の中でまた始めようと思いつつ時間と気持ちに余裕がなくてそれが出来かねておりました。それにもかかわらず博士号への道に来ていただいた皆様に感謝するとともに、長い間更新しなかった失礼をお詫びします。

心境の変化がここ1年で大きくあったように思います。それを中心に、そして過去1年間更新してこなかった期間の情報もふくめて新しい年が始まったということを機会にまた始めようと思い立っております。

どうぞよろしくお願いします。

公道より

public_road at 23:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!

November 16, 2009

実地調査の終わりを目前にして

最近はブログとも大分離れてしまった。
近況は5月くらいからずっと在蘭日系生産企業にいってデータを集めていました。結局回ったのは52社ある中の17社(目標は20社だった)。1社5人(各一時間)ほどインタビューしなくてはいけなかったのでそれはそれは時間がかかりました。それにインタビューのアポイントメントを取るのもまったくゼロから始めなくてはいけなくて大変でした。ちょっとその過程を振り返ってみます。これから実地調査に取り組む人に少しでも役に立てればと思います。

1.まずは日系企業のリストを見つける(在蘭日系企業のリストはJETROの刊行誌で発見)。

2.企業のホームページに言って住所とメールアドレス、電話番号を調べる。

3.在蘭日本商工会議所、ジェトロ、日本大使館に協力を依頼(結果全部断られる)。

4.各企業にレターを送る(教授の手紙、調査概要)。返事が返ってきたのは52社中6社。うち受け入れてくれたのは3社のみ。

5.企業に電話して調査の協力を依頼することに決定。企業に電話をするのは本当に嫌で出来れば避けて通りたかったのだけれど依頼書が断られてしまってはこうするしかありません。まずは電話マニュアルを作成。いろんな返答パターンを考えて、こういわれたらこう返答する、ああいわれたらああ返答するというのを細かく設定。同僚と内線電話を使って練習。

6.企業に電話。まず最初の関門は受付。オランダ人の女性がほとんど。こういう情報を集めているからを生産管理の人の名前を教えてくれという。最初は電話マニュアルを作らなかったので、情報を簡潔に伝えられず、まごまごしてしまってなかなか受付の関門を突破できなかった。
ポイント☆受付
まず名前を教えてくれというのが鍵で、そうすることで例え目的の人がデスクにいなくても次にかけるときは受付に再度説明しなくても目的の人につないでもらえる。目的の生産管理の人(ほとんど現場にいてほとんどデスクにいない)がやっと電話に出てくれたら自分の調査の内容をごく簡潔に説明する。それに加えて企業への貢献を魅力があるように伝えなければいけない。

ポイント☆企業の貢献を伝える
僕が52社全てに電話をして学んだことは、まずオランダ人と日本人では対応が違うということ。オランダ人に対しては自分がこういう調査をしていて、これだけの企業にいって多くの情報を持っている、出来れば僕の持っている情報と御社のもっている情報を「交換」したいということを簡潔に伝える。日本人に対応するときのように助けてくれというのを前面に出すと、オランダ人は自分は損をすると考える。そこで相手と自分の利益が一致すれば調査を受け入れてもらえる、そうでなければ断られる。オランダ人とは自分が依頼する立場であっても常に対等であるということを前面に出して交渉する。一方で日本人に対してはオランダ人に比べて情報・知識というものに重きを置いていない印象を持った。だから対等というより、常にへりくだる感じで依頼しなければいけない。ただしビジネスはビジネス、企業への貢献はやはりしっかり示す。同じことを依頼するのだけれど、オランダ人に対しては自分は対等であることを前面に出し、日本人に対してはすこし謙った感じで交渉するのがいいと思う。個人差はあるけれどね。

6.その場でOKが出れば本当にラッキーほとんどの企業が調査の概要を送ってくれといわれて、それを送ってから連絡待ち。ほとんどの企業が連絡を返してくれないからまた電話をしてまた6からやり直し。

7.アポととったら企業を訪問して、ほかに4人とのインタビューを出来ないか交渉(電話でこの交渉をするより実際あって交渉したほうが成功率が高い)。

8.調査が終わったら、ちゃんとフィードバックをすることを約束。僕の場合、調査の結果をワークショップを開いて発表すること、博士論文のコピーを企業に送ることを約束した。

9.オフィスに帰ったら即お礼のメール、または電話をする。

とこんな具合で進行していきました。
調査を通じていろんなことを学びました。調査内容、調査の方法はもちろんのこと、電話での交渉術(日蘭の違いも含めて)、ビジネスマナー、ビジネスレターの書き方、そしてオランダの東西南北いろんな町を回っていきました。中には社長の人と飲みにいったり、いまだにコンタクトをとって飲みにいく社長もいます。中でも一番嬉しかったのが自分の調査が必要とされていることがわかったこと。机に向っていると本当に自分が必要とされているか実感できないのです。それが実際に必要とされているとわかったとき、それが自信となってくるのです。

明日は最後の企業訪問です。有終の美を飾れればと思っています。

public_road at 23:50|PermalinkComments(8)TrackBack(0)clip!博士号関連 

September 04, 2009

サッカー日本代表が僕のいる町にくる!

明日サッカー日本代表が僕のまちEnschedeに来ます!っていうかもうきています。明日はオランダ代表との試合です。

いやぁびっくりしましたよ。こんな小さな町に来るんですから!

もちろんチケットはすでにゲット!

日、蘭、独の友達と見に行きます!Fifaランキングではオランダは3位、日本は40位?とにかく勝ってほしい!2006年のワールドカップの際にドルトムントで購入した日本マフラーをつけて応援してきます!

がんばれ日本代表!

たーのーしみー!

public_road at 20:06|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!

August 14, 2009

博士号への道

邁進中
Alafi and me


public_road at 12:35|PermalinkComments(9)TrackBack(0)clip!

August 10, 2009

最近

村上春樹最新作送ってもらいました。
毎晩寝る前とか電車のなかとかで読んでおります。
毎日の楽しみ。
murakami


不思議なTシャツの写真を撮りました。
時々見てはいろいろ考えてニヤリとします。
J-T2
J-T

アッカーて。

public_road at 08:04|PermalinkComments(6)TrackBack(0)clip!暮らし 

July 26, 2009

暇は哲学を深める

周りのひとは家族や社会の中でも自分の地位を築いていく中でまだ何にもない自分を考えると焦りや、やるせない気分になるときが多い。

こんな負の感情が多い中でありがたいのが自分の時間がたくさんあること。僕は何で生きているんだろうとか、どういう生き方をするのがいいのだろうなんていう普通に生きていたら日常の忙しさに埋もれてしまうであろう素朴な疑問に自分を満足するための答えが見つけられる時間があることがありがたいと思う。

暇というものはたぶん人の哲学を深める重要なものだと思う。僕が学生のころは時間はあったが暇は無かった。そういった重要なことを考えることに費やすよりはバイトとかサークルとかといったことに費やしてしまっていた。僕が言う暇というのは、本当に働きたい、何かをしたいと思っているのにも関わらず、半ば強制的に自分を何も出来ない状態に追い込むことである。例えば自分を外界からまったくつながりのない山奥や無人島にに押し込む。僕らは実は暇や空白に耐えられないように出来ていてそういったものをとにかく何かをして埋めようとする。それを出来ない状態にすると今まで外に向いていた思考が自分の方に向いてくる。そしていままで浅かった哲学の根が次第に自分の心なのかに深く入り込んでくるのだ。そして自分が今まで忙しさに埋没してしまっていた素朴であり、本当に重要な疑問について考える機会ができる。そういうことは自分を豊かにして、もしかしたら人の深みとか幅とかに関わってくるのかもしれない。

public_road at 21:22|PermalinkComments(19)TrackBack(0)clip!公道の考え 

July 22, 2009

本来的な生き方

人はみな良い生き方をしようと願っているものだろうけれど、はたして良い生き方ってなんなんだろう。

僕は今まで良い生き方をしてきたのだろうか。そして今は良い生き方をしているのだろうか。そしてこれからどうしたらよい生き方をできるだろうか。良い生き方とは何かを考えなくしてその答えは得られない。

ハイデガーなんかは「本来的な生き方」というのは「先駆的決意性」なんていっている。それは自分の死ということを先走って考えて死を拠点に据えて、そこから自分自身の生き方を考えていくことだ。自分の死を身近に感じてこそ一日一日を大事にしてむしろ生き生きと輝くことができる。黒澤明の映画「生きる」でもそんなテーマを扱っているような気がする。役所で働く形式主義的なお役所仕事をして毎日を過ごす渡辺は影でミイラと呼ばれている。でも自分が胃がんとわかり余命幾許とわかってから今までたらいまわしにされていた公園建設にまるで取り付かれたように取り掛かるというストーリーである。それこそが本来的な生き方であるというのだ。

しかしながら現代の世の中では死というものが実に遠い。確実に死に近づいているのにまるで自分にだけは死が訪れないと思っているようだ。そしてそれが結果として生の倦怠となる。生が希薄になるのだ。だからといって死を意識しようにもあまりにも平和すぎて難しい。これが僕ら平和な世に生きる不幸なのかもしれない。

最後にこのテーマに「現代の死」について三島由紀夫がインタビューに答えている。これが実によい。彼は「本来的な生き方」を確実に実践した一人であろう。


現代の死 3:42から
リルケが書いておりますが現代人はドラマチックな死ができなくなってしまった。病院の一室で細胞の中のはちが死ぬように死んでいくというようなことをどこかで書いていることを記憶しますが、今現代の死は病気にしろ交通事故にしろ何らのドラマがない。英雄的な死というものが時代に我々は生きております。それについて思い出しますのは18世紀頃に書かれた『葉隠』という本で「武士道とは死ぬことに見つけたり」というので有名になった本ですが、この時代も今と似ていた。もう戦国の夢は覚めて武士は普段から武道の鍛錬をいたしますが、なかなかのことでは戦場の華々しい死なんてものはなくなってしまった。そのなかで汚職もあれば社用族もあり、今で言えばアイビー族みたいなものも、侍の間に出てきた時代でした。「『葉隠』の著者は、いつでも武士というものは、一か八かの選択の時は死ぬ方を先に選ばなければいけないということを、口を酸っぱくして説きましたけれども、著者自身は長生きして畳の上で死ぬのであります。そういうふうに、武士であっても、結局死ぬチャンスをつかめないで、死ということを心の中に描きながら生きていった。
 
それを考えますと、今の青年にはスリルを求めることもありましょう。あるいは、いつ死ぬかという恐怖もないではないでしょうが、死が生の前提になっているという緊張した状態にはない。そういうことで、仕事をやっています時に、なんか生の倦怠といいますか、ただ人間が自分のためだけに生きるのに卑しいものを感じてくるのは当然だと思うのであります。

それでも、人間の生命というのは不思議なもので、自分のためだけに生きて自分のためだけに死ぬというほど人間は強くない。というのは、なんか人間は理想なり何かのためということを考えているので、生きるのも自分のためだけに生きることにはすぐ飽きてしまう。すると、死ぬのも何かのためということがかならず出てくる。それが昔言われた“大義”というものです。そして、大義のために死ぬということが、人間のもっとも華々しい、あるいは英雄的な、あるいは立派な死に方と考えられていた。しかし今は大義がない。これは民主主義の政治形態というものは大義なんてものがいらない政治形態ですから当然なんですが、それでも心の中に自分を超える価値が認められなければ、生きていることすら無意味であるというような心理状態がないわけではない。

今回自分にかえって考えてみますと、死をいつか来るんだと、それも決してそう遠くない将来に来るんだっていう風に考えていた時の心理状態は、今に比べて幸福だったんです。それは実に不思議なことですが、記憶の中で美しく見えるだけでなく人間そういう時に妙に幸福になる。

そして今われわれが求めている幸福というものは生きる幸福であり、そして生きるということは、或いは家庭の幸福であり、或いはレジャーの幸福であり楽しみでありましょうが、しかしあんな自分が死ぬと決まっている人間の幸福っていうものは今ちょっと無いんじゃないか。

そういうことを考えて死というものをお前は恐れないのか。そりゃ、私は、病気になれば、死を恐れます。それからガンになるのも一番嫌で、考えるだけで恐ろしい。それだけになんかもっと名誉のある、もっと何かの為になる死に方をしたいと思いながらも、結局「葉隠」の著者のように生まれてきた時代が悪くて、一生そういうことを思い暮らしながら、畳の上で死ぬことになるだろうと思います。


この数年後に三島は割腹自殺する。

public_road at 17:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!公道の考え