平城京左京三条五坊から

ある古代史研究者のひとりごと・・・・

直木先生が旅だたれました

 16日深夜、直木孝次郎先生が2日にご逝去されていたことが明らかになりました。
 12月に奥様とお話した時にはきとんと食事もとっておられるということでしたので驚いています。
 わたくしがはじめて先生とお逢いしたのは、1971年8月のことです。卒論を書くのにあたって、「兵庫県史」に先生が執筆されていた論文に関してご指導をうけに尼辻の自宅にお訪ねしたときです。恩師で媒酌人でもあった藤木邦彦先生に直木先生を紹介していただいたのです。直木先生は、藤木先生の一校教授時代の教え子でした。つまり直木先生とわたくしとは、おそれおおいことですが藤木先生の兄弟弟子ということになります。藤木先生が亡くなられたのちに、先生がお線香をあげたいので案内して欲しいということで、藤木先生の新宿のご自宅に二人でゆきました。その時、わたくしが「藤木先生もピンとキリの教え子が一緒に来て、不思議に思っておられますね」って言って、藤木先生の奥様と先生とも笑いあったこともありました。
 はじめてお逢いしたときのことは鮮明に覚えています。夏だったこともあって、直木先生は膝までのバミューダパンツ姿でした。その後、『続日本紀研究』への投稿を取り次いでくださったり、わたくしも院生時代から編集している古代史専門雑誌『史聚』に原稿をお願いしました。
 はじめてご寄稿くださったのは、1979年2月発行の第10号記念号に「営膳令と雑徭」と題した論文です。第35号には、「河内政権と古代豪族」、第39・40号合併号には、「鏡女王と藤原鎌足の関係について」、第47号には、「応神天皇朝で変わる日本古代史」、第50号記念号には特別寄稿として「天皇三態」、そして第17号にはわたくしたちが刊行した「政事要略総索引」の書評を、さらに第28号には、「藤木邦彦先生の思い出」をと、つごう7編の原稿をご寄稿いただきました。なかでも、第47号には先生の前掲論文とともに、奥様のエッセイ「夫直木孝次郎を語る」を掲載することをお許しいただきました。『史聚』52号までで唯一残部のない号となりました。
 また、1994年5月から95年3月まで、相愛大学教授だった先生のもとに公費内地留学しました。この間、先生とともに相愛大学に通って講義を拝聴したのをはじめ、近畿近辺の講演や遺跡見学などにもお伴をしました。
 そして、先生が奥様とご一緒に東北に来られたときには、歌を作られる先生が関心をもたれていた斎藤茂吉記念館などをご案内したことも思いだされます。そのお礼にと先生は奈良の一刀彫のお雛様を贈ってくださいました。1年に1回、もうそろそろそのお雛様の出番です。
 山形時代、古代史ゼミの学生とともに毎年奈良に来ていたのですが、黒塚古墳の鏡の発掘で話題となった時、先生が学生の案内役をかって1日お付き合いしてくださいました。先生が黒塚古墳の説明を学生にしてくださったあと、ある新聞記者から「なぜ、直木先生がご説明しているのですか」って聞かれたことを思い出します。
 わたくしが山形から郷里が近い西宮に移ったのも、日本文化学科設立時に教授を引き受けておられた経緯から先生のご紹介でした。山形の自宅に夜10時に電話がありました。公立から私立に移る心配もありましたが、即時承諾しました。
 このように先生との思い出は尽きません。わたくしは恩師の藤木邦彦先生の穏当な研究方法と、仕組み重視の研究が多いなかで、先生の人の息吹を感じる研究内容を模範として自分の研究を進めてゆきたいといつも念じています。 
 もちろん、このような思い出はわたくしだけのものではありません。先生は多くの古代史研究者に大きな影響を与え、古代史研究に多大な業績を残されました。先生が亡くなられたことで、古代史研究の一時代が終わったように思います。

 直木先生からいただいた雛人形、もう27年前のことです。
hina

古代史ゼミ、卒業旅行

 12日(火)~13日の1泊2日、古代史ゼミの伊勢への卒業旅行がありました。
 内宮の手前にある神宮会館に泊まりました。神宮会館は、大学の指定合宿施設ですから、学生部に届け出して、宿泊費の1部を補助していただきました。
 神宮会館の6時30分からの早朝参拝に参加しました。何回も内宮に来ましたが、真冬の早朝参拝ははじめてです。寒いうえに神域に入ると、さらに寒い。たっぷり解説つきで100分、ジジィにはちょっときつかった。学生さんの了解のもとに、正宮前での集合写真を貼り付け。

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久しぶりの薬師寺

 ブログを書く時間がないわけではないのですが、書くほどの話題もなく、レポートと卒論を読んで、口頭試問もやってと、ちょっと書く気がなかったのです。 
 わたくしにとって最も近い南都七大寺というと、それは興福寺です。そして東大寺ということになります。散歩圏内です。しかし、右京にあった近鉄沿線の唐招提寺と薬師寺は、バスということになり20分。きょう、久しぶりに薬師寺に行きました。参拝者はほとんどなく2~3人くらい。近くの唐招提寺は境内に緑があって落ち着きますが、薬師寺境内にはあまり緑がなく殺風景です。
 昨夜、長年の知人に偶然に電話をかけました。そうしましたら明日午前に2週間ほど入院するというのです。なにかお見舞いかとも思いましたが、結局は薬師寺のお守りが良いと思って、バスで出かけました。
 帰りは西ノ京駅から大和郡山駅に行き、JR郡山駅に15分ほど歩き、途中で好きな「源九郎餅」を買って帰りました。
 下の写真は、手ブレですが、薬師寺境内の梅です。
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