ブログを再開しようと何度か思い立っては、
三日坊主どころか一日すら持たない坊主で終わって、というのを何年も繰り返してます←

折しもここ数年いろいろライフスタイルの変化もありまして、
それでもって、その変化については、まだまだ当面続きそうなのですが、
それでも、最近、ほどよく少し落ち着いた時間を取ることもできそうですので、
月に数件くらいの頻度で、また、思いついたことを書いてみようと思います。

とりあえず、今日、ブログを新しく構えてみようと思ったので、
アドレスをお知らせしようと思います。

『Finder』https://finderviews.blogspot.com/

何でFinderなんだとか、何でこのブログから移そうと思ったとかそんな話もありますが、
まとめて書こうとすると結局まとまりきらなくなって、また投稿の機を逸してしまうので、
続きはFinderの方で日を改めて書こうと思います。
(最近、深夜帯がだんだん辛くなってきました…年ですかね)

まぁ、良くも悪くもこのブログは15年位の人生のアーカイブ的なところでもありますし、
移転先のブログサービスが使いにくかったらまた帰ってくるかもしれませんから、
ここは残しておく予定です。
ここのブログが私へのひとつの連絡先の役目を果たしている側面もありますし。

Finderのほうはまださっきブログを構えたばかりで、
デザインもウィジェットもまだまだ手入れが行き届いておりませんが、
ひとまず引っ越しのお知らせというか新居のご案内、ということで、取り急ぎ…。

2015年の夏、交通事故で急逝した、中学時代の後輩。

よく慕ってくれていたので、知らせを聞いたときは本当に呆然として、
せめて線香をあげに伺いたいと思っていたのですが、
1度しか伺ったことが無かった彼の家の住所がどうしても分からなくて、
残念ながらそのままになっていました。

先日、あの頃の書類がゴソッと詰まった書類を掘り返してみたら、
彼から1回だけもらった年賀状が出てきました。

交通事故を知らせた新聞と同じ町名。
事故の頃の時点では実家にいたのでしょうかね。

事故から5年が経ちましたけれども、もしも伺って差し支えないようでしたら、
新型コロナウイルス感染症の流行が一段落した頃に、
一度手を合わせに伺おうかな、って思っています。

中学から高校にかけて、ありがたいことに
割合それなりに多くの方が私なんかと関わって頂いていたのですが、
その9割以上とのつながりが、プツリと途絶えてしまっているんですよねぇ…

もっともっと、一期一会のご縁を大切に、繋がりを大切にすべきでしたね。

件の年賀ハガキは、見つけてもらうこの日をずっとずっと待っていたかのように、
書類のトレイの蓋を開いて一番上にいました。

もう少し良い形での再会をしたかったな。

青高解放作戦 × Windows10 May 2019 Update

平成もとうに終わりましたけれども、
最新のWindowsがリリースされたとき恒例の、青高解放作戦、動作確認のコーナーです。

2019-05-23 (2)

2019-05-23 (1)

まずは結論。

Windows10 May 2019 Update (1903)でも、機↓兇い困譴盖動出来るようです(パチパチ

気2003年、兇2004年。当然当時はWindows XPの時代ですよ。
15年経ってもとりあえず起動はできます、というこの互換性。おそろしいですね。
機↓兇い困譴盒肪爾扮覗の乱れもなく、音声も出て、操作も普通にできます。
(全クリはしてないので、もしかしたらどこかで止まるかも分かりません…←)

ただ、昔の頃からそうだったのか、最近こうなのか、記憶がもう曖昧ですが、
兇諒、結構細かく画面作り込んでいたのがアダになってしまって、
あちこちインターフェイスの字が潰れてしまっているんですよね…
当時からこの位粗かったのか、それとも、Windowsが変わっていくうちに
何かしら画像処理の方法が変化したのか。
ただ、数年前にWindows10上で兇鯀乾リしたときには
こんなに粗くなかったような気がするなー、と。

むしろ気諒は画面も中身も色々ともっとシンプルな作りになっているので、
あんまり不具合を感じることなく快適にプレイできます。
やっぱり世の中シンプルが一番ですね。ゴテゴテ作り込んだ当時の自分を反省。

以上、作者の方はIT分野と和楽器の分野で色々とご活躍で忙しそうなので、
代わりに動作検証でした(`・ω・´)。

何か不具合が見つかったとしても、もう時効ということでご容赦ください。

今のクルマに乗り換えたあたりの話題すらまだ触れていないというこのブログ←
TwitterとかInstagramにはいろいろ載せていますけどね。
まぁ、年齢や収入に見合わない高級なクルマを迎え入れましたよ。
趣味だからいいですけど、と自分に言い聞かせながらローンを納める←

閑話休題。

今回はこのブログではまず珍しい、というか初めてかもしれません、
スポーツに関する話題について。


ヴィッツとわたし。後編

走行中のエンストという事件を起こした先代ヴィッツさん。
長距離乗ることの多い身としては車検が2ヶ月後に迫ったこのとき、選択を迫られました。

ひとまずヴィッツ級のコンパクトカーで不足は感じていませんでしたから、
急遽同クラスの車両を各社比較して歩きました。
前回がオンボロのポンコツで(直す楽しさやメカニックの勉強にはなりましたけど)
それなりに苦労しましたから、この時の検討基準は
「手がかからない比較的高年式車」で「1,000ccよりはゆとりのあるパワートレイン」。

当時(2012年時点)見て歩いた中では、
「ヴィッツ」…とても乗りやすく疲れ知らずになったけどやたらチープで無難なクルマ
「アクア」…↑のヴィッツを上回るチープすぎる内装なのに当時は中古でも高い。
「フィット」…走りも「走るぞ!」感の演出も良い感じ。パッケージ設定が見にくい。
「ノート」…もうすぐ新型(2代目)が出るらしい。マーチはさすがに論外。
「スイフト」…メーターとか質感すごく良いんだけど運転席の足元が狭いしトランク浅すぎ。
一言で言うとこんな感じでした。

結論、ヴィッツのRSがいいなーと思って2代目ヴィッツ含めて検討を進めてましたが、
(岩手県でガンメタの2代目RSとターコイズマイカの3代目RSがいてとても心揺れたところ)
「近所にとても上物の上級グレード(U!)がいるらしい」と言う情報が目に入り、
どれどれ、と見に行ってみました。
(ちなみにターコイズマイカメタリックへの憧れが後々尾を引きます…)

DSC_0110
おぅいぇー…すごくゴテゴテしたエアロとホイール…凄い高級なナビも付いてるし…

すぐにドアを開けてもらい運転席にちょこんと座ると、
もう試乗車で乗ったFとはまるで違うのね。
確かにモデリスタで内装いじって全面ピアノブラックになっているのもあるんだけど
とりあえず手の触れるあたり、ハンドルもシフトノブも革ですし。
初代ヴィッツの頃憧れてたタコメーターもついてるし。
欲しいと思ったこと一度も無いけど空気清浄機まで付いてるし。
ミラーも何か青いし。リアガラスは恐ろしく真っ黒だし。
足元もほんのり明るいし。挙げ句必要と感じた場面は無いけど一応四駆だし(前車はFF)。

これはディーラー関係者が漏れる限りの装備をすべててんこ盛りのフル仕様で作った、
半ばネタのようなクルマに違いない。やり過ぎ感が否めないけど、これはこれで面白い。

…まぁその日のうちに契約書にサインしてましたね、はい←


DSC05393(1)

納車の翌日かその次の日に早速中距離のオデカケに繰り出して、
あまりの純正スピーカーのひどさに激怒して
その足で取り替えたというエピソードもあり(写真はその日)。


ヴィッツとわたし。前編

ヴィッツとの初めての出会いは2009年の秋。レンタカーでした。
免許を取って、さぁどこかに出掛けよう、という話になったとき、
隣駅の駅前にあるガソスタで運営している格安レンタカーでコンパクトカーを借りて、
そのときにたまたま当たったのが初代ヴィッツ。

DSC07508
猪苗代町 秋元湖のほとりにて

初心者マークつけて初めてのドライブの割には、結構本格的な山道を回るルートにして
(磐梯吾妻山方面から会津方面へ抜けて、更に米沢を経由して福島に戻るという…恐ろしや)
それでも無事になんとか完走したのは、きっと運転がしやすかったからでしょう。
この初ドライブのためにFMトランスミッター買ってウォークマンか何かで音飛ばして、
もちろんプレイリストも作り込んで挑んだものですよ。紅葉ドライブ。

その後何度かレンタカー借りて、マーチが来ると相対的に社内が狭くて運転しづらく
ヴィッツが割り当てられるとラッキー、って感じで乗ってました。
確かこの店には少なくとも2つのヴィッツが居て、
はじめてのドライブのヴィッツはU(中期型かな?)で、もう一つはFのDパッケージ。
前者は計2回当たりましたが、むろん前者の方が快適でしたね。いろいろ装備充実してたし。

で、その後程なく、まぁ、とりあえずゲタ車を所有しよう、と思い立ったわけです。
ネットで調べて、はじめは、というか割と真剣にはじめは軽自動車…
スバルのVIVIOのクラシック調なヤツにしようと思っていたんです。赤色の。
…が、確か先を越されたのかどうだったのか、ご縁がなく。
で、その車の次に安い値段で、たまたま見つかったのが、後の愛車となるヴィッツでした。
(VIVIOに乗ってたらスバリストになってたんですかね(^_^;)

試乗というか実車を見にいくのもバスとか乗って一苦労した記憶があります。
郊外のロードサイド店に車を持たない人が行くのは大変なもんですよ。
で、辿り着いて軽く転がしてみて、まぁ、行けるなー、と思ってその場で契約でした。

そこから多分1週間くらい。納車日は1月15日。

DSC08675


ありがとう、カシオ

お次はカシオのコンパクトデジタルカメラ引退の話題←

きっと同年代の皆様は一度はカシオのカメラを触ったことがあると思うんです。

私の場合は…はじめは中学校の修学旅行ですよ。カメラがほしい、と思って、
お小遣い握りしめて、ジャスコの中のパソコン屋(J-ZONEですよ覚えている人何人いる?)で
買ったあの機種。EXIFなくて機種が分からない…。

覚えているのは乾電池で駆動して、一応フラッシュはあるんだけども
SDカードにも非対応で、むろん液晶モニタなんてのもありません。
設定画面は画像のサイズ、大と小の切替のみ。
一応ウェブカメラになる機構は付いていたはず。画素数は30万画素。そう、カシオですよ。

…で。ここまで書いてもう一度検索したら、はい!出てきましたよ、LV-20。

カシオ、手のひらサイズのデジタルカメラ『LV-20』を発売
https://ascii.jp/elem/000/000/325/325538/index.html

LV-20

当時はブツ撮りなんかしていませんからね…実家に帰ればきっと実機あるんだけど。
そうです、そうです。光学ファインダーはついているんです。今ではかえってレアですね。

修学旅行 (31)

作例( ̄∠  ̄ )ノ
…うん、ひどい←


いまにして思えば大人しく写ルンです使っていた方がキレイな写真残せましたね。ええ。

画面がないというのはこれはこれで、家に帰ってPCに繋ぐまで写真が見られないわけですから
写真を撮る楽しみという意味ではね。あった気がしますよ。



そして次に手にしたのはQV-10以来の名機、EX-S1。初代EXILIMですよ。

カード型デジカメの先駆者、そして確信犯――カシオ「EX-S1」 (1/2)
http://camera.itmedia.co.jp/dc/articles/1110/03/news033.html

l_hi_photo01

これも実家には純正ケース付で実機あるんですけど(ry

これは、さすがに液晶もなくて画質もお粗末なLV-20からレベルアップしたくって
初売りで手にしたのを覚えています。これもまた今はなきコジマ…。
そういう過程で手にしたものですから当時はその、薄さと画質の両立とか
そこまで感動した記憶は無いんですが、
今振り返ればとってもエポックメイキングな機種ですよね。
今でこそ、この機種より更に薄いサイズで
14倍の画素数を有するスマートフォンが普通に存在しますけど、
名刺サイズで11mm、しかも即起動できるカメラってのは、やっぱり凄い。
当時のカメラ付携帯電話なんかでは決して出来ないもの。

しかし今見れば液晶こんな小さかったんですね(^^;

cimg0054

まぁ鑑賞に堪えうる画質にはなってきました。



私の場合はここから急遽譲り受けたキヤノンのIXY Digital Lに流れて、
(今見返してもここらあたりから今の時代でも使える写真が出てきた感じ。
やっぱりキヤノンってすげー、って思いましたよ当時。
でも最後壊れたんですよねこの子。キタムラで下取りしてくれましたけど)
そして念願のソニーのCyber-shotに辿り着き、高倍率ズーム機3台続けて、
(EXILIMからIXY Digital Lにかけて光学ズームが無かったことの反動でしょう←)
そこから今に至る、といった感じです(”今”の話も近々…)。

周りを見ていても、写真触っている人だとどこかのタイミングで
一度はカシオのカメラに関わっている機会がある感じ。

せめてもうちょっと最近の機種も触っていれば、
それなりの写真で追悼?も出来たんですけど、うーむ…。
キヤノンはまだまだがんばるでしょう。…ソニー…考えるのはやめましょう←

カシオが得意とする、スピードだったり、小型化の技術だったり、頑丈さだったり、
この辺はどこかで今後も活きてほしいですけどね。
今だと電卓くらいしかご縁がありませんが、カシオのカメラには短い期間でしたが
お世話になった思い出もありますし、今後もメーカーの発展を応援してます。

小室哲哉さん引退の話題

昼の会見から半日間、やるべき事にもなかなか手に付かず、
心ここにあらずでグルグルしていました。

会見全文とか、この10年の流れとか、いろいろ考えてみると
必ずしも「週刊誌報道で疑惑を招いたことへの責任を取っての引退」とは思えません。
釈明するくだりで話されたKEIKOさんの病後の経過、
自身の闘病、先の見えない介護、孤独、
作品が思うように生まれないもどかしさ、過去の栄光が追い詰める苦しみ、
本当に限界に達していたんだろうなと思うんです。

会見についてとか、世論についてとか、いろいろ言葉にまとまらない思いはありますが、
音楽をやめることが世の中を騒がせた償いになるとは到底思えませんし、
どうしても何か償いをしないと気が済まないというのならば、
それこそ彼の言葉通り「生き恥をさらして音楽を続ける」ことこそが贖罪だと思います。

これまでもそうしてきたように、私はこれからも心から支持したいと思います。
確かに90年代のようにヒットは連発しなくはなりましたけど、
それでも年に何曲か「コレだよ!」って曲は私にとってはあります。
例えば最新の曲でいうと「Be the one」だってサウンドも歌詞も
(「奇跡と偶然 太陽と月」のくだりとか)十分イカしていますよ。

それに、去年の年末の紅白を見ていて、なんか全体的にBPMが高めな感じがして、
なおかつダンスミュージック、EDMが随所で聞こえているところからして
「来年あたりそろそろTKがまた活き活きと表舞台に出てくる時代が来るかな?」
って思ってみていました。きっとまさにようやく
彼の得意とする音楽が必要とされる時代がまた来るタイミングだと思うんです。

介護というキーワードも出ていましたね。
今日の社会で多くの人が遅かれ早かれ直面する課題です。
責任を持って家族がケアをする、という心意気もまことに尊いのですが
「介護離職」と呼ばれるようにケアの負担が大きくて生活が破綻するケースもあります。
ぜひ社会に助けを求めてほしいと思います。
ソーシャルワーカーやケアワーカーの支えを受けることに
もっと肯定的な世の中にならなければ本当にいけないと思います。

少し話が逸れましたが、KEIKOさんのケアにかかる負担の問題や、自身の健康問題が
一段落して、「よし、やろうかな」という気分になる日が来たら
ぜひまた聞かせて欲しい、というか、その日が来ることを心から待望しています。

「今までありがとうございました。」というコメントも多く見かけますが
過去形にしてしまうのは寂しいですので
「いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
と、一日も早い活動再開への強い期待を込めて、もう少し言葉を整頓して送ります。

いつの時代もキラキラとしていて、生命力のみなぎっている彼の曲の数々を聞きながら
楽しい知らせを待っています。

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