ヴィッツとの初めての出会いは2009年の秋。レンタカーでした。
免許を取って、さぁどこかに出掛けよう、という話になったとき、
隣駅の駅前にあるガソスタで運営している格安レンタカーでコンパクトカーを借りて、
そのときにたまたま当たったのが初代ヴィッツ。

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猪苗代町 秋元湖のほとりにて

初心者マークつけて初めてのドライブの割には、結構本格的な山道を回るルートにして
(磐梯吾妻山方面から会津方面へ抜けて、更に米沢を経由して福島に戻るという…恐ろしや)
それでも無事になんとか完走したのは、きっと運転がしやすかったからでしょう。
この初ドライブのためにFMトランスミッター買ってウォークマンか何かで音飛ばして、
もちろんプレイリストも作り込んで挑んだものですよ。紅葉ドライブ。

その後何度かレンタカー借りて、マーチが来ると相対的に社内が狭くて運転しづらく
ヴィッツが割り当てられるとラッキー、って感じで乗ってました。
確かこの店には少なくとも2つのヴィッツが居て、
はじめてのドライブのヴィッツはU(中期型かな?)で、もう一つはFのDパッケージ。
前者は計2回当たりましたが、むろん前者の方が快適でしたね。いろいろ装備充実してたし。

で、その後程なく、まぁ、とりあえずゲタ車を所有しよう、と思い立ったわけです。
ネットで調べて、はじめは、というか割と真剣にはじめは軽自動車…
スバルのVIVIOのクラシック調なヤツにしようと思っていたんです。赤色の。
…が、確か先を越されたのかどうだったのか、ご縁がなく。
で、その車の次に安い値段で、たまたま見つかったのが、後の愛車となるヴィッツでした。
(VIVIOに乗ってたらスバリストになってたんですかね(^_^;)

試乗というか実車を見にいくのもバスとか乗って一苦労した記憶があります。
郊外のロードサイド店に車を持たない人が行くのは大変なもんですよ。
で、辿り着いて軽く転がしてみて、まぁ、行けるなー、と思ってその場で契約でした。

そこから多分1週間くらい。納車日は1月15日。

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福島にしては割とガチな雪が降って焦ったものです←
確か、納車になったその足でオートバックス行ってETC付けたような気がします。
夜には今までクルマがなくて行けなかったラーメン屋に行ってきたりして。

過走行車で(笑)。15万3千キロ行っちゃってたんですよね、乗り始めの時点で。
重大な持病がひとつあって、エンジンから異音がするという。ガラガラガラガラと。
ウォーターポンプなのか、オルタネーターなのか、
はたまたタイミングチェーンが伸びきっているのか、なんて話を
出した整備工場で必ず一度は言われたものです。
色々なエンジニアの話を総合すると、やはり原因はどうもチェーンくさい感じがしてまして、
その場合、走行中に万一緩んだチェーンが外れると
エンジン内でバラバラになりますよ、なんて脅されて。
恐らく前のオーナーがオイル交換を怠っていたのが原因だろうと言われていたもので
金のない学生の割にとりあえずオイル交換はまめに行っていました。
とりあえず、老体の1SZ-FEエンジンにトドメを刺さないように。

青森往復も何度もやってのけましたし、東京、神奈川方面にも繰り出しました。
当時は栃木の方にもご縁があってよく足を運びましたし、
仙台方面もヴィッツが来てからは基本クルマでの移動になりました。
(かつて、電車で行って夜遅くに酒飲みながらガタゴト揺られ帰るのも好きでしたけどね)。
それに、なにより近場。きっと福島を中心に南東北をとことん走れる時間は
この期間しかないと当時感じていたので、とにかく福島県は福島市内をはじめ、
隅々まで走りました。

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紅葉リベンジ。前年のレンタカー 1500ccの4WDの方が走りがよかったのは言うまでも無く←

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1DINの小物入れにダイソーの「ねじねじ棒」を加工して作ったウォークマンホルダー

だいたい弄ったのは
・CDチェンジャー(当初装着してたオーディオがソニー製で、適合するヤツをポチリと)
・オーディオ用ロータリーコマンダー(同上)
・結局買い換えたオーディオ
 (青森から帰る道中、というか青森ICで東北道乗った直後に↑のオーディオが壊れて、
  途中盛岡で降りて買えたカロッツェリア製。今は物置で転がってます)
・ハンドルカバー(握りやすくするよう太めの、編み目のヤツを)
・メーターの電球(アナログメーターなのでいろいろカラーキャップ替えて遊んでました)
・HIDヘッドライト(自力で取付けたものです!えらい自分)
・フォグランプ(これも自分で以下略)
・サブウーファー設置(これもバッ直で自分で略。これは後に二代目ヴィッツに移植)
・RSエンブレム(意外とよく似合ってたんですよ。3代目ヴィッツの部品取り寄せ)
・トヨタロゴ(初代ヴィッツはネッツマークでなく「V」マークでしたね)
・リモートドアロック連動ブザー(いわゆる「ピッ、ピッ」ってヤツ)

などなど。

冬タイヤ何履いていたかは覚えていないのですが、夏はエコス。実に経済的な高燃費。
バッテリーは途中からカオスに積み替えて、ちょっとだけ音質にこだわりを。
ナビはPSPの「みんなのナビ」を使ってました。結構使いやすくて良かったんですよ。

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初代ヴィッツの初期型はがドアロックのアンサーバックも自前で調達します←

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RS!(1,000cc 70馬力弱)

…しかし我ながら良く覚えてますよね←
2010年1月に乗り出して2012年8月に迎えるお別れのとき、
(あれ?たった2年半だったっけ?)当初15万キロだったクルマが
20万キロになっているんですもの。どれだけ密な時間を過ごしたかって話ですよ。



印象的なエピソードは、前に東日本大震災の話題でも触れた話、
本来リッター15kmから18km位の走行性能のエンジンなこのクルマ。
満タンから1目盛り(1/4)位減った状態で、いよいよ原発が危ないというので
とりあえず出来るだけ遠くへ、燃料の有る限り北上しようということで
朝6時頃に旅立ち、夕方頃に青森県に入ったあたりで、
まだ2/5位ガソリンが残っていたという話。
本当に細心の注意を払ってガソリンを使わないように走行して、
それでも宮城県北部で渋滞に飲まれたりしながら、
あの日だけはなぜか最低でもリッター24km位走ったんですよね。
確かに渋滞区間を除けば割と空いてはいましたけども…。
1日違いで名取の大津波に飲まれなかったのと同じく、これって奇跡だなーと思った話です。

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記憶に良く残っているのは会津方面へのクルーズ。
夏の大内宿と冬の只見町はよくぞ成し遂げたものだと(^^;
写真は栃木県から北上して只見町に向かう途中の道の駅たじま。
まぁここまで来れば雪深いので、視界が開けてるうちはそれなりに走れましたけどね。



そんなこのクルマ。別れは2012年の夏に訪れます。
青森まで連れてきて、福島ナンバーぶら下げて走り続けていたのですが、
まず「そこそこ長距離乗るけど、突然止まったりしない?」という不安。
当時はまだ栃木方面にもご用事がありましたし、
そもそも日常的に八甲田を越える機会があるわけで。
山奥や高速のど真ん中でプスンと停まったらどうする???と思っていたのは、
当時既に20万キロを目前としていたから。相変わらずエンジンガラガラと言わせて。

今後も栃木や、もしかすると関東のもっと向こうの方へも足を運ぶかもしれない、
そういう状況に当時はありましたし、どのみち近い将来、
例えば家庭を持ったとしたらチャイルドシートのつかないこのクルマは使えなくなる。
などなど、そんな事情も当時はありましたから、
とにかく安心して長距離を、楽に、あとは将来の人生も見据えた上で
色々な面で使い勝手良いクルマが必要になってきました。
そんな矢先。ある日、何車線もある青森市内の国道の交差点のど真ん中で
エンジンが停まってしまうトラブルに見舞われました。

丁度20万キロを越えたあたりだったと思います。

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