働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

日記で振り返る小3の夏休みと甲状腺数値

小学校生活 目次はこちら

こちらは夏休みも終わり、月曜から学校だった。
今年の夏休みの記録を。

*           *          *

娘の無味乾燥な日記から夏休みを振り返ってみる。

相変わらず、このようにiPadで先に日記を打ってから書き写している。
(使っているアプリはトーキングエイド for iPadというこちらの商品。現在の価格は8,400円。
そして文を作るときの「文作りマグネット」はこちら
nikki


娘はいきなりすらすらと日記を書きだすということはない。
まず何について書くかを決めるのに時間がかかる。
その点写真があるととても取り組みやすい

それから、まだ学習途上であるから、文章を広げるため、「誰と行ったの?」「何を食べたの?」などと誘導することもある。
iPadで入力しているのには、あとから文が自由に広げられるようにということもある。

単語だけ言った場合は(娘は会話も単語が多いので)、上の文作りマグネットで文の要素を示す色のマグネットにその単語を書いてやり、助詞を選ばせ、動詞を考えさせたりする。

あと、時間のないときは、私が全文を一行置きに書いてやってそれを隣の空いた行に写させるだけの日もある。
少なくとも文字を書く練習になるのと、新しい表現を覚えるにはアウトプットだけでなくインプットも大事だから。
(そこで覚えた表現を次回使うこともあるので)

七月三十一日 天気晴れ
今日は、NちゃんとYくんとAちゃんとYくんとMちゃんがいました。
サンアップルに、おとまりしたの。ボールプールに、はいったの。

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いい写真がないんだけど。(^_^;
夏休み最大のイベントは近隣の県のダウン症の親子6組(我が家含め)でお泊りしたことだった。
遊具がたくさんあるところで遊んだり一緒にご飯を食べたりプールに入ったり。
夜はいつまでもみんなで起きていてさながら修学旅行気分。

娘にとっても私にとってもとても楽しい時間だった。

ダウン症のある子どもたち6人(小学生5人+中学生)が一堂に会し、おちゃらけキャラの子がいてふざけると、みんながノリノリになって踊り出だし、他の子がそれを見てまたおちゃらけてみんなで笑って・・・
ホント「ゆかいな仲間たち」。

旧知のお子さんもふたりいたのだけど、ふたりともとってもおしゃべりが上手になっていて、頼もしく感じた。

うちの娘はしゃべらないが、みんなと一緒にいたかったようで、その子たちの周りをウロウロしたり後をついていったり。
小さいころの娘を知っているお母さんたちには、娘の社会性が「別人のように」伸びたと言ってもらえて嬉しかった。(^^)

小さいころから一緒に育っている、きょうだいのようなダウン症の仲間たちがいて、こんな風に小学生になっても(ひとりは中学生)一緒にお出かけしたり泊まったりする関係っていいな〜と思ったのだった。

また遊んでね。(^^)

八月十五日月よう日 天気 晴れ
今日は カラオケに行きました。YちゃんとSちゃんと、お父さんと、お母さんと、行きましたとさ。わたしは、カルピスをのんだかは、ひみつです。プラカードやつけまつけるやリンリンリンをうたいました。たのしかった。

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家族最大のイベントは、一家でカラオケ。(遠方へのお出かけはなし)
高3受験生の兄ちゃんが、「3時間なら行ってもいいよ」と言って実現した。

カルピスは学校でデビューして以来、お気に入り。
家では買ってもらえないので、外で選ぶ。(笑)

相変わらずレパートリーはフィンガー5がメイン。
でも悲しいかな、ちょっとマイナーな曲になるとカラオケに入っていないのであった。
(「ぼくらのパパは空手の先生」、とか「ジェットマシーン」とか)

八月五日 金ようび 天気 晴れ
今日は、かめがいました。ひとでがいました。わたしは、ひとでに、さわったの。カブトガニや、オウムガイやカメもいました。チンアナゴやウツボもいました。そのあと、メロンアイスを食べました。

suizoku

デパートにミニ水族館が来ていたので行ってきた。
(お友達に教えてもらった。ありがとう!)
ヒトデと触れ合えるコーナーもある。
生き物は大好きなのでよく名前を憶えている。
見れば「カブトガニ!」「オウムガイ!」などと名前を言う。
こっちは物忘れがひどくなってきてとっさに魚の名前が出てこない。
「あ、ドリーだ!これなんていうお魚だっけ?」と聞くと「ナンヨウハギ」などと教えてくれた。
チンアナゴだけは最初「チンアガノ」と書いていたけど。
まあそう聞こえるよね。

小規模ながらなかなか楽しめた。
母も水族館大好きなのでまた大きいところに行きたい。

八月六日 土よう日 天気 晴れ
今日は、ねこのおみせに来ました。
わたしは、ねこに、おやつをあげました。それからアイスパフェを食べました。
アイスパフェには、ハートやひまわりやあしあとのチョコレートとウエハースがはいっていますね。また食べたいです。

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耳鼻科受診のごほうびに行った猫カフェ。
新人の子猫スタッフが入っていて大喜び。
(ここの猫さんたちは「スタッフ」と呼ばれている)
久しぶりにじっくり猫さんたちと過ごすことができた。
新作のパフェを頼んだらかわいかったので写真をパチリ。

ウェハースという単語を知っていた。

八月七日 日よう日 天気 晴れ
今日は、ダンスに行きました。
リンリンリンをおどりました。ほかには、つけまつけるや、メモリーズをおどりましたとさ。ドラえもんやおっはーも つぎは、チョコレートディスコをおどりたかった。そのあとじどうはんばいきでぶどうジュースを買って飲みました。また飲みたいです。

(写真なし)
習っているダンスに久しぶりに行った。
夏休み中でみんなお出かけなのか、低学年クラスの参加者は2名だった。
今年はステージもあるようなので練習しないと。

七月二十六日火よう日 天気 雨
今日は、どうぶつえんに行きました。はとがいっぱいいました。雨がふりました。
わたしははとを、おいかけました。

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雨でもレインコートを着て動物園。

鳩は雨が嫌いなようで、屋根のあるところには鳩がいっぱい雨宿りしていて、つかみ放題状態だった。(笑)
でも追いかけちゃダメだよ、外に逃げて濡れるとかわいそうだから、というと我慢していた。

八月十四日日曜日 天気 晴れ
今日は、○○じ(お寺のこと)は はとは、いませんでした。ざんねんでした。
お父さんと、そのあと、こうえんに行きました。わたしは、見てるだけでした。
どうしてかというと、見てるのがすきだからです。

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暑いので夕方に出かける。
公園で子どもたちが遊んでいると暗くなるまで帰りたがらない。
でも一緒には遊ばず、見てるだけなのだった。

八月十九日金よう日 天気晴れ
今日はM(デイサービス)に行きました。
水遊びをしました。わたしは、見てるだけでした。どうしてかというと、見てるのがだいすきだからです。すずしかった。

こちらも見てるだけ。
この炎天下で水にも触れず・・・。

*         *         *

年に一度の健康診断ではびっくりすることがあった。

なんと甲状腺機能検査の異常数値が出ており、本来なら一年前から薬を飲まなければならなかったのだと言われたのだ!

(実は去年の血液検査の結果は聞きに行ってなかった。
毎年「異常があれば連絡しますから」と言われていたので、去年はそうは言われてなかったのだけど、「なんかあれば連絡が来るでしょ」と思っていてそのままになっていた・・・^^;)

TSH(甲状腺刺激ホルモン)が標準値0.35-4.94のところ18.12と高く、
FT4(甲状腺ホルモン)が標準値0.70-1.48のところ0.70と低め。

ひー、ごめん。^^;

「おとなしくて活動を見てるだけでなかなか参加しないのは甲状腺機能の低下が原因でしょうか?」と聞いたら「いや、それは性格でしょうね」と言われたけど。(笑)

ただ、甲状腺ホルモンは「元気のもと」と言われるホルモンなので、このせいでこれまでだるかったりしんどかったりしたんなら申し訳ない。

お医者さん曰く「僕は、この数値で薬を飲まずに一年放置したケースを知らないので、今年の数値がどうなっているか興味深いです」ですと^^;
そして測ったところ・・・数値が改善していた!Σ(゚д゚;)
高すぎたTSHが18.12→7.41と下がり、
低かったFT4が0.70→0.95と上がっていた。

治療せずに改善していたとは!
先生もなぜだかはわからないと言っていた。

甲状腺異常は女の子に多く、お友達の同い年の小3ダウン症女子たちは全員ひっかかっている。
これまであまりに健康だったので過信しすぎたことを反省。ちゃんと数値も確認しなくちゃね。

ちなみに、甲状腺機能低下、TSHの値上昇ということで橋本病の疑いもあるということで、10月に超音波検査をすることになった。
(今回の数値だとすぐに薬を飲み始めなくてもよいらしいです)

甲状腺機能が低下するとむくみが出て、あまり食べなくても体重が増えるというけど、数値が改善したら痩せるかもしれないとも言われた。
(まあどう見ても「あまり食べない子」ではないけど・・・)

*           *          *

夏休みは毎日学童やデイに預けていたけれど、だいたい3時ごろに迎えに行ってそのあと出かけたりプールに行ったりした。
とにかく毎日運動させることを考えていた
(暑すぎるので出かけるのは夕方だけど)

普段よりは親子で過ごす時間の余裕があったので、家でも親子で遊んだり勉強したりもたくさんできた。
そして言葉が増えたな〜と感じた。(旦那もそう感じていたという)
もちろん当社比だが。

デイのお友達に「あーそーぼ」と話しかけて手をつないだと聞いてびっくり!
自分の耳でその場で聞くまでは信じられないほどだ。
(そういうことを言う子ではなかったので)

もうちょっとお手伝いをしっかりさせればよかったけれど(お昼ご飯の食器洗いとか)、毎日デイに行っているとなかなか。
でもプールのあとの水着は洗って洗濯機の脱水機にかけて干すまでは全部ひとりでやらせていた。

お風呂にひとりで入ったり(もちろんヘルプあり)、スーパーに行って自分のほしいものを一品選んでレジでお金を払って買ったり、と小さなチャレンジもした。

本当に少ーしずつだけど成長していて、明らかに去年とは違う娘がそこにいるのであった。
2学期もがんばろうね。

書字改善への道?その3

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みなさん夏休みいかがお過ごしですか。

こちらは今週で夏休み終わりです。
今年は受験生高3兄がいるので恒例のキャンプも行かず、近場で過ごしています。
夏休みの様子はまた後日。

さて、夏休みになって、娘にいくつか進歩が見られたのですが、そのひとつがちょっとだけ字がましになってきたことです。(笑)

(以前は第三者には読めない字を書いていたので。)
これまでの取り組みをご報告。

*            *            *

娘の字が超〜きたないのにはいろいろ理由があると思うが、娘の場合、一番大きいのは空間認知の問題だと思う。
(もちろん手先のコントロールの問題もあるが)

以前も紹介したが、図形をまねして描かせるとこんなふうになってしまうし。
(右が母の手本、左が娘の書いたもの)
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脳がそうなっているんだとしかいいようがない。

最近東大生の番組をよくやっているけど(そして息子が東大生大好きなので頭脳王とかよく見ているけど、笑)中でもトップの人たちは、まあ、うちらとは脳のしくみが違うよね、という印象だ。
本をただぺらぺらめくっているだけに見えて内容をちゃんと読んで覚えていたり。
見たものがすべて頭の中に入っていたり。
一度聞いたものは決して忘れず、いつでも一字一句間違いなく取り出せたり。

彼らがスタンダードだったら私たちは相対的に知的障害者だ。
(特に最近、固有名詞が出てこなくてね〜)

話は脱線したが、だから、彼らに追いつけ追い越せじゃなくて、私も、また娘も、自分のできる範囲でがんばればいいんだと、改めて思う。(笑)

とはいえ、文字は将来の(今も)大事なコミュニケーション手段なので、読める字が書けるようになるといいなと思っているのだ。

<手先のコントロールの練習>


手先のコントロールの方は、支援学校の方でも先生がいろいろ工夫してくださっている。
(上)白抜きの文字を用意して、かべを突き抜けないようになぞる練習をたくさんやらせてくださったり。
(娘は迷路が嫌いでやりたがらないので)
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(下)ノートのマスを無視して書く娘に、枠内におさまらせるよう、前後を仮名で固めたノートに書かせたり。(笑)

せんたくばさみ、はさみ、折り紙なども、遅ればせながら(本来は保育園のときにさんざんやっておくべきことばかりであるが)いろいろ取り組ませていただいている。

<空間認知を鍛える>


一方、家庭学習では、娘が3歳のときに作ったおもちゃをもう一度出してきて、見本を見て並べる練習からさせてみた。
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何年かぶりにやったら、なんと最初はできなかった!Σ( ̄ロ ̄lll)

が、そのうちコツ(?)を思い出したようで、毎回変えても並べられるようになった。

次がおなじみのキューブブロックである。
これは本来、見本通りにブロックを並べるおもちゃなのだが、本来の使い方はしていなかった。

やらなかった理由が、入っているカードが娘には難しすぎたからである。
最初の2枚くらいのあと急に難易度があがってしまう。

そこで、娘にも取り組めそうな、易しい図形見本をいくつか作り足した。
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「青はいくついる?」「黄色はいくついる?」などと本人に聞いてその個数だけとってもらい、作らせる。

まあこうなってしまうのだが。(笑)
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下半分の2つはセットに入っていたカードだが、私らとはやり方が違う。
なんとなく漠然とブロックを置いてみて、だんだんスペースを縮めていくというやり方をしている。

しかし何度もやるうち、少しずつ、見本通りに作れるようになってきた。

ここまでが夏休み前。
夏休みに入ってから、転機(?)が訪れた。

<お絵かきビフォーアフター>


文字を書くには、その前段階としてお絵かきがとても大事というのは重々わかっていたのである。
でも娘はお絵かきが嫌いで家ではどんなに誘っても絶対描かなかった。
(たまに成長記録でアップしてきた園や学校での作品は、どれも奇跡的にうまく描けたものばかり(たぶん偶然の産物))。

「絵描き歌うたって」とリクエストはよくされるが、私に描かせるばかりだった。

しかし、夏休みに暇で、いつものように絵描き歌をリクエストされたので、「○○ちゃんも描いてみる?」と言って私の分と娘の分と2枚紙を置いたところ、なんとやる気になったのだった

それからは、毎日毎日「絵描き歌やりたい」と言って、一緒に描くようになった。
(自由な発想力とか想像力とかは娘には求めないので、まずはまねして書けることから・・・)
すると、わずかな期間に、めきめきと(?)上達した。

ドラえもん。夏休み初期(左)と後期(右)。
まあ新種の妖怪のようではありますが(笑)全体のバランスがよくなってきたのではないでしょうか。
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下がマリーちゃん。
右は、マリーちゃんには見えないけどなんかこういうキャラクターいそう。

次の絵はうーたん。
初期の頃は、顔の中に体まで入っちゃっています。
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下はあんぱんまん。
最初にちっちゃい丸を書いちゃうと、顔のパーツが顔の中に入りきらなくなっちゃうのよね。(笑)

次はミッキーさん。
いしいひさいちがミッキーさんを描いたらこんな感じかな?^^;
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下はドラミちゃん。ちょっとかわいい顔になってる。

次はおまけ。似ても似つかないけどなんとなくあひるっぽいドナルドダックと
犬っぽいプルート。
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下がぷーさん、そして年老いたアンパンマン。(笑)
(なんでこうなっちゃうんだ?)

まあ、何が描いてあるかわかるようになってきましたよ。
これが、夏休み中のわずかな間の進歩なんだからすごい。
娘も、自分でうまくなってきたと実感しているのでは。
ようやく、保育園児のお絵かきのレベルになってきた感じ。

すると、文字の方も、心なしか読めるようになってきた気がする。
nikki

定規等は使っていない。
字の汚い小学1年生くらいのレベルに来たかな?

毎年夏休みの日記は、私が判読したものを添付して、先生に提出していたのだ。
(書かれたものを後から見ても読めないから)

三年生になってようやく、私が判読文をつけなくても大丈夫かな?という感じになってきたな〜。(*^^*)

ダウン症のあるきょうだいをもつ人の結婚率は?(長文)

出生前診断目次はこちら


コメントで、ダウン症のあるきょうだいをもつ人の結婚率についての質問があった。

暇なので調べてみたのだが、一口に「結婚率」といっても難しい。

「今結婚している人の率」なのか「一度でも結婚したことのある率」なのかによっても違う数字が出てくる。

たぶん「障害のあるきょうだいがいてもどのくらい結婚できるのか」が知りたい場合、「今結婚している率」じゃなくて「一度でも結婚できたのか」ということが知りたいのではないかと思う。
(結婚の妨げになるかどうかが知りたいのだろうから。
その後離婚したかどうかは当人同士の問題なので、障害のあるきょうだいが原因とは限らない)

たとえば、比較のためにアメリカの一般人の結婚率を調べるとしよう。

国勢調査などでわかるのは、家族世帯数のうち結婚した夫婦がいる世帯の割合などである。
片親世帯も「一度は結婚したことのある人」の世帯だ。
それに一人暮らし世帯の中にも「結婚したけれど離婚して子供がいない世帯」もあるだろうし、連れ合いが亡くなった老人の一人暮らし世帯も含まれる。
なので「一度は結婚したことのある人」の割合は国勢調査などの数字ではわからない。

では「今結婚している率」で見るとしても、だいたい50%くらいの数字が出てくるが、これには15歳くらいの人も含まれてしまう。
15-16歳くらいの結婚率はせいぜい数パーセントくらいだろうから、それを含んだ平均の数字と比べても仕方がない。

なので比較する年齢層も大事である。

だから一番欲しいのは「ダウン症のあるきょうだいがいる人の結婚率と、健常者のきょうだいがいる、またはきょうだいがいない同じくらいの年齢の人の結婚率とを比較した論文」なわけだが、そういう直球の論文は残念ながら見つからなかった。
(私が見つけられなかっただけかもしれないので、もしあったら教えてください)

ましてや「障害のあるきょうだいがいることが原因で何回結婚話が立ち消えになったか」などを扱った論文はありっこない。(笑)

カップルが結婚に至らず破局する例は障害のあるきょうだいがいなくたってそこらじゅうにあることで、これまたその破局が障害のあるきょうだいのせいなのかどうかも調査するすべがないからである。
(本人にアンケートでもしない限り。でも本人がそう思っているだけで実際は別の理由で振られたのかもしれないのだから、本当は振った相手の方にこそ匿名で本音アンケートをとるべきである。(笑)まあそれは不可能だけど。
それにもちろん、こちらから振ったケースだって半分くらいはあるわけだし、双方ともに気持ちが離れたケースもたくさんあるはず)

・・・なので、シンプルに、「今現在結婚している人の割合」で考えることにする

*           *          *

私が短い間に見つけることができた、関連していそうな論文がふたつあるのでご紹介する。

ひとつは、ダウン症のあるきょうだいがいる人とASD(自閉症スペクトラム)のあるきょうだいがいる人の、大人になってからのきょうだい関係を扱った論文。
(そこではきょうだいのスペックを紹介しており、現在結婚している人の割合もわかる)

もうひとつは、ダウン症ではないが、(軽度)知的障害者のきょうだいがいる人と精神障害者のきょうだいがいる人の、大人になってからのきょうだい関係を扱った論文。
ここにもきょうだいのスペックがあり、現在結婚している人の割合がわかる。

このふたつはアメリカの論文なので、ここの結婚率を同じくらいの年齢の一般のアメリカ人の結婚率と比較してみてはどうだろうということである。
(できれば調査した年度も同じくらいの)

<ダウン症のあるきょうだいがいる人とASD(自閉症スペクトラム)のあるきょうだいがいる人の大人になってからのきょうだい関係を扱った論文>1)


(以下、「自閉症スペクトラム」はASDと書きます)

ASDのあるきょうだいがいる人77人と、ダウン症のあるきょうだいがいる人77人を対象とした研究。
きょうだいの年齢は21歳〜56歳で、平均年齢はどちらも38歳。

●結婚しているかどうか


ASDのあるきょうだいがいる人  62.3%が現在結婚している。
ダウン症のあるきょうだいがいる人 77.9%が現在結婚している。
ちなみに一般のアメリカ人の38歳での今現在結婚している人の率は65%弱くらい。(2004年のデータ。3))
この論文の年(2007年)のは見つからなかったので、近い年代の数字で。

少なくとも一般の結婚率と変わらないことがわかる。

アメリカは離婚が多いので、「一度でも結婚したことのある割合」となるともっと多くなるだろう。
(今結婚している人も、再婚や再々婚である可能性もある)

●子供がいるかどうか


ASDのあるきょうだいがいる人 平均 51.9%が子供がいる。
ダウン症のあるきょうだいがいる人 平均71.4%が子供がいる。
これは両者で有意差がある。

一般のアメリカ人の中では子供のいる率がわからなかった。
子どもを一度も産んだことのない女性の率の数字はネット上にあったが、この論文の数字には男性も含まれるし、子供がいても引き取らずに離婚していたら子供がいるとカウントしているのかどうかもはっきりしないので、比較できないからだ。

●学歴


ASDのあるきょうだいがいる人 高卒 14.3% 大卒 22.1% 大学院卒 26.0%
ダウン症のあるきょうだいがいる人 高卒 20.8% 大卒 22.1% 大学院卒 14.3%
これは有意差がある。

●仕事をもっている


ASDのあるきょうだいがいる人 83.1%
ダウン症のあるきょうだいがいる人 88.3%
有意差なし

・・・などとなっている。
ともあれダウン症のあるきょうだいをもつ人の結婚率は一般の結婚率と変わりなく(ASDのあるきょうだいをもつ人もそう)、ASDのある人のきょうだいは子供をもつのが少ない傾向にあり、学歴が高い傾向にある。

<軽度知的障害のあるきょうだいがいる人と精神障害のあるきょうだいがいる人の大人になってからのきょうだい関係を扱った論文>2)


ダウン症ではないという前提で。
(そしてあえて軽度知的障害だけをひっぱってきたわけではなく、他に見つからなかったから。あったら教えてください)

軽度知的障害(IQ 61〜85)のある人の成人のきょうだい268人と、精神障害のある人の成人のきょうだい83人を対象とした研究。
比較のための対照群として、障害のあるきょうだいがいない人791人についても調べた。

平均年齢が知的障害のあるきょうだいがいる人も精神障害のあるきょうだいがいる人も障害のあるきょうだいがいない人もみな約64歳である。
(さきほどの論文と比べ、かなり高齢)

以下、「知的」「精神」「健常」と省略します。

●今結婚しているか


知的・女性のきょうだい 78%  知的・男性のきょうだい 77%
精神・女性のきょうだい 81%  精神・男性のきょうだい 84%
健常・女性のきょうだい 84%  健常・男性のきょうだい 83%
有意差なし

●60代半ばまでに再婚したことがあるか


知的・女性のきょうだい 12%  知的・男性のきょうだい 16%
精神・女性のきょうだい 24%  精神・男性のきょうだい 17%
健常・女性のきょうだい 18%  健常・男性のきょうだい 20%
有意差なし

●子どもの数(平均)


知的・女性のきょうだい 2.92人  知的・男性のきょうだい 2.66人
精神・女性のきょうだい 3.1人  精神・男性のきょうだい 3.1人
健常・女性のきょうだい 2.95人 健常・男性のきょうだい 2.86人
有意差なし

ちなみに、この論文に引用されていた別の調査では、発達に障害のあるきょうだいをもつ45歳以下の女性では、平均より結婚がやや遅れる傾向にあるが、最終的に結婚率も子供をもつ率も変わらなかったという結果が出ていた。(Hodapp& Urbano(2007)
精神障害者のきょうだいは知的障害者のきょうだいに比べ、さらに晩婚傾向があった。(
Selzer et al.(1997)

*           *           *

ということで、不十分なものだとは思うが、ちょっと関係ありそうな論文をふたつ紹介した。

結論として、ダウン症のあるきょうだいがいる人、軽度知的障害があるきょうだいがいる人、どちらも結婚率は一般の人と変わらなかった。(有意差なし)

ただ、障害によっては晩婚になる傾向があったり(特に精神障害)、子供をもつ割合が少ないという傾向があった(自閉症スペクトラム)。

これだけでは、「一般と変わりなく結婚はできるんだ」とわかっただけで、その結婚に至るまでに何回破局したかはわからない。(笑)

が、最初に書いた通り、もちろん障害のあるきょうだいがいなくたって結婚に至るまでに何度か破局はあることは普通なので、なかなかその原因まで踏み込んだ比較調査は難しいのだろう。

また、本人に結婚願望がない場合もあるだろう。
(未婚率は年々増えているようだし。これは日本も同じ)

*          *           *

個人的なことを言えば、私は精神障害者の妹である。

確かに結婚は遅めだったが(31歳)、それはきょうだいのせいではない。
結婚は就職と違って「しなきゃいけないもの」とは考えていなかったので、いわゆる「婚活」もしなかった。
これという相手がいなかったら、生涯独身でいるつもりだったからである。
(うちの教会にはそういう人はけっこういる。日本のクリスチャンの結婚率はかなり低めなのではないか?笑)

キリスト教的発想だけが理由ではない。
うちは父子家庭だったので、父親とふたり暮らしの時期が長かった。
(のちにそこに兄が加わったくらいで)
父親にご飯を作り、洗濯をし、たまに掃除をし(笑)父親と向き合ってご飯を食べる日々。
結婚とは、この目の前にいる父親が、別の男の人に入れ替わるだけのことなのだろうか?と考えていた。
こういう日常こそが「結婚」なのだ。
だったら、父親よりももっと強い心の絆がもてる人じゃないといやだ。
・・・と思っていた。

つまり、結婚はゴールだなんて全然考えていなかったのである。
結婚生活の日常(独身だけどやってることは主婦の日々)を先に経験していたこともあるかもしれない。
結婚は夢物語ではない。
結婚しさえすれば無条件に幸せになれるなんて全く思っていなかった。
むしろ、結婚とは覚悟である、と。

また、うちの近所には、ご主人が事故で半身不随になったとたん、子供を連れて奥さんが家を出て行った家がある。
ご主人が病気になったとたん、さっさと離婚した家もある。
私は中学生くらいのときにそういうのを見ていて、若さゆえの理想から、そういう結婚はしたくないと思っていた。
結婚と就職は違う。
就職のように給料がいいところを選ぶとか、条件のいいところとか、自分に都合のいいところを選ぶのではなく、どんなことがあっても一緒にやっていこうと思える相手を選ぶべきだ、と。

余談だが、だからこそ、恋愛でも自分からは告白しないと決めていた。

結婚できさえすればいいんだとは思っていなかったから。
自分は一生やっていこうという覚悟のできる相手としか結婚しないと決めているのに、うっかり告白でもして、相手が自分をさほど好きでもないのに「それじゃ俺も年だし、相手が自分をそんなに好きだっていうんなら、そろそろこの辺で手をうってもいいかな」なんていう理由で付き合ってもらっても困るからである。(笑)
(変かな?)

先日の相模原市の大量殺人事件では、犯人の動機に賛同する人(つまり障害者を人とも思わない人)が一般人にも一部いることが明らかになった。
そういう人たちは、結婚相手のきょうだいに障害者がいたら、たとえ相手が好きでも結婚をやめるのだろう。
または自分の息子や娘の相手に障害のあるきょうだいがいたら、結婚に反対するのだろう。

そういう、結婚を就職のように考えて条件を設定している、覚悟のない相手と結婚して果たして心の絆が築けるのか?

もしこっちが不慮の事故で障害者になったり、何か重い病気になったとしたら、相手はこう思うのだろう。
「ちっ、失敗した」と。
そして相手の親もこう思うのだろう。
「もう離婚して帰ってきなさい。あんたが苦労することはないから」と。

それは、結婚を甘く見すぎ、あまりにも覚悟がなさすぎるだろうと思う。

私は結婚にあたり、もし障害のある兄がいることで断られたら、それは(そういう人だった、ということで)「おぼしめし」としてあきらめるつもりだったがそうはならなかった。
(まあ、旦那の方にも事情があったこともあるだろうと思う)
そういう「わけあり家庭」は、私はマイナス要因ではなく、むしろそういう家庭に育った子供の心を成長させてくれるものだと思う
自分の生まれた家庭で苦労した人は、自分の築く家庭に対する思い入れも強く、よくしようと努力するものだからだ。

もし断られていたら、きょうだいを恨んだろうか?
と思うと、私はそうしなかっただろうと思う。
それは別に兄への愛情とは関係なく、上のような結婚観が理由だ。

自分が弱い立場になったときに、切り捨てるような相手なのかどうかは、結婚のときにはわからないものである。
が、障害のあるきょうだいがいることは、相手の本音を引き出し、一種の試金石になるのではないか。

・・・なんて思ったりする。

<参考>


1)G. I. Orsmond, et al. Siblings of individuals with autism or Down syndrome: efects on adult lives. Journal of Intellectual Disability Research. Vol51 part9 pp682-696. September 2007

http://www.waisman.wisc.edu/family/pubs/autism/2007SibsOfASDorDSeffectsAdultLife.pdf
ネットで全文が読めます。

2)Julie Lounds Taylor,et al. Siblings of Adults with Mild Intellectual Deficits or Mental Illness: Differential Life Course Outcomes
Journal of Family Psychology. 2008 Dec; 22(6): 905–914.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2610343/
ネットで全文が読めます。

3)Wikipedia「Marriage in the United States」のグラフより。
https://en.wikipedia.org/wiki/Marriage_in_the_United_States

手作り教材:おつり計算カード&自販機アプリ紹介

算数目次はこちら
iPadアプリ紹介 目次はこちら

我が家の家庭学習では、私がやることリストを作っておいて娘がやりたいものからやる、という形になっている。
で、最近娘が真っ先に選ぶのが「おつりを計算しよう」の項目である。

娘が今やっているのがこれ。↓
食券券売機。
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\蕷濟イ鯑れて
▲瓮縫紂爾鯀んでボタンを押し
出てきた食券を青いトレーにのせると
つ翰の音がして料理が出てくる。今回は700円のちゃんぽん。

shokken02

だ弔痢屬つり計算」ボタンを押し
ゥ團鵐のトレーに上から小銭をもってきて釣銭をのせる。
Α屬つり」ボタンをおすと正解のおつりが出てくる。
Р色の「たしかめ」ボタンで判定。


この「おつり計算」をするときが、自作教材のおつり計算カードの出番である。
左が表、右が裏。
2枚合わせてラミネートしたカードである。
千円札を裏返すと、小銭になっている。
otsuricard01

千円札を入れて700円のちゃんぽんを買った場合、千円札のカードを裏返し、ホワイトボードペンで700円を消す。
otsuricard02

残りを数える。おつりは300円である。

350円など、「50円」が出てくる場合は50円玉が入っているバージョンのカードを使う。

*            *               *

娘は10−7=とかの「10引く・・・」の引き算は暗算でできるので、またゼロだけ増やして100−70=とか1000ー700=とかの計算に進ませようとしたところ、なんか苦痛そうだったので、これは勉強嫌いになりそうだと思ってやり方を変えたのだ。

最終目的は計算プリントができることじゃなく、実際の買い物に生かせたりすることなんだから、紙のプリントにこだわることはないのでは、と思ったのだ。

実際、数字だけのプリントの計算はできるのにお金になるとわからなくなるという子も多いようだし。
だったらはじめから目的に沿った学習をしようということである。

以前紹介した買い物練習による足し算(過去記事)も然り、やはり実生活に関連するような活動の方が娘の食いつきはよいようだった。

おつり計算カードを使っての活動を繰り返しやるうちに、千円でいくら買ったらおつりはだいたいいくら、みたいなものが感覚として身につくことを期待している。

上の教材はこちらのサイトのもの。↓
http://flash-educ.boy.jp/okane/okane.html
作成者の情報は一切なく、特別支援学校で学ぶ人にFlash教材を無料で提供してくれている、ありがたいサイトである。

上に紹介したものは21番の「食券:硬貨:定価」という教材である(22番の「変動」を選ぶと金額固定でなくいろいろ値段が変わる)。

iPad上で指で操作させたいので、パソコンではなくiPad上でサイトを開くのだが、SafariというブラウザはFlashに対応していないため、これ専用にFlashOKのブラウザを新たにインストールした。(無料)

puffin

Puffin Web Browser というもの。
Puffin Adobe Flash に対応。
https://itunes.apple.com/jp/app/puffin-web-browser/id472937654?mt=8

このブラウザで上のサイトを開くと指でお札や硬貨を動かせるようになった。(ちょっと操作性がよくないが^^;)
他にも切符を買ったりバスの運賃表を見る練習などいろいろな教材がある。

こちらは15番の「自販機:硬貨:定価」という教材。↓
jihanflash


まだやっていないが、こちらの場合10円玉が出てくるので、おつり計算としてはもう少し高度になる。

otsuri6

こんなカードを使っておつり計算する。
(上が500円玉を入れた場合、下が千円札を入れた場合のおつり計算用)
やはり買った金額だけをペンで消して残りを数えるのである。

100円玉バージョンや50円玉バージョンも作ってある。

おつり計算カードをダウンロードしたいという方がいましたらこちらから。

ダウンロード
右クリック→「名前をつけてリンク先を保存」

otsuri01.lhd〜otsuri07.lhdまで7つのファイルを圧縮してあります。
ラベル屋さんHOMEで開けます。
ラベル屋さんHOMEでのファイルの開き方はこちら

*      *       *

上に書いたように、お金というのは特殊で、算数の四則計算ができるからといってお金がわかるとは限らない。
買い物経験によって伸びていく部分もある。

うちでも娘には、実際にスーパーや自動販売機で自分のものを買わせるようにしているが、こうしたアプリを使って練習できるのはありがたい。

もうひとつ買い物アプリを紹介する。

ぼくにもできる 自動販売機

jihanappicon


https://itunes.apple.com/jp/app/bokumodekiru-zi-dong-fan-mai/id1046721472?mt=8
好きなだけ自動販売機でジュースを買わせてあげられるアプリである。(笑)
レベル的にはお金初心者向け。

jihanapp01

お金を入れると(どこの自販機もそうだが)金額が表示される。
位取りの概念がなくても、練習していくうちに130円のジュースを買うには100円玉ひとつと10円玉3つ入れればいいんだ、とかそういうことが感覚的にわかってくるアプリである。

このジュース、よく見るとおなじみのドリンク名のパロディーになっており、そこも楽しめる。(笑)

二種類しか金額がないのでもっといろいろな値段の商品があるとありがたいのだが。
それとおつりが自動的に戻ってしまうのが残念。(おつり計算の練習にはならない)

*           *            *

最初に紹介した食券の券売機を使ったおつり計算を娘ができるのは、お金の種類がわかっており、金額通りのお金を出すことができ、たとえば350円のものを買うとき100円玉がなかったら500円玉があればそれを出すとか、500円玉がなければ千円札を出すとかいうくらいのことはこれまでの学習でわかっていることが前提となっている。

その力がついたのは、これまでも何度も紹介しているが、
能力+支払い技術検定 というアプリのおかげである。
shiharai

https://itunes.apple.com/jp/app/nao-li+-zhi-fani-ji-shu-jian/id426921880?mt=8

iPadさまさま。^^;

生きることは、権利じゃなく、義務。(長文)

「母の気持ち」目次はこちら


今更感がありますが、例の事件についての話題です。
思い出したくもない方はスルーしてください。

*            *           *

どこかの国で起こった事件のようにも思えてしまう、今回の通り魔大量殺人事件だが、障害者だけをターゲットにしたという点が非常に差別的であり、ショッキングである。

そしてその差別的な発言が繰り返し報道され、「犯人のやったことは許されないけど言ってること自体は同意できる」みたいな人が匿名のネット上にわらわら湧いてきたことでさらに憤ったり傷ついたりした人がいたのではないかと思う。

ただ、もちろん通り魔殺人犯の主義主張なんてまともに取り合って傷つく必要はないと思うし、ネット上には日ごろのうっ憤を晴らすためにわざわざ人を貶めるような発言をしたり(障害者対象に限らず)、注目を浴びるためにセンセーショナルなことを言ってみたりする人がいっぱいいるので、これまたネットの性質上そういう声が大きく見えるだけでそれが世間一般の考えというわけでもない。

私個人は、娘が生まれてこの方、娘の存在意義に疑問をもったことなどこれっぽっちもないので、こうした発言が心にまで響いて傷つくことはなかった。
犯人の言うことにも一理ある、などと少しでも思ったら傷ついたかもしれないが・・。

命についての、私の考えを書かせてもらう。

<生きることは、権利ではなく義務>


以前にも書いたことがあるが、私は、生きることは人間全員の義務だと思っている。
権利である以前に。

もしも権利ならば、命は自分のものであり、自分の好きにしていいことになる。
(生きたいなら生き、死にたいなら死ぬという)
自分の命なら、絶っても誰にも迷惑かけないじゃない?ということになる。
しかし私は、うちの子たちには、生きることは義務なのだと心得ていてほしい。

キリスト教では、自分の命を絶つことは人の命を奪うことと同じくらい罪深いことだという思想がある。

それは、命は与えられたもの、という考えがあるからだ。
(少なくとも、自分で作り上げたものじゃない。
ましてや、親が子供の命を作ったわけでもない。お腹は貸したかもしれないが。)

どんな重い障害をもった人も、命をくれた存在(=神)に対して、生きる義務をもって生まれてきたと思っている。
だから、「障害があっても生きていてもいい」じゃなくて、その人たちも当然与えられた生を「生きなければならない」のだ。

生きて生まれてこれたということは、そういうことだと思う。

何ができるとか、誰かのためになるとかは関係ない。
生き抜くことが大事なのだ、というのはいつも引用する江原さんのことばでもある。

だから、障害のある人は生きる価値がないとかいう主張に対する反論は、障害のある人は純粋な心をもっているんです、とか、がんばって生きているんです、とか、この世に必要な人たちなんです、とかいうことではないと個人的には思う。
(もちろん、そういう人たちがたくさんいることは確かだと思いますが)

純粋な心がなくたって、いい加減に生きていたって、誰からも必要とされなくたって、人はみな最後まで生き抜く義務があるのである。
だいたい、障害をもって生まれてきたら、健常者よりいい心をもっていないと、心の面で周りにいい影響を与えたりしないと生きる価値をうんぬんされてしまうのだとしたら、恐ろしいことではないか。

私はずっとキリスト教的な世界観で生きてきたので、逆にそれがない人の考え方がいまひとつわからない部分がある。

神に対して生きる義務がないとしたら、やはりその人の存在価値は他者への「貢献度」でもってはかられるようになるのだろうか。
それが税金など金銭面ではなくても、精神面であっても。

でもキリスト教的世界観では、世の中のために働いてノーベル平和賞をもらった偉人も、何のいいこともしなかった人も、神の前には五十歩百歩なのである。

聖書にはこんな寓話がある。
農園で朝から一日中汗だくになって働いた人と、日暮れ間際になって雇われた人と、雇い主が同じだけの給料を払ったという話だ。

汗だくになって働いた人が「なんであの人と給料が同じなんですか。俺たちは暑い中辛抱して一日中がんばったのに」と文句を言ったら、「約束しただけの金額を払ったのに何が不満なのか。この人たちは夕暮れまで仕事がなかったのだから、私は同じだけ払ってやりたいのです」と雇い主は返している。

つまりこれがキリスト教的世界観なのである。

人間がどんなに善行を誇ったとしても、貢献したとしても、それを行う力をくださったのはそもそも神であるから、そんなものは神の前には人間をランク付けする理由にはならない。
神の側の理由は、愛なのである。
そしてそれは、どんな人に対しても等しく向けられているのだ。

働きたくても夕暮れまで仕事が見つからなかった人をねぎらって、同じだけの金額を払ってやりたい、それがこの世界観なのである。

だから人間の存在意義は社会への貢献度などではない。
よってこの世に生きるのに、人間の尺度ではかった存在価値などいらないのである。

*          *          *

障害のある人の存在意義をとやかく言っている人は、世の中を会社のようなものととらえているのではないかと思う。

会社では、確かに給料を支払われて雇われているのだから、それ相応の仕事をしなければ首になる。仕事の効率も、生産性も問われる。

「社長、あの人はたいして仕事してませんよ、首にしてくださいよ」と雇い主に向かって言う人も出てくる。

でもその会社が国だとしたら、そこは民主的な運営がされており、全員が会社のルールを決めているのだ。
その会社は(今のところ)優良企業なので、誰かが働けなくなってもリストラされないように(この場合、リストラされるということは生きていけないことを意味するので)セーフティネットも作ってある。
優良企業にいることに安心すべきで、文句を言う人は、会社全体を、仕事ができなくなったら切り捨てられるブラック企業にしようとしているのである。

そして実は、その会社も神の運営するもっと大きな会社の傘下にあるのかもしれない。
そこのルールは「効率」ではなく「愛」なので、雇い主から見れば「愛」という仕事をせずに会社の風紀を乱しているのは文句を言っている彼らの方なのかもしれないのである。

・・・なんて思ったりする。(笑)


<自己反省能力をもとう>


今回の事件に対しては、その発言のインパクトよりも、個人的には自己反省能力を失うことの恐ろしさというものをひしひしと感じたのであった。

「思うことは、行うのと同じこと」
と、江原さんも言っているし、聖書にもある。

まず、思いがあって、それがやがて行動に移るのである。
「殺したい」「あいつがいなくなればいい」と思うのは、「思いの殺人」だと江原さんは言う。

思う人が全員行動に移すわけではない。
その間には「理性」があるからだ。
その「理性」というのも人によりさまざまで、倫理的なものである人もいれば、そんなものはなく社会的制裁(刑罰とか)だけでとどまっている人もいる。
もしその心配がなかったら実行に移す人も一定数いるだろう。

そのひとつの例が「死刑」だと思う。

日本は死刑制度がある。
犯人を死刑にしろという声もあるのは、そう言っても罪に問われないし、やるのは自分じゃないからという思いがいくぶん働いているのではないかと思う。

欧州の多くの国とアメリカの一部の州では死刑制度を廃止しているらしい。
その理由のひとつが、どんな人間にも人権があり、命は尊重すべきということのようだ。

私もそう思う。
生きるのに理由はいらないのと同じく、どんな理由があっても人を殺してはいけない、と。
(社会の治安のために隔離したりはする、という前提で)

「どんな理由があっても」には、当人に非がある場合も含まれると私は思う。
人は誰も、命を与えられたら、人生を卒業するまで生き抜かなければならず、勝手に退学したり他人を勝手にリタイヤさせてはならないと思うのだ。

そう考えると、殺人を犯した人間と、自分たちの立っているところは、地続きであることが自覚できると思う。

それがバレで罪に問われたり、職を失ったり、人から後ろ指さされたりする心配がなければ、思いの殺人を犯す人はたくさんいる。

私もそうである。

その自覚の上で、自分の中の同じ芽を見つけて反省することは、大事だと思う。

「あなたがもっとも嫌いな人に対してとっているあなたの態度、それがあなたの今の愛のレベルだ」みたいな文をどこかで読んだことがある。

いや〜怖い怖い^^;
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3人の子持ちです。
ダウン症をもつ末娘の子育て記事と翻訳関連の記事がごちゃまぜになっています。^^;
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