働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

親にできることは、限られる

「母の気持ち」目次はこちら


ちょっとスピ系が入った雑談です。
抵抗なければどうぞ。^^;

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このごろ上の子たちのことで少し悩むことがあり、思春期ってなんだっけ、ということを考えている。

うちの子は3人きょうだいで、上ふたりは高校生。

最近、人づきあいが苦手な上の子が学校で大変そうなので、当たり前だけど健常の子も大変なのは一緒だな、と感じている。
(自分もそうだったし。人付き合いが苦手なのは親の遺伝ですね。ごめん^^;)

小学校低学年くらいだと、出席番号が前後だったとか、席が隣になったとか、家で帰る方向が一緒だったとか、そういう「偶然」が理由で友達になるものだけど、中学・高校と大きくなるにつれ、それが変わってくる。

「自分と気の合う」相手を見つけるようになるのだ。

ただ、中学生のうちは、みんなほとんど小学校からの持ち上がりで知り合いばかりだから、それでもなんとかなる。
でも、高校生になると、ガラッと環境が変わってしまう。
ここがひとつの「壁」だな、と思う。
(中学受験とかする人はまた別の話だけど。うちの地域は中学受験をしないのが一般的なので)

山のふもとの小さい中学校から新しい集団にたったひとりで入っていくと、もうすでにグループができあがっていて、どこにも入れなかったりするのだ。

でもそれだけじゃない。
思春期というのは、自分というものを確立し始める時期。
つまり、それまでの自分をいったん壊すというか脱ぎ捨てる時期でもある。
だから、内面には嵐が吹き荒れる、大変なお年頃。
(と、倫理社会で教わった)
自分もそうだった。

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小さいころ、私はけっこう積極的な人間だった。
物怖じしないというか。
みんなにも愛された自信がある。
母親にもとっても愛されて育った自覚があるし。

でも、10歳で母親と死別してから、環境が一変した。
本当は環境だけでなく、ちょうどその時期に思春期に入ったことの方が大きいのかもしれないけど。

家族仲は最悪になり、愁嘆場が繰り広げられる日々。
はた目にも自分はみるみる変わっていったようだ。
(まわりの友達には、「○○ちゃん(私)の人生のピークは小学生で終わったね」、とか言われるくらい)

それまでの自分と今の自分が、わかりやすく別人になっていた

でも、たとえ傍目には根暗なひねくれ人間に変わったとしても(笑)、今の自分が本当の自分だと思っていたし、こちらの自分の方が明らかに好きだった。

だってそれまでの自分は、いくらみんなに好かれていたとしても、誰かに一方的に与えられてきたお仕着せのものであって、苦労して自分で作り上げてきたものじゃないから。
過去の自分になんて、責任もてない。
(自分が責任もてるのは、これからの自分だけ)
・・・という思いがあったのだ。

誰かよその人が作った美しい作品よりも、自分で作ったへぼい作品の方が愛着がある、みたいな。(笑)

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そういうことを考えると、ときどき上の子たちが小さかった頃の写真を見て「このころはかわいかったな〜」なんて感傷にひたることもたまにあるのだけど、そんなの親の勝手だよね、と思う。

小さいころとは変わってしまったとしても、それが本当の彼ら。
そしてこれからの自分を作っていく責任は、彼ら自身にある。

どんなに今の自分が不十分であったとしても、そこからスタートしていくしかないんだよね。

じゃあ、結局脱ぎ捨てていくものなら、小さいころの子育てってなんなんだろうと思うんだけど。

たぶん、小さいころの子育てって、素材を作るお手伝いをしているだけなんじゃないかなと思う。
(「料理」と「素材」というたとえは、江原さんがよく使うけど)

素材がどんなによくても、下手な料理人が作ればまずい料理ができあがるし、
平凡な素材でも、優秀な料理人の手にかかれば見違えるような料理ができあがる可能性がある。

親が手を出せるのは素材だけ。
料理は本人がするものというのは、障害があってもきっと同じなんだろう。

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私は大学の心理学の講義を聞くといつも反発心が沸いていたんだけど(笑)それは、「人はこう育てられればこうなる」みたいな話が多かったからだ。

愛されて育った人間はこうなる、といった話は、愛されなかった人間にとっては、ダメ人間の烙印を押されるに等しいのである。

でも、素材と料理という考え方は、多くの人の場合、希望にもなると思う。
だって、親も家庭環境も自分では選べないからね。

料理するのは自分次第。

上の子たちも、今は友達作りで苦労したり(なにしろうちの子たちはみんな内向的でコミュニケーションに苦手意識をもっているので・・・)つらい思いをしたとしても、それが絶対にプラスになる日が来る、と、自分のことを振り返っても思える。

よく言われることだが、病気になるから、体調の悪い人を思いやれるようになるのだ。
病気になったことのない人は、「そんなことくらいで甘えてる」って言っちゃったりする。
つらい思いをするから、つらい人の気持ちがわかるようになる。
人の輪に入れないから、輪に入れない人の気持ちに思いが至るようになる。

でもわりとすくすく育っちゃった人は、人の心の痛みが理解できない部分ができてしまうよね。

だからそこはやはり、正負の法則。
物事にはかならず両面あり、悪い出来事にも、絶対プラスになるチャンスはあるってこと。

考えてみれば、私の人生の座右の銘というかモットーみたいなもののほとんどは、この時期に作られたものばかりだ。
思春期に自信をなくしたり孤独だったりつらかったりする中で自分なりにいろいろ考えたことは、現在の自分の「土台」になっているな、と思う。

人生で無駄なものはひとつもない。
つらい経験は自分を成長させ、絶対に後でプラスになるからこそ、人生でときどきやってくるんだよね。

そう思うと、上の子たちに対して親としてできるのは、話を聞くこと、祈ること、応援することだけだな〜

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末娘も、時期が来れば、親のできることは、同じように限られてくるのだろうと思う。
今はいろいろ手も出すし、かわいいし癒されてはいるけれど、きっとそのうち親の思っていた「○○ちゃん」とは別人になるときがくるのだろう。
(上の子たちと心の面で変わらないのならば)
親からのお仕着せではない自分を作り始めるときが来るのかもしれない。

ただ、口が立たないために、これまでとは別人になったことに親が気づかず小さいころのままのように接してしまう危険はあるなと思う。

上の子たちの「今」を、自分の若いころとも照らし合わせて、心に刻んでおく必要があるなと思う。

ブログ改築&キッズケータイ買いました

思春期・将来目次はこちら
自立に向けて・目次はこちら

一応、自主通学への道・番外編です。

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老眼の自分のために、ブログを改築しました。(笑)

以前から字を大きくしたいと思っていたのだけど、やり方がわからなかったのよね。
(数年前、ブログデザインを新しくしようとしたら大幅に崩れて慌てて戻したことがあったので慎重になってて^^;)
今回CSS(スタイルシート)も見よう見まねでちょっとだけいじってみました。

パソコンからだと見やすくなったと思うのですが、どうでしょう、老眼の同士たちよ!(笑)

そして、このほど、諸事情により初めてスマホなるものを購入したのですが、スマホで自分のブログを見ると、唖然。^^;

個人的には、一度に目に入る文字の量が多いほど読みやすいと思っていて、今風のブログだと改行が多すぎて行間も空きすぎていて、画像も大きくて、字を追うのにスクロールしまくらなきゃならなくて大変だと思っていたのですが、その理由はスマホだったのか!と気づきました。(笑)

だけど、livedoorは、スマホ向けじゃないのよね。
なぜかスマホだけ広告消せないし。
文字の大きさもスマホ向けにはカスタマイズできないし。

画像だけは大きくしてみたけど、まあスマホで見やすく、はあきらめましょう^^;
(←あきらめるのか)

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で、今回スマホを買った理由は、末娘にキッズケータイを買ったからなのだ。

keitai01

これです。色は黄色。
docomo キッズケータイHW-01G
https://www.nttdocomo.co.jp/product/kids_junior/hw01g/index.html

時刻はアナログ表示もできるし、右のようにデジタル表示もできる。左の画像は両方の表示。
(あ、画像は大きいですがブツは小さくてびっくりです。9cm×5cm。首からぶら下げてもOKな大きさ)

<機能>


機能はいろいろあるが、私がいいと思ったのは次のこと。
●親子間の通話はいくらかけても無料
うちは両親ともdocomoなので、家族割で私と娘、旦那と娘はどちらからいくらかけても無料。
なので練習のため、毎日大いに活用している。

●親子間のメールも無料
メールはSMSだが無料。

●登録してない相手との通話・メールはできない
最大10件まで連絡先を設定できる。(そのくらいで十分)
それ以外の相手には電話・メールができないようになっている。
またそれ以外の相手からの電話・メールが受けられないようにも設定できる。

●GPS機能があり、子供の居場所がわかる
これには別途契約が必要だが(イマドコサーチ、月額200円、検索一回につき5円)、携帯で娘の居場所がわかる。バスに無事乗ったか、または違うバスに乗ってしまったら今どこにいるのかがわかる。

(まだ契約してません。その段階じゃないので。)

また、電源を切ったとき、電池がなくなりそうなとき、本人が防犯ブザーをひっぱったときにもお知らせが来るようになっているようだ。

ちなみにキッズケータイのGPS機能を受け取れるのはiPhone, iPad, ドコモのケータイやスマホ、タブレットである。
今回私のスマホをdocomoにしたのも、キッズケータイからの位置情報サービスを受け取れるようにである。

●目覚まし機能もあり
これは私にとっては重要だった。
バスのくる時間のちょっと前にかけておけば、「もうすぐバスが来るな」と意識させるのに使うことができるので。
(マナーモードにしてあると鳴らないので注意)

●電話がワンタッチでかけられる
電話の相手を4件までワンタッチで登録できる。

うちの場合、1番には私の番号が登録してある。
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1番を押すと左のような画面が出てきて、
真ん中の黄色いボタンを押すと、電話がかけられる。

着信の場合は、こんな場面が出てくるので
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真ん中の黄色いボタンを押せば、しゃべれる。
電話が鳴っても本人が出ない場合は、何秒かたてば自動で通話できるようになる。
(娘は電話の呼び出し音が嫌いなのですぐに電話に出るけど)
電話はこれでOKである。

ちょっと家で練習したら、電話はすぐにできるようになった。
娘からはおやつを注文したり、ほしいものを注文したりするとき、私からは別の部屋から娘を呼びたいときなどに、使ったりしている。(練習のため)

<メールの仕方>


メールはSMSなので短い文章しか入れられないがそれで十分である。
50音入力とテンキー入力の二種類が選べる。
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いちいち入力しなくても、定型文に入れておけば
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選ぶだけでメールを作れる。
定型文は20個登録可能。(もともと入っていたものも変更できる)

<かかったお値段>


●本体価格:0円
●月額基本使用料:1年間0円
●ケータイ補償サービスに加入:月額380円


うちが両親ともdocomoケータイだからなのか、今回私が新規にdocomoのスマホを契約したからなのか、はたまたキャンペーン中か何かだったのか、よくわからないが、本体価格は0円で基本使用料も一年間0円だった(2年目以降は基本使用料が743円/月らしい)。
全額払ったとすると本体価格は9,936円のようだ。

今回はまだ申し込んでないが、位置情報サービスを利用するには月額200円が必要。

また、キッズ用ということで衝撃や汚れや水にも強いものとなっているが、壊れた場合に備えて保険に入ることもできる。
ケータイ補償サービス。月額380円で、5000円で新しい者と取り換えてくれるみたいだ。
(注:リフレッシュ品というもの。外装は新品で中の機械は中古というものらしい)

<その他の製品>


ドコモでは、これ以外にも腕時計タイプの「ドコッチ」というのもある。

http://docotch.idc.nttdocomo.co.jp/lp/

こちらも「イマドコサーチ」の契約を結べば、GPS機能で子どもの居場所を知らせてくれる。
こちらは通話機能なし。
ショートメールはできる。

見守り的な機能をもつ子供用携帯は、他社にもある。
ソフトバンクの見守りケータイ
http://www.softbank.jp/mobile/products/mimamori-keitai/

auのマモリーノウォッチ
http://www.au.kddi.com/mobile/product/featurephone/ztf31/


キッズケータイの価格比較表があったので参考まで。
http://keitai.impact-blue.net/charge_kids.html

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もう少し慣れたら、学校や児童デイにもっていって、お迎えのとき電話してもらうようにお願いしようと思っている。

あとは少しずつメールの練習かな。(*´∀`*)

成長記録(8歳11ヶ月〜9歳0か月)(小3・4月〜5月)

成長記録目次はこちら


GWに姉ちゃんと3人でカラオケに。
姉ちゃんは小島麻由美と倉橋ヨエコばかり、母はセカオワばかりを歌う中、娘はもっぱらフィンガー5と沢田研二という昭和なラインナップでした。^^;
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9歳のお誕生日。プレゼントにもらっためるちゃんお世話セットで、お人形遊びもできるようになりました。忙しかったので、初めて娘の誕生日で市販のケーキを買いました。高いけど楽ちん^^;
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自主通学練習はじめました。
乗り継ぎが必要です。2台めのバスを待っているところ。
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満開の桜の木の下で。
(動物園に行く途中です)
今年は長野には珍しく、入学式に桜の開花が間に合いましたね。
(いつもは梅)
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支援学校のお買い物練習始まりました。
セブンイレブンにも行きました。
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手先を使ったり・・・
(畑の看板づくりと折り染め)
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体を動かしたりしています。
ダンスに畑作業。
エアートランポリンは、びびって見てるだけですね(笑)
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給食風景。学校内で作っている給食です。
全校が食堂に集まって食べます。
給食っぽくない食器です。(模様もあり)
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動画
(1)ローマ字入力

キーボードのアルファベットの位置を覚えるため、文字を見てうつ練習をしています。
これはワ行の練習。

https://youtu.be/lZGt8l9NiA0

(2)9歳のお誕生日インタビュー
(過去記事で紹介したもの。)
https://youtu.be/8widLq5FbZE
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三年生になって初めての成長記録です。

去年まで低学年と高学年に分かれていたクラスも、今年から全校で1クラスになりましたが、上級生たちと一緒に学べることは娘にとってはよかったようです。
お手本、それもかけ離れたお手本ではなく、ちょっと先をゆく手本があることで娘もまねしようとする姿勢が出てきたり。

ライバル的存在もできました。(笑)
このお姉さんは背格好も娘と近く、お互いを意識しているようです。

毎朝毎朝、「○○ちゃん、おはよう〜」といって娘を迎えにきてくれます。
そして何かするとき互いに張り合ったり、小競り合いをしたり(笑)、といい関係のようです。

少人数の児童デイなどでも、「ただ立って見てるだけ」から、1対1だったら一緒に遊ぶ場面も出てきているようです。
(絵を描くときも、その子を意識して同じ色のクレヨンを使ったり、まねして描いたり)

娘はひとりの時間を楽しむことはとても得意ですが(本や漫画があればいくらでも過ごせますし、外に行けば鳥や人間を観察していくらでも座っていられます^^;)、やはり人との関わりも楽しめるようになってほしいので、小さくてもその芽が見えてきたことはうれしいです。

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この時期、我が家のイベントとしては、高校に無事入学した姉ちゃんとふたりでお泊りUSJの旅に出かけました。
娘に甘々な旦那が、「高校に合格したら」と約束してしまったのです。(姉ちゃんがハリポタファンなので。TDLは全然行きたくないらしい)

末娘は旦那とお留守番です。
姉ちゃんの受験お疲れさま旅行なので、末娘にとっては苦痛でしかない人混みや電車での移動はやめときました。(TDLの二の舞にならないよう・・・)
そして私の個人的なアポも一切なし。^^;

でも姉ちゃんとふたりで長い時間を過ごし、いろいろ話せてよかったです。
(三人きょうだいの中で一番手薄になっているので)

末娘はなぜかハリーポッターのことは知っていて、おみやげの百味ビーンズを楽しんでいました。(その語録はのちほど)

USJ旅行で散財してしまって、しばらくはどこへも行けそうにない^^;

<できるようになったこと・チャレンジしたこと>


・遅いかもだけど、冷蔵庫をついに解禁。牛乳出して自分でついで自分でしまう。
牛乳大好きなので太らないよう娘は低脂肪乳。
「おいしい」方の牛乳だよ、と言ってある。(「おいしい低脂肪乳」という商品)
・爪切りの練習をしてみた。しかし爪の先の肉をはさんでしまい痛くて泣いた。
これで当面練習はおあずけだろう・・・。
・自主通学の練習をスタートした。
乗るバスの番号も道順も覚えたが、降車ボタンは私と一緒でないと絶対に押さない。
慎重な性格があだに・・・^^;
・発音。タの音が出せるようになった。(過去記事
・バナナヨーグルトを自分で作って食べているが、「お母さんの分も作って」とお皿を2枚出してお願いするようにした。
しぶしぶ母の分も作ってくれるが、明らかに自分の方が量が多い。

<教科学習>


・算数 繰り上がり足し算 1〜5の数字+繰り上がりの練習。
    お金 5円玉が2枚で10円、4枚で20円などの練習を始めた。(ある意味掛け算的な概念)
・国語  三年生の教科書は「もうすぐ雨に」というお話がお気に入り。(カラスやつばめや猫が出てくるからだと思う)
・学校の先生や旦那に対して言いたいことが伝わらないと文字で書いて伝えるようになった。
(母に対しては以前から)
・理科(?) からだについての絵本を読みはじめた。(最後の「読書」の項を参照)

<語録>


●男ことばブーム、継続中^^;
自分のことを「おれ」と言い始めてからまだまだ続いている。
何か食べるとき「おれ、くう。」
食べてから「うんめー」

あるとき「おれ、おとこらしく」という。
(フィンガー5の歌の歌詞に「男らしく 言いたいけど」というフレーズが出てくるからだと思う)
「いや、○○ちゃんは女の子だから「おんならしく」でしょ」というと
「おれ、おんならしく」
・・・前半と後半がずれてますが^^;

●理由を説明する?
理由を説明できるといいなと思い、「どうしてかというと」というフレーズを教えた。
「すきなおともだちはだれ?」「Mちゃん」(支援学校のお姉さん)
「どうして?」「どうしてかというと」
・・・その先が続かない。
「やさしいから?」「うん。(うなずく)」

「スパゲッティすき?」「うん」
「どうして?」「どうしてかというと、だいすきだから」
「どうぶつえんいきたい?」「うん」
「どうしていきたいの?」「どうしてかというと、いきたいから。」
「Yちゃんすき?」「うん」
「どうして?」「どうしてかというと、だいすきだから」
・・・理由になっていない。

まあ、ときどき聞いてみようと思っている。

●お願いするときの表現が変

自分なりにいろいろ試してみたいのか、「○○ください」「○○したい」の表現の代わりにいろんな表現を使う。
トマトがほしいとき
「トマトからいきましょう〜」(突然言う)
「トマトを食べたがる」 (だれが?と聞くと「○○ちゃんが」(自分の名前)。
そこは、「おれが」じゃないらしい。
「トマトを食べさせる」(食べさせて、でしょ?)

●その他
・帰るとき「まいろうか〜」
おじゃる丸を見ているのでその影響か?
そのうち自分のことを「まろ」というようになったら困るな^^;

・「トイレにいってきまーす」というので「はい、どうぞ」と言ったら玄関でくつを履いて外に出ていった。 Σ(゚д゚;)
どうやら「鳥を見に行ってきまーす」と言っていたのを私が聞き間違えたようだ。
だいぶ前に、鳥を見にひとりで出かけてしまったので(家の前だけど)「黙って出かけちゃダメ。ちゃんと鳥を見に行ってきます」って言ってって、と叱ったのを覚えていたようだ。

・姉ちゃんがUSJから買ってきた百味ビーンズを見て「ハリーポッター」。知ってるの!?と思い、「なんの味がいい?」といってカタログを読んでやると「ミミズ味」「ホントにミミズでいいの?」というといいというのであげる。
「おいしい?」と聞くと「ミミズ味でーす」

・メルちゃんに哺乳瓶でミルクを飲ませ、からっぽになってもまたミルクがもどってくる。
「ふしぎ、ふしぎ」といって大喜び。

・支援学校の先生に教わった一発ギャグ「そんなバナナ」をよく使う。
替え歌には反応よし。ゲラゲラ笑う。元歌とのギャップを楽しめるようになった。

<日記>


「今日は、お母さんと、動物園に行きました。さくらがさいていました。しってた。それで、はとをおいかけました。○○(自分の名前)は、とんでいってしまいました。それでも、お母さんは、いなくなっちゃったかは、ひみつです。」
なんか接続詞を入れたがるが、合ってない。(笑)
この日、いくら帰ろうといっても全然帰らないので、しびれを切らした私が「じゃあお母さん先に帰るね」といって木陰に隠れ、どう出るかじっと観察していた。
全然焦っている様子は見られなかった。(´д`;)

「今日は、はとを見たいです。お母さんと、○○○で見ます。はとは、木の上やおじぞうさんの上にのぼっている。わたしは、はとがすきです。どうしてかというととんでいくからです。」

「今日は、めるちゃんを、おひるねをしました。それで、おこさまランチを、食べさせてあげました。」
この日記ではないが、「赤ちゃんをあやす」「おむつをかえる」などの表現が自分からできた。

「今日は、カラオケに行きました。○○ちゃん(お姉ちゃん)と行きました。お母さんと、わたしは、きけんなふたりを歌いました。ほかには、ぽいぽいぽいを歌いました。それで、何をモンブランを食べたかもひみつです。」
全然ひみつになっていない。

「今日は、○○小学校(地元小)に行きました。運動会に○○○○○○ちゃんがいました。○○○○○くんがいました。○○○ちゃんもいました。大玉おくりをゴロゴロと、しました。」
地元小の運動会に応援に行った。

「今日は、図書館に行きました。赤ちゃんがいました。アッチの本を、かりてきました。それで、おもしろかったです。そのあと、これでおしまい。」
これまたテキトーな接続詞。

<事件簿>


ドラえもんの漫画、学童でお友達が読んでいるのを奪ってしまった。
そのお友達(女の子)は(相手が娘だから仕方がないと思ったのか)「いいよ」と言ってくれたが、その女の子に好意を寄せている男の子が「自分の好きな女の子が困らされている!」と思ったのか、怒って娘を追いかけてきてトラブルになった。(と後から先生から聞いた)

娘が100%悪いな。ちゃんと「貸して」「いいよ」のやりとりを教えなければ・・・。
(でも言ったとしても通じないので、「か」行の発音練習がんばろう)

<読書>


支援学校には理科社会の教科がないので、身体のことを勉強するためにかこさとしのからだの本シリーズを借りてきて読み聞かせている。
非常にわかりやすいことばで体のことを教えてくれる本。
そのうち全巻そろえたいと思っている。
「たべもののたび」(食べ物が口から入って出ていくまでの体のしくみ)
「すってはいてよいくうき」(呼吸や肺のしくみ)
「ほねはおれますくだけます」(骨について)
「あなたのおへそ」(人はなぜおへそがあるのか。他の動物との違い)

・・・はこれまで読んだ。
他にも血液についての本、脳についての本、目についての本、歯についての本、などがある。
最低限の体のしくみを知っていることは自分の健康管理に役立つと思う。

ダウン症のある子の出生と離婚率

出生前診断目次はこちら
ダウン症関連論文目次はこちら

長文ばかり続いてすみません・・・今さらですが^^;

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いつも拝見しているブログ、「いおりくんの色えんぴつ」で、ダウン症のある本人を対象とした、おそらく日本では初めての(?)大規模な調査結果が紹介されていた。

上のブログに触発され、そういえばいつかネタにしようかなと思っていてそのままになっていたものがあったことを思い出し、引っぱり出してきた。

ダウン症のある子どもが生まれた家庭の離婚率についての論文である。

いおりくんパパと同様、私も個人の選択についてとやかく言うつもりはない。

ただ、「ダウン症のある子供が産まれたら家庭は壊れ、みなが不幸になる」とか「夫が逃げて離婚する可能性が高くなる」とかいうなんの根拠もない都市伝説(笑)もネットに横行していたりするので、実際の調査に基づいた信ぴょう性のある数字を紹介しようと思うのである。

ちなみにアメリカで行われた本人に対する意識調査結果がこちら。(過去記事:ダウン症の人たちは自分のことをどう思っている?))

このような調査結果に対して、「そりゃ本人はいいよな。問題は、まわりの家族がどう感じているかだよ」的な意見もある。
上のアメリカの論文では、親兄弟にもアンケート調査を行っている。
大雑把に言って、きょうだいについては
ダウン症のある子どものきょうだいたちの96%が「ダウン症のある本人のことが好きだ」と思っており、94%の兄・姉がダウン症のある弟・妹のことを誇りに思っており、88%が「ダウン症のあるきょうだいがいることで自分はよりよい人間になっている」と感じており、90%以上が「大人になってもダウン症のあるきょうだいとつきあっていきたい」と答えている。
ダウン症のある自分のきょうだいに恥ずかしい思いをしていると答えたのが10%未満で、他の障害のないきょうだいと取りかえてほしいと答えたのが5%未満だった。1)


親については
99%の親がダウン症のある我が子を愛していると言っており、97%が我が子を誇りに思い、79%がこの子のおかげで人生がポジティブになり、95%がダウン症のない子供たちはダウン症のある子本人とうまくやっていると答えている。つまり、大多数がダウン症のある我が子が愛と誇りをもたらしていると言っている。
我が子に恥ずかしい思いをしているのは5%で、産んだことを後悔しているのは4%だった。2)


のである。
ただ、上記アンケートも、アンケートだからいくらでも体裁を繕えるのではという疑念も湧くかもしれない。
(匿名ではあるのだが)

家庭の状況について、離婚というのはひとつの目安となる現象だろう。

<ダウン症のある子どもが生まれた家庭の離婚率を調査した論文>


こういうのをわざわざ調査した研究があった。(笑)
もちろん、研究者たちにとっては、その目的は別に下世話な好奇心ではなく、障害のある子どもが生まれた家庭を今後どのようにフォローしていったらいいかということを知る目的があってのことだ。

その結果は意外な(?)ものだった。
ダウン症の子が生まれた家庭は、一般のカップルよりも離婚率が低いのである。
これを研究者たちは「ダウン症アドヴァンテージ」と呼んでいるようだ。
(ダウン症のある子どもがいることの利点(強み)、とでも言おうか)

2つの論文があったのでご紹介する。

●アメリカ・テネシー州ナッシュビルで行われた調査3)


テネシー州の保健局における、1990年〜2002年の12年間にわたる出生・退院・離婚の記録を元に、ダウン症のある子どもが生まれた家庭、ダウン症以外の障害のある子どもの生まれた家庭、定型発達の子供が生まれた家庭の三種類の家庭の離婚率を比較した。

集まったデータは、
ダウン症のある子どもが生まれた家庭 647家族
定型発達の子供(健常児)が生まれた家庭361,154家族
ダウン症以外の先天性障害がある子供が生まれた家庭10,283家族

である。
その結果、
ダウン症のある子どもが生まれた家庭の離婚率は7.6%
定型発達の子供(健常児)が生まれた家庭の離婚率は10.8%
ダウン症以外の先天性障害のある子どもが生まれた家庭の離婚率は11.25%

となっており、ダウン症のある子どもが生まれたからといって特に離婚率が高くなるわけではなく、むしろ他の2グループより低いことが示された。

●ブラジルでの調査4)


ブラジルの調査ではダウン症のある子どもが生まれた家庭100家族を対象に行ったが、離婚率は別居も含めて10%で、夫婦の75%がよい関係にあると答えたという。
(ブラジルの一般離婚率は2009年で21%、年度が違うから単純比較はできないがダウン症の生まれた子供の家庭の離婚が多いわけではないことがわかる)

また、ダウン症のある子どもが生まれてから離婚した家庭の80%が、子供が生まれる前からすでに関係が悪く、生まれてからもそれは変わらなかったということだった。

<ダウン症アドヴァンテージの理由>


こうした数字をどう解釈するか。
ダウン症のある子供が生まれたことにより何か夫婦仲が良くなるようないいことでもあるのだろうか。(笑)

ひとつの解釈としては、ダウン症児の性格・行動によるのではというものがある。
つまりダウン症児が穏やかでおとなしい子が多いので、育てるのは世間一般に思われているほと大変ではないからでは、ということ。

(あえて障害名は書かないが、ある特定の障害の場合は離婚率が跳ね上がる。別の調査なので今回の調査と単純比較はできないが、アメリカ全土の離婚率が平均して5割なのに対し、離婚率8割という障害もある。ブラジルの調査でも、違う障害の方が離婚率がずっと高いことがあげられているが、のちに書くようにそれは障害そのものの違いとは言えない部分も大きそうだ)

まあそれよりももうひとつの解釈の方が信ぴょう性はあるかもしれない。
一般の離婚の場合、離婚しやすい要因としては夫婦の年齢が若いこと、教育水準が低いこと(高校中退とか)、結婚前に子供ができている、いわゆるできちゃった婚であること、があげられるようである。
(あくまで傾向、だが)

これはつまり学歴が高い親は社会に出るのも遅くなるから子供ができるのも遅くなる傾向にあるし、高学歴の親は経済的には安定している傾向にあることから、お金の心配をしなくてすむというのは家庭が安定するひとつの要因になるだろう。
また、できちゃった婚はやはり若いカップルに多くなり離婚率も高い。

今回の調査でも、やはり同じ傾向がみられた。
そしてダウン症のある子どもは親が高齢であると生まれやすいことから、ダウン症児の親は概して高齢で、学歴が高く、結婚した後に子供ができている傾向にあるのだ。

要はダウン症どうこうよりも「高齢」というキーワードが離婚率の低さの本当の要因なのかもしれない。(笑)

そうなると身も蓋もないのだが、それでもともあれ、ダウン症のある子どもが生まれたら(健常の赤ちゃんが生まれた場合に比べて)家庭が崩壊する可能性が高いということはないのは確かである。
(ちなみに都会と田舎では田舎の方が離婚率が高いそうだ。はっきりした理由はわからなかったが、もしかして田舎の方が若くして結婚する傾向が高い(都会の方が晩婚傾向にある)ことと関係あるのかもしれない)

<当事者夫婦たちが解釈すると・・・>


しかしダウン症のある子どもの親の声を聴いてみると、高齢というだけではない個々のストーリーが見えてくる。
「この子が生まれてから夫婦間のきずなが強くなった」と語る夫婦も少なくないのだ。

「ダウン症のある子どもが生まれた家庭ではなぜ離婚率が低いのか」の理由を、いくつかの夫婦が自分たちのことにあてはめて語っている。

・我が子の命が危険にさらされている場合、ダウン症のことは心配事の中でもっとも小さいものになる。
(赤ちゃんが命の危険にさらされている場合ほど、ダウン症自体の受け入れは早くなる傾向にあるようだ。命が助かってほしいというその一点に夫婦の思いが集中するため)
・ダウン症の赤ちゃんはよく眠るので夫婦で語り合う時間があったし、医学的な心配事のことで会話が増えたので夫婦の絆が強くなったのでは。
・ダウン症の子がとても純粋で嘘のつけない子だから
・ダウン症のある子どもが生まれたことで、人の不完全さに対してより寛容な人間になれた。
・・・などなど。
ただ、離婚というのはひとつの側面にすぎず、結婚にどれだけ負荷がかかっているかは離婚率でははかれない、という声もあった。

まあ、ダウン症の診断が降りたことで結婚生活にストレスがかかっていると答えた夫婦は11%で、大部分の親は、ダウン症のある子どもが生まれたことでより人生の展望をポジティブにみられるようになった、という。
(これは上の2)の論文の結果とも一致している)

雨降って地固まる、というように、危機を乗り越えた夫婦の絆は以前よりも強くなるということか。

<サポートの重要性>


ブラジルの調査ではもうひとつのマイナーな障害との比較調査を行っている。
そのマイナーな障害のある子どもの家庭の離婚率は、ダウン症のある子どもの家庭および一般家庭よりもかなり高くなっていた。

これは、障害そのものによる違いだけではないのではないかと研究者たちは言っている。

ダウン症のある子どもの家庭の離婚率の方が低い理由として、親が高齢であるということ以外に、ダウン症は一般的によく知られた障害なので他のマイナーな障害と比較してサポート体制も整っており、社会・教育サービスもより充実していること(親の会なども充実している)をあげていた。
また地域社会・学校へのダウン症のある子どもたちの受け入れも進んでいる。

つまり、他のマイナーな障害の場合、より社会的に孤立した家庭の姿が浮かび上がってくるということである。

これは、どの障害であれ、診断がおりた時点でサポート的な介入を行うことで家庭が壊れるのを防ぐことができるのではないかということだ。

時期で言うと、上記アメリカの調査では、ダウン症のある子どものいる家庭で離婚が最も多いのは子供が生まれてから2歳くらいまでの期間との数字が出ている。(全離婚の30%がこの時期に起きている)
ただでさえ、赤ちゃんが生まれるということは母親にとっては産後うつがあったり、赤ちゃんを育てるという昼夜を問わない新しい仕事が増え、ストレスが高まる時期である。
実際、この一番大変な時期に夫が協力的だったかどうかが、のちの夫婦仲に決定的に影響を与えるといっても過言ではないだろう。
ただ障害のない子供の家庭でこのこの時期の離婚率は17.4%で、やはりこの時期の離婚にはダウン症という要素がからんでいると言えないこともない。
(お子さんの健康状態によっては入退院を繰り返したり、告知受け入れと並行して大変な時期でもある。そのときに互いの協力が得られないと不信感が募ったりするだろう)
つまり告知されてから2歳くらいまでの時期のサポートやカウンセリングが充実することで、家庭の危機を乗り越える可能性た高まるのではないかということだった。

  *            *             *

さて、感想だが。
このふたつの論文は、「ダウン症のある子どもが生まれると家庭は壊れ離婚率が高くなる」という根拠のない通説に対するきちんとした反論にはなると思う。

まあ、離婚なんて当事者の問題なんだから大きなお世話で、こんな調査があると「離婚ぐらい好きにさしたりや」という声もあるだろう。(笑)
ダウン症のある子どもの子育てが不幸ではないのと同様、幸せになるために離婚するのだから不幸じゃない、と。

ただこの問題を夫婦の絆など当事者だけの問題にしておいていいのか、ということもある。
特に上の論文でいくと経済的に苦しいカップルほど離婚率が高いということになり、そのあとには障害のある子どもを抱えて経済的に苦しいシングルマザー(シングルファーザー)が残ることになるからだ。
これは自分の親の助けが期待できない場合、働くのも大変である。
子どもが小学校高学年になってもひとりで留守番できるとは限らないし。

だから特に告知から2歳くらいまでの間のサポートやカウンセリングを充実させ、親の会なども活用してもらえれば、離婚しなくてすむケースもあるのかもしれない。

そしてダウン症に関していえばその方面は他の障害に比べ割と恵まれているようだ。
(ダウン症は親の会があっていいな〜と言われたことも何度かあるし、通園施設ではダウン症児が一大勢力だったりととにかく数が多い)
もっとマイナーな障害の場合、仲間も少なくもっと大変だと思うので、やはり適切な時期にサポートが必要なのだと思う。

ちなみに我が家の場合、何度か書いているがダウン症のある娘が生まれたことは夫婦仲に間違いなくプラスの方向に働いている。
相談することが多いので会話もとても増えた。結婚当初よりもうまくいっていると思う。(笑)
旦那自身も、一人目、二人目、三人目と生まれていくうちに「父性」が増してきたこともあるだろうが、特に三人目に障害があったことで、守るべき対象を得て「父性」が一気に強くなった感じがする。
末娘が生まれて2か月後にはもう四国への単身赴任があったのだが、毎週片道8時間かけて帰ってきてくれたな〜。
子どもを育てるというひとつの目標に向かう同志のような感じだ。
困難があると結束が強くなるというタイプの家庭はたくさんあるのだろうと思う。

<参考文献>


1) Skotko, BG., et al. Having a brother or sister with Down syndrome: perspectives from siblings. Am J Med Genet A. 2011 Oct;155A(10):2348-59. doi: 10.1002/ajmg.a.34228. Epub 2011 Sep 9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21910244

2) Skotko, BG., et al. Having a son or daughter with Down syndrome: perspectives from mothers and fathers.
Am J Med Genet A. 2011 Oct;155A(10):2335-47. doi: 10.1002/ajmg.a.34293. Epub 2011 Sep 13.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21915989

3)Richard C., et al. Divorce in Families of Children With Down Syndrome: A Population-Based Study. American Journal on Mental Retardation: July 2007, Vol. 112, No. 4, pp. 261-274.
http://www.aaiddjournals.org/doi/abs/10.1352/0895-8017%282007%29112%5B261%3ADIFOCW%5D2.0.CO%3B2?journalCode=ajmr.1

4)Vivian RGL., et al. Divorce in families of children with Down Syndrome or Rett Syndrome.Cien Saude Colet. 2015 May;20(5):1363-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26017939

http://www.scielo.br/scielo.php?script=sci_arttext&pid=S1413-81232015000501363&lng=en&nrm=iso&tlng=en
(全文がネットで読めます)

(早期)療育批判!?(長文注意)

「母の気持ち」目次はこちら


6月22日に放送されたNHKの「あさイチ」が物議をかもしているようだ。

話題になっていたので、私も後からだけど見てみた。
↓これ。(削除されるかもだけど)
「ほめて伸ばす!子どもの発達障害」
http://newskei.com/?p=37790

私的にはとても興味深く、いろいろ参考になった番組だと思ったが、以前紹介した「数字と踊るエリ」という本と同じく、賛否両論分かれるのはわかるような気がする

というか、たぶん、この番組を批判的に見ている人は、私のブログも嫌いだろうな。(爆)
まあ、療育について、改めて考える機会にもなったので、思いを書いておく。

*        *         *

<療育法紹介番組に批判殺到!?>


まあ、批判が出るのは、わからないでもない。
障害のある子どもを抱えている親は、ただでさえナーバスになり、ガラスのハートになりやすいのだ。

頑張って家庭で療育して、伸びた子供たちのケースが取り上げられて報道され、そのお母さんたちのがんばりがほめたたえられると、じゃあ伸びない子供たちの親は努力が足りないのか、という話になったり。
がんばりが足りないんじゃないかと自分を責め、息苦しくなりますという人が出てきたり。
「あのテレビに出てきた人たちみたいにもっと○○したらいいんじゃないか?」などとじじばばたち外野に口を出されてダメージをくらう人が出てきたり。

療育をがんばった結果、普通学級に入ったケースが紹介されると、「普通学級が上で支援学級・学校が下みたいな言い方やめてくれ」とか「普通を目指すプレッシャーが伝わってくる」みたいな声があったり。

また、「3歳までが勝負だ」みたいなセリフが出てくると(療育者に言われたらしい)、「3歳を過ぎた子供を抱える親にとってすごく残酷な言葉だ」とかいう批判が出てきたり。

同じ番組も、人によってこんなに受け止め方が違うんだな〜とびっくりである。

うちの娘は支援学校行ってるけど、療育して普通学級行きましたというケースが紹介されても別になんとも思わなかったけどね。
だって人は人、だし^^;

むしろ就学問題などでたまに障害児の親が支援学校の子供たちのことひどい書き方している方が気になる。
そういうのに比べればこんなのホントなんでもない。

それと、早期療育早期療育というとそれができずに時期を過ぎてしまった親御さんがつらいのでは、みたいな批判もどうもピンと来なかった。

いや、たとえばの話、ダウン症の知的障害が劇的に改善する画期的な薬が開発されたとして、それが1歳までに投与しないと効果がないとしよう。

だからって、大きいお子さんたちの親の気持ちを考えてそんな薬を販売するなとか宣伝するなとか思わないし。

ナーバスになっているからこそ、そういうひとことを見過ごせないんだと思う。というか、そういう言葉を探す視点で番組を見ちゃうんだろうなと思う。

私は、「なんかうちの子に使えそうなテクニックはないかな?」という視点で番組を見てたからそういうのは感じなかった。

要は、その情報番組そのものが悪いとは限らないのではないか。
むしろそう受け止めてしまう自分のメンタリティの方にこそ焦点をあてた方がいいのでは、なんて思ってしまった。

<療育に対するスタンスは個々が決めること>


療育に対する親の姿勢はさまざま。
できることはなんでもやりたい派のお母さんから、
あえてやらない主義、のお母さんまで。

まあほとんどの親は、その中間にスペクトラムの状態で分布していると思う。
(「そこそこやればいいと思う」とか「やりたいけど思うようにできない」のお母さんとかも含め)

私は、それでいいんじゃないの?と思うわけだ。

全然たとえになっていないかもだけど、英語学習に対する姿勢と似ているような。

日本人で周りに外人もいなければ、英語力はもっぱら本人の努力にかかっていると言える。

でももちろん、英語に全力を注ぐことが「正しい」わけではない。
英語なんて、別にできなくても生きていけるからだ。
英語をがんばることが楽しくなくて息苦しさを感じるなら、英語をがんばりすぎないという道を「選択」すればいいだけ。

私が高校時代英語をがんばっていたのは、そこに価値を感じ、がんばると「決めた」からに過ぎない。
(まあ結局、途中から私は英語に全力を注がないことに「決めた」ので、現在大した実力には至っていないわけなのだが、笑)

英語よりももっと違うことに時間を使いたい生徒はたくさんいる。

療育も同じだと思うのだ。
療育なんて、しなくたって子供は生きていけるのは間違いない。
療育に全力を注いで子供を普通学級に入れることが「正しい」わけじゃない。
どれだけ力を注ぐか(注ぐ価値があると考えるか)は、個々の親の選択である。
全力を注がないことに決めたのなら、自分の選んだ道に自信をもったらいいのだと思う。

自分は英語をがんばらないという選択をしてきたのにもかからわず、英語学習法の紹介とその結果ぺらぺらしゃべれるようになった人を紹介した番組を見ると心がざわつくことはあるかもしれない。
そんなときは、「あれ?自分はどういうスタンスに決めたんだっけ?」と思い返せばいいのではないか。

江原さん曰く、「人をうらやむなら、その人の見えない努力と苦労までうらやみなさい」
自分はさほどがんばらないと「決めた」のに、ふと、その結果だけがほしくなるというのは、理屈に合わない。

<自分なりの折り合いをつける>


だから、番組を見てプレッシャーや息苦しさを感じた人は、もう一度、自分の価値観を洗い直したらいいと思うのだ。
自分は療育にどれだけ価値を感じ、どれだけ時間を割けるのか、どの程度がんばることにするのか。
そして、自分の決めたことに関して、人と比べなければいいのだと思う。

誰でも、いろいろな事情や環境の中で、できる範囲と自分のメンタルと相談しながら「折り合い」をつけているわけだ。

この番組に出演した発達障害をカミングアウトした栗原さんが、お母様の言葉を引用していた。
人生はマラソン。スタートダッシュで息切れしてリタイヤするよりは長く続けることが大事

だと。

アドバイザーの平岩先生も(たぶん先生の言葉だったと思うが)やらなければならないという義務感ではなく、楽しくやること、子供の笑顔を引き出せることが大事だとおっしゃっていた。
つらいと思うようになったら続かない。少ない時間でも続けていくことだ、と。

・・・栗原さんのお母さんと根本は同じことを言っている。

ちなみに、私も、全力は注いでいない(もしかしてそうは見えてないかもしれないが?)。
上の子たちの学費の足しにするため、仕事をしている。
仕事をすることにしたのは自分で選んだことである。
フルタイムではなくパートというのも自分の選択。

毎日が仕事で過ぎていき、歳が歳なので家に帰るとヘトヘトで(笑)そうだあれを作ろうと思いつつ何か月も過ぎてしまうこともよくある。
できる範囲でやっているに過ぎない。
もちろんそのできる範囲とは、自分の楽しみの時間もちゃっかり確保した上でのことである。
自分の趣味であるブログを書く時間も、ネットサーフィンする時間も外せない。
(自分の時間がほしいからついつい夜更かしになっちゃうのだ^^;)

栗原さんのお母さんは自分の母親に息子を預け、自分の時間をもって子育てのモチベーションを維持していたそうだが、私も自分の時間は貴重だ。

フルタイムで働いているからなかなか療育の時間がとれない、という人も、フルタイムで働くことを「選択」したのだから、仕事をしてなくて療育に全力を注げる人を羨ましがるにはあたらないと思う。
(まあ、自分はいろいろ恵まれているのは確かだと思うけど。)

<価値ある情報とは?>


それと当然ながら、親ががんばっても伸び方には個人差がある。
子どもの側にも個性があるからだ。

親が努力したら結果が出る子。
努力しなくても結果が出る子。
同じくらい努力しても思うように結果が出ない子。

娘で言えば、けっこう読み書きそろばんの部分は努力すれば結果が出るが、おしゃべりの方はなかなか結果が出ない、とかがある。

で、情報としては、努力しても結果が出ないパターンは発信されにくいだろう。
だってそれって療育法としてはダメダメだってことだから。
(誰がそんなもんに興味があるだろうか)

何もしなくても伸びたパターンも、これまた情報としての価値は薄いだろう。

たとえば「○○くんは数学いつもできるね!どうやったら数学できるようになるの?どんな風に勉強しているの?」と聞いたら「俺さ、なんにも勉強してないのに、なぜか数学だけはできちゃうんだよな。問題を見ると、自然に答えが浮かんでくるんだよ」という答えが返ってくるようなものだ。

・・・さ、参考にならない・・・^^;

まあ、そういう天分だったのですね、で終わりである。

だから一番情報としての価値があるのは、最初はダメダメだったけど、こういうことをしたら伸びました、ということなのじゃないかなと思う。
(それがまさに今回の番組)

少なくとも「ほっといたらこんなに自然に伸びて普通学級に入りました」という番組よりはマシだと思うのだが。(笑)(そんな番組、無責任すぎる。まあそれで希望が湧く人もいるかもだけど??)

<親ががんばらなければ何も進まない地域もある現実>


家庭が療育の場になってしまうことの批判もあった。
家ではただ遊んでいればいいんじゃないか、という意見だ。

そういう人たちは、「療育は専門家に任せるべき」という立場なのだろうと思う。
この番組に出てきた「つみきの会」(番組では名前は出さなかったが)からセラピストを派遣してもらうとすごくお金がかかるそうだ。

実はうちも、自閉がわかったときに「つみきの会」のことを調べたこともある。
(セラピストにうちに来て指導してもらおうかと考えて)
でも、長野にはなく、交通費(実費)を払うだけでとんでもない金額になるのであきらめた。

療育には地域差がある
どこにでも「リーフ」があるわけじゃないし、どこにでも「ポーテージ」があるわけじゃない。近くにし○ぶ先生がいるわけでもない。(笑)

陸の孤島、長野に住んでいたりもするし、本物の「島」に住んでいる人だっている。

お金もかけられない、他人に任せるわけにもいかない地域の人間は、自分でやるしかないのである。(以前書いたように、STだって残念だったりするし・・・^^;)

だからこそ、誰にでもアクセスできる「情報」が必要なのだと思う。

NHKの番組では、具体的な民間療育の名前は出していない。もちろんその会に入ることも勧めていない。
会にアクセスできる人には限りがあるからだ。
だからこそ、療育方法の「内容」に焦点をあてていた。
内容がわかれば、誰にでも明日から取り組めるからだ。

そういう意味で、今回のような情報番組はいいと思うし、私もそういう意味でネットでの発信には意味があると思っているんだけどな〜。

まあ、それだけ親は疲れているってことか。
公的な療育機関が充実して、親がそこに身を任せていればいいようになれば、一番楽なんだけどね。

*            *           *

まあ、番組の内容についてはまったく触れていないけど。
褒めて育てるといいよ、という話だった。(←単純化しすぎ)
それと、子供のできないところばかりではなく、いい面も見ようというお話。
いつまで効果があるかわからないけど(本人がおだてられてると感じるようになったら効果がなくなるかもだから)、ほめる子育て、心がけたいと思った。
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働く主婦

3人の子持ちです。
ダウン症をもつ末娘の子育て記事と翻訳関連の記事がごちゃまぜになっています。^^;
★はじめての方は「はじめに・目次」をご覧ください。
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