働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

発音ー「つ」「ち」が出せるようになりました

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これまで出せなかった「つ」と「ち」が出せるようになったので、練習方法をご紹介したいと思う。

残るまったく出せない音は「ザ行」や「じゃじゅじょ」などだったが、それも練習を始めて、少しずつ出せるようになってきている。

↓ちょっと目次作ってみました(笑)


<「ち」「つ」の発音改善動画>


まずは現時点での発音の改善を聴いていただき、その後家でどんな練習をしたかをアップしたいと思う。

「ち」と「つ」は少し前まで全然出せない音だったので、ビフォー動画は非常に言いにくそうである。
(実は「ち」はまだ全然練習していないが、「つ」が出せるようになったら自然と「ち」が出せるようになった!)


次は、「つ」の入った単語を言っている動画。
発音の後に文字を入れたので、何を言っているかあててみてください。



まだ、娘の悪い癖である「側音化」(後述)が直ってないので、聞き取りやすい音とは言えないかもしれないが、ともかく、出せるようになったことはなった。

<ツの練習方法>



先生に教わった方法は、英語の「t」にあたる音(トゥ)を言う練習をし、そのあと「スー」を言う
「トゥスー」をできるだけ早く(くっつけて)言うと「ツー」の音になるとのことだ。

いつもの発音練習プリントを作成して練習。1)
(トゥスーのままでいいからということで、練習した)

<娘の問題点ー側音化>


なかなか「トゥスー」から「ツー」への移行が難しかった。
それは、娘はサ行を言うとき、側音化が起こっているかららしい。

側音化というのは、息を口の真ん中からではなく、両端から出しているということだ。
奥歯がしみたとき、「シーシー」と口の両端から息を出すことをやることがあるが、あのイメージだ。

こういう音の出し方をしていると、イ段の音が出しにくくなる。
娘がカ行・ガ行の中でも「キ」「ギ」が一番難しく、出しにくい。
また、「チ・ジ・ちゃちゅちょ・じゃじゅじょ」が言えなかったのにもそこらへんに理由がありそうだ。

<側音化の矯正方法>


先生に教わったのは、舌の真ん中から息を出す練習法である。

娘はいわゆる「芋舌」という、ダウン症のあるお子さん特有の舌の出し方をするが、これを平らにして、真ん中から空気を出す練習をする。

芋舌。右のように、厚みがある舌になってしまう。

IMG_3395


こんな風に舌を丸めて、そこから(真ん中から)息を通すこともできない。
shitawa


そこで舌を軽く噛んで、歯と舌の隙間から息を出す練習をしたり、(英語の「th」のような音)

IMG_3456


舌と上前歯の間にストローをはさみ、ストローから息を出す練習をしたり。

IMG_3461

ティッシュを小さくちぎってまるめ、机の上において、ストローから空気を出して動かさせてみた。

これがなかなか難しく、まだできていない。^^;

先生とやったときはうまくいったのだが・・・何かやり方にコツがあるのか。
先生の手が家にもほしい。(笑)
また今度行ったときに見てもらおうと思う。

また、他に家でやってみたのは、側音化のときは唇が両側に引き延ばされているから、唇を突き出す「う」の形をしていれば、側音化が起きにくいはずである。

娘が「ツ」や「ス」を言うとき、唇がくいっと横に延ばされているので、手で両唇のあたりを前に押し出して「タコの口」の形を作ってやると、割とうまくいった。

なので、鏡を見せながら「タコの口だよ」と言いながら、ツの練習をしている。

もっとも、「チ」のときはタコの口ではないので、このごまかしはきかないかもしれない・・・。(ちゃんと口のまん中から息が出せるようにしないと)

<チの練習方法>


実はまだチは練習していないが、上に書いたようにツが出るようになったら自然とチが出せるようになった

チの練習には、「ツ」が出るようになった時点で「ツシー」と言い、それを早く(縮めて)言うようにすると「チ」になるそうだ。

側音化の矯正がもう少しうまくいったら、きっとチやチャチュチョもきれいに出るようになると思う。

<注:発音練習プリント>


こんなのを作ってやりました。
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障害者雇用のスペシャリスト講演会ー「あなたはあなたのままでいい」は本当か!?

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「世界一明るい視覚障がい者」のキャッチフレーズで、就労困難者の雇用創造のトップランナーとして走り続けている、NPO法人FDA理事長の成澤俊輔さんの講演を聞いてきた。

以前MasamiさんのFacebookでお見掛けしてアンテナにひっかかり、「いいな〜都会はこういう方のお話が聞けて」と思っていたので、チラシをもらったとき「あの人だ!長野に来るんだ!」と嬉しくて速攻申し込んだ。
(Masamiさんのおかげです。ありがとうございます^^)

笑うと、お笑いの〇カリズムさんのように素敵な笑顔になる方である。(ほめてます!!!)

ちなみに、全国どこへでも無料で講演に行くのでぜひ呼んでくださいとのことです。(笑)
(特に地域の福祉就労に携わる方(就労継続支援の事業所さんなど)にも聞いていただきたいお話です!)

*         *         *

成澤さん情報は後述するが1)、視覚障害者という当事者であり(小さい頃から徐々に視力を失い、20代前半で失明、今は光しかわからず、やがてそれも数年で失うだろうという)、福祉の専門家であり、経営者でもあるという3つの立場をもってらして、自分自身の経験からの熱い思いでこの仕事をしてらっしゃる方だ。
「どんな人だって働けます。20年引きこもっていた人でも働けます。50代で障害が5種類あっても働けます。私は「大丈夫」というひと言を伝えに来ました」とおっしゃっている。

就労継続支援B型を経営されているがいろいろと型破りなやり方を採用しており2)、それでもちゃんと利益を出して、利用者にボーナスも出している。
私は経営者ではないからわからないが、他の事業所で大いに参考になるところもあるのではないかと思う。

<「あなたはあなたのままでいい」は本当か!?>
成澤さんが疑問を感じたのは、福祉事業所などで働くにも、いろいろ厳しい条件を出していること。

福祉でしょ?できないからここにきてるのに、それ、みんなに求めるの?という。

だから、成澤さんのところでは、誰でも働ける。一年の半分は入院しているような精神障害の重い人も働いている。

「いいんだよ」「大丈夫だよ」
それは、成澤さん自身が言われたかった言葉。でも誰も言ってくれなかった言葉。
引きこもり経験者でもある成澤さんの原点は、自分が当時出会いたかった人になることなのだそうだ。

「あなたはあなたのままでいい」という言葉、私は個人的にはあまり好きではない。
というか、いろいろと誤解を生みやすい表現だと思う。

尊敬する美輪明宏さんや江原啓之さんも言っている。
「ありのままっていっても、大根を泥つきのままさあ食えと言われても、食べられやしない」と。
あなたのままでいいというのは、大根はごぼうになろうとしなくてもいい、その細さをうらやんだり劣等感をもったりしなくてもいいという、そういう意味だと思うのだ。
大根は大根のままでいい。
それがあなたの良さ。
だったら、あなたの良さが生きるように、泥は洗って、おいしく調理しましょうということだと私は思っている。

娘について言えば、ダウン症の部分も自閉症の部分も知的障害の部分も、治らないのだからそのままでいい。
ただ他害は絶対ダメだよ、そこはあなたのいろんな良いところをみんな台無しにするよ。だからそこは変えていかなくちゃ。ということだと思う。
(そこは自閉症があるからしょうがいないとは、私は全然思っていないし、あきらめてもいない)
存在自体(変えられない部分)は全然オッケー。
行動や能力は、日々向上していける
、私は娘にも自分に対してもそう思っている。

摂食障害で困っている人に、「あなたは食べられないあなたのままでいいんだよ」と言われたら、絶望でしかない。
ギャンブル依存症の人にも、同じだ。
そういう人たちには「大丈夫、あなたはそこから抜け出せるよ」というのが希望になると思うのだ。

・・・話がそれたが、福祉事業所や障害者雇用では、たとえば「口頭指示が通らないと」「毎日休まず来ないと」(精神疾患の方は、体調で休みがちである)・・・など、「障害でどうにもならない部分」にまで、適応を求めていないか?ということなのである。

どんな人であっても、その人の強みを見つけ、そこに仕事の可能性を探るというのがFDAのやり方。
「絶対に休むな」「遅刻するな」「てきぱきと電話応対くらいしろ」・・・という一律の基準をあてはめて「足りないところに目を向ける」のではなく、そこをクリアするように矯正しようとするのではなく、その人の強みに目を向ける

足りないところに目を向けると、やはり人は苦しくなるんだよね。
私も力もないくせに肉体労働のバイトをしてたから、よくわかる。(笑)
自分の強みが全然必要とされず、むしろ自分のできないところばかりが目立つ職場というのは、やはり長期的には消耗していく。

だから、やはり、障害者であっても、仕事がたくさんあるのが大事。その人の強みに合ったものを選べるのが大事。
FDAでは、80人の利用者に対して、90種類の仕事を用意しているそうだ。

うちの支援学校のモットー(?)は「あなたはあなたのままでいい」である。
それは、卒業後にそういう社会が待っているならいいけれど、そうでないのなら、やはり指示に従えるように、あいさつができるように、就労に向けた訓練というのは大事になってくる。(小学部の今だからそうなのかもしれないけどね)

これは健常の子でも同じだ。上の子たちも社会に出ることは怖いことだと思っている。
社会に出ても、自分らしさが否定されないため、心が壊されないために、成澤さんのスタンスやノウハウのあるところが、今後日本に広がっていくといいな〜と思う。
そのためには、FDAを個人的にも支援していきたいと思っている。
(みなさんもよかったら、笑)

<自分の存在価値はどこにあるか>

私が個人的に興味深かったお話は、「目が見えなくて何が困るか」という当事者ならではのお話だった。

中途で視力を失うということはとても大変な気がするのだが、生活や仕事はさして困らないそうだ。(手を貸してくれる人もいるし)
一番困るのは、鏡に映った顔も見えない、見下ろしても自分の手も足もお腹も見えない・・・つまり、自分自身がどこにいるのかわからなくなったことだそうだ。
自分がこの世にいるのかどうかさえ、確かめるすべがなくなるのだ。
手をひっかく癖が、そのころからできたそうだ。
(自分の手がそこにある(体がそこにある)ことを確かめる)

自分の存在ってなんだろう?
・・・成澤さんはずっと、視覚障害者の自分に存在価値があるためには、何か武器を持たなければならないと考えてきたそうだ。
それは、勉強だった。
小中高と普通学級にいたけれど、漫画も読めなければテレビも見れないから、話題に入っていけない。友達もいない。
深い孤独。
点字を学べば、と提案されるけど、点字を学んで伝えたい相手がいないのに・・・。

偏差値の高い学校に入り、18歳までは死ぬほど勉強したそうだ。
しかし、大学に入ってから、ひとつ単位を落として留年してしまう。
そのとき、自分は終わった、と思ったそうだ。

これって、障害に限らずだな〜。
うちの長男も、同じようなことを言っていた。
学校で人間関係がうまくいかなくて孤独にさいなまれたとき、自分には勉強しかないと思ったらしい。
でも(うちは私立はNGだから)入試で挫折したとき、自分の存在価値自体が揺らいだ、と。
今はそこから抜け出しており、ダメなら2浪オッケーな気分だけどね。

何かマイナス部分があるから(たとえば障害とか)それをプラマイゼロにするために何か武器をもたないと、という考え方だと、それができなくなったときの反動が怖いのよね。
上には上がいるしね。
そういう目的で何かをがんばることはつらい。
マイナスからのスタートだから。

なにができなくても自分には価値がある、というところから出発しないと。
だから成澤さんは、障害者なんだからせめて人一倍真面目で努力家でないと、というのは好きじゃないという。
(これは私も同意見。障害者なんだからせめて人柄だけでもよくないと、とか、ダウン症なんだからせめて健常者から愛されないと、とかいうのは基本差別的だとさえ思う。
ダウン症の人は、素直で思いやりのある子が多いから生まれてきてもいいんだよ、育てている私たちは幸せだよ、というのもうがった見方をすれば似たような感じ。
ダウン症で悪ガキだったらいらないの?後悔するの?そんなことないでしょ、というところで。(笑)

それもこれもマイナスからの出発、という発想だからだ。
人間なんだからだれでも成長は必要だよね、というのとは全然違うと思う)

成澤さんは、仕事を始めてから、人生に「相手」という存在ができた。
成澤さんが自分という存在を確かめる手段は「相手」だったのだ。
相手がいるから、自分がいる、ということに気づいた、と言っている。

私自身も実は大学生時代、自分自身のアイデンティティが揺らいだことがある。
もしかしたら、障害のあるなしにかかわらず、あるタイプの人間にはこの思春期の時期に訪れる危機なのかもしれない。

私は、自分という存在が本当にあるのか、それとも幻なのか、ということに、目が見えているのに(笑)真剣に悩んだことがあったな〜。
今は、やはり人生に「相手」がいるから、そんなことで悩む必要はないけど、当時は学生で、下宿にひとり暮らしで、社会的なつながりも全然なかったから。
私の場合は、「神の存在を信じる」が先にあって、「神がいるんだから、きっと自分も存在するんだろう」という結論に達したのだけど。

私自身の存在価値もそこから出発している。(何ができなくても神は見捨てないので)

*           *         *

余談だけど、成澤さんは2年間引きこもりを体験している。
大学に行っているふりをして、明日行こう明日行こうと思っているうちに2年経ってしまったのだという。

SEKAI NO OWARIの深瀬さんも、不登校で引きこもりだった。
千原ジュニアとか星野源とかもね。

引きこもりパワーすごいな、と思っている。
やはり人生に無駄なことなんてひとつもない。
悩んだ時期があったからこそ、到達する境地があるはず。
その人が発する言葉だからこそ、響く人たちがいるはず。
何ごともなく穏便に育っていくことだけが正解じゃないな、と勇気をもらえる。

みなさんも、ぜひ成澤さんを講演に招いて、お話を聞いてみてください。
(下で紹介しますが、TEDトークの動画も見られます。
でもたぶん撮影を意識しているからか、言葉遣いがお上品になっている。(爆)

実際お話を聞いた方が、より成澤さんの人柄に触れられると思います。

<注:成澤さん情報>
1) 成澤さんが理事長を務めるNPO法人FDAのウェブサイト
(トップページの下の方を見ると、寄付もできます)
http://www.fda.jp/

成澤さんのインタビュー記事。
http://bigissue-online.jp/archives/1017517810.html

動画:TEDトーク(TED×Sapporo)
https://tedxsapporo.com/speakers/shunsuke-narisawa/
Youtubeだとこちらから。↓
https://youtu.be/SJF6SKczBq8

2)たとえば
・履歴書は見ません。過去とにらめっこではなく「今」のあなたができることから考えます。
・こちらから企業に「うちの利用者を採用してください」と頭を下げには行きません。そうすると利用者の価値を下げてしまいます。価値があるのに。
向こうから来た人とだけ仕事をします。
・社長自ら出てこない会社とは仕事をしません。(うまくいかないからです)
・会社には2カ月以内で内定を出すことを禁止しています。1〜2週間のお試し期間なら、無理してでもとりつくろうことができる。2カ月では「なんとかならない」。ありのままの姿を見てもらって分かりあってから採用されないと続かない。
そのお試し期間の間に「遅刻してよ」という。そうなったときにどう連絡するか、会社はどう対応するかなどを見ておきたいから。
・就職してからの定着支援は3か月ではなく無期限です。
・就労してから、「なんかあったら連絡して」じゃなくて「毎日毎日一生メール送って」という。嫌な顔されるけど(笑)、そうでないと「せっかく採用させてもらったのに期待を裏切れない」と思って、なんかあったときに支援者にメールできないから。
・仕事がいっぱいあることが大事。そうすると選べるでしょう。
・似たような人がいるとその中で比べるからできるだけいろんな人がいるように。
(不登校、中退者、知的障害者、引きこもり、リストラされた人、中途障害者、など)

・・・などなど。

支援会議・娘の他害をなんとかしたい!!(長文)

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娘には他害行動がある。

年明けにお友達をひっかくという行動があって先生から報告を受け、よく話を聞くと、実は先生が防いできて報告されていなかっただけで、いまだに毎日のように他害行動があることがわかった。

お友達を噛みついたり、ひっかいたり、ほぼ毎日だそうだ。

知らなかった・・・。

もちろん先生が未然に防いでくださっているので、実際やるに至ってしまうことは数か月に一回くらいなのだが。

これが始まったのが小3の夏ごろで、もうかれこれ一年以上続いていることになる。


保育園や小1・2年のころはまったくなかったのだが、それはおそらく娘がそこまで他人に関心がなかったから

うちはきょうだいも歳が離れていて一緒に遊ぶことはないし、なにかあったら上の子が譲っている。
保育園のお友達も「〇〇ちゃんだからしょうがない」ということで、クラスで一番わんぱくな男の子でさえも娘には特別扱いで譲ってくれていた。

対等なお友達関係は支援学校の中でしかないし、お友達が自分の人生の視野の中に入ってきたという成長と共に、問題行動も始まったという感じである。

過去記事にも書いたように、娘は聴覚過敏の軽減のために漢方を飲んでおり、イヤーマフも毎日ランドセルに入れてもっていっている。
うるさいときは「イヤーマフ」と言って自分からつけてもらうようにもなった。

が、依然として毎日のように他害があるということを知って(実際にやってしまったときだけ報告を受けていたのでそこまでとは知らなかった)、聴覚過敏だけが原因ではないこともわかり、これはなんとかしなければ!!!と思ったのだった。

先生方もプロであるし、娘の担当の先生も応用行動分析(ABA)を専門に勉強されてきた先生でもあるのでいろいろ対策をとってくださっているのだが、もう一年以上も他害行動が続いているのだ。
一日も早くやめるようにしないと、この行動が本人に沁みついてしまい、長引けば長引くほど矯正が難しくなる
やられてしまうお子さんには痛い嫌な思いをさせてしまい、娘を怖がるようになるだろうし、娘自身も今後の居場所がどんどん減り、将来の選択肢もどんどん狭まってしまう。

ここは親の本気を見せなければ。

そんな思いで臨んだ、今回の支援会議だった。
(その報告を受けてから、私も週に一回は学校で娘の活動を参観させてもらっている(半日)。親の目からも、娘の問題行動の原因を探りたいと思ったからである)

<支援会議>
支援会議には娘が利用している4カ所のデイの担当者全員と、学校の先生と、ケアマネジャーの方が娘だけのために集まってくださった。(私を含めずに7名)ありがたいことである。

各事業所のデイでは、それまではスタッフと本人との関わりだけだったのがお友達との関わりに発展してきたという成長の報告を受けたが(ただし気持ちが出てきたもののどう関わったらいいかわからないので一方的な関わり方ではある)、他害行動はこれまでにないという。

学校だけなのだ。
家でも見られない。
しかも私が参観している間は、一度もそのような他害行動はない。
いないときは、記録をつけきれないほど頻繁にあることもあるそうだ。

そしてその相手は特定のお友達である。
大好きなお友達、自分より小さいお友達・・・つまり「やり返してこなさそうな相手」を選んでいる。

相手を選んでいること、学校でしか行わないこと、私が参観している間はまったくそのような行動が出ないこと・・・ここから言えるのは、この他害は衝動的なものではなく、本人が自分の意思でコントロールしているものであるということである。

これは、ABA(応用行動分析)が効きそうだ。

<ABAとは?>
ABAは皆さんご存知のように
・よい行動はほめ
・悪い行動は、決して叱るのではなく無視
・悪い行動の理由を突き止め、問題行動に代わる別の行動を形成していく


という手法で、確実に効果があがることが実証されている療育方法である。

つまり、「飴とムチ」ではなく「飴と飴なし」なのである。

なぜ悪い行動は叱らないかというと、
ー犬襪海箸砲茲衞簑蟾堝阿減るどころか増えることが多い(効果がない)
△燭箸┯果があっても叱られた人にしか効果が出ない(別の場面には応用がきかない)

からである。

,砲弔い討蓮∪萋もこれが実証された。(悪い言葉を叱ると、悪い言葉が増える^^;)

娘が家で「だ、る、ま、さ、ん、が、こ、ろ、」というので
「ころんだ」というのかと思ったら
「し、あ、い」と言った。
(どうもデイで誰かが言ったことをマネしているらしい)
私が「〇〇ちゃん、「殺し合い」っていい言葉じゃないよ、あまり使わない方がいいよ」と言ったところ、次からは口癖のように「殺し合い、殺し合い」というようになった。^^;
私の強い反応が、娘のこだわりを形成してしまった例である。
娘には「殺し合い」の意味することなんかわかっていない。
私が強い反応を示すことで、「この言葉には母の強い反応を引き出す(注目を集める)力がある」ことを娘に「教えて」しまったのである。
(小学生男子が「う〇ち」「お〇っこ」などと言いたがるのも同じ原理)
そういう悪い言葉は、無視するに限る。
しばらく「殺し合い」ブームは続いたが、娘がその言葉を言ったときは徹底的にスルーするようにしたら数日でなくなった。

健常の子には、「それ、面白くないよ」と言うことが効果があったりするそうだ。(笑)

△砲弔い討蓮∋笋龍軌時代も上の子の学校でもよく見られたことである。
つまり、怖い先生の前では言うことを聞く。怖い先生がいなくなったら途端に好き放題やり始める、つまり全然行動の矯正にはなっていないということである。

問題行動については、叱るのではなく本人にとっての「いいこと」がなくなるのが一番なのだ。
(上の「殺し合い」の例では、その言葉を言うと私が反応して注目してくれるという「ごほうび」をなくす=無視する)

<私からふたつのことを提案>

支援会議の前に、問題行動を解決するプロ、「子育てブラックジャック」と言われる奥田健次先生の本を3冊くらい読んでいった。
この先生は、出張カウンセリングで、1回〜数回の出張で問題行動を100%解決してしまうという、カリスマ的な先生である。
いろんな支援学校にも出張して問題行動のある生徒さんの指導にもあたっている。
うちの県の支援学校にもいらしたことがあり、テレビでも放映された。
(奥田先生情報は注をご覧ください。)

奥田先生の本にのっていたことをふたつ提案させていただいた。
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▲函璽ン制


.織ぅ爛▲Ε
タイムアウトとは、問題行動が起きた(友達に襲いかかろうとした)らすぐにその場から引き離し、本人とは目を合わせず、声もかけずにクールダウンできる部屋につれていく、または部屋の隅の椅子に座らせる。(5分ほど)
何度でもやったら何度でも連れて行く。
もし続くようなら、私に連絡いただいて、私が学校に迎えに行き、本人とは口をきかずに歩いて帰る。(3キロはある)というのはどうかという提案である。

▲函璽ン制
ごほうび形式である。
通常、問題行動は起こったときだけ怒られ、しなかったときは誰もほめてくれない。
これを、「今日は一日、だれのところも噛もうとしなかったね」ということでシールを貼り、5枚たまったら〇〇・・・というようなご褒美を用意することである。
「噛まなかっただけでごほうび?」「ごほうびをあげなければ動けない人間になるのでは?」と違和感を感じる方もいるかもしれないが、ごほうびは本人の行動を変えるきっかけにすぎず、本当に問題行動がなくなったらフェードアウトしていく。
問題行動がなくなることがまずは大事なのである。
(これまでもご褒美のニンジンをぶら下げることで、耳鼻科も歯医者も美容院も行けるようになってきたのだ!)

<先生からの提案>
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先生は、さすがに専門家なので、タイムアウトはとっくに実行されていた。
ただこれも、やり方があるらしく、本当にプロでないとなかなか効果が出ないこともあると本には書かれていた。

もしかしたら、その場から引きはがすことが(たとえば嫌な活動に参加しなくてもよくなったなど)本人にとって結果的にご褒美になっている可能性も否定できない。ともあれその辺は私がこの目で見たいので、ひきつづき私が学校見学をさせてもらおうと思っている。
(私がいると他害しないんだけどね)

また、タイムアウトは罰となるような形式(たとえば本人が怖くて泣き叫ぶような暗い押入れのようなところとか)は、学校としてはとることができないということだった。

▲函璽ン制
これについては、学校では限度があるだろうと思い、シールが5枚たまったら私が週末にどこそこに連れて行く、などの提案をさせてもらったのだが、シールをくれる場が学校でくれる人が先生で、ご褒美をくれる人が母で、と人が違ってしまうというのは娘には行動と結果が結びつきにくく、よくないんだそうだ。(知らなかった)
なので、できる範囲で学校でご褒美を用意してくれるという話だった。

基本、先生は娘がどんどん成長していて、いろんな活動に積極的になっていること、お友達と関わりたいという気持ちが強くなってきたというその成長の芽をつまない形で、娘の中の原因となる気持ちを探って、その気持ちに対しての対応と通して問題行動をなくしていきたいというお考えであった。

娘は「〇〇やりたい人!」というとさっと手をあげ、みんなの前に出てあいさつなどすることが大好きになった。
罰のような形で、そういう積極性やお友達大好きな気持ちを摘み取ってしまうのはしのびない、と。

親として娘を伸ばそうとしていただいているのは非常にありがたい(そして実際に伸ばしていただいている)が、他害して他人の権利を侵害している子供の気持ちに寄り添う必要はないと親としては思っており、そこらへんは、今後も話し合いが必要かと思う部分である。
(結果的に、他害が続けばお友達と関わる機会そのものが減っていくだろう。お友達が娘を嫌がって遠巻きにするようになるだろうから。一刻も早くなんとかしたいという思いなのである)

<イネブラーにならないこと>
私は、けっこう「子供には毅然とした態度をとることが大事」と思っている人間である。

(長女の不登校に関しては「学校行きなさい」と言ったことは一回もないのだが、それはもう高校生だし、本人の問題だからね。)

私には障害のある兄がいるが、この兄は、金遣いが荒い。
ギャンブル依存症で、一日に25万もすったこともある。

障害者なのになぜそんなにお金をもっているのかというと、兄に考えなしにこづかいをあげる人が周囲にいるからだ。
25万あげれば一日で使ってしまうのに。

これは奥田先生の本でいう「イネブラー」という存在である。
(本人に温情をかけることで問題行動を長引かせてしまう人)

その人は「障害があってかわいそう」というし、また「もしよそ様のものでも盗むようになったら困るから」というのだ。
そこで私は「よそ様のものを盗んで、捕まって刑務所に入ったら、その方が本人のためです」ときっぱり言った。

一時期兄が父に対して暴れていたことがあったが、それも父親が暴れられればお金を渡していたからだ。
父ではダメなので私が代わりに兄のお金を預かっていたことがあるが、私はたとえ刺されようが絶対に決められた分以上は渡さないことは兄がよくわかっているので、私には決して手を出さないしお金の無心にも来ない。(笑)(妹だからということではありません。それはわかっています)

兄が無心に行くのは、くれることがわかっている「イネブラー」だけである。

ABAは、優しい人には時には心が痛むこともある。
本人の心を無視して、行動を変えようとする部分があるからだ。
調教じゃないの?なんて人もいる。
(でも脅したり罰を与えたりするわけでは決してありません。ただ、変えてほしい行動をしたときにご褒美(にあたるもの)をあげないだけです)

娘のひそひそ声についても、実は意を決してABAの方式をあてはめた。

娘は機能的に声が出せる。だけど声を出さないで話す。
なので、ちょっと心が痛んだが、声を出さないで話したときは聞こえないふりをした。
(これまでは声なき声を聞き取ってしまっていたから。)
どうせ私ら夫婦が年をとって耳が遠くなったら、娘の声が聞こえなくなるのだから。
声を出すように仕向けていかないと。
すると、伝えようと声を出すようになってきた。

今も、ひそひそ声を出すときは聞こえないふりをする。
すると必ず声を出して話す。
そうしたらすぐに聞き取って対応してやる。

そうすることで、デイでも学校でも、娘の言葉を聞き取ってくれる人が増えてきたと思う。
(発音がいくらよくなっても、声を出さなければ意味がないので)

奥田先生の動画(後述)を見ると、うちの県の支援学校に来られたことがあって、ある女の子の問題行動に対してABAを実施していた。
それまでその子の担任の先生は、その子が「いやだ」「こわい」というと、その気持ちによりそって、強く出ないでいた。
そこでそれがその子の口癖になり、まったく指示に従わず、その子の成長の芽が摘まれてしまっていた。
(この先生は普通学校から来た先生で、ABAの知識自体なさそうな方でしたが)
しかし奥田先生の指導に従った結果、担任の先生に「この子はできる子なんだ」という確信が芽生えてきたという。

きっと本人にも、「わたしはできる子なんだ」という自尊感情が生まれていると思う。

よい習慣が形成されたら、まわりまわって本人が得をする。自分にはできるんだと、自己肯定感も上がる。
その場限りの温情をかけることで、長い目でみて損をすることはたくさんある。
(娘も、人に危害を加えてしまう悪いことをしている自分への自己肯定感は、どんどん下がるだろう。もちろん友達にも嫌われる)

<気持ちは後からついてくるのでは?>
娘のように、なんでも初めてのことには拒否反応を示す子供に、いちいちそれを尊重して寄り添っていたら、何もできない。
個別学習でも、娘が拒否してやらないものがあるようだ。
学校は無理やりの強制はできないので、そこで引き下がる。

私は、そこでは引き下がらない。(笑)

もちろん、ほとんどの場合私の課題の出し方がまずいことが原因なのでそこは絶対に本人を責めずに自分の方を反省してもっとスモールステップにしたりと違うアプローチを試みるが、できるのにしないときは、私は引き下がらないのだ。

(罰を与えたりはしないが、やらないとごほうびはあげない)

そうこうしているうちに、できるようになって、そこで楽しさや喜びというものも湧いてくることもある。

だから、私は、子どもの機嫌をとることがそんなに重要かな?と思ってしまう方なのかもしれない。

それがいいのか悪いのかはわからない。

あと娘が私の前では他害をしないからといって、私の前では委縮したり震え上がったりしているということではないけどね。(笑)(娘には、家族の中で一番好かれているという自信はあります)

*          *            *

学校の先生とは、話し合って、罰という形は与えず、お友達への興味を、違う形でのアプローチに変えていくという指導をしていただくことになった。
他のデイでももしそのようなことがあったらすぐに伝えていただくようにお願いした。

また、トークン制は実施していただけるようなので、また月末にある個人面談でその辺の様子をお聞きしたいと思う。

<注:奥田先生情報>

ウェブサイト
http://www.diamondblog.jp/official/kenjiokuda/

動画(ことばのないお子さんに指導して言葉が出せるようになっているところ、支援学校に行って問題行動を解決しているところ)

http://www.dailymotion.com/video/x5gn5v1
(広告やCMが出てきますが、そのあとにあります)

先生がドキュメンタリーなどに出演しているのは、一銭にもならないそうですが(本が売れるくらいで)、先生は身一つで対応できるお子さんの数に限りがあるので、手の内を公開して、同じことを親御さんに家でやっていただくためだそうです。

今度長野県軽井沢に幼稚園を作られるそうです。

書籍
いくつかありますが、私が読んだのはこの3つ。
ー閉症児のための明るい療育相談室ー親と教師のための楽しいABA講座
いろんな問題行動についての質問に、プロの療育専門家ふたりが答える。

⊆犬螢璽蹐如崋分からやる子」に育てる本
世界に1つだけの子育ての教科書―子育ての失敗を100%取り戻す方法


100%という言葉にうさん臭さを感じる人も多いと思いますが、この先生の場合、とにかく引き出しが多いので、(ある意味他の人がマネのできない職人技)これがダメならこっち、という具合で、最終的に100%にもっていくということです。
ただし、「親が先生の言うことを聞かず、実行しなかった場合」はカウントしていないということです。

また、奥田先生は基本5歳までのお子さんしか見ないと言っています。
(それ以上のお子さんも実際は見てますけどね)

ABAというやり方が、ある程度の年齢になってしまうと(健常のお子さんなら小学校高学年くらいから)、そぐわなくなってくるからでしょう。でも知的障害がある場合、もっと上の年齢でも通用する場合があると思います。

インタビュー記事があります。
前編
http://diamondblog.jp/provide/interview/kenji_okuda_interview
後編
http://diamondblog.jp/provide/interview/kenji_okuda_interview2

無料シェア教材・算数手作りプリントその2(時計・買い物)

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娘に作った算数プリントです。使えるものがあったらどうぞ。(その1はこちら

今回は時計プリントと買い物足し算プリントをシェアします。
【追記1】カラーのプリントは、プリンターのインクを食うので(笑)うちではクリアファイルにはさんでホワイトボード用のマーカーペンで書いてティッシュで消しています。
【追記2】時計プリント修正しました。

時計とお金の計算は、娘に習得させたいな〜と思う算数の目標です。^^

<時計プリント>
時計は、個人的にはプリントよりも時計アプリで学習することがおすすめです。
うちはアプリで時計が読めるようになりました。(過去記事)。

紙プリントは読み方を学ぶためではなく、読めるようになってからのおさらいのためにやっていました。(あと宿題用に)

時計の短い針は、数字そのままを読めばできるのですが、長い針は「5,10,15、20・・・」という5のスキップカウントの力が必要です。
(娘の場合、アプリで遊ぶうち、場所で覚えてしまった部分が大きいですが^^;)

時計アプリと同様の、5の倍数の、穴埋め問題。(一部)
tokei01


5のスキップカウントができれば、5分刻みの時計は読めるようになり、そこから2つ移動すれば7、3つ移動すれば8という感じで(5+の足し算ができれば)1分刻みも読めるようになりました。
(1分刻みで読める力が必要かどうかはともかく。
「9時7分に集合」とかないですからね、笑)

ところが、時計アプリだとできるのに、一般の時計プリントだと娘には難しい部分がありました。
それは
…洪砲凌砲目盛まで届いていないから
読み方がわからないのではなく、空間認知の問題です。

娘のように空間認知が弱い子は、頭の中で針を延長して(想像で足りない分を補って)読むことが難しいようです。

たとえばこんなプリントです。(ネット上の無料プリントの一例)
tokei2

こういう、針の長さが足りないプリントだと、娘は間違えることがたびたびありました。

比較的長針の長さが長いものは、ちびむすドリル(の一部)です。
↓針がめもりに届いています。
chibimusu

(ちびむすドリルから画像をお借りしました)

また、針の長さはやや足りませんが、30分刻み、10分刻み、5分刻み、1分刻みと分かれた問題がたくさんあって使いやすかったのは「算願」の時計プリントです。

私の自作プリントはワードで作っていますが、針を「図形ツール」で作っているので、自由に針の位置を動かして新しい問題を作ることができます。(笑)

tokeipri



短針が難しい

実は、娘は長い針よりも短い針の方が難関でした。

短い針の方が余計にめもりから遠いというのもありますし、
針に近い方の数字を言ってしまう、という「あるある」もありました。
(3:55だったら、短い針が4の方に近いので「4時55分」と言ってしまうという)
数字の若い方だと、上の方の数字を言えばいいのに、ぐるっと回って左側になると、下の方の数字を言わなければならないのも、混乱の元だったようです。
(どうも位置関係で覚えようとしていたようです)

そこでこんな問題を作り、「ふたつの数字の間に針があるときは、(上下関係なく)小さい方の数字を言うんだよ」と理解したら、できるようになりました。
tokei02

短針のみの問題も作りました。
tokei03

わかっていないのか、それとも空間認知の問題なのかがはっきりわかるよう、短針に延長線の点線をつけてみました。
tokei04



ダウンロードはこちらから。
https://drive.google.com/drive/folders/0B31fHTDqXEGbR0JSenRvbWtiWms?usp=sharing

<買い物足し算プリント>

足し算ができるようになったので、二つの商品の値段を足してだいたいの金額がわかるようになればいいなと思って作ったものです。
(プリントの前に買い物練習カードでさんざん練習しました。過去記事

2+3=がわかれば20+30や200+300がすぐわかる、というものではないですが、娘の場合は、10までの足し算プリントに目の前でゼロをひとつずつ手書きで付け足していき、「ほら、今までできていたプリントにゼロがひとつついただけだよ」というのを強調したらピンときたようで、できるようになりました。(過去記事

まずはじめはひっ算でやっていましたが
okaimonohissan02


暗算でできるためには、横書きでもできるようになること。

はじめは位ごとに色を変えたプリントで
a10kaimonopri

(緑は緑、青は青、赤は赤同士で足すんだよ、という具合に)
そのうち色分けをなくし(黒枠のみにし)、
b10kaimonopri

やがて位ごとの枠をなくし
c10kaimonopri


最後は値段を見て答えだけ書いて、手持ちの1000円または500円と比べて買えるかどうかを問う問題へ。

d10kaimonopri


たとえば700円が1000円より多いか少ないかがわからない場合は、お金学習カードでシェアしたお金トランプなどを使って教えるといいかも。
1000円札の裏に100円玉10枚が印刷されているので、700円のカードと比べてどっちが多いか目で見て確かめられます。(500円玉も同様)

足し算のない、ひとつの商品が財布の残金と合わせて買えるか買えないかというプリントも作りました。

tarirutarinai01


5円や50円が2枚以上のときは、5のスキップカウントの学習が必要です。(過去記事


ダウンロードはこちらから。
https://drive.google.com/drive/folders/0B31fHTDqXEGbR0JSenRvbWtiWms?usp=sharing


長くなったので、続きはまた。

なぜ途中から自閉症っぽくなってきたのか

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【追記】いくつか追記しました。
小さいお子さんをお持ちで、余計な心配をしたくない方は、ここでUターンしてくださいませ。^^;

*             *          *

先日アップした動画をごらんになった方の中には、「あまり自閉症スペクトラム(ASD)を合併しているようには見えないな」と思われた人もいるかもしれない。

目も合っているし、ニコニコしているし、私の声かけに対する反応もよい。
私も、娘が保育園に入園するまでは、自閉症スペクトラム(ASD)の疑いなんて全然もっていなかった。

集団に入ってから、なんというかじわじわと、出てきた感じである。

最初は健常の子に比べ(社会性も含め)いろいろ遅れていることもダウン症だからだと思っていた。

それまで出ていた二語文が引っ込んだことも、保育園に入園してからだったので「健常児ばかりの集団に入って、話すことに自信を失っているんじゃないか」と考えていた。

今は、娘にはASDの面があることははっきりわかっている。

*           *           *

過去記事で、ASD合併のダウン症のあるお子さんには2タイプあると紹介した。

ひとつは、ごく小さいころから自閉症の症状が出ていたお子さん、
もうひとつは、途中まではほかのダウン症のあるお子さんと同じように育ってきて、あるときから急に自閉症のような症状が出てきたお子さんである。

うちはどちらかといわれたら後者のタイプである。

自閉症オンリーのお子さんの中では「折れ線」と呼ばれるタイプに当たるのかもしれない。

娘はどうして(はじめからでなく)途中からこのような症状が出てきたのだろうか。
また、どうしてマンツーマンだとこちらの言うことがわかるのに、集団に入ると耳が聞こえなくなったように、こちらの指示が通らなくなるのだろうか。
どうして語彙はかなり多いのに、それを自分のことばとして組み立てることができないのだろうか。そして本で読んだフレーズや歌の歌詞の丸暗記をそのまま話すのだろうか。
(いまだに「お母さん」とは呼ばれません。ことばはけっこう特徴的です)

ほかにもいろいろと娘の行動について疑問に思っていたことがあったのだが、それらすべてをうまく説明する理論を解説してくれる記事に出会い、興奮した。(笑)

娘が生まれてまもなくからずっと勉強させていただいているこちらのブログ。
お父さんのそらまめ式自閉症療育
http://soramame-shiki.seesaa.net/
ものすごい情報量で、娘のASDがわかる前から何度も読ませていただいている記事もあれば、まだ未読のものもある。
【追記】スマホからの方はぜひPCモードでご覧ください。左側に目次のようなものがついています。

この記事の中に、自閉症をどう理解したらいいかという新しい仮説が載っていて、なるほど!と思ったのである。
長いシリーズ記事なので、まとめページも作ってくださってある。↓

http://soramame-shiki.seesaa.net/article/24739116.html

この方はこの仮説を解説した本も出版されているのだが、それも読んだ。
ブログ記事でも感動したのだが、本で読むのが断然おすすめである
(とてもわかりやすく、面白い。)

『自閉症―「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育』  (藤居 学/ 神谷 栄治  新曜社)



ブログ記事や本を読んでいただければ、私からつけ加えることは何もないのだが、要するにこういうことなのである。

私なりのイメージでたとえると、

ベルトコンベアで卵が運ばれてくる。
それを10個ずつパック詰めして、出荷する。
(まあ、実際は機械でやってると思いますが)

kenjou


いらすとやさんのイラストを使わせていただきました。いつもありがとうございます)

卵は、脳に入ってくる情報のことである。
パック詰めが、情報を処理することである。

上の図は健常児の脳の中である。

流れてくる卵の量と、パック詰めする従業員の人数のバランスがとれており、滞りなくパック詰めして出荷できる。

出荷するというのは、ひとつひとつの知識や経験(卵)をもとにルールを導き出し(パック詰め)、社会に適応できるということを意味する。

カナータイプのお子さんの脳の中はこうなっているという。

kana-


パック詰めする従業員が少なく、パック詰めが間に合わなくてベルトコンベアがとまってしまう。
(従業員がひとりかふたりかは個人によりますが、要は手が足りない)

これは、カナータイプのお子さんの場合、脳の情報を処理する部分が苦手である(障害がある)ことを意味している。
【追記】:周りの情報から不要な情報をカットし、必要な情報だけを取り込むことが苦手なお子さんは、卵自体の量も多くなりがちである)

余談だが、重度の知的障害のあるお子さんに自閉症のあるお子さんの割合が多いのは、もともと従業員自体が少ないことを考えれば説明がつく。

自閉症のない知的障害のお子さんはこうである。

chiteki


流れてくる卵の量とパック詰めする従業員の人数とのバランスがとれており、ゆっくりながらも滞りなく出荷できる。
つまり周りの環境から取り入れる情報量は少ないものの、処理能力と見合っており、ベルトコンベアが止まることはない。
これが一般的な(ASDのない)ダウン症のあるお子さんなのだろうと思う。
(卵の量や従業員の数は恣意的なもので、実際は個人によりさまざま)

アスペルガーのお子さんの場合はこうである。

aspe


パック詰めする従業員の人数は健常児と変わらないが、大量の卵がどどどっと送られてきてパック詰めが間に合わず、ベルトコンベアがとまってしまう。
(膨大な情報を取り入れ、記憶するがゆえに、処理しきれない)

いわゆる「折れ線型」のお子さんの場合は・・・

oresen

小さい頃、まだ単純な環境にいて処理すべきことが少なかった頃はなんとかやっていたが、あるポイントあたりからバランスが崩れて処理しきれなくなってしまう。

つまり自閉症というのは、流れてくる卵の量(周りの環境から情報として取り込み、記憶する量)とパック詰めする従業員の数(入ってきた情報を処理し、そこからルールを見出して学ぶ力)のアンバランスだというのである。

(本に書かれていることをものすごく単純化しています)

これをそらパパさんは「一般化障害仮説」と呼んでいるが、この仮説のすごいところは、上のように自閉症といってもいろいろなタイプがあるが、それをすべてひとつの理論で説明できることだ。

また、自閉症にはスペクトラムがあるが、それも個々人の情報入力の度合いの違いと、処理能力の違いのバランスがそれぞれなので、それによって生じる違いだと考えることができる。

*         *          *

娘のように「途中から」自閉症の症状が出てきた子の場合は、家の中で母親とかかわっているだけだったり、少人数の中で刺激が少ないところだったり、世界が狭く覚えるべきことばなども限定されていたときは、なんとかなっていたということなのだ。

この説は「なるほどー」と思う。

娘はある場面では自閉症がないように見え、ある場面では自閉症っぽさ全開になる。(笑)

そのことも上のことで説明がつく。

集団に入ると全開になるのは、刺激が多すぎる、つまり情報量が多すぎるということから来ているのだろう。

この理論は療育や娘の環境を整えていく上でとても参考になる。

本にも書かれていたが、自閉症のあるお子さんには、刺激多すぎはやはり禁物なのだ。

幼児の頃は、娘のSTは独房のような部屋でやっていただいていたっけ。
今も支援学校で学習するときは、壁に向かって、間仕切りのあるところでやっている。
(これはみんなそう。自閉のお子さんが多いので)
くもんでは、集中するのが本当に大変だった。
誰か来るたびに体ごとそっちに向いてしばらく目で追ってしまうし、電話がかかってくると全力で注意がそれてしまう。

「大事なこと」と「無視すべきこと」を分けることができず、どれもが同じくらいの重要性をもって入ってきてしまうからだろう。(卵が多すぎてしまう)

だから、余計な情報は極力カットしていくに限る。
娘が将来作業所などで仕事をするとしても、そのような環境が望ましいだろうと思う。

【追記】また、情報量が多すぎて混沌とした状態では、どういう行動がよくてどういう行動が悪いのかもわからなくなりがちである。
いいことと悪いことがわかるよう、娘のとった行動に対してこちらからフィードバックをわかりやすく返していくこと。
(よいことをしたらほめる、というABA的な。)
そしてこれは私には新しい情報だったが、「無理な般化を求めない」ことも書かれていた。

自閉症のあるお子さんはひとつひとつのことを記憶することは得意でも、それを複雑な現実場面で応用することが苦手である。
そこで、ある場面ではできるのに、別の場面ではできなくなってしまうということがおこるので、どの場面でも応用できるように訓練することが「般化」である。

しかし、これもあまりやると情報が処理しきれなくなり、スキルが後退するといったことが起こると書かれていた。

これは娘のことばにも言えるなと思う。

娘は記憶力はいい方だと思うので、語彙力は多い。長い横文字料理の名前を一度聞いたらすぐに「〇〇〇食べたい」などという。
それはいわば流れてくる卵に相当するものだ。
それをパック詰めして出荷、つまり文法ルールを見出したり自分のことばに組み立てて日常会話で使うことが難しい。
だから、複雑な現実の生活で自分を表現できるようにといった大きな目標は掲げずに(笑)、ひとつひとつ、こういうときはこのセリフ、というように、個別のやりとりのパターンを積み重ねていけばいいのかなと思った。
オーバーフローしないようにすることを心掛けたい。

この本はとても良かったので、図書館で借りたのだけど自分でも買って手元に置きたいと思った。
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働く主婦

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ダウン症をもつ末娘の子育て記事と翻訳関連の記事がごちゃまぜになっています。^^;
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