働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

働くことについて

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最近、SNSを通じて知的障害のあるお子さんが高校卒業後も学べるカレッジについての話が舞い込んでくる。

もちろん、新しい選択肢が増えることは喜ばしいことだし、それに興味を示す親御さんも多いことだろう。
ただご家庭により考えはいろいろだろう。個人的には、自分自身のことを考えても、うちの子は早く社会に出した方がいいのではないか?と思う部分もある。

その辺の今の気持ちを書き出して整理してみたい。

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先日こんな記事を読んだ。

「一度も働いたことない40〜50代大卒娘」を抱えた高齢親が増加中」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51910

学歴だけは高いけど、いい年をした独身女性が「家事手伝い」「花嫁修業」などの名目で家に入ったまま、40−50代になってしまったという事例が多いという記事である。

子供がニートになる原因はさまざまかと思うが、長期化すればするほど社会には出にくくなるものらしい。
(もちろんうちの兄などのように心の病気の人は別。兄も50過ぎるまで一度も就職したことがなかったのだが、それはやむをえないだろう)

上の記事でも、もう今さら社会復帰できない(一度も出てないのだから復帰とは言えないだろうが)人が多いようだ。

言えるのは、「いくら学生期間を延長しても、社会に出る心構えはできない(別問題)」ということである。(学生期間を延長すればするほど社会に出る心構えがよりつくわけではない)
社会に出る心構えは、社会に飛び込んで、実地で身につけていくしかないのでは?というのが個人的な考え。

やはり若いうちの方が適応力があるし。

それは就労だけではない。
寄宿舎など、親を離れて暮らすことも同じだと思う。

「こんなに赤ちゃんみたいなのに、他の子よりゆっくりなのに、もう親と離れて暮らすなんて!」と反対する配偶者と意見が合わず、なかなか寄宿舎に入れられないというご家庭もあるようだ。

私は、なんでも、ゆっくりなら早めにスタートして、慣れる期間を長く設けた方がいいのではないか、と考える方である。
慣れるのに時間のかかる子だから。
ぶらぶらしてしまう期間が長いと、どんどん社会に出るのが怖くなってしまわないか?というのが心配だ。

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うちの上の子たちは、ふたりとも一応進学校に通っている。
(進学校といっても、職業科のない学校、というくらいの意味のレベル(笑))

そこでは、大学に入るための授業しかなく、就職スキルや心構え、働く意欲を培うような授業は(職業科に比べ)極端に少ないと言える。

なので、上ふたりとも、高校に出たら働きたくない。(笑)
息子曰く「社会に出るのが怖い」のである。(=世間の荒波にもまれるのが怖い)

まあ、どんなものかわからないのだから、怖いのも無理はない。
なのでそれを引き延ばすために、進学したいという。

私は、「明確な目的がないなら大学は行く必要なし。高校出たら働け」という考えである。
モラトリアムのために出す金はうちにはない、と子供には常々言っていた。
(私も旦那も家から進学のためのお金は出してもらっていないし。旦那は新聞配達しながら学費をためた。私は自宅通だったので奨学金と授業料免除でなんとかなった)

ところが、ふたりとも一応、やりたいことを見つけたようなので、進学はしていくだろうと思う。

まあ今は家にいるからそう思っているので、一度家を離れたら、考えが変わるかもしれないと思う。
私はそうだった。

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父子家庭にてずっと家事と学業の両立が大変だったので、家を出ることを楽しみにしていた。(=家事が減って自由時間が増える。家から通える大学だったので家を出たのは一年限定だったけど)

学生の中には、入学後五月病になって精神的危機に陥る人もいるが、実は私も危なかった。

それまで家庭の中で役割が与えられていたのに、急に学生という宙ぶらりんな身分になり、社会との糸が切れてしまって、どうしていいかわからなくなってしまったのだ。

一人になったら好きなものを作って食べようと思っていたのに、それまで毎日ご飯を作っていたのに、何も作る気が起きなくなった。

家庭の事情で入りたかったサークルにも入れないことがわかったこともあり、本当に家と大学の往復だった。
(2年からは自宅通で家事があるため高校のときと同様、サークルは無理だということがわかったのだ。管弦楽に入りたかったのだが・・)

大学は高校と違いホームルームもないし、決まった座席もない。
社会とのつながりがまったくなくなり、一から自分で築いていかなければならないのである。
つまり、今ここで自分が死んでもしばらくは誰も気づかないだろうし、誰も困らないという事態に生まれて初めて直面した。それが学生というものだったのだ。
そしてそれは、それまで役割を与えられて自分の居場所があった私にとっては、耐えがたい空白だったのである。

それまで窮屈に感じていた家事という束縛が、実は自分の居場所を与えてくれていたことに初めて気づいたのも、この頃だった。

社会との糸が切れた私は、一刻も早く社会に出たい、社会を動かす歯車のひとつになりたいと切実に思ったものだ。
気が付くと毎週帰省していた。(笑)
大学4年の頃は教授から院はどうかとも言っていただいたが、「早く就職したいです」と言って行かなかった。
(まったく心動かされなかった。お金がなかったのもあるけど)
学生はニートではないけれど、そして勉強も一応がんばってはいたけれど、やはり宙ぶらりんな身分には耐えられなかったのだ。

昔は15歳といえばもう大人として扱われ、社会の役割を背負っていたと思う。
今はそれがどんどん引き延ばされているけれど、果たしてそれは幸せなのかどうか?と私は自分の経験から思うのだ。

勉強は自分のため、でも仕事には役割がある。他者との関わりがある。
いい年をした人間が自分のことだけを考えている期間が長いのは、不健全ではないか。
人の役に立つ喜びを早く知ったものが、幸せではないか。
そう思って、子供たちには早くから家の手伝いや家事をやらせていたのだが、子供たちのセリフを聞くと、うまくいったとは言えない。^^;
でもやはり家から出れば考えが変わるかもしれないな。
親がいれば、やはり家事は役割というよりは「こずかいをもらうための条件」に過ぎなくなってしまうからね。

いずれにせよ、子供たちは全員、一度は家から出すことは、決めているのである。

それに、学生の生活パターンは労働者の生活パターンとは違う。
私は就職してから、一度大学で崩れた生活パターンを戻すのに苦労した。
遅刻せずに毎日職場に行くことがこんなに大変だったとは・・・と思ったものだ。(笑)
高校卒業後だったら全然平気だったと思うけどね。
何しろ高校のときは毎朝5時起きだったから。
大学4年では授業も少なく、卒論に集中していたため、夜中の2時3時まで勢いでやって朝は10時まで寝てる、みたいな生活パターンが身についてしまっていたのだった。

それと、学生ではなかったけれど、15年以上在宅で翻訳をやったのちに外で働き始めるのはやはり勝手が全然違い、かなりの別なエネルギーを要した。

たぶん早いうちから就職すれば、そのままいけるのではないか?と思ったりする。

だから、上の無職女性の記事とも合わせて、私は長く学生でいることのデメリットもあるのではないか?と思うのだ。

星の王子様を書いたサン=テグジュペリは

「自分の役割に気づいたとき、人ははじめて幸福になる。」という言葉を残している。


また、こうも言っている。
「真の幸せは自由の中にあるのではない。
幸せは、義務の甘受の中にある」


私はそれに大いに共感したものだ。

娘には、働く喜びを早く知ってほしいと思う。
それが作業所だろうと、なんだろうと。
お金になろうと、なるまいと。
健全な心の発達のためにも。

もちろん、高校で学ぶことをやめる、ということではない。
学ぶことは、働きながらでもできる。
働くこと自体が学びでもあるのだが。

私個人で言えば、今はランチ産業の一端を担っている肉体労働をする毎日である。(^^)
以前も書いたが私は転職が多くいろんな職場を体験してきているが、それは自分の中で本当に学びになっていて、それもまた働くことのモチベーションになっている。

大学で学ぶことなんて、大したもんじゃないと思う。
まあ私の通った大学が大したものじゃなかったからかもしれないが(あと文系だからというのも大きいと思うが)
そこで学ぶのは学ぶことの入口にすぎず、学ぶことは一生続く。
働いてから学んだことの方が、自分自身は大きかったからかな。

だから、娘も学ぶことをやめてほしくないと思うけれど、それは必ずしも高等教育ではないなあ、と思ったりする。

ということで、就労支援型デイサービスというのにも興味津々な私である。
もし見学に行けたら、また書きたいと思う。

10歳のお誕生日と今後のブログについて

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あっという間に月が変わってしまったが、先月娘は10歳の誕生日を迎えた。

娘が生まれて10年。
私も、娘の母として10年経ったということでもある。

10年かかって、個性的な娘との付き合い方も、少しはうまくなってきたかなと思う。
5歳で自閉症スペクトラムと診断され、一般のダウン症のある子どもたちとも違う、娘の独特な世界とどう付き合っていったらいいのか、戸惑っていた時期もあった。

子供は、目を輝かせて全力で遊ぶべきじゃないか、という思い込みもあったため、公園や遊び場に連れていっても、見てるだけで決して遊ばない娘を見て、なんとかならないものかと思ったり。(笑)

意味のない同じセリフばかり繰り返し繰り返し言う娘にげんなりすることもあったり。

ほとんどしゃべらない娘に(しゃべれない、ではないが)どうしたらお話ししてくれるかな、と思ったり。

しかし母も少しは成長した。
今は、そんな子もいるよね、と思えるようになってきたかな。

野球だって、やって楽しむ人もいれば、見て楽しむ人もいる。
音楽も、楽器を演奏して楽しむ側の人もいれば、聴いて楽しむ人もいる。

みんながみんな、「やる側」になり、「あたしがあたしが!」とステージにのぼってしまったら、ショーは成り立たないし、チケットもCDも売れない。(笑)

娘は、人が楽しそうにしているのを見るのが好きなんだと思う。
それはそれで、いいんじゃないかなと、思うようになった。

おしゃべりのことも。

実は私も若い頃は全然しゃべらなかったし、高校生の姉ちゃんも寡黙だしね。
これは血筋かな。
いくらダウン症といったって、性質も遺伝しているわけで。
これは療育の対象というよりは、個性の範疇でもあると思う。

それに寡黙な子には、メリットもあることにもこのごろは気づいた。

公共の乗り物やスーパーなど公の場にいるときは、本当に長時間静かに大人しくしていられる。(飽きずに人間ウォッチングを楽しんでいる)

大人の知的障害のある方に、乗り物の中でよく話しかけられるが、降りるまでずーっといろんなことを聞かれたりする。大きな声で。
(雪はいつふるの?どうして?今は冬?どうして?冬はいつくるの?・・・等延々と)
それは身内に障害者のいる人なら辛抱強くつきあっていられるだろうけど、そうでない一般の人には迷惑に感じられることもあるかもしれない。

だから、しゃべらないことは悪いことばかりではないわけだ。

まあ、長年の勉強の成果で、かつてはとんちんかんになりがちだったやりとりも、聞かれたことには(単語だけど)ちゃんと答えられるようになってきた。
デイの様子や、学校での出来事も、聞けば単語でなら答えてくれる。
(今思うと、疑問詞などがわからないか聞き取れず、聞かれていることがわからなかったから適当なフレーズでその場をやり過ごしていたんだと思う。そう考えると可哀想なことをした)

以上のこともそんなに深刻に悩んでいたわけではなく、強いていえばこうだったらいいのにな〜と思っていた、くらいのことなんだけど。
普段は親子で楽しく過ごしている。

そんな娘だが、支援学校やデイではいろいろな活動に参加したりお話ししたりしており、たくさんのことを伸ばしてもらってきたと思う。
社会性、お友達への関心、人の役に立つよろこび、自信、やりとりの力など。

しゃべらなくて大人しいけど、いつもにこにこの娘。
今も毎日いろんなデイに通っているが、娘なりにがんばって適応しているようだ。

*       *      *

さて、10歳のお誕生日プレゼントだが、ここにも進歩を感じた。

娘は物欲がなく、誕生日プレゼントにこれほしい、とはっきり言ったことがなかった。

これまでも誕生日プレゼントは母が勝手に買うか、いくつか候補をあげてこの中からどれがいい?と聞くかだった。
学童などでプレゼントをもらっても、家に帰っても中身を確かめもしない。
クリスマスプレゼントも基本ガン無視。(笑)

そんな娘だが、今回は明確に、ずっと前からほしいものを言っていた。
それも、お友達がもってるものをほしがって。

児童デイでは支援級の子が多く、みんながもっていて支援学校の自分がもっていないものに目が行くようになり、それを欲しがるようになったのだ。
たとえばランドセル。(まあ持っているけど、ナップランドだからちょっと違うと思ったのか?)
鍵盤ハーモニカ。
県下の小学一年生全員に配られる防犯ブザー。(ふくろうのマスコットキャラクターなのである)

人の持ち物を見てほしがり、「〇〇を買って」というようになった。
そして他の子のランドセルの中身をすごく気にしている。

これって娘からしたらすごい社会性の成長だと思う。
(まあ、人のランドセルの中を見ようとして怒られたこともあったけど^^;)

保育園の頃は、ひとりだけ他の子と違っても全然平気だったし、みんなを見て自分も、ということがほとんどなかったのに。
(たとえば年長なのに自分だけ食事エプロンをまだつけていたり、ひとりだけエジソン箸だったりしてもプライドが傷つかないというか(笑)全然気にしなかった)。

というわけで、今年のプレゼントは娘の再三再四の催促による「鍵盤ハーモニカ」


鍵盤がピンクである。

娘は大喜びで、ケースから入れたり出したり何度もやっていた。
そして「たのしかった」「すてきだった」と言っていた。
(今の気持ちを表す言葉も、たまに出てくるようになった)

初めて鍵盤ハーモニカを吹いた動画がこれ。



鍵盤に、付録のドレミファシールをはってある。

鍵盤ハーモニカ、声の小さい娘には、肺活量を鍛えたり、しっかり口を閉じないと息がもれたりするので口周りの筋肉も鍛えられるし、いい練習になると思う。

さっそく雪やこんこんと子犬のマーチの楽譜を作ってみた。
yukiyakonkon


将来、カラオケは確実に趣味になると思うけど、何かひとつ楽器を楽しめるようになるといいなあ。

*          *          *

さて、お誕生日当日恒例のインタビューですが、10歳を節目に、今後の成長記録などを一部限定公開にすることにしました。

お年頃の娘の日記や(たいしたことは書いてないにしろ^^;)語録やインタビューを本人の了承なく全世界に発信するのはまずいかな、と思って。
(ここは各御家庭のお考えかと思いますが)

livedoorブログは記事まるごとではなく記事の一部だけを限定公開できる仕様になっています。

そこで、成長記録も、ほとんどの成長記録はこれまで通り公開、日記や語録やその他これはプライベートなことだなと思うところは最後の部分で限定公開することにします。
(限定公開でもこれまで通り写真の顔出しはしない予定です)
発音練習の成果の動画などはこれまで通り全体に公開しようと思っています。

もし、娘の成長を今後も見守りたいと思う方がいらっしゃいましたら、障害児を育てている方か支援者の方に限りお気軽に申請してください。

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申請するには、ご面倒ですがlivedoorユーザー登録をし、livedoorIDを取得してください。(無料)
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いずれの方法も本名を名乗る必要はありません。ただブログをお持ちの方はブログのURLを、ブログのない方は障害児を育てているか支援者であるとわかるメッセージを添えてください。メッセージのない場合は承認できない場合があります)

以降、アメンバー限定記事などと同様、livedoorにログインした状態なら、livedoor IDを登録した方はそのまま限定記事を見ることができます。

以下は

お誕生日会恒例のインタビュー。
出だし、声がちっちゃくて(距離も遠かったけど)ほとんど聞き取れないが、後半だんだん声が大きくなってきた。

声の大きさはともかく、去年のインタビューと聞き比べてみると、発音がよくなっている
今、9歳のインタビューを聴いてみると、
去年は「どうぶつえん」は「おぶつえん」
「おとうさん」は「おおーはん」、「はと」は「はお」としか聞こえないもんね。
去年の今頃はまだタ行が言えなかったんだね。

今年のインタビューでは、答えにまだ発音できないカ行が多く含まれているのでまだまだ不明瞭だが、今はガ行もきれいに出せるようになっているので、来年のお誕生日には「かきくけこ」も出せるようになっているかな?と期待。

まあ、小さいお子さんの親御さんが見ると「10歳でこのくらいしかしゃべれないの?」と思われるかもしれないが、周りの同い年のダウン症のあるお子さんたちの方がもっとたくさんしゃべるし声も大きいし会話もスムーズです。
そこは、個人差ですね。うちはダウン症のあるお子さんの中でも会話は苦手な方です。続きを読む

無料シェア教材・文法絵カード・プリントその2 助詞

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自作教材をシェアするシリーズ。
今回はダウン症のあるお子さんの鬼門?助詞です。(笑)

助詞を教える絵カード(「を」と「で」(目的格と手段)、「が」と「を」(主格と目的格)、「を」と「に」、「に」と「と」)、それとおさらい用の練習問題プリントをシェアします。(全部で92枚)
基本、娘が間違える→作る、という流れでやっているので、今のところこんなラインナップになっております。

「を」と「で」以外は対比させるために母の絵になっておりますが^^;
使えそうならどうぞ。

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<助詞を学ぶ絵カード>


●「を」と「で」(目的格と手段)
「テーブルでふきました」などと言ってしまう娘のために作ったもの。

目的語(テーブルを)と手段(だいふきんで)の助詞が使い分けられるようになったらいいなと思って作った。

demo

いつものように、表にイラストと文、裏はイラストと、助詞の部分が空欄になっている。
表をさんざん読んだあと、裏だけを見て言える練習をし、プリントでおさらい。
たくさん例文を読むうちに、感覚的につかめてくるといいなと思って。

joshi01


こちらのカードはいつものいらすとやさんからお借りしました。いつもありがとうございます。

●「が」と「を」(主格と目的格)
これは、娘が4歳くらいの頃のSTで、「うさぎがパンダを洗っている」と「パンダがうさぎを洗っている」の絵カードの違いがわからなかったことを受けて作った歌絵本から。
過去記事

日本語の場合、英語と違って、大事なのは語順ではなく助詞である。
「うさぎがパンダを洗っている」と「うさぎをぱんだが洗っている」でも、助詞の違いを聞き分けて違うカードが選べる力が必要なのだ。

なので、このカードは語順は同じにそろえて、助詞のみかえてある。
joshi02


●「を」と「に」
これもけっこう娘には区別が難しい。

日記で「ねこにえさをあげました」という文をさんざん書いているので、「ねこ(   )だっこしました」という文も「に」を入れてしまう。
「ねことくれば「に」だ」と思っているのである。
しかしこの場合、助詞はうしろの動詞によって決まるのだ。

どういうときに「に」で、どういうときに「を」を使うのかは、私たちでもなかなか説明できない。よって英語を学ぶときのように、これは丸暗記しかないと思った。
(「彼女にあやまる」はapologize herなのかapologize to herなのか。それは私たち外国人には丸暗記しているからわかるのである)

そこで、基本的な動詞について、すべて「ねこ」に統一したカードを作ってみた。(笑)
(猫好きなので)

josh03

動詞リストは
あげる  あこがれる  あやまる  あまえる  あう
ばれる  ちゅーをする だっこする  電話をかける  話しかける
ひっかかれる  ひっかく  かす  かつ  かわいがる  くばる
くすぐる  まける みとれる  みつける  もらう  なでる
にがす  おどかす  おいはらう  おいこす  おこす  おもいだす
おしえる  ささやく  さわる  しらせる  そだてる  たすける
たたく  手紙を書く  てつだう  とどける  つかまえる  わたす
よぶ  ぶつかる ちかづく  ほほえむ  ほめる  いじめる  かむ
きびしくする  さがす  さそう


まあ、基本的な動詞で抜けているのもあると思うが。(笑)
(一応「うごきのことばえじてん」 から拾いました。)


●「に」と「と」
なんかのときに間違えたので作ってみたもの。
joshi04


以上の絵カードの一括ダウンロード(PDFファイル)と編集可能ファイル(ラベル屋さんHOMEにて編集)はこちらから。

https://drive.google.com/drive/folders/0B31fHTDqXEGbTDM5Sjl0MFR3aGs?usp=sharing

<助詞プリント>


上の絵カードをプリントにしたものと、宿題用に作った文字だけのプリント。

STの先生には、やはり意味と結びつけるためには、イラスト付きで学習した方がよいと言われており、イラストを入れている。

joshipri02

こんな感じ。

「を」か「が」を入れましょう、のようなヒントのついたバージョンとないバージョンがある
でもこれだと、どちらかがわかればもう片方がわかってしまう、ということになるので、単品バージョンのプリントも入っている。
demo03

この方が難易度が高いはず。(そしてノーヒントならなおさら)

こちらは文字だけのプリント。
joshipri01

これからも作ると思う。

このプリントは一般的な単語になっているが、娘個人のプリントは、娘個人の体験に合わせた単語を使っている。
(たとえば「公園」は、娘がよく行く場所の名前、「歌」は娘が好きな歌の名前など。)

以上のプリントの一括ダウンロード(PDFファイル)と編集可能ファイル(ワードにて編集)はこちらから。
https://drive.google.com/drive/folders/0B31fHTDqXEGbTDM5Sjl0MFR3aGs?usp=sharing
「を」か「が」を入れましょう、などのヒントがあるものは「助詞printillust」、ヒントなしのバージョンは「助詞priillustnohint」、文字のみのプリントは「助詞pri01」となっている。

障害児母の就労と総合特別支援学校?

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児童デイ閉鎖の件でご心配おかけしましたが、結局、ギリギリでクビは免れました。(´▽`)ノ

コーディネータさんがいろいろ動いてくださって(私が動いても「コーディネータさんを通してください」と言われてしまうので・・・)紆余曲折を経てようやく残りの日を引き受けてくださる事業所が見つかった。

自分とこの事業所を選ばなかった私たち親子なのに、引き受けてくださったのは、やはりデイサービスというのはまったくのビジネスではなく、福祉と言う目的をもっていることの表れだろう。本当にありがたい。

ただし通えるのは6月から。決まってからもしばらくは職場に迷惑をかけることになったが、ともあれやめなくて済んだ。
やはり代わりの事業所を探すには一ヶ月はかかるなというのが実感だ。
だから契約書には閉鎖の30日前に利用者に伝えなければならないことになっているのだ。
今後デイサービスに参入する事業所の経営陣の方々には最低限それを守ってもらいたいものだ。
閉鎖は致し方ないとしても、30日前に言ってもらってあったら会社には迷惑かけずに済んだのだから

(それに本人も気持ちの切り替えが難しい。直前まで「また来週ね〜」なんて言われてたのが急になくなったのだから。しばらくは閉鎖した事業所の名前ばかり言っていて、「もう○○(事業所名)はなくなっちゃったんだよ」と言ってもしばらくするとまた名前を言う、の繰り返し。毎日言っている^^;)

まあ、旦那などは、私の実父が老健に入所した時期と重なったこともあり(今まで入院していた病院よりもっと遠くなった)「無理しないようにってことなんじゃない?」なんて言ってくれたのだけど。

今一番上の子たちにお金がかかる時期だし、また職場に戻れそうでほっとしている。

*     *      *

障害児母が仕事をするのは、やはり大変な面もある。

もちろん、「障害児がいる=仕事ができない」ってわけじゃなくて、それぞれの環境によるのだけど。
障害児がいてもバリバリ仕事をしているお母さんもいるけれど(フルタイムとか)、それはやはり、祖父母が代わって子育てしてくれるとか、送迎をしてくれる人がいるとか、いろいろな条件が重なった場合ではないかと思う。障害児に限らず、小さいお子さんのいる家庭もそうだと思うが。
また、仕事を続けるか、やめるかについては母の考え方ももちろん影響すると思うが。

この場合は、「働きたくても働けない」状況のことである。

茨城キリスト教大学による調査では、やはり障害児母の方が就労率が低く(55% vs 68.5%)、特に母子家庭での経済的困難が著しいことが示されている。1)

私の周りにも、仕事をやめたお母さんがけっこういる。
お子さんがふたりとも障害のあるママ友は、平日はなんとかなっても夏休みがどうにもならない。ふたり同時に同じ日にデイサービスを入れてもらうことは不可能なので、毎年夏休み後にバイトを始めては、次の年の夏休み前に仕事をやめる、の繰り返しでやりくりしている

赤ちゃんが風邪やウイルスばかりもらってくるので保育園に通うのをやめるために仕事をやめたお母さんもいる。

お子さんの登校支援をするために仕事をやめたお母さんもいる。

私も今は、娘の登校支援が最優先。
そのためには、11時ごろ家を出ればよい今の仕事がちょうどいい。
(ひとり登校が実現したとしても、しばらくはGPS機能での見守りが必要だろうから)

子供に合わせて仕事をし、子供の手が離れたら自分の本当にやりたい仕事をしたいと思う。
(と、高等部のお母さんも同じことを言っていた)

とはいえ、障害児母の抱える今の状況のままでいいと思っているわけではない。

ひとつの期待としては、「総合特別支援学校」という考え方がある。

<総合特別支援学校とは?>


総合特別支援学校というのは、障害種で分けない支援学校のことである。

現在、ほとんどの学校は、知的、肢体、ろう、盲、病弱、など障害種が分かれている。
(それぞれ別の学校である。)
しかしそうなると、たとえばろう学校だと県下で2校しかなく、自宅から通うのは不可能だったり、小学一年生から寄宿舎に入らなければならない、などのことが出てくる。
(自分ちから一番近い支援学校が、我が子の障害種であるとは限らないのだ)

しかしもし、支援学校が障害種で別れなくなったらどうだろう。
自分とこの地域の家から一番近い支援学校に通えるのだ。
そうなると送迎時間がずいぶん少なくて済む。

たとえば、うちの地域だと、肢体不自由の支援学校は知的に比べ数が少ない。

そこで、肢体不自由の子のお母さんは、往復2-3時間かけて毎日送っている。医療的ケアがあると、スクールバスにも乗れない。
もう、子供の送迎が、母の仕事なのである

これが、地域の支援学校に通えるようになれば、全然違うのである。

この障害種を越えた特別支援学校は、すでに京都市では平成16年に実現されているそうだ。

またうちの県の某市では、平成23年に特別支援学校が小学校の空き教室を使って開設された。
(県下で初めての市立の特別支援学校)
これはつまり、支援学校なのに支援学級的な環境ということなのだ。

同じ敷地内の学校で登校時間が違うのも変なので、学校は8時15分に始まる。
こんなに早く始まる支援学校は、他にはない。

地域にある支援学校だからこそ成り立つことだ。
(支援学校がどうして9時始まりかというと、遠方から通ってくる子のことを考えてなのである)

支援学校の総合化・地域化が進めば、それだけ母の就労率も上がるということにもなる。
これは新しく建物を建てるなどのお金をかけなくても、システムさえ変えれば実現可能なのだ。
(さらに、知的障害で聴覚障害、など重複障害をもっている子も多いのだから、障害種を越えた支援学校というのはニーズもあるはずなのだ)

障害児母がパートであれ働けるようになったのはデイサービスのおかげがとても大きいが、支援学校の在り方も今後変わっていくといいなと思う。

<注>


1)障害児を育てる家族における母親の就労の制約と経済的困難- 障害児の母親を対象とした質問紙調査より -
茨城キリスト教大学紀要. II, 社会・自然科学 47, 153-160, 2013
http://ci.nii.ac.jp/naid/110009659784

10のかたまりを理解する

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我が家では「使える算数」を目指している。
「いんげんまめを65本このボウルに入れて」という指示が出た場合、「1,2,3,4・・・」とひとつずつ数えていたのでは、途中誰かに何か話しかけられたりしてわからなくなったとき、また1から数え直さなければならない。

そんなとき、私たちなら10ずつのまとまりを作っておいて、あとから「10,20,30・・・」と数え、「10が6個でバラが5つだから65」、と数えたりする。(お金を数えたりするときも。)
こういう10のまとまりで数をとらえる力は、日常生活で必要なスキルだと思う
「〇〇枚もってきて」「〇〇個作って」そんな指示が、普通の職場ではよく出てくると思うからだ。
(もちろん、位取りやお金の概念を理解するにも必要なスキルだ)

娘にも、算数をやるからには10の塊で数をとらえる力をつけさせたいと思い、いろいろやってみた。

IMG_3027


使ったのは
100円ショップのビー玉(2袋分)。折り紙で作った箱。(しょぼい)

10の塊で数をとらえることには、二通りのスキルがあると思う。
(1)全部で何個あるか数えること
(2)たくさんある中から指定された数だけもってくること


この二通りを練習してきた。

ビー玉だけしかできないと困るので、家にあったオセロゲームの駒も使って、10ずつ重ねて数えることもやってみた。

プリントでは、こんなプリントを何枚か作って練習した。
(くもんのプリントをマネしたもの。くもんプリントはこの問題が一冊に1ページしかないので。
りんごのイラストはいつものいらすとやさん。)
10tanni04b

10tanni06

1から数えるのではなく、10が何個か見て、1が何個か見て、答えが書けるようになっている。
そこまでの我が家の場合の道のりを記録しておく。

*          *         *

<10ごとに数えるのは、意外と難しかった>


まずは、10ごとのまとまりを作る練習だと思い、こんなものを作成した。
(かなり前に撮った写真がどこかにいっちゃったのでイメージ図で)
10block03

使ったのは、くもんのキューブつみきと、大きめの発砲スチロールの板。
くもんのキューブつみきが10個ずつ入るように、発砲スチロールをカッターでくりぬいた。

43個なら43個のつみきをとり、娘にひとつずつつみきを入れさせていく。10個入ったらいっぱいになるので次の穴に入れる。自然と10のかたまりが4つでき、端数の3個は次の枠に入る。
「全部でいくつでしょう」といって「10、20、30・・・」と数えさせた。

(もちろん、発砲スチロールをくりぬかなくても、紙にマスだけ描いてその上にブロックを載せるだけでも十分だ)
↓紙で再現してみた。
IMG_3020


しかしこれは、娘にはなかなか難しかった。
たとえばこれだったら、「53」と書いてしまう。(気持ちはわかる)
10block02

1950年が19世紀ではなく20世紀、みたいなものだ。(?)
50の枠の中に入っているものは、50台だと思っちゃうのね。
「じゃあ、いくつか数えてみるよ」といってひとつずつ数えていくと、答えは43なのだが、でも何度やってもこういう間違いをしてしまう。

<位取りを理解する>


なのでまず娘の場合、たとえば43なら、10が4つと1が3つだと43になる、ということ自体をしっかり理解する必要があると思った。
(私たちには自明のことだが、娘にとっては当たり前のことではないのだ)

そこで厚紙(無地はがき)でこんなカードを作った。
IMG_3022

我が家では10の位は青、1の位は赤と決めてある。
10nodanori2

この表を見て、答えの数を隠しても、図だけ見て「40」とか「50」と言えるようにする。
もし納得できなければ、中の小さいマスを数えて納得する。
次にこんなプリントを作成。
10block05

色のガイドに従っていけば答えが出るようにだ。

しかし娘は40と3で43、というのがどうもピンとこないようだった。
40+3=43がまだ暗算でできないのだから無理もない。

そこで、ひっ算で理解させようとこのような別プリントをワンステップ間に置いた。

10katamari05

上のカードを並べておいて、10を数え、1を数え、ひっ算をすると、40と3で43が納得でき、繰り返すうちパターンが見えてきたようだ。

最初のキューブつみきに戻り、つみきの上にこの青いカードと赤いカードをのせて、青いもの(10がいくつ)と赤いもの(1がいくつ)を位ごとに記入していくと、1から数えなくても総数が言えるようになった。
(じきに青と赤のカードをのせなくても、現物のみでできるようになった)
IMG_3021


<別のものでおさらい>


ブロックでやるとブロックでしかできなくなる可能性のある娘である。
今度はビー玉やオセロゲームの駒を使ってやってみた。

IMG_20170513_183500


本人は10個入れるごとに次の箱に移っていけるが、念のため「10」と書いた紙を上に乗せておくというステップを入れると、総数も書けるし言われた数だけとることもできた。

また、オセロの駒を使って「42個とって」などと指示してとってもらう練習もした。
10個ずつ4つの山を作って、2個出して、42個を作ることができるようになった。
IMG_3028


<プリントでおさらい>


10のまとまりで数えて総数を出すプリントである。
(見本は上にアップした通り。)

はじめは答えを書く欄の横に
10が□こ 1が□こ  □□
と書いておき、答えまでにワンステップ入れておいた。
それに慣れてきたら、今度はワンステップ入れなくてもさっと10の塊を数え、端数を数えて総数が書けるようになった。

まあ忘れないようにときどき引っぱり出してやっている。
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