働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

宗教2世〜私の場合〜(長文注意)

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宗教2世のことが話題になっている。
子育て関係ない話題だが、いつか書きたいと思っていたテーマなので、長いけど興味ある方はどうぞ。



●私は3世


私は、厳密には宗教3世だ。
亡き母が、宗教2世だった。
母の父、つまり母方の祖父がキリスト教に入信し、奥さんは夫の言うことは絶対という人だったのでそのまま入信し(昔はそんな感じ)、その8人の子供たち(母たち)はみなキリスト教の家庭に育ったことになるのだ。
祖父は人格者だったらしく、村長をしていた。
子供たち全員に、キリスト教関係の名前がついている。

つまり母は宗教2世だったがとても熱心な信者で、ある先生のお話を聞くために実家からこちらへ引っ越してきて、父と出会ったらしい。
ちなみに父も宗教2世だったが、さほど熱心だった印象はない。
(父の母が熱心な信者で、父の父は大のキリスト教嫌いだった。たぶん毎晩のように集会に出かけていくから)
だからおじさんおばさんもキリスト教徒ばかりだった感じ。

で、私のことだが。
物心ついたころから毎週日曜日教会に行っていた。
日曜日にどこかに遊びに行くということはなかったが、そんなもんだと思っていた。
(そもそもサービス業のご家庭も、日曜日は遊びに行ったりしないからね)
それでも長期休みとかには、海とかに連れてってもらったし、記憶の中では何不自由なく育った。

●小学生の頃


はじめに私を待ち受けていたのは、「この世」との軋轢だ。(笑)
なぜか私がキリスト教徒だということはみんなに知られていた。

まあ、日常生活ではバレバレだったんだけど。
小学校で遠足とかに行くと、見かけたお地蔵さんとかに「お参りしよう」と先生が言って、みんなが手を合わせるのだけど、私だけ直立不動で立ってたし。(笑)
「偶像礼拝はしない主義なので」てな具合で。

そしてあろうことか、小学校1年からの3年間、担任がお寺の住職さんだった。(笑)
(昔は住職さんとか神主さんと兼任している教員が多かったような。昔の教員は暇だったのかな!?お盆とかの繁忙期は休めるわけだし)

私がなにか粗相をするとクラスみんなの前で「キリスト教では、そういうことを教えているのか?」と、何かにつけて言われた。

今思うとそういう話の振り方はあまりよろしくないんだけど、当時はそれについては何とも思わなかったし、このお坊さん先生は好きだったし、小3の終わりに転勤したときは悲しかった。

もうひとつ、記憶にあるのは、大黒様を信じている友達との喧嘩だ。
大黒様を熱心に信仰している友達がいて、お祈りすると本当にご利益があると力説していた。
私は大黒様を信じていなかったので、不用意にも、「たまたまの偶然じゃない?」みたいなことを言ってしまった。(あと、それは本当の神様じゃないみたいなことも言ったかも((( ꒪言꒪`;;)
その子は猛烈に怒り(そりゃそうだ)言い争いになってしまった。

小さな宗教戦争の勃発である。
周りの子たちは口ぽかんだったと思うが。
今思うと本当に幼稚な私で、宗教の本質はそんなところには絶対ないのだけど、小学生の頃の私はなぜか「偶像礼拝禁止」をそのまんまの意味で解釈して、文字通りに守ることに固執していて、その背景にある「なんのための戒律なのか」を全然理解していなかったのだ。

●中学生の頃〜なぜ宗教を離れなかったか


子供同士なので、その後、その友達とはすぐ仲直りしたんだけど。
でもさすがの空気読めない私も、徐々に「宗教的なことは大っぴらにすべきことでない」という知恵を身に着けていった。
その後は、宗教のことでクラスメートとすったもんだした記憶はない。

が、相変わらず私の中では、「教会内の人々」と「世の人」を区別していたし、私は周りの人との間に越えられない壁を作っていたと思う。
母親が亡くなったこともまた、壁を厚くしていた。
毎日家事いっさいを任されていたが、そういうクラスメートはいなかったので、周りとは話が合わなくなっていたからだ。

中学の頃の私は、「自分の殻に閉じこもっている」とクラスメートに評されていた。
このくらいの年齢だと部活とかで忙しくなって教会を離れていく子が多かったけれど(何しろ、昔は日曜しか休みがなかったので)なぜ私は教会を離れなかったか。

理由は2つある。
ひとつは兄の存在、もうひとつは、当時自分がつらく苦しかったからである。

2つ上の兄も、同じく宗教3世である。
兄の方は、早々に宗教を離脱していた。「宗教なんて堅苦しい。俺は自由に生きるんだ」といって。
自由に生きるために、いったんすべてをリセットしたようである。

ただ、兄は宗教を捨てるのと一緒に、良心も捨ててきた。

当時の兄の振る舞いは、本当にひどかった。
何かにつけ、兄は「宗教に教えられてきたことと、反対のことをする」決心をしたかのように見えた。
約束は平気で破る、わざと人の苦しむことをする。わざと傷つけることを言う。

今思うと、兄は、宗教からできるだけ遠ざかって自由に生きたらどうなるかの、捨て身の実験をしていたのではないか、とさえ思う。
2つの選択肢があったら、より宗教的に好ましくない方を選んでいたかのようだった。

父子家庭だったから、本来なら兄と私で家事を分担すべきところを、父親が古い考えの人だったので男はやらなくていい、女がやるべきということで私にすべてまわってきていた。
明日テストなのに勉強する時間がなく夜遅くまで洗い物をしている私を横目に、兄は私を手伝うどころか、テレビを見ながら「あー、お前じゃなくてよかった」などと嫌味を言った。
布団の中や靴の中に、画鋲とか枯れ葉や小石とかが入っていることもあった。

兄は、当時はまったく信用できない人物だった。
何かにつけ、キリスト教の悪口も言っていた。

その兄は、私にとっては反面教師だったのである。
つまり、宗教を捨てた人が、どうなるかの見本だったのだ。
兄のおかげで、私は自分のなりたい人物像というものをはっきり描くことができた。
美人画を描くときに不美人な人の顔を見ながら描くという話をどこかで聞いたことがあるが、そんな感じである。
闇があると光が際立つ。
私は兄のようでない人になりたかった。
つまり、人の心を思いやれる人、誰かが困っているときに手を差し伸べられる人、苦しんでいるときにその傷口に塩を塗りこまない人・・・。

そして、当時は、私自身も五十歩百歩で、兄の挑発に乗って結局殴り合いの喧嘩をしたりしているひどい人間だったので(笑)、自分には救いが絶対に必要だと思っていた。
兄も父も大嫌いで、ときどき、爆発しては修羅場になっていた。
そのあとで冷静になるとみじめになって、もっと変わりたい、という思いを強くしていた。
つまり、私にとって宗教は、よりまともな人間に変わるための希望だったのである。

ちなみにだけど、兄は今現在は、熱心な信者である。
昔とは別人で、いい人だ。
兄は20代で精神疾患を発病したが、兄自身はこれを、「(神様に)信仰に招かれた」とポジティブにとらえているようだ。
(戻ってくるきっかけになったのは確か。結婚も就職も絶望的だった中で宗教によって価値観の転換をはかり、精神障害者ではあるけれどつつましく幸せに暮らしている)

●キリスト教への疑問と葛藤


中高生の頃は宗教にますますのめりこんでいった私だが、教会の教え(?)に疑問も同時に抱いていた。
(聖書にはそれこそたくさんの解釈があるので、私自身よくわかっていなかったこともあり、必ずしも教会でそう教わっていたわけではない)

ひとつは、「キリスト教徒でないと救われないのか?」問題。
家ではゴタゴタして争いが続いていて、自己嫌悪に陥っていた私であるが、学校では、心を開いていなかったにも関わらず、周りの友達の親切に感動することもたびたびあった。

たとえば、学校行事の登山。
私は体力がなくて登山は結局行かないことになったが、練習でときどき山登りをした。
体力がない私はどんどんみんなより遅れていって、ゼーハーいってたわけなんだけど、友達は、自分も苦しいはずなのに手をひっぱってくれたり、後ろから背負った荷物を押し上げてくれたりした。
これはほんの一例で、クラスメートに優しくされるたび、「キリスト教徒でないと救われないのか?」問題が頭をよぎった。
いやいや、私なんかより、周りの人たちの方が、よっぽどいい人たちなのに。

「世の人」たちは、神様を信じていないがために、どんどん悪くなり、毎日犯罪や不正やいろんなことが起きている。
・・・と教えている教会は多いと思う。
確かに、世の中は、悪いニュースに満ちている。
でも、個人レベルで見ると、キリスト教徒でなくてもいいひとたちはたくさんいる。
このことは、どう考えたらいいのか?

・・・ということは、私の中でずっと疑問だった。
小さい頃から、自分とこの教会の人たちと「世の人」を分ける思考をもっていた私の中で、揺れていたのである。

もうひとつ、「宗教やってる人って、だまされているだけなんじゃないか問題」があった。
大学に入ると、いろんな講義を聴く。
ものすごく頭のいい物理学者なんかが、神は人間が作り出したものだ、的なことを本の中で言っていたりもする。
思い起こすと、教会に来ている人たちは、お医者さんや学校の先生なんかもいたりするけど、ほとんどが素朴な、おじいさんおばあさん(おじさんおばさん)たちである。
もしかして、本当は神様なんかいなくて、ただだまされているだけだったら・・・?なんて、疑問がわいて苦しかったこともあった。

●自分から入信


実はこのように葛藤しているキリスト教圏の人たちは、少なくないと思う。
特に自分から選んだわけではなく、はじめから教会の中にいる人たちは。
(欧米だとほとんどの人が2世、3世、それ以上なわけで)
自分から選んだのであれば、当然入信するときにいろいろ疑問は湧くわけで、その疑問とある程度折り合いをつけてから入信するわけだから。

トム・ソーヤーを書いたマーク・トゥエインが、「ハックルベリー・フィンの冒険」という小説の中で、まさに私が感じていたような葛藤を書いているのでちょっと紹介する。

ハックルベリー・フィン(ハック)は、母がいなくて父がアル中の浮浪児である。
正式な宗教教育は受けていないが、神様を信じて生きようとしている。

ハックが奴隷小屋から逃げてきた友達の黒人を逃がそうとする場面がある。
奴隷を逃がそうとするのは、当時は犯罪であった。
悪いことをすれば、地獄へ行くと聖書は教えている。
でも友達のことは助けてあげたい。

まさにここは、「生来のヒューマニズム」と「宗教的戒律(?)」のぶつかり合いの場面であった。
そこでハックは言うのだ。
"All right, then, I'll go to hell”.(よーし、そんなら、おいらは地獄へ行くぞ)

そして友達の黒人を助けた。

私が本当の意味で自由なキリスト教徒になったのも、まさに「地獄へ行く勇気」をもったときだったと言える。
というか、それまでどこかに、「天国に行くために信仰している」という不自由さがあったのも確かなのだ。

言ってみれば、学校で先生に、「おい、お前ら、いいことしないとどうなるかわかってるな、こてんぱんに責めたてるぞ」と言われ、怒られないためにいいことをする不自由さと似ている。

そんなこと言われなければ、自由の中で自分で判断して、いいことか悪いことか決めて動くのに。
2世、3世の人には、心のどこかにそんな不自由さをもっている人が多いのではないかと思う。

私の場合、それまでの人生の中で、「自分はどう生きたいのか(どんな人間になりたいのか)」という部分があらかじめ確立できていたのがよかったのかもしれない。
(兄や父のおかげも大きい)
同時に、自分自身にあいそがつきていたことも。

もし神様がいなかった場合、自分には絶望しかなかった。
なので、自暴自棄に生きるよりも、自分は神様を信じて、神様の助けを借りて、こう生きたいというものを目指して、少しずつ生きていくのがいいと思ったのだ。
人生の終わりに、もし神様はやっぱりいなかったんだよ、ということになったとしても、神様を信じて、よりよく生きようとして歩んだ人生は無駄にはならなかったと思うだろう。
だから、神様を信じて生きた方がよい人生になると思った。
(これは「パスカルの賭け」といわれるものらしい)

実際、20歳前後の頃には、身近な周りの大人から、私が変わった、私が前より「いい子になった」と言われるようになってきた。
まあ、毎日のように泣いたりわめいたり殴り合いの喧嘩してたんだから(笑)、そう思われるのも無理はないんだけど。
これは、自分で努力しているというよりは、毎日お祈りすることで、いつの間にか変わってきたし、家族との仲もよくなってきた、という実感があった。

それも含めて、これはうまく言葉では説明できないんだけど、それまでの人生の中で「神様はいる」と思った瞬間が何度もあった。
その積み重ねで、もともとほぼ神様の存在は感覚的には確信していたのだ。
つまりもともと50対50の疑いではなく、10対90くらい(わずかな疑問・疑い)だったこともあるかも。

「キリスト教徒でないと救われないのか」問題については、キリスト教にはいろいろな宗派というか考え方があり、私は、自分に合った宗派を選ぶことにした。
どんな思想・宗教にも、過激派とか穏健派がいる。
他宗教に攻撃的な一派もいれば、手を取り合っていこうとする派もある。

いろいろな本を読んで、天国と地獄という概念についても、私が小さい頃絵本で見た(別にキリスト教の絵本じゃないけどいろいろごっちゃになってた)、かまゆで地獄とか針の山みたいな地獄ではなく、「自分に合った空気の世界」的な天国・地獄観をもつようになった。

たとえてみれば、喫煙席と禁煙席のようなものだ。
タバコが好きな人は、喫煙席に行く。
タバコが嫌いな人は、禁煙席に行く。
つまり、それが天国と地獄なのだと、今は思っている。
そしてたぶん、その席は2種類じゃなく、たくさんの種類があると思う。
それぞれ自分に合った世界へ行く、という流派の教義を私は受け入れている。

隙あらば他人を利用しようとしたり、陥れたりしようとする人の世界は、お互いが利用し合い、陥れ合うから油断できないけれど、その人にとっては、そこが最も居心地がいいのかもしれないのだ。

もちろん、神様がいるならそれがどんな神様なのかとか、死んだらどうなるのかというようなことについて、客観的な真実はひとつしかないのだろう。
でも、人間である私達にはどれが真実なのかはわかりようがない。
だから、もしも、キリスト教徒でなければ地獄へ落とす、というような神様だったり世界観だったりが真実なのだとしたら、「よーし、そんならおいらは地獄へ行くぞ」という決心がついた、ということなのだ。

そこから再出発することで、自分の納得いく世界観、神様観を選ぶことができた。
まあ結局は、私の出身教会に戻ってきたということで、もともとそういう教会だったから戻ってこれたのだと言われればそれまでだけど。

●子供の宗教教育


私はキリスト教徒でない人と結婚した。
キリスト教徒でないことは旦那の責任ではない。たまたま家がそうでなかっただけだから。
私がキリスト教徒なのも、たまたま家がそうだったから、ということは間違いない。なので、大差ないのである。
ただ、結婚すると、子育ての問題に直面した。

親が子供に自分の宗教を与えようと思う気持ちはよくわかるし、私もそうしたかった。
親は、子どもには、自分の考え得る中で一番いいものを与えようと思うものだ。
それがあると、人生が豊かになり、幸せになるだろうと信じるものを。

自分の人生には音楽が欠かせないと思う人は、音楽教育をほどこそうとするだろう。
スポーツも同じ。
わたしにとってそれはキリスト教だったんだけど、夫と同居の義母がそうじゃなかったので、食前の祈りもできなかった。

結局、子どもたちはミッション系の幼稚園に入れたし、そこでキリスト教というものに触れた。
それから、実家の近くに引っ越してきて、最初はちょっと教会にも通わせた。
でも、強制はしなかったし、自分から行くと言わなくなったら、自然に行かなくなった。

自分のことを振り返っても、うちの子たちは「そもそも必要としていない」んだろうなと思う。
(私が必要だったからこそ通い続けたことを思うと)
まあ、何か人生で行き詰まったり、困ったことが起きた時、小さい頃通った教会のことを少しでも思い出して、心の救いになってくれればなあ、くらいに思っている。
(そのためには、母が反面教師になっちゃいけないんだけど、なってるかもね・・・とほほ)

神様とか、超自然的なことって、ある一定の年齢になると、素直には信じられなくなる。
そこからは、本人が信じたいと思ったとしても、信じきれない人が多くなるという意味では、宗教教育にも臨界期があると言えなくもない。

私は、ご先祖様が見てるぞ、とか神様が見てるぞ、といった部分の教育は、ある程度は必要と思っている。
そうでないと、人間の価値観の中で、一番最高の部分が、「人からどう見られるか」になってしまうかもしれないのだ。

人生で一番恐れることが、「会社を首になる」ことだったり、「クラスメートからハブられる」ことだったり、になってしまう。
私は、学校でも話が合わなくて心を閉ざしていたり、家でもゴタゴタだらけだったけれど、神様は私を決して捨てないという部分で、生きてこれた。
教会という居場所もあった。
人からどう思われるかを突き抜けた、もっと上の方に「神様」がいることで、人が見てなくても正しいと思うことをしたり、クラスメートから浮いていても持ちこたえたりする強さが得られるのではないかと思う。

ただ、それは特定の宗教じゃなくてもいいとは思うのだけど。

●カルトに思うこと


最後に、今話題になっているカルトについて。

カルトっていうものの定義も難しいと思う。
キリスト教だって、当時はユダヤ教に対する新興宗教だったわけだし。
家も何もかも捨てて従っていた人もいたわけで、家族からすればそれは困った宗教なのだ。
「異端」という言葉も「正統派」とセットになっているわけで、そんなの人が勝手に決めた区分にすぎない。
非科学的主張をしている集団といったら、神様がいるってこと自体が非科学的な(証明されてない)わけで。

私自身が迷い、葛藤したからこそ、他の人が真面目に信仰しているものを「間違っている」と言う神経は持ち合わせていない。

私だって人から見たらカルトに騙されているかわいそうな人かもしれないのだ。
だから、希望して入っている本人よりも、問題はその子供たち(嫌がっている人たち)の救済というところがまず大事なのかなと思う。

あとは生活が破綻するレベルの献金かな。
献金をやたら言ってくる宗教はすでに魅力がないとは思うけど・・・。

カルトに入っている人と話すには気をつけるべきことがあると思う。

私の宗教への確信を高めたのは、私にひどいことをしてくる、キリスト教の悪口を言う、キリスト教を捨てた人であり(兄とか)、
わたしの確信を揺すぶってきたのは、宗教に入っていない、いい人たちだった。
そのことを思うと、大事なのはカルトに入っている人を馬鹿にしたり、その信仰していることをけなしたり、悪口を言ったりしないことだと思う。
ますます、「世の人」のダメさ加減が浮き彫りになり、自分たちの正しさを確信する結果になる。
論破しようとするのではなく、「世の人たちは悪に染まっている」という教えを覆すような優しさであり、思いやりなのではないかと思う。

成年後見人について質問に行った

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ここ数カ月の間に、障害児ママ友と一緒に司法書士の無料相談や成年後見人相談センターみたいなところに相談に行ってきたので、少し備忘録としてまとめておこうと思う。

過去に何度か成年後見人についての勉強会に出て記事を書いたが(過去記事  、)実際に地元の専門家に話を聞いて、また知識がアップデートできた部分がある。

●成年後見人はあまりよくない制度!?
過去の勉強会に出た時の感想としては、とにかく成年後見人はなるべく立てない方がいいな、というのが実感だった。
その理由は

^貪抔絽人を立てると、一生続けなければならない
誰が後見人になるのか、こちらで選べない(家裁が指定するので、知らない人になる可能性もある)
8絽人に高額な報酬を毎月払い続けなければならない(月1〜2万とか)
げ搬欧なったとしても、監督人をつけられて、監督人に報酬を払わなければならない


⇒つまり、残りの寿命が短い高齢者のために作られた制度であって、今後何十年も生きる若い障害のある人には向かない制度である

という印象だったからだ。

後見人がいないと一番困るのは親のどちらかが死んで遺産相続が発生するときだ。
(本人に代わって署名などしてもらわないと相続の手続きが進まない)
が、それは遺言でなんとかなる部分ではあると思う。
(遺言のところで遺言執行人を指定しておく、また遺言の中で不動産が本人にいかないように明記しておく)

今回、2人の先生にお話を聞いてみて、もう少し細かいところがわかり(あるいは最新情報がわかり)、少し成年後見人制度を見る目が変わったかも。
つまり、「そんなに悪くない制度かも」と思ったのである。

●18歳になる前に
まあ、その前に、成人になる年齢がこの4月から18歳になったので、18歳までに親ができることとして、本人名義の定期などは解約しておくこと、本人名義の通帳にはあまりお金を入れておかないこと、また本人の口座がない場合は2つ3つ作っておくことがあげられる。
なぜなら、子どもが成人すると、親は子供の通帳に手をつけられなくなるからだ。
実際はカードなどでの引き出しはできるものの、定期の解約などはできなくなる。
これは認知症の方の定期についても同じことだけど。

●新たにわかったこと
新たにわかったことがある。

〆廼瓩蓮∪賁膕箸任呂覆家族を後見人にする流れになっているので、家族が希望すれば、まず家族が後見人に選ばれる
以前は、例えば2018年のデータでは、成年後見人に家族が選ばれているのは3割以下だった。
家族は不正がありがちなので、成年後見人には選ばれにくかった。

しかしこれは過去の話なのだ。

2019年に、最高裁判所が「後見人は家族が基本」とする旨の報告を行い、はっきり方針が変わったようだ。
2021年では、家族が後見人の希望を出したもののうち、8割が認められている。
(実際は、家族以外の後見人が7割程度を占めているのだが、ほとんどの場合、家族が後見人になることを希望しなかった例なのだそう)

というわけで、専門家が不足しているなどの理由から、家族が選ばれる傾向になってきているようだ。
親族の同意書を得て家裁に申し立てれば、たいてい家族が認められるらしい。
たとえば親が後見人になれば、その間はずっと報酬を払わなくてもすむので、本人の財産が減らない。

そして以前話に聞いた
◆峺絽監督人」であるが、すべての家族につけられるわけではなさそうだ。
親族の中にもめごとや反発があったり、親族の中でその人が後見人をすることに同意しなかったり意見の食い違いがあったり、さらには財産が一千万円以上ある場合に、つけられるようである。

後見人に親がなれ、また監督人もつかないとなれば、成年後見人の最大のデメリットである、「費用がかかり本人の財産が食われる(言葉は悪いが)」という点がなくなることになる。

なので、後見人をするとしても、まず親がなり、親が高齢になってしんどくなったら、兄姉のうちどちらかに頼んで引継ぎ(あらかじめ今から話しておく必要があるかも)、そしてきょうだいが後見人になってくれたら、報酬の申し立てをしてもらい、親の代わりにやってもらっているお礼として、報酬を月々受け取ってもらうという形にするといいのかなと思う。

(親はもちろん報酬はいらないが、きょうだいはやってもらうのが申し訳ないので、報酬をもらえる制度を活用してほしい)

出来る限りギリギリまで後見人を立てないでいたいと思っていたのだが、司法書士さんのお話によると、親もやってきていない後見人業務をいきなりきょうだいにやらせるのは大変なので、親があらかじめ後見人をやってノウハウを取得し、次の人がやりやすいようにうまく引き継いだ方がいいそうだ。

ちなみに、後見人の申し立ての書類を見せてもらったが分厚い書類だった^^; そして年に一回の定期報告も、3〜4ページにわたる書類だそうだ。
家族がやりたくないケースが多いのも、わかる気がする・・・。

そうそう、後見人をたてるタイミングの話で、遺産相続のときに立てるケースが多いらしいが、
親とかきょうだいが後見人になっていると、遺産分割の際利益相反にあたるので(つまり遺産を取り合う立場になるので)、その場合特別な代理人を立てるようである。(家裁が指定する司法の専門家)

だったら、後見人を早めに立てておくことのメリットはないのかもしれない。
遺言さえしっかり作っておけば、遺産相続の際に後見人は必要ないだろう。
「後見人には基本家族が選ばれる」とはいえ、万が一のこともある。
他の人が選ばれたとしても、一度申請したものは一生取り下げることができないのだ。
(まあ、不服申し立てはできるようだが)

*       *          *

今一番悩んでいるのが、親なきあと、きょうだいどちらかが後見人を引き受けてくれた場合に、そのきょうだいにどうやって報酬を払うかという問題だ。
信託銀行にお金を預けておいて、親が死んだら月々一定額が受取人の口座に振り込まれるようにするという手もあるが、受取人の変更ができないため、はたしてどちらが後見人を引き受けてくれるかわからない状況では、その手は使えない。
なので一番確実なのは、家裁に報酬の申し立てをしてもらって、月々の報酬(たぶん2万円ほど)をもらう方法である。
しかし、その手続きが煩雑なのと、そこまでしなくても、と遠慮して結局無報酬になってしまったら申し訳ない。

ちなみに社会福祉法人などに後見人になってもらうという法人後見であるが、希望が多すぎるため、本当に誰も身寄りのいない人に限るということだった。
また、今後は市民後見人(研修を受けた一般市民によるボランティア)も増えてくるだろうという話だった。

わずかな間にどんどん変化している後見人制度なので、今後も注目していきたい。

社会生活能力検査

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お久しぶりです。
ずいぶんブログを放置してしまいました(>_<)

ブログは趣味なのでずっと書きたかったのだけど、なんせその日その日を生き延びるのが精一杯で・・・。(←大げさ、笑)
でもまあ、毎日楽しくやっとります。
(へとへとに疲れていることを除けば・・・寄る年波には勝てん( ˘ω˘ ; ))

昨日は久々にゆっくりできた一日で、体の不調もよくなってきました。
ああ、休みっていいなあ。

*       *        *

さて、前回の更新からいろいろなことがありました。
娘の寄宿舎体験、司法書士に将来のことを相談に行ったこと、家族信託のzoom講演会に出たこと、信託の個人相談をしていただいたこと(zoomで)、娘の修学旅行、バス通練習、大学病院に行って、他のダウン症のあるお子さんのお母さんたちと一緒にお話させていただいたこと、あと伯母の介護関係などなど。

でもま、それらを記事にする余裕がなかったので、すべてスルーして(笑)、今回は「S-M社会生活能力検査」のことを書こうと思います。

娘の通っている養護学校で、S-M社会生活能力検査をやってくれました。
これは、小学校入学前にもやったことのある検査です。(過去記事

そのうち別の知能検査も学校でやってくれるみたいです。

S-M社会生活能力検査というのは、知能テスト(IQ)とは違い、SQという「社会的知能指数」というものをはかるもの。
要するに、自立とか社会への適応力など、社会生活の能力がはかれます。
(乳幼児〜中学生までのSQ)
知能テストと違い、本人がやるのではなく、親など身近にいる人が日頃の様子を見て、できることとできないことをチェックします。

過去記事を見ると、小学校入学前は4歳11か月程度の発達でした。

今回はまだ結果は来ていないのだけれど、結果はともかく、何歳くらいの発達だとこんなことができるんだな、というのが項目を見ているとわかります。
そして、「あ〜これ、娘に全然やらせてないな〜」と反省したり。

練習しても本人の適性からしてできなさそうなことはおいといて、やればできそうなのに経験させてないというのはこっちの責任だな〜と思い、今後ちょっと意識していこうと思った次第。

コロナ禍で、ずっと同じ学年のダウン症のあるお子さんの親同士のランチとかができず、情報交換できなかったこともあるかも。
「うちはひとりでお風呂に入り始めたよ」なんて他の親御さんが言うのを聞いて、「ええ、じゃあうちもそろそろやろうかな」とかいうのが、これまであったから。
つい、惰性で日々を送ってしまいがちで、健常の子はほっといてもできることが増えていくけど、知的障害のある子は、親がやる気になって少し生活に意識して取り入れていかないと、なかなか自然にできるようにはならないね。
(うちの子だけかもしれないけど?)

*         *             *

いろいろな項目がありますが、
練習すればすぐにでもできるようになりそうなのが電化製品を使うことかな。
こっちがあえて使わせてなかったものもあります。
たとえばiPadの充電とかは、ちゃんとやらないとコードがダメになって接続不良になってしまうので、大人がやるから自分ではやらないようにと言い聞かせていました。
言い聞かせると絶対に守るのが、良くも悪くも娘の特徴です。

ほかにも
・掃除機、洗濯機、電子レンジ、ガスレンジなど
・パソコンもワードの使い方以外のことはあまりやらせてなかった。(メールやプリントアウトなど。検索はできるけど)
・電池交換とか

この辺はやらせればすぐにでもできるようになりそう。

あと、娘は自閉症合併なので、以下のことは難しそう。

・先生から家の人への伝言を伝えるとか、
・電話をかけて話すとか、
・相手に合わせて敬語を使うとか、相手の立場や気持ちを考えて話すとか、行動するとか
・年下や社会的弱者の人たちをいたわったり世話をしたりするとか

特性ゆえ、非常に難しいとは思うのだけど、相手の気持ちがわからなくても、空気が読めなくても、「こういうときはこう」といって模範的な行動を教えることは可能だと思います。
たとえば、年配の人や体の不自由な人がいたら席をゆずるとかいうのは、自分が真っ先に座りたいし、全然思いやりの気持ちはもてなくても、「こういうときはこうするもの」として行動することはできるのではないかと。

次のものは、日々のバタバタにかまけて全然進めてなかった部分で、反省したところです。
・お金の管理
・時間の管理
・自分のスペースの管理

実はおめめどうさんの講演なんかを聞くと、これらがとっても大事らしいのよね。
自分のプライバシーとプライドを守り、自分の生活を自分で組み立てていくという自立をうながすために。
そうしたら、頭の中はけっこう忙しくなり、毎日充実しているはずなのよね。

まずお金の管理。
小遣い制はやってみたことがあるけど、私が外で働き出したら正直、娘は毎日学校に行ってデイに行って帰ってお風呂入ってご飯食べて寝るだけの日々で、お金は必要ない。
誕生日やクリスマスでさえ、欲しいものがなくて「イカ」しか要求しない娘だからなあ。
(物欲なし)
そこもまた課題なんだけど、だからあげるとしたら、「週末こづかい」だなあ。
月々のこづかい管理とかじゃなくて、週末の管理ならできるかな。
でも私が土曜日仕事の日も多いので、なかなかそこまで見てあげられないのがなあ・・・。
(予算内で自分で選んで買い物をすることは、学校でしょっちゅうやってくれている)

物欲といえば、今は唯一音楽だけが好きなんだけど、(あと連絡帳を見るのが趣味、笑)、娘のリクエストにこたえて親が音源を用意してやっている状態。
CDプレイヤーを買ってやって、自分のほしいCDを自分で買わせようかな。
(Twiceとか、あいみょんとか、yoasobiとか、自分の好きなアーティストのやつを)
ネットで音楽が聴ける時代だけど、タブレットでは聴いてないし、物欲のひとつとしてありかなと思う。
そして曲を家で流すときょうだいのクレームがつくので(笑)、ヘッドホンで聞く習慣もつければ、将来グループホームや寄宿舎でもトラブルにならない。

これのデメリットは、週末散歩に行ったり、一緒に下着を洗濯をするのに、音楽を流すとやる気が出るのでいつも使わせてもらってるのだけど、いつでも自分で聴けるとなるともう散歩に行くメリットとかがなくなってしまうかも・・・。
でもまあ、それはまたおいおい考えるということで。

時間の管理は、スケジュール管理のこと。
(時計を見て動くことは、学校でもデイでもやってくれている)
先の変更をあらかじめ伝えるだけでなく、自分で週末の予定を組み立てるということも大事な自立だ。
これはできるだけ、はじめは本人に聞きながら一緒に予定をたてて、そのうち自分のやりたいことを予定に入れさせるようにしよう。
もちろん、こっちの予定でダメなときもあるかもだけど。

そして自分のスペースの管理。
おめめどうさんも、小学校5年生になったら自分の部屋を、と言っている。
プライバシーとプライドを守るためだ。

うちは住宅事情で自分の部屋を与えることは厳しいかもしれないが、これまで部屋を与えることすら考えたこともなかったからなあ。
(義母、兄、姉のそれぞれの部屋があり、居間と寝室もあり、いい部屋はもうそれらでとられてしまっていて、残りは個室には向かない北部屋とかだ。)
きょうだいたちが家を出るのはあと数年で、そのうち娘も高等部卒業になってしまう。
休みの日は寝室でごろごろしていることが多いのも、プライベートな空間が欲しいからかもしれないな。
この辺は考えてやらないと、と思う。

あと細かいことだけど、項目にはなかったが、ひとりで寝るということ。
これは寄宿舎に入るにはマストなのだ。
ひとりで寝られるけど、一応2階の寝室まではついていってやっていた。
今後は「じゃあおやすみ」といって一階でバイバイかな。

それと、つめ切りは土曜日と日を決めて、まだ切ってやっているのだけど、練習は続けていく。
足のつめは難しいが、うちのおばあちゃんが自分ではもう爪を切れないので(しかも高齢者になると足のつめは固くて手に負えない)、皮膚科に数カ月に一回行って切ってもらっている。
娘も、将来的には皮膚科で足の爪を切ってもらうように慣らしていけばいいんではないかなと思った。
(ちなみに、爪切りは医療行為にあたるので、親以外の、学校や支援者には行えないはず。)
歯医者も、床屋もクリアしたので、あとは皮膚科の足の爪切りと、耳鼻科の耳垢とりだ。

それから初めてのおつかいかな。(やらせたことはない。ひとりでお出かけ自体させたことがないので)

もちろん、できるようになっていることもある。
カップにお湯を注ぐやつは自分で作れるし(笑)、慣れたところなら乗り換えのあるところでもひとりでバスで行ける。(学校だけど)
いわれれば、はがきや手紙を書くことはできる。(あて名や内容も)
簡単なカードゲームやオセロならできる。(UNOとかババ抜きとか七ならべとか)
時間になると「寝なさい」と言われなくても、さっさと着替えて寝る支度をしてはみがきをして、「仕上げ」のために私を呼ぶ。
(こういう、規則正しいところはすごいと思う。兄姉もおよばない、笑)
明日着ていく服やお風呂の着替えやかばんのしたくはひとりでできる。
(生理の手当ても自分でできるし、なったときはちゃんと伝えられる)
お片付けは何も言われなくてもよくやる。きょうだいの中で一番やる。学校教育のたまものか。
電話はかけられないけどメールはできる。
不器用だけど手先のことはずいぶん学校でやっていただいていて、進歩があった。

まあ、長期的に、高校卒業までを見越して、すぐに始めた方がいいことは別にして、そこまでぐらいにできればいいくらいの気持ちでちょっとずつやっていこうと思う。

目標は、ある程度自分で自分の生活を組み立てることができる、本人の満足度の高い生活の姿だ。

今日さっそく洗濯機をやってもらいました。
うちの洗濯機はこんなやつですが
sentakki

こんな紙を作りました。
去年、近所の高齢の方に洗濯機の使い方を教えたときもこういうのを作ったので。
sentakki02(1)


S-M社会生活能力検査がどんなものか気になる人は、下記リンクから。
バラ売りはしていないっぽいので、特別支援の先生にでもおたずねいただければと思います。
これをすることにより、少し先の目標が見えてくるかもです。

https://www.nichibun.co.jp/seek/kensa/sm3.html
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