働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

成長記録(9歳5ヶ月〜9歳6か月)(小3・10月〜11月)

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親ばか注意の成長記録。まだ秋の記録です。
療育キャンプで、初めて家族と離れてのお泊り。バーベキューにキャンドルファイヤー。
大学生のお姉さんと一緒に一泊二日のキャンプを体験しました。(過去記事
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アクティブになってきました。いろいろ体験できる施設に遊びに行っても以前は見てるだけで決して乗らなかったのが、自分から積極的に。自転車、車の運転、ヘリコプターの運転(笑)、大型遊具まで!親がびっくりです。
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特別支援学校での活動。ペープサートや劇遊び。自分の役は自分で選びます。
わらの家を作ったり、子豚の変装もまんざらじゃない!?
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身体を動かしています。鉄棒にぶら下がっているのも親としては驚きです。
写真はないけどデイではボルダリング(岩登り的なもの)にまで挑戦しているそうです。体が重くて上に行きませんが。(笑)
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支援学校のお友達と。面倒見のよいお姉さんにはお世話になっています。
右下は、きれいどころの女子3人組!?この中では娘が一番のお姉さんです。
支援学校にしては女子の比率が半分くらいなこともありがたいです。
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写真は食べてるだけのところですが(笑)学校でカフェをやって娘はVOCAを使った接客係をしました。
(人前で)しゃべらないから無理、ではなくやり方を工夫して役割を与えてもらって感謝です。
お料理でカレーを作ったり、警察署見学も。
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*        *        *

この時期、一番大きかった変化は、私の転職(バイト)に伴い、学童をやめて児童デイサービスに切り替えたことです。
(うちの地域は送迎だけのサービスがないため、学童には自分で連れていかないといけないので、2時までしか働けませんでした。デイは学校まで迎えにきてくれます)
月曜から金曜まで毎日デイサービス。(仕事は月から土まで)
仕事のためとはいえ、毎日児童デイは長時間で疲れるかな?と最初心配だったのですが、結果的にとてもよかったと思います。

デイでは母には絶対に言わないようなことを言ったりもして、母の知らない娘の世界が広がり、母には見せない顔を見せる場が広がってきたことはとてもいいこと。
毎日通っているのもまたよかったのかなあと。

今は平日は家で全然勉強していません(発音練習くらいで)。児童デイで宿題を見てくれ、また娘用に課題も用意してくれるので、私はデイ用の宿題を用意するだけ。あとはお任せです。
少しずつ母の手を離れていくことも大事かな。

地域の交流のためと学童に通わせていただいたけれど(そして娘も娘なりに楽しんでいて学童が大好きだったけれど)、やはりお友達との関わりは少人数のデイサービスの方が濃いし、何より娘自身の活動への参加の度合が全然違います。

学童は一輪車やドッジボールなどみんなの活動のレベルが高すぎるので参加することなく見ているだけ(ときどきちょろちょろコートに入っていって、「〇〇ちゃん危ないよ」と言われたり、笑)、あとは本を読んだりゴロゴロしていればいいので本人も楽ちんだったと思いますが、デイサービスではけっこうめいっぱい活動しています。

でもとても楽しんでいるようです。
大好きなお友達もいるし。
いつもにこにこで児童デイのお迎えに飛んでいくそうで、楽しく通えていてよかったよかった。

娘の性格では、自分とあまりかけ離れすぎていないお友達が周りにいた方が、お友達のマネもして取り入れやすいし、自信をもって取り組めるのかもしれません。

それでも、学童に通っていたおかげで、違う小学校でも地元小のみんなに顔を覚えてもらい、道で会えば声をかけてもらえるようになりました。
3年生で学童は終了ですが、4年生からは学校に残って宿題をしたり体育館で遊んだりという預かり事業があります。
学童の先生方が私たち親子のために取り計らってくださり、4年生以降も親子でなら、好きなときに遊びに行っていいことになりました。
お仕事がお休みの日はたまに出かけて、交流して来ようと思います。

*        *        *

<できごと>


・学校のお祭り
・手をつなぐ育成会の「療育キャンプ」
・親の会のことばの講演会
(また別途記事にしたいと思います。)

<ことば>


・デイに毎日通うようになってから、デイでとてもしゃべるようになったそうだ。
・デイの先生に「アイラブユー」とよく言っているらしい。
母の前では決して言わない。(笑)

・支援学校の上級生(お姉さん)と恋バナをしていたという報告を受けた。
「ねえ、デイで好きな人いる?」とお姉さんに聞かれ、娘は筆談で、ある男性の名前を書いたらしい。
先生はその男性を知らないので名前は忘れてしまったようなのだが、どうもスタッフの男性らしい。
年上好みか!(笑)
(そういえばこれまでも、支援学校の若い男の先生とか、大学生のお兄さんとかだったなあ・・・さすが末っ子、甘えたいのか!?)

・バナナを食べようと思ったらなかった。
「食べたのだあれ?」初めて「だれ」という疑問詞を使った。
「今日のようふくはなあに?」これまで「今日のおやつ」や「今日のごはん」などは言えていたが、自分で組み立ててバリエーションができた。

・母(私)に朝、「早く着替えなさい!」と言う場面が出てきた。
世話焼きをしたいという一面が見えた。女の子だな〜
「早く靴下をはきなさい」「早くズボンをはきなさい」と私に指図する。(笑)
自分も全身パジャマなのに言うので「きみこそ」と私が言うと「ようこそ」と切り返すのがお決まりのパターン^^;いや、韻はふんでるけども。
・休日にいつまでもパジャマなので「パジャマでお昼ご飯を食べるつもり?」といったら「着替えてるつもり」だって。
・娘が「おねがいごと」というので、「〇〇ちゃんのおねがいごとはなあに?大きくなったらなにになりたいの?」と聞くと
「ケーキ屋さん」
「ケーキが食べたいだけじゃないの?」と突っ込むと
「おはなやさん」
(普段、花なんて見向きもしないので)「お花なんて好きじゃないでしょ?
ことりやさんがいいんじゃないの?」というと
「はとやさん」「からすやさん」「きじばとやさん」という。
そんなマニアな店はない。(きじばと専門とか)

・くもんで他のお母さんに大きな声で「こんばんは」
これまでこういうことはなかったので驚いた。
デイでも大きな声であいさつしている姿がみられた。

<社会性>


・児童デイは、座学の日と運動の日がある(宿題は毎日)のだけど、デイで運動に参加できた。ボルダリングまでやろうとしている姿にデイの先生方が泣きそうになったとか。
どんどん積極的になっていると。

・デイで、小さいお子さんを連れたお母さんが見学に来た時、小さい子が危なくなりそうなときに服をひっぱって連れ戻したり(ちょっと力の加減が強すぎるんだけど)ボールをもっていって渡したりと、お姉さん風をふかせたという話を聞いて、旦那ともども信じられない!と。
そんな姿を見せるようになったなんて・・・感激である。


・参加した手をつなぐ育成会の療育キャンプで、母を離れて学生さんとお風呂に入り、一緒に寝泊まりできた。
療育キャンプに参加したお友達に話しかける場面も。(単語だけど)

<教科学習>


●算数 
・カウントダウンによる引き算の練習を夏に始め、「引く1」「引く2」「引く3」はスムーズに暗算でできるようになってきた。
・それと並行して、引き算を使った「+9」の暗算練習を始めた。
・2桁の足し算ひっ算(繰り上がりなし)は学校でほぼ毎日やっているが速くて正確だそうだ。
・学校で「引き算やる?」「繰り上がりの足し算やる?」と聞いても「いやだ」と言って拒否しているそう。なので学校では国語と足し算ひっ算と時計がメイン。時計の読みも正確だそうだ。

●国語
・3年生の漢字も三分の二くらいは読めるようになった。
(3年生は漢字が多い)読むのだけは得意で、やればすぐ覚えるのだが、母のカード作りが遅々として進まない。(笑)
教科書に出てくる漢字に加えて身近な漢字も混ぜている。
「可燃ごみ」や「不燃ごみ」など、実用的なことばは読めて意味がわかった方がいいので。自分でゴミを捨てに行かせるときなどに役立っている。「甘口」「辛口」とかも読めた方がいいし、そういうことばもどんどんやりたい。
・デイの宿題は形容詞や助詞や質問に答えるなどのプリントをちまちま自作してやらせている。
(またそのうち公開します)

<日記>


「今日は、お父さんとたのしいSどうぶつえんに行きました。何を、見たかはひみつです。赤ちゃんがえをかいています。ノンタンの、車のえがぐちゃぐちゃになっちゃったです。ノンタンは、おこっていました。」
後半は、書くことがないようなのでノンタンのイラストをもってきて文を書かせたもの。

「今日は、P(デイサービス)に行きました。IちゃんとTさんとRさんとあそんだの。テニスをしたい。おやつさいこうでした。」

「今日は、ユーパレットにおかいものに行きました。わたしは、おばあちゃんと、いすにすわっていました。ゆうごはんは、ポトフでした。しあわせでした。」

「さいこう」とか「日本一」とか「しあわせ」とか、大げさな表現が好きなのである。

<音楽>


絵本の記録なし。家にある本はボロボロになるまで読んでいる。
このころよく聞いていた音楽は、きゃりーぱみゅぱみゅ
明るいアップテンポの曲は娘が好きだと思い聴かせたらはまった。
今やカラオケの定番である。
ただ早口の曲が多いのでカラオケでは口がついていけてないが。(笑)
「ファッションモンスター」
「にんじゃりばんばん」
「PONPONPON」
「ふりそでーしょん」
「つけまつける」←ダンスでやった
「きらきらキラー」など。

『幸せになる勇気』を読むーアドラー流子育てー

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本の感想です。
ボケ防止のため、なるべく感想を文章に起こすようにしています。(笑)

*         *      *

ベストセラー本『嫌われる勇気』の続編、『幸せになる勇気』を読んだ。
高3息子がアドラーにはまっていてバイブルのように毎日読み返しているので、結局2冊とも購入するはめに。

個人的には、どっちかというと1冊目(青)よりもこっちの続編(赤)の方が面白かったかな。
相変わらず、キリスト教の教えやそこから派生した自分の考えとの共通点が満載だったけど、子育てを振り返るきっかけにもなった。

<カウンセリングの三角柱>


これは面白かった。今後使えるかも。(笑)
哲人がカウンセリングでよく使うという三角柱の一面には「悪いあの人」と書かれており、もう一面には「かわいそうなわたし」と書かれている。だいたい、カウンセリングに来てしゃべる人の話はこのどちらかに分類されることが多いそうな。
そして三面目をくるっと向けるとそこには「これからどうするか」と書かれていた。

自分が今しゃべっていることは、この3つのうちどれなのか、俯瞰してみるだけでも冷静になれるだろう。

私も中高生時代、家族と争いが絶えなくて、苦しいので救いが欲しくて毎週教会に通っていた。(過去記事
私の心の中は、まさに「悪いあの人(父と兄)」と「かわいそうなわたし」のふたつの事項でいっぱいになっていたのである。自分は不幸だと思っていたし、その原因はすべて家族にあると思っていた。もっと家族に思いやりがあれば自分は不幸から抜けられるのに・・・と思っていたのである。

・・・が、教会に行くと、「悪いあの人」も「かわいそうなわたし」も封印された。(笑)

幸不幸のカギは相手ではなく自分が握っていることを教えられたのである。
自分が変われば周りが変わる、と。まず自分の悪い点を探してそれを悔い改める。
それは「ダメなわたし」に浸るためでもない。
すべては「これから」のためなのである。

お友達の悩み相談にもこの三角柱をもっていくといいかも。
・・・まあ、嫌われるリスクも大きいと思うが。^^;
でもカウンセリングに来た人にこの三角柱を示し、「どの話をしたいですか?」と聞くとたいていの人は「これからどうするか」を選ぶそうだ。

<子供は大人と対等>


これは、自分の子育てを考えさせられた。

スピ系でも、子供と大人は対等、霊魂は子供の方が年齢が上のことがある、なんて話をよくするが、アドラー流子育てでも、相手が子供であっても対等、相手への尊敬の念を忘れないこと、と説いている。

尊敬をベースに、アドラーにはふたつの子育てルールがある。
(1)子どもに選ばせること(なんでも自己決定させる。親が指図しない)
(2)ほめない子育てをすること


●子供に選ばせること
(1)は比較的わかりやすい。
たとえば、
「友達のところに遊びに行ってもいい?」と子供に聞かれたら。
アドラー流子育てでは
「自分で決めていいんだよ」
と答えるのが正解である。

日々の行いは、すべて自分で決定するものなのだと教えることが大事だという。

だいたい、親が口出しする理由は、子供を自分のコントロール下に置こうとするからでもあるし、相手の判断を信用していないからでもある。
(子供に任せていればうまくいきっこないという。失敗すれば自分が責任を負わなければならない。もちろん、失敗するのを見るのが忍びないという親心もあるだろうが)

相手の判断力が自分よりも劣っていると考えるのは、相手を自分より低い存在と見ているからなんだそうだ。

・・・まあ、我が家の場合も、高校生の上の子にはなるべくそうしている。
子供も高校生になればもう対等な存在である。たとえお金を稼いでいないとしても、立派な自我がある。
親の言いなりになどなりっこないし、また言いなりにしてはいけない。
それは親の方でも、覚悟がいることである。
ほっといたら、勉強しないかもしれない。さぼって留年するかもしれない。
子供に選ばせるというのは、子供が堕ちていく(失敗する)のを見守る覚悟もいるのである。
そのリスクを冒してもなお、子供に選ばせるというのは価値あることなのだ。

自立とは、自分の人生を自分で選べることだから。

しかしこのことを知的障害のある末娘にあてはめるには、もっと親の覚悟がいりそうだ。
でもおめめどうセミナーでも言われていたように(過去記事)障害があってもそれは同じく大事なことのようなのである。

ただ、子供に選ばせる上で、親との決定的な違いはあると思う。
それは、人生経験と、知識だ。
アドラーも、必要な知識や経験を提供していくことは否定していない。むしろそれが親の仕事だとしている。
だから、自己決定するだけの材料が不足している場合、親は本人の決断をサポートするべく情報提供をするべきだろう。

末娘に関していえば、日々の小さなことを自分で決めさせるのは今からでもできることだが(食べるものや、着るものなど)、進路決定など大きな決定は思春期に入ったら任せるかな。
決めるにあたっては、特に知的障害のある末娘の場合は、やはり十分な情報提供をしつつ、本人の決断を支援していく必要があるのだろうと思う。

親や教育者のなすべきことは、子供たちの決断を尊重し、その決断をいつでも援助する用意があることを伝え、近すぎない距離で見守ることだと書かれていた。

●ほめない子育て
これが、ちょっとわかりにくい部分ではあると思う。

ほめることの何がいけないのか?ということになるが、アドラーに言わせると、「ほめることは上下関係があるから成り立つこと」で、子供は親と対等な存在、とする原理に反するからだ。

まあ確かに、上の子たちには、お手伝いしても「えらいね」とはほめない。
「ありがとう」である。
「よくできました」なんて、上から目線の褒め言葉の代表で、もし誰かに言われたら相手を「何様?」と思うところである。

ほめない子育ては少数派だが、過去に読んだ本(『親と子の心理学』)にも出てきた。

アドラーと上の心理学両方に共通するのは、ほめることが相手をコントロールしようとする手段になっているという批判である。
つまり人はほめられると不自由になり、それに合わせて行動しなければならない縛りとなるのだ。

たとえばきょうだい児に「あなたは(障害のある)〇〇ちゃんにいつも優しいのね。あなたは本当に思いやりのあるお兄ちゃんね」などとほめたとする。
これは確かに、プレッシャーになる。
言葉通りの自分にならなければならないと、今後の行動を縛ることになるだろう。それまでの行動の基準は自分がそうしたいかどうかだったのに、ほめられて以降は、その称賛通りの自分になるため、他人の期待に応えるという目的になる。これは自分の人生ではなく、他人に期待された人生を生きることになるのだ。

高3長男も、小学校のころ学校でえらくほめられていたことがずーっと尾をひいていて、がんじがらめになっていたようだ。
それが「平凡な人間」になることに甘んじることを難しくし、それが志望校選択にも反映していて、自分の実力以上のところを目指して自分を苦しめるというスパイラルが形成されていたようだ。
(息子にとってアドラー心理学が救いになったのはそういうところかもしれない)
「ほめられることを求める人間は、どこまでいっても満足せず、死ぬ直前まで、ほめられることを求めている」と本には書かれている。

だから、ほめることについても、実は慎重にしなければならないのだな、と思う。

『親と子の心理学』には、ほめるのは行動に対してのみ、人格はほめるなと言っている。理由は上の、不自由さが出てくるからである。

アドラー心理学の場合は、ほめることは競争を生み、周りが敵だと認識させることにつながる、としている。
スポーツや学業や芸術など、「人より優れていることをほめる」ほめ方は、その通りだと思う。
が、競争を生まないほめ方もあると思う

末娘の場合、人と比較したらほめることなんてほぼなくなってしまうのだから(笑)他者と比較してではなく、以前の本人と比較して、できなかったことができたとき、「できたね」とほめることになる。
こういうほめ方ならいいんじゃないかな?
でも、心の底に、子供を思い通りに動かすための手段として「ほめる」を使っていないかどうかは自問していく必要があるかなと思った。

<愛されるより愛する方が幸せ>


教会で教わり、江原さんの本にも書かれており、アドラー心理学でも同じことが書いてあった。(笑)

真の自立とは、誰かを愛する人になることだ、ということである。
他者を愛することができて、初めて自立した大人といえるのだ、ということ。
(経済的自立でもなく、親離れすることでもなく)

これは同感である。
いくら仕事で稼いでいて、いい地位についていて、名が知れていたとしても、自分しか愛せない人じゃ、大人とは言えない。

そして「愛する」ということは、ただの感情の波ではなく、「愛そうという決意」に他ならない、という点。
(結婚も、この人を生涯愛そうという「決意」に他ならないと、私も思っていた)

子育ては、やはり究極的には子供の自立を目指すものなのだけど、その場合、「愛される人になること」ではなく「愛する(愛せる)人になること」が真の自立であり、幸せへの道だというのには同感だ。
なぜなら、「愛されることを目指す」ことは、幼児性(自己中心性)から抜け出ないことであり、自分の幸せが相手の気持ちに左右されるという、不安定な依存関係だからである。
それを目指している以上、愛してくれる人がいなければ幸せにはなれないからだ。
でも、愛する人になれば、その愛が報われようと報われまいと、幸せになれる。

では障害のある末娘の場合はどうだろうか。
障害者に限っては、健常者に依存しないと生きていけないということで、「愛されること」を目指させるべきなのだろうか。
でも、それは、差別のような気がしてしまう。

この本にもあるように、人は生まれてからは自分が世界の中心だし、自己中心性をもって生きている。
どこかでそこから意識的に転換しなければならないのだ。
哲学や宗教の教えで転換する人もいるだろうが、そういう抽象的な話は末娘には難しそうだ。
それとも知的障害があっても、魂のレベルで理解することができるのだろうか?

自分が通ってきたような意識的な自己改革(この本のことばを借りれば、ライフスタイルの再構築)が難しいとしたら、それとは別の無意識的なルートが、知的障害のある娘にはあるのだろうか?そこがわからないところではある。

<宗教と哲学の違い>


これが一番書きたかったことだ。(笑)(でもスルー歓迎)

この本にはこんな記述がある。
「(真理を探究する)歩みをとめて竿の途中で飛び降りることを、私は「宗教」と呼びます。哲学とは、永遠に歩きつづけることなのです」
「もしも「自分はすべてを知っている」と称する者、知ることや考えることの歩みを止めてしまった者がいるとしたら、その人は神の実在や不在、また信仰の有無にかかわらず、「宗教」に足を踏み入れている。わたしはそう考えます。」

つまり、哲学とは、真理を一途に追い求めること、宗教とは、「これに決−めた」と言って途中下車してそれに固執すること、という意見である。
まあ、哲学者なのだから、宗教について偏見をもっていても仕方がない。(笑)

逆に宗教人(のはしくれ)の私から見た、哲学と宗教の違いはこうである。

ダイエットをしたい人がいたとする。
禁煙でもいい。

そこで、その方法を探し始めた。
自分に合いそうな方法を見つけて、やってみた。
ダメなら、また別の方法を探すまでだ。
でも、自分に合った方法に出会って、どんどん減量(禁煙)できた。

上の例でいったらそれが宗教だと、私は思う。
でも、いつまでたっても「もっといい方法はないものか」と思って世界中探し回り、いまだに方法が決まらず、いまだに減量も禁煙もできていないのが哲学なのではないかと。(すみません。偏見かな)

私は、過去記事に書いたように、中高生のとき家庭がすさんでいた。
殴り合いのけんか、罵り合いの毎日だった。

しかしそのとき私の中に残っていた願いは、「まともな人間になりたい」ということだった。
その方法は、世界中にいろいろあるのかもしれない。
でも全部を試してみて一番いい方法を探し続ける、なんていう余裕は、私にはなかった。
ちょうど通っていた教会があったので、その教えを試してみたら、私は当時の自分とは変われた(と思う)。
家庭内は平和になったし、家族関係も変わった。

聖書のものの考え方、示す生き方はとてもいいもので、それに沿って生きることはなかなか難しいのだけれど、少なくとも理想の生き方として持つことができた。

世の中にはいろんな宗教がある。
もちろん、どれが正しくてどれが間違っているなんてことは、言えない。
言えるのは、自分には合っていたし、自分には効果があった、ということだけである。
禁煙法も、ダイエットも同じである。
それは「選択」の問題なのだ。
宗教は「生き方」や「世界観」の選択に他ならない
選択だから、それが一番正しいとは限らないので、人にも押し付けることはできない。
(だから我が子にも「教会に来なさい」なんて言ったことは一度もない)

目的は「よい生き方をすること」だから、方法はいろいろあっていい。
それを目指している宗教なら、どれも仲間であって、敵ではないと思う。

上の子たちが通っていたキリスト教主義の幼稚園には、イスラム教の子も通っていた。
パキスタンだったか、の出身のお父さんが言っていたのは、「イスラム教の神様も、キリスト教の神様も同じだから。目指すところは一緒でしょ」ということ。

過激派の人たちの言動が目立つのだけど、穏健なイスラム教徒の人たちはこういう人たちで、キリスト教徒とも敵同士なんかではないのだ。
私だって、いいお話ならお坊さんの説教も聞きたいしいろんなスピ系にも耳を傾ける。
ただ、自分が取り入れるかどうかは取捨選択するけど。

さらに、この『幸せになる勇気』の哲人は、全部の教えを語った後、青年と別れ、二度と会うことはないという。
でも人間はそんなに強くないんじゃないかな
だから、『幸せになる勇気』を読んで感動した人はたくさんいても、その多くはしばらくしてまたこれまでと同じ生き方をするのじゃないかと思う。
宗教の場合、毎週教会に集ったりして、頻繁に自分の生き方を振り返り、パワーをもらう時間を設けることができる。
教えを忘れて道を外れてしまってもまた軌道修正ができる。弱っていてもまた元気になれる。
何百年も続いてきたものには、信仰を維持していくためのしかけがちゃんとできているのだ。

青年は、(そして長男は)、今後哲人に二度と会うことなく、アドラー心理学に生き続けることができるのだろうか?という感想をもった。

手作り教材:受け身(〜される)を教える

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※これまでの(自分で描いた)文法絵カードはPDF化していつかまとめてアップする予定です。

発音練習の仕方を教わったSTママさんに、一冊の本をお勧めしていただき、さっそく購入した。
LCスケール増補版: 言語・コミュニケ—ション発達スケール


この会社のホームページでは、教育関係者や心理テストを行う関係者じゃないと購入できないことになっているが、一般人でもアマゾンで買えた

別に発達テストの予行練習をするためではないので。
現在ちゃんとSTにかかれない地域に住んでいる人などは、親が我が子の言語・コミュニケーション力を見ていかなければならない。
我が子の弱点を知り、今後系統的に学習内容を考えていくために使える冊子だ。

このスケールを使ってみて、娘につけたいのはコミュニケーションのための国語力だったのか、というのが改めてわかった気がする。

*        *       *

このスケールにも出てきた受け身表現を教える絵カードを作ってみた。
能動態と受動態のペアを作り、文を言って正しいカードを選んでもらう。

「アイスをなめる」と「アイスになめられる」
ukemi02c1
ukemi02c2

「さかなをたべる」と「さかなにたべられる」
ukemi03c1
ukemi03c2

「ねこをしかる」と「ねこにしかられる」
ukemi01b1
ukemi01b2

「ねこをひっかく」と「ねこにひっかかれる」
hikkaku
hikkakareru

「ねこをおいかける」と「ねこにおいかけられる」
ukemi01c1
ukemi01c2

「いぬをたたく」と「いぬにたたかれる」(よいこはまねしないでね)
ukemi02b1
ukemi02b2png

「おとうとのドーナツをうばう(とる)」と「おにいちゃんにドーナツをうばわれる(とられる)」
ukemi03b1
ukemi03b2

アイスとさかなのカードは、娘にうけた。(笑)

口頭で言って選ばせたところ、受動態は意外とわかっていた。(常に正しいものを選べた)
ただ、わかっていても、言えない。
(そういうのはけっこうある)
丸暗記は得意な娘なので、ひと組のカードの裏はこのようにして、表を読んだあと裏返して言ってもらう、を繰り返し、最終的に絵を見ただけで文が言えるようになると、発信や文を書くときの練習にもなるかなと思う。
demo


*        *      *

娘にとって国語を学ぶ目的は「日本語の習得」である。
しかし普通の小学生は、入学すると文字(特に漢字)の勉強が中心になる。
あとは文章読解とか。
日本語を話せるようになるための勉強はない。(それはすでにできているものとして)

しかし娘には、日本語そのものの勉強が必要である。

日本語を学ぶには、いい教材がいろいろあるが、1)日本語力といっても幅広く、どこから手をつけたらいいのか、どうすれば系統的にやれるのか、難しいなと思っていたところだ。
そのために、今後もこのスケールを利用していこうと思っている。

時間のあるときに娘にちょっとずつやっていると、「やっぱりわかっているようでわかってないな」ということがいろいろある。

四年生大学を卒業したダウン症のある青年のお母さんが言っていたのは、「(息子さんは)ことばは達者だし口頭指示で動けるので、わかっていると思われてしまうけど、実は細かいことがわかっていない。なので、すれ違いや誤解でトラブルになることが多い」と。
「言われていることはわかっているけど、うまくしゃべれないだけ」と親が思っているお子さんも、実は、「言われていること」自体も、周りの状況からのヒントや聞き取れた単語だけを頼りに動いていることが多いというのは、言語聴覚士さんの講演会(去年あった)でも言われていたことだ。

娘は特に、パターン化が得意なので、わかっていないのに「こう聞かれたらこう」みたいなパターンを見つけ出し(私たちがもっているのとは違うパターンを)それでわからない中をさもわかっているかのように切り抜けている節がある。
「ひみつ」もそうだし(聞かれたら「ひみつ」と答えたり)、「いつ・・・」と聞かれたら「いまでしょ」と答えたり、「〇〇じゃねーよ」もそのひとつ。
(言われたことばに「じゃねーよ」をつけて返す)
でもそれではかわいそうなので、本当に指示やまわりの会話がわかるようにできたらいいなと思っている。

<注1:日本語を学ぶための教材>


これまで我が家で使ってきたもの。この他に外国人向けの日本語教材なんかもいいかも。
・ろう教育の教材
http://nanchosien.com/publish/
・「葛西ことばのテーブル」
http://kasaikotobanotable.net/index_kz.html
・コロロ発達療育センター(自閉症の子向けのことばの教材)
http://www.kololo.jp/material/

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せっかく作ったのでシェアしていこうというシリーズ。

今回はお買い物練習用カードです。
買い物練習カード、買い物足し算用ワークシート、位取り数字ボード、支払い練習カードの4種類をシェアします。

(我が家では、カード類を作るときはA4に印刷してカットし、100円ショップに売っている無地はがき(50枚100円)にのりで貼りつけています)

*     *       *

娘は数字だけの足し算プリントよりも、具体的なお菓子や料理を買ったり注文したりという設定の方が(たとえ「ごっこ」遊びで本物が食べられなくても)やる気がアップするみたいです。

<お買い物練習用カード>


・駄菓子(10円単位)
・弁当類(ほっ〇もっとなど)(100円単位)
・レストラン(ガ〇トとコ〇ス)(何百何十円単位)
・ファストフード(マッ〇)(混合)

のカード。(ほぼ実際の値段または近い値段)
kaimono01


使い方はいろいろできます。
・単純に、好きな食べ物のカードを1枚選んでもらい、その分だけ10円玉(または100円玉)で支払ってもらう練習。
・2枚選んで足し算の練習。
・数枚選んで計算機で答えを出す練習。
・数枚選んでそろばんの練習。
・2枚選んで暗算の練習。


1円がみんなゼロになっているのは、実用的には百円玉や十円玉に比べ一円玉はあまり重要ではないのと、計算が煩雑にならないためです。

娘は、足し算の練習からはじめました。
(1)駄菓子から2枚好きなものを選び、式を立てて答えを書く
(何十足す何十の足し算)
(2)お弁当類から2枚好きなものを選び、式を立てて答えを書く
(何百足す何百の足し算)

通常の2+3=5から200+300=500ができるようになった道筋は過去記事に書きました。

(3)お弁当から1枚、駄菓子から1枚選び、式を立てて答えを書く
(何百足す何十の足し算)
これは、位取りが難しいので、ひっ算を使いました。

(4)レストランカードから2枚選び、式を立てて答えを書く
(何百何十足す何百何十の足し算)
これもひっ算を使いました。はじめは繰り上がりが発生しないような組み合わせになるようコントロールし、繰り上がりひっ算ができるようになったら、どれでも好きなものを選んでもらいます。
最後に電卓で答え合わせをしてもらいます。

(5)レストランカードから4枚選び、お金そろばんで計算し、最後に電卓で答え合わせをする

お金そろばんについてはこちら↓
http://blog.livedoor.jp/pumpkin1205/archives/50893342.html

※お金を用意しておいて、答えが出たら実際にトレーの上にのせて支払ってもらいます。
(計算ができることと支払えることもまた別の力なので)

(6)暗算の練習。お弁当から2枚、または駄菓子から2枚選び、式を立てずに答えだけを直接書く
(7)暗算の練習その2。お弁当から1枚、駄菓子から1枚選び、式を立てずに答えだけを直接書く


娘は今ここです。暗算の練習をしています。(6)はすぐにできましたが(7)が苦戦しています。
200+30=230とすぐ書けるのだけど、30+200=320となってしまう。(笑)
今、そのための工夫をしているところです。

一括ダウンロード(PDFファイル)と編集可能ファイル(ラベル屋さんHOMEにて編集)はこちらから。

<お買い物足し算用ワークシート>


上の(1)〜(7)の活動用に作ったワークシートです。
我が家では1枚ずつプリントアウトして透明クリアファイルにはさみ、クリアファイルの上から消せるペン(ホワイトボード用のペン)で書いてティッシュで消しています。
kaimonoprint


上の(1)(2)の活動にはkaimonotashizan のワークシート。
(3)(4)の活動にはkaimonotashizan05 のワークシート。
(4)で繰り上がりが発生するようになったらkaimonotashizan06 のワークシート。
(5)(6)(7)にはkaimonotashizan02 のワークシート。
・・・を使いました。
ただ、今(7)で苦戦しているので、kaimonotashizan03 や 04、07のワークシートを使えば、もっとわかりやすいかな?と思っています。

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<お金の位取り理解のための教材>


こちらは3年前、娘にお金を教え始めた頃の教材です。
うちは保育園年長さんの冬からお金を教え始めました)
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●お金の位取りボード
上の写真にある、スポーツの得点板(スコアボード)のようなものを作りました。
kurai01

我が家での決まりごとは、一の位は赤、十の位は青、百の位は緑、千の位は黄色ということです。
(特に意味はありません)
数字をプリントアウトしてカットし、ラミネートしてパンチャーで穴をあけ、リングで段ボールに綴じ込みました。十の位から上は白紙も用意しておきます。

そして、はじめは写真のようにすべて一円で支払ってもらい、やがて十円硬貨、百円硬貨、千円札に移行しました。(過去記事

※1円玉を入れた透明ビニールホースはここで買いました↓
https://gomu.jp/item/10327
10327-0022-3-2 内径22mm、外径26mm、1メートル1,893円。
底は、クリアファイルをホースの太さに丸くカットしてセロテープで貼り付けるだけ。
(もしくはペットボトルのキャップ)

●お金の支払い練習カード
shiharai01

ジュース類、果物類、お菓子類、アイパッド、テレビ、牛乳、おにぎりです。

※実際は食べ物の写真をとって作っていました。
これは一般的なカードということで、いつものいらすとやさんのイラストをお借りして作りました。
ひとつだけ白紙になっているので、お子さんの好きなものが書き込めます。(笑)

家では注文制をとっていました。
りんごが食べたいとき、りんご(果物)のカードをもってきて、そこに書かれている金額を支払ってから食べます。
一日一回だけ。嫌にならないように
そのとき、上の得点板と「位取りマット」(色画用紙にマス目を描いただけのもの)を使います。

はじめは、安いです。全部10円未満です。
一の位が定着してきたら、十の位、やがて百の位・・・最後には牛乳一杯で1235円というぼったくりです。

こうして一円玉のみで位取りを理解してから十円硬貨、百円硬貨、千円札を導入しました。
(一円玉だけを使うと見た目でどっちが大きいかがわかるので)
(五円、五十円、五百円はもっと後で導入)

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ダウン症と吃音(どもり)・補足(長文注意)

はじめに・サイトマップはこちら

発音向上のために目次はこちら
ダウン症関連論文目次はこちら

【追記】日本語読みを「リッドコム・プログラム」と書きましたが日本では「リッカム・プログラム」で知られているようです。(「ウォーター」と「ワーラー」の違いのようなもの。後者の方が実際の発音に近い)

少し前にダウン症と吃音についての記事をアップしたが、今回はその補足である。

前回の結論は、ダウン症のあるお子さんの吃音を治す直接的な治療法というものはなく、ー囲の環境を変えて要求のハードルを下げ∨椰佑慮生貲塾呂鮃發瓩討いことが大事、みたいな話だった。
(健常児と違いダウン症のあるお子さんの場合はことば自体の発達の遅れも関係しているため)

言語療法士さんがダウン症のあるお子さんに対する治療として行っていたいくつかのメソッドの中で、「直接流暢さを増すための訓練」であるLidcombe programとsyllable timed speech(STS)というのが出てきたので、どんなものかと思って調べてみた。

結果的にダウン症のあるお子さんには効果がなかったというのになぜ調べるのかというと、単なる好奇心である。(爆)
私の好奇心にお付き合いくださる方はお読みください。

<積極的に介入するメソッド>


吃音に対する対処法としては、「本人の自信を高めるよう、要求レベルを下げて様子をみましょう」的なものが多い中で、いくつか積極的に介入していく方法というものがあるようだ。1)

間接的な方法(環境を整える的な?)
Group Play Therapy (Wakaba, 1983),
Teaching and Facilitating Mother–Child Interaction Therapy (Wyatt,1969),
Parent Focused Treatment (Yaruss, Coleman, & Hammer, 2005),
The Demands and Capacities Model (Franken,Kielstra-Van der Schalk, & Boelens, 2005)
Parent–Child Interaction Therapy (Millard, Nicholas, & Cook, 2008).

直接的に話し方に介入していく方法
Regulated breathing (Azrin & Nunn,1974;Elliot, Miltenberger, Rapp, Long, & McDonald, 1998),
Rhythmic Speech Training (Coppola & Yairi, 1982),
Speech Restructuring (Shine, 1984)
The Comprehensive Stuttering Program (Kully & Boberg, 1991),
The Fluency Rules Program (Runyan & Runyan, 1986)
The Lidcombe Program (Jones et al., 2005)
The Westmead Program (Trajkovskiet al., 2009)

両者のミックス
The Preschool Fluency Development Program (Culp, 1984),
The Intensive Stuttering Therapy Program(Hasbroucketal.,1987),
The Stuttering Intervention Program(Pindzola,1999)
Fluency Facilitation (Jones-Prus, 1980).


これだけいろいろな方法があるのだが、問題は、ほとんどが特定の子に効果があっただけで、有効性が証明されていないことだ。(幼児のうちはほっといて治るものもあるのでこのメソッドのおかげかどうかはわからない)

上の中で、少なくとも臨床試験のようなものが行われて(健常児に対する)有効性が証明されているのがThe Lidcombe Program とThe Westmead Program (syllable-timed speech(STS)のこと)である
今回はこのふたつをご紹介したい。
ちなみに、ふたつとも幼児のうちでなければ効果が期待できず、The Lidcombe Programについては吃音が始まって1年以内でなければならないとされているし、The Westmead Programも大人には一時的な効果しかないと書かれていた。
もう発話をつかさどる神経経路ができあがってしまっているとその経路を変化させるのが難しいからだそうだ。発話経路ができあがる前に介入するのが有効なのである。
またどちらも、家で毎日親がついて練習するのが特徴。
治験参加者を募集して集まっても途中で脱落していくのはそのためだろう^^;(また、吃音が減ったからいいやということで最後までやらない家庭もあるらしい)

<The Lidcombe Program>


Lidcombeとはシドニー郊外にあるオーストラリア吃音研究センターのある場所の地名。日本語読みすれば「リッドコムプログラム」ということになろう。
オーストラリアで開発され、オーストラリアの言語療法士のほとんどがこのプログラムを使用しているそうだ。
●有効性
・ドイツでの研究2)
ドイツの園児46名を対象にしたもの。
幼児の吃音は自然治癒することもあるので、治療したグループと治療を待ってもらったグループとにランダムに分けて有効性を比較した。
治療開始16週後、家庭での吃音は治療したグループで平均70.3%減少した。一方治療を待ってもらったグループは平均17.6%の減少だった。
治療したグループは全員が吃音が減少したが、治療を待ってもらったグループ(自然治癒群)は13名吃音が減少、9名は吃音が増加した。
診療室内での吃音も同様に治療群70.6%の減少に対し自然治癒群は25.4%の減少だった。自然治癒群は15名吃音が減少、7名は吃音が増加した。

・オーストラリアでの研究3)
オーストラリアの園児23名を対象にしたもの。
治療グループと治療しないグループにランダムに分けて比較した。
12週後、治療したグループは治療しないグループに比べ2倍改善が見られた

このプログラムが安全であり親子関係を壊さないことも示されている。
親は療法のあとお子さんが自信をもって外に出るようになると報告しているそうだ。

●方法
では、Lidcombe Programとはどのようなものなのだろうか。
ざっと見たところ、おそらくこれは行動療法的な手法である。
つまり、ものすごく単純化すると、どもらなかったらほめる。プログラムが進むと、どもったときに自己修正を求める。
前回書いた、「話し方に集中させず、話す内容に注意を向けさせる」のとは真逆の手法である。

親のトレーニング
この療法では親のトレーニングが重要になる。
親や保護者が子供の日常生活の中で行うプログラムだからだ。
言語療法士に週に一度通い、親がこの療法のやり方の指導を受ける。親が実際に療法士の前でやってみせて、フィ−ドバックを受ける。この言語療法士による親のトレーニングが非常に重要で、療法が順調に進んでいるか、適切に行われているかを言語療法士に見てもらうことでお子さんや家族の励みにもなる。
この療法では、親が一日の決まった時間に、子供の発話にフィードバックをしてあげる(コメントをつけてあげる)時間を設ける。
親は言語聴覚士から、効果的なコメントのつけ方を学び、また子供の吃音の程度を毎日点数で評価する仕方を学ぶ。(1〜10までの段階で評価。1はまったく吃音なし、2は非常にわずか、10は極度に重い吃音)
親は、誰かの吃音のある発話の録音を聞いて点数をつける訓練までするそうだ。
また、言語聴覚士の部屋では親が子供と会話し、親はそのときのスコアを出し、STの出したスコアと一致するかどうかの練習もする。(何回どもったかなど)
正確に評価できるようにトレーニングすることもこのプログラムのカギである。
評価が不正確だとまだ早いのに(完全に治りきっていないのに)第2ステージに進んでしまったりするし、逆にもうとっくに第2ステージに行っていいのに長く第1ステージにとどまったりしてしまうから。

言語療法士と親は、先週一週間に対する点数を見て、日常生活でこの療法がどれだけ有効だったかを見る。これは、吃音は日常生活でこそ治ってほしいため、大事なプロセスなんだそうだ(言語療法の部屋の中だけでなく)。

このプログラムのマニュアルがネット上にある。
https://sydney.edu.au/health-sciences/asrc/docs/lp_treatment_guide_2016.pdf
親が単独で行うのはダメで、必ず言語聴覚士の指導が必要とある。ただしスカイプなどを使って、実際に合わずに指導を受けても有効なんだそうな。

親がちゃんと正規のやり方で進められているかどうかのチェックリストも公開されている。
http://dspace.flinders.edu.au/xmlui/bitstream/handle/2328/27057/Swift%20Checklist.pdf?sequence=1

プログラムには第1ステージ、第2ステージがある。
・第1ステージ
親は毎日この療法を行い、週に一度親子で言語療法士を訪れる(45−60分)。
これは吃音がなくなるまで、あるいは非常にわずかになるまで続けること。
親は、子供がしゃべったとき、ことばをかける。
ことばがけは5種類に分類される。
吃音がなかった場合のことばがけ3種類と、明らかな吃音があった場合のことばがけ2種類である。
最初は、吃音がなかった場合の3種類のことばがけから始める。
ことばがけの方法を正しく使っているかSTがチェックする。
(正しく使っていないと子供が進歩していないことの原因にもなるので)

子供にとって楽しい経験になるようにするのが大事。
しつこかったりやりすぎたりしないように。ゆっくり、注意深く導入する。子どもを励まし、楽しませる。

吃音がなかった場合の3種類のことばがけ
(1)ほめる
「すごい!すらすら話せたわね」「つっかえないでとっても上手に話したね」など。
自分なりの表現で言うことが大事。その子が喜びそうな褒め言葉を使う。お世辞ではなく心を込めて。やりすぎないのも大事。子どもがしらけないように。(喜ぶように)
(2)自分で評価させてみる(吃音がなかったときのみ!)
一定時間(ほんのわずかの間でもいいし数時間でもいい)吃音がなかったとき、親は子供に自分の発話の評価をしてもらう。
「スムーズに話せた?」(予想される答え:「うん!」)
「どこかつっかえたところはあったかしら?」(予想される答え:「全然なかったよ!」など)
(3)淡々と認める(事実のみを淡々と言う)
上2つとの違いは、子供の会話をいいとも悪いとも評価をはさんでいないことばがけであること。
吃音のない状態を当然のことのように言うこと。
「スムーズね」「つっかえがないわね」

明らかな吃音があった場合の2種類のことばがけ
こちらは注意が必要。というのも子供は最初こういう言葉にネガティブに反応するから。
吃音がなかった場合の上の3つよりも回数は減らすこと。つまりこのプログラムの最中は親からかけられる言葉のほとんどが上の3つということになる。
こちらは、明らかな吃音の時に使う。「これは吃音と言えるのかな?」というときには使わない。

(1)淡々と事実のみを言う
これもいいとか悪いとかの評価を含まないこと。「つっかえたわね」「ことばにつまったわね」
(2)自己修正をお願いする
もう一回言ってもらう。ほとんどの子は2回目はどもらずに言えるが、言えない場合は言わせないようにする。子どもが言い直しに拒否反応を少しでも示したらすぐにやめて療法士に相談すること。
「もう一回言ってくれる?」「スムーズに言えるかしら?」「今度はつっかえずに言えるか言ってみて」これは決して頻繁には行わないこと。吃音が多く出ているときには行わないこと。
第1ステージの終盤に来て、一日のうち2・3回しかどもらなくなったら。
1日2・3回のどもりになったら、毎回言い直してもらうことがあってもよいそうだ。

オプション:プラス2種類のことばがけ
(1)吃音がなかったことに気づいたことをほめる
これは吃音がなかったことに対してではなく、吃音がなかったことを自己評価できたことに対してほめることばがけ。
「すごくスムーズに話せたよ」と言ったようなとき、「すごい、自分がすらすら言えたのを聞いていたのね」など。
(2)吃音をすぐに自己修正したことをほめる
親に「もう一回言って」と言われなくても自分から修正したことをほめる。
「すごい、つっかえたのを全部自分で直したのね」など。

・第2ステージ
これは吃音が消失、あるいはごくわずかになった状態を維持するためのステージで、言語療法士に通う回数も減る。吃音は治療がうまくいったあと再発することが知られているため、現状維持のためのステージも大事なのである。

親も子も各家庭ごとに異なるため、中心的なマニュアルは維持しつつも、それぞれの家族に合った形で実践する。

通常、平均12回言語療法士を訪れた時点で吃音が消失するか非常にわずかになるそうだ、その後平均3回確認のために行き、それから第2ステージに入り、第2ステージではもっと言語聴覚士に通う回数が減る。吃音が重い場合は一般にもっと長くなるそうだ。

<The Westmead Program (syllable-timed speech(STS)>


上のLidcombe Programはオーストラリアで最もよく使われている手法だが、このプログラムも2番目くらいに使われているもののようだ。Westmeadも地名で、「ウェストミードプログラム」ということになろう。

リズムのビートに合わせてしゃべるもので、昔から吃音に有効として知られていた手法だそうだ。
●有効性
・2009年オーストラリアの研究その1(事例報告)4)
3人の園児を対象としてsyllable-timed speech(STS)を行った。1週間後、3人の日常生活での吃音(言語療法の最中だけでなく)はそれぞれ40%,49%,32%減少した。


・オーストラリアの研究その2(第1相試験)5)
6歳から11歳までの子供10人に対しsyllable-timed speech(STS)を行った。治療開始9カ月後、半数の子の吃音が50%以上減少した。うち二人は80%以上の減少を達成した。


・オーストラリアの研究その3(第2相試験)6)
3歳〜5歳未満の子供17名に参加してもらい8名が治療を終了した。
平均して96%吃音が減少した。
診療に通う時間が平均8時間ほどでステージ2へ進んでいた。

●方法
こちらも上のメソッドと同様、ステージがふたつある。
第1ステージのa
親子で週に一度通院しSTに訓練の仕方を教えてもらう。STが見本を見せ、マネして練習する。
SSTでは、アクセントをつけず(強調をつけず)ロボットのように平坦に、ビートのリズムに合わせてしゃべる。
最初はゆっくり、徐々に普通の会話くらいのスピードになるまで。
親は家でも子供に手本を見せられるようにし、日常会話でなるべくSTSを使うようにする。
一日4回〜6回、それぞれ5分〜10分くらいずつ練習。
子供がモデルのまねをしたらほめる。
STはどもった音節のパーセンテージで測定する。
ここも上のメソッドと同様、吃音を1〜10のスケールで評価。親も評価できるように訓練する。

第1ステージのb
上の練習は続くが、親子がちゃんとできていると感じたら通院の回数を減らしていく。
3週連続で病院での吃音が1%未満になったら次のステージに進む。

第2ステージ
さらに通院の回数を減らし、一年間低い割合をキープする。
毎週、10分の会話を2回録音しておいてSTを受ける。

なぜこの方法に効果があるのかの理由はいくつか議論がある。
ひとつは、リズムに合わせることでストレスが減るのではないかということ。
もうひとつは、このメソッドではロボットのように平坦に、アクセントをつけずにしゃべるのだが、アクセントをつけることが吃音の引き金になっているのではという説もある。

また、リズムに合わせてしゃべるため、ことばそのものが出てこない、ことばが詰まるタイプの吃音(難発)には効果がうすいという見解だそうだ。

実際にやっているところを見たいと思って動画を探したけれど見つかりませんでした。^^;
(子供が練習している場面の動画はなかった)

この方法は、ご褒美システム(トークン)と組み合わせると効果があがるそうだ。
(上手にマネできたらご褒美をあげるなどかな?)

<その他の「何かする」メソッド>


上以外にもいろいろな「吃音指導」がある。
誰にでも有効というものではなく、効果があっても一時的にとどまる場合もある。
・文章を読むー普段と読み方を変えて。
物語を一緒に読む。そのとき、読むスピードを変えたり(通常はゆっくり)、声の調子や声色を変えて読むとなめらかになる場合がある。
ロボットが話すように、またはお経を唱えるように平坦な口調で読むとすらすら読めることもある。(これは上のやり方と共通)
・楽に流暢にどもる指導
「またどもるに違いない」という強い不安がある場合、楽などもりかたを身につける。
・最初の音をひきのばして発音すると難発に有効な場合がある。
または口の構えを解消して初めからやりなおしたり、息を少しずつ出すようにして発音する。

Youtubeで動画を探していたら、上のいくつかを紹介している動画があった。
英語だけど、こういうふうにやるんだ、というのがわかると思う。
https://youtu.be/X2Oed1JuuAA

bouncing 最初の音をわざと繰り返す。「パンダ」なら「パ、パ、パ、パンダ」というように。
(pick(摘む)を「p,p,p,pick」と言っている)
stretching 最初の音をわざと引き延ばすことで言いやすくする。「サラダ」なら「s---サラダ」
(はsailor(船乗り)を「s----sailor」と言っている)
light touches 主に両唇音(上下の唇で出す音)に使う。発音する前に、声を出さずに口パクを3回する。
「ball」を「x,x,x,ball」(xは口パク音)
slow speech ゆっくり話す。そのとき、指でテーブルをなぞりながら言うと、同じくらいゆっくり言う練習にもなる。
catching どもったとき、それを手に摑まえてぎゅっと握り、手を開いて放つイメージ。
(蝶を捕まえるように)
easy onset 息を深く吸って、ことばを言う前に少し吐き出し、それから言う。

*       *       *

今回は、積極的に介入していく式の方法を調べてみた。

Lidcombe Programは一定の評価を得ているメソッドのようだが、言語療法士に週1で通うこと、このプログラムに精通している言語療法士でないといけないとなるとなかなか日本では難しいのかなと思った。
そして、内容を見ると、ダウン症のある子には効果が薄いというのはわかるような気がする
自分で自分の発話をモニタリングし、意識して改善する力があることが前提となっているからだ。

別のyoutube動画では、小さい子に「吃音のあるしゃべり方」と「吃音のないしゃべり方」の違いをわからせる(吃音という概念をわからせる)ことをしているものがあった。
吃音のあるしゃべり方とそうでないしゃべり方を聞かせ、今のはどっち?とあてさせるのだ。
こうして吃音とそうでないしゃべり方の区別がつくようにし、自分の話し方のモニタリングへとつなげるのだろう。

この他にも、前回は書かなかったが、子供自身が吃音について学ぶことが大事(自分をよく知るという意味でも)。
そして吃音のある子ども同士が語り合う場面を設定するのも大事という記述もあった。

syllable-timed speechは、吃音がなくても、ダウン症のあるお子さんが言葉を覚えるのにも有効なのでは、という気がした(動画が見つからなくて残念)。
話せないけれど歌うことができるというお子さんはいて、発話と歌は脳の違う部分を使っているのかなという気がする。リズムに乗せてしゃべるとそのことばが出やすくなるし、表現が覚えやすいのではないかと思う。
(英語初心者の学習教材には、よくJazz Chantsというのが使われる。
ジャズのリズムに乗せて英語を繰り返し聞き、リズムと共に英語の基本表現を身につけるというものだ。
↓こういうもの。これと同じ音源がうちにもあった。)
https://youtu.be/6iHfxfh6lyQ

メトロノームを使っているものもあったが、音楽の方が楽しそう。

以上、役には立たないけど(笑)興味があったので記事にしました。

<注>


1) Trajkovski, N., et al. Using syllable-timed speech to treat preschool children who stutter: A
multiple baseline experiment.Journal of Fluency Disorders(2009)
http://www.unm.edu/~atneel/shs531/syll_timed_tx.pdf

2)Lattermann C, et al. A randomized control trial to investigate the impact of the Lidcombe Program on early stuttering in German-speaking preschoolers.
J Fluency Disord. 2008 Mar;33(1):52-65.

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18280869

3)Harris, V., Onslow, M. An experimental investigation of the impact o the Lidcombe Program on early stuttering. Journal of Fluency Disorders, 27, 203-214.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12371348
全文がネットで読めます。↓
https://pdfs.semanticscholar.org/298a/c050db018c8f1c8777c7d4f5d95d127dfe0e.pdf

4) Trajkovski, N., et al. Using syllable-timed speech to treat preschool children who stutter: A
multiple baseline experiment.Journal of Fluency Disorders(2009)
http://www.unm.edu/~atneel/shs531/syll_timed_tx.pdf
全文がネットで読めます。

5)Andrews C,et al.Syllable-Timed Speech Treatment for School-Age Children Who Stutter: A Phase I Trial. Language, Speech, and Hearing Services in Schools, July 2012, Vol. 43, 359-369.
http://lshss.pubs.asha.org/article.aspx?articleid=1761520

6)Trajkovski, N., et al. A phase II trial of the Westmead Program: Syllable-timed speech treatment for pre-school children who stutter. Int J Speech Lang Pathol. 2011 Dec;13(6):500-9.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22070727
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