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私は子育て本を読むのが大好き。^^;

先日、知る人ぞ知る「どんぐり倶楽部」1)の糸山泰造氏の本を3冊ほど借りてきて読んでみた。
とてもおもしろく、考えさせられたので、ちょっとご紹介。

*  *  *
糸山氏は進学塾で長年教えてきた塾講師である。
塾講師の間には、長い間教えてきた人ならたいていの人が気づいている公然の秘密があるという。

それは、早くから塾通いを始めた子どもは、後に伸び悩む傾向があるということだ。
小学校5・6年頃になって受験に参入したような子の方が後によく伸びるのだという。

私も高校教諭の経験があり、○文式などで先取り勉強をしてきた子が高校になって伸びなくなる例をいくつか見てきた。
その理由について、私は「塾の力で押し上げられ、もともとの能力以上の学校に入ったからかな?」と思っていた。
あるいは小さい頃から塾通いしてきたことの息切れ現象かな?とか。

しかし糸山氏はそうではないと考える。
先取り勉強と大量暗記、スピード計算という、考えない脳を作る諸悪の3大根源による学習法が原因だというのだ。

糸山氏はかの有名な○マス計算とか○田式のフラッシュカードとかに批判的である。
こういう訓練をされてきた子は、非常に頭が固いのだそうだ。

反射は考えることを必要としない。したがってそういうことばかりやっていると反射の回路ばかりが発達して、じっくり考える脳の思考回路を形成することはできない。
そういう訓練をしてきた子どもは、低学年のうちは成績がいいが、高学年になって考える問題が出てきたとき、太刀打ちできなくなるという。

詳しくは糸山氏の著書を読まれたし。2)

(○マス計算は実績を上げていると反論される人もいるかもしれない。が、蔭山氏の著書によると、蔭山氏は子どもたちの日常生活にまでわたる広範な改革を行っており(テレビの視聴時間の削減、家庭学習時間を増やす、朝型生活、読書の習慣などなど)、その中のどれが効いたのかは定かではないのだ。誰だってテレビを消して学習の習慣がつけばそれなりに成績は上がる。○マス計算単独の効果とはいえないのだ)3)

*  *  *

子育て理論・教育理論はそれこそよりどりみどりなので、自分の中に基準をもっていて選ぶことが必要になってくる。
私個人の判断基準は「その教育論の最終目標は何か」ということだったりする。

たとえばその教育論の最終目標が「東大合格」だったりしたら私は「けっ」とか思っちゃう。(笑)
私はそんなちっちゃい(あえてちっちゃいといおう)目標のために子育てをしているわけではない。(あるいは「そんな目先のこと」、というべきか)
大学入学が人生のゴールだなんてぜんぜん思ってないから。(←上の子の話ですよ)

ましてや目標が「小学校(低学年)でいい成績をとること」だったりしたら、その教育理論もその程度のものだと思う。
「小学校入学時点でほかの子に差がついていること」を目指す子育て理論なんていったら、ぜんぜん心が惹かれない。

その点、糸山氏の「考える力をつける」勉強の最終目標は「人生を楽しめる力を育てること」とある。
生涯学習なのだ。
長いスパンで物事を考えて、本当の学力(考える力)をつけようとしている。
そのあたりが、非常に私好み。
(ただし、人により好き嫌いがはっきり分かれるとは思います)

*   *   *
たとえば早期教育について、糸山氏は「本当に力のつく教育と、目先だけの結果を求めて本当の力はつかない教育とがある」として、こんなことばを書いている。

「子どもに一匹の魚を与えると一日生きることができる。しかし魚の捕り方を教えると一生食べることに困らない」

親としては、当然後者のような力をつけたいと思うものだ。

小学校低学年限定の優等生を作る、計算の速さを競わせるような学習などは前者であり、考える力のある本当の学力をつけることは後者であると著者は言うのである。

何かできるのが早ければ早いほど優れている、という考え方を著者はしない
実は先取りで早く教えることの弊害があると、著者は指摘している。
この辺はシュタイナーととてもよく似ている。
できてもあえて早くはやらせない」スタンスなのだ。
多くの人は上の学年の勉強を早くやることに何か弊害があるなんて思いもよらないだろうと思うが、糸山氏はこんなたとえを用いて説明している。

赤ちゃんがもしも生後3時間で歩いたとしたら、寝たまま固定点から周りを観察するという期間にしか得られない生活の経験ができなくなり、それによって作られるべき情報処理網が脳に作られないまま成長が完了してしまう。
同様に九九を早く教えてしまうと、九九を知らない時代に経験できたいろいろな問題をとくための工夫が経験できなくなり、その結果理解が浅くなるという。

ま、車で目的地に行くのと、歩いていくのとでは、車の方が早く着くが、その過程で学べることは歩く方がずっと豊かだ、ということである。
道ばたの草花、出会う人々、ゆっくり動く風景。
車で着いてしまった子には、それらの経験が欠ける。
実はその過程にこそ、考える力の育ちがあるのだという。
「できさえすればいい(目的地に着きさえすればいい)」ーそれが先取り学習のしていることだ、ということなのだ。

これは私もわかる気がする。

算数(数学)で一番難しく、かつ一番楽しかったのは、小学校6年生くらいの算数だったという記憶がある。
代数(xを使った方程式)をまだ教わっていないから、文章題を解くときに実にさまざまな工夫をしなければならない。
ツルカメ算なんてのがその典型だ。
(ツルとカメが合わせて○匹います。足の数は全部で○本です。それぞれ何匹いるでしょうか、みたいな問題)

中学生なら代数を使って簡単に解ける。
6年生は代数を知らないからこそ、いろいろと頭を使わなければならない。
これが、先取り学習で代数を小学校6年生に教えてしまったらどうなるだろうか。
考える経験を経ないまま「こうすれば答えが出る」と知ってしまったら。・・・小学校6年でしかできない考える訓練ができなくなってしまう。
そういうことの弊害を、糸山氏は言っているのだ。

だから糸山氏は、自分の学年より上の勉強を先に学習してしまうことを避けるべきとしている。
幼児期も、子どもはもっと回り道をすべきで、暗唱や計算などのパターン学習(知的系統的な学習)をさせるべきではないという。
なぜならそうした学習はただひとつの答えにまっしぐらに最速でたどりつくため、回り道して考えることができないからだ。

子育ては回り道の連続だと思う。
目的地に行くのだって、子どもはしゃがみ込み、蟻を目で追いかけ、葉っぱを探し、小石を拾う。
親にとってはさっさと歩いて目的地に早くたどり着きたいと思うのだが、そんな子どもの行動の中にこそ育ちがあることをモンテッソーリも言っている。

「できさえすればいい」と子どもの試行錯誤のチャンスを親が先回りして奪うことも、子供の力を奪う。子育てというのは、目先のことにとらわれてはいけないのだ。

*  *  *
こうした本を読むと、子育てとは一筋縄ではいかないものよ、と思う。

小さい頃から塾へ通わせ、勉強勉強やらせている親は、勉強ができる子になってほしいと思ってそうしているに違いないのに、結果として逆のことになってしまうこともある。
子どもが学校でいい成績とることにそれほどこだわらない親の子ほど後に学力がつくようになっているとは。

でも、短い私の教師経験からして、それは言えてると思う。
勉強ができる子の親というのは、なぜかほぼ例外なく、子どもに勉強勉強言わないものなのだ。
勉強するから言わないのか、言わないから勉強するのか、その辺はわからないけれど。

おそらく、勉強勉強言う親は、「勉強の無理強い」と「結果を早く求めすぎる」という2つのタブーをやっちゃうんだろうな。
そして、すぐに結果が出やすい教育法を選んでしまうのだろう。
(ちなみに糸山氏は、小学校はアウトプットの時期ではなく(結果を出す時期ではなく)、インプットの時期であるとしている。これに我慢できる親かどうかというのもあるだろう)

砂山は、すぐに頂上を作ろうと思うと小さな山になる。
大きな山を作ろうと思えば、なかなか頂上が出来ない時期を通らねばならない(土台を大きく作る必要がある)。
そういう視点も大事なのかなと思う。

私は子育て理論というのはいいとこ取りでいいと思うので(笑)シュタイナーからもモンテからも好きなところをいただいている。
糸山氏の考え方は大半がいただき、という感じだ。

*   *  *
さて、以上は健常の上の子たちの親という視点から読んだ「絶対学力」である。
ここからが本題です。
(前置き長っ)

と思ったけれど、長くなっちゃったので、つづく。^^;


<参考図書>
1)どんぐり倶楽部ホームページというのもあるけれど、非常に読みにくく、あまりおすすめできません。
最初は下記の書籍どれかから入ることをお勧めします。
もしくは
どんぐり倶楽部in成田というサイトがとてもわかりやすいです。
どんぐり倶楽部in成田 http://www7b.biglobe.ne.jp/~donguri_narita/sub22.html

2)
『12歳までに「絶対学力」を育てる学習法―すべての教科に役立つ万能の思考力を伸ばす』糸山泰造著 草思社
『絶対学力―「9歳の壁」をどう突破していくか?』 糸山泰造著 文春ネスコ
『新・絶対学力―視考力で子供は伸びる』糸山泰造著 文春ネスコ

・・・以上は図書館で借りてきて読んだ本。
こんな本もあります。
『子育てと教育の大原則 〜「絶対学力」を育てる7つのルール』糸山泰造著 エクスナレッジ

3)『本当の学力をつける本―学校でできること家庭でできること』陰山英男 文藝春秋


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