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先日、なんかの検索をしていた拍子に、ダウン症の俳優、パスカル・デュケンヌさんのことを書いたサイトにぶつかった。
それはNHKの番組に2005年6月に放送された、「福祉ネットワーク」という番組のページである。

パスカル・デュケンヌという俳優についてはこのブログの「ダウン症者の活躍12【芸能】役者」でもちょっと紹介した。
「八日目」という映画に主演してその演技が高く評価され、カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した俳優さんである。

フランスの方であるため、ネットを調べてもフランス語ばかりで詳しい経歴などはよくわからなかった。
しかしこの番組のサイトを見て驚いた。

だいたい、「ダウン症者の活躍」で紹介する、輝かしい実績を残したダウン症の方々は、もともと軽度の障害の人だと思っていた。
ダウン症の障害の程度には個人差がある。
いろいろな分野で活躍できる人は、きっと小さい頃から頭角を表してきた、もともと持っていた能力の高い人なのだ、と。

ところが、パスカル・デュケンヌはどうもそういうタイプの人ではなさそうなのだ。

小さい頃は、体調が悪く、しょっちゅう入退院を繰り返していたそうだ。幼稚園に入ってもことばがなかなか覚えられず、専門家に指導してもらってもうまくいかなかったという。

6歳になって知的障害児のための学校に通い始めた。(養護学校のようなところだろう)
ことばは少しずつ増えてはきたものの、うまくしゃべれずに周りの子から笑われたりしていた。

その頃もまだ入退院を繰り返していたが、パスカルは歌や絵が大好きで、ピエロを演じて、テーブルの上でダンスをして他の患者さんたちを笑わせたりしていたそうだ。
彼は「うまくしゃべれなくたって、演技でみんなを喜ばせることができる」とその時にわかったようだ。

パスカルはどうしても演技が学びたい、と思い、強い意思をもって知的障害者のための芸術学校に通い始める。
そして25歳のときに出演した舞台が映画監督の目にとまり、主役に抜擢され、そして「八日目」の主演へとつながるのだ。

しかし、撮影は無事終了したものの、問題はアフレコ(映像にセリフをつける)だった。
25歳になったパスカルもやはりことばの問題を抱えていた。
ことばを区切ってきれいに発音することができなかったのだ。

しかし、自分から「ちゃんと発音できるようになりたい」と言い、専門家のレッスンを受けさせてもらい、必死にレッスンに通い、家でも練習して、無事に録音を終わらせたそうだ。
パスカルの母親は言う。「やる気と支えがあれば、どんなことでも成し遂げられる、と心から思いました」
それほど、アフレコの問題は大きく、そしてそれを乗り越えたことは、周囲の人にとっては驚きだったのだろうと思う。
25歳からの発音訓練ですよ。
パスカルの母親のことばもうなずける。

パスカルさんの人生を見ていると、本人の「これをやりたい」という意欲がまずあり、そこに本人の努力があって、そして達成していくチャレンジの連続だという気がする。
(最初の自転車乗りの練習のときもそう。最終的に彼はオートバイにも乗れるようになった。確か彼はパラリンピックのメダリストでもある。何の種目か忘れたけど^^;)

次なる目標は、一人暮らしだった
そして27歳になって初めて家事の練習を始め、最初は火をつけることもできなかったのに、料理を学んで今や家事も共同生活のみんなとほとんど自分たちでこなせるようになったそうだ。
パスカルさんたちのことが大きな反響を呼び、アパートで一人暮らししてみたいという知的障害者が増え始めたという。

そして、パスカルさんの次なる目標は、愛する人とともに暮らすことだそうである。
もともと一人暮らししたいと言い出したのは、つきあっている恋人とともに暮らしたいからだった。
相手のシルヴィーさんは、パスカルさんと幼なじみ。演技が好きという共通の趣味もある。

ふたりはお互いが大好きなのだ。

パスカルさんは言う。
「自分の力で生きていくこと、そのために学んでいくこと、それが人生なんだと思っています」

(一部敬称略)
*  *  *
パスカルさんの話を読むと、本当に元気が出る。

ダウン症の人の能力には個人差があるから、結婚できたり、大学へ行ったり、何かの分野で活躍したり、そういうことができる人もいるけれど、それはごく一部の人。
赤ちゃんのときは、そういう記事は励みになるけど、大きくなってきて、我が子のことが見えてくると、それはやはり一部の人の話になってしまう。

・・・と思いがちなのだが、そうではなく、そこに一番必要なのは、本人のやりたいという気持ちなんだと思った。
それからたとえ困難があってもあきらめずに挑戦し、努力するということが続いて、周りの支援もあって、そして実現していくんだな、と。

パスカルさんが生まれた頃はもちろん、小学校に入ってからさえも、誰が彼がスクリーンや舞台で活躍する日がくると思っていただろうか・・・。
「大器晩成」とは、パスカルさんのためにあるようなことばだと思った。
人生は、本当に長いスパンで見ていかなくちゃいけない。

「大器晩成」と「継続は力なり」というのは、ダウン症の子の子育てをしている親にとってのキーワードではないかと思う
今我が子にあれができない、これができない、と悩むことはあっても、親はこのキーワードを胸に、子供の可能性を信じて、必要な支援をしていくのである。
もちろんこの大器晩成は、何か大きな偉業をなしとげるという意味ではなく、幸せな人生を送る、という意味で、だけど。

パスカルさんのことば「・・・やりたいことがたくさんありますからね。幸せかって?はい、みんなそう感じています。」

*  *  *
折しも、図書館で「ダウン症者の活躍9【勉強】本を出版」で紹介した、ナイジェル・ハントの本『ナイジェル・ハントの世界―ダウン症の青年の手記』(偕成社)を見つけ、読んでみた。
(ダウン症者で初めて、自分で書いた本を出版した人)

ナイジェルも5歳のときに「この子は教育不可能」というレッテルを貼られた人である。

ナイジェルの父親は言う。
『いけません、あなたにはそんなことはできません。それはあなたにはむずかしすぎます」というのは、障害をもつ人にたいする態度としては最もあってはならぬものです
(ナイジェルは最初の学校でそう言われ続けたので、両親はその学校をやめさせ、別の普通小学校へ通った)

「あなた方のお子さんはナイジェルよりもっと重い障害をおもちかもしれませんが、お子さんの内には、みがけば金のように輝くものがあることは、あなた方ご自身よくごぞんじのはずです。わたしたちがしたように、それを見いだすことが、どうかあなた方の特権となりますように。」

また、パスカルの母親のことば。「私は今、こう思っています。親にとって怖いことでも、こどもにはチャンスを与えるべきだ、と。」

親バカってのは、子育てにはとっても大切な要素なのだ。
親が子どもを信じなくて、誰が信じる。
今、目先の悩みはそれぞれあるだろうけど、(うちの娘なら話し言葉についての悩みとか)、子どもの幸せな将来を見据えて、長いスパンで、気長に取り組んでいかなくちゃ、と思うのであった。