働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

仕事つぶやき

お仕事再開

子育て目次はこちら


このブログはもともと翻訳のお仕事について書いていたブログだった。
(というか、一日パソコンに向かってる仕事なので、仕事の合間にうだうだ書いて息抜きするためのブログ)

末娘が生まれてから、別のブログを立ち上げるのも面倒だったのでそのままここで続けている。

記事が子育てのことばかりになってきて、引っ越そうかとも考えたが、ダウン症関係のブログはダウン症関係の人しか見ないし、こちらは翻訳関係の人や青色申告関係の人もときどき検索してやってくるので、そのついでにダウン症のこともちらっとのぞいてみてくれればいいな、という気持ちで、ごちゃまぜの形のままいくことにした。

まあ、以前も、仕事と子育ての両立についての悩みなんかも書いていたし、子育てと仕事は切り離せない(?)ということで。

これから翻訳の仕事についてのうだうだ日記も混じってくると思うので、ご了承ください。

一般の人がダウン症のことに興味をもってくれれば嬉しいし、
ダウン症の関係の人が翻訳に興味・・・はもってくれなくてもいいけど。(笑)

*  *  *

娘を保育園に預けてはや2か月が経とうとしている。

最初は、2週間ほど慣らし保育で昼に迎えに行ったり、各種役員関係の仕事があったり(今年は地区部長もやっていて、これが忙しいのだ)、上の子たちの参観日や家庭訪問があったり、それに加えて末娘の療育やら通院やらがあったりで、仕事を始められる状況ではなかった。

しかしそろそろ仕事を始めないと、保育園を追い出されてしまう。(笑)

そこでダンナに「仕事始めてもいい?」と聞くと、「もうちょっと・・・心の準備ができてないから、6月半ばからでいいんじゃない?」というので、先方にその旨連絡をした。
(心の準備って?そんだけ協力してくれるってことかな?^^)

*  *  *

私は、翻訳という仕事は好きなんだけど、今後はそれほどバリバリやっていくつもりはない。

子どもか仕事か、と言われたら、私は子どもの方を選ぶタイプの人間だ。
でもそれは、私の人生をあきらめるとか、子どものために自分が犠牲になることとは違う。
私がそうしたいからするだけ。
もともと、私が一番なりたかったのはお母さんだから。^^
他にやりたいことがある人はともかく、もし自分の一番やりたいことが子どものサポーターだったとしたら、無理に他に生き甲斐を求める必要はないと思う。
自分で選択しているのだから、それはやはり自分の人生を生きていることに変わりはないのだ。

翻訳者を目指そうと思ったのは独身のときだけど、それは家庭と両立できそうな仕事だと思ったからである。
(たとえば、介護をすることになったときも、続けられる)
ま、比較的寂しい家庭に育ったので、将来自分が築くであろう家庭には、憧れというか思い入れが強かったのだ。^^
(それに世界で一番好きな場所が自分ち、という私なので、家にいながらにして仕事ができるのは理想的。)

*  *  *

人生には、自分の意思ではままならないことがいろいろあると思う。
特に女性は、一昔前ならなおさら、現代でもなお、そういうことがある。

私の育った家庭は父子家庭だったから、昔から私は家事と部活と学業の三者両立に悩んできた。
家事のために結局部活をあきらめもした。
じゃあ私は家族のために犠牲になったのか?と考えると、そうは思わない。

はたから見れば、私は女だから家事を全部やるのが当然ということで「やらされて」いたんだけど、私は自分からやることを選んだつもりでいた。
家族の中で誰かがやらなきゃいけないのなら、自分がやろう。
そういうことでやっているんで、私の中では、「女だからやらされる」んじゃなかった。
一見同じようでいて、このふたつは全然違う。
同じことをやっていても、「やらされる」のは犠牲になっているんで、「やることを選ぶ」のは自分の人生を生きているのだ。

結婚すれば故郷を離れる。
嫁に行けばお姑さんとも同居しなければならない。
子どもを産んで生活がガラリと変わるのは、女の方だ。
お姑さんや自分の親が病気になれば、介護もしなければならない。
それがまあ、今のところ、女というものである。

それでは女には自分の人生がないのか!?ということになるが、私が理想とするのは、水のような生き方
どんなに周囲の環境が変わろうとも、その中で自在に自分の形を変えて、でも水という自分の本質は変えずに貫いたまま、自分の人生を生きることは、可能なんだって思っている。

人生で選択できることって、それほど自由度が大きくはないのではないかと思う。
たとえば、どこに住むかも、今住んでいるところから考えるだろうし、なんの仕事をするかも、そのとき差し出された可能な選択肢から選ぶわけだし、誰と結婚するかについても、まあ100人の中から選んだわけではない。(笑)

生き方というのは、そういったどのような環境を選ぶかという大きなことよりも、むしろその中で日常どのような行動を自分が選択していくかという小さなことの積み重ねにあるのではないかと思うのだ。
だからもちろん、専業主婦が自立していないとは思わないし、子育て以外に趣味のない人が自立した大人ではないとは思わない。
(経済的な自立とかは私はあまり気にしない方である。それでやっていけてるなら、別にいいんじゃないかと思う。)
自立した大人というのは、子育て以外に自分の仕事や趣味をもっている人、ではなく、子育てに見返りを求めない大人のことだと思っている。

まあ私の今の最大の楽しみは子育てなんだけど、いいのだ。
子どもにそっぽを向かれても、やりたいことは他にも山ほどあるから。
優先順位の1位であるというだけの話で。1位がなくなっても、2位も3位も、もっともっとその下もあるし。
ひとつだけになっちゃうと、それがなくなったときにつらいかもしれないから、やりたいことの引き出しはいっぱいあった方がいいとは思うけどね。

*  *  *

先日、取引先の会社に仕事再開の旨をメールした。

先方には、子どもに障害があること、園への延長預かりも断られており、通院や療育もあるため、急ぎの仕事はできないこと、できれば軽めの翻訳チェックからやらせていただきたい旨をお伝えした。
先方も、こちらの条件をのんでくださり、暖かいおことばをくださって感激した。
今後は、娘の療育などの日程をその都度前もって伝えておいて、先方に無駄足を踏ませないようにすることは心がけたい。
(療育などの日程を、ひと月の中に分散しないでくっつけるようなことも考えていきたい)

本当はトライアル(翻訳者として登録してもらうための試験)から受けてもよいと思っていたのだが、その必要はないと言ってくださった。
こういう融通のきく仕事はなかなかない。
同じ翻訳でも、このように配慮してくださる会社がすべてとは限らない。
本当に有難いことだと思う。
まあ、45歳を過ぎて外で仕事を探しても、なかなかないだろうしね。^^;

仕事はお金のためと割り切ってやるんで、ダンナも働いてて収入もあることだし、今働くのは将来へのつなぎのためなのだ。翻訳という仕事につながっていないと、今後もう復帰できないから、細々と継続していければいいのである。

さてさて、仕事再開まで1か月を切った。
まだ地区役員の仕事とかいろいろ残っているのだけど、とりあえず今のうちに分析化学をおさらいしておこう。
仕事が実際始まらないと、重い腰がなかなか上がらないんだよね・・・。

スピリチュアルな経営本

産院が変わってから待ち時間が長いので、本を読む時間ができた。
最近読んだのはこれ。
『宇宙が味方する経営』(講談社インターナショナル)
著者は、現関西アーバン銀行の頭取、伊藤忠彦氏。

経営本とかはほとんど興味がない私なのだけど、けっこう伝記ものやエッセーは好きなのだ。それは、第一線で活躍する人というのは、それがたとえマドンナでも(笑)何かしらう〜んと感心させられるものの考え方を持っているもので、読んでいて面白いからである。

この方はというと、もと住友銀行の常務取締役を務め、その後長い不況の中で破綻寸前だった銀行(関西銀行)の再建を命じられて社長として赴き、劇的な業績アップを遂げて優良行とし、東証一部上場もかなった、という業績を持つやり手のビジネスマンなのだそう。その方が自らの成功の秘訣を綴った本なのである。

通常やり手のビジネスマンというと、派手なリストラを展開したのだろうとか、部下にも自分にも厳しい仕事の鬼なんだろうとか、競争心むき出しの人なんだろうとか想像しがちなのだけど、この方の場合まったくそうではないところがすごい。そしてその「成功の秘訣」というのが、要は「金儲けのためではない、正しい目的をもって仕事をすれば、必ず長い目で見てその企業は栄えるものだ」という、しごくまっとうな人の道を説いているのでなんだかほっとするのである。そして実際そのやり方で、ここまで立派な業績を残せているというので説得力がある。

具体的には「社会的価値の追求」や「人間尊重の経営」という理念を掲げ、たとえば社会的な責任からして銀行は社会のためになる企業を支援する(この場合は新医療・健康、新エネルギー、バイオ、環境、ハイテク、といったキーワードをもつ、生態系を考慮した企業)などをしているという。
「仕事で成功して金持ちになりたい、偉くなって威張りたいと考えている限りは、けっして成功はもたらされない」「今の仕事を成功させることで少しでも世の中をよくしたい、人びとを豊かにしたいという目的意識を持たないといけない。(中略)お金や地位というのは、あとからついてくる「おまけ」のようなものです。」

いや〜、いいこと言ってますな、という感じ。実際、「お客様のために」と言ってる企業は多いだろうけど、その多くはイメージアップのためであって、心底そう信じてやっている経営者とはやはり根本的な違いがあるのだろうと思う。

ここで自分の仕事ぶりを振り返ってみる。
私は正直なところ、「世のため人のために」仕事をしようと思ったことはない。世のため人のためだったら、何もしないで引っ込んでいた方がいいかもしれないもの。(笑)自分の能力(人間性も含め)にそこまでの自信は持てない。
まあ企業の要人でもない、社会的影響力も小さい一個人である私には、せめて「自分の精神的な成長のため」というあたりが妥当な目的なのかもしれない。

ところが翻訳に関して言えば、それは初めて自分が好きで選んだ仕事であり、これまでの人間相手の仕事と違い、自分の精神的な成長にプラスになるからという気持ちで選んだものではない。(対人関係ないし^^;)
成功しようとあくせくしていた独身時代にまったく翻訳者としては鳴かず飛ばずだったのには、この本の法則に従えば目的がよくなかったんだろうな、と思う。

結婚して母となってからは、翻訳者として働くことに生活費の調達と子育ての両立という大義名分が得られたので天が許されたのかもしれない。世の中、そういう風にできているんだな。
そして、私は基本的に自分ちの子も諸外国の子どもも、地上に生まれてきた同じ子どもとして最低限の生活が保証されてほしいと願っているので、ダンナという経済的基盤があることもあり、自分の稼いだお金はけっこう気前よくそういう方面に費やすことが可能なのだけど、そういうところに出費すればするほど仕事が舞い込むという経験も味わってきた。(これはてきめん。というのが実感。)

たぶん、この方が書かれている通り、お天道様は見ていて、「この者を成功させたらどういうことになるか。」という基準でもって、人の成功の成否というものは決められてくるのではないかな〜と思う。

そういう意味では、今後も自分の内面にある「目的」を見極めることは大切だと思う。これまで翻訳の仕事について、社会的価値の追求は皆無だったかもしれない。
分野が医療であっても、自分の訳しているものが世のため人のために役立つという思いで仕事をしたことがないし、それにいい仕事をして会社のお役に立ちたいという思いはあっても、それはつまるところ自分が翻訳者として会社から一定の評価を得られることを求めていただけだもの。たぶん。

今後仕事を再開するときには、もちっとその辺を意識して、まっとうな心がけで働かないとな〜、とちょっと反省した。
逆に言えば、心がけさえまっとうなら、今後一家で路頭に迷うことはないですよ、ということを保証しているんだから、この本は。

まあ、スピリチュアルな経営本としては、かなり「スピリチュアル」に重点が置かれているので、バリバリの経営本を期待している方は、違和感を感じるかもしれません。

インドでわしも考えた(うそ)

どうも(私としては)ご無沙汰しておりますです。

ただいまお休みをエンジョイ中ですが(?)9月からの仕事をどうするか?という問題はず〜っと頭を離れず、考えに考えて袋小路に陥っているさなか、旦那と話し合って少し展望が開けましたので、ちょっと頭の整理に書いてみようと思います。

袋小路の中で考えていたのは、「続けるか、やめるか否か?」という二者択一。
スケジュール管理能力のない私には、その中間はありえない。(つまり今より仕事を減らして継続、とか。)なぜって、これまでそういうことはさんざん伝えてきたから。「子どもが小さいので仕事を減らしたい」「平日を中心に仕事をしたい」などなど。

でも結局会社である以上、仕事が入ってくるから依頼がくるわけで、こちらの都合に合わせて仕事が舞い込んでくるわけではない。だから上のふたつも時間が経つにつれ、なし崩しになってきた。それは今後また「仕事を減らしたい」旨を改めて伝えたとしても、同じことになるだろうことは目に見えている。

で、私は、ここ数ヶ月のような暮らしを二度とするつもりはないことは、もう決めた。つまり私は会社にそこまでcommitする(無制限に受ける)つもりはない。これはよくよく考えて結論づけたことである。おそらくこのままのペースで生活していたら失ったものに対して後悔することになるだろう。
どちらか片方しか選べないのであれば、「いい翻訳者になる」ことよりは、「いい母親になる」方を選ぶ。それは子どもがいる以上、当然のことだ。もちろん両者を兼ね備えておられる方もいるだろうことは十分承知しているが、少なくともここ数ヶ月で私がそうでないことはわかった。

で、まあ仕事をほぼやめる方向で考えていたのであるが、一度そう決意しても、心残りがある。この仕事が好きだとか、旦那の失業の保険にとか、あとまあどうでもいい誇りの類もあるが、そういうものは些細なものであって、一番大きなハードルは、お世話になった会社への顔向けである。
実力もたいしたことないクセに大きな勘違いかもしれないが、それでも突然やめることよりは長期の休みをとることの方が言いやすかったのは確かであって・・・。

突然仕事をやめるには、それなりの理由がいる。実は今度妊娠したらそれをきっかけに全面撤退しようと思っていたのであるが(長女の二の舞を踏まないために)、今月も来るものが来てしまい(笑)、今のところこれといって決め手となるものがない。
「要は仕事を減らしたいということですか?」といわれれば、「実はそうなんです。」と言ってしまうであろう私なのである。(前もそうだった)
だって本当にそうなんだから。で、そしたら元の木阿弥。

取引先の会社には、何の不満もないのである。非常にお世話になっているのである。だから、微力ながらもお役に立ちたいという思いは、いつも持っているのだ。だからこそここぞという時に断れないのだ。そういう気持ちの上でのつながりは、メールのやりとりであっても、あるつもりなのである。だから、子どもができたというような大きなきっかけでもない限り、なんか気持ちの上で、とても言いにくいのである。

・・・という堂々巡りの袋小路。

で、旦那からアドバイスをもらった。業界は違うが、という前提付きで。

上のことが最大のハードルであるから、会社から切られる分には構わないのである。5週間の間にもっとできる翻訳者の方を確保され、私のイスがなくなっていたとしたら、それはそれでいいのだ。
つまりー唆鉢⊂し仕事K擦靴仕事、の3つの可能性のうち、の選択肢だけはありえないことに決めたのであるから、,任發いい錣韻澄

で、もしもまだイスがあったら、のことを仮定して。

もし自分が仕事を出す側だったら、のことを考えると、突然やめられるよりは、具体的な条件(制限)を出してもらった方が使いやすいという。
たとえば次の月の予定表を予め送り、この日はできないということを伝えておくとか。(これは旦那の業界では常識という)
ふーむ、それは、確かに、やったことなかったですなあ。
会社の人が忙しくて、それをいちいち見るかどうかは別問題として、だそう。

それから、売り上げの上限を決めておくとか。
この金額を超えたらこの月はもう仕事しませんということ。なぜかという理由としては、扶養を外れないためという理由が一番しっくりくること。
(もう今年は外れちゃってるけど(^^;)

最初聞いたときは、「そんな翻訳者って聞いたことないよ」「会社から仕事もらってる以上、そんな自分の都合ばかりは言えない」と反論したのであるが、これができなきゃ、結局すべてをcommitするか、やめるしかないのだ。

こうした条件に対し「こんな翻訳者は使えない」として切られるかどうかは、会社に判断してもらえばいいことなのだ。いきなりやめると言うよりは、そちらの方がお世話になった会社に対してマシなのではないか、と。

・・・なるほどね。会社への気持ちという面では、それがいいかもね。実力もアレなくせにあれこれ注文つけて非常〜に高飛車な翻訳者のようでなんだか身がすくむが(自分じゃ絶対に思いつかなかったに違いない)、よくよく考えるとこれしかないのよね。世の中、あれもこれもというわけにはいかない。会社にも子どもにもいい顔するわけにはいかないのだ。これがなんだかベストのような気がしてきて、採用。

はてさて・・・。

難航

こ・・・このことですか・・・
いつも和訳の方がおっしゃっている「英語になっていない英語を訳す」というのは・・・。

英語を母国語としていない方、それも日本人ならまだ発想が似ているからわかりやすいと思うのだけど、そうでない言語を話す方が書いた英語。

文法を頼りに読み解こうと思っても、文法があちこち変。
英英辞書を引こうと思っても、そもそも使ってある単語の定義が違ってるんだもの、引いてもヒントは得られない。

ううう、それでも仕事は仕事なのだ。
現実にはこんな仕事はいくらでもあるのだろう。
こういう仕事に必要なのは英語力でもないし、調査力でもないし・・・やっぱ想像力??
そ、そうだ、先輩翻訳者の方が書かれていた、相手の頭の中に入り込んで何が書きたいのかを想像するってことですね。

英訳でも、変な日本語には遭遇する。もちろん日本語を母国語としている人が書いた日本語でもね。
でも、変な日本語を英訳することに比べたら、変な英語を和訳する方がやっぱり何倍も大変だよね〜。

ひー。手がかりがほしい。
想像力をはりめぐらせるのだっ。

やってみました。

ふ〜っ、トライアルの原稿訳し終えました。
言ってることはもちろんわかるのだけど、あとは表現ですね。

普段の翻訳の時は、ともかく原文の意味することを過不足なく、わかりやすく(読みやすく)相手に伝えることに主眼を置いているのですが、お客様が原文と訳文を照らし合わせてチェックすることを考えると、「英文と文の構造を少し変えてあるので、減点されるんじゃないか」というような余計な気を遣ってしまいます。
直訳に近い形にした方が無難じゃないかとか。
英文和訳の試験を受けてる気分(--;。
でも、仕事は英文和訳とは違う。最終的に、できあがったものだけが製品で、それを読んで読者は理解するのだ。だからやっぱり原文を引きずる必要はない。

・・・と考え、ここは自分のポリシーを貫き、自然に読めることを重視しました。

ふ〜、どうなることか。
ともかく、少しでも表現に迷いがある部分はすべて抜き出して訳注を作成しました。翻訳会社さんと一緒に作成するつもりで。
納期も設定納期より何日も早く出します(まあ短いのでこんなに納期は必要ないのですが)。納品までに会社さんと何度かやり取りがあり得ることを想定して・・・。
精一杯のことをやるだけです。

いつも思うのだけど、和訳と英訳は勝手が違う。
和訳の表現で迷い抜くことができるのは、それだけ表現にストック(幅)があるからに他ならない。
英訳で自信(というか、いいのができた!という達成感)が持てるのは、他にいくつも引き出しがないからに他ならない。(笑)(つまりこれしかできないから迷いようがない)
だから和訳は難しい。他社の和訳トライアル受けたら、果たして今なら受かるのだろうか?(笑)(受けないけど)

明日から、ずっと放ったらかしだった英訳案件(けっこう長め)にいよいよ着手。希望作業日数の三分の一に縮んじゃったよ〜(涙)
PDFファイルなので旦那がテキスト入力を手伝ってくれました。朝早いのに感謝です・・・。これだけでも作業日数1日分くらい儲かったかも。

明日からは翻訳マシンになります。息子の授業参観、親子レクリエーション、娘の保護者説明会、子ども会役員の水難事故救命講座、明日は盛りだくさんの予定だったのだけど、すべてずる休みしますっ!ごめんっ!(^^;

では、明日に備えて寝ます。zzz

Profile
働く主婦

3人の子持ちです。
ダウン症をもつ末娘の子育て記事と翻訳関連の記事がごちゃまぜになっています。^^;
★はじめての方は「はじめに・目次」をご覧ください。
★管理人にメールを送りたい方はこちらまで。
(メーラーが起動しない方はiviedgablesのあとにあっとまーく、次にyahoo.co.jpで送ってみてください)
★コメントにご自身のブログのURLを貼ってある場合こちらからリンクさせていただきます。(相互リンクである必要はありません)
まずい場合はメール等でご一報ください。
★コメントにメールアドレスを入力するとハンドルネームからリンクされてしまうのでご注意ください。
★コメントおよびメールのお返事が遅くなることがありますがご了承ください。
★翻訳関連HPはこちら。(現在更新してません)
※カテゴリーの「勉強」以下は翻訳関連カテゴリーです。
過去記事
ブログ内記事検索
最新コメント
メッセージ
  • ライブドアブログ

ハウスコは建築家と出会い、注文住宅をつくるためのコミュニティサイト。
建築家に家づくりの質問をしたり、住宅設計コンペを開催したり、ハウスコにはさまざまな出会いのカタチがあります。相性のよい建築家を見つけましょう。建築家登録も受付中!
Powered by 面白法人カヤック