働く主婦の独り言

自閉症合併のダウン症(DS-ASD)の娘を育てています。

就園・就学に向けて

特別支援学校高等部を見学してきました

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親の会のイベントで、地元特別支援学校(名前は養護学校)の高等部(と中学部もちょっと)を見学してきた。
娘が今通っている支援学校は分校で小学部しかないため、将来はここに通うことになる可能性が高い。

生徒数は、全体で200名弱、それに対して先生の数が160名以上。
今の娘の学校は全校生徒10名ちょいなので、中学部で急に大きな学校に移ることになり、それも心配のひとつである。^^;

でも見学してみて、けっこうここに入るのが(母は)楽しみになったかな

まあ生徒数のうち、半数以上が高等部だそうだが。
生徒数の半分が高等部というのは、どこの支援学校もだいたい同じらしい。

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通学方法は、高等部では半分が付き添いなしの自力通学、寄宿舎から通う生徒もいて、残りは親が送り迎えだそうだ。(スクールバスは小学部中心。余分があれば中学部も乗せてくれる)

高等部では、やはり卒業後のことを考え、働く学習が多くなる。
うちの支援学校では6つの班(作業班)に分かれており、製品を作り、販売活動をしたり(農協や文化祭などで)それで得たお金でお楽しみ会など楽しいことをする、ということになっている。
(日課的には、週3日間の午前中が作業学習にあてられている)
イメージ図。
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(気になる教科学習時間だが、青い部分が個々に合わせた課題学習の時間である。
国語・社会・数学・理科・英語・情報等各教科、自立活動の内容を合わせた授業を保護者と相談の上取り入れているということで、生徒さんによって学習時間に差があるということだった。)

また、実際の会社に行って働く「現場実習」は高等部の大事な活動で、6月と11月にそれぞれ3週間ずつ、1年生は校内、2・3年生は実際の会社で働く。

障害の程度により、事業所での生活体験をする人もいるようだ。
そして3年生の三学期には特別現場実習といって、4月から行くところに行って働く実習もあるということだ。

今回は、作業学習の様子を見せてもらった。

<作業学習の見学>


学校によっていろいろだと思うが、うちの学校には農耕園芸班、木工班、紙すき班、手芸班、陶芸班、クッキー班の6つの班がある。

農耕園芸班は校外でやっているため見られなかったが、その他は見学できた。

全体的な感想としては、支援学校だからな〜、と想像していたのとは違い、どこもレベルが高かった
実際にホテルやカフェで使うものを注文を受けて販売しており、生産が注文においつかない、というものまであった。
高度な技術を要するものもあり、その技術を指導できる先生もいるようだ。

また代表の生徒さんが説明してくれたのだが、みなしっかりしていて説明もうまく、「何か質問はありますか?」と聞かれたのでこちらから質問するとちゃんと答えが返ってきた。
(もちろん、できるお子さんなのだろうけど)

なんというか、黙々と目の前の作業に集中している生徒さんたちの姿は、高校教員の経験がある私から見ても、ちゃらんぽらんで授業なんか聞いておらず、むしろ妨害ばかりする高校生たちのお手本にさせたいくらいで(笑)まさに「職人の卵」といった風情であった。
(先生たちはそばに張り付いておらず、みな自分のやるべきことがわかっていて黙々とやっていた)

見学したのは小学部のお子さんの親がほとんどだったが、「あと6年後にうちの子がこうなるのか心配だ」と言い合ったくらいであった。(笑)

(まあ中学部でも、高等部に向けての作業学習を開始するようだが)

私たちだったら、一週間交代くらいで別の班を渡り歩きたいと思ってしまうのだが、この生徒さんたちは一度選んだものを卒業まで極めることになるのだ。
「飽きないの?」と思ってしまうのだが、やはり黙々と単純作業を根気よくできるのが知的障害のある方の強みなのだろう。

うちも確かに「飽きない」という特性があるが、それは動物園や水族館での話で(笑)(同じ生き物をずーーーーっと見ていても飽きない)この特性が、作業などにも生かされるとよいのだが、と思う。
(あと娘はほとんとしゃべらないので、「黙々と」という部分だけは今もできていると思うが、(爆)

●クッキー班
正直、娘は(自分で選ばせたら)クッキー班一択だろうな、と思い(笑)、毎日クッキー食べてたら太るから、別のことにも興味を向けないと、と思って手芸なども家でやらせはじめていたところだ。
が、けっこう想像していたのとは違った。

まず調理実習などとは違い、自分たちが食べられるのではなかった。(笑)
材料を量って生地を作って型作り、冷凍するまでの作業をするのだ。
(パウンドケーキのみ、焼いてから冷凍していた)
分担制の流れ作業ではなく担当者は最初から最後まで自分で作る。
また当然ながら、ここでは非常に衛生面に気を遣っているということだった。

●紙すき班
紙すき班は牛乳パックを使って紙を作ってプレスし、ハガキや名刺・封筒用の紙を作っていた。(色もつける)
プレスするときれいな紙になる。
プレス機などの機器があるのが他の高校にはない支援学校高等部の特徴だと思う。

(そういえば娘の小学部でも図工の時間に紙すきの作業は何度かしたことがあり、娘も喜んでやっていた)

●手芸班
手芸班はミシンを使うところ、ビーズや皮細工をするところ、さをり織りをするところ、など分かれており、ピアスなどはすごくセンスがよくてほしい!との声がお母さんたちからあがっていた。
(私はこういうもののセンスはさっぱりわからないが、よくできているということだけはわかった)
先生がデザインしてひとつひとつ指示しているのか、と思ったらそうではなくて、自分たちで考えるそうだ。ネットを参考にもするが同じものは作らず、お客さんを想定して作るという。
ただ手先の作業がとても細かい。
鉛筆もちゃんと持てない娘にはどうかな・・・これも向き不向きがあるだろう。

●陶芸班
すごく味のある食器を作っていた。
陶芸は委託販売しているということで、実際にホテルやカフェに納品しているとのことだった。
大きな窯もあり、微妙な調整が必要なものらしいが生徒さんがやっていた。
器の底をやすりで平らにしている生徒さんもいた。

●木工班
これも大型の機器があり、椅子などの大きな家具を作る人から、木片をくりぬいて根気よくやすりで磨き、スプーンやフォーク、バターナイフなどの木製カトラリーを作っている生徒さんもいた。
触るととってもなめらかで、くまのプーさんに出てくるようなかわいいものである。
気が遠くなるような作業だが、生徒さんたちはコツコツとやっていた。

<卒業後の進路>



ちなみに高等部卒業の進路だが、
去年はだいたいこんな感じだったようだ。
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一般企業にはパートも含まれている。
進学はゼロ。

一番多いのが就労移行支援で、一般企業に入る生徒さんも生活介護の生徒さんも同じくらいいた。
要は、障害の程度はさまざまで、個々に合った進路を選んでいるということだろう。

*          *       *

特別支援学校のいいところは、普通学校ではチャンスの少なかった生徒さんたちが、リーダーシップをとったり責任ある立場になったりという経験ができるところだと思う。

娘も意外なことに当番になりたがり屋で(笑)はりきってみんなの前で朝の会の進行をしたりもするらしい。(←言う言葉は決まっているけど)

高等部は生徒会活動などもやっており、保険給食委員会、エコ委員会、整美委員会、放送委員会、体育委員会、図書委員会、代表委員会の7つがあるそうだ。

生徒会長や委員長などの仕事も、普通学校ではチャンスがもてなかった生徒さんたちが、自信と誇りをもって取り組めるだろう。

きっとどの作業班のお子さんも、自分の作った製品を誇りをもって売っているのだろうと思う。

あと生活に即した授業も行っており、たとえば18歳で選挙権が得られるようになってからは、模擬投票や、補助投票体験(障害者は投票のとき補助をしてもらえるが、どこまで補助してもらえるかを体験する)などのこともやっているそうだ。

特別支援学校は、まあ言ってみれば小中高一貫のエスカレーター式の学校である。
文化祭では小学部のうちは中高生のお兄さんお姉さんにもてなしてもらう側。
中学部からは模擬店などでの参加が始まる。
いろいろと学ぶのに時間のかかる子であるが、小学部から中学部・高等部の生徒さんたちの姿に触れ、それを目標に学校生活を積み重ねていけばいつかああなれるのかな(?)

娘には学習面でも学び続けてほしいとは思っているけれど、早く社会に出した方がいいとも思っている(過去記事
働くことの姿勢、仕事で求められること、上の子たちは全然身についておらずきっとこれから苦労するだろう。^^;
娘には、働くことを早くから意識して、その喜びを知ってほしいなあ、と思う。

余談だが、授業を見て生徒さんの姿にはひたすら感心したのだけど、校舎はすごく老朽化していた
壁ははがれ、今どき鉄枠の重い窓(昔の建物によくあった)で網戸もなく、夏は閉めきりか虫にさされるかの二択である。

娘は蚊に刺されるとかなり腫れてしまうのよね。
県知事さん、まずは網戸を入れてください
よろしくお願いします。(笑)←毎年お願いしても買ってもらえないらしい

特別支援教育の問題点(長文)

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特別支援教育について調べてみると、娘の入学時には知らなかったことがいろいろあった

なぜ、普通学級のお子さんはことばの教室に通えるのに、支援学級・支援学校のお子さんは通えないのか。
(見捨てられているのではないか?)
どうして特別支援学級では、ホットケーキばかり作っていて勉強しないのか。(笑)
どうして特別支援学校では、水遊び・砂遊びばかりしていて勉強をしないのか。
(もっと鉛筆を持たせてくれればいいのに)


・・・などなど(もちろん学校によって違いは大きいが)、親が持ついろいろな疑問について、「あー、だからなのか」と思うことがいくつかあった。
「そんな前提なの!?」と驚く部分もあったりした。

こうしたこと(カリキュラムの違いとか、教育目標の違いとか)は、教師だけでなく親こそが知る必要のある情報だと思う。
なぜなら、現在のしくみでは、就学先を決める最終的な決定権は親にあるからだ。
カリキュラムの違いも、その目指すところも知らないで、どうやって就学先を決めるというのだろう。^^;

そこで、現在の教育制度における知的障害児教育について、私が初めて知ったこと、また問題と思う点などについて書いてみたいと思う。

<知的障害児教育は他の障害児教育とは全く違う!>


まず驚いたのは、肢体不自由・聴覚障害・視覚障害・情緒障害・自閉症・病弱児などいくつかある障害児教育の中で、知的障害児教育だけが別枠になっているということだ。

というのも、他の障害の場合は、たとえ特別支援学校であっても、そこで学ぶ内容は普通小学校で学ぶ内容と同じなのである。ただ、そこには障害特有の配慮がいるというだけの話だ。
(目の不自由な子に普通に板書しても見えないし、耳の不自由な子にぺらぺらしゃべるだけの授業ではわからないから、そこは工夫が必要。でも学ぶ内容は同じ)

特別支援学校の場合、そこに「自立活動」つまり、障害に応じた療育の時間が加わることになる。

聴覚障害のお子さんだったら発音の訓練や言語指導、視覚障害のお子さんだったら白い杖で歩行する練習や感覚の訓練、肢体不自由のお子さんなら体の緊張をほぐすことや身体機能を向上させる訓練や電動車いすを自分で動かせるようにする練習、自閉症のあるお子さんなら人との関わりやコミュニケーション力の向上などを目指す時間などがそれにあたる。

知的障害児教育だけが、まったく別個に、独自のカリキュラムが作られているのである。
これは、知的障害の場合、各教科を学ぶということそのものに困難があるために、そこを独自に作らなければならないということだろう。
また知的障害児教育の場合、上の「自立活動(障害に応じた療育の時間)」は、たとえば知能検査などを行ってその子の苦手部分を知り、認知を高めたり言語を伸ばしたりコミュニケーション力を高める学習をしたりということになるのだろう。
後に述べるが「日常生活の指導」などで身辺自立や社会的ルールを学んだりする学習も障害に応じた療育という意味では自立活動のひとつといえるかもしれない。
(着替え、トイレ、食事、お風呂、日常動作、あいさつ、掃除、片付け、買い物、公共交通機関の利用、公衆浴場の利用、公共施設の利用など)

<知的障害児が勉強を教えてもらえない理由!?>


「入学して数か月経つのに学校では全然鉛筆を握っていない」
これは、特別支援学校や特別支援学級に通っているお子さんの親から聞くことのある不満である。
(ちなみに娘の支援学校では入学してすぐに鉛筆は握っていました。学校による違いがあるのは前提として)

支援学校と支援学級のカリキュラムはどう違うのかというと、実際は違いはないと言っていいと思う。

知的障害児の特別支援学級用のカリキュラムというものはない(特別支援学級の学習指導要領というのはない)。普通学級のカリキュラムと支援学校のカリキュラムがあるだけだ。そこで知的障害児の支援学級では、特別な教育課程を作っていいことになっているが、その際特別支援学校のカリキュラムを参考にすることになっている。よって、特別支援学級だけれどもやっていることは特別支援学校と同じという学校はたくさんある。
(この「特別に作っていい」を自由に解釈して、しまじろうのビデオばかり見せられている学級もあったり、この子には算数は無理として絵ばかり描いていたりと、要するに受け持った先生の自由裁量が過ぎる例が耳に入ってくるのだが。支援学級は先生ひとりが受け持っていて他の先生によるチェック機能がなかったり、そもそも個別の指導計画が義務化されていないため、計画もなしにテキトーになるリスクもあるにはある)

で、なぜ「鉛筆を握らないのか」ということだが、これには、知的障害児教育に対する基本的な考え方があるためだろうと思う。

まず、知的障害児の教育は、「生活の自立と社会参加」を大きな目標に据えているということ。

それを踏まえた上で、知的障害児の特徴として(ことばは私の表現に変えていますが)、
・プリント学習などをしてもそのプリントが解けるようになるだけで実生活で応用できにくい
(たとえば、1から100まで言えるようになったとしても、「58個とって」と言われてもできない。「3+4」がプリントで解けても300円のものと400円のものを買って1000円で足りるかどうかが判断できない、など)
・ひとりで外に遊びに行く、バスに乗ってでかける、などの体験が少ないので生活経験が不足しがち
・「できた!」「わかった!」の成功体験が少ないために、活動全般に自分から進んで意欲的に参加する気持ちが育ちにくい


ということをあげている。

このようなことから、机上で計算プリントや漢字の書き取りを何枚やるよりも、実際に店に行ってお金を払って買い物をする練習をしたり、運賃を払ってバスや電車に乗る練習をするなど、具体的・実際的な活動の方が効果があるし本人も「主体的」に取り組める、ということなのである。
(かなり「主体的」という点を重視しています)

そこで、知的障害児教育では国語や算数や理科などの教科は、こうした実際的な活動の中に「溶け込んで」いることになっている。

たとえば、学校の勉強は全然興味がないけれど電車がものすごく好きな子がいたとする。
その子は電車の到着時刻を知ることから時計が読めるようになり、停車駅の名前を知ることから文字が読めるようになり、どこにどんな電車が走っているのか調べることで地理の勉強になり・・・といった具合に、「電車」を軸に各教科を合わせて学ぶことは可能である。
そっちからなら、勉強の入っていく子はいるのである。

健常の子が通う学校でも、大学付属小学校などでは、教科書をいっさい使わず、あることをテーマに1年から6年まで各教科を合わせて学ぶ実験的な授業をしているところもある。(まあ親は、「これじゃ心配」と塾などに通わせていたけれど、笑)

これがすなわち「生活単元学習」というものである。
うちの学校だったら、カフェを開く、などがそれに当たるのだろう。
カフェで出すお菓子を作る、何個ずつ袋につめる、招待状を書く、接客用のセリフを書いて覚える、お店の準備をする、チケットを作る、飾りつけを作る、など(詳しくはわからないけど)いろいろな活動が含まれているようだ。

一方で、知的障害児の特別支援学校のカリキュラムでも、国語や算数の時間を設けてもいいことにはなっている。ただその場合も、「実際の生活に役立つ学習にすること」を大前提としている。
学んだら、学んだことを実際に使える場面を用意するようになっているのである。
(たとえば、お金を学んだら、実際に買い物学習で使うなど)

この他にも、知的障害児用のカリキュラムには
・将来の就労を見据えた学習(「作業学習」と呼ばれるもの。働く意欲を培うことも含め)
・身辺自立の指導(「日常生活の指導」と呼ばれるもの。これは学校生活の流れの中で行われる)
・遊びの指導(将来の余暇活動にもつながるもの。知的障害のある子は同じ遊びばかりしたり発展しにくかったりするので、遊びを通して体を鍛え、仲間とかかわり、心身の発達を育み、生活を充実させることを目指すのである。娘も学校でかくれんぼや劇ごっこなどいろいろなことをやっていただいている)
・・・などがある。

<日本と諸外国との知的障害児教育の違い>


アメリカやイギリスと、日本の知的障害児教育は大きく違いがあるようだ。

日本の知的障害児教育は、歴史上、言葉は悪いが「この子たちには勉強(教科学習)は無理。勉強より自立を」とする方向に動いてきたため(笑)、下の学年の勉強を(つまりレベルを下げた教科学習を)教えるだけの授業は「水増し教育」(ごまかすだけの教育みたいな意味で)と言われて批判されていたそうだ。

実際は、くもんに通っている知的障害の子は多く、下の学年の内容であっても、その子に合ったレベルの勉強をしてもらいたいと思う親は多いのだが。

しかし日本では、知的障害児には健常児の勉強をレベルを下げてやらせるのではなく、知的障害児独自の自立のための特別な授業を別個に作るべき、という思想が強かったものと思われる。

一方アメリカやイギリスは、日本と異なり、「(知的障害があろうとなかろうと)すべての子供が共通の教育カリキュラムで学ぶ権利を保障されるべき」という思想をもっている。

これはくもんの考え方と似ていると思う。(年齢や学年に関わらず、自分に合ったレベルの学習を行う。到達目標に達したら次に進む、という)

●イギリス


イギリスでは、全国共通のカリキュラム(ナショナル・カリキュラム)があり、義務教育全体を学年別にステージ1〜ステージ4に大まかに分けている。
到達目標レベルはレベル1〜レベル8まであり、義務教育の終わる16歳までにレベル8まで到達することを目指し、国語(英語のこと)、数学、科学に関しては各ステージの終わりに全国統一テストのようなものを受け、どこまで到達したかが問われる。
ひとつの教室の中でグループに分かれ、それぞれ別のレベルの学習を行っているそうだ。
つまり、年齢ではなく、その子のレベルに応じた学習をするのである。

知的障害のある子でレベル1まで到達していない子はどうするかというと、レベル1の前段階のレベルが用意されていて(P-Scales(Performance Scales)というもの)、P1〜P8までの到達基準がある。
たとえば、P1なら「突然の音や動きに驚くかどうか」P2なら「人に興味を示す、手を伸ばす」とか。P4なら「本をめくるなど正しく扱う(投げたりしないで)」、P5は「ことばと絵やシンボルのマッチング」、P7が「文字に興味をもつ」などである。

●アメリカ


アメリカも障害者教育法(IDEA:Individuals with Disabilities Education Act)により、障害のある子も全員が通常教育カリキュラムを学び、評価を受けることになっている
最重度の子(全児童の1%)はテストの代わりの評価(教師の観察による)が認められているが、それも国語、算数、理科に関するものでなければならないとされている。

ここでは、「将来に向けて必要なスキル」ではなく、「通常教育カリキュラムを学ぶために必要なスキル」を重視する傾向がある。
ただし、重度知的障害のある子供には個別のカリキュラムを用意することもできるということだ。

このように、英米ではこれまでの自立に向けたカリキュラムから教科学習のカリキュラムに移行しているが、一方で生活スキルが身につかないのでは、と懸念する声もあるようだ。

<日本の特別支援教育の問題点は?>


さて、みなさんは日本の特別支援教育と、英米の特別支援教育と、どちらがいいと思うだろうか。

私個人は一長一短かな、と思う。

●賛成できる点


日本の方がいいと思うところは、「将来役立つ勉強を。最終目標は自立と社会参加」というところである。

娘に因数分解はいらない。方程式もいらない。それどころか掛け算割り算もいらないと思っている。(笑)

娘に関していえば、ひとつのことを学ぶのに時間のかかる子である。
知的負担も大きくかかる。
であれば、勉強する内容を、将来役立つことのみに厳選し、それを「一応やりました」というだけでなく(それだけだとじき忘れるのだから)、実際に使えるレベルまで定着させたい、というのは私の願いである。

だから、「とりあえず他の健常の子供たちが学んでいることを、かじるだけでいいから一通りやらせたい」とは私は思わないのである。
そのぶん、どうしても身につけさせたいことを定着させるための時間が減るわけだし。
コンパスや彫刻刀やピアニカやリコーダーなど、ほかの子供たちと同じことをやっている姿を見たい気持ちは優先させない。(笑)

「どこまでやらせるか」は一律ではなくその子を見て決めればいいと思う。
読むことが得意な娘は小6までの漢字は読めるようになると思うが、書くことが苦手なので書けるのは一年生レベルでもいいと思っている。
その代わりローマ字入力も身につけさせてパソコンやタブレットで入力できればよしとする。
ひらがな・カタカナは大切なコミュニケーション手段なので読みやすい字が書けるよう毎日練習する。

算数は足し算引き算のみ(あとは2の倍数、5の倍数のスキップカウント)でいいし、その代わり時計、買い物(お金)、計測(長さや重さや体積。料理などに使える)は身につけさせたい。
理科は自分の体のしくみのことがよくわかれば圧力や電流や化学式などはどうでもよい。(笑)
(知的障害児のカリキュラムには理科・社会・家庭科・外国語活動はない)

要するに、うちの場合は、「一律のカリキュラムを強制されなくてよかった」と思っているのである。

また、もし学校で机上の学習に多く時間を割くなら、上の「作業学習」「日常生活の指導」「生活単元学習」「遊びの指導」に該当することは、家で補う必要が出てくる。
正直、仕事もして忙しい毎日、なかなか余裕のない中では、自分が学校で学んできた机上の勉強の方が子供には教えやすいという面がある(私の場合は)。

●賛成できない点


賛成できない点は、日本の知的障害児のとらえ方が非常に固定的かつ一面的である点だ。
親からすると、「なんでそう決めつけるの!?」と、見くびられているようにさえ思えてしまう。
アメリカでも、かつてダウン症児が「教育可能」とはみなされず、「訓練可能」というカテゴリーに振り分けられていた時代があったそうだ。ダウン症の子どもたちは読み書き計算ができるようになることなど期待もされていなかったし、それを学ぶ機会も与えられていなかったのである。
しかし今は、全員に、共通のカリキュラムにアクセスする権利が与えられている。

日本では、知的障害児には教科学習に対するアクセスが閉ざされているかごくごく限られていると感じている。

日本と英米の、知的障害児に関する考え方は対照的である。
英米は、知的障害児と健常児との境目があいまいである。というより、ほぼないと言ってもよい。
知的レベルは個々により違うのは当然のこととして、健常児も知的障害児も合わせて連続体(スペクトラム)ととらえられている。

一方、日本では、「知的障害児」というひとくくりと、「健常児」というひとくくりがあるだけで、その中間はない。そしてカリキュラムも「知的障害児用」と「健常児用」の2種類があるだけである。
実際は、スペクトラムのはずである。
よって、カリキュラムも多様で柔軟性があるべきなのだ。

特別支援学校でも、知的は軽度でも自閉度の高い子たちがけっこういる。
知的には重くても自閉傾向が少なければ地域の小学校でやっていける子が多いので、特別支援学校には自閉度が重くても教科学習が十分できる子たちも入ってきているのである。
(そもそも、IQが高いからと地域の小学校に入らざるを得なかった自閉傾向の重い子供たちが苦しんでいることも問題だと思うが)
この子たちに対して、相応の教科学習の機会が奪われている(実情とカリキュラムが合っていない)が起こっていると思う。

知的障害児のくくりは小学校入学時(6歳)に行われるため、教科学習の機会が6歳でかなり奪われることになる。
アメリカの場合、中高生くらいになると、通常の教科学習が困難な知的障害の重い子には社会移行訓練プログラムに路線変更するらしいのだが、日本の6歳での路線変更とは大きな違いである。

身辺自立も社会参加も大事。それは重視したい(だから英米のような画一的なカリキュラムでも困る)。
だが、実際問題、簡単な読み書き計算は、将来生活する力になると思う。
(就労に必要という意味ではありません。それは期待されていないかもしれないので)

もうひとつの疑問は、本当にこれが効果的なのか?ということだ。

学習指導要領等に記載されている知的障害児の姿はあまりにもステレオタイプで、机での学習はダメ、訓練的なことはダメ、あくまで主体的な取り組みを重視しているため、親から見ると歯がゆいのである。(笑)

そもそも、ひとつのことを学ぶのに時間がかかる子供たちには、基礎的な学習を身につけるためには、ある程度の時間の確保と反復が必要だと思う(ドリル的なことも必要)。
そして実生活に役立つ学習と繰り返し言われているが、実は実生活に出てくる国語や算数は、かなり複雑かつ高度であるという事実も見逃されているようだ。

お金は、位取りがあるので、一桁の足し算よりかなり難しい。そのもっと先にあるものである。
単元学習で招待状を書く活動だって、読み書きができることや文章理解の先にあるものである。

基礎的な算数や国語は、実生活よりもかなり単純化されているのである。
実生活はもっと複雑だ。だから応用が難しいのだが。
机上の学習が役に立たないというのなら、もっと具体物を使った学習にするべきで、それも飛ばしていきなり応用から始めるというのは、まるで体力づくりも素振りも基礎練習も飛ばしていきなり試合をしにテニスコートに出て行くようなものだと思うのだが。
(結局は身につかない)

上の(健常児が通う)国立大付属小学校だって、こうした生活単元学習的な学び方では基礎学力をつける上で心配ということで塾に通わせているくらいなのである。ましてや、知的障害のある子供をや、である。

おそらく現行の教育課程では、字の読み書きができそうな子も、(家で何もしなければ)小学校卒業までにできるようになるかどうかが怪しいくらいだと思う。
それはその子の能力的なものというよりは、ほとんど勉強させないしくみになっているからだ。
くもんなどに通わせると、週にせいぜい2回、それぞれ1時間弱くらいなのに、じきに読み書きができるようになる。
なぜ学校でそれができないのか。
(笑)毎日通わせているのに、ということになる。
知的障害児の教育課程(カリキュラム)に欠陥があるとしか思えないのである。

普通学級では本人に合ったレベルの勉強をさせてもらえない、生活のスピードにもついていけない、支援学級や支援学校では勉強する時間そのものが不十分ということは、「知的障害のある子どもは、読み書き計算はできなくていいんです(あきらめてください)」と6歳の時点で言われているようにも感じる。

(実際は、親が希望して、個別支援計画に盛り込んでもらい、先生方が個別に試行錯誤して対応してくださっているのが現状。それでも足りないと思っている親は多いと思う)

普通学級、支援学級、支援学校、どれを選んでも、結局のところ「勉強は家で教えないといけないよ」と先輩お母さんに言われたが、そんな現状もどうなの?と思うのである。

まず日本の支援学校の学習指導要領を作っている人たちが、知的障害というものに対する思い込みや固定観念をもう少し柔軟にしていただいて、「読み書き計算の力をつける時間を保障しつつも将来の自立や豊かな社会生活を目指した活動を取り入れる」ようにしていただいたらいいのではないかと思う。
(親の願いとして)

<注>


ちなみに特別支援学校の教科別学習目標は次の通り。
(文部科学省のサイト)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/tokushi/1284528.htm

国語に関しては
○1段階
 (1) 教師の話を聞いたり,絵本などを読んでもらったりする。
 (2) 教師などの話し掛けに応じ,表情,身振り,音声や簡単な言葉で表現する。
 (3) 教師と一緒に絵本などを楽しむ。
 (4) いろいろな筆記用具を使って書くことに親しむ。
○2段階
 (1) 教師や友達などの話し言葉に慣れ,簡単な説明や話し掛けが分かる。
 (2) 見聞きしたことなどを簡単な言葉で話す。
 (3) 文字などに関心をもち,読もうとする。
 (4) 文字を書くことに興味をもつ。
〇3段階
 (1) 身近な人の話を聞いて,内容のあらましが分かる。
 (2) 見聞きしたことなどのあらましや自分の気持ちなどを教師や友達と話す。
 (3) 簡単な語句や短い文などを正しく読む。
 (4) 簡単な語句や短い文を平仮名などで書く。

算数に関しては
○1段階
 (1) 具体物があることが分かり,見分けたり,分類したりする。
 (2) 身近にあるものの大小や多少などに関心をもつ。
 (3) 身近にあるものの形の違いに気付く。
○2段階
 (1) 身近にある具体物を数える。
 (2) 身近にあるものの長さやかさなどを比較する。
 (3) 基本的な図形や簡単な図表に関心をもつ。
 (4) 一日の時の移り変わりに気付く。
○3段階
 (1) 初歩的な数の概念を理解し,簡単な計算をする。
 (2) 身近にあるものの重さや広さなどが分かり,比較する。
 (3) 基本的な図形が分かり,その図形を描いたり,簡単な図表を作ったりする。
 (4) 時計や暦に関心をもつ。


これらを小学部の6年間通して目指すという内容だが、娘は一年生の時点でほとんどが3段階までクリアしていた。(支援学校判定だが)

というか、ダウン症のお子さんはだいたい、支援学校判定が出る人が多いけれど、小一でひらがなが読み書きできるようになる子がけっこういると思う。
結局それは個別の指導計画か、学校に期待できなければ家庭かくもん等で補う他はないようだ。

親の会で就学の体験談をお話してきました

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毎年、うちの地域の親の会では、この時期に就学をテーマに講演会を行う。

今年も就学相談を行う指導主事の先生をお招きし、そして「あまり遠くない過去に就学を経験した先輩お母さん」ということで、現在小学1年〜3年までのお子さんをもつお母さん方に声をかけさせていただいた。

みなさん平日はなかなか忙しく、集まれたのは現在小2のお子さんをもつお母さん4人(私も含め)。
しかし4人とも支援学校在籍なのでバラエティーに欠けると思い(笑)、支援学級のお母さんと普通学級のお母さんひとりずつにも、事前に体験談を書いていただき、その場で読み上げさせてもらった。

就学について詳しくはこのブログにもすでにだらだらと長文を書き連ねているが、私がしゃべったのはざっと次のようなこと。

●軸となるものを決める


就学先に100%満足ということはない。
どこへ行っても必ずメリットとデメリットの両方がある。
自分がここだけは譲れないという軸のようなものを決めたら、希望の進学先に、その軸となるものを育ててくれるような体制が整っているのか、先生方の力量があるのかどうかを見極めることが大事。
あとはどうやってデメリットの部分を補うかということを考えるといいのではないか。

たとえば、うちの場合は、保育園で全然活動に参加しない、掃除もしない、お昼寝の布団も敷かない、紙芝居も聞いていない娘の様子と、それに対して「○○ちゃんだから仕方がない」として注意もされていない様子から、小学校からはこれでは困る、きちんとした支援をしてもらいたいと思ったことが、「譲れないこと」だった。
(あと、家ではしゃべるけど家の外ではコミュニケーションが難しいのでやはりそこも手厚くみてもらいたかった)

特別支援とは、障害があるから仕方がないんだとして、○○ちゃんはやらなくてもいいよ、と免除されることではなく、どう工夫したら○○ちゃんも参加できるのかを考えてくれることだと思ったからだ。

そして支援学校に入った結果、娘にはとても合っていて、ちゃんと学校の活動に参加するようになったし、主体的にも動けるようになった。いろいろなことが自分でできるように、スモールステップでやらせてくれる。
ということで、当初の「ここは譲れない」という部分は叶っていると思う。

ちなみに、体験談を書いていただいた普通学級を選んだお子さんのお母さんは、一人っ子なので「地域に根差す」(地域に顔を売る)ことを軸に据えていた。
本当は支援学級に入れたかったのだが行政が作ってくれなかったのだ。
(その経緯は理不尽ともいえるもので、その子が普通学級にいても学校側がサポートしてくれている理由はその辺にもあると思う)
クラスの子どもたちは自然に本人を受け入れてくれ、いろいろ助けてくれたりもしていい関係になっているが、毎年、「来年度はどうするのか(転校するかどうか)」を考えていかなければならないと言っていた。

また、支援学級を選んだお子さんのお母さんは、「フルタイムで働き続ける」ことを軸に置いていた。
そのためにはうちの地域の場合、地元の普通小学校に入れるのが一番都合がいいのだ。
そのためにもう早くから動いて、あちこち顔つなぎしたりと努力をしたようだった。

つまり、親がまず、「なにを軸に考えるか」を決めるのが大事なのである。

●決め手は本人の資質やIQではない


よく勘違いされやすいのが、「ここまでできる子は普通小学校で、これができない子は支援学校」とかいうものではないということだ。

何度か引用しているが、以前養護学校を見学したときそこの校長先生が言ったことは、
「障害のある子が地域の普通小学校に入るか入らないかの見極めは、『この子にはあれができるか、これができるか』ではなく、その小学校に、その子に合った学習内容があるか、それができる教師がいるか、にかかっているのだ」
ということ。

つまり、受け入れ態勢や先生の技量もとても大きなポイントになるのだ。

たとえば、うちの娘も支援学級に見学に行ったが、「うちでは手が足りなくてほったらかしになってしまう」と言われたので、特別支援が欲しいうちの場合それでは意味がないと思い支援学級は選択しなかった。

もうひとりの子は、やはりきょうだいも同じ学校だし最初は支援学級と思っていたが、やはり「手いっぱいでちゃんと見られません」と断られて支援学校を選んだ。

もうひとりの子は、支援学級を希望したら毎日付き添いが条件だと言われた。そのお母さんは「地域の小学校へ」という思いが強かったので、毎日毎日登校から下校までずっと付き添った。

ところが毎日教室にいて様子を見ていると、支援が行き届かない様子がよくわかった。ちゃんと見てもらえなくて本人も伸びないし、幼稚園時代からのお友達はどんどん成長して差が開いていって対等に遊べなくなっていったし、何より本人が学校を嫌だと言い始めた。
そこで次年度は支援学校に転校することも考えて見学に行ったら本人が支援学校をすごく気に入ってもう学校に行きたくないと言い出した。
そして先生方も年度途中であっても一日も早く転校した方がいいと言い、いろいろ大変だったが3学期から支援学校に移った。今は学校大好きで楽しく通っている。

その子はおしゃべりはダントツに上手だったし、お友達ともコミュニケーションがとれる子だから親も大丈夫だと思ったのだが、学校に体制が整っていなかった。

普通小学校に行った子は、学年が上がるにつれ勉強も難しくなってくるし、近隣地区の小学校の支援学級への転校も視野に入れていたのだが、よその学校では「支援学校へ行ったらどうか」と断られたので、今の理解ある学校にとどまっているということだった。
そこでは普通学級在籍なのに難しい教科は別室で取り出し授業をしてくれるし、とにかく校長、教頭、養護の先生、その他学校中の先生方が入れ替わり立ち代わりその子についてくれ、学校が一丸となって支援してくださっているありがたい状況だということだった。

正直、このような小学校だったら、上にあげた途中で転校した子も、6年生まで支援学級にいられたのではないかと思う。
だから地域の学校でうまくいくかどうかは、決して本人の障害が軽いか重いかだけで決まるものではないということだ。

(地域性もあると思う。ダウン症の子が地域の小学校に行くのが当たり前の地域もあればそうでない地域もある。
世代間の違いもある。うちの地域は一時期誰もかれもが「地域の小学校へ」という時期があり、今はその反動が来ているようだ。
なぜって、生徒8人に先生一人という支援学級の体制は変わらないのだから、誰でも受け入れていった結果、学校側がもう無理という状況になったのだ。
そこで、支援学級受け入れに関して、今は厳しくなってきている。
また逆に支援学校へのハードルが高く、よほどでないと入学させてもらえない地域もあるようだ)

●支援学校のメリット


これは他のお母さんも言っていたが、やはり支援学校のいいところは、ひとつひとつの活動について一週間や二週間の間繰り返し(少しずつレベルアップしながら)やってくれるということだと思う。
その活動が終わるころには、身につくこと、できることが増えていく。
娘の場合もそれは大きい。普通小学校ではこうはいかなかったと思う。
(一回限りで終わる活動が多いので)

生徒ふたりに先生ひとりの割合で個別に見てくれること、こちらの要望はすぐに取り入れてくれることをあげたお母さんもいた。とても手厚くみてもらっていると。

●支援学校のデメリット


一方デメリットとしてあげられるのが教科学習時間の不足とお友達関係のことである。
うちは教科学習時間の不足を補うためにくもんに通わせているし、また地域に根差すため、地域の小学校の学童にも通わせている。

もうひとりのお母さんも、支援学校だけれど毎週土曜日は学童を利用しているということだった。

学童や学校交流などを使えば、支援学校に行っても地域のお友達との関係は切れない。道で会えばみんなに「あ、○○ちゃんだ」「○○ちゃんのお母さんだ」と声をかけてもらえる関係になっている。

(あと、ことばの心配をされる人もいると思うが、支援学校に入ってからすごく言葉が増えましたというお母さんもいた。
普通学級、支援学級に入ったらすごく言葉が伸びたお子さんというのは、たまたまその時期だったということもあるかもしれない。
伸びない子ももちろんいると思うので。
うちみたいに学童にほぼ毎日通ってもちっとも言葉が伸びない子もいるし(笑)、やはり個人差は大きいと思う)

また、支援学校での人間関係も貴重である。
はじめは自閉系の子がメインの支援学校ということで支援学校でのお友達関係は全然期待していなかったが、意外と障害のある子同士の友達関係も育っている。
逆に学童ではレベルが違っているせいか、「遊んでもらっている」という感じであまり友達関係と言えるようなものはない。
(学童の先生方も、娘と遊んでくれる子は「○○ちゃんは優しいから・・・」と言う。
優しい子が、娘の相手をしてくれているという感じなのだ)

私達ダウン症の子をもつ親だって、健常児の親ばかりに囲まれてひとりだけ障害児の親ということで毎日過ごしていたら、話も合わないし疲れると思う。
子どもも同じで、対等に付き合える疲れない人間関係というのも大事だと思う。
・・・という話をした。

*         *          *

後で、「やっぱりあそこにすればよかったのかな」「これでよかったのかな」とぐらつかないためにも、そこに行く理由、なにを軸にして決めたのかをしっかりことばにしておくのは大事かなと思う。
(もちろん、本人の様子を見てぐらついてもいいんだけどね。
入学したところに6年間ずっといなければならないということもないし、親が子供の様子を見て臨機応変に対処できる気持ちがあるなら子供がずっとつらい思いをしなくても済む)

まあ理想は、どの学校でも金太郎あめのように、同じレベルの教育を受けられることなんだけどね。

誰もが力のある先生に教わりたい。
力のある先生が異動すると、それに合わせて一家も引っ越す、というような事例もあるとお聞きした。

うちの支援学校にも、支援学級で適切な支援が受けられず、不登校になって学校という言葉を聞いただけでパニックになってしまう、こじらせた子が転入してきたりしている。
他にもそれぞれ地域の学校で得られなかったものを求めて支援学校に転入してくるお子さんは毎年いて、本当にこの学校間格差は縮まってほしいものだと思う。

支援学校は、教師を育てて地域の小学校の特別支援を担う核となる人物を地域に送り出すという任務を担っているそうだが、先生方には研修を積んでいただいて、地域の小学校に行った場合の先生のあたりはずれ(それに受け入れ体制の違い)があまり大きくないようにしてもらいたいものだ。

一学期の交流まとめ&思うこと

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さて、今週末から夏休みである。
長野は夏休みが短いのだ。
普通小学校で3週間ちょっと。
一か月ないのは長野と北海道だけらしい。

*     *      *
昨日、一学期最後の普通小学校との交流があった。

交流はGW明けからスタートし、3カ月間で5回の交流が実現した。
当初の希望は「一か月に一回できればいいかな」くらいだったので、思った以上にやっていただいたことになる。
それもすべて、小学校側からのお誘いだ。

1年生の担任の先生が熱心に「どうですか」と誘ってくださる。
7号を迎えた「○○ちゃんしんぶん」も「毎回楽しみにしています」と言ってくださっている。
ありがたいことだ。
また、交流に行くたび、子供たちみんなに温かく迎えられて、うれしい気持ちで帰ってくる。
この地域では年に3回程度の交流が一般的らしいので、最初にちょっと図々しく多めの交流を申し込んでおいてよかったと思っている。^^

1回目は、ブログに書いた通り、顔合わせ会。(過去記事「地域小学校へ交流に行く」)
自己紹介、Q&Aコーナー、じゃんけん列車だった。

2回目は、運動会の玉入れの練習に行った。
行くといつも子供たちが歓迎してくれ、「一緒に行こうよ!」(休み時間)「○○ちゃんと一緒に遊びたい!」と言ってくれ、温かい気持ちになる。

娘が赤組か白組かを決める場面では、本人に聞くと、単純に赤い色が好きだからか、「赤」を選択。
赤の子たちは「やったー!」と喜び、白の子たちは「え〜!」と心底がっかりしている様子に、一年生かわいいな、と思った。
どう見ても戦力にならなそうな子なのに。(笑)
行進の仕方も「見てて!こうやってやるんだよ!」と熱心に教えてくれた。

練習中、私がボールを手渡そうとしても手を引っ込めて嫌がっていたが、
そのうちほかの子たちが、「○○ちゃん、楽してる!」と言って「○○ちゃんも投げて」とボールを渡すと今度は受け取り、ようやく投げ始めた。
まあ、全然かごには届かなくて、前の子の背中に当ててるだけだけど。(笑)

*       *       *

3回目は、運動会本番。
1年生の場所に、ちゃんと娘と私の席も用意しておいてくれて、一緒に座ることができた。
行くといつも、「○○ちゃんだ!」とみんながにこにこで迎えてくれて、娘は幸せ者だ。

玉入れは、おじいちゃんおばあちゃんや地域の人たちと一緒に一年生がやる種目なのだ。
(私も一緒に出た)
事前に相談され、「○○養護学校のお友達も来てくれました」みたいなアナウンスをお願いした
運動着が違うので見てすぐにわかるし、地域の人たちに知ってもらうためもあるので。
(姉ちゃんたちの運動着のお下がりを着せるという手もあったけど、あえて違っていていいかなと思い)
出番待ちの待機時間が長くて娘が座り込んで行進を拒否しそうな場面もあったが、なんとか行くことができた。
学童の指導員の先生方も応援に来ていて、娘の名前を連呼して応援してくれた。

undoukai01写真はいつも娘と遊びたい、と言ってくれる子とのひとコマ。
右が娘。
お友達が顔を近づけると、なぜか相手の顔や口を触るので、それを面白がって、「触って触って」みたいな感じでみんなが顔を差し出す。

まあやりとりとかいっても娘ができるのはこのくらい。
あとはホワイトボードがあればみんなが文字を書いて本人に質問し、本人が文字盤で答えるとか。

4回目は図工(?)
学校の記念行事で、全校生徒の作品を並べてひとつの大きな絵にするという企画があり、なんとその中に娘の作品も入れてくれるという話だった。(粘土を焼いたもの)

説明は全然聞いていなかったけど、実際始まると根気よく最後まで作品を仕上げた。
できあがりが楽しみだ。

5回目は学校プール。
1年生みんなと大きいプールで体育の授業を一緒に受けてきた。
(私も一緒にプールに入った)
といっても1年生のコースは水深0.7Mの浅いところだ。

学童でいつも娘に話しかけてきてくれる男の子とペアになった。
「水中じゃんけん」「だるまさん」「ラッコさん」と、みんなが「見てて、こうやるんだよ」と見本を見せてくれ、娘もがんばっていた。
「おはじき拾い」ではカラフルな直径10僂曚匹里はじきを先生がポンポン水中に投げ、よーいどんでそれを拾った。
手で拾うには潜らなければならない。
娘は足でつかんで拾うというズルをしたが(笑)それが楽しかったらしくまた水に投げ入れ、今度はなかなか足でつかんで拾うことができなかったので、プールサイドの角に両腕をかけて両足ではさんで拾うという手を使い、拍手をもらっていた。

ほかの子たちとのたくさんのやりとりがあり、とても楽しい時間だったと思う。
「このあと給食も食べていくの?」と聞かれたが、自分の学校で給食を食べるので、「また学童でね」といってお別れ。
(学校の菜園でとれたお野菜までおみやげにいただいてきた^^)
学童に行くと「今日一緒にプールやったよね」「今日プール楽しかったね」と口々に言われた。

*       *       *

「夏休みの計画」の記事で、娘に一日学童は厳しいかも、と書いたが、
学童でもいろんな子が声をかけてくれるし、とてもやさしくしてもらっている。

ただ本人はほかの子と会話が成立するわけではないし、みんなの遊びに加わるのではなく見るだけだったり、ひとりで絵本を読んだりするのが好きなのは、保育園時代とあまり変わらずなので、半日が限度かなと思ったわけだ。

感心するのは、よくできた子供たちがいて、娘のボール遊びに付き合ってくれ、娘がとんでもない方向に(わざわざ)ボールを蹴っても、それすらも楽しんで根気よく拾いに行ってくれることだ。

おそらく小さい子が好きな子たちなんだろうと思う。
「○○ちゃんは、なにが好きなの?どんな遊びが好きなの?」
と私に聞いてくる。
交流に行ったときも、私が着替えている間、「○○ちゃんには□□はできないから、■■をしようよ」などと遊びの相談している声が聞こえてきて、どうやったら娘を遊びの仲間に入れられるか、考えてくれているのに感激した。
まだ小学1年生なのに相手の好きな遊びをし、相手を喜ばせたいという思いをもっているのだ。
ホント、できた子たち。

保育園から一緒の子たちは、一緒に遊ぶことはあまりないが、娘のことをよくわかってくれていて、いろんな場面で学童の先生たちを助けているようだ。
暑くなって、急に娘が部屋に入れなくなったとき、
「先生、扇風機が怖いんだよ」と教えてくれたり、
大きなジャム付き食パンのおやつがでて、全然手をつけなかったとき、
「小さく切ってあげれば食べれるよ」と助言してくれたり。(笑)
他の子が娘の靴をはくのを手伝おうとしたら
「手出さないで。自分でやりたいみたいよ」って言ってくれたり。
あと、おやつの袋を開けてくれたりと、本人が助けてほしいときはさりげなく手を貸してくれるところは、保育園のときと同じ。

もちろん、子供同士だから、迷惑をかけちゃったりするとそれをストレートに言ってくる子たちもいる。
お友達がトイレに入ると、床に頭をつけてのぞこうとしたら「ヘンタイ!」と言われていた。(笑)
ドッジボールをやったりしているところに(ドッジボールがなにかも理解しないで)ただボール遊びをしようとして入っていって「じゃまじゃま」と言われたりとか。
肩をとんとんして振り向かせるだけで何にも言わないので、「○○ちゃん、何にも言わないからやだ!」と言われたりとか。
ま、社会だから、それも大事なことだと思う。娘の場合、そういう言葉から何かを学ぶかといったら、あまり次回気をつけようとは思わないようだけど^^;

*       *        *

一方で、意外だったのが、支援学校でのお友達関係だ。

インクルージョンの考え方では、「支援学校ではお友達からの刺激がない」「大人だけとのやりとりになる」と言っており、私も自閉系の支援学校ということもあってお友達関係は期待できないと思っていた。
だから学童に通わせたいと思っていたのだ。

が、意外にも、かなりいい感じで、お友達関係が広がりを見せているようだ。
(支援学校の先生方もそう言っていた)

「子供には子供同士の関係が必要だから(地域の小学校へ)」という意見に対しては、「支援学校にも子供たちがいますよ〜」とひとこと言いたい思いである。(笑)

ともあれ、娘は、支援学校ではかなり自分が出せているようでよかった。
もともと、上の子にも似てとってもふざけんぼというかお茶目な面があるのだが、そういう娘本来の性格が学校では出せているもよう。

朝登校すると、「○○ちゃんだー!」と走ってきて出迎えてくれ、「荷物持てる?」とか「ぼくが手伝ってあげるよ」とか言って世話をやいてくれるイケメンの上級生もいる。
特にお姉さんの上級生はとてもよいモデルになっており、お姉さんがカラオケで「ありのままで」を歌ったら自分もそれを歌いたくなって自分の番でその曲をリクエストしたりとか(←それまでアンパンマンだったのに、難易度高すぎでしょう^^;)。

お姉さんがプールの着替えのとき(裸が見えないように)巻きタオルを使っていたら自分も巻いて着替えをすると言ったりとか。
何か新しいことを始めるときにお友達がやる様子をじっと見ていて理解して自分もチャレンジしたりとか。
(三輪車に初めて興味をもったことはすでに成長記録に書いたが)
みんなでふざけあって盛り上がったりとか。
お友達の「文化」を取り入れようとしているところが初めて見られるようになったので、まあいろいろと娘にとって刺激を与えてくれているようだった。

*      *       *

これから書くことはダウン症の親御さんの反感を招くかもしれないが、あえて、最近思っていることを書いてみる。

「普通に育てればいい」とよく言われるダウン症児であるが、
考えてみると、「普通に育てる」には二通りの意味があると思う。

「普通の環境に入れること」が「普通に育てる」ことなのか、
それとも「普通の体験ができるような環境に入れること」が「普通に育てる」ことなのか。

この両者は違うと、最近思う。

たとえば「普通学級に入れる」はみんなと同じ環境に入れることだから「普通の環境に入れる」ことのひとつだろう。
しかしそこで娘がほかのみんなと「同じ体験」ができるかといったら、そうではない。
(これは娘に関してのことで、みんながそうだというわけではありません。ひとりひとり違うので)

娘は保育園では、みんなと同じ環境に入れてもらったわけだが、
娘だけほかの子と同じようにはできないので、結局「普通の体験」をすることは難しかったと思う。

「○○ちゃんだから仕方がない」と掃除をしなくても大目に見てもらい、
紙芝居を見なくても大目に見てもらい・・・と、どうしても「特別扱い」になってしまう。
自分の言いたいこともわかってもらえない。
世話してくれる子はいたけれど対等に付き合えるお友達はできない。
これは「普通の環境」にいたとしても「普通の体験」ではないのだ。

うちの保育園は人数が少なくて縦割りだったので、年下の大好きなお友達ができたのはよかったけど。

小学校の普通学級だったら、みんなと同じ環境にいても、自分より倍も発達年齢が上の子供たちと常に一緒にいて、世話をする側、される側という特殊な人間関係の中で過ごすという「特殊」な体験になってしまう。

健常の子にたとえれば、(発達年齢が倍も上という点では)小学1年生が中学生のクラスにひとり入って毎日を過ごすというようなものなのかもしれない。それって「特別」な体験である。

むしろ特別な環境である支援学校のほうが、娘にとっての「普通の体験」をする可能性が高いところなのかもしれない。

娘を見ていると、どうも、自分と精神年齢(知的発達)が近い人の方が、仲間になりやすいのではないかと思うからだ。
年長さんだったとき大好きだった子は、年少さんだったし。
(年中さんと思い込んでいた子は勘違いで、年少さんでした^^;)

「ダウン症のある成人に役立つメンタルヘルス・ハンドブック」には、ダウン症の子たちが知的障害のある友達を持つことの大切さが書かれている。
人は、自分と似通った興味関心・知的レベルをもった人と友達になりやすいから、というのもあるし、ダウン症の子には、自分と同じように世の中を見て感じている仲間が必要ということもあるそうだ。
自分だけが世の中でひとりだけ違うのだと孤独を感じるのではなく、自分と同じような仲間がいると感じられることは、人間としての基礎(自己肯定感、アイデンティティなど)を築くのにとても大事なことらしい。
(過去記事「統合教育(インテグレーション)の問題点」参照)

それは必ずしも、ことばで分かり合うということではないそうで、しゃべれなくても感じ取れたりするんだそうな。

知的障害のある子の中には、自分と同じように知的障害のある子供たちの方を「個の存在」と意識し、定型発達の子を「その他大勢」としかあまり意識しないタイプの子もいるようなんだけど、うちもそういうタイプではないかと思う。

だから、将来娘が「親友」と呼べる付き合いのできる相手がこの世に存在しているとしたら(そんな存在ができるとすればだが)、それは地域小学校の中ではなく、支援学校の中で見つかるのではないかという気がする。

私自身のことを考えても、相手と付き合いたいと思う条件は「同い年であること」じゃないもんね。

インクルーシブな環境がよくないという意味ではない。
私も学童や学校との交流は(地域という面でも)とても大事な体験をさせてもらっていると思っている。
ただ、一方で、対等な人間関係を築ける場というのも、大事にしたいということだ。

だから、支援学校だったら学童や習い事や地域小学校との交流を通して、普通小学校や人数の少ない支援級だったら放課後の児童デイなどを通して、できたら両方のタイプの人間関係を体験できるようにするのがいいのじゃないかなあと、今は思っている。
(選んだ環境によって、ほかの時間の部分でバランスをとる)

たまに、障害のある子たちの中で自分の子が生活することが、何かとても残念なこととか、楽な生き方を選ばせているとか、なんか没落(笑)のように感じていることが言葉の端々から感じとられる人がいる。
(ま、よくありがちですけどね。
支援学校じゃ「もったいないよ」という表現とか、支援学校は地域小学校がダメだった場合の「最後の手段」ととらえていたりとか。
決して積極的に選ぶ対象とはみなされないところのような。
(しかし気持ちはわかります。支援学校にもいろいろあり、カリキュラムが充実してないと感じるところもあるので))

ただ、障害のある子たちと一緒にいても、その子たちから学べることはほとんどない、ということはないと思う。
もしそうなら、自分が交流する健常の子供たちもわが子からは何も学ぶことがないことになり、それはダブルスタンダードになる。
障害のあるわが子が、健常の子たちに大きな学びを提供するはずなら、わが子自身も、障害のある仲間たちから多く学ぶことがあるはずなのだ。

実際うちの地域には肢体不自由児と知的障害児が一緒に学んでいる学校があるのだが、知的障害のある子が肢体不自由の子の車いすを押したり、お世話をしたりという人間関係がみられるという。
お世話される側だけでなく、お世話する立場にもなる、という体験もまた、本人にとって成長の機会になるのではと思う。

ま、今の支援学校では、娘が一番お世話される側ですけどね。(笑)
娘が2年、3年になったとき、入ってくる子たちに対して、そんな姿が見られたらうれしいな。

・・・というわけで、今感じていることを書いてみました。

入学準備(学用品など)

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さて、新入学・入園のみなさん、準備はお済みでしょうか。
私はなんやかやと用事があって、ようやく数日前から準備を始めたところです。^^;

ダブル入学は買い物がいろいろ。

もっとがんばって働かなきゃな、と思うくらいお金が出ていくが(笑)地域によっては障害児を対象に入学準備品などの補助金が出るところもあり、うちの地域もそうなので、買い物レシートはしっかりとってある。正直助かる。
(支援学校・学級に進学する者に限る)

その他各種書類、手続きのためあちこちの銀行や市役所、福祉事業所などへ。

大量の「名前つけ」は4月に入ってからに決定^^;

我が家の入学準備品を紹介したいと思う。
久しぶりにミシンを出してきて、うきうき。子供が寝たあと、韓流ドラマを見ながら作るのが楽しい。^^

<かばん類>


●ランドセル(写真はクリックで拡大)
nap02ランドセルは過去記事に書いた通り、ナップランド(赤)5,880円。690gと超軽量だ。
購入はこちらから。


●ナップサック
支援学校は毎日登校したら運動着に着替える。毎日持ち帰るため、毎日運動着持参である。
まあランドセルの中に入れてもいいのだが、一応ランドセルは学用品を入れるところということで(笑)地元の小学生がよくランドセルの上に背負っているナップサックを作ってみた。
kiji猫好きな娘なのでこんな生地をネットで探してきた。

fukuroピアノ鍵盤のボーダー柄があるので切り替えなしだけど切り替えがあるようにも見える。(笑)
左はランドセルカバー。

ryukku左の写真のようにランドセルの上に背負う形で使う。こうすると両手が空くのだ。
(肩にひもが食い込むときは、ランドセルの上に乗せるようにするとよいそうだ)

このナップサックはネット上に製図があったのでそれで作った。フックにかけるループもついている。
http://pikahosi.naganoblog.jp/e1231062.html

●ランドセルカバー
そうだ、雨が降ったらせっかくのランドセルもナップサックも濡れちゃうな。
ランドセルカバーも買わなくちゃ。
・・・とネットで検索したら、なんとランドセルカバーの作り方があった
ランドセルカバーって手づくりできるんだ!
と思ったらどうしても作りたくなり^^;翌日布屋さんでナイロンぽい撥水生地を購入。
猫柄の撥水生地があったので、黄色じゃないランドセルカバーができあがった。
(上の写真右側。写真はランドセルのみだが、ナップサックの上からもカバーがかけられる)

作り方はこちら。
http://www.okadaya.co.jp/shinjuku/upload_images/randoseru.pdf
製図・作り方を公開してくださった方ありがとうございました。

<給食用品・運動着>


●給食着
給食着はどんなエプロンでもよいと言われているが、前ボタンのスタンダードな(?)給食着にした。

小さい頃は、無理せずマジックテープにすればいいかなと思っていたけど、ボタンはできるようにはなった。ただ不器用なので小さいボタンだと一個だけはめてあとはやってもらおうとする。
もっとハードルを下げるために(嫌にならないように)大きいボタンに付け替え、ボタンホールの穴も拡大した。
学年があがるにつれ小さめのボタンにできるし、ボタンホールもどうとでもなると思う。
kyushokugiボタンでかっ。
左に置いたのが、もとのボタンの大きさです。


●弁当袋
bentoなんの変哲もない弁当袋。(笑)生地が余ったので作った。
ついでに姉ちゃんのも。(右)
まあこれは、20分あればひとつできる。


ランドセルカバーの余った撥水生地でコップ袋も作ろうかな〜。(コップは水滴がつくのでちょうどいい)

あと、ハンドタオルを使った食事用エプロンと手拭きタオルも5枚ずつ作ったが写真は省略。
手拭きタオルはループをつけるだけ。
エプロンは、ハンドタオルの一辺を3cmほど折ってミシンをかけ、ゴムを通すだけ。

●運動着
undogi洗い替え用にジャージが2着いる。新たにこんなジャージを購入。


<文房具>


●鉛筆
enpitsu娘は今は、しまじろうの「はじめてのえんぴつ」という三角鉛筆を使っている。
筆圧が弱いからこれでちょうどいいのだ。
(デザインが変わったのか、今はこれと同じのは売ってないようだ)

mochikataここに「もちかたくん」をはめて書いている。
はめないといまだにグーの手で握ってしまうので。(笑)



(↑上の黄緑色のもちかたくんは三角鉛筆にはめられますが、下のブルーははめられないので注意。)

が、ベネッセのえんぴつはしまじろうの顔がついているため、学校用にはくもんの三角鉛筆を購入した。


三角色鉛筆も売っているようだ。

三角鉛筆専用のえんぴつけずりは、くもんでもらって2つもっている。
ケースになっているので、けずったカスが散らからなくて具合がよい。
(普通の太さの鉛筆も削れる)


消しゴムは100円ショップで買ったが、「弱い力でも消える」と書かれていたのを選んでみた。

●ふでばこ
で、ふでばこはキャラクターものは買わないと決めていた。
自閉系のお子さんの先輩お母さんが、文房具にキャラクターものはご法度と言っていたからだ。
この子たちは一度にふたつのことはできないので、好きなキャラクターに惑わされずに、学習に集中することは難しいと。
気が散りやすい子には気が散る材料を与えないこと、だそうだ。

ま、健常の上の子も地味〜な黒ふでばこを6年間使った。キャラクターだったら高学年からは使えなくなるし(本人の趣味が変わってきて)物もちを良くするには無地が一番という考え方もある。(←ケチなので、笑)

で、地味〜な赤ふでばこを買おうと思っていたのだが、「まてよ?くもんの三角えんぴつは普通のふでばこの鉛筆さしの中に入るのか?」と思って調べたらやっぱりくもんのえんぴつは入らないことがわかったので、スタンダードな無地赤ふでばこはやめた。^^;

しかしファスナーの筆箱とかは使いにくいし、やっぱり箱タイプがいいよね〜、開け閉めもマグネットが一番楽だよね〜、・・・などと考えて、ちょっと奮発して木の筆箱を購入。
fudebakoくもんえんぴつを入れたところ。(キャップはくもんキャップ)開閉はマグネットで簡単。
オークヴィレッジ ペンシルケース(ナチュラル)3,675円。
ま、ランドセルを安く済ませたから、ここをちょっと贅沢にして、長く使ってもらえればいいかなと。


●ノート(?)
この時期の子供にとってのノートは、先生の言ったことを書きとめるというよりは、もっぱら字の練習に使うものだと思う。
娘はまだ小さい文字を書くのが苦手で、くもんのプリントだとひどい字になってしまうが、少し大きい字だとそれなりに書ける。
アマゾンに6マスノートが売っていたのだけど、当面先生から指示があるまでは、家で使っているのをもっていこうかなと思う。

家で使っているノート(?)はこれ。
note02百円ショップで売っている硬質カードケース(A4)に、マス目を印刷した紙を裏表2枚はさんでおく。
カードケースの上からホワイトボード用のペンで書くと自由に消せて何度でも書ける。


娘は鉛筆よりもホワイトボード用のペンの方が弱い力で上手に書けるので、本人もペンで書く方が好きなのだ。
今はまだ、ペンでもなんでもいいから「書けた」という喜びとか自信をつける方が大事と思っているので。書くことが楽しくなってくれればいいなと思う。
noteこれをA4に印刷して使っている。


<その他>


●学校に対して
(1)サポートブック・学習のあゆみ
学校へのサポートブックは、保育園のときのような小さいはがきサイズではなく、A4に数枚書いてクリアファイルに入れて渡した。

そのうしろに、「学習のあゆみ」を添付させてもらった。
これまでの学習のあゆみを知ってもらうためで、こういうことをやってくれと要求するためではない。
「読み書き編」「算数編」「お話・コミュニケーション編」の3つ作ってすべてひとつのファイルに入れた。

いつかご紹介するかも・・・。

写真を多く入れて読みやすくしたつもりだが枚数が多いので「ページが多くてすみません」と言ったら「情報はなんでもありがたいです」と言っていただけた。

サポートブックの簡易バージョンを学童と福祉事業所にもひとつずつ用意するつもりだ。
(夏休みなど長期休業で毎日は無理だと言われた場合のため念のため福祉事業所とも契約しておく。
が、ふだん使ってない事業所にいきなり夏休みに一日預けるのは本人が大変なので、慣れるため月に1回は利用してくださいということになっている。
スタートしてみないと娘の様子がわからないが、複数の居場所があることはいいことだと思う。もしも合わなかった場合も無理に通わせなくて済むし。)

(2)手話リスト
これから作る予定。まだ4月にならないと担当の先生がわからないため。
娘のよく使う手話リストとそれを私が実演して動画にとったものをUSBに入れてお渡しする予定だ。
そして時間があったら動画から静止画像を取り出して、紙の上でも見られるもの用意したい。

(3)文字盤
文字盤(過去記事)は10枚作り、5枚は学校へ、3枚は学童へ、2枚は福祉事業所にお渡しする予定。
同時にそれぞれミニホワイトボードも2個+1個+1個ずつ。(百円ショップの、ペンと消すものがついたセット)

●本人に対して
(1)写真絵本
4月になったら作る予定。
先日の体験では学校内の写真をたくさんとらせてもらったので、「○○ちゃんのしょうがっこう」みたいな写真絵本を作っておきたいと思う。
心の準備にもなるし、校舎内にあるものを早く覚えられるかなと思って。
(2)写真カード
放課後は学童、くもん、福祉事業所と複数行き先があるので、文字だけでなく写真カードも作って提示していきたい。
新しい生活になるので一日のタイムテーブルも、おめめどうの「とけいメモ」に書いて示し、流れを理解する助けになればいいなと思う。
http://omemedo.ocnk.net/product/27
Profile
働く主婦

3人の子持ちです。
ダウン症をもつ末娘の子育て記事と翻訳関連の記事がごちゃまぜになっています。^^;
★はじめての方は「はじめに・目次」をご覧ください。
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(メーラーが起動しない方はiviedgablesのあとにあっとまーく、次にyahoo.co.jpで送ってみてください)
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