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鈴鹿イチロー(AV男優) 自殺
二〇〇二年十月。V&Rのスタッフが出演依頼の電話をかけたとき、母親らしき女性が「あの子は家のマンションから飛び降りて死んだ」と呟いた。鈴鹿イチロー(33)という特殊AV男優が、絶望を背負ってベランダの柵を越え、自らの命を絶った。生を受けてからひたすら負けて、屈折に屈折を重ねて、徹底的に 後ろ向きであり続けた男の悲惨な結末だった。無職で恋人を一度ももったことがなかった。毎晩、巨乳ビデオを借りてオナニーする。それだけが女との接点だった。揺れる乳を触ってみたくて、どうしても柔らかいあの乳に顔を埋めたくて、AV男優になろうと決意したとき、AV界のイチローになろうとイチローという名前をつけた。飛び降りたのは十五階建て高層マンションの最上階、黒いアスファルトに頭から落ちて即死だった。早朝五時近くの出来事だった。誰にも気づかれることなく、孤独に自殺したのである。鈴鹿イチローはAV男優になっても一発すらセックスできず、絶対に夢や理想や希望が叶うことのないこの世界を呪って、仕事も友達も恋人も楽しかった思い出もなにもなく、溢れんばかりの大きな絶望だけを抱えて、この世から消えていったのだった。



俺が初めて鈴鹿イチローに会ったのは五年前、『東京セックススタイル2』の撮影のときだった。出演男優のオーディションがあった変わった企画で、そこに 鈴鹿イチローがやって来たのだった。鈴鹿は「なぜAV男優に?」というモデルの質問に「有名になりたい。アイドルになって、みんなを見返してやりたい」と 真剣に応えていた。狂ってるけど前向きな人だな、と思ったのが鈴鹿の最初の印象だった。


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それから、忘年会や撮影現場でたまに鈴鹿を見掛けることがあった。 「生きていて、なにも良いことがない」と時間が経つほど、ネガティブな発言が目立つようになった。二年後には自律神経が壊れて、舌が絶え間なく痙攣する病魔に襲われキモチが悪かった。竹本から鈴鹿イチローの死を聞いたとき、あいつなら死にそうだなと驚きはなかった。しかし前向きにAV男優を志願した鈴鹿イチローは、なぜ死を選択するまで追い詰められたのだろう。



鈴鹿の実家は、神戸である。ために撮影に呼ばれると、電車で上京していた。死に場所 となってしまった実家は、一階に映画館がある神戸新開地の超一等地。裕福な家庭に生まれている。幼い頃から勉強だけはそこそこできたようで、将来は医者になりたいという夢があった。初めての挫折は、高校受験。神戸の有名な 進学校を受験して、有名進学校というブランドとそこからエリートとして羽ばたく華麗な人生を妄想したが、落ちた。妥協した中堅校から、リベンジで医学部を 受けたが、また全滅。妥協をして、水産大学校という国立大学に進学した。鈴鹿は水産のようなマイナーな職業では、医者ほどの華麗な将来の想像はできなかった。なんで俺は上手くいかないんだ、屈折は胸の奥底で脈々と育っていた。鈴鹿がまず欲しかったのは、圧倒的なステータスである。社会的地位があり、みなから羨望の眼差しにみられ、勝者で女にモテまくるような人間にどうしてもなりたかった。医者を諦めてから、まったくヤリたいことは見つからな かった。目標ないままあるメーカーに就職した。また妥協の選択だった。営業部に配属され一日で嫌になり、一週間後に「なんでこんな仕事をせなあかんのや」と上司に叫んで辞めてしまった。人に頭を下げるような低いレベルの人間でない、鈴鹿はそう思ってい た。会社を辞める頃、頭がハゲてきた。シャンプーすると毛がゴッソリ抜け、だんだんと頭皮が見えてくる。ハゲは女にバカにされる。ハゲは嫌いという女の声が四方八方から聞こえ、勝者になれぬうちにハゲてきたことに焦った。不幸な運命を呪った。女にモテる目標をもつことすら困難になり、新しい職業も見つからず、家に引きこもるようになった。鈴鹿の趣味は、貯金とゲームである。バイト代や親からのお小遣いを一銭も使わず貯めて、通帳を眺めて少しづつ増えていく 数字を眺めてささやかな優越感に浸っていた。貯金好きの鈴鹿は、本当にケチだった。竹本シンゴがプライベートで神戸に遊びに来て会ったとき、「オマエ、奢れよ」と言われたことがあった。清水の舞台から飛び降りる思いで、駅前の立ち食いソバ屋に竹本を連れていき、なにが食べたいかを聞かず、百八十円のかけう どんを注文した。鈴鹿イチローは自分のぶんと、三百六十円を支払った。長年無職が続き、焦っていた。すべてを一発逆転できる職業への憧れが強まった。職歴ない若ハゲという弱者が逆転できるのは、有名人しかなかった。歌手かタレントになって誰もが知る存在になり、一刻も早く屈折だらけの人生にピリオドを打ちたかった。雑誌を立ち読みして、芸能事務所やテレビ局のオーディショ ンの宛先に応募した。ハゲている。成功を手に入れたいと一通、一通、合格してデビューする想像をしながら、書類を記述したが、ジャニーズのようなアイドル系は名前すら読まれることなく秒殺で書類落ち、俳優系もいくら送っても連絡は来なかった。歌も喋りもどちらかといえば苦手で、鈴鹿は最後の希望も実現はあまりにも厳しかった。どれだけ落選しても、目立ちたいという情念は強まるばかりだった。テレビ番組のエキストラや素人企画にも送り、少しでも自分が画面に映った場面を録画して、テープがすり切れるほど眺めるのが好きだった。夜と昼の生活は逆転していた。昼過ぎまで眠って夕方までゲームして、夜は新開地の繁華街を徘徊する。それが恋人はもちろん、友人すらいない鈴鹿の生活のすべてだった。ラブホに消えていくカップルを恨めしそうに眺めて、唇を噛みしめてアダルトビデオを借りて朝方までオナニーして寝る。その繰り返しだった。 心から巨乳が好きだった。飯島直子の胸の膨らみで、何回絶頂に達したかわからない。芸能事務所から何年間も無視された鈴鹿は、AV男優で有名になる変化球 を思いついた。社会的地位が低いのが玉に瑕だが、大好きな巨乳を舐めて吸って顔を埋めて、お金もらえて有名になれれば最高までいかないが、プライドの高い鈴鹿も納得できる範疇だった。

二十九歳。V&Rに男優志願した。若ハゲでキモチ悪いルックスが竹本やテンプルすわに受けて、出演を果たした。 竹本とすわは顔がキモチ悪くて、ハゲてるから面白がって呼んでただけだったが、鈴鹿は加藤鷹のような圧倒的な存在を狙っていた。何本出演しても女のコに嫌がられ、セックスまでたどりつかない。予定と全然違う男優生活だった。女はホストみたいな男優が触ると喜ぶくせに、鈴鹿が触ると睨んで「キモイんだよ」なんて言いだす。社会的地位が低い男優すらつとまらない現実に絶望し、悩みすぎて神経を崩壊させていた。三十一歳。『うわさのミスコンパオン3』の頃は舌の痙攣がとまらない神経症に冒され、やることない生活が災いしてアルコール依存になっていた。ハゲがつむじまで達して、恐ろしくおでこが広い波平さんみたいなルックスになったとき、鈴鹿はようやく キムタクみたいな圧倒的勝者の芸能人になることを諦めたのだった。


うわさのミスコンパニオン 3
うわさのミスコンパニオン 3


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鈴鹿イチロー最後の出演AVは、「いじくり絵日記」という作品だった。神戸から青春十八切符を買って各駅停車で東京に行くと、紋舞らんという巨乳女がいた。柔らかそうなお椀乳は鈴鹿が長年妄想し続けた巨乳そのものだった。今日だけはセックスしたいと強く願ったが、舌の痙攣で口元が締められない鈴鹿が近づくと紋舞らんは露骨に嫌な顔をした。出演者たちに笑い者にされ、いつものように他の男優たちがキモチ良さそうにファックを決めていた。鈴鹿は我慢ならなくなって、出番を待って控えていた紋舞らんの乳に手を伸ばしてしまった。アイドルのように笑顔を振りまいてた紋舞らんは優しい女の子と思っていたが、鬼のような目をして鈴鹿の手を払いのけて「監督! 変な男がいるんですけど」と叫んで撮影は中断となってしまった。「こんな現場では仕事はできない」と怒って、 大騒動になり、すわの説得でなんとか撮影は終わらせることができた。鈴鹿はなぜ自分が触ると怒るのかわからなかった。「こんな仕事できない!」と怒りまくる紋舞らんを眺めて、鈴鹿はある人生を左右するある決断をした。「今度のNHKのど自慢大会で入選しなかったら、俺死ぬから……」そうポツリと呟いて、肩を落として神戸へと帰っていった。スタッフたちがみた、鈴鹿の最後の姿だった。二週間後、鈴鹿イチローは自宅マンションから飛び降りた。AVで一度もセックスをすることなく、アスファルトに頭を叩きつけたのである。

ビデオザワールド 2003年11月号より引用)
*「ビデオ・ザ・ワールド」は2013年5月8日発売の6月号をもって休刊となっている

いぢくり絵日記 紋舞らん
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ビデオ THE (ザ) ワールド 2013年 06月号 [雑誌] [アダルト] [雑誌]
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