
ほうれ、「空」
もう、他の大人はいねぞ。婆だけじゃ。
この婆には、ホントの事、話してみろや。
ん?なしておめ、「咲」の、作った花飾り、めちゃめちゃにした?
黙ってても、わからんで。
うんうん。ほうじゃ。
あの花飾りはぁ、「咲」が「平蔵」にあげる為に作ったんじゃ。
なんじゃ?
ふぇっふぇっふぇっ。
おお、すまん、笑ろてすまんの。
じゃがの、「平蔵」が、「咲」の様な小河童相手になどせんぞ。
しかも、「平蔵」は、先だって祝言あげたでねえか?
おなごはな、そういう時分があるもんじゃ。
大人の男に憧れるんじゃ。
本人は、大真面目じゃがな。
麻疹みたいなもんじゃよ。
気にするこたぁねぇ。
そぉか、そんなに「咲」が気になるんか。
そぉか、「空」もそんな年頃になったか。
なに?違う?
ははん、おめ、照れとるな?
照れるこたぁねえど。
じゃな、婆がええ事教えたるで。
そう、その「平蔵」のちっちぇえ頃の話ぢゃ・・・
丁度、「平蔵」が、おめよりもうちっと大きな頃の事じゃ。
甲羅の皺が今のおめよりも三本くらい多くなった頃じゃな。
「平蔵」の幼馴染の娘河童が、やはり大人の河童に懸想してな、花飾り作ったんじゃ。
それに「平蔵」がむくれてな、花飾りめちゃめちゃにしたんは、おめと同じじゃな。
ただ、「平蔵」はそれだけじゃ、すまなんだ。
その娘河童の家の中も、渕の中もめちゃめちゃにしたんじゃ。
そら、みんな怒ったで。
今日のおめを怒ったどころの騒ぎではないわ。
しかしな、「平蔵」は、さっさと山ん中に逃げ込んでしもうたんじゃ。
なんで、ここからは後からな、「平蔵」が、そっと婆にだけ話した話じゃ。
流石にな、「平蔵」も、やりすぎたとおもったんじゃそうな。
それでな、兎に角、皆から逃げようと、闇雲に山奥へと駆け込んだんじゃ。
ふと、気付くとな、これまで見たことも無い、山奥にいたんじゃそうな。
一人前の河童になりゃあ、知らん土地に迷い込んでも、風を読み地を読んで帰り道の見当もつくようになるが、流石にまだ、その時の「平蔵」には無理じゃったな。
何と、それから三日三晩、山奥をさまよい歩いたんじゃ。
日頃は喰わん草の根を喰い、朝露を啜って飢えを凌いだらしいで。
何より、運が無かったんは、事もあろうに沢からどんどん離れてしもうて、大事な皿がどんどん乾いていった事じゃ。
なに、わしら河童は、皿が乾いたとておっ死んだりはしやせんが、干からびてもうたら、動けん様になるからなぁ。
もう、だめじゃ、もう、動けん、と思ったその時、目の前にな、見たことも無い黒々として鬱蒼とした森が現れたんじゃと。
それは、今思えば、神々の森。
人も獣も一切入ってはならん禁忌の森。
ひとたび立ち入れば、生きては帰れん森じゃったんじゃが、そんな事は「平蔵」にはわからん。
ただ、その森の中からほんわりと水の匂いがしたんじゃと。
それでな、「平蔵」は、ふらふらと誘われるままに、その森に踏み込んでしもうたんじゃ。
もう、朦朧としとったでな、どの位森の奥に行ったかも解らんというとったな。
ふと気付けば、森の奥がキラキラと輝いとったんじゃそうな。
しかも、水の匂いはそこから漂ってくる。
「平蔵」は、最後の力を振り絞って、駆け出したんじゃそうな。
絡み合う木の根に何度も足を取られ、転びながら「平蔵」は駆け続けたんじゃ。
そして、キラキラと光る場所にたどり着くと、そこにはやはり、光り輝く渕が広がっておったんじゃと。
もう、いてもたってもおられず、「平蔵」は、その渕に飛び込んだのじゃそうな。
気持ちの良い水が、乾いた「平蔵」の皿に見る見る染み渡った。
それはそれは、気持ちのええ瞬間じゃったと。
しかも、その水は、これまで出会ったどんな水よりも甘美で、美味かったんじゃそうな。
思う存分、水を浴びて喉を潤すとな、「平蔵」はやっと人心地がついて、周囲を見渡したんじゃと。
そこは、本当に不思議な渕じゃった。
よく見れば、深い黒々とした木立が、その渕の空まで枝を張り、森の外がどうなっとるんか、一寸たりとも解らんのじゃ。
なのに、何処からとも無く溢れる光で、渕全体が包まれておるんじゃ。
しかも、こんなに澄んで美しく、美味しい水なんに、魚一匹、虫一匹居る気配がせん。
森からも、鳥の声も獣の声も何の物音も聞こえてこん。
だんだんな、「平蔵」もそら恐ろしゅうなって来てな、そおっと岸に向かって泳ぎだしたんじゃ。
ふと、岸を見るとな、渕に飛び込む時には気付かんかったが、白い色のなんとも可憐な花が咲きほこっとる。
それを見た時な、「平蔵」は、自分のしたことを思い出したんじゃ。
。

花飾りは、好きなオノコにあげるために作る飾りじゃ。
その飾りを作るには、両手に余るほどの花を、何度も集めにゃならん。
集めたら、花が萎れんうちに編み上げにゃならん。
それはそれは、大変な仕事じゃ。
娘の大事な大事な気持ちが、ぎっしり詰った飾りなんじゃ。
「平蔵」はな、心底、悪い事した、と思うたそうじゃ。
娘河童の心を踏みにじった。
娘河童の物も踏みにじった。
渕のみんなのモンも踏みにじった。
だがな。
「平蔵」は、もっともっと大事な事にも気づいたんじゃ。
怒りに狂う渕の河童たちをな、一人諌めた若河童がおった。
「平蔵」に飛んでくる石礫を、身を挺して防いだ若河童がおった。
罵声の飛び交う中、一人だけ自分を呼ぶ声があった。
『平蔵!逃げるでね!
戻って来う!戻って来う!
オラが、一緒に謝ったるで!
戻って来う!』
・・・それはな、娘河童が花飾りを渡そうとした相手。
娘河童が懸想した相手。
「平蔵」が嫉妬した相手の若河童じゃったんじゃ。
逃げんのに必死で、今が今まで思い出せんじゃったが
「平蔵」は、自分を助けようとしておった、その若河童の気持ちで踏みにじって来たんじゃよ。
「平蔵」は、それに気づいたとたん、ぶわっと涙が流れたそうじゃ。
涙が流れて流れて、止まらんかったそうじゃ。
しまいには、あたり構わずオンオンと声を出して泣きじゃくったそうじゃ。
そうして、どのくらい泣いておったんじゃろうなぁ。
涙も声も枯れ果てた頃。
不意に「平蔵」をやさしい光が包んだそうじゃ。
ビックリした「平蔵」が振り返るとな、そこには・・・
柔らかな白い光に包まれて、
「天女」様が微笑んでおらっしゃったのじゃ。
あまりの驚きに、「平蔵」が声も出ねえでいるとな。
どこからともなく、鈴を転がす様な声で「天女」様の声が聞こえたのじゃそうな。
『「平蔵」
ここは、何人も立ち入ってはならん神の森。
私はな、おめの命を絶ちに来たんじゃ。』
「平蔵」は、恐ろしさに固まったそうじゃ。
渕の年寄りから聞いた、いろんな話。
神の森の戒め。
禁忌の森の恐ろしい話。
そんな話がいっぺんに思い出されてな。
じゃがな、「平蔵」の命を取りに来たはずの「天女」様は、「平蔵」には、それはそれは、やさしく見えたんじゃそうな。
『そうじゃ、「平蔵」
私は、おめの命をとるのは、やめたんじゃ。
おめの、その「心」と「涙」に免じてな。』
「あっ・・あっ・・ありがと・・・ごぜます!」
やっとの事で「平蔵」は、絞り出すような声で礼を言うたそうじゃ。
『礼はな、
おめを 思うてくれた その若河童に言え。
おめを 心配しとる 娘河童に言え。
おめを 探しまわっとる 渕の衆 皆に言え。
皆の 思いを含めて おめを助けるんじゃからな。』
「み、皆が・・・オラを・・。」
『幸せモンじゃな。
じゃがな。
今度だけじゃ。
この渕に いや この森に 二度と足を踏み入れちゃぁ いかんで。
そんときゃ 本当に
命 取るで。』
そん時に、にこっと笑った「天女」様の顔が、とても綺麗なお顔やったんにひどく恐ろしかったんじゃそうな。
「へっ、へいっ! 二度と、二度と来はしません!」
「平蔵」は、もう、それは必死に誓ったそうじゃ。
もう、腰がおかしくなるかと思うくらいに、へこへこ頭を下げたそうじゃ。
それを見てな、「天女」様が
「あはははは」
と、ひと笑いした後に、こう、言うたんじゃと。
『なら、「平蔵」。
おめを 渕まで 送っていこな。』
そしてな、どんどん「平蔵」に近づいて来たんじゃと。
それといっしょにな、「天女」様の光もどんどん強くなったんじゃと。
「平蔵」はな、どんどん眩しゅうなる光に、思わず目をつぶって叫んだんじゃと。
「て、天女様、お、おら、眩しくて、目ぇ潰れちまう・・・!」
でもな、「天女」様が耳元で、こう囁いたそうじゃ。
『だいじょうぶじゃ 「平蔵」
安心して 我に 掴まれ・・・』
その声がしたとたん、「平蔵」は、ふわりと自分の体が浮いたんを感じたそうじゃ。
そして、そのまま、すーっと気を失ったんじゃそうな。
気を失う、その刹那にな、こういう声を聞いたそうな。
『そうじゃ、「平蔵」
オメには 土産もたしょうな・・・』
それから気づいた時は、「平蔵」は、見慣れた渕の傍にたっとったそうな。
こっから先は、オラがまた見たことじゃ。
最初に「平蔵」を見つけたんは、あの「平蔵」を庇った、若河童じゃった。
渕の端っこの広っぱに、ぼおっとたっとる「平蔵」を見つけたんじゃ。
「平蔵!無事じゃったか、平蔵!
おおい!皆の衆!
平蔵が 帰ってきたぞう!」
直ぐにな、それに答える声がした。
「見つかったか!
平蔵、見つかったんじゃな!
おおい!みつかったぁ!平蔵、見つかったぞう!」
「見つかったぞう!平蔵、見つかったぞう!」
渕の周りに散らばって、平蔵を探し取った渕の衆皆に聞こえるようにな、その声はどんどん広がって言ったそうじゃ。
その間にな、若河童は「平蔵」に駆け寄って言ったんじゃ。
「怪我はねえか?
腹減ってるべ?
なんか、喰うか?」
その若河童の様子を見てな、「平蔵」は、また、涙がぼうぼうと流れそうになっとった。
「おっ、オラ、花飾りを・・・い、家の中を・・・ふ、渕の・・・」
「いうな。」
思わず、泣き崩れそうになる「平蔵」をな、若河童が止めたんじゃ。
「わかっとる。後で、きっちり小言も言うし、壊したモンは治しもさせる。
じゃがな、まずは、メシ喰ってやすめや。
仕置きはそれからじゃ。」
そういうてな、若河童はにこりとわろうたんじゃ。
「平蔵!平蔵!」
不意にな、その時「平蔵」を呼ぶ声がしたんじゃ。
声の方に目を向けるとな、沢の方から小さな影が叫びながら「平蔵」の方に走ってくる。
「あ・・・あれは・・・。」
「平蔵」がな、その影に向かって名を呼ぼうとした瞬間じゃった。
不意にな、冬曇の空が切れて、眩い日差しが射して来たんじゃ。
そしてな、走ってくる小さな影に光があたる。
小さな影の後の沢にもあたる。
沢の周りに飛び散っていた水滴にもあたってな、一面、きらきらと輝き始めたんじゃ。
「あっ!」
「平蔵」は思わず声を上げた。
きらきらと輝く中を走ってくる小さい影、「平蔵」の惚れとった娘河童を見てな、こう呟いたんじゃ。
「・・・天女様じゃ・・・」
そうじゃなぁ、確かにこのお婆の目にも、娘河童がきらきらと輝いて見えたわ。
じゃが、わしらは「天女」様におうとらんでな、似とるかどうかはわからんかったがの?
「平蔵!どこいっとったんじゃぁ!」
娘河童は、「平蔵」に飛びついて、泣きじゃくった。
その時じゃ、「平蔵」は、ふと、手に一本の花をもっとることに気が付いたんじゃ。
「そうか・・・これが、土産か・・。」
「平蔵」はな、そっと花を娘河童に差し出したんじゃ。
こう、言いながらな。
「天女様からの、おみやげじゃ」
それが、ほれ、今水辺に咲いとるあの花じゃ。

娘河童は、この前、「平蔵」の嫁になった「かな」じゃ。
ん?
若河童が誰か、知りたいんか?
それはな・・・おめの父様じゃ。
な?
誰にも、言うちゃいけんぞ。
おめと婆の約束じゃ。
わかったか?
わかったらほれ、急いで謝って来。
そうじゃ、みな、いっしょじゃ。
あああ。
ちゃんと、沢であの花、摘んでいくんじゃぞ。
〜Fin〜
コメント
コメント一覧 (4)
じっくり読ませていただきました。
婆さまの語り口が最高ですね。
いいなあ。こういうの。
ずうっと天女のイメージが、頭の中にあったのですが
うまくまとまらず。
そんなおり、絵手紙を描かれている人のサイトで、
なんともいえず味のある天女の絵をみつけて「これだ!」と
ひらめいて、
参考にしながらお玉なりの天女を描いてみました。
お土産にもらった花は、蓮の感じがしたんです。
河辺に咲くからかな?
決して、忘れないんですよ。
おふくろが語ってくれた話を、今でも思い出します。
でもね、うちのおふくろは、アバウトだったから、
話が同じだった試しが無いんですけどね。^^
写真には、季節柄を考えてすいせんを使ったのですが、
話を書いている最中は、ずっと蓮を思い浮かべていたのです。
なので、文中、「白い花」と書いていた所は、画像を
つけるまでは、「うす桃色の花」と書いていたのです。
ちょっと、びっくりしました。
天女のお話、もう一つ、書きたくなりました。(^-^)