ノーベル生理学・医学賞を授賞した大隅氏の「近年、基礎研究に対する研究費が削られている」という意見は、基礎研究に従事する大学・研究機関の多くの研究者の実感であると思われるが、衆議院議員・河野太郎氏はブログにおいて総務省からのデータを示し、「基礎研究費は増加している」と述べている(https://www.taro.org/2016/11/研究者の皆様へ.php)。確かに数値からだけでは基礎研究費は増えている。

 

 これに対して、総合研究大学院大学遺伝研教授の澤斉氏は以下のようにツイートしている。

 

基礎研究の金額は増えているとのことですが、配分の問題かも。科技庁があった時にはJSTの公募型研究は、広い分野に対する領域が設定してあり、多くの基礎研究者が応募可能でした。統合後は狭い特定の戦略目標(多くは応用)に合致しないと応募できません。科研費に関しては、かつての重点領域研究、特定領域研究では、ざっくりした広い領域の多くの研究者が応募可能でした。ノーベル賞大隅先生の初期の研究も主にこれで支えられていたようです。しかし、これが廃止され、新学術領域研究となり、既存の領域でなく、新規の狭い領域の研究者のみを支援するようになりました。また私感ですが公募研究の枠がずいぶん減ったと思います。このような状況で、多くの基礎研究の研究者は科研費の基盤研究に頼らざるを得ないのですが、その採択率が2−3割なので、落ちれば最後は大学機関からの運営費のみになりますが、運営交付金が毎年削減されている結果、これも年々減っているようです。結果、基礎研究費は少数の研究者に重点配分され、多くの研究者は「減っている」と感じている、つまり研究者間格差が広がっているのでは、と思います。既に芽が出た研究は伸ばせますが、新しい芽を作る研究は困難になってきているようです。

 

 澤氏が指摘した大隅氏の1990年代の研究費の取得状況を見てみると(https://kaken.nii.ac.jp/search/?qm=30114416)、ノーベル賞受賞のかぎとなった4つの論文のうちの2報が発表(1992年と1993年)された後の1994年に一般研究(現在の基盤研究)の獲得に失敗している。1993年には一般研究C(年額200万円)を獲得し、1995年には一般研究B(年額290万円)を獲得しているので、おそらく1994年に一般研究Cから一般研究Bへ移行しようとして採択されなかったものと推測される。一般研究Bは一般研究Cよりも45倍度多くの研究費を申請でき、トップレベルの研究者の多くが獲得していた。ただし以前は、一般研究Cは「1年申請」が可能であったので、大隅氏も「1年申請」を利用し、それゆえ一般研究Bとの金額の差はそれほど大きくなかったと推測される。私の記憶では、当時の一般研究B23年の申請で、総額1,500万円程度であった。現在はというと、基盤研究C(一般研究Cに相当)は500万円まで申請可能であるが、3年〜5年の申請しか認められていない。また、基盤研究B(一般研究Bに相当)も3年〜5年の期間(一般研究Bは「2年申請」が認められていた)で最大額は2,000万円以内までである。つまり基盤CBも実質は目減りしており、それが「研究費を削られている」と感じる理由の一つであろう。

 

 澤氏が指摘するように、1990年代は一般研究の申請が採択されなかった場合でも他の研究費の獲得が可能であった。大隅氏の場合は、1994年には2つの重点領域で300万円と170万円、さらに総合研究A(これは代表者の獲得した総額しか記載されないので大隅氏への配分額は不明であるが、おそらく7080万円程度と思われる)も獲得していた。これからわかるように、基盤となる一般(基盤)研究費の申請が不採択であっても、有望な研究をしていれば(あるいは研究者コミュニティで高い評価を得ていれば)、複数のソースからの研究費の獲得が可能であった。それが、総合研究は無くなり、また重点領域が「新学術領域研究となり、既存の領域でなく、新規の狭い領域の研究者のみを支援」することとなったので、「基礎研究費は少数の研究者に重点配分され、多くの研究者は「減っている」と感じている」となったわけである。

 

 ちなみに1990年以前は研究費が少なかったので、研究熱心な教授は業者に「借金」をしていた。そして、重点領域研究(「特定領域研究」と呼ばれた時期もある)の計画研究が採択された時(19801990年代の計画研究の金額は年間600800万円くらいだったと記憶している)にその借金を返していた。それもできなかった教授は定年まで借金をし、定年で踏み倒すか(それゆえ定年が近くなると業者は借金をさせてくれなくなる。あるいはその研究室の助教授が後継者となれば借金も引き継いでくれるので業者は人事に注視するようになる)、あるいは退職金で払った人もいた。天然物有機化学者として有名なコロンビア大学名誉教授の中西香爾氏が、1969年に米国へ行く時に東北大学での借金を自らの退職金で払ったという話は有名である。現在は、業者への「預け金不正」が時に新聞を賑わせるが(20151226日の記事を参照)、昔の研究者は熱心な人ほど「借金」という不正行為をやっていたのである(「借金」も国家公務員としては許されない)。また当時の多くの研究者は海外の学会での発表の渡航費は自分で払っていた(当時は研究費を利用しての海外渡航は禁止)。研究を進めるために「自腹を切る」こともいとわない人たちが研究をしていた。

 

追記(1115日)

 前回の記事でも提案したが、少数の研究者への過度の研究費の集中を避けるのが第一の方策である。また米国NIHのように、研究費申請を年に複数回行えるようにすべきであろう。NIHのように年3回はとても無理だが、年2回申請できるようにすれば研究費を獲得できない時期が半年ということになる。

 

 その採択率の低さ(20%30%)から、以前から科研費を取得できない人は多くいた。しかしながら、ボーダーラインあるいはそれよりも少し上にいる研究者は、時に基盤(一般)研究Bの申請が採択されなくても、他のタイプの研究費(重点(特定)領域、総合研究等)や大学から配分される研究費等でなんとか食いつなぐことができた。そして、翌年に申請が採択されればまた研究のアクティビティを上げることが可能であった。しかしながら今は、他の研究費はほとんどないので、一度主研究費の獲得に失敗するとそれは研究のアクティビティ低下に直結し、アクティビティが低下してしまうと翌年の研究費獲得が難しくなる。2年連続して獲得に失敗すれば、その後採択される可能性は極めて低くなってしまうだろう。

 

 米国の今回の大統領選挙でトランプ氏が勝利した背景には、リベラルを支えてきた中産階級の没落があったという説があるが、この話は我が国の研究者においてもぴったり当てはまり、新たな研究の原動力を支えて来た「中産階級」の研究者が没落していっているのである。

 河野太郎氏のツィッターによると「内閣府に競争的資金に関する問題に対応するチームが設営され、科研費の申請書及び科研費をはじめとする競争的資金に関する問題提起が内閣府の窓口に寄せられると、実現可能なものについては対応し、対応できないものについてはその理由が明記されることになっています」ということなので、私の提起をしてみたい。

 

1.競争的資金の統一

 バイオ系の研究費は文科省科研費以外にもAMED、科学技術振興機構(CRESTERATO、さきがけ等)、厚労省科研費等から資金が得られるようになっているが、これらのソースから比較的大型の研究費(年間500万円以上)を複数獲得している研究者がいる。プロジェクトが本当に異なればまだ理解できるが(実際には、大きく異なるプロジェクトを一人の人が主導するのは不可能に近い)、実質的に同じ研究で複数の大型予算を獲得している場合があると思われ、また複数の報告書に記載される発表論文は「使い回し」されていると思われる。米国におけるNIHのように、バイオ系の研究費は統一し、限られた予算を効率的に分配する仕組みを作るべきである。すぐにできる策としては、すべての競争的資金獲得について統一したデータベース作り(現在は文科省科研費と厚労省科研費はあるが、他のものはないと思われる)、一人の研究者が獲得している研究費の総額がどのくらいかを第三者がわかるようにすれば研究費集中への抑制効果が期待できる。

 

2.比較的大型の研究費(年間500万円以上)申請における引用論文の使用について

 有名雑誌に発表された一つの論文を、複数の申請者が「業績」として引用して複数の比較的大型の研究費を獲得している例が見られる(例えば、第一著者の助教・講師が若手研究Aを申請し、責任著者である教授が基盤ASの申請にその論文を引用)。年間500万円以上の研究費を申請する時には、発表論文は一人しか使えない(つまり、第一著者が論文を引用したら責任著者は引用できない、あるいはその逆)ようにすべきである。

 

3.比較的大型の研究費(年間500万円以上)に対する事後評価

 文科省科研費申請においては多くの研究者が審査員として評価を行っているが、事後評価は限られた大型研究費でしか行われておらず、またその事後評価はまったく活かされていないと言っても過言ではない。実際事後評価で、指導者としての資質について厳しい批判がされ、研究成果についても投下した金額の大きさに比べて見劣りがあったとまで酷評された人が、再度同じ大型研究費を獲得した例がある。比較的大型の研究費については、申請と同様に複数の審査員で事後評価を行い、成果が出ていないと評価された場合には、次の研究費申請に反映させたり、獲得した研究費の減額(事後評価の段階では既に次の研究を獲得していることが多い)等を行うべきである。

 岡山大学の問題については、森山・榎本氏に対する解雇無効の仮処分が言い渡されたことを611日に述べた。それに対して岡山大学は異議申し立てを行っていたらしい(ちょっと呆れるが)。それも棄却されたとのことである(http://bylines.news.yahoo.co.jp/enokieisuke/20161019-00063438/)。

 

 処分が解雇権の濫用であることは、通常の人ならば誰にでも理解できよう。意見が合わない薬学部長の職を解くというのなら話はまだ理解できる。しかしながら、解雇はあり得ない。

 

 森田潔学長を岡山大学の教職員はどう見ているのであろうか。業務命令には従っているが、心の底ではあまりの大人げなさに呆れているかもしれない。森田学長を見る時に、そんな目をしている自分がいることに気づいている人もいるだろう。教員は学生や院生にコンプライアンスを説く虚しさを感じているだろう。「トップになったら何をしても良い」というメッセージを学長が伝えているのだから教育になるはずもない。

 

 学生・院生はどう見ているだろうか?今の時代なので、多くの学生は興味がないだろうが、「勘弁してくれ」と思っている人もいるだろう。期待して入学した大学では、その長によって人の権利が無視されているのだ。「俺はそんな大学には入りたくなかった」と思っている人もいるだろう。

 

 ホームページで森田氏は以下のように語っている。

 

私を含め、すべての岡山大学学生・大学院生、教職員の皆さんとともに、この岡山大学を限りなく美しい大学、岡山の地にあって世界に輝く、魅力あふれた国際的な総合大学に作り上げていきたいと考えています」

 

 この言葉を周りの人がいかに虚しく感じているかを森田学長は気づくべきだろう。

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