ハーバード大学の山形方人氏のツィッターに「お酒に強い遺伝子持つ人は痛風リスク2倍以上」という記事が紹介されていた。元記事のサイトはhttp://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2016/05/20160518_01.html


 記事によると、痛風の男性患者1,048人と痛風ではない男性1,334人の2グループを対象に、「ALDH2」遺伝子の変異の有無と痛風との関係を調べところ、遺伝子変異がない人は、変異がある人より痛風を2.27倍発症しやすいことが明らかになったということである。論文は、前の記事でも話題となったScientific Reportsに発表されている。


 ALDHとはアルデヒドデヒドロゲナーゼという酵素で、毒性のあるアセトアルデヒドを酸化して無毒な酢酸に変換する酵素。体内に入ったアルコールはADH(アルコールデヒドロゲナーゼ)で酸化されてアセトアルデヒドとなるので、これを分解するALDH活性が高ければ、すなわち「お酒に強い」ということになる。この酵素は2種類存在し、一つはサイトゾル(細胞内の液体成分)に存在するALDH1、もう一つはミトコンドリアに存在するALDH2である。アジア人の多くは、ALDH2504番目のグルタミン酸(Glu)がリシン(Lys)に変わっており、変異酵素の活性は極めて低いので、これがアジア人が白人と比べてお酒に弱い理由とされている。


 論文の結論には誤りは無いと思われるのだが、問題は直接的か間接的かという点である。ALDH2の野生型の人はお酒に強いのだから、当然弱い人よりも多くのお酒を飲んでいる可能性がある。酒量が増えれば、当然、尿酸値が上がる傾向となるので、痛風となるリスクが上昇するのは当たり前の話。その逆に、お酒に弱い人はあまり飲まないので、お酒に依存する尿酸値の上昇は無く痛風とはなりにくい(ちなみに「尿酸値の高い人は尿酸を多く含むビール等を控えるように」とよく言われるが、ネットで調べてみると、ビール等に含まれる尿酸量は以外にそれほど多くなく、飲酒による尿酸値の上昇は尿酸の直接の摂取というよりは他の要因のようである)。


 つまり、「お酒に強い遺伝子持つ人は痛風リスク2倍以上」という事実は、直接的、すなわち遺伝子自身の機能(ALDH高活性)に由来するのか、あるいは間接的、すなわちALDHが高活性なのでお酒に強く、飲み過ぎて尿酸値が上昇して痛風となるのかということは不明ということ。「お酒に強い遺伝子持つ人は痛風リスク2倍以上」という結論を導くためには、野生型と変異型の人の酒量を一定にして、痛風の有無を比較する必要があるだろう。著者たちもアルコール飲酒と痛風には部分的には関連があることを認めている。


 ALDH2の変異は、City of Hopeの吉田昭博士が1980年代に活発に研究し、アジア人がお酒に弱い理由として見い出した。私も学生だった頃、吉田氏の論文を読んで興味を抱いたことを覚えている。遺伝子のクローニングも吉田氏が1985年に成功しているが、実はそのクローニングによって同氏の前年度に発表した論文が誤っていたことが判明した。1984年に吉田氏らは、亡くなったヒトの肝臓のサンプルからALDH2を精製し、アミノ酸配列解析で野生型と変異型の配列を比較した。その結果は、野生型の配列は-グリシン-ロイシン-グルタミン-アラニン-アスパラギン-バリン-グルタミン-バリン-リシンで、7番目のグルタミンがリシンへ変異していると結論した。ところが遺伝子から決定された正しい配列は-グリシン-ロイシン-グルタミン-アラニン-チロシン*-スレオニン*-グルタミン酸*-バリン-リシン-(*は誤っていたアミノ酸)。誤ったアミノ酸はアミノ酸列決定法(Edman法)ではしばしばミスが起こり易い箇所であり、注意深ければ防げたかもしれない。しかしながらそれは結果論であって、同氏の業績はそれによって揺るぐものではないだろう。

 

 

 1日遅れの「エイプリルフール」。

 

尿からクローンマウス....山梨大・若山教授ら(Yomiuri Online201641日:http://www.yomiuri.co.jp/science/20160401-OYT1T50147.html

 

 山梨大学は1日、尿に含まれる細胞を使ったクローンマウスの作製に成功したと発表した。野生動物は押さえつけただけでも死ぬリスクがあるため、体を傷つけずに細胞を採取する必要がある。今回の研究では、より自然に近い状態で採取した少量の尿からクローンを誕生させており、絶滅危惧種の繁殖につながることが期待されている。

 実験に成功したのは、同大の若山照彦教授(繁殖生物学)らの研究グループ。同日、英科学誌「サイエンティフィック・リポーツ(電子版)」に掲載された。尿には尿管の細胞などが含まれている。研究グループは、多数のマウスの尿に含まれていた細胞からDNAを採取し、4匹のクローンを誕生させた。4匹の外見は正常で、繁殖能力も持っていた。

 サイエンスライターの粥川準二氏は、若山氏の論文が「サイエンティフィック・リポーツ(電子版)」に発表されることを事前に察知し、その結果は「ごく予備的」と批判した(http://synodos.jp/science/16617)。

 

『サイエンティフィック・リポーツ』は、確かに査読のある学術ジャーナルではあるのだが、査読の基準は「技術的妥当性」のみで、「個別論文の重要性につい ては、出版後、読者の判断にゆだねます」と明言されている電子ジャーナルである。いわば、ごく予備的な実験結果を示して、読者の意見を求めることを目的に して書いたものも掲載される媒体なのだ。したがって読者はその分を割り引いて解釈することが前提になっている。

注:
「サイエンティフィック・リポーツ(電子版)」の評価については2015年12月17日の「マスコミやサイエンスライターは情報を正しくつたえるべきだ」と1118日の記事のコメント欄(1215日記載)をご覧ください。

 「有名になると根掘り葉掘り調べられてボロが出るか、あるいは詐欺・捏造・盗作(またはそれらの疑惑)が発覚して大騒ぎとなり、公から姿が消える」というパターンが続いている。全ろうの作曲家の佐村河内氏STAP論文の小保方氏、東京五輪エンブレムの佐野氏、そして今回のショーン・マクアードル川上氏(以下はショーンK氏)である。

 

 ショーンKについては、私は報道ステーションで初めて知ったが、高学歴(テンプル大卒業で、ハーバード大でMBAを取得)、ハーフ特有(実際には違ったようであるが)な端整な顔立ち、低音のよく通る声、ソフトな語り口と、特に女性に好かれるすべての要素を持っているような人だと思っていた。私の世代のラジオの人気番組に「ジェットストリーム」(ナレーターは城達也)という番組があったが、ショーンK氏も「ジェットストリーム」のナレーションをしたら似合うのではないかと思っていた。声の良さとソフトな語り口からすればJ-WAVEの「make it 21」というラジオ番組のナビゲーターを長年続けてきたという話もうなずける。

 

 ショーンK氏はメディアの活動をしばらく自粛するらしいが、もし多数のテレビ番組のコメンテーターとならずに、ラジオのナビゲーターの仕事のみをしていたら、学歴詐称も明るみに出なかったかもしれない。巷では「学歴詐称は許せない」という意見と、「学歴詐称は悪い事だがコメンテーターとして良いのだから、復帰して欲しい」という2つの意見が相拮抗しているようである。

 

 少し前の話となるが、Nature protocolsに発表されていた小保方氏の論文Reproducible subcutaneous transplantation of cell sheets into recipient mice1月に撤回された。その理由は、(1)図5a4番目の図(おそらく下段左の図)と図5bの最初の図(おそらく上段左の図)がよく似ている、つまり同じデータを2つの結果として示した可能性がある、(2)上下均等となるべき、棒グラフのエラーバーの値が均等でない。(3)作図の元となった「生データ」が見当たらないということであった。この撤回は「小保方氏がずっと捏造を行ってきたことの証左」として批判派には受け止められている。

 

 しかしながらよく考えると、小保方氏がこの論文で捏造や改ざんを行う理由は存在しない。この雑誌は、研究室で行われている実験方法を「レシピスタイル」で紹介することを目的とし、ほとんどが編集者からの依頼に基づいて書かれている。投稿ガイドラインには以下の文章がある。

 

Nature Protocols is a forum for the publication of proven protocols. Thus we do not publish novel primary research and the authors of the protocol must have previously used their method to produce the results reported in a peer-reviewed primary journal.”

 

 つまり、既に雑誌に発表された結果を再現するために、以前の方法(オリジナル論文で使われた方法)を紹介することが必要で、「新規性」は求められないどころか「新規性」があっては駄目なのである。依頼された論文は最初から受理される事を前提とし、査読はあくまでも実験方法の記述のわかり易さ等をチェックするためのものと思われる。

 

 小保方氏の論文で問題となった図5は、シリコンシート(コントロール)と細胞が付いたシリコンシートをマウスの皮下に移植した時に起こる炎症の度合いを示すものであり、特にデータとして加える必然性のないものであった。それが証拠に、この図5に関する結果の記載はDifferent kinds of grafts resulted in different inflammatory reactions (Fig. 5a ,b ).”と極めて簡潔である。

 

 もしSTAP騒動が起こっていなかったら、それほど問題とならなかった論文かもしれないが、「有名」となってしまったのでGiven that these results are key to demonstrating the reliability and reproducibility of the protocol.”と述べて撤回せざるを得なくなってしまったと思われる。

 

 ところで、この図5a,bの上段の中央図の縦軸は「マクロファージの数」であるが、本文にはマクロファージ数を測定したとの記述がなく、その代わりにT細胞数を測定したとあり、またCD3抗体を使ったという記載もあるので、「マクロファージの数」はおそらく「T細胞の数」の誤りであったと思われる。データ疑惑以外に、ミスがあるところがいかにも小保方氏らしい。

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