塩野義が「条件付き早期承認制度」を利用して、2月25日に新型コロナウイルスの飲み薬(S-217622)の承認を厚生労働省に申請してほぼ1ヶ月が過ぎた。いつ認可の決定が行われるかは公表されていないが、おそらく今日18時からの厚労省薬事・食品衛生審議会(医薬品第二部会)で審議・決定されるものと推測される。
実は公開されている今日の議題には、S-217622の話は議題として載っていない(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24503.html)。議題は、【その他】議題1「医薬品コミナティ筋注について」と議題2「生物学的製剤基準について」である。しかしながら、私は今日の審議会で塩野義の薬の認可が審議されると確信している。その根拠は以下の通りである。
(1) 条件付き早期承認制度で申請された医薬は優先審査の対象となり、過去の新型コロナ関係の薬は申請後いずれも3〜4週間で承認されている。
(2) この審議会では、【審議事項】、【報告】、【その他】という項目の下に、それぞれの議題があって審議される。もちろん重要度はこの順番である。もし公開された議題だけだとすると、今日の会議では重要事項は審議されないということになる。部会委員の先生方はいずれもこの分野の権威であり、非常にお忙しい方が多いので、【報告】より下の重要度の【その他】のためだけに先生方を2時間も拘束するとは考えられない。
(3) これが最も重要なポイントであるが、今日の会議の案内は1週間前の3月17日付で出されている。この部会の今年度の過去の開催日程を見ると(https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-yakuji_127852.html)、開催1週間前に案内されているものと2週間前に案内されているものがあるが、1週間前に案内が出された場合には、特例承認の対象となった新型コロナ関連の薬の審議が必ず行われている。特例承認は急いでいるので、定期ではない会議日程で行われるために1週間前の開催案内となるのだろう。
2月27日のブログ記事では、科学的知識に欠けた残念な医師たちについて言及したが、そのような医師がもう一人おられた。それは酒井健司医師である。酒井氏は以下のように述べている(https://www.asahi.com/articles/ASQ3D73V0Q3DTIPE00T.html)。
>「抗ウイルス効果があるからいいじゃないか」という意見もあるでしょう。しかし、抗ウイルス効果は「代理指標」に過ぎません。前回ご紹介した赤ワインvs.白ワインの比較試験にも代理指標の話が出てきました。ワイン研究の場合は、代理指標はHDLコレステロール値などの検査値で、本当に知りたい「真のアウトカム」は心血管疾患の発症や死亡です。真のアウトカムを検証するには時間やお金がかかるので検査値で代用されました。新型コロナの治療薬であれば、重要な真のアウトカムは新型コロナによる重症化や死亡です。重要度は下がりますがも臨床症状も真のアウトカムと言っていいでしょう。
前に紹介した医師と同様であるが、酒井氏も「ウイルスの減少」を「代理指標」と考えているが、それは誤りである。ワインの話でいえば、HDLコレステロール値の低さは心血管疾患の発症と相関するが、HDLコレステロールが「一義的」に心血管疾患の発症を抑えているわけではない。だから「代理指標」なのである。一方、ウイルス感染によって生じる呼吸器系の症状、つまり喉の痛み、咳、息切れなどはウイルスがヒトの呼吸器系の細胞に感染して細胞を殺傷するなどによって生じる「一義的」なイベントである。それゆえウイルスが消滅すれば、こういった症状は緩和される(少なくともそれ以上広がらなくなる)ことになる。ウイルスを減少させる塩野義の薬は、確かにウイルス感染によって「一義的」に引き起こされる呼吸器系の症状においては有意な効果が見られている。
>代理指標と真のアウトカムの区別は重要です。代理指標を改善させる治療が真のアウトカムを改善させるとは限らず、それどころかかえって患者さんに害をもたらすこともあるからです。一例として、心筋梗塞後の突然死を防ごうとして投与されていた抗不整脈薬が、かえって突然死を増やしていた有名な事例があります。この場合、不整脈が代理指標で、突然死が真のアウトカムです。
酒井氏のこの例の話もピンボケである。一般論としては、不整脈を抑えれば突然死は抑えられるかもしれない。しかし問題は、心筋梗塞を起こしたことによって一部の心筋細胞が死滅し、また生き残っている細胞もしばらく酸素供給が無くてダメージを受けているという点である。不整脈の薬は、いずれも細胞内外のイオンの流れに影響を与える薬であり、イオンの流れが通常と異なれば細胞には当然ストレスとなる。普段の場合には、そのストレスは許容できる範囲かもしれないが、すでに心筋梗塞によって酸素が一時的に遮断されて死にそうになっている細胞にさらにイオン濃度のストレスをかければ心筋がパンクするのは当然であり、それによって突然死が増えるのは必然である。
心筋梗塞の例でいえば、塩野義の薬は「血栓を溶かす薬」に該当する。心筋梗塞は血栓によって冠動脈が詰まることで起こる病気であり、最近はバルーンやステントによる治療が主流であるらしいが、以前は血栓を溶かす薬(ウロキナーゼやt-PA(組織型プラスミノゲンアクチベータ))が用いられていた。動脈が血栓によって詰まってしまい、酸素が心筋細胞へ行き渡らなくなって細胞が死んでしまうのであるから、細胞死を止めるにはまず「栓」を取り除いて血液を流し、酸素が細胞へ行き渡るようにすることが必要である。つまり、心臓の細胞を殺す「一義的」原因は血栓なので、血栓を取り除けば細胞死はそれ以上起こらなくなる。しかしながら、血栓を溶かす薬では一度ダメージを受けてしまった心筋細胞が回復するということはない。同様に、塩野義の薬も根本的な原因であるウイルスは取り除くことはできても、既にウイルスによって起こってしまった症状を無くすことはできない。それは当然のことなのである。塩野義の薬を「代理指標」だと言って批判する人は、「血栓を溶かす薬を処方しても、ダメージを受けた心臓の症状は緩和されないので血栓の除去は無意味である」と言っているのに等しい。血栓を溶かす薬と心臓のダメージを回復させる薬は別なものであり、新型コロナウイルスについても、ウイルスを殺傷する薬と、ウイルス感染によって引き起こされた二次的症状を分けて考える必要があるのである。
ウイルスが感染すると、人はサイトカインという物質を放出してこれに対抗しようとする。サイトカインは炎症を引き起こし、抗体の産生を促す。炎症の結果として発熱などが起こるが、熱を高くすることでウイルスの増殖を防ごうとしている面もある。感染症が専門の忽那氏がインフルエンザの熱を下げた方が良いかどうかの記事を書いているので参照されたい(https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20200103-00153628)。そこでは、「発熱は、敵を取り除くために人に備わった天然のエンジンである」という17世紀の医師トーマス・シデナムの話が引用されている。実際、熱が出た人の方が新型コロナウイルスに対して抗体産生量が多いことが最近報告されている(https://mainichi.jp/articles/20220304/k00/00m/040/512000c)。また、ステロイド剤であるデキサメタゾンで炎症を抑えてしまうと新型コロナウイルスがいつまでも残ってしまうということも判明している(https://news.yahoo.co.jp/articles/7be5904f6e8f7007aa294d0f63ee8fe2268e24fe)。
つまり、発熱などの炎症はウイルスを攻撃するために必要なイベントであり、「ウイルスの除去」と「炎症の抑制」は別々に考えなければいけないことなのである。そして、この2つの現象はその「時間軸」も重要である。感染するとサイトカインを放出してウイルスを除去しようとするが、長くウイルスが体に留まるとサイトカインの放出のコントロールが効かなくなってしまう。いわゆる「サイトカインストーム」が起こり、本来はウイルスを攻撃していた細胞が自らの体を攻撃するようになって死んでしまう。この段階になってしまうと、ウイルスを減らすことよりもサイトカイン放出を止めることがより重要となる。それゆえ抗炎症剤であるデキサメタゾンが中等症〜重症患者に投与されることになり、それによって死亡率が低下するのである。こういった事柄を、前のブログで紹介した医師や酒井医師はわかっていない。
審議会のメンバーの先生が、これらの医師のような理解不足の人たちでないことを祈るばかりである。塩野義の薬はアメリカでの治験が開始されるが、アメリカでは共和党支持者の多くはワクチン接種をしていないので、この薬の有効性は非常にはっきするだろう。「日本で発見された薬なのにそれを使った重要な研究は外国で行われた」という話は研究の世界ではたくさんあるが、今回もその例とならないことを祈るのみである。
追記(3月24日):私の予想ははずれました。会議の議題とはなりませんでした。
追記(3月25日):塩野義が薬事承認を申請している薬について、政府が100万人分供給を受けることで塩野義と合意した(https://news.yahoo.co.jp/articles/833ef0baa7514c7478efdfb96b4dbba1b46b5c6d)。認可されない可能性があればこのような契約を結ぶことはないだろう。そうなると昨日の審議会で議題とはならなかったが内々に議論をし、承認の方向で話がまとまったのではないだろうか。それを受けて政府が塩野義と交渉して契約を交わしたと考えるのが最も自然である。そうなると私の予想は半分当たってたということになる。今日の夜に厚労省薬事・食品衛生審議会(医薬品第二部会)の来週の開催が公示されるかどうかに注目したい。