報道によると、小保方さんが理研から支給される研究費は年間2,000万円で、その内訳は研究消耗品が1,000万円、技術員などの人件費に1,000万円とのことである。ただし、これは理研から支給される額であり、それ以外に公的機関や助成財団に応募して研究費を獲得することも可能である。

 

 昨日、「我が国の異常な研究費配分制度」について言及したが、ここでは日本の研究費の助成状況について詳しく述べてみたい。


 大学研究者の多くが応募する研究費は、文科省およびその所轄の独立行政法人である日本学術振興会(JSPS)から配分される「科学研究費補助金」いわゆる「科研費」である。科研費は、大型予算である「特別推進研究」と「基盤研究S」、通常の研究者が応募する「基盤研究ABC」、基盤研究の若手版(39歳以下)の「若手研究AB」、挑戦的萠芽研究などがある。また、これらとは別のシステム(基盤研究等と重複で応募できる)に「新学術領域研究」があり、これには「計画」(年間2,0002,500万円)と「公募」(年間300600万円)がある。「特別推進研究」は研究期間35年で、総額5億円、「基盤研究S」は研究期間5年で、総額〜3億円という大型研究である。一方、基盤研究ABCの研究期間はいずれも35年で、Aは〜5,000万円、Bは〜2,000万円、Cは〜500万円である。若手研究は24年の期間で、Aが〜3,000万円、Bが〜500万円である。研究期間は自分で選ぶことができるので、当然、短い方が一年当りの研究費を多く得られる。それゆえ、基盤B以下の場合は、多くの人が最短期間(基盤研究なら3年、若手なら2年)、上限額を申請することになる。応募は年に1回であり、採択率はいずれも2230%と低い。不採択の場合でも、大学から基礎研究経費(講座費)や大学院生分の実験費も配分されるので、研究費はゼロとはならないが、科研費なしで研究を行うことは極めて厳しいと言っていいだろう。

 

 平成25年度の統計によると、特別推進研究と基盤研究Sの採択者は400人、基盤研究A3,900人、Bには約16,000人、Cには54,000人、若手A2,700人、Bには30,000人である。つまり40歳以上の研究者では、研究費を獲得した人の4人のうちの3人が基盤研究Cを得ているということになる。昨日も述べたが、長年に渡って研究業績をあげ、さらに何人もの大学院生を現に指導している教員への研究費と、まだ研究者となるための勉強中で、本当に研究者の道に進むかどうかもわからない博士院生の研究費が同額なのだ。また、基盤研究CAには10倍もの開きがある。もし小保方さんが科研費に応募したとすると、少なくても若手Aと公募型新学術領域研究には採択されるだろうから、研究費の合計は3,000万円くらいになる。つまり、日本の全科学領域でたった400人しか採択されない基盤研究Sに匹敵する研究費を得ることになる。理研の研究環境がいかに突出して良いかを理解できるであろう。

 

 米国の研究費事情は日本とは大きく異なっている。研究費の採択率は20%弱と日本と同様に低いが、応募申請は年に複数回可能である。また、1課題当りの研究費(RO1と呼ばれる研究費)の額は約2,000万円〜3,000万円/年(つまり、日本での基盤研究Aに相当)であり、これなら採択されれば十分研究を行っていくことができる。有名教授の場合は、RO1研究費を複数得ている場合が多いが、それでも通常の助成を受けている研究者との格差は多くて5倍程度であり、日本のように数十倍などはありえない。

 

 米国の研究費配分機関であるNIHNational Institute Health)は、研究費採択の結果をオンライン上で公表(http://projectreporter.nih.gov/reporter.cfm)しているので、少し実例をあげて米国の状況を紹介しよう。HP上のPrincipal Investigator欄にLast name/First Nameを打ち込めば研究費の採択状況がわかるので、もし知り合いの状況に興味があれば調べてみたらどうでしょう。

 

 昨年のノーベル生理・医学賞は、James E. RothmanRandy SchekmanThomas C. Südhof博士が受賞したが、後の2名はHoward Hughes財団から研究費を得ているので、NIHからの研究助成は受けていない。Rothman博士の場合、NIHから3つの研究費を得ており、総額は1.7億円であるが、実際に使用できる研究費はこのうちの約60%である。残りの40%は間接経費であり、大学へと配分される。テロメアの研究で、2009年にノーベル賞を受賞したBlackburn博士は2つの研究費で9,000万円弱を得ており、この2/3を研究費として利用できる。間接経費として大学が受け取る率は大学によって異なっており、私立大学の方が公立大学よりも多い。Rothman博士の所属は私立大学(Yale大学)、Blackburn博士は公立大学(UC San Francisco)なので、前者は約39%、後者は約34%と5%の違いがそれによって生じる。

 

 若手研究者としては、Elias Spiliotis博士の例を紹介しよう。Spiliotis博士は、昨年夏のアメリカ細胞生物学会のニュースレターに「教員職探しを振り返る」と題した記事の掲載に協力した人で、最近、Drexel大学生物学科に助教授として職を得、またNIH研究費も獲得している。Drexel大学はそれほど高いランキングの大学ではないので、知らない人も多いと思うが、けっしてSpiliotis博士の業績が低いわけではない。Spiliotis博士は博士院生時代に、第一著者としてImmunity誌(Cellの姉妹紙)に2報論文を発表し、博士研究員(ポスドク)時代にもScienceJournal Cell Biology誌に論文を発表している。おそらく、日本と同様に米国でも教員の募集が少なく、職獲得の競争が厳しいのだろう。もしSpiliotis博士が日本に入れば、小保方さんの地位(理研のユニットリーダー)に該当する職は簡単に得られるであろう。Spiliotis博士は、NIHから1つの研究費を獲得し、直接経費で2,000万円弱の研究費を得ている。

 

 3/4の研究者が得ている基盤研究Cの額が低すぎることは極めて問題であり、これで世界に通じる研究を行うことは不可能である。このような研究費の状態で「科学立国を目指す」などと言うのは、世界の研究者に笑われるだろう。勿論、日本の研究費の総額が米国に比べて低いことは、ある程度は仕方ないことであるが、国が「選択と集中」の名目で、一部の場所に多額の研究費をつぎ込んでいることも影響している。「「バラマキ」ではトップクラスの研究が進まず、科学立国とはなれない」というのが官僚の論理である。しかし、本当にそうだろうか?

 

元内閣参与で、「国の埋蔵金」を発見した高橋洋一氏は、ZAKZAK416日付けのコラムの中で以下のように述べている。

 

「以前、本コラムで研究予算について官僚が「選択と集中」を行うのは無理だと書いた。まして研究するのは研究者個人であって、研究所という組織ではない。それなのに、特定の研究所を選んで予算を集中させる方法はうまくいくのか、かなり疑問がある。研究者単位または研究グループ単位で、プロジェクトごとに研究予算をバラまくほうがいいだろう。個人でなく組織を必要以上に介在させると、組織の論理が働き、個人の才能を生かせない。研究はすぐには成果が出ず、その真偽の判定にも時間がかかる点も留意すべきだ。組織管理が幅をきかせるようになると、結果を早く求めがちになるので、自由な個人の研究に障害になりはしないか、筆者は大いに心配している。」

 

 また、2012313日付けの日本経済産業新聞(http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD1203F_S2A310C1000000/)では、「選択と集中」の誤算に苦しむエレクトロニクス業界」と題して、多くの失速した日本のエレクトロニクス大手の失敗を「成功体験にとらわれ、見通しやタイミングを誤ると「選択と集中」は企業の手足を奪い、縮小均衡を繰り返す悲惨な結果をもたらす。」と述べている。そして、最後に「ビジネスは生き物であり、生き馬の目を抜く世界のエレクトロニクス市場で生き残るために「選択と集中」が不可欠であることは否定しない。ただ、その場しのぎのリストラの繰り返しや「一本足打法」のような過大な集中投資は、ものづくり企業の創造力を阻害し、未来の芽を摘んでしまう。間違った「選択と集中」は必ず復讐するのである。」と締めくくっている。

 米国の社会では「競争的環境の中においてこそ良い物が作られ、社会に活力が生まれる」という考え方が浸透している。「独占禁止法」などは、まさにその例だろう。この考え方が研究費制度にも活きている。一方、日本は明治以来の「富国強兵政策」が未だに続いていると言っても過言ではない。私たちの国には「独占禁止法」があるが、本当にその意味を理解している人はどれだけいるのだろうか?

 

 次回は、「選択と集中」による研究費の「行き先」について考えてみたい。