世代交代三十年


教職 37年 住職33年

我々の世代交代は30数年かかる。

「コロナウイルスは15日で遺伝子に変化が生まれる」

と聞く。


 ペット納骨壇に毎週来られて、生花を供えられる。

翌日に引いて、仁王様に供える。

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 5月の連休から「長崎自動車道」の車が

ずいぶん減って、大気がきれいになった。

樹木のアブラムシや病気が少なくなったように

思う。


寺の猫のソアラは、ゾウムシを捕ってきていた。

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 天然痘がインドから持ち込まれたので、

聖武天皇は何度も遷都され、天然痘から逃れ

るためだったという。

 しかし、藤原家に多くの死者が出て、天皇は

奈良に大仏を建てられたという。

 今年は花ショウブの色が鮮明である。

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DNAを遺伝子とするを生きものの頂点に立つのが

人間。

RNAを遺伝子とする生命体。コロナウイルス、イン

フルエンザやエイズ、エボラがRNAからなるという。



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 高温多湿な京都は、さまざまな疫病、天然痘や、

マラリヤ、赤痢が発生し、光源氏や平清盛の死因も

マラリヤだったと推測されるという。

 霊が感染症や疫病を引き起こすと、当時は思い、

霊を慰めるために、「祇園祭」が行われるように

なったらしい。

864年には富士山の噴火、貞観地震、

これらも霊のせいと、当時は考えたという。

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 当寺の災害、令和元年。

「保安林」とする業者が来られる。

23日にいくつかの建設業者で落札が行われるという。


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 庫裡(くり)から本堂に通じる入り口の戸の

二回目の塗装に見えた。

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 疫病をきっかけに、巨大な変動の時代を

迎えた日本。

 新時代の胎動は大都市に代わって高まる地方

の存在感。

人の心が変わっていくであろう。

 「母親の遺品の布団を座布団にして寄進して

もらった長崎のMさん」

 今、ありがたく使っています。


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働くことは坐禅することと同じ


 禅の修行のはじめは 、ひたすら頭を下げて

庭に坐りこむことであった。

 何でこんなことをしなければならないかは

知らされてない。

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 数日経ったら、ひたすら坐ることだった。

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 その後は、ひたすら「作務 さむ」

便所から便を汲んで、天秤でさげて畑にまいた。

「湛堂老師」も一緒に作務。

肥をかつぐ私の姿を見て、にやりとされたことを

今も忘れない。

 その作務を、今もやっている。

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 76歳の爺が、やる。

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 婆といっしょにやっている。

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 今は畑に肥はやらない。

固形油粕をスイカの根元に、数カ所にやる。

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「働くことは坐禅することとおなじである」

「一日作(な)さざれば、一日食(く)らわず」

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 草を払う。

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 働くことが、私たちが生きている証(あかし)

働くことで、自己発現と自己確認ができる。

「働いて、ムーになりきって、心は清くなれる」

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 働いて、食べる。

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ありのままの自分


「桃色のシラン」この場所に植えたと忘れていたのに、

咲いていた。

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「山アジサイ」

こんな色に咲くなんて、すっかり忘れていた。
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 みんな、ありのままに自信をもって、ありのままに

咲いている。


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 退職した六十歳代は、坐禅しても本気になれなくて

苦労した。

 しかし、まだ体は動いたので、月に三回は托鉢する

ことができた。

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 食用にする「レンコン」

ありのまま栄えだした。

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 今の私は、早朝から仕事すること、

続けて仕事がはいるとつらい。

 つらいまま、「きついな、きついな」と体が

叫ぶ声を聞きながら、仕事を続けている。


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 来られた方は、ほとんどの方は初対面。

私の体の叫びを初対面の方にも聞こえている

んだろう。

 「中型犬の火葬代二万五千円、それにペットの墓に納骨代

五千円で合計三万円でいいですか?」

 終わってから、「お布施」として「これは和尚さんへ

どうぞと言って別にいただいた。
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ありのままの自分をさらけだして、ありのまま

堂々と生きている。

ここにこうして生きていること自体が尊く、

ありがたいと気づいて生きている。

 「お布施」をいただくことに感謝して、丁寧に

頭を下げて生きている。托鉢の行。


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頭がさがる


 禅の僧は頭を下げる。両手をそろえて、その上に

頭をつけて挨拶を交わす。

 檀徒の方の所に出かけて、挨拶するときも、こう

である。

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 立ったまま挨拶をするときは、手を合わせて

頭を下げる。

 謙虚な姿である。

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 この挨拶さえできれば、天地自然のリズムと

ひとつにして生きられそうである。


 今日は「政府からいただいた十万円を差し上げます」

と言ってふたりのご夫人が見えた。

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 私は会うことができなくて、家内がお布施を

ふたつ持ってきて、私に渡した。


 驚いた。


十万円のふたつの「お布施」でなかった。

 何倍もの金額だった。

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 災害に遭って、おおいなる天地からいただ

いたような布施であった。

「ペット霊園」をやっていて、災害にあって、

ほんとうにありがたかった。



 農家の方は天地とともに生きておられる。

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「無私なる天に則り、私心を去って造作に

わたらない」

 夏目漱石が自らの座右の銘とした「則天去私

そくてんきょし」

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 雑念を払って、普通に寒蘭ともかかわるように

なった。

 どちらも「大雄 だいゆう」

私の「ひと鉢」 悠々と生きたい。

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人生は夢


 人生はただ一回限りだから、悔いなく力いっぱいに

生きたい。

 そのことを「人生は夢なり」 という。


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「一期一会 いちごいちえ」という考えも、この生き方


の上に立ってこそ成り立つと思う。

 大学四年間「茶道部」であったので、「テッセン」

という花も知っている。これクレマチス。

 松の木に登って、自然に咲き出した。

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 教職時代の五十歳後半は、「三泊四日」の、

旅行に付いていくことがきつくなっていた。


 それが今、毎日毎日草を刈り、仕事も続けると、

グッタリなる。当然と思う。

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 茶道では「夢」の軸は追悼の茶会にしか掛けない

約束になっている。

 それが適当とは思わないが、みなさんはどう思われ

ますか。

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 平常の茶会にも「夢」を掛け、主客とともに

生きていくことのありがたさ、貴さに思いをひそめ

る事が、真の茶道に近づくことであろうと思う。

「萩 はぎ」が咲き出した。

この小さな花の集まり、ものすごく好きである。

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 私は「ペット葬」の仕事をし、布施を

いただくのも好きであるが、

お金やものをいただいて、もうわずかしかない命を

本堂再建のためとも思い、寺再建に差し出すことに

も生きがいとしている。

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 人生は「夢」

今日あって明日あるを期しがたい。

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 縁があって寺の猫となり、飛び回っている燕(つばめ)

を捕ろうと、庭の石のてっぺんに登っている「ソアラ」。

 死んだように眠っているソアラ。

人生は「夢」である。

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休んでください


「スイレンが咲いているよ」 と言った。

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 朝からペット葬が入った。

炉のマットを変えたいと思っていた。

早朝に変えてくれていた。

 終わったのは、午後三時だった。


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 庭の管理で、晴天が続いたら、肥料よりも

散水が樹木にとっては大切である。

 
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 樹木を植えられた裏側に回って散水。

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 つるが登って、樹木をおおってしまう。

散水しながら,つるをとる。

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 「達磨ホトトギス」

大きく育っている。

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 寒蘭の鉢の乾くのが早い。

災害後、

私は寒蘭に打ち込む心が薄くなった。

この「蘭舎」では、数十分で散水が終わる。

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「庫裡 くり」から本堂に向かうところの戸を

「サッシ」でなく、板戸にしてもらった。

塗料を塗りに来てもらった。

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 「今日は早朝からズッと仕事が続いたから、

早く休んだら」と家内が言った。

 当たり前に生きた一日。

今日はちょっと早めに休むことにした。

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今日ばかり存命


「光陰箭(や)の如し、時、人を待たず」

 まさにこのとおりである。

庫裡の畳が新しくなった。

古い畳20枚を廃棄するために運んでもらった。

住職も一緒した。
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 「今日はどうしてもきつい.つらかった」

こんな朝ははじめてである。

 大型犬を有田まで迎えに行くことも、荼毘に

することも、住職がやってくれた。

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 やっと座布団を干すことができた。

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 六十歳から、今日まで早かった。

 昼食はソバを食べた。

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数年前にペット葬に見えた方から、佐賀県白石町の

「レンコン」をいただいた。

 なかなか花が咲かなかった。

今年はどうかな? 多めに固形油粕をやっている。

水は毎日二回はやる。

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 ミカン「はるか」に実がついた。

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「仏手柑」

いくつもの芽が伸びだした。

死んではいなかった。

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「 念々に明日を期することなく、当日

当時ばかりと思ふて、只、今日ばかり存命のほど

仏道に隋はんと思ふべきなり」 道元のことば。

 この言葉は重い。

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「寸陰惜しむ人なし。一銭軽しといへども、

これを重ぬれば、貧しき人を高める人となす。

されば、一銭を惜しむ心切なり。刹那覚えずと

いへども、これを運びて止まざれば、命を終わる

期(ご)忽ちに至る。されば道人は遠く日月を惜しむ

べからず。

唯今の一念、むなしく過ぐることを惜しむべし。

 吉田兼好「徒然草」より

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 こつこつ働いて、働いて、10年間で「ペット霊園」の

設備と「納骨壇」「ペットの墓」数千万円を造れた。

 草を刈り、残りの時間、働いて働いて、

本堂再建の、私の寄進額を数千万円作ろうとしている。


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「時 人を待たず」

明日 朽ちるとも、当日 当時ばかりと思い

過ごしたいと思う。

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 つらかった今日も暮れた。

 柱にペンキを塗ろうとして、白壁を汚してしまった

あとを見た。

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清(せい)


 崩れた本堂前に植えていた「仏手柑  ぶっしゅかん」

やっと仏様の手のような「ミカン」が実りだしていた。

実るまで20年間。

それが、本堂解体の時につぶされた。

「枯れ木」になった「仏手柑」

丁寧に植えていた。

今日芽が出ているのを見つけた。

嬉しかった。

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 これから20年間。

私が枯れて、もう「仏手柑」の実を見ることは

できない。


「大慈殿」もはしごをかけて、塗料を塗った。

今年は「大慈殿」の廊下を新しくする予定である。

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 崩れ去った本堂にも、銅板をかえて、洗濯して

もらったときに、塗料を塗ったのに、今、その

本堂はない。

 「庫裡 くり」のここにも、塗ろうとしたが、

どうしても私が手を伸ばしても届かなかった。


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 庭の剪定に来てもらっている。

今日まで。

剪定を時間いっぱいしてもらい、私が片づける。

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 今まではこうではなかったのに、つらい。

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 集めて火をつけた。CIMG5367 (1)
 仏教の基本中の基本は「諸悪莫作 しょあくまくさ」

「自浄其意 じじょうごい」

悪いことはしないで、善いことをする。

 簡単なことだが80歳になっても難しいという。

「茶道」では「夏は涼しきように、冬は暖かなるように」

茶をたてて差し出す。


あたりまえのことをあたりまえにやる。

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「茶道の基本」は「和 敬 清 寂 わけいせいじゃく」

という。

「自浄其意 じじょうごい」によって得られた「心の

清らかさ」のことという。

それが「清」

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 せめて今日一日、いやこの一時間、心を

清浄にして悪をなさないで、善を行い生きたしと

思う。


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人生は味わうもの


 庫裡の前庭の剪定に来てもらった。

ふたりの「石橋さん」と、造園師の「小口基実氏」

で、西海町に庭石を求めに出かけたのは16年前の

平成16年だった。

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 庫裡の建設、庭の作庭、

今は亡き「石橋さん」がみんなやってくれた。

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64歳で亡くなった石橋さんの生涯を思う。

「人生は単に楽しむのではなく、味わうものである。

喜怒哀楽みな人生の味わいである」

これを正受して、まともに味わおうとした彼。

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 この大災害時に彼が居たらとつくづく思う。

普通の人は、私も外境によって、喜ばされ悲しま

されているに過ぎない。

 本当の仏教徒は、自ら主体的に喜び、悲しい時には

主体的に悲しむ。

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 彼はこの災害を見て、呆然として泣いたであろう。

逆境を風流ととらえ、さっそく再建に向かって適切な

対応をしたであろう。

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 いつまでも甘えられると思っていたが、今は

彼は居ない。

「本尊 十一面観音」の修復をしてもらっていたから、

そのままの姿で探せた。

本尊を崩れた本堂の中で見つけたときに、

「あなたが居てくださってよかった」と

繰り返し叫んで、私は泣いた。

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 この地に「頑丈なコンクリを打ち」位牌所はコンクリの

打ちぱなしで、本堂は建設できるのかは、本当の「自浄其意」

のある方の決断である」

「三宝に帰依」がなかったり、 科学的にのみ見る方の

意見は、天然の災害には負ける。


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「人生とは楽しむためのものでなく、味わうものである」

それを「日々是好日」という。

「バンマツリカ」

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人がこの世を去るときに付いていくもの


 また、「カツ」がいない。

「もう散歩はできないよ」ということで、

二日間散歩に行っていなかった。

それなのに、「タンショウ堀 」の先を歩いている。

と家内が電話した。
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 私は「カツ」を叱らない。

いとおしくてならん。

「首輪に寺の電話番号を書いといてよ」

と伝えている。

 もう、自分がやっていることさえ、わかっていない。

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「山門の雨漏り」平成31年。屋根の工事。


そうして、「本堂の災害」令和元年。

 これからの「本堂の再建」

グッと私の肩にかかっていて、かたときも離れる

ことがない。


 畑に出かけた。

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 「ナス」そんなに育っていない。

あまり畑の仕事ができていない。毎日 散水していなかった。

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 「スイカ」も育つのが遅い。

「八月のお盆の頃に実っていいよ」と思っている。

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 草刈り・

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 あと数年で、草刈りだけに夢中になれる。

それまで元気でいるのかなと、ふと思う。


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 ここまで生きてきて、

「人は自ら悪をなすのだ、人は自ら堕落するのだ。

人は自ら悪を避けうる、人は自ら清浄たりうる」

 法句経


自分を振り返ることが多い。

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 人がこの世を去るに当たって、その人に

ついていくものは何であろうか。

人の後を追い、影のごとくに離れることがないもの

とは何であろうか」

 この世において人がなす一切の善悪こそ、人が

自らのものといいうるもの。


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 「それゆえに、一切を高貴に行うがよい。

それが、未来の幸福の宝庫となる。

この世において得られる功徳は、来世において

至福を生み出す」と経にある。


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「人間の未来への努力」

それは、「いま」を真摯(しんし)に生きることであった。

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