この命

 朝 迎えに行ってくれた。

老夫人は蓮を見ながら、私を待っていた。


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 ペットの供養が三つ入っていたので、終わっても

三十分は待ってもらった。

 「ジッと待っていたら、悲しみが湧いてきました」

とおっしゃった。

 老夫人ご夫婦にとって、最後の犬ちゃんであった。

私は車で塩田町まで送った。

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 ずいぶん働いた。

「白石町のレンコン」の花を見たいと、食用レンコン

をもらってずいぶん年月が経った。

 去年から赤の花が咲く。

不思議

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 今日最後の方は、午後六時との約束なのに、ずいぶん

遅く見えた。

  この女性は、まったくの孤独。

一年に一回は会うので、もう14匹の猫ちゃんの遺骨を

納骨壇に並べておられる。

まだ11匹の猫ちゃんと一緒。

だから孤独ではないのか?


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  私たちの体は、絶対なる神が創造したものでなく、

己が作ったものでもない。

「この体は己が作ったものではない。他のものが作った

ものでもない。原因によって生まれたものであって、

原因がなくなると滅びる」と釈尊はおっしゃっている。



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善いことをしようという欲が多い人ほど、その人は

成長し、平和に暮らすことができる。

食欲、性欲、睡眠欲、金銭欲などは必要な欲である。

ただそれらの欲をバランスよく制御して、欲に支配さ

れないように生きることである。

命は今生だけでない

 梅雨の雨が降り続いた。

いつの間にかウシガエルが住み着いて、夜になると

うるさかった。

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朝の読経後は必ず庭を見る。


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この庭の由来を見つめた。


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当寺開山650年法要の時に老師さんから掘っていただ

いた「開山像」

 運ぶときに、今は亡き「石橋 Kさん」と圓通寺で

三人で抱えたが、腰をぬかした。

老師は「耳はとれなかったか」

「いや、大丈夫です」

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 老師はお元気であった。

当寺の「良信和尚」と妙心寺僧堂がいっしょであり、

当寺をよく見つめていただいた。

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当寺の山に「桜の木」を植えた時も、当寺の山号の

「これで、まことに金華山になりますなあ」との

言葉をいただいた。

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2011年4月12日

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2011年3月頃のブログを、私はしみじみと見つめた。


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「理想の人格を完成」すれば、死後の世界について、

釈尊は答えられなかった。

一般の人については「死後の世界を否定した」と思わ

れているが、それは違う。

初期仏教でも、悪い行いの報いとして地獄の存在を説

いている。


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  大乗仏教の浄土信仰にも、来世の平穏な信仰による

救済がある。


「昭和2年、当寺の本堂棟上げ」の役員方である。

棟梁は「一丸政市」氏
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「人として正しく生きる」ことである。

尊敬と謙遜と満足と、適当な時に教えを聞くことである。

「満足と感謝の心」を失いたくないものである。



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再生

 梅雨の時期の蒸し暑さ

特にこの部屋は暑くて、十年以上は熱を浴びながら

仕事をしていました。

  私の眼鏡は特別にガラス。

今 エアコンを設置したから、ずいぶん楽になりました。

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 「同棲10年、結婚して10年、離婚して男性が欲しく

ないの」

「いいえ、今が一番幸せです。ギャンブルする人って

知りませんでした」

「よく、20年間で子どもができなかったね」

「はい。そのほうがよかったのです」

私はうなずきながら、話を聞く。

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仕事を終えて、小雨が降る中で寒蘭の植えかえを

はじめた。

「山の栄」に新芽が付いていた。


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 数年前のブログを見ていたら、「天拝 てんぱい」と

いう寒蘭。

嬉野市 塩田町 久間 産の白花。


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昨作夜から蘭舎にあるはずと気になって、やっと二鉢

探しだした。

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五年ぶりに植え替えた。

新芽が出ていたのでうれしかった。

蘭の「再生」

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小雨でずぶ濡れでも、20数年間愛したものと別れる

なんて、考えていない。

今年は6月に数十鉢を植え替えした。

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 人は再生するのか?

「死んだ後にどこに行くのでしょうか?」

「自分が往きたいと願った処です。大乗仏教では、

亡くなる前に願った処に必ず再生するんだそうです」

菩薩は「苦しみの世界」を選んで、そこで愛する人々に

尽くすのです」

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ひとりの方の手で「相馬市の百尺観音」

 昭和六年の未明に、相馬市に住む「荒 喜明 あら

よしあき」さんの枕元に観音菩薩があらわれたとい

う。

 観音菩薩は「どうか私を岩山から掘り出してほしい」

とお願いし、たちまち消えられたという。


 ひとりで掘り進め、亡くなり、二代目も亡くなり、三代目

も亡くなり、今四代目が掘り続けられているという。



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夢に出てこられた観音様は、何を言いたかったのだろう。


 当寺も、崩れ去った本堂の跡地に向かって手を合わせ

られている方がたくさんおられる。

いや、道路から当寺に向かって手を合わせておられる方は

多い。

 昭和二年に前の本堂が出来るときは、歌ができて、私は

その方の歌を聞いたことがある。

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 災害後の様子をずっと見てきた私は、笑顔で本堂は

建設して欲しいと望んでいる。


観音菩薩を本堂から救い出し、多くの観音様たちもさがし、

13の観音様方の修理を終わらせることができた。

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 本堂の裏につくる「位牌所」には、遺骨を預かる段が

数十は必要である。


 寺をリードしてくれる方たちは、観音様の声が聞こえ

る方が欲しい。


「福島県相馬市」の百尺観音様のことを知り、地元の方

たちは一緒になって拝んでおられるということを知った。



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仏教の教えは難解のように見えるが、実のところ「人は

どうしたらしあわせに生きられるか」ということだった

のである。


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蓮の葉の表面は

 蓮の葉の表面は水をはじきます。水滴は円い玉と

なり、汚れまでも包み込んで落ちます。



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 本堂が再建できたときは、すべての汚れが落ちま

すように、「今 生みの苦しみである」と思っています。


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本堂の建設地が見える所です。草を払い、その上に

梅雨の雨が落ちています。


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 私の横はウバユリの自生地です。

災害後も残りました。

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「こんな暗い所に私は眠らなくてはいけないの?」と

おっしゃったご夫人は、大量の土砂の下で、流されな

いで墓の中できれいなままの真っ白な遺骨でした。

「小躍りしておられるご夫人の姿を本当に見た私」

あれから、ウバユリが山一面に咲きだし、

今、ご夫人の遺骨は主人の手で、千葉に帰られました。


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再建された本堂の正面には、この龍が乗ります。

龍は水神として崇められています。

日照りになると、人々は龍に祈りました。


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「観自在 かんじざい」に続く言葉は「菩薩」です。

菩薩は、覚り。

「覚りを求めて生きる者」という菩薩。

ブッダが成道される35歳以前の姿を菩薩と呼んでいた

そうです。


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  すべての生きとし生ける者は、仏となるべき性質や

能力としての仏性を具えているといいます。

「一切衆生、悉有仏性 いっさいしゅじょう しつうぶっ

しょう」 大乗仏教の時代

  寒蘭にも、それぞれに特色があって、ピカッと光るもの

があります。

しかし、人がかかわって一級品というものが、確かにあります。

「大雄」?


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「泰翔 たいしょう」

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「命あるもの」「生きとし生けるもの」

「菩薩の覚りを求めて生きる者」となって、本堂が

再建されることを願っています。



安楽と平和

 令和元年、災害に遭う前の当寺

八月十八日「施餓鬼寺」


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御詠歌も二十五年、朝の読経も十数年、坐禅会

托鉢と、このまま続くものと思っていた。


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  庭も落ち着きを増して、平穏だった。

私は静かに、庭に波のような線を引いていた。

杉苔  胞子が飛んで広まっていた。

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 異変がおきた。

「どなりこむこと」が起きた。

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 八月二十八日の未明 大音響

私は山の悲鳴を聞いた


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長い時間をかかっての音響ではない。

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一瞬の大音響   ドスーン


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逃げなかった

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最初にしたことは、檀徒納骨堂の遺骨拾いである。


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二年半経った。


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その時にひょっこり現れた猫も大きくなった。
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すべてが平等であると見る「一切皆空」という

「般若心経」の一節
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 「お墓が崩れましたので、納骨堂に入らせてもらいます」

とおっしゃった多くの方たち。

「納骨堂が崩れたから、代わりの土地をやるのが当たり前

でしょうもん」と食ってかかった方。

  今「平等じゃないですよ」との声が聞こえます。

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「般若心経」の「彼岸に行けるものよ」という

「安楽と平和」を求めるものならだれでも、

すべての苦しみを鎮めるという。

そういう寺の再建を皆さん方が望んでおります。


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人が生きる

 「人が生きる」と書いて人生

生きなくてはならないのが人生

途中でやめるわけにはいかない。


本格的な梅雨の雨が降ってきた。

その前に終わっていてよかった。


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剪定が終わってよかった。


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赤松の剪定も終えてもらった。


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当寺の崖崩れ災害の時に、倒木を切り、ブルーシート

を張ってくれた消防ボランティアの方たち


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当寺のペット霊園に、家族で見えた。

感謝の言葉を伝えた。


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  私の仕事の合間に、本堂の瓦「源八瓦」の見本を

持って見えた。

早く発注して、現物を揃えておかないと、瓦の値が

高騰しているという。


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当寺の寺紋はこれでよいか、確かめである。


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  七月から、本堂の外構工事が始まる予定という。

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私たちはどこまで行っても、「未完成」

「人生」は智慧の完成、人格の完成に向かって限りなく

近づく営み」

と言ってもいいのではないか。


 ちょっとの合間に寒蘭の植え替えをコツコツと続けて

いた。

梅雨の前にずいぶん終えることができた。


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人間の幸、不幸



 朝の数時間だけ、蓮は開く。

そうして、数日で散ってしまう。

何かの力によって、定められている?

「運命」


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人間の幸、不幸も生まれながらに定められている?


「原始蓮」のつぼみも伸びてきた。


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 庭の樹木とツツジの波打つ様子が、リズムがある

か、

「波のつながり」を私は点検しながら見つめる。

「三尊石」の一つは、波から飛びぬけているか

見つめる。


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「杵島連山」と庭の波とのリズム感をジッと見る。

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 作庭されて、およそ20年間。

石も枯れてき、椿と山茶花の波、それに平戸ツツジの

波も整い、枯れてきた。

 本格的な梅雨の前に、本堂跡地の草刈りをはじめた。

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「カワラヒワ」という小鳥が、草の実を食べに来ていた

ので、今まで少し遠慮していた。

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人間の幸、不幸が、人間の行為でなく、生まれなが

らに定められている」とは限らない。

釈尊は正しい道を実践せよと、それができなかったら、

阿弥陀仏の本願によって、悪業の連鎖から解放される

と説いたのは「親鸞」である。


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「正しい道を実践し、それが不可能であるならば、仏に

帰依して未来を切り開こう」という姿勢が大切なのであ

る。


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 このフェンス沿いの草を、車道に出て抜いた。

アスハルトの隙間の草が抜けなかった部分は、

プログレックスという除草剤を散布した。

「アガパンサス」開花しだした。

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  住職と一緒に供養の読経、ペット霊園、それに

作務と続けられていることは、運命ではない。

先住職の父親も90歳まで草を抜いていた。

同じことをやらせていただいている。








この世の執着

「中有(ちゅうう)の花」なのか、白蓮が開いていた。


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  朝から非常に暑い日で、当寺で「七七忌」の供養

だった。

死の瞬間を「死有 しう」というならば、「七七忌」は

「中有 ちゅうう」で、仏陀のところに近づく日。


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 私は十年かかって、供養なさった家を仏教徒として

当寺に導いた。

亡くなった方の「生有 せいう」の時であった。

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 寺で私と住職の行いを見ていただいた方たちの多くは、

「大慈殿」に加入していただいた。


死んだという実感が持てないまま、餓鬼道に堕ちた生命は

人々の近くでうろうろしているという。

中途半端な状態を「中有 ちゅうう」

そうして、次の生へ入るだけである。

 それまで、

南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧」と唱え続けることを

忘れてはならぬ。


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 暑さと忙しさで、意識が朦朧としていても、仕事を

続けて、

その後、駐車場のフェンスのそばの草を抜いた。


今日も「庭の剪定」に来ていただいていた。


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 この生が終わっても、次の世に入るだけである。

「輪廻 りんね」を「大乗仏教」はみとめる。

世界には「因果法則」があるだけである。


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時計遺伝子

 二千二百年前、秦の始皇帝は分裂していた中国を

強大な武力で統一した。

 ありとあらゆることを成し遂げた彼の最後の望みは

「不老不死」であり、命(めい)を受けた男は東の海に

旅立った。

その男の名は「徐福」である。

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 二度の渡海を許されながらも、遂に目的の薬を得る

ことはできなかった。

  当寺の庭園は「蓬莱庭園」である。

三尊石に鶴と亀。

「不老不死」とまでは往かぬとも、波打つ樹木は海。

心をみつめ、ゆったりと庭を見つめたい。

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  蓬莱庭の剪定に来てもらった。

この世に生きているすべてのものには、身体の中に

「時計遺伝子」が組み込まれているという。

「蝉 せみ」は地中で数年を過ごし、一週間を地上で

過ごして、命を全うする。

「ペット霊園」に来るペット達も「時間遺伝子」がある

ことを、私は知った。

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 車は毎日数十キロを走らないと、ランプが点灯し、

ピッピッと音が鳴って、エンジンがかからなくなった。


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  日日草はセメントの間でも、精一杯生きていた。


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アゲハ蝶の幼虫が、仏手柑の葉を食べながら生きていた。



 寺の災害後、精一杯生きてきた。

悪いことはしなかった。

善いと思うことを行ってきた。


そうして、人にも「時計遺伝子」があり、「不老不死」

はないことを確実につかんだ。

人の魂と肉体のあり方についても考えた。


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