2018年09月16日

48.趣味のこと ~㊵低音練習法と高音練習法の違い~

さて、今回もネットで歌の専門家のブログを参考
にさせていただいたところ、どうも発声に進展が
あったようなので、歳も歳だし、何でも書けるう
ちに書いておこう、ということで行きます。

それで、これまでも、私の体感によれば(まあ、頼
りないかもしれませんが)、歌唱時に体の下半身を
使えるようになればなるほど、ほぼ同一条件で録
音した結果が、次第に楽に声を出している感じに
移行して来るのを体験しましたが、その反面、体
を使う割合が増えるからか、むしろ、次第に独り
で相撲でも取っているかのような感覚
になること、
それはすでに書いてきましたが、今回、その中の
無駄
な部分がそぎ落とされてきたからか、の録
音の結果が、単なる程度から⇒どうも楽々へと
移行した感が出てきました。

また体についても一定の負担減が起こっているの
で、そこら辺りのことについて、取りあえずまと
めておこうというわけです。

で、今回改善されたと思われるポイントは、一言
で言えば、声のポジションを下げない、というこ
とになるのでしょうが、これはおそらく高音を
きっちりと出すために必須の概念と思われます。

そこへ行きついたので、しばらくはそれを追究し
てみることにしたというわけです。

それで、この《声のポジションを下げない
も、
基礎練習のリストに追加しますが、それを使って
発声が顕著に良くなるのを感じられるのは、やは
り高音を出すときだということになると思われま
す。

しかし、その高音の出し方(が良くなった)の変化
の影響を受けて、当然、微妙に低音の出し方も変
化するわけで、結局はすべての音の出し方がよく
なる(=自然になる)ので、基礎練習といえるという
感じでしょうか。

ただ、おそらく低音練習からアプローチした場合
には、必要になるのは、やはり高音をきちんと出
そうとする局面、すなわち中低音が充実した段階
と思われるので、その時点で練習を開始しても遅
くはない、その場合には、先ほども述べたよう
に、いわば中低音の方が、それによって微調整さ
れる
感じとなるように思われます。

言い方を変えれば、低音練習にも当然ポジション
を変えないことは部分的には含まれているけれど
も、その必要性が高音のときほど必要とされる
ことが分かりにくく、したがって練習も意識的で
はないとは言えるかもしれません。

これはちょうど、高音から攻めている人も部分的
には高音を出せているけど、やはりそれはのちに
低音の出し方(下半身・背中の使い方)と組み合わ
せなければ、実戦ではおそらく使えないというこ
とに気づきにくいと思われる、ちょうど相互に反
対の関係にあると思われます。

さて、高音からアプローチする場合は、低音練習
とは違って、推測ですが、できるだけ早くこれ=
ポジション維持をやった方がいいと思われます。

というのも、それがまさに初期から、高音が部分
的にせよ出るようにして伸ばしていく方向での練
習方法だとお見受けするからです。

そしてその場合、おそらくポジションだけ分かっ
ても(分かったと言えるのかどうかは微妙で)、
半身とのつながり
が理解できて、初めて本当に理
解できた(使える知識になった)段階と言えると思
われます。

ご承知のように、この概念自体はもうすでに実に
多くの方が言及されていますし、重要な概念であ
ることにほぼ間違いがないでしょう。

今回は、まず、そのポジションを保つのに決定的
に重要と思われる個所が、さるマスタークラスの
画像から、これ以上ないほど特定され(もちろん、
それは、その歌手の発声を聴いて信用したという
意味ですが)、私はそう判断したので、その位置を
中心に意識して練習してみると、以前、その目の
下のその箇所
から、息を吸い込むようにすれば、
そのポジションを下げずに歌えるのではないかと
思って書いたのが、そこが修正できてきたという
ことになります。

今はそこから息を吸うのではなく逆にそこへ向
かって息を吐くイメージでなら全体がうまくい
くことに気づいた次第です。

もっともここで注意が必要なのは、吐く
イメージ
いっても(=現実にそこから吐いているかは別
問題として)、それ自体決して強いイメージではな
く、実際には息が出て行っているかもしれない
いう程度の感覚ですが、この段階まで来ると、そ
こから吸っているのか、吐いているのか、自分で
違いはあまりわからなくなってきます。つまり
吸うほうも吐くほうも、それほどあからさまでは
なくなって来る
からだと思われますが、

そういう方向、つまり息を吐くのを時間をかけ
て、
次第に、ストローを通して吐く、あるいは息
をそっと吹きかけるような感じから始めて、吐い
ているかどうかわからないぐらい細くする方向に
意図的に練習しているからでしょうが、分らなく
なってきます。

さて、そういう
吐くイメージで、ということは、
そうなると、同時に、じゃあ、そこから息を吐く
(イメージな)のだったら、吸うのは、どこからな
のか?という話にもなってきますが、それがどう
もこれもちょっと前に書いた、お尻の盛り上がり
の部分から息を吸う
イメージのようで、つまり、
今まではこの上半身と下半身の操作がつながって
いなかったので、あまり進展がなかったのだと分
析していますが、


今回のこの作業で、お尻から吸った(イメージの)息
をそのポジションを高く維持する目の下の場所
向かって吐けば、そこから外へ出た(イメージ上の)
息は後頭部を回って背中を降りて再び、お尻から
入るような一種の循環のイメージが浮かび上がって
きます。と同時に声の録音結果が楽々な感じに変化
したというわけです。

ただ、この吐くは先ほども書いたように、本当に吐
いているというより、むしろ最後にはそのお尻の
盛り上がりの部分だけの意識が残っている感覚に近
づいていきます。吐いているでも吸っているでもど
ちらでも言えそうな曖昧さです。

さて、それができてみると、これまで、低音練習派
なので、自分にはほとんど無関係と見えていた頭部
でのもろもろの作業ーおそらく高音から構築してい
こうとする立場の方々の作業ーの意味も分かってき
た気がします。

というのも、自分がその新しい声で歌ってみると、
まさに頭部の様々の箇所が、どこが引っ張られると
か、どこが開くとか、ネットの様々なところで説明
されているのに、非常に近い感覚に自分もなるから
ですが、
ほとんどそんな練習はしたことがないにも
かかわらず
、です。

そこで、今は頭部から攻めていっても発声は構築で
きると思うようになってきましたが、同時に低音発
声との違いも少し分ってきた気がしています。

それは何かというと、当然私は低音練習派なので、
一定の段階に達するまでは高音を出すということは
ほぼありません。せいぜい、音を中音域から下げて
いく程度に合わせて、それが出るようになったら、
いわばその分、上の方へ音を上げてみて、低音練習
をすることで、どれぐらい上の音を出せるように
なったか確認するという意味で出してはみますが、
練習はしません

従って高音練習をすることから来る危険は回避でき
ます、だってそもそも練習しないわけですから---。

もちろん、低音発声でも、立派な声を出そうとか、
今すぐ使える音を出そうとか、そういう作為なしに
発声する必要があると思われます。

むしろ重要なことは今すぐどんな立派な声を出す(そ
れは不可能だと考えていますから)ではなく、自然に
低い声を出そうとすると体のどこを使うことになる
か、それは主に下半身と背中だと自分には思われま
すが、それを理解し記憶する練習だと思っています。

そしてそれを知るためには閉じた声、すなわち声を
細くして出していくことこそ本質的と思っています
が、高音に比べれば、それでもやりやすいはずです。

というのも、低音なら、息、ないし声を無理やり強
く出そうとすることはやめておこうと意志でコント
ロール
できる余裕がまだあるからで、

高音の場合は、そうはいかないでしょう。中低音の
充実なしに練習すれば、高音へさしかかれば、意志
でどうこうするとか、そういうのは全部吹き飛んで
しまうはずで、選択の余地なく喉へ来るでしょうか
ら。

そして、高音から築いて行く方法、したがって頭
部、あるいは喉、より一般的な表現としては上半
身から攻めていく方法だと、たしかに実際にその
指示一つ一つで、その一つ前の段階に比べて高音
が出やすくなって
くるのは事実で、でも、まさに
それだからこそ、なまじ部分的に高音が出るだけ
に、本格的な歌唱における高音の発声は控えたほ
うが無難だ
ということにはならないでしょうか。

もちろんその辺のことを熟知している専門家に付
けば、段階を追って進めるので問題はないと思わ
れますし、ネットを見ていても、確かにそういう
専門家もいらっしゃいます。

前回のたとえで行けば、なまじ部分的に高音が出
るーつまり、フィギュア・スケートで言えば、
面の上
での四回転はできたという段階だからと
いって、氷上でそれを実行するのはまだという段
階が、必ずあるはずでーそのときに体を壊しやす
いのではないかと自分には思われます。

その点、低音発声だと、最初から中低音が充実す
るまでは高音に手出ししない
ので、そういう危険
はないのですが、基礎練習の、声を閉じる練習
十分意識して行う必要はあるでしょう。

結局すぐにいい声を出そうとすると、低音でも高
音でも、それは力任せに出すことにしかつながら
ないでしょう。

もっと分かりやすく言えば、ストローから息を吐
くところから始めて、次第に吐く息を細くして
行っているので、今ではストローから、含み針
らいには変化している感覚です。

変な譬えかもしれませんが、次第に細くしていけ
ば、当然それは窒息するような感覚を伴い、その
苦しいところのすぐそばに、話す時の息継ぎ不要
の場所があると言うのが、私の直感的把握です。

そして低音が充実してきたところで、先ほどの
ジションを保つ
を理解すれば、おそらく自然な形
で高音に接続され、歌唱の準備はかなり整ったこ
とになるように私見では思われます。

まあ、でも高音から構築することもできそうだと
いうことが自分なりに理解できただけでも、一つ
の収穫です。

だから、どちらから(高音から攻めていっても低音
から攻めていっても)行っても、結局、その中間
で、必ず、中低音の充実、もしくはレガートとい
うところを通過しないといけないように思われ、
たとえばピアニストの方に、そう言ってもらえな
いかぎり、
部分的には確かに出ているといえる高
音であっても、その実戦的練習、つまり曲の歌唱
の中での高音練習
は安全にはできないだろうと思
う次第です。

先ほどのイメージで呼吸すると、体の内部では目
一杯風船でも膨らんだかのようになりますが、実
際の外からの見える形では、背筋が真っ直ぐに保
たれるということぐらいでしょうか。そうすると
声も落ち着いて出せている感じになってきます。

そうなると声は出しているというよりは出ている
という感覚に近づいて来ます。つまり自然だとい
うことのようです。

そして、結局それは、方言話者にとっては、自然
な感情を伴って
会話するときの身体の使い方に一
致するはずとの見通しをもっています―つまり、
自然な会話の途中で、あからさまに息継ぎする人
は見かけたことがないし、そういう必要もない、
と。

そんなわけで、発声が変わってきたので、これか
らはぼちぼち歌唱練習に取り組んでいこうとかと
思っております。









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