120.趣味について ~110歌における”もっと”について122.趣味のこと~112"もっと”の世界、心構えについて~

2019年11月03日

121.趣味のこと   ~111ハミング、もしくは口笛~

さて、今回の表題、口笛というのも立派な専門分野で、
もちろん私はこの面でもズブの素人ですが、歌の練習
をしているとそれについて思うことがあるので、一応
書いてみます。

まず、自分では歌の練習がそれなりに良い方向へ向
かっているとは思っているのですが、そうなってきた
ときに思うことは、

最終的かどうか本当はわからないけれども、それこそ
素振りのように深めていけば、ハミングだけで歌は深
めていけるように思えますし、例のストロー練習-つ
まり何ほどかは口の開いた状態-から、それの完全に
口を閉じた場合と捉えられるハミングに向けて、スト
ローの直径、つまり口の開け方を限りなく小さくして
いく
と考えれば、つながってきて、その他、低音練習
も指に息を吹きかける練習も、結局同じもの、すなわ
口を閉じる方向での練習を指し示しているように思
われます。

ただ、それを、もっと"目に見える"簡単でピンとくる
一言で表現できなかったので、しばらく書かなかった
わけですが、

つい最近ネットを検索してて、ふとつながったのが、
この口を閉じていく感覚、一番わかりやすく表現すれ
ば、どうも口笛を吹く感覚に近い(酷似している?)ん
じゃないかと思えてきた次第です。

まあ、口笛も素人なので、確かなことは言えません
が、直感的にはその口笛を吹く感じそのままで発話
ているのが、現在の自分の歌の練習状況です。

で、おそらくこんな練習の仕方を歌でしている人はそ
ういないでしょうから、「何を馬鹿なことを言ってい
るんだ」ってことになるはずですが、

でも、もしそうなら、これほど人がやっていないやり
方でやれば、その不具合もひどいはずだから、少なく
とも周りには何人か専門家(主に器楽の人の耳を頼っ
て)いるので、「それは声の(方向が)おかしいんじゃな
いか」と必ずなるはずなのに、むしろ、実際にはその
逆に行っているようなので、一応正しいんじゃないか
と思えてきた次第です。

仮定に次ぐ仮定で恐縮ですが、もしこの練習方法が正
しいとしたら何が言えるかと言えば、私には、「もし
口笛の達人がいれば、歌は自動的に素晴らしいレベル
だろう」ということです。

それはそうでしょう、歌の練習をしていてそちらの方
に自然に進んでいくのだから、口笛が人並外れてでき
ていたら、歌の上達は当然私の理屈・立場から言えば、
早いと思われます。

どうせ長い時間があるのだから、一度くらいは歌を
やっている途中で、ハミング(口を完全に閉じる)、
トロー練習
(やはり口を閉じる方向での練習)、低音練
(音が下がるほど、自分の意志とは関係なく、口が
強制的に閉じてくる感じになる)、これら重要項目の
示す方向、

およびオペラ歌手の言葉とされる窒息するように歌う
も、ーいずれも同じ方向、すなわち口を閉じる方向
指し示しているように私には素直に思われますがーを
やってみるのも一興だろうと---。

それではなぜそんな素直な考え方が一般にはなされて
いないのかと言えば―まず何故そんなことが決めつけ
られるのかというと、今どきはネットで検索すれば、
多くの人がやっていること、重要だと思っていること
上位に出てます、例えば、腹筋、横隔膜、口角、
云々と。でも、足の指や、口笛なんて当然出てませ
ん、少なくとも歌の項目で上位には、だからですが
ーわたしはいくつも理由が挙げられると思います。

①まずは例の格言(低音は素質がないと無理)の影響で、
低音練習を真面目にする環境がなく、そもそもやった
ことがないのだから、ハミングらとの共通性に気づく
はずがないこと
②これは専門家の指摘にもある通り、口先発音の人が
口笛ということで、唇だけ細めても、もちろん大した
ことにはならない、その奥が大事なので。そしてこの
ことはハミングも似たような話して、「ああ、ハミン
グね」ということで、いわゆる普通の鼻に入れる軽い
ハミング
では全く強い歌唱の助けにはならないこと。

ただ、それに近いことも確かで、だから歌の場合、体
の各部位の使い方のちょっとの違いが非常に大きな結
果、歌唱の違いを生むわけで、

だから、みんながみんな喉も下げているし、横隔膜や
腹筋やと言っているけれども、その間の歌唱力に個人
で違いがあるのも、どの程度それにこだわったかによ
るわけで、最初から最後までチキンレースなわけです。

つまり、「もっとできるでしょう」の世界なわけで
す。

だから、口笛と言っても専門家の口笛をイメージしな
いと確かにおかしなことになるでしょう。軽い口笛、
軽いハミングでは。

それで結局、実際の音出しとの関連で学ばないとなら
ないため、低音練習で、強くかつ口の閉じた発声-そ
れも決して作為的にではなく、音を下げれ下げるほど、
そこへ自動的に追い込まれていく、を学ぶ必要がどう
しても出てくるわけです。

③そしてなんといっても、かえって早くプロになろう
と考えたり、合唱でやっている人は、リスクが高すぎ
るので、一時的にせよ声が小さくなる方向での練習
拒否するだろうと。

実際、「声はお客さんに聴こえてなんぼ。」「おなか
から大きな声を出して」という方がメジャーな指導法
でしょうから。

でもそれは私に言わせればお客さんの前で聴かせる、
すなわち歌唱としての判断としてはそれは正しいです
けど、それは最終的なもので、発声をやっている段階
で、練習では重要ではないわけです。人前で歌唱さえ
しなければ目立たない話ですし---、声ができてくるま
では。

そして、この口笛の良いところと自分に思えるのは、
非常に高い位置(ポジション)での発声となるため、
音を上げていったときに頭頂を回って、容易に後ろ側
(背中)との連絡がつきやすく、ある程度の音の高さで、
後ろ側、お尻に向って引き下げる力が働くので、高音
ないしは跳躍音がスムーズになるということでしょう。

それを、高音に向かうときに腹筋に意識的に力を入れ
れば、そういう処理は、当然人為的・意識的にそうし
ているのだから、結局、それは前側のみ、もう少し穏
当には前側中心で
歌うことになるので、もちろん素人
から見たら「すごいなあ」とはなるでしょうが、それ
だといつまでたっても後ろの出番は回ってきません。

そもそも全身で歌っている感覚ではありません。

最も誤解がないように言っておけば、後ろを使ってな
いといっても、同じ人間で全く後ろを使わないという
こともできないです。

程度問題として後ろの使い方が弱い。そして、それは
なぜかと言えば、既に意識的におなか、すなわち腹筋
に力を入れてしまっているのに、後ろを同時には使え
ないというだけの話で、言い換えれば、自分で意識的
にそうしているからこそ、そういう結果になるという
だけの話です。

結局、歌の場合に難しいのは、あるいは素直さが要求
されるのは、人間意識的なことが支配的で、皮肉なこ
とに、歌唱すれば、一番意識していること、あるいは
意図したことだけが優先的に聴衆に伝わるみたいで、
たとえば、「喉を下げよう」と思っていれば、それし
か相手に伝わらないし、

子音を強調したらしたで、どんな素人でも、音楽的な
ことがよくわからなくても、何だかその辺を意識して
いるんだなとか、それのみが伝達され、とても歌詞の
心が伝わるとか沁みるとかにはならないということで
す。だからどれほど優れた方法(喉を下げるでも)で
あっても、何かに気づくためにやるだけで、最終的に
は捨てなければならないものなのでしょう。

決して、喉を下げて、口角を上げて、横隔膜を上げて
腹筋に力を入れてを、全部継ぎ足していけば、満足な
歌唱になるということはなく、意識していればいるほ
ど、またその項目が多ければ多いほど、キメラ発声
なってしまい、何をやろうとしているかさえ聴衆には
分からなくなるでしょう。

前にも書きましたが、もし歌が聴き手に対して語るの
と同じであれば、-そしてそれを私は正しいと思いま
すがーちょっと考えてみても、話すときに、例えば、
少し喉を下げて話しただけでも、相手にはそのこもっ
た不自然さが
伝わるだけで、むしろ聴き手は妙な日本
語の発音の変化に、「俺を馬鹿にしているのか」と思
いこそすれ、「話が心に沁みてくる」とは100%ない
でしょう。

だったら、歌も同じことです。最後には方法は捨てな
ければならない、もちろん私の言っている、口笛のよ
うに、も歌唱するときには捨てないといけないでしょ
うけど、やってみるとわかりますが、口笛と、比較的
離れている聴き手に話す体勢をとることとは体内の感
が酷似していることだけは確かです。

だからダイナミクスが自由に付けられる方向に向かっ
ているとは思っていますけど---。日本語を話している
時にそれ―声を文脈に即して、感情の赴くままに変化
させることができない日本人はむしろ、いませんから
ね。

最後に、低音練習を避けると、動画でむしろ"低音歌
手”が優れた高音のアプローチをしている意味も分か
りませんし、昭和の優れた高音を出していた歌手が
実は中低音歌手だったということの意味もわからな
いだろうと思いますが---。
















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