139.趣味のこと  ~音楽(歌)における勘違い~141.趣味のこと   ~さらなる視覚化~

2020年03月31日

140.趣味のこと     発声の整理~二つの基礎について~

さて、今日の表題ですが、自分にとって直近で明らか
になったと思われることを、とりあえずまとめてみま
す。

それで、こう改まって書くときはやはり、発声におい
て、以前よりも何がしか違った"境地"に達していない
ことには書けないわけですが、それが最近起こったの
で、書いてみようというわけです。

その前にこれまで自分が書いてきたことを振り返ると、
あくまで開発途上の段階の素人が書いているので、間
違いというよりも概念自体の混乱もところどころ見ら
れるわけですが、それでも運よく、大筋で間違いでは
ない方向に向かっていた
ことが、今回の向上でよりク
リアになったという事をそれなりに確信しております。

第一、歌を始めたころは、複数の専門家やその道の長
い人の話を読んでも、正直なところ、書かれているこ
とがさっぱり分からなかったのが、いまは自分が基礎
だと思えることをやり始め、それに焦点を当てるよう
になって、初めて、ようやく少しずつ分かり始めてき
たと思えるのが正直なところです。

そしてその中で一番わからなかったのが前側を使う人、
いわば腹筋派とでも呼べるのではないかと自分が考え
る人たちの話で―もっともこう呼べること自体、自分
になんらかの進歩がないと"決めつけられない"わけで
すがーそれが自分の話とずれると感じることが多く、
それが何故かを探り続けてきたわけで、「それが主流
なんだから、お前の方が間違っているんだよ」とすぐ
言われそうですが、今では結構はっきりしてきたと
思っています。一言で言ってしまえば、正反対のアプ
ローチだから理解しにくかったのだと---。

ただ正反対とは言っても、現段階に至っては、もはや
どちらの立場をとるにしろ、全否定だけはないという
ことで、少なくとも私のほうで前側派を全否定するこ
とはないです。というのも前側派=腹筋重視の立場と
すれば、腹筋が非常に重要だということが今しがた分
かった
ところなんです。

と書くと大方に嘲笑されるかもしれません。「えっ、今
まで腹筋使ってなかったの」、「それって、歌に関して
何もやってなかったのと一緒でしょ」と。

これがおそらく浴びせかけられる一番厳しい言葉でしょ
う。それで、ここではそう想定して、この想定上の批判
反論する形で書いていこうと思います。

それで、私が利用する武器は極めてシンプルですが、
声の基礎
が二つであるということ、

それは①声を閉じる練習(=声を強くする、大きくではな
)、それは低音練習=強いハミング練習=ストロー練
習=息を軽く指に吹きかける練習で、私が最重要だと思
う練習です。

そして②が、
声を遠くに届ける練習(=声を強くもするが、どちらか
というと大きくもする)、
それは声の遠投とも言うべく、イメージ的には川向うの
人に「おーい」と呼び掛かける練習、あるいは大きな
ホールで最後部座席に向って声を届けるべく発する―こ
れを読まれた方はわかると思いますが、何も私のオリジ
ナルでは全くなく、件の専門家のおっしゃってることを
借用しただけで、それも正しいと思ったから借用してい
るだけで、私のやっていることはそれらを自分なりに整
しているだけです。

さて、分析の武器はこれともうひとつ、ある視点、すな
わち歌の上達を測る基準を峻別して、A発声基準とB
唱基準
に分けて、それを強く意識することで、これの
用が実は歌の進歩を妨げているのではないか
と見る立場
で、これもこれまで読んでくださった方には繰り返しに
なります。

まあ一応説明しておくと、
A発声基準というのは、まずは"歌の上達"(なのにもかか
わらず)、その上達を、当面歌が上手になっているかど
うかは全く気にせず、声が強くなってきたかどうかだけ
で見る立場で、

歌唱基準というのは、本来の基準、すなわち歌ってい
歌の表現力で上達を見ようとする従来よりある立場で
す。

これだけの準備をしておくと、私がとっている立場は
基礎においては①、すなわち声の強さ重視、そして上達
基準においてはAだと言えます。一方、②の声の大きさ
重視で、基準をBだとするのが、まあ合唱の方々の立場
と整理できると考えています。

というのも、「大きな声お腹から出せ」とはよく聞き
ますし、合唱の方は人前でを披露してなんぼなので、
まさにこの分類では②に当てはまりますし、ご本人もこ
れを否定はしないでしょう。

もっとも一言必要なのは、これはレッテル貼りのようで
すが、歌である以上、どちらかだけというのはあり得な
いわけで、

例えば私が①でAだからといって腹筋を全く使っていな
いなどということはなく、というより起こり得ないし、
もちろん合唱の人たちが②でBだとしても、これもまた
それで背中を全然使っていないなどということもまたな
い―無意識的に何ほどかはすでに使ってしまっていると
言えるわけですが、

しかし、ほんの少しの体の使い方の違いが、大きな声の
違いを生む分野である以上、これぐらいの決めつけ、分
類もたまには意味があります。

そして私が合唱の人と自分を違う方に分類するのは、自
分が偉いからでも特別だからでもなく、自分が子供の時
全く合唱体験がないからです。

もし子供の時から歌をやっていれば、当然お腹から大き
な声で、子供なので無意識にその基準に従っていたはず
ですし、上達の基準も当然、歌唱基準、お客さんの前で
歌を披露するのが活動の中心である以上そうなたってい
たでしょう。

つまり、子供時代に入れたことは無意識に深く体に入り
込みます。一方私のように40歳も過ぎてからゼロから始
めると、当然子供ではないので、教えられたこと、聴い
た話も全て一旦は自分の頭で判断して、悪く言えば、
度は疑ってかかって
、それから消化しようとします。

これはその面では体に入り込むということがないのであ
る面での"上達"は遅くすらなりますが、同時に子供時代
に無意識に体に入っていないので、ほぼ一切の歌に関す
る先入観、無意識に歌とはこういうものだとする先入観
あるいは合唱の人が自明の前提とする事項が私にとって
は全く自明でないということが起こり得ます。

その最たるものが合唱では最初から当然視されている人
前での歌唱で、これは合唱の本質が大勢で表現してハー
モニーを聴かせる
のが主目的なので、歌抜きでは主たる
活動自体を自分で否定することにもなってしまうわけで
従って歌唱することは合唱においては自明の前提だとい
うことになります。

そして日本で後日ソロ活動をしている人でも、そのほと
んどが合唱の道を経てきているはずで、したがって歌の
上達の基準を歌唱基準、したがってリズムが合ってると
か、ピッチが合っているかとか、強弱が付けられている
とか、歌詞の解釈が深いとか、その他もろもろの表現技
術が使えているとか、結局世間一般が理解している歌の
うまさの基準が体に沁み込んでいるはずで、それが日本
主流であることも確かでしょう。

逆に言えばそれ以外の考え方には発想がいきにくいわけ
です。

で、だから、そうでない道を辿った人の経験を、ひとま
ず書くことに価値があるだろうとなるわけですが、

この立場をとるとそれが正解かどうかは置いておいて、
歌というものが自分たちが考えているのと、まったく
違った見え方をしてくることも確かでしょう。

というのも、まずもう一度改めて書くと、私の立場は、
発声の基礎は主に背中使用派であり、上達基準は発声
基準、それに対して合唱の方々は、発声の基礎は主に
腹筋使用派
であり、上達基準は歌唱基準であろうと。

またこの二つの基準の組み合わせは実は恣意的ではあ
りません。むしろ相互に密接な関係にあります。

というのも、上達に歌唱基準を取れば、それは歌の表
現力を競うことになり、その判定はいわばお客さんが
聴いた時にどう聞こえるか、-つまり平たく言えば、
歌が上手かどうかに重点を置くことになるので、お客
さんに聴こえないと困るので、いわゆる大きな声で、
すなわちメインに腹筋を使った立場、すなわち②しか
取れないわけです。

というのも、①をとった場合、つまり声を閉じる練習
を中心に持ってきた場合、それも初心者から課した場
合、元々初心者で声が出ていないのが、一時的にせよ
さらに声が小さくなる方向へしか行かない
(そこを私は
体験したと言えるわけです)、ただそれを否定的に捉え
るのではなく、声を閉じる=声を絞り込んでいると言
い換えれば、後日、と言っても何年先ですが、その効
果が期待できるわけですが、

腹筋派の人で、声の大きさを犠牲にして、声を絞り込
める、そんなこと本気でできる人が何人いるかという
ことです。というのも、それが一時的に下手になる覚
さえいる、延いては人前で歌うことを封印さえしな
ければならない展開も考えられるわけですから。

さて、これだけ仮定しておいて、両方の道を辿った場
合を比較していると、

初心者から背中派で行った場合のメリットは、
最初から、後ろ、すなわち私が理解する、
うなじ―肩甲骨―お尻の盛り上がりのライン部分が先
に開発され、喉にくることなく、発声練習で高い音まで
音がつぶれにくく出せる度合いが高まります。

じゃあ、いいじゃないかということですが、デメリッ
ト(本当のデメリットではなく、腹筋派の人から見て)
もあるわけで、それは歌唱的には当分上手にならない
ということです。

だって声を絞り込むことだけを考えれば、一時的に小
さな声がさらに絞り込まれて聞こえにくくもなるわけ
で、-つまり低音を出すイメージそのものです、最初
から、良く聞こえるいい低音なんて出ないでしょう?

しかしだからこそ基礎で、素振りに譬えたわけです。
初心者のヒョロヒョロの振りがいきなり短時間で鋭い
振りになるわけがないことが視覚に訴えられる分野で
は自明のことで、この理解にそう抵抗はないでしょう。

したがって主流派にはなりにくいやり方なのです。
というのも、歌の試験やらオーディションやらを抱え
ている人がこういう立場を取る気にはなれないからで
す。人に聴かせる以上、見栄え、聴き映え?のいい歌
優先となるからです。

しかし、この背中主流のやり方で行くと、何年もたっ
てですけど、ある日突然転機が来ます。それが自分に
はまああったわけですが、それはまた次回以降として、

ここではさらに、では腹筋派で練習した場合どうなる
かですが、それは私の考察では、確かに最初から大き
な声で歌える
見栄えがいいので、このやり方で行け
ば、多くの人がいわゆるそこそこ歌える(つまり素人の
人から見て上手と言われるような)ところまではいくで
しょう。

でもそのあとどうでしょう。そこそこ歌えているから
こそ
、後ろ側、背中側の習得が難しくなるという側面
があるのです。

つまり私の練習の立場で行けば、後ろ側(背中側)が使え
ても、それはまだ歌唱基準にかけていないので、まだ
人前で歌う段階ではない、ということが自分でもわ
かっているため、最終的には後ろがかなり使えたとし
て、それを前側と結合する、ざっくり言ってしまえば、
そこに腹筋を結び付けられなければ人前で歌唱はでき
ないということが絶えず頭の片隅には残っています。そ
れを結びつけられて初めて歌唱の基礎ができたというこ
とになるわけです。

それが前側から行くと、合唱の練習法とも相まって、あ
る程度歌えるようになってから、後ろ側と結合すること
になるわけですが、-よくわかりませんが、前側派の人
でも後ろを使うことを全否定する人まではそうはいない
でしょうからーさて、現時点で腹筋さえ使えばある程度
歌えている
のに、そんな後ろを積極的に使う気分になれ
るのか、というのがあります。何しろ一時的に"下手"に
さえなるわけですし、また、後ろ側の感覚をつかむ方が
困難だという面もあるからです。

それはそうでしょう。素人でも、「腹筋使ってとかお腹
を使って」なら、それが正しい使い方かどうかは別とし
、その場でも少しは動かせても、「うなじを使って、
とか、肩甲骨を使って、はたまたお尻を意識して」とか
言われても、「こうかな」とさえ思えないでしょう、そ
の場では。

逆に後ろから行った場合は、それだけでは歌にならない
ことが自分でもわかるから、時間の問題で前を探ろうと
する気にもなるし、また前側が世間の主流なだけに、前
の指導は「前が使えていないね」ということで前側を使
う人を見つければ、それで解決とさえ言えます。

もう一つ大きな問題は、前側がすでにそこそこ使えてい
からこそ、体に力を入れる場合、無意識に腹筋にだけ
頼ってしまう、つまり腹筋に無用の力を入れてしまう可
能性が強いわけです。

私の狭い体験では、後ろを正確な使い方で使うには、確
かに一度腹筋へ入れる力をある程度遮断する必要がある
と思われ、

言い換えれば、もし前への力を一定にして音階練習すれ
ば、音が上がっていくと、前がそれほど使えないからこ
そ初めて
後ろへ行かざるを得ないという状況が体に生ま
れてくるわけで、その後ろを使うことが、後日高音を正
確に出すための基礎にもなるわけです。後日というのは、
前側の腹筋とつながったらという意味です。

これは今書いたようにやるのは誰でもトライできること
で、取り組むこと自体は実は簡単なんですが、問題は、
これまでそこそこ歌えていると考えてきた人がそのプラ
イドを捨てて、または一時的に小さな声になってしまう
ことに耐えてできるか、ということの方がむしろ大きな
障害になるわけです。

つまりは音が上がっていくとむしろ無意識に前で支えよ
うとして腹筋に力が入って
しまうため、それでは何年
やっても後ろの使い方が正確に"見えてこない"、何故な
ら前に力を入れてしまっているから、というわけで、ま
さに前の力の混入が後ろを使うことを妨げる役割を果た
してしまうからです。

それと出だしの弱音部分が前側メインだと、どうしても
腹筋だけに頼って出すため、どうしてもわけもなく大き
になってしまう、-それはそうでしょう、大きな声を
出す目的で腹筋を使っているわけでしょうから---.。

つまり高音と低音(あるいは弱音)に難を抱えたまま、そ
れでもそこそこ歌えているという評価に必ずなるでしょ
う。

以上私の分析では、何故前派の人がいるかといえば、そ
れは合唱では比較的初心から人前での本番を体験させる
以上、最初からある程度大きな声が出せないと不都合だ
からで、決してソロの基礎が大きな声だからではないわ
けです。

人前で歌唱さえしなければ、つまり歌唱基準さえ採用し
なければ、当面大きな声は要らないわけで、それに代
わって大切なことはと言えば、それは大きな声ではな
く、正しいポジションに行くこととなるでしょう。その
ことの方が当面は大切だと---。

正しいポジションに行ってから大きな声にするという
順序です。この考えが正しいかどうかは別にして、おそ
らくこんな考え方のできる人はそうはないと思います。

なぜならそれは、子供時代の疑いを知らない時代に教
わった、そして知らない間に無意識的にさえなっている
主流の考え方とあまりにも違うからです。

まあ、いずれにせよ、現状から私が言えることは、どち
らを取っているにせよ、声を閉じる練習をしておけば、
決して損はないということでしょう。

前派の人でも、腹筋と後ろ側をつなぐ必要は高音のこと
だけ考えても必ず出てくるはずですから。ただ、正しい
ポジションに行ってから大きな声にする方がずっと易し
いと思うだけで---。

大きな声を出し、かつ歌唱して癖をつけてから正しいポ
ジションに行くことのほうがずっと難しいと思いますし
腹筋に頼れば、正確な後ろの使い方をつかむのに苦労す
るでしょうし。それこそ無意識に腹筋を使ってしまう、
腹筋に頼ってしまうので。

そこで近日中にオーディションや試験を抱えていない人
で上達したい人には、つまり特にお急ぎでない方には、
後ろ側中心の練習がお勧めです。というのもオーディ
ションや試験はまさに歌唱力を問うものなので、そこで
いくら絞り込んだ声でも、小さな声で歌って評価される
ということは決してない
からです。まあ、だから、発声
に取り組んでいる時に歌唱はするなってことなんでしょ
うけど---。

そして、このように整理すれば、むしろ理解しやすいの
は、発声がまだそれほどでもない段階なのに、そこへ評
価として歌唱基準を混入してしまえば、およそその発声
の段階では解決できない、あるいは考える必要のない問
題(私は擬似問題と呼びますが)を考えなければならなく
なり、時間を浪費するということが出てきてしまいます。

例として、発音上の問題なんて、はっきり言ってしまえ
ば、喉をちょっと下げただけで、しかもお腹だけ使って
大きい声を出している段階だからこそ問題になる、粗さ
が目立ってくるだけの話で、

言い換えれば、それは後ろの使えていない発声のバラン
スの悪さ
一時的にもたらすものにすぎず、そんなもの
その時点で解決しきれないし、解決しようと取り組む必
要もないわけですが、

如何せん、歌唱基準を採用してしまったがために、お客
さんに聴かせる以上、歌がおかしな感じでは困るという
わけで、無視できなくなってしまい、結局、対症療法的
に手を付けるために、キメラ発声になってしまい、発声
から自然さが失われてしまい、「歌えているかと聞かれ
れば歌えているんだろうけど,どことなく変」という言
葉がまさにピッタリの発声に落ち着いてしまいます。

発声基準では喉を下げた一定の段階で意味のある発声で
も、歌唱基準ではお客さんが聴いた時には何だか掘った
ような声で不自然と評価されてしまい、つまり二つの基
準がぶつかり合うため、習っている方もどちらを優先す
ればということで躓く、迷いやすいわけです。先生に言
われたとおりにやっているのに変だと言われるしと---。

一言に集約すれば、要はソロでやるにしては(人前で)歌
う時期がその発声では早すぎるということに尽きるで
しょう。その時期に歌ってしまうから、”解決すべき”問
題が山積みになるだけで、歌唱基準に従わなければ、や
り過ごせる問題が多いと思います。その時期、その段階
で考えるべき問題ではないということです。

つまり発声基準で見れば、まだ人前で歌う段階ではない
ところで歌唱基準を発動してしまい、人前で歌わせ修正
しようとするため、この二つの基準の混入という視点が
なければ、本来不可能なことに挑戦しているということ
にさえ気づかないということになると思います。

正確に書けば、発声が一定の段階に達するまで歌う必要
がない
のではなくて、歌ってみたところで、現実にそれ
ほどは歌えないのが事実だけれど、それは自分では気づ
けず、
それを指摘できるのは、その歌い手より耳のいい
人だけ
だけれど、それを指摘されても、まさにその耳が
違うのだから、理解できないわけです。

たとえば専門家が声が薄いとある人のことを指摘しても、
聴き手がそのある人以下の発声だったら、決して薄くは
聞こえない、むしろ上手と聴こえるはずです。

だから、ある人から見たら「凄い上手」であっても、別
の人が聴けば「大したことない」ということが日常茶飯
事的に起こる世界でもあるというわけです。





















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