2018年01月16日

こんばんは、よろず 齧る です。

今回齧ったのは、


古代ユダヤ教 (上) (岩波文庫)
マックス ヴェーバー
岩波書店
2004-02-17



です。

これも、またまた大著です。文庫本三冊で1000ペー
ジほどあります。

ここでは、下巻末の古代イスラエル・ユダヤ史年表
によれば、おおまかにはB.C.2000年~A.D.135年頃
の、パレスティナと呼ばれる地域の歴史と社会につ
いての考察がなされています。

そこで、例によって、印象に残った箇所ですが、今
回は予言者についての記述から、三カ所、拾ってみ
ましょう(なお、この語の漢字表記は本書に従い、
預言者ではなく、予言者に一応、統一しておきま
す。)

さて、まず、
  『無感動エクスタシスにおける夢の幻によって
 ではなく、声を聞くことによって感動的に霊感を
 うけた聴覚的予言者の気質が、夢の幻を見る者の
 それよりもはるかに熱狂した、また積極的なもの
 であったのはいうまでもない。』(本書p270)
という記述があります。

これは、ローエ(先見者)とよばれる、夢占いによっ
て神託を与える、いわば視覚的予言者とでも呼べる
ような予言者とは区別される
聴覚的予言者ーこちら
の方に
偉大な預言者が多いとされるーとヴェーバー
が呼ぶタイプの予言者、

すなわち、神(ヤハウェ)が予言者に直接顕現し、予
言者がそのヤハウェの使者の、肉体化された声を聞
タイプの予言者について書かれた箇所ですが、同
じ神託であっても、この聴覚に訴えられる者の場合
視覚に訴えられる者とは違って、そこには熱狂が見
られると。

ここでは本人の気質ということで述べられています
が、もともと気質がそうだから、そのような声を聞
くことになるのか、神(あるいは神の使者)の声を直
接耳にしたから、熱狂的になるのかはよくわかりま
せんが、どちらもあるのではないでしょうか。

たとえば、今日でも、人気歌手のコンサートなど
で、歌手自身の熱狂ということも、もちろんありま
すが、その歌手の歌はもちろん、語りによっても、
場が大いに盛りあがり、聞き手、すなわち集団(フ
ァン)の方にも非常な熱狂、あるいは一体感が拡がる
という現象があります。

さらには、よく、「歌手の〇〇さんの〇〇という曲
に(人生で苦しかった時期に)すごく元気をもらっ
た、勇気づけられた」というような話が、ごくごく
普通に聞かれることからも分るように、聴覚的刺激
の場合は、このように元気づけられたり、熱狂した
りということが、生じやすいようです。

また歌の場合、言語自体にメッセージ性があるの
で、苦しいときにまた、その歌を何回も聴き返して、
それによって頑張るというようなことも可能です。

さらに、聴覚情報ということでは、たとえば、歌手
の頭の中に、歌詞やメロディが浮かんで、あるいは
聴こえてくれば、それを発表しないというわけには
いかない、すなわち、人間、内側に聴こえてきたば
あいには、これは重要なことだと、ある種の確信が
持てるようで、それゆえ、実際にそれを発表すると
いう行為に向けて駆り立てる何か、強いエネルギー
のようなものが生じてくるような気さえします。


ましてや、聴こえてきたのが歌ではなく、直接、
(あるいは神の使者)の言葉
であれば、それこそ、そ
れは指示的でもあり、そして、神の言葉だという確
信が持てれば、それを何としても世の人々に伝えよ
う、いや伝えなければならない、いや、まるで体が
その神に支配されてしまったかのように
、伝えよう
とする方向に、体が勝手に動いていく、というよう
な状況さえ生み出されてきます。

そのためか、聴覚的予言者は、次の箇所によれば、
 『さてこの類型の予言者は(中略)むしろますます
 問われることなくして、政治的権力の掌握者に
 向かって、契約の神の意志を、たとえその神託
 がかれら権力者に好意的であろうがなかろうが
 (中略)、告知するのである。』
 (本書p270~271、ただし太字化はブログ作者、
 本書では傍点)
と書かれています。

権力者が本当に聞きたいと思っている言葉とは、い
つの時代にも、自分の政権・王朝が永遠に続くこと、
そして、それを神が言葉で保証してくれること、で
あるのに、この手の予言者は、そんなことにはお構
いなしに、王様に問われることもなしに、禍の予言
であっても、神に忠実にその内容を権力者に伝えよ
うとするわけです、迫害されるのも覚悟の上なわけ
です。それだけの熱狂が、自身の内部にあるという
わけです。

そして、そのような聴覚的預言者についてはもう一
点、
  『エリヤは孤独のなかでヤハウェから命令をう
 けとる、そしてかれの神の使者としてひとりでそ
 の命令を告知するのであるが、(中略)政治的権力
 の掌握者に対するかれの行動の、従前に比をみな
 い大胆さにこそ、かれのたぐいない威信はもとづ
 いていた(中略)この孤独は(中略)なにものをも考
    慮することを知らず、またそのゆえにこそ強力な
    影響力を獲得したところのヤハウェ宗教のイデオ
    ローグたちを発生させた(中略)伝承の知っている
    ところによれば、エリヤはもっとも激情的に神の
    怒りの霊にとらえられた者である。』
 (本書p272~274)
とあります。

このエリヤという予言者を、百科事典で調べてみる
と、
  『生没年未詳。前9世紀のヘブライの預言者。
 旧約時代、腐敗の危機にさらされていたヤハウェ
 信仰をフェニキアの自然宗教バール信仰の侵害と
 たたかいつつ再確立した。(中略)その決然たる行
 動はモーセと並び称され、後世、危機の救い手、
 メシアの先ぶれといわれた。カルメル山上で45
 0人のバールの予言者と対決してヤハウェの一神
 教を勝たしめた(列王紀上18・20~40)。彼は旋風
 に乗って天に上げられ、旧約の予言によれば(中
 略)主の大いなる恐るべき日の先駆として再来する
 とされる。(後略)』
 (電子辞書版 ブリタニカ国際大百科事典 エリ
 ヤの項より ブリタニカ・ジャパン発行)
とあり、

話がやはり尋常ではありません。文字通り神がかっ
いないと、450人もの対立する異教徒、すなわ
ちバール神の予言者の前に、一人で立つ神経にはな
れないでしょう。

そして、エリヤは、イスラエルの国民をも、カルメ
ル山上に集め、予言者同士双方が、それぞれの神に
犠牲をささげ、祈りをささげたとき、エリヤの犠牲
にだけ、天から火が下って焼かれたことから、神か
らの応答があったのは自分だけだとして、異教の、
バール信仰の予言者は皆殺しにした、と旧約聖書に
はあります。

そして、偉大とされるこの手の人物には、やはり
怒りが備わっているようです。

取りあえずまとめると、孤独な生活の中で、激しい
怒り
を抱いているような人物が、神の言葉を聞いて
それを確信すれば、以後、その言葉を広めるため
に、文字通り死をも恐れず突き進んでいく、熱狂
生じさせ、それがまた、他者にも熱狂を生じさせ
る、すなわち、ある党派の代弁者(イデオローグ)
が誕生するということになります。


さて、予言者について、ふたたび触れる前に、
社会の中で、そういった存在の重要性が増して
いった原因を知るために、まず、古代パレス
ティナ
の歴史と社会について、概観してみる
と、

ヴェーバーによれば、
  『パレスティナは(中略)中部および北部地
 域の平地では、牛畜飼育をともなった穀物耕
 作とならんで、(中略)果樹・いちじく・ぶど
    う・オリーブの栽培もおこなわれていた。そ
    れらの地域と境を接した砂漠のオアシスやヤ
    シの都市エリコの地域ではナツメヤシも栽培
    されていた。豊かな泉からの灌漑が、パレス
 ティナの平地では雨が、耕作を可能に
した。
 (中略)季節雨がかすめて通る砂漠の境界地帯、
 すなわちステップ(草原地)だけが駱駝もしく
 は小家畜の牧場として利用されるにすぎず、
 この草原地では、雨にめぐまれた年だけ遊牧
 民の穀物耕作が時期に応じておこなわれるこ
 とができた。』(本書P30)
とあり、

そこにおける登場人物については、
  
『一方では、土地居住民として、都市貴
 族、および自由な定住農民や賦役・貢納義務
 ある定住農民ーかれら農民は穀物、諸果実、
 ぶどうを栽培し、牛を飼う―があり、他方で
 は、駱駝を飼う自由なベドゥインがあるが、
 まだこの中間には、近代にいたるまで地中海
 地域のあらゆる地方に特徴的である一つの社
 会層があるのである。それは半遊牧民的小家
 畜飼育者、くわしくいえば羊と山羊を飼う者
 たち
にほかならない。』
    (本書p110
ただし太字化はブログ作者、
 本書では傍点
)
として、

さらには手工業者や商人も存在したとして、
  『まず第一に、手工業者と商人との大部分
 は「ゲーリーム」(寄留者層)の状態にあっ
 た。 (中略)ゲーリームはそもそも同志共同態
 員としての地位がなかった。ベドゥインの客
 人手工業者は、もっぱら儀礼的に不潔である
 とみなされているのであり、あるいはまた(中
 略)少なくとも結婚権および通常は食卓仲間権
 からも除外されていた(後略)』(本書p87)
と紹介されていますが、

この寄留者とは、農民や都市貴族とは異なり、
土地所有という基盤がないため、古代イスラエ
ルの農民連合(貴族も含む)の構成員、すなわち
ヴェーバーのいう誓約同志共同態員としての地
位、したがって市民権はなく、ただ単なる外国
とも異なり、外国人が受けられる、何らかの
部族の家長の保護下に入る―文字通り寄留者
(身を寄せている)ーばかりではなく、居住都市
との間で定められた法的保護を受けることが可
能な、裁判に訴えることができた地位だったよ
うです。

さて、砂漠のベドゥインについては、ヴェー
バーは、

農耕を嫌い、家屋や防備された場所に住むこ
とを軽蔑し、砂漠の隊商路に接して、仲介商
業や隊商の護送による高い利益の上げられる
場合を除いては、戦闘や掠奪を行ない、また
国家的組織を必要とせず、天幕共同体態がい
くつか集まり、血の復讐の義

すなわち、
 『(前略)侮辱、殺人等の被害を受けた者の
 血族団体が加害者の血族に対して同程度の
 被害を刑罰として与える集団的復讐(後
 略)』
 (電子辞書版『ブリタニカ国際大百科事典』
  血の復讐の項)
によって強固に結合されている氏族が、さら
にいくつか集まって部族を形成し、移動と野
営を共にするなか、相互に保護し合う関係に
ある社会であると述べ、

族組織が、その社会組織にあってはもっぱ
ら重要であったと述べています。

また、都市住民については、エジプトの資料か
ら、エジプト王トトメス3世(B.C.1502-
1448)の頃には、パレスティナにはすでに
多数の都市国家があったことがわかるとしてい
て、

都市居住者は、土地所有を基礎として、大土地
所有者である貴族(戦士)階級が、都市外の所有
地を賦役奴隷もしくは小作奴隷に耕作させ、ま
自由農民を、高利で搾取することによって収
入の拡大を図っていたとし、そしてその労働力
は債務奴隷から補充したとヴェーバーは述べて
います。

この点について、古代イスラエルは先述したよ
うに、自由農民の連合であったと考えられるが
(B.C.13世紀頃か)、その実態は間接的に推論す
るしかないと述べ、時代が下ると、小土地所有
者で、武器等の進化により、戦闘費用の負担、
すなわち武装費用や、戦士訓練を受けるための
余暇、をもつことが困難となった者
が、軍から
閉め出され
、人格的には自由だが、官職、とり
わけ裁判職には就けない農民層と、大土地所有
者である貴族層とにはっきり分化していったと
捉えられているようで、そして、これら落ちぶ
れた農民が、いわばデーモス(平民)となったと
しています。

さらに、手工業者商人も、これら農民デーモ
スとともに平民を形成し、
  『けれどもイエズス ベン シラの時代に
 おいてさえ、また推量するにさらにのちの時
 代においてさえも、手工業者は、ふるいイス
 ラエルの貴族的諸氏族とは異なって、政治
 的に官職につきえないものとみなされてい
 た。つまり、かれらは、いまや別して都市的
 なる一つの「デーモス」(平民)を形成したわ
 けである。』(本書p89~90)
と、こちらも戦えない農民と同じように官職には
つけないな立場は共通だったようです。

ちなみに『ベン シラの書』が書かれたのは、
前190年頃のことと、ブリタニカ国際大百科
事典にはあります。

ただ、農民や手工業者は官職につけないとして
も、
  『(前略)しかしヤハウェを信奉すればい
    まや完全なるユダヤ人とみなされるよう
    になったということは、典型的な身分的
    差別の意味における一つの都市的「デー
    モス」の成立を意味した。(中略)しかしな
    がら平民は、(中略)真正の「デーモス」
 (中略)として組織されたことは決してな
    かった。(中略)そのためには、政治的前提
    諸条件ーすなわち西洋の平民の政治的勢
    力の基礎となった(中略)中世の市民軍の軍
    事組織ー(中略)欠如していた。』
 (本書p92~93
ただし太字化はブログ
 者、本書では傍点
)
とあり、

つまり、西欧中世の市民と比較した場合、軍
事組織から閉め出され、従って戦争に参加で
きなくなっていった農民たちは、それと同じ
ような十分な政治的権利は持てなかったわけ
で、軍から閉め出されている限り、自由農民
も手工業者、商人らも、官職は得られなかっ
たけれども、それでも神ヤハウェを信奉すれ
ば、ユダヤ人としては認められたと。

そして、
  『捕囚後も(中略)富裕な地主は、多くは
 エルサレムに居住して、そこで諸年貢収入
 を吸収した。(中略)捕囚後の発展の過程
 において、都市デーモス、つまり小市民
 階級は、ますます敬虔のほんらいの担い手
 として、すなわち「敬虔派の教団」とし
 て、前面にたちあらわれる(後略)』
 (本書p94~95
ただし太字化はブログ
 者、本書では傍点
)
とあります。

ここに捕囚とあるのは、バビロン捕囚のこと
で、
  『新バビロニア国王ネブカドネザル2世
 が南ユダ王国の首都エルサレムを2回(前
    597年、前586年)にわたって破壊、同地方
    を属州化し、貴族・軍人・工人等11万人
    以上をバビロニアに移した事件。(後略)』
 (電子辞書版『百科事典 マイペディア』
 バビロン捕囚の項より 日立ソリューショ
 ンズ・クリエイト)
と事典にはありますが、もともと何らかの
法的保護を受けるのに、ユダヤ教を信奉す
ることが大きかったわけですが、捕囚のよ
うな国家滅亡の大事件の後には、さらにこ
れら平民の信者の中に、「敬虔派の教団」
と呼べるようなものが組織されていったよ
うです。

そしてこの一派パリサイ派の成立は、B.C.2
世紀とされているようです。

この一連の流れについては、

歴史的に、まず、農民と牧羊者との間には、
都市貴族とベドゥインに対立する一つの利
害共同関係が発展したが、それは、
 『(前略)共通の敵は、肥沃な平野および
 海岸の諸都市の戦闘力ある都市貴族で
 あった。これらの都市居住貴族は、男お
 よび女の奴隷、賦役、貢納(中略)を戦争
 によって獲得しようとする。』
 (本書p151)
とあるので、

農民らと都市貴族の間には絶えず緊張関係
があり、農民たちはその貴族らの貢納や賦
役の義務、あるいは(債務)奴隷化を逃れる
ために戦ったとあります。

それが、さきほどの武器の進化にともなっ
て、
古い農民連合から社会構成が大きく変
化して、王や貴族層と、それに対立する、
それ以外の「貧しい者」が、ヤハウェ宗教
に改宗することで、官職にはつけないが、
完全なユダヤ人として認めら、そしてそれ
はさらに時代が下って、敬虔派として成長
していくといったことが認められます。

そうなると、この階級間の対立のなかで
は、まさに弱者としては、その抵抗の統一
は、宗教的色彩をもつ批判を通してこそ、
有効になされるという図式が出来上がって
きます。

そこで、
 『(前略)イザヤの予言(中略)には、エルサ
 レムの高貴な貴族的氏族たちの憎悪が語
 られている。貴族的氏族層の意志に反し
 ては、いかなる王といえども、久しく統
 治しえなかったのが通例である。』
 (本書p64)
と予言者の役割が一定の影響力をもつよう
になるわけです。
  
再び予言者に目を向けてみると、

ヴェーバーは、次のように述べています。
 『(プトレマイオス王朝期以前の)エジ
 プトにおいても、またメソポタミアにお
 いても、エクスタシスの類似の諸形式が
 存在していたという証拠は認められてい
 ない、(中略)これはなぜかといえば、(中
 略)中国でも見られたように巨大な王権の
 初期においてすでに狂躁的な諸祭儀の信
 用が失われていたことや、占いが官僚主
 義的に取り締まりを受けまた扶持を受け
 ていたということのためであることは疑
 いない。』
  (本書p245~246)
と。

このエクスタシスは古代ギリシア語なので、
これに該当する英語のエクスタシーを事典
で調べてみると、
 『意識水準が低下して外部への主体的反
 応を失い、忘我・恍惚の状態となるこ
 と。(中略)魂が肉体を離れて宙を漂う状
 態を意味した。宗教における神秘体験や
 性的恍惚感も含まれる(後略)。』
 (電子辞書版 百科事典マイペディア、日
 立ソリューソンズ・クリエイト  エクス
 タシーの項より)
とあります。

これと本書のヴェーバーの記述を照らし合
わせてみると、

古代イスラエルでは、まず戦士たちは、禁
欲的生活を送り、戦時には、音楽や踊りに
より狂ったように騒いで、集団エクスタシ
を発生させ、そのトランス状態で、戦争
に突入すれば、戦争を全く恐れずに残酷な
行為に力を発揮できるというようなこと
があったようです。

今日であれば、恐怖心を取り除くため、軍
隊においてなされる、薬物使用の問題とい
うことになるのかもしれませんが、当時に
おいても、もちろん薬物の使用もあったの
でしょうが、この神がかりを利用したやり
方もあったわけです。

それから、他方、個人的カリスマ的英雄の
エクスタシス
と呼ばれるものがあって、や
はり、これについても、
    『(前略)このエクスタシスによってかれ
    らは(中略)敵の真只中におどりこみ、な
    かば意識を失った状態で、手あたり次
    第のものを虐殺する。(中略)こうした種
    類の典型的な猪武者は、(中 略)口碑に出
    てくるサムソンである。ヤハウェの霊が
    かれに降るやサムソンは獅子を引き裂
    き、畑に放火し、家々を破壊し、手あた
    り次第の道具で手あたり次第に群衆を殺
    し、そのほか野蛮な戦争狂の行為をす
    る。』 (本書p241)
とあるので、

今度は個人の話ですが、英雄が文字通り
がかり
状態になって、戦争でこの世のもの
とは思えない恐ろしい力、あるいは人間が
本来有している力を解放して、残酷な行為
を行なったようで、

その両者の中間に、戦争恍惚師とよばれ
る、いわば禁欲によって訓練された戦専門
家集団があったようで、
 『(前略)かれら戦争恍惚師は(中略)散髪せ
 ず、酒を飲まず、おそらく元来は性交も
 しなかった。サムソンもかかるものとし
 て考えられていた(後略)。』
 (本書p242)
とあります。

この禁欲を破ったものがいると、部族全体が
神の怒りに脅かされることにあるので、その
違反者は殺されることになっていたとヴェー
バーは書いています。

そして、この戦争恍惚師なるものと、ネビ
イーム
(予言者ナービーの複数形)とは本質が
同一であるとして、まあ、それはいずれに
しても、神がかりするわけで、それが戦争
予言者
として、ペリシテ人との戦い(B.C.12
世紀?)の時などにはすでに存在しており、
当時は予知とは関係なかったのが、後にソ
ロモン王の時代(B.C.961ー922)になって、
エジプトから戦車兵団が入され、いわば強
力な軍事専門職ができて、その後、その重
要性がますます増大していくにつれて、

そして、
 『王国の十二の地理的に区画された行政
 区が、ヤハウェ連合によって結合されて
 いた諸部族の地位に代わった。つまり、
 これらの諸部族は、いまや国家的諸税の
 分担のために古代のあらゆる都市国家に
 必ず存在したフュレー[行政的・軍事的区
 分としての部族]となったのである。』
 (本書p253)
と、

国家(王国)が成立して、諸部族の軍事連合から、
中央集権的官僚国家・賦役国家に移行するにつ
れて、このエクスタスの軍事的意義が喪失して
しまったことから、いわばエクスタシスによる
予言へと特化していき、生き残っていったよう
です。

ひとつには組織された戦車兵団という当時の最
新鋭の武器を前にしては、もはや個個人が神が
かりしたところで、力を発揮できるような状況
ではなかったのかもしれませんし、

最初の引用に戻って、このような踊りや酒やトラ
ンス状態の狂躁は、官僚制度が定着してくると、
すなわち国家から給料をもらって、それに奉仕す
るという形式に生活が変化してくると、ある役所
に属して、その枠内での仕事ということになり、
そのときにこのようなエクスタシスのような、国
家がコントロールしにくい部分は、切り捨てられ
ていったのかもしれません。

興味深いのは、実は古代日本についても、このこ
とはある程度当てはまると考えられることです。

たとえば、『日本倫理思想史(一)』
(和辻哲郎著 岩波文庫2011年4月15日第1刷発
 行)
を読めば、

じつはわが国でも、もともとは神の言葉を聴く宗
教儀式が非常に重要であったことがわかります
が、それが大化の改新以降、やはり中国の制度を
まねて律令体制、すなわち中央集権的官僚制を導
入していくにつれて、そのエクスタシス的な側面
がそぎ落とされていったのではないかと推測され
ます。

実際、このような記述があります。
 『はじめ天皇が熊襲を伐とうと企てたとき、息
 長帯姫(オキナガタラシヒメ)に神がかりして、
 西方の宝の国を伐てという神の命令が下った。
 この神がかりの席には、天皇自ら臨席して琴を
 ひくのであるから、現人神でありつつ自ら神を
 祀っているのである。しかるにこの際天皇は、
 神の命を信じなかったために、神の怒りに触れ
 てにわかに崩じた。次いで再び神の命を請う
 と、同じく新羅征討の命令が下る。そこでその
 神の名をたずねると(後略)』
    (『日本倫理思想史(一)』和辻哲郎著 p88 
 岩波文庫2011年4月15日第1刷発行)
とあるので、日本大百科全書(ニッポニカ)の記
述を参考にすれば、

これは生没年不詳の仲哀天皇(4世紀のこととされ
る)の世に、サニワで神託を得る儀式中に、その
皇后である息長帯姫(オキナガタラシヒメ)、すな
わち神功皇后に神がかりした記録で、なんと神の
命令が出たのにそれに従わなかった天皇は、死去
したことにさえなっています。

また神がかりの際に音楽が利用されていることも
分ります。

いずれにせよ、神がかり自体は、いろいろな文化
において見られ、それが古代イスラエルに固有の
特徴であったというわけにはいきません。

ただ、この神がかりの取扱いに対する日本におけ
る変化を探る上でも、イスラエルのこの研究は、
大変役立つことでしょう。

さて、古代イスラエルに王制が敷かれる(B.C.102
0~1000)、その前の記述については、
 『(前略)連合の神それじしんが、そしてこ
 の神だけが、しかも直接に、イスラエルの支配
 者であったということ、またこの支配者は、こ
 んにちの王たちのごとき官職、税制、賦役の
 機構をぜんぜん必要としなかった、むしろ前代
 の先見者たちや英雄たちをとおしてかれの民に
 その都度かれの意志を啓示した、そして民がか
 れの命令にしたがったばあいには、民をつねに
 新たに助けた(後略)』
 (本書p287)
とあります。


王制成立以前にはーB.C.13世紀後半がイスラエル
諸部族連合の成立と下巻の年表にはあるのでー自
由農民の諸部族が中心となった連合体、より厳密
には、

 『イスラエルにとって「契約」(=連合)概念が
 それじしん重要な意義をもっていたことは、次
 の点にその理由があった。イスラエルの古い社
 会体制は、そのすこぶる本質的な部分にいたる
 まで、土地所有戦士諸氏族と、法的に保護をう
 ける寄留者たる客人諸部族ーすなわち遊牧羊者
 と客人手工業者、商人、そして祭司―との契約
 によって規定される一つの永続的関係にもとづ
 いていた(後略)』
   (本書P206
ただし太字化はブログ作者、本書
   では傍点
)
とあり、

この契約の著しい特色として、
 『(前略)それらの捕囚前の契約締結こそは、
 (中略)ただたんに偽誓の証人であり復讐者でも
   ある神の保護のもとに、契約当事者がたがいに
    締結する契約や兄弟団の結成であるのにつきる
   ものではなくて、むしろ神自身との契約締結だ
 とみなされていたということ、したがって、こ
 の神は、その契約が破られたばあいには、この
 神の保護のもとに委ねられている忠実な契約当
 事者の諸権利ばかりでなく、侵害された神じし
 んの契約諸権利を代表して復讐をおこなう(後
   略)』
 (本書p203~204ただし太字化はブログ作者、
 本書では傍点
)
ということが挙げられています。

つまりは、単に神の前で人間同士が契約を交わ
すというのではなく、神自身が一方の当事者と
して
人間との間に契約を交わす形式なので、こ
こにあるように、たとえば、どの部族かが、こ
の契約に背いたような場合、それは部族間の約
束に背いたばかりでなく、神に対しても、直接
契約違反をしたと捉えられ、従って残りの部族
が、神の利益を代表して、その部族に対して戦
争による制裁を行なえる(聖戦)仕組みになって
いたということです。

ところで、古代イスラエルの置かれていた国際
環境をざっと見てみると、

周辺にはエジプト、メソポタミア(アッシリア、
バビロニア)などの(超?)大国があって、その影
響を直接に受けざるを得ず、それについては、
  『紀元前一三世紀より九世紀までの数世
 紀の間は、事実上自由に放任されていたので
 ある。しかし九世紀からは、その間に新たに
 建設されたアッシリアの軍事勢力が侵略を始
 め、七世紀からはバビロニアの軍事勢力の侵
 入があり、そしてエジプトの勢力も、一度一
 〇世紀に侵入をおこなってのち、ふたたび七
 世紀に侵入した。(中略)ついで最後決定的に
    はバビロニアの大王たちの領有するところと
    なり、さらにペルシアがその支配の相続者と
     なるにいたった。』
 (本書P26~27)
とあり、先ほどの捕囚の話につながります。

まあ、ペルシアの場合は、キュロス2世が新バ
ビロニアを滅ぼして、バビロン捕囚にあってい
たイスラエルの民の帰還を許してくれたわけで
すが、とにかく陸続きの超大国がいくつもあっ
て、侵入してくるため、政権の安定といって
も、難しい面があります。

一方の超大国、エジプトについては、
  『灌漑統治の必要と王の建造物とから生じ
 たエジプトの賦役国家は、パレスティナの住
 民の生活様式にとっては、なにか非常に異質
 的なもの、つまり「鉄のかまど」としてかれ
 らが軽蔑したような一種の「奴隷の家」とし
 て対立するものであった。一方エジプト人の
 方では、ナイル河の氾濫という神の恩恵や王
 の書記官行政にあずからぬ隣人をすべて野蛮
 人と考えた。』(本書p29)
とあるあたり、

ちょうど、わが国も、大化の改新以降、大国中
国の律令制度、あるいは中央主権的官僚制を取
り入れないことには、大国から野蛮人扱いされ
るということもあったであろうことが、想像さ
れますから、境遇が似ていないとは言えないか
もしれません。

そこで、もともとは農民中心の神との契約連合
体が⇒王制への移行で、エジプトの影響で戦
車兵団、賦役制国家、すなわち官僚制を取り入
れていくことになるわけですが、
 『(前略)国家が一つの賦役国家へ、すなわち
 戦車戦や世界政策と関連をもった一種の「エ
 ジプト的奴隷の家」へ、変形したということ
 が、かれら批判者たちにとってはあらゆる
 害悪の源泉なのである。』(本書p277)
とあり、

いわば、支配階級(王と貴族)、vs(没落した農
民、その同盟者である小家畜牧羊者)、の対立が
深まり、さらにその格差が拡大していくなか
で、その元凶がエジプト化すなわち官僚国家化
にあると捉えられ、この権力階級に対する、後
の予言者らの厳しい批判へとつながる土壌がす
でに用意されていたようです。

 『イスラエルの農民たちは、(中略)いまやか
 れらは、王や都市貴族が政治的および経済的
 に優勢となったことや、またかれら農民じし
 んがますます債務奴隷化されていった事態に
 感づいた。(中略)王から独立せる先見者と
 予言者たちは、ヤハウェじしんが大将軍とし
 て農民召集軍をひきいて先頭に立って戦った
 時代を栄光化し(中略)ヤハウェの約束に対す
 る「信仰」(中略)を高く評価することが、イ
    スラエルの宗教性のなかへとはいりこんだ
    のはまずここからであった。』
 (本書p278、ただし太字化はブログ作者、本
    書では傍点)
と。

つまり、行動に確信をもった予言者が出現して、
王など権力者もなく、かつてはその契約に参加
していた、比較的平等な立場での農民連合、し
かもヤハウェから見れば、皆その僕にすぎない
との立場から、権力者を批判すれば、それは多
数の、貧しく敬虔な民の支持を集めやすい構造
にはすでになっていたというわけです。

この点、日本も、現在、中国やアメリカ、ある
いはロシアなど、国際環境は絶えず超大国の影
響下にさらされているわけで、確かに海に囲ま
れているとはいえ、むしろ現代では、その距離
は時間的には短縮されているので、古代イスラ
エルの置かれた環境と似ていなくもない、特
大国の影響下の思想という観点で考えると、
イスラエルについて勉強することは、かならず
日本を知るうえでも役に立ちそうに思われます。

実際、日本においても、アメリカナイズされる
ことへの批判は、必ず何らかのかたちで伝統を
利用したものにならざるをえませんし、階層間
の格差が拡大し分化していくほど、それへの怒
りが、古代神話を利用する形で成されるであろ
うことが、イスラエルにおけるヴェーバーの分
析によっても予想されます。

さて、当然権力者側も、こうした予言者を抑え
込もうとはしたようです。

しかし、王権が戦争に勝利するなどして、その威
信が高いときには予言者も活躍しようがなかった
けれども、周辺大国の脅威が高まるとともに王へ
の批判も予言者に口を通して、活発になっていっ
たとあります。

そして、この予言者による王の批判が独立性を維
持できたことの一因は、古代イスラエルでは王が
決して祭司としての地位をかねられなかった
こと
にあるとヴェーバーは見ています。

すなわち、
  『王は、元来すべてのイスラエル人がしたご
 とくに、犠牲をなすことができた。だがしかし
 王は神託を与えたり、聖別や贖罪を施したりす
 る資格をもたなかった。これらのことはカリス
 マ的に資格づけられたる者たち、すなわち予言
 者に、またのちには教育されたレビびとに、残
 しておかれたのである。』(本書p282)
とあります。

これは、先ほどの日本の例を見ても、天皇自身に
神がかりが生じたわけでは必ずしもないけれども、
儀式に臨席し、祭祀を司ったという点ではイスラ
エルの王とは違い、天皇の場合は、この祭司とし
ての地位が、権威の源泉になったと、和辻氏も考
えているようです。

そして、王への予言者の批判も、王に対抗するた
め、それ以前の連合時代の真の主君が、神ヤハ
ウェただ一人であったのに、王が、周辺大国の大
王たちをまねて、傲慢な振る舞いをするようなっ
たこと、およびエジプト的官僚制国家をまねて、
格差の拡大を助長したことが、神ヤハウェの怒り
を招いたとされているようです。

したがって、予言者の主張としては、王がそれら
の、今日でいう国際政策を放棄しさえすれば、連
合の神ヤハウェは、
 『(前略)かつて農民召集軍とともにあったごと
 く、たとえいかに敵が優勢であるかに見えよう
 とも、かならずや王とともにあるであろう、
 と。』(本書p288)
いう形で展開されていたようです。

さて、それでは、このイスラエルの神、ヤハウェ
の特徴はどういうものであったかというと、

まずは先ほど来述べたように、他の民族とその神
との関係とは全く違って、その神自身がイスラエ
ル十二部族の連合体と契約を締結した一方の当事
であったということです。

そして契約締結の基礎となった歴史的事件が、予
言者モーセの下でそれがなされた、エジプトの賦
役義務からの神ヤハウェによる解放(旧約聖書 
出エジプト記)で、
 『あらゆる予言者が、神の力の、また神のもろ
 もろの約束が絶対的に信頼しうることの、真の
 しるしであると考えた事柄、またイスラエルが
 絶えず神に対して感謝すべき責務のしるしであ
 ると予言者が考えた事柄は、エジプトの軍隊の
 紅海における奇跡的壊滅によるエジプトの賦役
 義務からの解放なのである。』
  (本書P292~293)
と記されており、

その恩恵としては、他にも、たとえば、戦争での
敵に対する勝利、子孫の繁栄、豊かな収穫、安全
な財産などがありますが、それ自体は別にこの神
に特別なことではなく、どの国、どの民族の宗
教、神にも似たような恩恵が見られます。
  
ただ、
  『(前略)神に対する関係が一つのベリース(契
 約)にもとづいたがゆえに、この希望は一つの
 すこぶる強固な基礎を獲得したばかりでなく、
 明確なる約束に、つまり神の一つの誓約に、も
 とづいているものとして考えられた。』
 (本書p294)
と。
 
ところでこの契約(ベリース)の性質を理解するた
めには、まずこの神ヤハウェが、居並ぶ神々の
中で、圧倒的な力を持った特別な神と捉えられ
ていたことを理解する必要があります。

まず、その前に、ヤハウェは、古代イスラエル
人にとって、以前から知られていた地域の神で
もなければ、部族の神でもなく、神秘に包まれ
未知の神であったと。

ところが、このこと自体も別に珍しくはない
ようです。これも先ほどの和辻哲郎の『日本
倫理思想史(Ⅰ)』の引用箇所を見ても分るよ
うに、「そこでその神の名をたずねると」と
平気で書かれています。つまり、天皇が臨席
して神に問う儀式でさえ、今回どの神がお出
ましになったのか
は、神に尋ねてみないと実
は分らなかったというわけで、別に天照大御
神に問うているわけではないわけです。

イスラエルでも同様に、モーセについて、
 『エフライムに関する(中略)最古の伝承に
 よると[申命記33の16]、ホレブの近くの砂 
   漠の柴の焔のなかで、ミデアンびとに仕え
   ているイスラエルの牧者とみなされている
 モーセに、神の突如としての顕現が、神じ
 しんを啓示する(中略)この神は、その名を
 モーセから問われると(中略)イスラエルの
 名とは見受けられない「ヤハウェ」という
 名だと語る。』(本書P300)
と。

問われて初めて名乗るわけです、神は。そし
て、モーセも知らない神であったと。

そしてこの未知であり、しかも、
 『(前略)ヤハウェの顔を見た者はすべて死
   なねばならぬのであるから、モーセでさえ
   かれの願いによって神がかれのかたわらを
   通過するのをただ背後から見ることができた
   にすぎないのだ、というふうに示されてい
 る。』(本書P306)
と。

しかも、予言者にすぎないモーセ自身にしてか
らが、どうも尋常でなく、顔が光り輝いてい
て、民にその顔を覆わなければならなかったと
伝えられているようで、この未知の感覚はど
こまで行っても解消されるそうにありません
し、また、そうであったからこそ、偶像崇拝
ようにも、像が作れなかったわけです。

また、
  『ヤハウェは、(中略)はるかに遠くから、
 天に近い山の座から支配しつつ、しかも事
 情のいかんによってはみずからもろもろの
 出来事に干渉するところの、なにかある
 「遠くからの神」なのであった。この「遠
 く離れていること」は最初からヤハウェに
 ある特別の尊厳を与えた。』(本書P305)
とあります。

そして、大国エジプトの軍隊を奇蹟によって
壊滅させ、イスラエルの民を解放したわけで
すから、その権威は限りなく高かったことに
なります。

さらには、ヤハウェは怒る神でもあり、
 『ひとたびヤハウェが怒りを発すれば、ヤ
 ハウェは敵を火で焼き払い、あるいは敵を
 地よりのみつくし(後略)。』(本書P317)
とあり、

また、
 『ヤハウェがインドラと同様に戦争神に適
 したのは、ヤハウェがインドラとおなじく
 もともと一つの大自然災害の神(中略)で
 あったがためである。地震(中略)、火山現
 象(中略)、南および南東からの砂漠の風(中
 略)、雷雨、はヤハウェ出現の随伴現象で
 あり、稲妻は(中略)ヤハウェの矢である。
 (中略)昆虫、とくにいなごの災害(中略)も、
 パレスティナ人にとっては天災に属した
 (中略)最後にもろもろの疫病がある(後
 略)』
  (本書P320、ただし太字化はブログ作者、
 本書では傍点)
と、

なるほど、さすがに唯一にして万能の神へ
と発展していくだけのことはあります。

そして、ヤハウェがイスラエル部族連合との
契約締結の当事者であるため、それはイスラ
エルが、ヤハウェを連合神として選んだこと
と同時に、神ヤハウェが、またイスラエル国
民を自由な意志によって選んだことを意味
し、しかもそれは、イスラエルの民が他の
国々の民より道徳的価値が高いから選んだと
いうわけではなく、ただヤハウェが誓約した
そのことだけによるのだと。

そして、このように契約の一方当事者が、

でに最強・最高で、自然を支配し、運命に干
渉さえして、出来事を変えられるほどの存在
なので、当然、契約といってもその性質は、
  『(前略)一つの「フォエドゥス インク
 ウム」(不平等な相互間の契約)なのである。
 (中略)これが全古代イスラエル宗教にとっ
 て絶対的に中心的な意義をもっいる(後 
 略)』(本書p199、註(1)、ただし太字化
 はブログ作者)、本書にはありません
と。

そして、この契約は、当初は神もイスラエルの
民に誓約を立てて誓った約束と捉えらえていた
けれど、神観念の変化とともに、圧倒的存在ヤ
ハウェのみが契約の内容を決定でき、それに
よって保証される、神の側からの一方的処置だ
と見なされるようになったのであって、その神
が定めた事項を、イスラエル連合が遵守するこ
とによって、それに対してヤハウェが恩恵を与
えるという構造で、そして、それほどの神が
契約の相手としてイスラエル選んだのも、別に
イスラエルが道徳的に優れているからではない
とういわけです、ヴェーバーによれば。

しかし、そこで定めた事項は神がみずからの自
な意志で選択して決定されたのだから、神に対
してもその約束を守ってくれるように取りあえ
主張はできた(予言者の役割)ようです。


また、連合自身は、部族の集合体であって、国
家的組織を、したがって官僚制度をもたなかっ
たので、新しい法規は、神託に基づく新い協定
によってしか決められなかったとヴェーバーは
述べています。

それから、ヤハウェはなにも、その既成の秩
序、すなわち最初の契約の監視人ではなく、新
しい啓示や新しい契約によって契約内容を変更
することもあり得たと。
  
また、そのヤハウェが約束する恩恵とは、何か
内面的・精神的なものでは決してなく、
  『(前略)重要なことは、救済といい約束と
 いっても、現実政治的な事柄に関してのこと
 であって(中略)ほろびやすい無意味な現世と
 いうようなものからの救済をではなくして
 エジプト人の奴隷となっている身分からの救
 済を、超経験的な諸財の約束をではなくして
 かれらが征服せんと欲したカナンの支配の約
 束を、しかもそこにおいてのある種の幸福な
 生存を(中略)この神は差し出した(後略)。』
 (本書P314、ただし太字化はブログ作者、本
 書では傍点)
というのも特徴です。

また、ヤハウェは、イスラエルの民が従順でな
ければ、怒りを発するような、人格神であり、
自然災害の神ではあっても、太陽神など天体に
擬せられたことも、ここにあるように、もちろ
んなかったと。はるかに偉大な存在なわけです
から。

そしてその神の規定が守られないとどうなる
かということにつき、怒りについて、

へブル人の債務者の債務奴隷状態は六年たっ
たら解放すべきであるという、契約の書の規
定が、ユダ王国最後の王ゼデキヤ(在位B.C.5
97-587)の治世に再度契約を立てたにもかか
わらず、それが守られなかったので、

エレミヤの最も激しい禍の予言がなされたと
して、
 『(前略)主はこう仰せられる、あなたがた
 はわたしに聞き従わず、おのおのその兄弟
 とその隣に釈放のことを告げ示さなかった
 ので(中略)ユダの王ゼデキヤと、そのつか
 さたちをその敵の手、その命を求める者の
 手、あなたがたを離れて去ったバビロンの
 王の軍勢の手に渡す。(中略)彼らはこの町
 をせめて戦い、これを取り、火を放って焼
 き払う。わたしはユダの町々を住む人のな
 い荒れ地とする。』
     (『旧約聖書1955年改訳』エレミヤ書第34
 p1106、1981年日本聖書協会発行)
と、

予言者エレミヤを介して、そのおそるべき禍
の予言、この神は激しい怒りを示し、異教
徒、新バビロニアの大王さえも、イスラエル
を懲らしめる道具として用いるほどの、まさ
に絶対的かつ最強の神振りを発揮していま
す。

そして、その予言は実現することになり、ゼ
デキヤは捕虜になった、それがバビロン捕囚
という事態でもあるわけです。

その怒りは、
 『(前略)一人の王のごとく怒りと激情とを
 もって行動した。それは、選ばれた主権者
 が部下に求めるような義務
だったのであ
    り、その義務の倫理的価値の絶対性につい
    ては、ひとはとやかくせんさくしなかった
    し、せんさくするようなことは全然できな
     かったような、全く絶対的にその履行を負
    わされた義務にほかならなかった。』
    (本書P338、ただし太字化はブログ作者、
 書では傍点)
とされています。

また、それだけに、イスラエルの民である個
人が犯した神への犯罪でも、全連合編成員が
連帯責任を負う構造
になっていたとヴェーバー
は指摘しています。

そして、このような連帯責任の考え方も、純
官僚主義的国家においては、当然のことなが
ら、思想的に発展をみなかったと。
 
これは実に面白い指摘です。それは、たとえ王
であっても、この契約に反していると見られれ
ば、予言者と認定される人物がいったん出現す
れば、その者の元の身分に関係なく、公然と批
判しえたということを意味します。

つまり、その人物が、社会から、一旦予言者だ
と認定されれば、その時点で、それはあたかも
一種の正式な国家機関でもあるかのような様相
を呈するので、たとえ王であっても、簡単に廃
止したり、弾圧したりはできないわけです。

これがどれほどのことかを、日本を例にとって
譬えてみると、日本では当然、古代において祭
祀を司ったのが天皇なので、その制度の頂点に
君臨する天皇が、個人的に批判されることはあ
りえませんが、もし、天皇がイスラエルの王と
同じような位置づけで祭司になれなかったとす
ると、その神との契約事項につき、何らかの違
反があった場合―つまり、それはその違反を認
定する解釈権者(祭司、古代イスラエルでは
言者
)が別にいることを意味しますがーその者
が、その者の出自とは関係なく、予言者である
と社会に認定されれば、公然と天皇を批判し、
その責任を問うことができ、かつ自分の方は責
任を問われない立場になるというシステムなわ
けですから。

最後にイスラエルの社会法については、ヴェー
バーは
契約の書」と呼ばれる、旧約聖書の出
エジプト記20の22-23の19、の部分がそれに該
当する古い法律集を取り上げ、

それが最初の王の時代(巻末の付録によればB.
C.1020-1000年ころ)より以前に編集されたこ
と、また、それが法律的な内容について系統的
に秩序立てられていること、さらにはこの法律
の関心が、ほとんど農耕民の利益に注がれてい
ることを述べて、
  『(前略)血の復讐の規定は存在するが、こ
 れとならんで、一つのかなり発展をとげた
 身代金制度や罰金制度があり、また、同じ
 殺人でも故意の殺人と殴り殺し(撲殺)とを区
 別したり、(中略)厳密な意味で刑法と言える
   ようなものも、すでにある程度まで存在して
 いる。(中略)法それじしんもバビロニアから
 決定的に影響されたのであるということ、
 (中略)それぞれの対応物がハンムラビ法典
 のなかに疑いもなく存在している(後略)』
 (本書P159~160)
と述べています。

ハンムラビ法典中のTalion[同害報復(目には目
を)]の定式化などが偶然の一致とは思えないと
して、そのように述べています。

また、もう一方の大文化圏として、エジプト
らは賦役国家、官僚制国家という部分を取り入
れながら、その一方で、死者崇拝はこれを、
  『(前略)徹頭徹尾現世内的に向けられてい
 た自分たちの固有の関心を無価値なものにし
 てしまう戦慄すべき事柄として、排斥し
 た。』(本書P29)
として、

さきほどの神の救済のところにもあった、その
救済の内容というのが、徹底的に現実的、現世
的な内容であったこともあって、イスラエルで
は死者崇拝を受け入れなかったようです。

また、バビロニアの法律からは大変な影響を受
けながら、他方、占星術(天文学)は、ヤハウェ
が運命にさえ介入して出来事を変えられるとさ
え言っているわけで、そのときに、個人の運命
が星の中にすでに記されているとするような占
星術(天文学)の宿命論とは相いれず、イスラエ
ルの名だたる予言者たちは、  
  『(前略)イザヤは、(中略)エレミヤも同様
 に(中略)ヤハウェの力の前には星たちの暴力
    のごときは滅びうせるであろう、とイスラ
    エルに保証している。捕囚期では、バビロ
 ンにおいてさえ第二イザヤは、バビロンの
 魔術師一般を嘲笑するばかりでなく、むし
 ろなかんずくかれらの天文学および占星術
 を嘲笑している(後略)』
    (『古代ユダヤ教(中)』マックス・ヴェーバー
 著、内田芳明訳P501、岩波文庫、) 
と述べています。
 
最後に、カナンの土地は神の所有であり、イス
ラエル人はすべて
、そこではただ神の寄留者、
あるいヤハウェの奴隷にすぎないので、その土
地を自分の所有物のようには売却できない、ま
た、隣人愛の教えによって、イスラエル人が、
スラエル人を奴隷としてもつことも禁じら
、奴隷は、異教徒か寄留者からしか得らな
かったとヴェーバーは述べています。

なるほど、他の場所に、同程度の広さ、同程
度の資源がある土地を、仮に用意できたとし
ても、イスラエル人に与える約束をした神ヤ
ハウェの所有する土地なので、自分たち人間
の考えで処分するは到底できない、それこそ
新予言者でも出て、新たな土地に関する啓示
でもない限り、不可能だということのようで
す。

本日はこのあたりで失礼致します。
  



  
  
 
  
  
    
  
 



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