QDES管理人日記 Vol.2

九州ディベート交流会(QDES)管理人日記です。

平成最後の大晦日

とてつもなくお久しぶりです。藤本@青雲です。



記事を書いている現在、目の前では紅白歌合戦が流れています。気づいたら今年もあと数時間です。



2018年という年は、皆様にとってどのような年になったでしょうか。日本全体で言えば、今年の漢字「災」に代表されるように災害に悩まされた一年ではなかったかと思います。



しかし、そんな日本を元気付けるようなスポーツでの活躍が目だった年でもありました。冬季オリンピック、サッカーW杯やアジア大会などでの日本人選手の大活躍は、お茶の間に感動を与えたのではないでしょうか。



僕個人としては、生徒としてディベートをできた最後の一年だったことが大きな点でしょうか。
年始めのパブリックディベート、そしてディベ甲の九州大会の二つで優勝に導いてくれた部長と部員各位には感謝してもしきれません。



ところで、今年は「平成最後の〜」という事象が多かったように、来年には平成という時代の終わりを迎えます。



文豪・夏目漱石は、作品「こころ」の中で、「明治の精神に殉死する」という表現を用いていました。明治の精神は、押し寄せる維新の波と目まぐるしく移り変わる社会の中で、40数年の時代を過ごしてきた明治の人々の根幹となるものだったのでしょう。



では、「平成の精神」はいったいどのような物だったのでしょうか。進んでいく科学技術、発展するグローバリズムの中で30年間を過ごした日本はどのような精神で進んできたのでしょうか。
そして、我々はすぐ目の前に迫っている次の時代を、どのような精神の基で過ごしていくのでしょうか。



そのようなことを考えつつ、2019年という年を迎えようと思います。



皆様にとって2019年が幸多き年となりますことをお祈りしております。



それでは、よいお年を。

チュウサンサイゴノトウコウ

メリークリスマス!小橋口です。クリスマスの予定は今年もありません。(どうでもいいですね)

さて、まずはお詫びを…
3ヶ月ぶりの投稿です。長らく更新を怠ってしまい、申し訳ありません。書くネタはあるにはあった(はず)のですが、更新しよう!と思い立ってPCを開くと、立論が書き上がっていなかったり、学校の課題を終わらせていないことに気づいたり、打ち込み始めた瞬間に何を書きたかったのか忘れてしまったりして、つい更新から逃げ出しておりました。

中学校になってからは、クリスマスの記憶が、ディベートしかありません。一年生の頃はパブリックディベートの準備+肥満税の大会、2年生の頃は即興ディベート。クリスマスらしいことといえば…大会参加者で交流したのと、サンタ帽をかぶってスピーチしたことくらいです。

クリスマス・年末年始までディベートを楽しむ、まさにディベート三昧だった日々も終わり、本格的な受験シーズンに入ろうとしています。第一志望の高校に合格して、またディベーターの皆様とお会いできるよう頑張ります。高校の部活は…もちろんディベート部に決まりです。

では、これにて失礼します。またお会いしましょう。

来週から部活禁止期間へ…

こんにちは。河野@小倉高校です。
本日で19回目。

さて前回ここで述べさせていただいたJDA九州の出場の是非に関する部内会議の結果ですが、小倉高校は今回の大会に参加しないこととなりました。私たちのために協力していただいた方々への成果を見せることはできなくなりました。申し訳ありません。

そして多くの学校の方々に練習試合について声をかけさせていただきましたが私たち自身も参加できなくなりました。今後部活としての活動を安定させることができるように努力して万全な形でディベート甲子園に臨めるようにしていきます。



今回はこれで終わります。
読んでいただき誠にありがとうございました。

日帰りなら旅行というより外出だと思う〜佐世保紀行 

〜はじめに〜
この記事は11月初旬に投稿される予定でしたが私と校閲担当が完全に忘れ去っていたものです。その事をご留意の上ご覧下さい。

〜ここから当時の記事です〜


皆さんこんばんは。藤本@青雲です。



すっかり気温も落ち、学校の制服も冬服になり家では遂に炬燵のお世話になり始めています。



さて、10月31日(水)夕方〜11月1日(木)早朝にかけて本校で「青雲ラリー」が開催されました。「青雲ラリー」とは一体何かと言いますと、約12時間もの時間をかけて40km程の距離をグループ(中1〜高2から各数名ずつで編成)で踏破する狂気のイベントです。



今回は最高学年ということもあり、後輩を引っ張っていけるか(というより足を引っ張らないか)心配でしょうがありませんでしたが、なんとか無事に完歩することができました。いやぁ良かった良かった。



もう一つ近況報告を。さらに時を遡ること約2週間、10月21日(日)に佐世保へとちょっとした旅行に行って来ました。今回はこの様子を2週に渡ってお届けしたいと思います。



みなさん、佐世保と聞くとどのようなイメージが浮かぶでしょうか?観光地で言えばハウステンボスや九十九島、グルメで言えば佐世保バーガーやレモンステーキなど、魅力的な物が多々ある街です。今回は旅行記的な要素も交えつつ、そんな佐世保の魅力について語って行きたいと思います。



10月21日(日)朝、私は長崎駅より高速バスで一路佐世保へ。片道1500円、2時間足らずで行けるというのはなかなかに魅力的です。10時頃、バスは佐世保駅前バスセンターに到着。ちょうどこの日の佐世保では「YOSAKOIさせぼ祭り」が開催中で、駅前や四ヶ町アーケードなど様々なところで色々な演舞が見られました。



バスセンター正面にある佐世保駅を通り抜けまず最初に向かったのは佐世保港。1日1便のみではありますが、「SASEBO軍港クルーズ」という、ガイドの案内を聴きながら佐世保港内をぐるりと一周するというものがあります。



このクルーズは海自佐世保基地・米海軍佐世保基地・SSK(佐世保造船所)などの港湾施設を普段見られない視点から見ることができ非常に人気が高く、実際私が乗船した日も満員という案内がされていましたし、デッキ上はカメラを片手にした大勢の人で埋め尽くされていました。


桟橋を出航してすぐに船は旋回します。すると直ぐにフェンスに囲われた区画が見えてきました。佐世保とは切って離せない関係にある海上自衛隊佐世保地方統監部、及びアメリカ海軍佐世保艦隊基地の施設と付属する港湾施設「立神岸壁」です。



この日はサン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦4番艦「グリーン・ベイ」とむらさめ型護衛艦8番艦「あけぼの」、こんごう型イージス護衛艦1番艦「こんごう」、ましゅう型補給艦2番艦「おうみ」などが停泊しており、これらの艦船を海から眺めるという滅多に出来ない経験が出来ました。その後船はSSKのドッグが見える海域に差し掛かり、そこからは検査中かと思われるひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦2番艦「いせ」の姿も見えました。



そこから船は針路を変え、佐世保湾口へと向かいます。ここは佐世保港唯一の出口であり、そこをクルーズ船や護衛艦、果ては米海軍の原潜など様々な艦船が通ります。九十九島を臨む湾口が見えてきたのも束の間、進行方向左側には灰色の煙突のような塔が3本見えてきました。



これは「針尾無線塔」で、日本海軍佐世保鎮守府隷下の無線送信所として、1918年(大正7年)に着工しました。第二次世界大戦では真珠湾攻撃の暗号「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を中国大陸や南太平洋の部隊に伝えたとされています。



湾口前で船は再び転針し、一路佐世保港へと向かったのですが、ここで一つ貴重な体験が。白い船体に潜水艦のようにも見える斬新なフォルム。2018年3月後半から瀬戸内海、津市沖や鳥羽港沖で目撃情報が相次いでいるロシアの大富豪の個人所有の大型“ヨット”「A」が佐世保に寄港していたのです。
全長118m、全幅18m、総工費300億円とも言われる(もはやどこがヨットなのか分からない)大きな船体を前に、自分を含む乗客の皆さんは物珍しそうにカメラのシャッターを切っていました。



このようなサプライズもあり、1時間のクルーズはあっという間に終了。桟橋に帰港し、昼食をとった後に、海上自衛隊佐世保史料館、通称「セイルタワー」へ。セイルタワー見学の内容については次週に回したいと思います。



後半へ続く(キー○ン山田風)



We have many things to do

こんにちは。河野@小倉高校です。
本日で18回目。

どうも僕は忘れずに記事を書くという壁を超えた後忘れずに投稿するという壁を乗り越えねばならないようです。

通信制限がかかっているので前回何を書いたか思い出せませんがとりあえず書いていきたいと思います。
小倉高校は2週間前に学校開放説明会が終了。
その次の週は水、木と実力テストがありました。さらに土曜日に進研模試があったので今週の月曜日までJDAへに向けての活動が一旦ストップしていました。
さらに月曜日。部活を再開するとなんとインターネットに繋げるサーバーがダウン中であり、作業効率が大幅に低下してしまいました。

さてどうしようという時に気がついた事実が、JDAに参加できる部員は、諸事情により現時点で最大5名だということです。場合によってはもっと減る可能性が高い中、参加できるか否か自体が問われ始めてしまいました。
2立の情報量では3人以上ないとおそらく処理できないんですよね…2チーム出すことは不可能なので参加できるのに試合に出られない人を産む可能性が高くなり、今後の活動について悩んでいます。とりあえず今日の部内会議でどうなるのか。
(この投稿は部活前に書いています)

今回はここで終わります。読んでいただき誠にありがとうございました。

オープンスクール

こんにちは。河野@小倉高校です。
本日で17回目。

先日、学校開放説明会がありました。今回は死刑論題で本気のディベートを行う予定でした。しかし実際に行ってみると、あまりにも重苦しい空気になったので否定側立論が終わった時点で即興ディベートへと切り替えることでなんとか多くの方に見ていただくことができました。

全体としては失敗だったかなと。ですが極端に見ていただいた方が少なかった訳ではないので来年に活かせるように頑張って欲しいです。

もう一つのアピールの場、部活動CMは中々成功したと思います。主演、ナレーターを兼任してくれた1人の1年生と夜中まで編集を頑張ってくれた部長に本当に感謝します。特に部長は何日も夜中まで編集してくれました。いつも負担を受け持ってくれるのでそろそろ軽減できるように僕たちも頑張らないと…

それでは終わります。読んでいただき誠にありがとうございました。

たけのこも1つ

こんにちは。河野@小倉高校です。
本日で16回目。

入部しました!先週言った1年生の部員が正式に加入となりました。とうとう9人目です。ディベートに興味を持って関わってくれるのは本当にありがたいことです。体を大切に頑張っていこうと思います。

明々後日小倉高校はオープンスクールがあります。その時に1人だけ学校に来れない部員がいます。なぜかというと「キミサク」という番組に応募したら当たったようです。RKBで行われる番組なので興味があれば探してみてください。

それでは終わります。読んでいただき誠にありがとうございます。

よこみち

こんばんは。 有馬@N高 です。

先週、今週と自分語りをしようと意気込んでいたのですが今週はちょっと体調を崩しまして昔のことを思い出しつつ推敲して文章を書く。
というのが厳しいので、勝手ながらまた次の週でお話したいと思います。すみません。

今日は直近にする試合の話をします。
今週の土曜日にN高ディベート同好会でちょっとした試合をします。
関東秋大会即興部門に同好会が出場するのでそれの練習として、中学フォーマットでの部内戦を行います。(私自身はさすがに出場しません)
久々の2Rなのでやや緊張しますが楽しみたいなーと思います。

短いですが今日はこれで失礼します。
ありがとうございました。

伸び盛り

こんにちは。河野@小倉高校です。
本日で15回目。

今生徒会の1年生二人がオープンスクールで演劇をやるために毎日練習しています。夜8時半ほどまでやるかなり力を入れた物なので是非とも成功して欲しいです。

さて我々活動組。なんと新入部員が入りそうです。昨日話を聞きに来てくれたのですがやる気もありそうで嬉しい限り。1年生の層がどんどん厚くなりつつあります。
2年生も頑張ります。

それでは終わります。読んでいただき誠にありがとうございます。

これまでのディベートライフ(スキアラバジブンガタリ

こんばんは。有馬@N高 です。

今回は特にこれって話題がないので、私の宮西時代におけるディベートライフの話や、Googleドライブとの出会いの話でもしようかなと思います。しかし、大まかに書くだけでもかなり長くなってしまいそうなので今回は中学1-3年のお話をします。

私はそもそも宮西のオープンスクールで当時高1だった先輩の模擬ディベートをみて感動して宮西の入試を受けようと決意しました笑
しかし、いざ入学して、ディベートやろう!と思っても、中学部は部活じゃなくて大会の前にだけ出来るプチ同好会といった感じでして、中1のころは同好会の枠が2枠だったので総勢20人でのオーディションが行われました。そして枠をなんとか掴み取って、先輩方に用語やらを教わりながら捕鯨プレパをせっせとはじめました。
ちなみに私は中1.2は否定側立論の作成・読みを担当していました(確か)

・中学時代のプレパの仕方
その当時は手書きで立論をかいて、それを本番直前に先輩がカタカタ打って原稿化してくださってました…(苦笑
うちには、ドライブ共有。という文化(?)セオリー(?)はなく、ぜーんぶ紙媒体で資料集やその他準備をしていました。(今思えばすごい効率悪いな〜とは思いますが…)
おそらく、私が中3になりTwitterなどで「ブリーフ」という存在を年上のディベーターの方々から聞くまで、反駁集(ブリーフ)といったものも存在せず、反駁は全部その場の思いつきで返していたと思います。
中3の時、辛うじて2.3枚の反駁のカードを作ったのが宮西(中学部)初めてのブリーフかもしれないです。
他校との練習試合とかも全くしていませんでしたし、練習会に辛うじて行っていた、くらいで本番に望んでいました。(部内戦はたまにあったかなぁ、くらいです。)

今思い出すと結構すごいなぁ…と自分のことながら思いますがこれが私の、我が校の「普通」であり、その中でみんな一生懸命やっていたので負けたらもちろん悔しかったですし、勝ったら物凄く嬉しかったです。
(特に中1、3は1日目予選2位からの全国行けず。でしたので特に嬉しかったり悔しかったりしました。)

中学の話だけで割と長文になってしまいましたね。すみません。Googleドライブとの出会いは高校1年生の時なのでまた来週の投稿で記そうと思います。
長ったらしい文章を読んでいただきありがとうございました!
あくせすかうんたー



こめんと
とらっくばっく
ぷろふぃーる

九州ディベート交流...

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