歴史を知るきっかけに
深水黎一郎

 「艦これ」をご存じだろうか。正式名称は「艦隊これくしょん」、今すごい人気の、艦隊育成オンラインシミュレーションゲームである。

 ツイッターで相互フォローしている作家仲間のツイートの中に、鳥海だの羽黒だの最上だの、郷愁を掻き立てるワードが頻出することに気付いたのは秋口のことだ。だがその内容は、「最上はレベル10で改造可能」だの「鳥海は抜錨の時の声がいい」だの「羽黒は俺の嫁」などで、意味がさっぱりわからない。訊いてみると「艦これ」で、それぞれ重巡洋艦の名前だったわけだ。普段ゲームの話などしない彼らがそこまでハマるとはどんなものかと思い、実際に登録してプレーしてみた。

 その結果から先に述べよう。なるほどこれは確かに面白い。

 まず戦艦や空母を擬人化して、女性キャラクター(艦娘)にするという発想が面白い。味方の艦隊を、演習させたり改装したり実践を積ませたりしてレベルを上げていくのは、このゲームはそれが女の子を育成することと同等になる。それぞれの艦にはかなり細かい性格付けがなされており(たとえば羽黒は気弱なキャラ)、プレーヤーはそれぞれお気に入りの艦娘を持ち、プレーするだけではなく、掲示板などで情報を交換して盛り上がる。

 シューティングではなく育成ゲームなので、いったん戦闘がはじまると、プレーヤーは彼女たちの戦闘をただ見ていることしかできない(ヘビーユーザーであるミステリー評論家にそれを言うと「見ているだけではない。祈ってます!」と怒られたが)。戦闘の途中にプレーヤーができるのは、進撃するか撤退するかの選択だが、その選択を誤り、お気に入りの艦娘を“轟沈”させてしまったプレーヤーの嘆きの大きさは、他のゲームとは比較にならない。実際の戦争がそうであるように、轟沈させられた艦は二度と戻らない(一から育成し直すことは可)からだ。

 ただ一つ困るのは、艦隊が戦闘で損傷して“中破”“大破”になると、艦娘たちの服が破け、肌も露わな姿になることである。若い人たちには良いかもしれないが、私のような五十路既婚者プレーヤーには辛い。というかその現場を思春期の娘(本物)に見られたら、しばらく口を利いてもらえないことだろう。この中破大破を表示・表示しないを、選べる仕様にしてもらいたい。

 さて私は、このゲームの宣伝がしたいわけではない。

 以前私は作品の中で登場人物に、「小さな駆逐艦でも魚雷一発で、巨大戦艦を沈めることがあるんだぜ」という台詞を言わせようとして、編集者に止められたことがある。戦記ものならまだしも、現代小説で喩えに戦争を使うのは止めた方がいい、というわけだ。

 それが今や電車の中でどう見ても普通の大学生が「史実では北上はせっかくの40連装の魚雷を使う機会もなく、悲しく回天を運んでいたんだよな」などと話している。「靖国神社の遊就館で本物のゼロ戦を見てきた」と言っただけで、右翼扱いされた私の学生時代とは隔世の感がある。

 「艦これ」によって自虐史観が一掃されるとか、逆に右傾化が心配だとか、私はどちらも言うつもりはない。ただフラットな歴史観を持つのには、戦争の悲惨さを含め、現実を深く知ることは最低条件になるだろう。ゲームの開発者たちにそういう意図はないだろうが、そのきっかけは意外とこういうところにあるかもしれないのだ。

 要するに何が言いたいかというと、軽巡名取は私の嫁ということだ。


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