2006年04月

2006年04月25日

中国出張

その24      杭州観光     昭和40年9月15日

1.杭州初日

(1)美術工芸研究所見学
上海発午後8時発列車の軟座車(1等車即ち座席にクッションあり、2等車の硬座車は板張り)にて、杭州着午後11時12分、宿舎の杭州飯店に着き一泊。
翌朝は朝食もゆっくり摂り、午前中は市内の美術工芸研究所を見学した。門まで研究所の幹部の出迎えを受け、一旦は来賓室にて所内の説明を聞き、先ず毛糸の刺繍工場、次に切り紙細工彫刻細工の順に見学した。いずれも若い女性が細かな刺繍や彫刻、切り紙細工に取り組み、見事な製品に仕上げて居た。中国の伝統を守る重要な技術を保存する施設であり、製品は市販されている。
 そこで昼食をご馳走になり、西湖に向かう。

(2)西湖の船遊び
遠くに山水画のような山並みを眺められる西湖は、昔昔の皇帝の保養施設として自然湖を人工的に改修された広大な湖と聞いた。下の写真参照ください。


西湖の長閑な風景


西湖には、数人乗りの幌屋根のついた小船に娘船頭さんが乗る遊覧船がありました。
我々は思い思いに数人に別れ、娘船頭さんに向かい合って小船の座席に座り込んだ。直ぐに西湖の中央に向かって小船は出発した。広い湖面、遠い山並み、娘船頭さんと言う真に長閑な、そして昔から中国の帝王が楽しんだと言われる有名な西湖の舟遊びを満喫しながら、しばし時の経つのを忘れた。下の写真は小船を漕ぐ娘船頭さんの写真です。

西湖の娘船頭さん




西湖には所所に島が点在し、広い湖の景色を変えると共に、島には六角屋根の休憩所や、散歩道もあり、その一つの島に上陸して暫し休憩もした。そして又、小船に乗り西湖の島巡りをした。私も思い出に残そうと、娘船頭さんに代わって櫓を持ち小船を漕いだ。下の写真は、西湖の遊覧船を漕ぐ私の忘れられない写真の一つです。

西湖で遊覧船を漕ぐ



杭州観光の終わりに土産品売り場にて、切り紙細工、西湖の全景を題材とした刺繍、彫刻製品等々の土産を買って杭州に別れを告げた。続く。

  ※写真はクリックすると大きくなります。






qnm2913 at 10:47|PermalinkComments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2006年04月14日

中国出張

  その23     上海での思い出     昭和40年9月13日

1.北京を去る
いよいよ帰国の日が来た。その日は奇しくも私の誕生日、9月13日でした。
この日の帰国者は8人、主としてビニロンプラントにプラント機械を納入したメーカーの技術者グループです。
午前中は宿舎で帰国の最後の説明をK社の事務員から詳しく聞いた。途中の立ち寄り先、観光地、主な土産物、等々聞いて、午後北京空港へ向かった。空港内は一切撮影禁止、1時間程待って上海行きフライトに乗る。
2.上海観光。 
上海空港着陸後、一旦、今晩宿泊のホテル「錦江飯店」(14階位の近代的ホテル)に立ちより荷物を置いて市内観光に出る。
観光先は上海軍事博物館、17階建て上海大楼、黄蒲公園、工業展示館、等々。
記憶にあるのは少ないが思い出せるのは次の場所、景色ぐらい。
(1)工業展示館
ソビエトロシアが建設したと言われる工業展示館。ソビエト製の機械がずらっと並んで居た。
(2)三角公園
戦前の話ですが、揚子江にはみ出た三角地帯に公園がある。近くに租界地があり、「犬と支那人は入るべからず」の立て看板があって、中国人が立ち入る事は禁止されていたと言う中国人にとっては屈辱的な場所だ。今は家族連れで賑わっている。
(3)上海大楼
17階建ての戦争の傷跡もそのままの廃墟となって居た上海唯一の高層ビル。階段を上ったかエレベーターがあったか記憶にない。最上階まで行って見下ろせば薄汚れた感じの上海市街、揚子江が眼下に見えたが海まで近くて流れは無い。
(4)赤いマフラーをした少年共産党員
市内の至るところで、赤いマフラーをした少年少女を見た。北京でもよく見かけたが、小学生ぐらいの年代で、政治教育を受けて共産党に入党した子供達と聞いた。整列して元気に歩いて居た。
(5)ジャンク。※大型貨物帆船
宿舎の錦江飯店から近い揚子江の岸へ行ってジャンクを見た。大きな帆は何で出来ているのか解りませんがとても大きく薄汚れた帆。ゆっくりと上流へ、或いは下流へ流されていくと言う感じ。
(6)夜は上海雑技団見学
当時は中国人の娯楽、楽しみは映画と雑技団見物。総合娯楽館「大世界」があり、雑技即ち舞台で曲芸を見せてくれる娯楽館や、映画館もあり、超満員でした。雑技は玉乗り、皿回し、綱渡り、空中ブランコ、椅子を何個も積み上げた上で逆立ち、等々。結構、時間を忘れて楽しんだ。
上海でのその他の思い出は余り無く、写真を見て、思い出す程度。

※今の上海は高層ビルが立ち並び、海外から商社、メーカーが進出して貿易も盛んになり、わが国経済の強力なライバルになり、近い将来には中国に追い抜かれるかも知れない。
あれから40年の時間が経って昔日の感がある。機会があればもう一度上海へ行って今の上海を見たいと思う。続く。


qnm2913 at 15:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!