2006年07月

2006年07月25日

私の新聞投稿癖

  その5  好感持てぬ法政局見解    
                   昭和44年2月5日 朝日新聞掲載

1.前書き
役所の文書が難解であるという事は周知の事実ですが、典型的な例として当時の新聞に発表された「法政局の見解書」に感想を述べたものと考えます。

2.本文
東大の確認書についての法律的検討」なるものを拝見して、内閣法制局というお役所は、なんと’へそ曲がりで封建的な役人が多いかと言うことを始めて知りました。 文中に「ものであるとすれば」、「しないこととする」、「かのようにもうかがわれる」、「ように見える」、「あるとするならば」、「余地はなくはない」、「もしそうであるならば」、「ことも考えられるが、そうなれば」、「ようにもうかがわれる」、が随所に用いられ、しかも片寄った拡大であると感じたのは私一人でしょうか。
 法政局といえば、公正の権化であると思っていたのは私の間違いでしょうか。こう言う解釈もあると言うことを教えて頂いたついでに、ご多忙とは思いますが、今の憲法、日米安保条約も早急に検討し、国民に公表していただけないでしょうか
 すなおに文章を解釈する習慣になれたわれわれが、一九七○年安保改正期を前にして、それぞれの解釈の仕方に、大いに参考になるのではないかと思います。以上

  ※下の写真をクリックして拡大された記事本文を見てください。

好感持てぬ法政局



qnm2913 at 14:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2006年07月18日

私の新聞投稿癖

  その4  冬山の登山者は まず社会的責任を 
                  昭和44年1月11日 朝日新聞掲載

1.前書き

冬山の登山者の遭難が毎年発生し、救助の為に地もとの山岳救助隊のご苦労が新聞で報じられているが、遭難の原因が十分な装備、食料、天候の調査、緊急連絡方法等の準備も無く、大学生の経験未熟で軽率な登山者が多く、地もとの警察、救助隊にどれ程の迷惑をかけたかの反省の弁は一切無い。
 今でも、冬山の遭難者は後を絶たないが、社会、特に地元の救助隊に対してどんな責任が取られているのか、私には解らない。そんな素朴な気持ちで投稿したと思います。

2.本文

冬山遭難のニュースを聞くたびに、苦々しく思うのは私一人ではなかろう。今回の剣岳遭難者の中には、トランシーバーを持たないパーティもあると聞くが、言語道断である。山に登るのは金と暇をかけて行くのだから個人の自由だが、遭難者自身は不注意の代償として自ら肉体、精神の苦痛を味わうのは当然である。 私が訴えたいのは、個人的には何の関係も無い救助隊の人々のご苦労である。
ただ、其処に住んでいると言うだけで、半強制的に安い日当で、然も命がけの救助作業に駆り出される人々の気持ちを、山に登る前に考えた事があるだろうか。
 我々が山へ登る自由があると同様に、あの人たちにも家庭の団欒を楽しむ自由がある。彼らは救助を依頼されれば拒否もせず黙々と山へ登って行くが、だからと言って彼らの善意に甘えてはならない。

 山へ登ろうとする者は、彼らの善意に対し感謝するのみでなく、彼らの自由と幸福を奪った代償として、共同責任を負い、山へ入る前に地元市町村へ寄付すべきである。一人最低一万円くらいとすれば、救助隊の日当其の他の費用にもなり、不心得な登山者を締め出すことにもなる。
 山へ登る者は、山の自然の美に接する自由を味わう前に、社会人としての義務を果たすべきである。以上

  ※1.文中にある「一万円」は当時の金額であり、現在の金額に換算すれば15万円か、20万円に相当するのではないでしょうか。
   2.下の小さい画面をクリックすると大きくなります。



冬山



qnm2913 at 11:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2006年07月13日

私の新聞投稿癖

 その3  報告を忘れたタレント議員  昭和43年11月21日朝日新聞掲載

1.前書き

タレント議員というのが正しいかどうかは別として、テレビで有名になり、国会議員選挙に立候補し当選した議員は、当時も今も多い。彼らは国民に何を公約し、そしてその後何を果たしてくれたのか?国民に報告した元議員は聞いたことが無い。
 今からでも遅くないが、議員在職中に国民に何をしてくれたのか、そして今何を考えているのか聞きたい。 
 
2.本文

タレント議員誕生当時、ジャーナリズムはその意義と背景などについて盛んに論評したが、要するに既成政治家への不信と、茶の間に人気のあるタレント候補の新鮮な政治感覚への期待が、多数の浮動票の支持を得たものと考えられる。
 その意義の当否はさておき、大学問題、自民党総裁選挙など、内外政局の激動する今日、彼らの言動をチェックし、考え方を聞くのも意義があると思う。
 まず、善良なタレント議員なるが故に守ってもらいたい公約が忘れられていないかと言う点である。
 自ら体制内に入り、英知で改革すると約束した青年議員は、その後、沖縄選挙の応援に行っていたらしいが、その後の動静は不明である。
 自民党総裁選挙で、醜い多数派工作が行われている最中に、全国最高票当選議員として、選挙民に対し自己の立場を説明する必要があると思われる。
 パンパカパーンのコメディアン議員も、テレビの司会をやる前に、大学問題についての政見を発表すべきである。政治の勉強が終わりかけた頃「議員よ!おさらば」では情けない。
 其の他、毒舌家の僧職議員元女子バレー監督の根性議員、意地悪ばあさん役だったコメディヤン議員らも、今まで公約について何の報告も無い。
 全国区選出タレント議員は、少なくともテレビ等を利用して茶の間の支持者に政治活動の報告をする義務があると思うがいかがであろう。以上

※下の写真をクリックすると大きな写真が見えます。


報告を忘れたタレント議員



qnm2913 at 10:25|PermalinkComments(1)TrackBack(0)この記事をクリップ!

2006年07月05日

私の新聞投稿癖

  その2 ハイセンスな服装に 挑発的な防衛庁番兵
             昭和43年10月31日 朝日新聞掲載

1.前書き

防衛庁庁舎の衛兵が、警備員から銃剣を持った自衛官に変わった時の感想を率直に投書したものと思います。私は当時41歳でした.

2.本文

ライフル銃を持った自衛隊員が防衛庁庁舎の警備につくことにつき国民の一人として冷静に考えてみました。10,21デモに対して反代々木系全学連の暴徒に騒乱罪を適用することの是非については、さておき、暴徒の侵入を防ぐ対策であることは容易に理解出来ます。
 防衛庁幹部も「部隊の中枢である庁舎を自衛隊で警備するのは当然だ」と説明しており、この言葉に間違いはありません。
 考えてみれば、防衛庁がそんな簡単に占領されることの方が理解出来ないのです。さりとて、ライフルを持った隊員を配置することは一種の挑発であると感ずる人もあると想像される。
また、二人や三人では発砲なしでは暴徒の侵入を防ぐことは不可能なのは明らかであり、どんな事があっても発砲だけは避けねばなりません。
 真に暴徒の侵入を防ぐ気持ならば従来の警備員のまま、機動隊との連絡方法を改善する事などで十分であると考えられます。
ヘルメットにライフルと言ういかめしい隊員でなく、あの有名なロンドンのバッキンガム宮殿の衛兵のような、自衛隊のマスコットとして国民から敬愛されるハイセンスな服装の隊員ににしていただきたい。
以上

   ※1.下の写真は古くて変色した記事のスクラップです。クリックすると大き      くなります。

   ※2.最後に「明石市大久保町谷八木」と記載されているのは、当時私の住所      でした。了
                                    

朝日新聞投稿、昭43.10.31.掲載



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