まず、今回の事故でお亡くなりになられた方々のご冥福、
被害にあわれたかたがたの早期のご回復をお祈りいたします。


さて、私は、決してJR西日本を弁護しているわけではありません。
しかしながら、
追求するマスコミが、何をしてもいい、何を言ってもいいという
風潮に対しては、
しっかりとマスコミ批判をする必要があると思います。


JR西日本では、自殺者まで出ているという「日勤教育」に対して、
このことでも、JR西日本の責任が問われています。

ですが、現在の報道で、JRの社長や、幹部、運転士が
自殺した場合、
果たして、マスコミの責任は問われるでしょうか?


おそらく、マスコミは「JRの○○、事故の責任を感じて自殺」
とか報道して終わりでしょう。
マスコミが、どれだけ、感情的、精神的に追い詰めたかなど
話題にも上らず…


もちろん、だからといって、「日勤教育」という名の「いじめ」を
肯定するつもりはありません。
もっと、ちゃんとした、技術教育、安全教育であるべきです。


しかしながら精神的な追い詰めに対して、追求、をした
マスコミが、
精神的な追いつめを行って、そ知らぬ顔をするという
矛盾

私は、マスコミに「公共性」等という
過度な期待はしていません。

しかしながら、最低限
自分の発した言葉を自分自身に向けたとき、

突き刺さるような行動をしているものが、
信用されるのでしょうか…

以前にライブドア批判をするSBIに対しても書きましたが

『自分の言葉は自分へ帰る。』
だからこそ、人を批判するときには、自分を省みてほしいのです。


しかし、愛国無罪を声高に叫ぶ中国人と
無言のままに報道無罪を体現するマスコミ、
どちらのほうが、
タチが悪いのでしょうね?。


そして、
政治家や企業はマスコミが監視しています
(まぁ、スポンサーやら何やら力あるもの、金を出してくれるものに対しての監視はザルですが…)

そのマスコミを監視するのが、
ネットの役割ではないでしょうか。

まぁマスコミに比べたら、非常に小さな力ですが…
21:48
「愛国無罪、追求無罪。」というタイトルを
「愛国無罪、報道無罪。」に変更いたしました。