2006年10月

2006年10月31日

さてどうなるか

熊本県を残すのみとなった必須科目の未履修問題だが、最後にやっぱりありましたというのはみっともないけれど、本当に無かったのだろうか。
補習70時間で手を打つような話や、もっと短くすべきだという議論も出ている。教育現場の先生から補習はやらなくてもいいのではというこては言いづらいことだろう。逆に不足分すべてをやる必要があると言う人もいない。
自分の命を賭して寛大な処置を訴えた校長も出てしまったので、典型的な内向き組織の教育委員会には荷が重すぎる問題だ。下手に処理の責任を持たせて、とんでもないことになっては大変だし、そろそろ教育のあり方を教育委員会に任せるのは終わりにしないといけないのでは?
今回は全国を一括して処理する必要もあるだろから、外からの特別措置が望まれる。
前にも書いたように今さら形だけを繕う補習する必要などないと思うが、こう話が大きくなるとそれで済みそうになくなった。そこで、生徒に負担をかけず、それなりに皆が納得出きる方法があるかということになる。私の提案はこうだ。履修時間の不足した生徒は卒業後も含む一定期間内に、決められた教科書というより気の利いた歴史書を読む旨を書いた誓約書を提出し、履修したものとみなすというものだ。それでも確実性がないなどと言うなら、レポートを中学校に提出すればよいのではないか。

by Chick
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2006年10月30日

今年の紅葉

先週仕事で尾瀬の近くまで行った。尾瀬ヶ原への出入り口にあたる大清水や鳩待峠の辺りはちょうど紅葉が見ごろだった。移動途中の車窓からであったが運良く綺麗な紅葉を眺めることができた。
10月になって夏日が1週間も続くなど、今年は秋になってからも暖かい日が続いたので紅葉は少し遅れているようだ。京都の紅葉情報を見ても、例年より7日ほど遅いといわれている。この分では高尾山の紅葉の見ごろは12月になってしまうだろう。
この時期、近くにある甲州街道のイチョウのギンナンが道路に落ちてつぶされ強烈な臭いがあたりに立ち込める。毎年その臭いで秋が来たなと感じるほどである。が今年は、10月初めに一度落ち始めたが、その後はあまり落ちていない。秋の深まりとともに徐々に落下量が増えていたような気がするが、思い違いなのか、暖かな気候の所為でいつもと落ち方が違うのか不思議な気がする。
毎年同じことの繰り返しのように思える自然現象だが、つぶさに見ていると常に違った様相を見せることに気がつく。山中に暮らす人が、山の景色を毎日見ても飽きないというのは、自然はじっくり観察すると常に変わった表情を見せてくれるからなのだろう。いつもと様子が違うのはなぜかなどとつまらぬ詮索をするより、去年とちょっと違う秋をただ楽しめばよいのだろう。

by Chick

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2006年10月29日

発熱

ちょっと風邪気味だったが、昨日なんとか無事に過ごしたので、今週も乗りきれるかと思ったが、午後からとうとう熱が出てしまった。
疲れているせいもあるだろうが、先週帰りの通勤電車に座っていると、前に立った男性が頻繁にひどい咳をして、頭の上から唾を飛ばしてきたので、まずいと思っていたところだった。
ああいう時は、せめてハンカチででもしっかり口を押さえてほしいものだが、やはりまずいなと予感したらこちらが席をたって移動するなどの防衛をしなければいけなかったのだろう。
まだ、これから冬を向かえるというのに、さい先悪しだ。

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2006年10月28日

東北の江ノ島?

2a4b3461.jpgJRのVIEWカード会員用のPRニュース誌の表紙に晩秋の山形の絶景として載っているのは鶴岡市由良海岸の白山島という島だ。ちょっと寂しいところのようだが、それはそれでワビサビのある景色である。
その写真の下の解説には、なぜか東北の江ノ島と言われると書いてある。江ノ島といえば神奈川の湘南海岸にある古くからの観光地で、最近盛り返していたようであるが、長い間斜陽というイメージだったところなのであまりいただけないキャッチフレーズではないか。そもそも両者の共通点は単に橋で渡れる島であることくらいしか思い浮かばない。
日本中いたるところにある、小京都、○○銀座といったところは名前負けしているなと思われるところがほとんどであるが、どうせなぞらえるなら名前負けするほど魅力的なところにした方が良いのではと思うのは、よけいなお世話だろうか。

by Chick


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2006年10月27日

吹割の滝

5fb9c282.jpg群馬県片品村にある吹割の滝には何度か訪れているが、今日仕事の道すがら立寄って見たものが一番迫力があった。流れる水が多いのである。しかも、周囲は錦繍を織りなす紅葉が見ごろとなって、これで天気がよければ言うことなしである。
あいにく今日の午前中はどんよりと曇っていたので、いまいち眼に鮮やかさはなかったが、それでも多くの観光客がこの滝を訪れていた。ここ全体が900万年前の火山噴火の際の大火砕流で堆積した噴出物が固まってできた溶結凝灰岩と呼ばれる岩で、1万年前から水流で削られてできた落差7mの滝になっている。自然の地形は地球の壮大な歴史の記憶を情報として持っているということが実感される。

by Chick



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2006年10月26日

卒業までの半年を

群馬県沼田市のある高校の近くで、一人の男子生徒が携帯電話をかけていた。今日、校長が全員を体育館に集めて、校長が謝った・・・といった内容だった。例の卒業に必要な科目の単位不足の事かとすぐわかった。
既に全国ほとんどの県でこの問題が発覚したようだ。でも、いったい必修科目というものにはどんな意味があるのだろうか。社会に出てから、学校で教わらなかったから困るようなものがあっただろうか。知識や理解力なんていうのは、つまるところ個人の努力と能力に負う訳で、身につくものはほっておいても身につくし、身につかないものは幾ら教え込んでもすぐにわすれてしまう。いくつかの科目を履修したかどうかの本質的意味はほとんどないと言える。
学校で教える民主主義では多数決が正義である。また、デファクトスタンダードという言葉があるように、誰かが決めた規則より、実際に普及している事実が正しい権威を持つという考えだ。それで良いではないか。もう既にこの件で、生徒達を卒業させるさせないなんて論じる権威を留保できる者など誰もいないはずである。

by Chick

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2006年10月25日

吉田正日拓郎

9月の23日だったと思うが、伝説のといわれる1975年の嬬恋コンサートの再現コンサートをTVで中継していた。いわば30年前のなつかしのメロディーだ。かつては、なつかしの・・・と言ったたぐいのTV番組は演歌番組と決まっていたが、今では嬬恋コンサートのフォークソングになったんだと、感心してしまう。
その日は、このコンサートに団塊の世代と呼ばれる人たちが、静岡の嬬恋に大勢集結したのにもびっくりした。しかも涙を流す人さえ見られる。冷静に歌を聴けば、迫力も乗りも、往年の輝きを失ってしまっていたが、そこは同窓会みたいなもので、その気になれば30年前と何も変わらないとみんなが満足すればそれで良しということだろう。自分はへそ曲がりかもしれないが、昔のフォークソングを聴いても懐かしさは感じるが、涙を流すことはない。その頃のことを思いおこすと、なんとなく気恥ずかしさのようなものが先に立ってしまうからだ。
TVを見ていた中では、中嶋みゆきがゲストに来て「君よ永遠の嘘をついてくれ♪♪・・・」と歌っていたのが印象的だった。また、拓郎が歌の合間に客席に向かって拍手をして応える姿が、金正日が群集に向かって拍手している姿と重なってしまうのが可笑しかった。ふと力を抜いた表情には、さすがの拓郎も還暦だと思わせるところがある。つぎは米寿コンサートか?

by Chick


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2006年10月24日

急に寒くなった

朝からの雨をどんどん抜けて北の国まで来た。盛岡は昼でも気温が上がらず、その上風が強い。市内から見えるはずの岩手富士は上半身は雲の中。
夕方仙台に着いても冷たい雨は降りやまず、駅から歩いて向かった宿がやけに遠く感じる。
夜9時の気温は8℃台で、ちなみに先週汗をかきながら過ごした宮崎は今18℃もあるから、その差はなんと10℃だ。日中の温度差はそれ以上ある。
さすがに体も驚いたのだろう、軽く鼻が詰まったような感じがする。このまま風邪を引いたりしたら、今週後半の現地調査が辛くなりそうだから、今夜はさっさと寝てしまおう。

qs4c_fkm at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2006年10月23日

雨の日女性の声で

以前は土日に遊びすぎて月曜日が辛かったものだが、今では土日に休んでも疲れが抜けきれずに月曜日が辛い。今日は、久しぶりのお湿り、というかかなり強い雨が一日東京に降った。いつものことだが、通勤電車は暑い日も雨の日もいやなものだ。立っても座っても、人の持つ濡れた傘が足に触れて気持ちが悪い。ムシムシする車内では機嫌の良い人なんて誰もいない。
そんな日だったが、帰りの電車で聞こえてきたのは女性車掌のアナウンスであった。轟々という騒音の中でその女性の声がなんとも爽やかに響き渡ると、車内の空気は不思議に和んだような気がする。押し合いへし合いの乗り降りでも、殺気立った人がいなくなった、隣の人の迷惑を考えずにどっかりと座って席幅を独り占めする人もいなくなった・・・・ような気がするのである。
JRでも窓口業務など女性の数が随分と増えてきたが、さすがに車掌ともなるとまだそう数が多い訳ではない。窓口などという部署では、むしろ女性の融通の利かなさにまいってしまうことも少なくないが、ところがどうだろう声で勝負の車掌を勤めたら効果絶大、少なくとも今日は大成功だ。無表情にがなりたてる男の車掌は即刻すべて女性にかえてしまえ!なのだ。

by Chick


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2006年10月22日

WATER BABY

f38b3e0b.jpgWater Baby という写真集のことがある週刊誌に出ていた。幾つかの写真をちらっと覗いただけなので、何が書いてあるのかは読んでいないが、その写真からは強い印象を受けた。うまれたばかりの赤ん坊が水の中で嬉しそうに笑って、まるで水中の生き物のように泳いでいるのだ。おそらくこれは人間がもともと海の生物を祖先にしていることの証であるという説明が続くのだろうと思う。
しかし、一度この世界に生まれてしまえば、肺で呼吸をするようになる訳だから、このまま水の中に長くいることは出来ないはずで、この赤ん坊がまるで水中で生きている動物のように見えるのは、写真という表現のトリックである。
それでも瞬間的に現れた表情には、ついこの間まで母親の羊水に浮かんでいた時の心地よさが現れているのだろう。そういう記憶は通常やがて水を肺に入れた苦しさに置き換わり、水への恐怖心が強くなる。でも、それは正常な生体としての防衛反応であるはずだ。すっかり肺呼吸生物として暮らしてきた自分には、この写真は不気味にさえ感じられ、写真としても面白さ以外には、せいぜい水中出産の有効性の証拠程度の意味しか感じられない。

by Chick


qs4c_fkm at 22:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)