March 12, 2018

 こんにちは、iwokです。今は2018年3月、卒業を目前に控え少ししんみりしています。何度経験しても別れの季節はさみしいものです。あ、そうそう、村田氏の指摘した通り、映研のブログ離れは著しく、私も残念に思っています。Twitterには書きにくい考えや、140字にはおさまらない思想を吐瀉する場として、映研ブログ文化の存続を願っております。

 さて、前回の記事で村田氏が書いた一連の事件について、お話ししなければなりませんね。驚かれる方もいるでしょうが、彼は決して嘘は言っていないのです。ただ、この話が終わった時、彼が誰からも信用されない人間であることを証明してしまうことになるのが少々心苦しいです。

 クアシス党は、2014年4月、映研部室に集まった4名の自称映画好き達の、何気ないノリから生まれました。メンバーは私と、アンダーソンという背の高い男、DIOと呼ばれる女、侘助という見習い坊主でした。当時映研のトップはナショナリストのナス・ンゴという男で、結党に当たって良くも悪くも彼の影響が強くあったことは認めざるを得ません。党と言ってもはじめは、全能感に溢れた10代の学生なら誰でも考えるような、革命だとか運動だとかを空論するだけの、ほんの遊びの一環だったのです。

 「なぁ、この国の王様になりたくないか。」

 ある日私は党員の中でもひときわ野心家であったアンダーソンに聞きました。彼はもちろん、と即答して自信満々でした。いや、自信過剰と言ってもいいほどだった。その根拠が、当時彼が心酔していたとある革新派の団体「熱(ネッツ)」にあることを知るのは、もう少し後になってからでした。

 「おい、この国をひっくり返すぞ。」

 彼が突然こんなことを言い出したのは、大学生活にもすっかり慣れ、酒の味を覚えた頃でした。私はいつもの机上の空論だと思い適当に相槌を打っていましたが、彼の口から「ミサイル」という単語が出た時に、彼が本気であることに気づきました。彼と「熱」(後に「虎威(トライ)」と名を変える)は2020年東京オリンピックにあわせて某国の仕業に見せかけたミサイル攻撃を実行し、混乱に乗じた国家転覆を計画していたのです。
 
 私は彼を止めるべきだったでしょうか。過去に帰る技術の存在を知った今、しばしばそう考えることがあります。私にはもうその力も残されていないのですが。それはともかく事実として、私はこの時、彼を止めなかったのです。面白いことになるかもしれない、やばくなったらいつでも止められる。そういった若さから私は、彼を止めるどころか、増長するようなことを囁いたのです。

 2015年に入りアンダーソンが部長の座についてからは、ク・チャンらのイエスマンだけを側に置き、クアシス党のメンバーの言うことには耳を貸しませんでした。私の楽観とは違い、彼はもう止められなかったのです。彼が思想をより一層強め、またのちのカリスマ性を培ったのもこの時期でしょう。彼が部長の座を退くと、途端に映研の活動が縮小し2018年には追いコンの開催が危ぶまれるほどになったのは、アンダーソンのリーダーとしての素質を示す何よりの証拠です。
 さて、アンダーソンから露骨に避けられるようになったクアシス党の3人はというと、この間にある秘密の計画を立て始めました。それは、アンダーソンと「虎威」のミサイル計画を途中で乗っ取り、政権を奪取するというものです。結論からいうと、計画は半分までは成功しました。2018年2月、「虎威」によって福岡から東京に輸送中のミサイルを侘助が京都で急襲し、知人の協力を得て日本の領海内に隠したのです。問題は、公安の目を欺くために彼は京都の大学を受験する予定だったのが、計画が押したためにギリギリで受験できず、かえって人々の印象に残ることになってしまったことです。
 この件以来、「虎威」とクアシス党の対立関係は明確になり、また大学にたまたま居合わせた「虎威」構成員によって侘助の身元が割れかなり不利な状況に置かれました。2018年3月に大学を卒業し離れ離れになった我々は対抗する策もなく、まんまと「虎威」に利用されることになるのです。2020年東京オリンピックでの侘助を語る者による爆破予告のために、彼は逃亡先の寺で隠れ暮らすことを強いられ、来たる2028年、「虎威」は場所を突き止めたミサイルを遠隔で起爆しました。その後の国際社会と日本の混乱は村田氏の述べた通りです。
 
 村田氏の記事にあるクアシス党の実体は我々を語る「虎威」にほかなりません。我々の知らぬ間にアンダーソンはリーダーに祭り上げられ、持ち前のカリスマ性を発揮し始めました。
 
 クアシス党を奪い、侘助を日陰者に追いやったアンダーソンを我々は憎みましたが、厳しい監視体制の敷かれた社会で、なす術はありませんでした。そんなある日、私の身体に異変が起こったのです。
 私の記憶が、突然倍に膨れ上がったとでもいいましょうか。2014年4月からふた通りの道筋をたどって現在に至る、これまでの時間の概念を覆すような「記憶」が、私の脳に流れ込んできたのです。ひどい頭痛が脈打つのに合わせて鼻血が吹き出します。私はそのまま、気を失いました。

 皆さんに説明しなければならないことが二つあります。まずは一つ目。漫画『ドラえもん』の作中で、セワシ少年は祖父であるのび太の元にドラえもんを派遣し、のび太がジャイ子と結婚する未来を、静香と結婚する未来へと改変するよう試みます。その際、なお変わらないセワシ少年の誕生については、交通手段が違っても目的地が同じなら未来は変わらない、といった説明がされます。これが実際に起こったのではないかと思うのです。
 2040年の社会で死刑判決を受けた村田氏のみに起こったことは、彼が何回目か、何十回目か、あるいは何百回目かの2018年3月に残したブログ記事によって確認することができます。彼はクアシス党の一員として2014年4月から様々に奔走したはずですが、おそらく他の党員が彼を全く信用しなかったため、「熱」や「虎威」にすらたどり着けなかったのでしょう。彼がもたらした変化はバタフライエフェクトを加味してもなお、追いコンの有無といった微小なものにとどまりました。アンダーソン独裁政権と言った大きな結果を変動させるほどには至らなかったのです。
 
 二つめに、私の特殊体質について説明します。この世界はあらゆる可能性が同時に存在しており云々、と言った話は誰でも聞いたことがあるでしょう。あることが起こった時、別のことが起こった世界がパラレルに存在しているのです。したがって村田氏の挑戦は、すでに起こったことを改変することで、その時点から未来を、パラレルな世界にそっくり移動させてしまおうという試みです。通常、移動前の世界の記憶が残るようなことはありません。
 ところが私は、「村田氏が存在しなかった2014年4月からの世界」、「村田氏がアンダーソンに接触した2014年4月からの世界 廖◆崑偲鳥瓩アンダーソンに接触した2014年4月からの世界◆廖◆弔噺世辰慎憶を、全て頭の中に留めているのです。彼が過去改変を繰り返す度、私の頭はパンクしそうになりました。

 さて、私がこの記事を書いているのは2回目の2018年3月です。「村田氏がブログを書いた世界」の記憶が流れ込んできてすぐ身体の限界を感じた私は、反クアシス党の内部に入り込んだDIOの手引きでタイムマシンを使用し、彼がブログを更新した直後に戻ってきたのです。DIOはきっと無事では済まないでしょうが、彼女も、そして私も、死は覚悟の上です。

 もし、未来に帰る前にこれを読んでいたら村田、君は2040年には依然として死刑囚であることを伝えておく。君の罪状は差別的書き込みから児ポ転売に微小な変化を遂げたが、未来はほとんど何も変わっていない。アンダーソンが傀儡なのは事実であっても、勘違いするな、黒幕は私ではない。「虎威」を調べろ。不本意ながら君に賭けることにする。アンダーソンを、「虎威」を、終わらせろ。

 鼻血が止まらない。私にはもう時間が残されていないらしい。伝えることは伝えた。この時代の私に発見されると厄介なので、誰にも見つからないところで最後の時を迎えようと思う。








*多分これで最後の更新になります。ブログ更新は誰か続けてくれると嬉しいです。4年間ありがとうございました。
 

qucc3767 at 13:49コメント(1) 

March 11, 2018

どうも村田です。
新年明けましておめでとうございます。半年間もブログが更新されていませんね。映画研究部の近況がわからなくてとても寂しい思いをしています。一年生にブログを書かせるという通過儀礼はなくなってしまったのでしょうか。いつまでもトップにキモオタブログが君臨しているというのも非常に不愉快なのでここらへんで更新します。

僕は今年で大学を卒業します。(まだいるけど)というわけで一応節目としてこの場を借りて今まで言えなかったことや、映研に対する本音のようなものを言わせてもらおうと思います。
今回は今までのようなふざけた暴露話や、アホみたいな理論を語るものではありません。真剣な話になるので心して聞いてください。映画研究部の全員の今後に関わる話をします。

まず、僕は皆さんにひとつ大きな秘密を隠していました。
僕の生まれは1995年ではありません。正確な生年月日は2018年4月20日です。
僕の正体は2040年の日本から映画研究部の未来を変えるためにこの時代にやってきた未来人です。

馬鹿なことを言っていると思われるかもしれません。しかし、どうか最後まで話を聞いてから真偽を判断してほしい。

僕が過去に飛ぶことになった原因として2030年に勃発し、その後ずっと続くことになる第三次世界大戦が大きく関係しています。そして、この戦争には九大映研が大きく関わっています。

この戦争の始まりは2028年、某国のミサイルの残骸が旅客船の真下で爆発した事件がきっかけでした。
旅客船には様々な国籍の人たちが乗っており、また日本の領海内で起きたことでもあり、各国からあらぬ疑念をかけられることになりました。さらに、その頃日本国内では東京オリンピックが大失敗に終わったことが原因で発生した経済不況から立ち直れておらず、ずっと政権が不安定になっていました。その政治不安に乗じてある左翼団体が勢いを伸ばしていました。

それがクアシス党と呼ばれる左翼団体です。

クアシス党はミサイル事件を契機にさらに勢いを伸ばしていき、遂に2030年に憲法9条の破棄に成功しました。
しかし、戦争をしても世界を相手に勝てる状況ではないのは誰の目から見ても明らかです。ただでさえ国内の統制が取れておらず、負け戦確定でした。
そんな状況を一変させた男がいました。それがクアシス党のリーダーでアンダーソンと呼ばれている男でした。日本はこの男をトップに据え、彼の異常なカリスマ性によって日本国内の統制を一気に整え、その後十年近く世界を相手に戦争を繰り広げることになります。

しかし、カリスマ性だけで勝てるほど戦争は甘くなく、2040年の段階でも苦しい状況が続いておりとても勝てる状態ではありません。国民の誰もが戦争をしないことが最善策だったと痛感しています。そんな世論を知ってか知らずか2040年の日本ではアンダーソン独裁政権による厳しい言論統制が敷かれており、反逆的な主張をすると死刑になります。そのような状態下でたまった不満が反クアシス党と呼ばれる秘密結社を作り上げることになります。
反クアシス党はアンダーソンという男について徹底的に調べ上げました。そして、ひとつの結論に達しました。彼のバックには別の男がいてその男が憲法改正や国内統制に一役買っていました。すなわち、アンダーソンという男はただの傀儡だったのです。ただ、この黒幕については調べきることはできませんでした。そこで反クアシス党はアメリカから密輸入したタイムマシンを使うことで戦争の自然消滅と黒幕の特定をしようと考えました。ただし、まだ成熟しきっていないタイムマシンには当然リスクもあり、誰もそんな危険を冒そうとしませんでした。
そこで、人体実験と称し死刑囚をひとり過去へ飛ばすことにしました。それが僕です。

僕は言論統制が敷かれた直後にネット掲示板に差別的な書き込みを行い、速攻で死刑を言い渡されました。

僕の任務は大学時代のアンダーソンと接触し、彼の周りの人間についての調査、および独裁的な人格の破壊をすることでした。

最初に彼に会ったとき僕は信じられませんでした。これがあの恐ろしいアンダーソンなのかと。
しかし、その後映画研究部でトップを取ろうとする野心を見ていると、納得しました。
また、映画研究部というコミュニティは彼の左翼的な思考を育てるには十分すぎるものでした。

僕はまずこの状況を打破しなければと考え、アンダーソンが部長になるのを阻止することにしました。
しかし、未来を変えるというのは簡単なことではなく、僕が何回タイムリープして、何回もがいても流れはそう簡単には変わりません。
何度戻っても部長になるアンダーソン、大事な試験に寝坊する侘助・・・。気が狂いそうでした。
重要な日付だけに飛んでは微調整を加えて未来で結果をみる作業。
もう疲れました。
そこで僕は一から大学生活をやり直すことにし、未来へ飛ぶことをやめ、時間の流れに従って4年間生きてみました。
すると、アンダーソンが部長になることは避けられませんでしたが、確かな変化を確認することができました。

なんと、毎回この年は中止になっていた追いコンが開催されるというのです。

僕はいますぐにでも未来に飛んで結果を確かめたい衝動を抑え、今ブログを書いています。

また4年間大学生活を行う中で黒幕の特定についてもある程度の目星がつきました。おそらくiwok氏でしょう。4年間を通しての過激極まりない言動などから彼の正体に関しては十分な裏づけができたと考えています。

どうかこのブログを二人が読んでいたなら馬鹿なことは考えないで欲しい。このブログは4年間根を張った岩のように動くことのない彼らの非人道的な人格に対して与える僕からの最後の警告であり、僕自身の悪あがきなのです。どうか僕の死刑を帳消しにするつもりで改心して欲しい。

4月になったら僕は生まれてくる自分自身と会うわけにいかないのでまた未来に戻って、まだ戦争が続いていればもう一度4年間やり直します。

この任務が成功し、僕の死刑が免除になったら僕は未来できちんと大学受験をし、九大映研に入ろうと思います。その時にはまたここに報告のブログを書こうと思います。

2040年でまた会いましょう。さようなら。





※僕は統合失調症ではありません。




qucc3767 at 22:50コメント(0) 

September 01, 2017

何度も

何度も

何度も何度も転んで

坂道転げ落ちたって

それゎ

悪いことなんかぢゃない

横にして見れば

坂道駆け上がってるように見えるはず


 
IMG_0417


 


 どうも、キャバクラ嬢のインスタ映え沢ナイトプール子です。嘘です、IWOKです。これが恒例ってことを知らない人も多いでしょうが、私とMRT君の老害2名は誕生日ブログを書くことを至上の悦びとしているので、久しぶりに更新します。私はもう4年なので、これで最後ですね。
  さて冒頭のクソポエムとクソ写真は適当に作って適当にフォルダから取ってきたやつです。少しでも感銘を受けた人は明日病院に行きましょう。転んだら出来るだけ早く立ち上がって、治療してもらったらさっさと自分の仕事に戻るのがいいと思います。坂道を横から見るやつなんていません。
 
 22歳の(世間的には)大人として、これまでのように性癖を吐露したりだとか、バカみたいな理論を展開したりだとか、そういったことのために時間を費やすのは愚かしいことだと思います。だからふざけるのはここまでです。今回は、僕が4年間お世話になった、本当にいつだって僕の帰る場所だった映研に少しでも恩返しできるような記事にしたいと思うので、しばしお付き合い願います。





 
 


 自分が可愛い女子だったらなぁ、と思います。

 昨今社会問題となっている性的少数とは関係ありません。その用語で言えば僕はストレートです。可愛い女子になっても私はその辺のイケメンは一蹴するでしょう。しかし、自分がもしも明日の朝可愛い女子として目覚めたら、と時々考えてしまうのです。(誓って、「君の名は」は観ていません。それに喚起されて考え始めたと思われるのは、あまりにも心外です。)
 
 ひとつ説明しておきたいことがあります。それは女湯に入りたければ私は透明人間になりたいと言うでしょう、ということです。更衣室だってそうだし、おまけに窃盗で働かずに生きていくことも容易いはず。なんにしろ悪事を働きたいのなら、現代社会では視覚的に認識されないことが最大のアドバンテージです。しかし、それほどの奇跡がたった一つでも私の人生にもたらされるのであれば、私は透明人間なんかじゃなくて可愛い女子になりたいと考えた。何故。

 透明人間には出来なくて、可愛い女子にできることを考えてみればその答えはすぐに解ります。(自分からのものを含めた)視覚的な認識可能性。性欲や金銭欲やらを棄捨してなお、「〜できる」ではなく「〜である」ということ(の認識)が重要なのです。可愛い女子「である」ということが、私にはそれほどまでに重要だったのです。

 明日の朝私が可愛い女子として目覚めたならば、身なりを整え(重要です)、髪をとかして化粧をほどこし(重要です!)、可愛い女子の友人と外出し(可能ならば)、食事や映画や買い物を楽しみ…つまり普通に一日を送るでしょう。しかしその瞬間瞬間に起こる私の、そして友人の「認識」(例えば街角のガラスに映った自分の姿が目に入ったり、カップについた紅を拭う…)が、私にえも言われぬ幸福を与えるであろうことが、はっきりと確信されているのです。

 ここに二つの問題が浮上します。⑴可愛い女子「である」ことの価値とは何か(何故可愛い女子でなければならないのか)、⑵可愛い女子とは何かという二つの問いです。熱心な読者の皆様は論の順序として逆じゃないか、との異議を必ずお持ちだと思いますが、おそらく⑴について異議を唱える者は⑵と比して少数ではないか、という筆者の直感から生じる論理性における瑕疵であり、そこについて議論するのは本意ではないのでご容赦いただきたい。

 正直に言います。22年の人生でこれらの問いに答えを出すことが、私には出来ませんでした。言ってしまえば、それだけ生きていて何の成果も得られてないのです。テストの点数が、学歴が、GPAが、私や誰かに相対的な優劣をつけたとしても、この問いの答えに近づくことすらできないという一事によって、あらゆるものに価値がなくなってしまうのです。そして私は、それらの最下位にいることを、甘んじて受け入れたいのです。
 
 あるいは答えなど無いのではないかということが、安易に答えらしきものを表明して悦に入っている者に対して覚える憤りから、私には予想されます。そう、彼らと同じにならぬために私は答えを出すことを拒否し続けている。新たな可愛い女子概念の台頭に備えて、常に可愛い女子の定義を留保している。やはり私は最下位の、最もずる賢い人間なのでしょうか。

 以上を踏まえると、上記の問いは次のように整理されます。可愛い女子になりたいという願望に関して、⑴何故可愛い女子でなければならないのか、という問いについては「可愛い女子だからである」という、トートロジーに陥らざるを得ません。しかし、私が先述した通り、このトートロジーに疑念を抱く者はそういないと思うのです。可愛い女子の持つ絶対的優位性を疑う者は今この場で名乗り出て欲しい。可愛い系男子?馬鹿いうな、男の娘?冗談じゃない。
 
 したがって、全ては⑵可愛い女子とは何かという問いに収斂していくわけです。では可愛い女子とは何か。私はこの問いに明確な答えを出すことができません。卑近な例における「どんな子がタイプ?」という問いも、突き詰めれば「好きになった子がタイプ」なのでしょう。こうなってしまえば、もはや抽象概念の具体化、大昔の美術界においてダ・ヴィンチが、ミケランジェロが、それぞれの手法で競い合った神の定めし価値への競争に、参加せざるを得ないのではないか。神の定めし美、神の定めし、可愛い女子…。

 彼らのような芸術家にとって、その作品は神の定めた、絶対的美への探求でした。では、可愛い女子の一人一人も、同じでしょうか。いや、違います。絶対的に(議論の余地なく)美しい作品はなくとも、絶対的に可愛い女子は、います。そこら中にいます。では、我々は何を探求しているのか。

 それはおそらく(無数にいるように思われる中で)唯ひとつ、たったひとつといえる可愛い女子。

 私が思うに、先人の絶対的美の実現が「外的美」の探求を究極の目的としたのに対して、⑵の問いへの答えは「内的可愛い女子概念」の探求、したがって自己同一化願望すら喚起しうるほどに自己内部と適合した可愛い女子概念への探求なのです。

 要約すれば「人それぞれ」じゃないかと、ここまで読んだ全ての熱心な読者の方々は必ずや憤っていることと察しますが、しかしその通りなのです。ひとつだけ言及しておくとすれば、上述したほどに見事にマッチングする例は皆無であることを誰もが知っている故に、自己内部との適合「度合い」をいくらか操作して、他者として存在し得る「タイプ」を表明することは可能だということです。
 

 ここまでお付き合いいただいた読者の諸君には、何故私がこれほどに真理に近いところにいるのか、という疑問が残っていると思います。そこで私から次のような問題提起を残して、本稿と22年の人生の締めくくりとし、かつ23年目の、活気ある人生の抱負としたいと思うのです。


 


 

 某女史の卒業後某アイドルグループの推しメンを決めかねています。 



 坂道転がり落ちてました、IWOK22歳です、おやすみなさい。 


qucc3767 at 02:00コメント(0) 
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