2022/10/01

Pulpo

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気味の悪い姿のせいなのか欧米人にはあまり人気のないタコPulpoプルポですがスペインではとてもポピュラーな食べ物です。とくに北西部のガリシア地方では古くからタコ漁が盛んで、オ・カルバジーニョという町では毎年8月の初めに盛大な蛸祭りが開催されています。
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様々な調理法のなかで日本のスペイン・バルのメニューにも載っているほど代表的なプルポ・ガジェーゴ、ガリシア風タコと呼ばれている冷製おつまみがありますが、ガリシアには実はプルポ・アフェイラPulpo a feira祭りダコという名の温かく素朴な一皿もあるのです。
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よく叩くか冷凍して繊維を壊した2キロ前後のタコを月桂樹と粒胡椒とタマネギを入れた湯で60分ほど丸茹でするだけ、茹で上がったらそのまま湯のなかで粗熱をとり、切りわけて岩塩とパプリカとオリーブオイルを回しかけるという簡単な作り方です。
ガリシアではタコを驚かすという茹で方をします。熱湯に最初の3分は足先10センチほど入れて引き上げ、湯が再び沸いたら今度は20センチ入れて引き上げ、三度めにタコ全体を投入するそうです。
タコが茹で上がる前に皮付きジャガイモを入れて一緒に茹でるのも一般的。タコが冷めないための伝統的な木の皿に皮をむいたジャガイモを敷き、その上にハサミで切ったタコを雑に盛ります。お正月の酢だこのように包丁で薄く切って綺麗に並べてはいけませんよ。
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ガリシア東部にあるセブレイロ峠は標高1300メートルに位置しており、カミノ・デ・サンティアゴ、スペイン巡礼の最後の難所といわれています。石造りに茅葺き屋根のパジョッサという独特の家屋が並び水と緑に恵まれ、かつてのケルト文化の面影が色濃く残っている歴史的な村です。ガリシアではどんな山奥の小さな村でもタコが常に供給され、月に一度の頻度で茹でダコ会を開くところもあるそうで、パジョッサを観るためにセブレイロを訪れた日は偶然にもその日でした。
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街道沿いの広場に設けられた仮設小屋にはタコを茹でる大鍋が幾つかあり多くの人々が集って楽しそうにタコを食べていました。隣のテーブルの地元婦人に調理法を習ったのですが、丸ごとを銅の大鍋で一度にたくさん茹でた方が美味しいそうです。
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スペイン屈指のワイン生産地でもあるガリシアにはリベイロという地酒があります。すっきりとした軽い口当たりの辛口酒は微発泡のものもあり祭りダコをいただく時には欠かせません。




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2022/09/15

Pimenton

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スペインをはじめヨーロッパの食文化に大きな影響を与えた1492年の新大陸発見。トウモロコシ、カボチャ、ニンニク、ジャガイモ、サツマイモなど持ち帰った多くの植物のなかにピメントンもありました。ピーマンやパプリカの仲間Pimentonピメントンはトウガラシの変種です。thBK9AVCQM
深みのある赤色で辛味のあるものをPimenton Picanteピカンテと呼びます。細長い形状でおなじみのトウガラシです。種に含まれるカプサイシンの含有量で辛さが決まるので種を取り除かずに乾燥させます。
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鮮やかな赤色が特徴で辛味の少ないものをPimenton Dulceドゥルセと呼び、こちらは丸型です。色素成分のカロチノイドを含まない種や芯を除くほど仕上がりの赤みが増します。
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果実が赤く熟してくる今頃20日過ぎあたりから収穫が始まり農家では忙しい毎日が続きます。霧にあたると品質が落ちるため収穫時期は霧が降り始める前までの短期間と限られるからです。特産地としてムルシアが一番有名ですが、ハライス・デ・ラ・ベラのピメントンも国際的に非常に高い評価を得ています。
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収穫したあとの乾燥はふつう天日や電気で行います。しかしハライス・デ・ラ・ベラでは作業小屋の屋根裏に手作業で広げたあと下から薪を燃やして時々かき混ぜながら15日間燻煙し続けるため独特の香りがつき色の安定も得られ、手間がかかるぶん美味にもなり高価にもなるというわけです。
こうして乾燥させたものを粉砕機で砕き、五段階に分けて臼で挽き細かい粒子に仕上げていきます。そのあと赤色を鮮やかに発色させるため粉をこすり合わせ、3時間ほどかけて粗熱をとり色を定着させるのです。スペイン政府は色調に応じて6段階に分類しています。
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ピメントンドゥルセはニンニクに次いでスペイン料理に使われるスパイスで、美しい赤色と芳しい香りは特に腸詰や煮込みに欠かせません。また化粧品の着色剤や卵黄の色を濃くするために鶏の飼料にも使われています。
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2022/09/01

Olivo y Aceituna

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スペインは世界一のオリーブオイル生産国。なだらかな丘を越えてどこまでもオリーブ畑の続く風景はとても印象的でアンダルシア地方に欠かせないものの一つです。古代オリエントでオリーブ栽培が始まったのは紀元前4000年頃と言われ葡萄と共に人類最古の栽培果樹だと考えられています。土がひび割れ作物が全滅するような日照りが続いてもオリーブだけは風に葉を揺らし秋には豊かな収穫をもたらしてくれるため、遥か昔から「生命の木」と呼ばれていました。
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オリーブの実は苦味が強く生のままでは食べられません。濃い食塩水か弱いソーダ液に浸けて苦味を抜き、そのあと何度も水を取り替えて塩分やソーダ分を除いてから改めて食塩などに漬けこみ乳酸発酵を起こさせるのです。しかし生食用は全体の5%以下で、収穫したオリーブの殆どは搾油用に使われます。よく水洗いした実を石臼ですり潰した時いちばん最初に滲み出てくるのがバージンオイル。
その後圧力を加えて抽出したものが一番絞り、さらに熱湯を加えて加圧したり有機溶剤を使って抽出した二番絞りは精製してから食用や薬用に、また石鹸の材料にもなります。
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電灯が普及するまでの数千年にわたり、二番絞りのオリーブ油は燈火用に使われていました。ヨーロッパでは動物の脂肪で作った獣脂蝋燭が高価で庶民の手にはなかなか入らなかったため気軽に使うことのできるオリーブ油のランプは生活必需品だったのです。
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ロマンス諸語のスペイン語はゲルマン諸語やスラブ諸語とは異なり、樹木をオリーボOlivo、実をアセイトゥナAceitunaと呼びわけるのですが、そのAceitunaの語源はアラビア語でオリーブを意味するセイトゥンだと言われています。モクセイ科に属しジャスミンやライラックとも同じ仲間のオリーブは晩春にクリーム色の小さな花を咲かせ開花時にはとても良い香りを漂わせます。
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2022/08/15

Gazpacho Andaluz

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アンダルシア地方の街コルドバの酷暑はスペインいちと言われ続けてきました。7月の国際ギターフェスティバルを境に日々ぐんぐんと上昇する日中気温は2014年8月に51度という記録を持っていますが今年は平均46度あたりだということです。
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そんなアンダルシア生まれの郷土料理の一つに日本でもお馴染みのガスパチョがあります。ガスパチョの語源はイスラムの言葉で意味は「びしょ濡れパン」。もともとイスラム圏の料理だったのです。日本ではスペイン風冷たいトマトスープの固有名詞のようになっているガスパチョですがGazpacho Andaluzガスパチョ・アンダルスが正しい名称です。
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レストランの立て看板やメニューにガスパチョが載るようになると夏の到来、消えれば夏の終わりと言われているところは日本の「冷やし中華始めました」によく似ていますね。
貧乏人のスープという別名を持つガスパチョは昔農夫たちが水筒に入れて野良に出掛け仕事の合間に小腹を満たし栄養補給をするための常食だったからですが、徳川慶喜に軍服を贈った事でも知られているナポレオン三世に嫁いだグラナダ生まれの貴族令嬢、最後のフランス王妃でもあるエウヘニアの好物でもありました。
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ガスパチョによく似たレシピにコルドバ発祥のSalmorejoサルモレッホがあります。トマト、パン、ニンニクをベースに家庭によっては生の卵黄を混ぜ込むという濃厚な味わいでトッピングに茹で卵と生ハムを使う栄養満点な夏のスープです。
もう一つの代表的な冷たいスープAjo Blancoアホ・ブランコはマラガ発祥とされていますがこれもまたイスラムの影響を色濃く残しています。アーモンド粉、パン、ニンニクをベースにした真っ白いスープにマスカット時にはメロンといった爽やかな果物とアーモンドを入れて食べる独特なものです。
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どの冷たいスープも昔は大きな素焼きのすり鉢で材料を少しずつ丹念にすり潰して作りました。今ではミキサーというそれはそれは便利な調理器具があるので主婦の夏の仕事も随分と楽になりました。
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2022/08/01

Agosto

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スペインやポルトガルなど南ヨーロッパを襲っている熱波の影響で森林火災が相次いでいる今年の夏。Agostoアゴスト8月のアンダルシア地方の日中平均気温は摂氏38度ですが今年は既に45度を記録しています。日本と違うのは湿度が30%前後と低くカラッとしていることでしょうか。そのせいで瞬く間に汗が蒸発しとにかく喉が乾きますが昼夜の気温差が大きいため夜中はおどろくほど涼しいのです。
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マンサニージャというシェリー酒をレモンソーダで割ってミントをそえた爽やかなRebujitoレブヒートはスペインのサマー・カクテルの代表、また赤ワインをレモンソーダで割ったティント・デ・ベラーノも夏ならではの人気の飲み物です。サングリアのような甘さはなくさっぱりした口あたり、アルコールなのでオリーブなどのピンチョスがついてきて塩分の補給も出来るというわけです。
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また真夏のスペインといったら何といっても冷たいトマトスープ、ガスパチョ・アンダルスでしょう。水分だけでなくミネラルやビタミンを手軽に摂取することができるので新鮮な野菜でガスパチョを作り冷蔵庫で冷やしておきます。三人分の材料はかたくなったバゲット三切れ、熟したトマト三個、ピーマンとキュウリを一個、赤パプリカと小さいタマネギを四分の一個、ニンニク一片、水一カップ、酢大さじ二杯、オリーブオイル大さじ6杯、塩小さじ一杯、胡椒は使いません。
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バゲットは細かく砕きトマトは皮をむいておきます。野菜は種をとってミキサーにかけ、パンと調味料をたして再びミキサーにかけてから冷蔵庫で一時間は冷やします。トッピングはみじん切りにしたキュウリなどの野菜やゆで卵、クルトンなど、食べる時にオリーブオイルをたらします。
このガスパチョ・アンダルスの名前をとったフラメンコのフェスティバルがセビージャ県モロンにあり今年で55回目を迎えました。7月の第一土曜日の夜に開催されチケットは会場内で提供されるガスパチョ一杯の引換券をかねています。
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スペインの夏を彩る祭りはマドリッドの水かけフィエスタやトマティーナが有名ですがマラガではFeria de Cartojalカルトハルという祭りがあります。1885年創業のマラガ・ビルヘンというボデガが醸造しているペール・クリームのカルトハルはマラガでとても人気があり、この商品名を冠にしたのがカルトハル祭りです。今年は8月13日から20日まで、街のあちこちで試飲会や試食会、パレードなど様々なアトラクションが行われフラメンコ衣装や飾り櫛、扇子などの店が軒を連ねて賑わいをみせます
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8月のスペインは闘牛の季節、また先ほども書いたようにフラメンコの催し物も多く開かれ、有名なものでは7月27日~8月6日までラ・ウニオンで開催されている第61回カンテ・デ・ラ・ミナ国際フェスティバルとコンクールがあります。夏はアーティストにとっても一番の稼ぎ時、9月初旬ヘレスでのブレリア・フェスティバルまでの間ほぼ毎週末に各地で催し物が行われます。
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2022/07/15

Sandia y Melón

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雨の少ない短い梅雨の後半に酷暑が続き気がついたら本格的な夏が始まった今年。蒸し暑い日本の真夏の果物と言ったら何といっても真っ赤なスイカ、スペインではSandiaサンディアと言います。日本と同じ縞模様のスイカもスペインにありますが濃い緑色で縞のない伝助スイカの品種が一般的だといえます。
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スペインの夏の果物の代表格はMelónメロン。スイカよりも人気があると言っても過言ではありません。なかにはスイカくらいの大きさでラグビーボール型のメロンもありこれは少し高めですが、6月過ぎから店頭に並ぶメロンはだいたい一キロ当たり1ユーロくらいの手ごろな価格です。
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インド原産地のメロン、紀元前5世紀頃にエジプトを経由しイベリア半島にもたらされ、その後地中海沿岸の国々スペイン、ギリシャ、トルコ、イタリア、フランスなどで栽培されるようになりました。スペインのメロン産地はラマンチャ地方のシウダ・レアルに代表され種類も多数あります。今日はそのいくつかを紹介しましょう。
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つるんとした黄色い皮のメロンはムルシア産。わずかに楕円形で日本のマクワウリによく似ています。果肉は白く硬いのですが果汁が多くさっぱりしています。網目のついたガリアというメロンも硬めの白い果肉で控えめな甘さです。
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メロンベルデ、緑色メロンにはいくつかの種類があります。
テンドラルとロシェットは爽やかな香り、ビジャコネッホは果肉が多く糖度が高い品種です。またネグロヒガンテと命名された10キロはあろうかという甘くて美味しいメロンもあります。
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ピエル・デ・サポはヒキガエルの肌メロンというありがたくない名前ですが薄黄色のサクサクした果肉は味がよく甘味も爽やかで一年中出回っています。
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カンタルーポの和名はイボメロン。ラグビーボール型でオレンジ色の果肉は香りが良く果汁も多めです。人気がありスペインのホテルのビュッフェスタイルの朝食でよく見かけます。
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日本のプリンスメロンはマクワウリとこのカンタルーポ種のメロンを交配して1961年に出来たもので当時は圧倒的な人気がありました。
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2022/07/01

Horchata

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カヤツリグサという植物を知っていますか。この根っこにできる塊茎とアーモンドをミキサーにかけ水と少しの砂糖を加えて冷たくひやした飲み物をHorchataオルチャータ、正しくはHorchata de Chufas(チュファスはカヤツリグサのこと)と言います。
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日本では味わえない、スペインの夏を代表する国民的な清涼飲料水オルチャータ。「冷やし中華はじめました」や「氷」の文字が夏の訪れを告げてくれる日本のように、スペインではカフェテリアに掲げられる「オルチャータあります」の看板が夏を知らせてくれるのです。
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少し灰色がかった豆乳のようですが、スイカやメロンを混ぜた色付きのものを提供する店もあります。ほんのりと甘くとろんと冷たい口当たりで、日向の気温が40度を軽く超す真夏のスペインでは本当に嬉しい天然の飲み物だといえます。
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カヤツリグサの塊茎を乾燥させたものはタイガーナッツという商品名で日本でも今では簡単に手に入れることが出来ます。バレンシアやトレド産のものが有名ですが、スーパーフードとしてスペイン以外の欧米諸国で有名になる遥か昔、200万年も前から東アフリカでは主食として食べられてきた植物なのです。食物繊維と脂肪酸に富み、ビタミンBと天然の糖分が多く含まれるタイガーナッツは古代エジプト人たちにも飲食されてきました。
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夏季限定で店舗の入口に売り場を設けるカフェテリアが多いのですが、バレンシアやマドリードではオルチャテリアという専門店もあり、飲み物としてだけでなくアイスクリームやプディングやムース、絞りかすを利用したクッキーなどのお菓子としてオルチャータを楽しむことも出来ます。
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タイガーナッツとアーモンドと砂糖と水、それとミキサーがあればオルチャータは家庭でも簡単に作ることができます。エアコンの効いた室内ではなく屋外のテラスでスペインの暑い夏を感じながら一杯、いかがですか。
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2022/06/15

Abanico

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日ごとに蒸し暑さが増してきた梅雨空の東京、駅のホームや電車のなかで扇子を使う姿をちらほら見かけるようになりました。スペイン語でアバニコAbanicoという扇子、スペインの女性たちは実によく手にし扱い方も上手です。アンダルシア地方のコルドバやセビージャ製の高価で繊細な手描きが知られていますが簡単な手描きだったら扇子専門店に行かなくても土産物屋で安く手に入ります。
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うちわの起源は古代エジプト説と紀元前中国説とにわかれ、棕櫚や椰子類の葉を枝ごと利用したり竹ひご枠に布を張ったりしたうちわなどがあります。しかし扇子の始まりは日本なのです。薄い板を重ねて紐で束ねたり折りたたんだ紙に薄板を貼った形がその原型です。ちなみに日本では男性も当たり前に扇子を持ちますがヨーロッパでは女性しか持ちません。面白いですね。
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時は大航海時代、植民地進出期と言われる15~17世紀に日本の扇子は中国を経由してヨーロッパの宮廷に伝えられました。初めて海を渡った日本の扇子はその後のヨーロッパ扇子の原型となり、18世紀のフランスとスペインで全盛期を迎えたのでした。
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優雅でお洒落な扇子は宮廷で広まり瞬く間に貴族など上流階級に流行し始めます。一般富裕層に浸透するのに時間はかかりませんでした。当時の扇子というのは暑さをしのぐための道具としてだけではなく、例えば老淑女がこぞって扇子を胸元で持ったのは手の甲に浮き出た血管すら隠してくれる大切な装身具でもあったからなのです。
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扇子を手にすることでいっそう男性の目をひき、肩からの曲線、華奢な手首や手の甲の美しさなどを強調してくれる扇子。ハンカチよりも自然に自分の顔を覆うことで、紅潮した頬や悔し涙など自分の感情を素早く隠すことができるようにもなりました。
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また薄絹で透かしてあったり板が部分的に窓になっている扇子は涼しげなだけでなく相手をこっそり覗き見するための細工だったとも言われています。「扇子を持たない女性は武器を忘れた兵士」という諺があるように18世紀のスペインやフランスでは扇子は恋のための小道具であり女性の艶めかしさを演出するのに必要不可欠な存在だったのです。
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敬虔なカトリック国だったスペインでは、男性と女性が面と向かって話をすることは淑女としてはしたないとされており、常にお目付け役が侍っている上流階級の淑女は異性との会話に制限がありました。
「扇子言葉」が誕生したのもこの頃です。一説に依ると扇子屋が売り上げを伸ばすために考え出したともありますが、30種以上もある言葉のおかげで淑女達は人に悟られないように意中の男性と会話することが出来るようになったといいます。
様々な気持ちを伝えられるだけでなく、逢引の日時を合図したり、たたんだ扇子に小さな手紙を隠して召使に届けさせる、といった使い方もしたようです。
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その日の気分や衣装にあわせるだけでなく、朝昼晩と違う扇子を使い分けるのは今のスペインでは残念ながら年配の婦人ばかりですが、日本生まれの扇子はヨーロッパの南端、夏の暑さのきびしい南スペインの風土に馴染み、新しい命を吹き込まれ、いろいろな細工を施されて今に至っています。
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バレンシアもまた扇子の特産地で人気絵付け師や職人も数多くいます。夏が近くなると商品の数も多くなりショーウインドーには素晴らしい透かし彫りや両面絵付けなどの装飾を施された扇子がたくさん並ぶようになります。
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2022/06/01

Plaza

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幕末の日本を訪れた異人達が目的もなくぶらついている様子を見た勝海舟が「どういうことか」と質問したところ「プロムナードだ」という返事が返ってきました。「食後はとくに効果がある」とも言われ感心した勝はこのぶらぶら歩きを「散策、散歩」と翻訳したと言われています。
B-PlazaMayor
レストランをスペイン語ではレスタウランテRestauranteと言いますが、これはラテン語のRestaurareが語源であり「元気を回復させる」という意味をもっています。散歩もまた心を癒し身体をほぐし元気を再生してくれます。「散歩が出来なくなったら人生は終わり」とスペイン人が言うように散歩はスペインを語る時に欠かせない大切な習慣なのです。
B-Segovia
スペインのかなり田舎にある小さな村でさえも必ず村の入口や四つ角に「町の中心」Centro de ciudadという矢印標識が掲げられており、それに従って行けば自然と町の中心に導かれます。そこには必ず「広場」Plazaプラサがあり、教会、役場、警察、郵便局、商店などが軒を並べまさしく町の中心だとわかります。
B-Chinchon
その町の規模がマドリッドと比べてどんなにどんなに小さくてもそこが町の中心的な存在であればそれなりの大きさの「大きな広場」がありPlaza Mayorプラサ・マジョールという名称が必ずつけられているのですから感嘆しないわけがありません。
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残念ながら日本の国にはこういった広場が存在しません。せいぜい寺社の境内かあるいは公園といったものが広場と言えなくもありませんが、その空間が私達の日々の暮らしに密着しているとはおよそ考えにくいと言えるでしょう。
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スペインだけでなくヨーロッパにおける広場というものは常に歴史と結びついてきました。現代と違い革命や内紛の多かった時代、町の広場は民衆の結束の証ともなる集合場所であり歴史の重要な証言者でもあったからです。
B-SanTelmo
「散歩は人生の愉しみ」というとらえ方をするスペインにおいて広場は年中行事や催し物会場に使われるだけではなく日常的に散歩を楽しむために広場へとやってきます。実にゆっくりと歩き、ショウウインドーを眺め、知り合いに出会うと合流しカフェでのお喋りを楽しみ、屋外での時間をゆったりと過ごします。今では考えられませんが近代まで散歩の時間帯は社会的階層によって異なっていました。身分の低い召使などの使用人がいちばん早く、商人など中流階級はもう少し遅く、更に上流の富裕層は遅い時間にゆったりと散歩を楽しんだそうです。
B-PlazaNueva
昔のマドリッドではマジョール広場でのこういった散歩が恋人さがしにも使われました。それらの人の流れはノリアNoriaと呼ばれ顔がよく見えるように男性と女性それぞれが逆方向回りで、一般の散歩人と区別するために必ず同性の友人と連れ立ってお喋りとそぞろ歩きを楽しみながら好みの異性をさがすわけです。興味深いですね。
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2022/05/15

El Escorial

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1557年8月10日の聖ロレンソの祝日にヨーロッパ大陸の覇権を争うサン・カンタンの戦いでフランス軍を打ち負かしたスペイン。フェリーペ二世が即位した翌年の大勝利でした。聖ロレンソに感謝した王は彼を祀った修道院の建立を命じ1563年から21年の歳月をかけてEl Escorialエル・エスコリアルが完成したのです。正式名称は王立サン・ロレンソ・デル・エスコリアル修道院、スペインの栄光と権力の時代を象徴する建造物のひとつであり1984年にユネスコ文化遺産に登録されています。
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グアダラマ山脈の麓にあるエル・エスコリアルはマドリッドの中心から北西に車で40分、電車やバスでもだいたい一時間で到着できる距離にあります。セゴビアにドライブする途中で脇道に逸れて立ち寄る観光客も少なくありませんが1600点を超える絵画や彫刻の鑑賞を目的に訪れる人も多いと聞きます。
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東西207m南北161mに及ぶ巨大な長方形はヨーロッパでも特異な建物の一つと言われています。左右対称なスペイン・ルネサンスの箱の中の部屋数は4000室、窓の数2675,階段86箇所、15の回廊、88の噴水、四角を飾る塔は55m、バシリカ左右の鐘楼は72m、奥のドームは92mの高さがあり、1900年以前の注目すべき建造物の一つとしてアヤソフィアやタージマハルと並び世界八大不思議に取り上げられてもいます。
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スペインに多い王立修道院とは「王家の庇護を受けた王族達の聖域であり隠遁所であり墓所の役割も担い王家の離宮でもある修道院」を指します。フェリーペ二世が建立を命じた当初は聖ロレンソを奉納し父王であるカルロス一世の霊廟を備えただけの修道院の設計でした。
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しかし構想が徐々に膨らみ、書類王と呼ばれたフェリーペ二世自身が滞在し執務するための宮殿、父王の霊廟だけでなく代々の王や王族の霊廟、それを管理する多くの修道士のための神学校、宗教研究所、歴史図書館を兼ね備えた複合施設になったのでした。現在もほとんどの施設が機能し、なかでもローレンティーナ王妃王立図書館には15∼16世紀にかけての45000冊の印刷物と5000点の原稿がラテン語アラビア語スペイン語で記されており世界で最も重要な歴史図書館の一つに挙げられています。
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エル・エスコリアルは二人のスペイン人と一人のイタリア人建築家によって設計されました。そのうちのフアン・デ・エレーラはアランフェス王宮やバジャドリー大聖堂も設計し後にエレーラ様式と称されるように16世紀スペイン・ルネサンス建築の頂点を極めた建築家の一人です。
escorial fukan
空からエル・エスコリアル全体を眺めると組み合わせた四角い格子、聖ロレンソの鉄格子のアトリビュートが見えてきます。アトリビュートとは西洋の宗教絵画鑑賞に不可欠な味わい深い部分というか、目印ですね。スペイン出身の聖ロレンソは鉄格子の上で火刑にされて殉教したので彼の図像には炎や鉄格子を添えるのが約束になっているのですが、エレーラ達はその鉄格子を連想させるように計算して設計したのだと言われています。 
escorial parrilla
修道院が完成して二か月ほど過ぎた頃この場所を訪れた日本人達がいました。天正の遣欧少年使節です。マドリッドの王宮で拝謁を賜った二日後に真新しいエル・エスコリアルに招かれ、国王フェリペ二世の大切な賓客として三日間滞在したのでした。
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