2020/10/15

Comunidad Autónoma

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北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州に8地方区分されている日本の1.3倍の国土を持つスペイン。17区分された自治州Comunidad Autónomaコムニダ・アウトノマには17人の首相がいて1978年に制定された新憲法によってそれぞれの自治権が規定されています。
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基本となる権限はスペイン中央政府にあるものの広範な権限を自治州政府に与えているため「単一国家でありながら自治州国家」と言われることも少なくありません。自治の規模や形態がまちまちな事に加え多民族国家ゆえの異なる文化を持ち、自治州によっては政治的自治の意味合いと強力な権限を持つ団体も存在しているため課題は常に山積しています。
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バスク地方のナバーラのように8世紀から今日まで自治権を失うことなく享受し続け王国としての法的位置付けを持っている自治州もありますし、言語を例にとってみても然り、スペイン語だけでなくカタルーニャ語、アラン語、バレンシア語、バスク語、ガリシア語を公用語としている自治州が6つもあり、日本との違いを深く考えさせられます。
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自治州に加えて飛び地自治都市Ciudad Autónomaシウダ・アウトノマであるセウタとメリージャの二つを北部アフリカのモロッコに有していますが、飛び地領というのはヨーロッパの歴史上珍しいわけではなく例えばスペイン南部にある自由港の街ジブラルタルはイギリスの海外領土のひとつです。
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アフリカ大陸に面し乾いた南部、温暖な東部地中海沿岸、西部にはヨーロッパ最大の湿原、山がちな中央内陸部には荒涼とした乾燥台地が広がり、北部一帯は緑のスペインVerde Españaベルデ・エスパーニャと呼称されるように森林と豊かな牧草地に恵まれた多雨多湿な地域です。スペインの自治州を少しだけ覗いてみましょう。
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‣フランス国境に接している北東スペインは地中海側からカタルーニャ、アラゴン、ナバーラ、パイス・バスコの4州です。バスク地方と呼ばれているのはパイス・バスコとナバーラを併せた地域で、実際バスク人が多く居住しているのはナバーラなのです。ナバーラのパンプローナ県は夏に牛追い祭りが開催される事で有名、カタルーニャは言わずと知れたサグラダ・ファミリアの建つバルセローナ県のある州で地中海にも面しています。
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‣ナバーラとパイス・バスコの南側に接しているのがスペインで一番小さなラ・リオハ州。ワインの名産地です。
‣カンタブリア海から大西洋に面して並ぶ北部スペインの3州はカンタブーリア、アストゥーリアス、ガリーシアです。豊かな海産物に恵まれているだけでなく果実の栽培と酪農、スペルト小麦やオーガニック牛の畜産で知られています。林檎酒とアルバリーニョワインも有名ですね。
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‣ガリーシアと同じように隣国ポルトガルに接しているのはエストゥレマドゥーラ、カスティージャ・イ・レオン、アンダルシーアの3州。エストゥレマドゥーラは美味しい豚の産地、南部アンダルシーアはご存知フラメンコとシェリー酒と地中海に面した海岸線と白い村々で知られています。自治州面積第一位はカスティージャ・イ・レオン、第二位はアンダルシーアでどちらも含まれる県の多い州になります。
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‣諸島は2州、バレンシア沖のバレアレス諸島と北西アフリカ沖の火山島カナリアス諸島です。
‣地中海沿岸南東部2州はムルシアとバレンシア、どちらも米や柑橘類に加えスペインを支える豊富な農作物が収穫される肥沃な土地なのです。
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‣アンダルシーアの北側に接しているのはドン・キホーテの舞台となったカスティージャ・ラ・マンチャ州。
‣ふたつのカスティージャ地方ラ・マンチャとレオンに挟まれるようにスペイン中央部に位置しているのが首都マドリッドのあるマドリッド州になります。
さて、17の自治州には合計50の県がありますがこれはまた別の機会に……。
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2020/10/01

Costa Tropical

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マラガ県コスタ・デル・ソルの東隣に位置するグラナダ県の海岸線をCosta Tropicalコスタ・トロピカルと呼びます。コスタ・デル・ソルよりも少し遅れて開発されたこの地域は近代的なホテルのみならず昔ながらの漁村の風情を残した規模の小さい海岸がいくつもあってのんびりとくつろぎたい場合におすすめのリゾートビーチです。
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コスタ・トロピカルのなかでいちばん距離の長いベリージャ海岸のあるAlmuñecarアルムニェカールはグラナダの海岸線にある街のなかでは一番大きく県最大のリゾート地でもありスペイン庶民に人気の華やかな避暑地として知られています。海を臨む崖の上に建つイスラムの城は難攻不落の要塞として、また内紛時には謀反人の投獄先としても利用されていました。
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グラナダ王国の夏の避暑宮として使われていたというSalobreñaサロブレーニャ、またグラナダの街から一直線に南下した位置にあるMotrilモトリルにも美しい海岸がゆったりと広がっています。
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コスタ・トロピカルは海浜リゾートだけでなく果物の生産地としても知られており特にアルムニェカールからモトリルにかけては果樹農園が多くトロピカルフルーツ街道とも呼ばれています。毎年9月中旬から翌年の5月はじめまで次々とトロピカルフルーツの収穫があり農家によっては観光客を対象に試食をふくめた催しものを開いたりもしているようです。
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この地域の北側にはグアハラス、チャパライ、ムハールという山塊がそびえ北からの寒い風を遮っています。日照時間も多く一年を通して温暖な環境のため果樹園経営が盛んになったといいます。パパイヤ、メロン、アボカド、マンゴー、ライチ、グアバなど様々なトロピカルフルーツ栽培が露地、ビニールハウスともに行われていますがなかでもモトリルのチリモジャは有名です。
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おもに冬のスペインで流通するチリモジャは17世紀に南アフリカから入ってきた果物です。ヨーロッパ諸国の中で上質なチリモジャを栽培しているのは唯一モトリルだけであるためモトリル産のチリモジャには2002年に原産地呼称がつけられました。またモトリルにはサトウキビ畑もありラム酒で名高いMonteroモンテーロ社のボデガでは上質のスペイン産ラム酒を製造しています。
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2020/09/15

Costa del Sol

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バルセロナ万国博覧会が開催された前年の1928年に国王アルフォンソ13世の提唱で二つの観光開発事業がスタートしました。万博会場を訪れる人々に他の地域にも足を延ばしてもらうだけの単発的な目的ではなく、それまで観光が盛んでなかったり経済的に苦しい自治体に目を向けた開発です。将来的な観光立国スペインの成長を視野に入れた計画の一つはあのパラドールの第一号開設であり、もう一つは地中海沿岸地域のリゾート開発でした。
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太陽の海岸Costa del Solコスタ・デル・ソルは当初マラガ沿岸東部のネルハを起点としトレモリーノス-フエンヒローラ-マルベージャ-エステポーナ、そしてカディス県に少しまたいだラ・リネアまで続くおよそ150キロメートルの海岸線につけられた名称で、四半世紀の努力の甲斐あって1950年代からは国際的な観光地として広く知られるようになりました。近年になると海沿い地域のリゾート開発競争も激しくなりグラナダ県のコスタ・トロピカル、アルメリア県のコスタ・アルメリアまでを含む約350キロメートルを総称してコスタ・デル・ソルとも呼ばれています。
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平均気温20度、降雨量は少なく年間320日の日照に恵まれるこの地域は観光業収益の約35%(2019年)を占めスペイン観光業界にとっては重要な存在の一つとなっています。同じ地中海沿岸線上にありながら良質な砂浜に恵まれなかったコートダジュールのニースやモナコからわざわざコスタ・デル・ソルを訪れる観光客が少なくないのは海岸線の美しさだけではなくアンダルシア特有の山が海岸近くまで伸びて砂浜と一体となった自然景観の素晴らしさが世界有数と言えるからかもしれません。
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コスタ・デル・ソルのなかでも古くから開発されたトレモリーノスは小さな港のある鄙びた漁村にすぎませんでした。しかしマラガ空港からわずか5キロというアクセスの良さからツアー客を空港からコスタ・デル・ソルへと手早く送り込むことが出来ることに加え傾斜地という地理的な利点も魅力の一つでした。どのホテルのバルコニーからも海を眺められるという絶好のセールスポイントだからです。
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一年を通して賑わいの絶えないサン・ミゲル通りには庶民的なホテルやバルがひしめき合っています。海辺にはシーフードレストランやチリンギートと呼ばれる海の家が建ち並び廃船に盛り土した炉端で焼いた魚介を供するスタイルが人気です。物価の高いコスタ・デル・ソルのなかにあってトレモリーノスは比較的安心な価格で買い物ができバカンスを楽しめる街であることもスペイン庶民を惹きつける魅力の一つでしょう。
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県都マラガ市には1925年に建てられコスタ・デル・ソルで一番古くスペイン全土では三番目に古いゴルフ場を持つ静かなパラドールがあります。全施設のなかで専用のゴルフ場があるのはバレンシアのエル・サレールとマラガだけなのですが、ここのゴルフ場はイギリス王室がバカンスの時にゴルフを希望されたため造られたといういわくつき。スペイン王室はじめケネディ大統領一家やシラク元大統領も訪れています。
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マラガ市の次に大きいマルベージャは気取った雰囲気の漂う新市街とイスラム支配の香りを残す旧市街が大通り一本を境に明快に別れて共存している有名な高級リゾート地ですが、5キロほど西へ進んだプエルト・バヌースの街は超のつく高級リゾートです。自家用ジェットで訪れる富豪の別荘が点在しマリーナには豪華なクルーザーがぎっしりと並び、コスタ・デル・ソル発祥の源となったホテル・マルベージャ・クラブがあります。何年か前にアラビアの前国王が所有する東京ドーム五倍の敷地に宮殿を建てさせ避暑のため長期滞在した時には数百台の高級車が渋滞を引き起こしたり一日当たり6億ユーロをマラガにばらまいたと世界中に報道されました。
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2020/09/01

Parador

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歴史を刻みつけた建築物の原型を残しつつバスルームやトイレの水回りなどを近代的に整備しホテルとして有効活用させ、経営の半分と組織的な管理や維持を国家が持つという半官半民のシステムでスペイン全土に展開しているホテルチェーンParadorパラドール。多少異なるシステムのホテルがポルトガルやプエルトリコにもありますが、パラドールと言えば世界で唯一スペイン独自の宿泊施設です。
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一番のセールスポイントは貴重な建築物。主に中世の古城と領主や貴族の館、由緒ある修道院だった物件が一流並みの設備を整え一流ホテル同様にランク付けされており、その殆どが四ツ星か三ツ星に属しているにも拘わらず宿泊費は驚くほどの高価格ではありません。レストランやカフェだけの利用も可能ですがサービスもたいへん良いので、機会があれば一度泊まってみても期待を裏切られることはまず無いと保証できます。
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パラドール開設当時から92年間厳守されてきた三つのモットーがあるのをご存知ですか。①歴史的かつ芸術的なスペインの遺産を周囲の自然環境も含めて後世に残す。②諸外国に対し今までとは違うスペインのイメージを確立する。③観光が盛んではない地方や経済的に苦しい自治体に新しい動きをもたらす。
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これらのモットーを軸に前進を続けてきたパラドールはスペイン全土に97ヶ所(2019)、今年はさらに二施設増え、海岸リゾートと12世紀のシトー会修道院が完成間近だということです。
パラドールには三つのブランドテーマがあり中世の城に代表されるエセンティアは45施設、自然に囲まれたリゾートとスポーツのナチュリアが28施設、歴史ある街なかに建つ近代的建築シビアが24施設です。
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スペインへの旅行者が増加したことで近年のパラドールは海辺のリゾートや街中の近代的な建物がとても増えました。しかし土地があればどこでも良いわけではありません。立地条件は厳しく特定されておりスペイン独自の文化を感じさせる場所、歴史的な場所、環境問題には十分に配慮し周辺環境は可能な限り維持するというコンセプトは変わっていません。記念すべき100施設目のパラドールはいったいどこにオープンするのか今からとても楽しみですね。
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バルセロナ万国博覧会を翌年にひかえた1928年にパラドールはスタートしました。アルフォンソ13世の発案と伯爵ベガ・クラインの助言で国王所有の山荘の一つをパラドール第一号として開設し国民に一般公開したことがその始まりです。アビラ市内から車で約45分の郊外、海抜1650mのグレイドス山にあるNavarredonda de Gredosグレイドスのパラドールはオープン当時たった30室の部屋数しかありませんでした。
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グレイドスは高地のため避暑には最適、真夏でもエアコンが必要ないほど涼しく夜には毛布が欠かせないくらいです。また約20キロの近さにあるグレイドス国定狩猟地区は野鳥の宝庫であり、野生の山羊、鹿や猪やウサギなどが数多く棲息しています。狩猟解禁の季節になるとスペインのみならずヨーロッパ諸国から訪れる多くのハンターがパラドールに滞在するようになったため少しずつ増改築を重ね現在は77室になっています。
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松林のなかに建つカスティージャ風石造りのパラドールは総板張りの床が当時の雰囲気のまま残っています。雄大な自然と狩猟の好きだったアルフォンソ13世はこのパラドールをとても愛し生涯に何度も訪れました。静かで落ち着いた趣の山岳ホテルはパラドール第一号という感慨を含め確かな気品と風格があります。
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2020/08/15

Mercado

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新型コロナウイルスの世界的蔓延で外国へ旅することがこんなにも難しくなってしまうなんて今年の元旦に誰が想像できたでしょう。二月初め豪華客船のニュース映像をぼんやり眺めていたあの日から狐につままれたようにあっという間に時は過ぎ夏まっ盛りの8月。リビングで再放送の旅番組を見ながら「どこか遠くへ行きたい」といつか耳にした懐かしい歌の詞を思わず言葉にしてしまうのは私だけではないかもしれません。
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どこか遠くへ行きたい。どこか外国へ行きたい。旅に限らず普段それほど気にかけないくせに不可能となると余計に心動かされるのが俗物の哀しさ。名所旧跡遺跡巡り、ブランドショッピングに三ツ星レストラン、旅先の楽しみは人それぞれです。例えば東京を訪れる外国人観光客の多くに人気の五ヶ所アキハバラ、シブヤ、ハラジュク、アサクサ、残る一つはどこでしょう。スペイン人の友人が言っていました。「ツキジ!今はトジョス?トイョス?市場はホント面白いわ」
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スペインに数多くある公設市場、ただしくはメルカード・ムニシパルですが庶民は略してMercadoメルカードと市場を呼びます。「海外旅行中に市場なんか行かない」という日本人の何と多いことかと寂しくなりますが異国の旅だからこそ日常生活で接する機会の少ない市場を訪れてみるというのはいかがでしょうか。市場の喧騒が異国にいることを実感させてくれますし店先に並ぶ品々を見ればその国の経済状態や商品流通、庶民の生活が掛け値なしに見えてくるものです。
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昔ながらの八百屋さん魚屋さんなどの個人商店がめっきり少なくなった現代の東京都心部ではチェーン展開している大手スーパーマーケットで日々の買い物をするしかないのですが、スペインでは今日まで代々続いてきた個人商店が町内に少なくありません。概ねそれらの集合体が市場であるため顔馴染み客で常に賑わっているわけです。
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首都マドリッドだけで46か所ある市場のうち6つが中心部に点在しており市民生活に非常に密着した存在となっていますがそればかりでなく観光資源としての大切な役割を市場は担っているのです。例えばサン・ミゲル市場はマジョール広場から近いこともあって多くの観光客が日がな訪れることで知られています。陶器雑貨などの土産物店もいくつかあるので雨の日に時間をつぶしたい旅人には便利かもしれません。安くて美味しいバルやレストラン、小さなフードコート風の設えのある市場もあり店舗をブラブラする合間にお腹を満たすことも出来る手軽な観光スポットと言えます。
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生鮮食品の価格は1㎏単位表示ですが概ね100gから購入でき、4分の1㎏、2分の1㎏などで購入する主婦が多いように見受けられます。店舗には番号札がありそれを引いて順番を待つ間に商品を見定めることが出来ますし多忙な時間でなければ詳しく説明してくれ気軽に味見もさせてくれます。もちろん購入が前提ですがハムやチーズなど試食品の一切れの大きさと厚さの気前良さに目を疑うこともしばしばでした。
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さすがに今はもういないでしょうが30年前にはパンを手にした物乞いがハム屋さんの前に来て「どうぞ一枚お恵みを」と頼んでパンの上に一切れのハムをのせてもらっているのをよく見かけました。「ほら、持っていきな」とハム屋さんは表情ひとつ変えずに特売ハムを薄切りにし、物乞いは「あなたに神のご加護がありますように」と礼を述べて去っていくといった数分の場面が私には毎回とても新鮮に映ったものです。日本ではおよそ遭遇することのないこの風景はカトリックの国スペインではごく当たり前のことのようです。
「日々の小さな施しは天国への近道」といった軽口を彼らはよく口にしますが、スペインの物乞いとは『罪びとに施す機会を与え魂を救済してあげる仕事』なのでしょう。その自負が物乞う時の彼らの態度を堂々とさせているのかもしれませんね。
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1990年代にマドリッド下町に初めて長期滞在していた時アパートメントから徒歩二分の近さにアントンマルティン市場Mercado Anton Martinがあり稽古場の行き帰りに頻繁に利用していました。果物屋さん肉屋さん魚屋さんパン屋さん量り売りワイン屋さんなどなど馴染みになった何軒かの店、隣にあった小さな映画館、懐かしさで胸が熱くなります。その当時1941年のままだった古い建物は2018年にリノベーションされて生まれ変わり現在も下町の主婦たちに愛されていることと思います。
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2020/08/01

Bota de vino

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ボティッホとポロンに続き今回はスペイン伝統のワイン用革袋Bota de vinoボタ・デ・ビノについてのお話です。紀元前4000年頃のアラビアで羊の胃袋から作った水筒にミルクを入れていた商人がラクダに揺られて旅をしている間にチーズが出来たという昔話があります。古くから竹筒やヒョウタンが水筒として普及していた日本ではあまり馴染みがありませんが中東諸国やヨーロッパではヒョウタンと同じように動物の胃袋や膀胱を利用した革袋が一般的でした。
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ボタ・デ・ビノは中の液体は漏らさずに水蒸気は通し、その気化熱で液体が冷やされるという理想的な水筒です。外側は羊や山羊の皮、内側の防水性を高めるために松脂やピッチといった天然樹脂を薄く塗布して使っていました。ピッチとは木材から得られるタールから揮発成分を取り除いた樹脂のことで木造舟の継ぎ目や防腐剤としても用いられてきた天然素材ですが現在は利便性を重視し内側にラテックスを使用したものが製造されています。
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最近ではBota Bagボタバッグという親しみやすい名称で呼ばれネットショップでも簡単に見つけることができますしスペインのどこの土産物屋にも置いてあり陶器やガラスと違って手軽に持ち帰れるので観光客には人気の品だと言えます。飲み方はポロンと同じですが、革製なのでお腹を少しだけ押してあげること。口中に命中せずに服を汚してしまうことなど考えないで豪快に仲間と回し飲みをして楽しみましょう。
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闘牛の派手なイラストがプリントされた安価でありきたりな物もありますがお洒落なデザインの布製も最近はよく見かけます。ブルゴスで1870年から続く老舗Los Tres D.D.D.、また牛追い祭りで有名なパンプローナにあるLas Tres Z.Z.Z.という工房の製品も有名ですが、Jesús Blascoヘスス・ブラスコ社のボタも歴史ある逸品です。

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首都マドリッドのチャマルティン駅から列車で約1時間半。ワイン生産地として知られるグアダラハラ県にある自治体シグエンサはアクセスの良さと中世の雰囲気が色濃く漂う街並みから観光客に人気があり、いつかマドリッドに旅することがあったら訪れてほしい町のひとつです。そのシグエンサにあるヘスス・ブラスコ社は1899年の創業から五世代にわたる由緒正しい老舗。ボタ・デ・ビノの伝統にこだわりつつも新しい技術と斬新な発想を取り入れたJ.B.マークの製品は世界的に流通しています。
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2020/07/15

Porrón

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ボティッホBotijoが素焼きの気化熱を利用した水専用の回し飲み水差しならワインの国スペインならではのワイン専用もあるはず、とは誰しもが思うところ。たしかに革袋製携帯用とガラス製のものが存在します。
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理科の実験器具を思わせる形のガラスボトルPorrónポロンはワイン専用の水差しです。まれに陶器製のものも見かけますが中身が見えないので飲みにくそう、そもそも素焼きの水差しや水壺のこともポロンという場合があるので一概に間違いとは言えません。一般的には細長い飲み口のあるガラス製のワイン容器のことをポロンと呼びます。
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伝統的なポロンは底が平たく広いのでワインによってはデカンタージュにもぴったりと言えますし軽くて持ちやすく独特な形にも親しみが持てます。ボティッホと同じようにどこの土産物屋でも扱っており安価でサイズも豊富、アンティーク品はガラスに彫刻が施されていたり注ぎ口の栓がコルクではなく銀製が多いようです。
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スペインでは庭先でのちょっとした軽食や気楽な集まりなどでワインをシェアする時やグラスを使わなくてもすむような親しい仲間と楽しむ時の必須アイテムといえます。またワイン用とは言ってもビールやシードラを入れる場合も少なくありません。
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ポロンもまたボティッホ同様に容器には口を触れずに流し飲みをすることが大切なエチケットとなっていますがはっきり言ってとっても難しいです。ボティッホの冷たい水ならまだしも慣れないと顔中どころか首から胸まで赤ワインを浴びてしまうこともあります。だからこそパーティーが盛り上がるのですが。
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あるスペイン人は学生時代シャワータイムによく練習したと言っていました。片手でポロンの首を持ち口を開けたらポロンを少し傾け、ワインが口に入ってきたらその角度を保ちながら徐々に高く掲げて豪快にワインを口中に落とし込む、文章にするのは簡単ですね。ポロンを楽しむためには躊躇しないこと、怖がらないこと。そしていちばん大切なのはお気に入りの服を絶対に着ていかないことでしょうか。
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2020/07/01

Botijo

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暑い夏に喉の渇きをいやしてくれる冷たい水。ペットボトルや自販機が普及した現代の東京では多種多様な飲料を簡単に購入することができますが、たった60年ほど前には自販機どころかコンビニの存在すら無くジュースもコーラもまだ瓶入りで、例えば運動会、あるいは畑に出る時などに携帯する飲み物といえばアルミ製の水筒か大きなヤカンに入れた麦茶と決まっていました。それ以前、はるか昔の日本では竹の筒やヒョウタンに水を入れて携行していたようです。スペインではどうでしょうか?
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ぷっくりと膨れた胴体に取っ手の付いた独特の形をした素焼きの水差しBotijoボティッホはローマ時代からあり、ペットボトル飲料が発売されるまでスペイン人の水筒でした。革袋や牛の角、金属製の水筒もありましたが昔は高価でしたし「ぬるくなるのが早く金属の味がする」と言ってボティッホを好む人たちは多かったようです。容量1リットルくらいの小さなものから数人で使える大きなサイズまであり、農作業や漁、学校や汽車の旅などにも持って行きました。
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スペインの陶器店やみやげ物店なら必ず売っているボティッホを購入する際の注意点を教えましょう。全体に釉薬が掛かっていたり過剰な装飾を施してあるものは飾り物であったり常温水の保存用なので冷却機能がほとんどありません。冷たい水を飲むための水差しとして購入する場合は赤土か白土の伝統的でシンプルな形の素焼きであり、持ち手から注ぎ口と飲み口の下あたりまでの最小限に補強のための釉掛けがしてあることです。
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多孔質の粘土を素焼きした表面には無数の見えない穴があいていてボティッホに水を注ぐとそれらの穴から水がどんどん蒸発していきます。気化する時の熱作用による冷却機能は地中海性気候特有の乾燥した空気の影響もあり数時間のうちに約8度も下がります。もちろん涼しい日陰に置くのも大切なポイントですね。
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アンダルシア地方では新しく購入したボティッホをおろす時に粘土臭さを抜くための方法があります。セビージャやヘレスではたっぷりの水を注いだボティッホにアニス酒を少し加えて二日間ほど日陰に置いておき、また海に面したカディスなどでは釣り舟に何日か括りつけておいてから真水で塩分をよく流します。
どちらもよく水をきって乾かしてから肩の少し下くらいまで新鮮な水を注ぎ、飲み口は目の細かい布をかけて紐でしばり注ぎ口にはコルク栓などをして虫や埃が入らないようにします。
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ボティッホの水を飲むのには少しだけ経験が必要で慣れないと襟のなかまで濡れてしまいます。水に雑菌が入るので直接くちを付けないのは大切な決まり、胴体と取っ手を持ち飲み口から10センチほど口を離して滴り落ちる水を流し飲むようにします。
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スペイン国内でもとくに温度の高いアンダルシア、カスティージャ・ラ・マンチャ、エストレマドゥラ、またアラゴンやバスクなど湿度の高い北部地域でもみられるボティッホは地方によって呼び方が違いアンダルシアではボテッホやブッカロ、バレンシアではボティッチャ、ウエルバあたりではピチェと言うそうです。飾り物も含め多くの家庭にあって目を楽しませ暑い夏だけでなく寒い冬には適温の水を提供してくれる必需品ボティッホ。使い捨てのプラスチック製品の廃止が進む今ふたたび静かなブームとなっているようです。
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2020/06/15

Higuera

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スペインをイメージさせる木は何でしょうか?オリーブ?それともオレンジ?
石だらけの土壌でも逞しく育ち6メートル以上の高さに達することも稀にあり、株立ちするような古木になると奔放に広げた太い枝に大きな葉をたくさん繁らせ、夏には心地よい木陰を作ってくれるイチジクの木Higueraイゲーラ。イチジクの木を見てスペインを連想する日本人はそう多くはないでしょう。
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イチジクの原産地はアラビア南部。紀元前3000年頃のシュメール王朝時代には既に栽培されていたと言われ、時を経てギリシャやスペインなどの乾燥して温暖な地中海沿岸地域に伝えられました。
生産量世界第一位は306000㌧のトルコ、次いでエジプト、モロッコ、アルジェリア、イランと中東諸国が続き、第六位のスペインの生産量は45000㌧もあります。
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ヨーロッパ諸国への輸出も多いスペイン産のイチジク、大きく甘く美味なのですが生は傷みやすいためその殆どが乾燥させた干しイチジクです。スペインには干しイチジクを使ったお菓子が数々あります。丸ごとの干しイチジクにリキュールの効いたガナッシュを詰めてチョコレート・コーティングしたラビートスRabitosというボンボンショコラはスペイン人にもとりわけ人気があり、日本でもたまに見かけることがあります。
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イスラム諸国では「受胎する木」とも言われ多産と強い生命力の象徴とされているイチジクはオリーブやブドウと同じように聖書にもよく登場する植物です。長く続いたイスラム支配の歴史を持つカトリック国スペインとは縁のある果樹だと言えるのかもしれませんね。
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結実するための花が咲いているのを見ないのに果実をつけるところから無花果の文字をあてられているイチジク。葉の腋に芽吹く壺状の花托が育って肥大するとともにその内側に多数の白い花が密生して咲きそれらが熟して実を結びプチプチとした食感の微小な果実の集合体となったものがイチジクなのです。
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果実の熟成期がイチジクは年に二回あり、スペインでは夏果と秋果の呼び方を変えて区別しています。
6月に出まわりはじめるのは夏果のBrevaブレーバ。去年の秋に花托芽をつけ落葉したあと小さな未熟果のまま寒風に耐えて越冬し春に成長した果実です。そのブレーバを収穫する初夏の今頃、新しい梢の新しい葉の腋についた花托芽が葉陰の庇護のもとすくすく育ち8月から10月いっぱい収穫できるのが秋果のHigoイーゴです。凍えて落ちることなく枝に残るブレーバの幼果。じつはスペイン語のブレーバという言葉には幸運、儲けものという意味もあるんですよ。
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イチジクの熟す季節になるとスペインの田舎の子供たちは朝とっても早く野生のイチジク摘みに出かけます。陽が高くなってしまうとイチジクの蜜を吸いに来る蜂に刺されるからでしょう。蜂は寒さに弱く朝早くには飛べないのです。ミツバチだけでなく熟したイチジクの蜜はアゲハやスズメバチも大好物。熟しすぎて割れた実の陰に潜んでいることもあるので要注意です。
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2020/06/01

Tocino de cielo

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Tocino de cieloトシーノ・デ・シエロ。天国の豚脂という直訳ではけっして伝わらないし、至福の脂身という言い方も出来ますがこれも何のことやらと言われそうです。牛乳をまったく使用せずに砂糖シロップと卵黄だけで作るプリンの口あたりが長時間茹でた脂身のようにもっちりと濃厚なのでそう呼ばれている甘い甘いお菓子のことです。
yematarta
スペインには卵黄Yemaジェマや卵黄クリームで作るお菓子が幾つもあります。トシーノ・デ・シエロはその代表格でスペインのどの地方に行ってもお菓子屋さんの店先に並んでいます。ごくごく小さなプリン型やせいぜい2センチの角型にカットされていたりしますが一個が小さめなのはその甘さのせいでしょう。
tocinode
トシーノ・デ・シエロが最初につくられたのは1324年、アンダルシア州のヘレス・デ・ラ・フロンテーラにあるEl Convento del Espiritu Santoエスピリツ・サント修道院でした。その後スペイン各地に製法がひろまりましたが、トシーノ・デ・シエロ発祥の地と名乗れるのは本家であるヘレス、同じカディス県にあるSanlucar de Barramedaサンルーカル・デ・バラメーダ、コルドバ県南部のMontilla‐Morilesモンティージャ‐モリレスの三か所だけと聞きました。どの土地もワイン醸造が盛んで広大な葡萄畑と幾つもの醸造所を持っています。
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卵黄を使ったお菓子とワイン生産地にはいったいどんな関係があるのでしょうか。ヘレス、サンルーカル、モンティージャ‐モリレスはワイン産地であるとともにシェリー酒の産地としてあまりにも有名ですが、シェリーについてはまた別の機会に。今回はシェリーのベースとなるワインのお話です。
bodega
ワイン醸造は葡萄の収穫から始まり圧搾とアルコール発酵、樽熟成という工程になります。ワインが満たされた樽のなかではポリフェノール、酒石、ペクチン、酵母の死骸などの混合物が浮遊物となり更に滓も作っているので、何回も静かにワインを移し替え滓を少しずつ除いていきます。
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この滓引き作業でワインと滓はかなり分離されますがまだまだ濁った状態です。これを更に透明にするためには微細な浮遊物を何かに付着させて不溶性にし沈殿させて取り除くのが最良の方法です。その何かにはゼラチンやタンニン、ベントナイトなども用いますが、フランスやスペインでは17世紀頃から伝統的に卵白を使用してきました。
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卵白にはタンニンと結合しやすい性質のアルブミンという蛋白質が含まれています。熟成中のワインの中でアルブミンはタンニンをまといながらゆっくり沈んでいき最後には樽の底の沈殿物となり、この作業後二ヶ月ほどしてから再び滓引きをして上澄みのワインだけ移し替えることで卵白は取り除かれ美しく澄んだワインが得られます。卵白はワインの透明度を向上させるだけでなくタンニンの粗さを取り除き、香りを複雑にし、まろやかで繊細な口当たりに変化させてくれるのです。
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作業の朝に収穫した新鮮な卵の白身を切るように混ぜて樽に投入し、ワインと一緒に攪拌したあと再び樽をワインで満たして熟成させるという不可欠な工程。その結果たくさんの卵黄が余り、それを寄付された修道院で生まれたスイーツがトシーノ・デ・シエロなのですね。
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