2021/08

2021/08/15

Plato Español ⒄ (Castilla La Mancha)

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『スペインの17自治州の郷土料理』、最終回はカスティージャ・ラ・マンチャ州Castilla La Manchaです。「ラ・マンチャの男」と題して数々の演劇や映画が制作された長編騎士道小説「ドン・キホーテ」の舞台はシウダーレアル、トレド、アルバセーテ、クエンカ、グアダラハラの五県で現在構成されています。しかし中世カスティージャ王国として栄えていた頃のラ・マンチャにはマドリードも含まれていました。1978年憲法で自治州制度が導入された時すでにスペインの首都だったマドリードはその経済格差から県ではなく独立した州としてカスティージャ・ラ・マンチャから切り離されたのです。
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イベリア半島中央部、ヨーロッパいち標高の高い首都マドリード。その南東部に続くラ・マンチャの高原地帯はとくに夏季において大陸性気候の影響が大きく、午後の熱波、夜から早朝の冷え込みと気温が劇的に変化します。湿度は低く年間降水量はわずか350ミリ、赤茶色の荒野がカラカラに干上がる真夏の平均気温は39度、当然のように毎年水不足になります。
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粘土質で酸化鉄を多く含む赤土は陶土には最適だけれど植物が根を張れません。タマネギしか穫れないラ・マンチャなどと言われ馬鹿にされていましたが、そんなのは過去の話です。灌漑設備と土壌研究を重ね、少量高品質を重視したニンニクは中国産を抜き、サフランは世界生産量の四分の三がラ・マンチャ産、種類豊富な豆類の生産、オリーブオイルはアンダルシアに次ぐ第二位の生産量、ラ・マンチャは今や世界最大ワイン生産地のひとつであり、標高7~800m雨少なく寒暖差のある生産地モンデハールやアルマンサの赤ワインは骨格のしっかりしたフルボディとして知られています。
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ラ・マンチャ地方の羊乳のチーズはギリシャ、ローマ時代から生産されており、1984年原産地呼称を獲得したマンチェゴチーズQueso Manchegoの素直な美味しさは日本でも定評があります。イタリアやスイスと違ってスペインではチーズを料理に使うという習慣が殆んどなく、少なくとも四分の一キロからの量り売りを塊りで購入しダイスに切ってそのまま赤ワインのツマミにしたり薄切りをバゲットに挟んで軽食にするのが一般的です。
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マンチェゴとつくラ・マンチャ料理の代表格ピスト・マンチェゴPisto Manchegoはスペイン全土に広がっているアラブ起源の常備菜。イタリアのカポナータ、フランスのラタトゥイユに通じるものがあります。赤パプリカ、ピーマン、タマネギ、ズッキーニ、ナスなどをオリーブオイルで炒めたっぷりのトマトを加えて仕上げるピストはビタミン豊富でとても重要な伝統食です。ダシに生ハムの切り落としを加えたり固茹で卵をトッピングにすることもあります。またアサディージョAsadillo Manchegoは焼き赤パプリカとトマトをザクザク切って炒め煮した野菜料理。ピストに似ていますがもっとあっさりとしています。肉料理の付け合わせやソース代わりに使われることが多いかもしれません。
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真夏の屋外で働く農夫や羊飼いの栄養源Gazpacho Andaluzガスパチョ・アンダルスもまた野菜たっぷりで重要な携行食です。シウダーレアル県南部はアンダルシア州と接しているためガスパチョ以外にも共通する料理が見受けられ、昔々、移動放牧の長旅の間に羊飼いが広めたMigasミガスもそのひとつ。日をおいて硬くなったパンを崩して日持ちするベーコンやニンニクなどと炒めたのが始まりと言われています。
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ガスパチョは夏のメニュー、冬には濃厚なスープの煮込み料理Cocidoコシード、Sopa de Castellanaソパ・デ・カステジャーノ、Sopa de Ajoソパ・デ・アホといったニンニクの効いたスープがあり語るまでもなく日本のスペイン料理店でもお馴染みです。ラ・マンチャの冬はカスティージャ・イ・レオン州ほど厳しくはありませんが空気が乾き標高も高いため風向きによっては底冷えのする日もあるのです。
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Carcamusasカルカムーサスは豚の赤身肉のトマトソース煮込みに初夏の旬グリンピースを加えたトレド県の郷土料理です。スペインの家庭料理にはPlato de cucharaプラト・デ・クチャラと総称されるスプーンだけで手早く食べられる煮込みGuisoギソの類いが少なくありません。料理する=ギソする=煮込む、と辞書にもあるほど煮込みは庶民の胃袋を満たす核的存在です。定食屋だとパエジャかサラダが一皿目、プラト・デ・クチャラは二皿目の扱いですが子育てで忙しい一般家庭の平日だとプラト・デ・クチャラとパンで簡単に済ますこともあります。カレーライスやチャーハンの手軽さと同じですね。
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アルバセーテ県に接するムルシア州に起源を持つアタスカブーラスAtascaburrasは別名バカラオ・コン・パタタスBacalao con patatasジャガ鱈とも呼ばれているラ・マンチャ名物タパス、あるいはプラト・デ・クチャラです。
簡単に言えばほぐした塩鱈を混ぜたマッシュポテト。前回カスティージャ・イ・レオン州のパタタス・レボルコナスを紹介しましたが、あのお魚バージョン、コレステロール値を抑えたいならこちらをおススメします。
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クエンカ県名物のサラッホスZarajos仔羊のかまど焼きはガイドブックのグルメ情報によく登場しますし、知る人ぞ知るマデッハスMadejas仔羊のトリッパぐるぐる焼きはカスティージャ・イ・レオン州のラ・リオハでも紹介してしまったし、というわけで、最後の一皿はGachasガチャスを紹介しようと思います。
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ガチャスは小麦粉と牛乳あるいはコンソメスープを粥状に煮たものでスペインの離乳食です。飢えを満たす食べ物だった時代もありガチャスを作る小麦粉さえ手に入らない時はカラスノエンドウ豆やラチルス豆を挽いた粉を使いました。ピンク色の小さな花のあとに上を向いて付く黒いサヤが印象的なカラスノエンドウは春先の東京でもたくさん見ますね。ラチルス豆Almortasアルモルタスというのは日本名レンリソウの豆のことです。日本では川岸などに自生していますが埼玉県など地域によっては絶滅危惧種に指定されている貴重な植物なのです。
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地中海沿岸から広く西アジアまで特にインドで栽培されているラチルス豆は乾燥に強くやせ地でも育ち豆の収穫量も多いため小麦と混植される植物です。美しい色の花を咲かせるアルモルタスですがレンリソウ属に分類される植物には有毒成分が含まれています。挽いて粉にしたラチルス豆は少量なら問題ありませんが多量に常食すると下半身の麻痺を伴うラチルス病を引き起こすと言われています。
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2021/08/01

Plato Español ⒃ (Castilla y León)

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スペイン最大の面積を持つCastilla y Leónカスティージャ・イ・レオン自治州はその名からも分かるように東のカスティージャと西のレオンという二つの地域を結合した地方です。現代のスペイン王国が成立したのは19世紀初頭のこと。それ以前の、ブルゴスを首都としたカスティージャ王国とレオンを首都としたレオン王国が婚姻関係を重ねながら併合と分離を繰り返していた中世代の「スペイン」とはこのカスティージャ・イ・レオン地方のことでした。
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首都マドリードか半日で往復できるアビラやセゴビアなどの名所があり海外からの観光客にも人気のあるカスティージャ・イ・レオン州はメセタと呼ばれる高原台地の上に乗っています。イベリア半島中央部の約半分を占めるメセタの北半分がカスティージャ・イ・レオン州、南半分がカスティージャ・ラ・マンチャ州と言えば分かりやすいでしょうか。
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5~800mと標高が高く寒暖の差が激しい大陸性気候のため雨が少なく乾いた大地が広がっていますがメセタの中央を東西に流れるドゥエロ川水系の周辺は沃野が広がり豊かな実りをもたらしています。20種類もの豆の産地であり、キノコ、栗、上質な松の実で有名なカスティージャ・イ・レオンの主産業は牧畜。飼育する羊の数と品質は常にトップクラスを保っています。
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そして食肉のトップもやはり羊。カスティージャ・イ・レオンだけでなくスペインの羊肉は驚くほど美味しく部位も脚、腿、脇腹、背肉と豊富です。広く知られているセゴビア名物にCochinillo asadoコチニージョ・アサード仔豚の丸焼きがありますが、ブルゴスやパレンシア、バジャドリーの名物にはCordero lechal asadoコルデロ・レチャル・アサード乳呑み仔羊の丸焼きがあり、カリッとローストされた皮と脂肪が少ないのにしっとりした香ばしい肉には塩だけで充分、アメリカやイギリスのようなミントソースなど不要な美味しさです。
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交通事情の悪かった昔、魚介といえばカワマスやテンカ(鯉科の淡水魚)、カタツムリやザリガニでした。レオンのSopa de truchaカワマスのスープ、パレンシアのGuiso de cangrejo del rioザリガニの炒め煮は伝統的な家庭料理として今も愛され続けています。
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ガリシア州境に近いEl Bierzoエル・ビエルソ地方は赤ワイン生産地としても知られていますが冬の御馳走あるいは保存食としてBotilloボティージョという特別な腸詰料理があります。今は市販品の購入が多くなりましたが昔は初冬のマタンサの時期に各家庭で手作りして保存しておいたボティージョを祝い事など家族が集まる時に煮込んで楽しみました。大きな鍋に丸ごとを入れキャベツやジャガイモ、ローリエと共に水から二時間半ほどとろ火で煮込み最後の15分にチョリソを足して完成です。大皿に盛ってからボティージョを割りほぐして中身を取り出し皆で分けます。
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ソリアやアビラ、サラマンカではトレスノTorreznosをよく食べます。トレスノとは皮つきの豚の脂身をカリカリに炒め揚げたもので適当な大きさに切ってオツマミとします。マドリードのバルにもたまに置いてありますしアンダルシア自治州カディス県のヘレスではチチャロネスと呼ぶ郷土の名物です。
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Patatas revolconasパタタス・レボルコナスというオツマミはソリア庶民に人気のある一品。トレスノを取り出したあとの豚脂でパプリカ粉とカイエンヌペパー、輪切りのニンニクを焦げないように弱火で炒めます。あらかじめローリエとともに茹でておいた温かいジャガイモを加えパプリカ風味の粗いマッシュポテトを作り、飾ったトレスノでマッシュポテトのディップをすくって食べます。
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北のカスティージャ・イ・レオンと中央のマドリッドと南のカスティージャ・ラ・マンチャは大らかな気持ちで見れば同じカスティージャ地方の自治州。郷土料理はかなり似通っています。代表格ソパ・デ・カステジャーノやコシードは日本でも知られている有名料理なので今回は紹介を省きました。












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