2011年01月26日

将棋は駒の再使用が可能なのになぜゲームのバランスが崩れないのか その1

 今回は少し対象を変えて将棋について扱ってみる。昨年中国広州で行われたアジア大会で同じ盤上ゲームである囲碁が行われたくらいだから、まったく無関係というわけでもないだろう。

 

1 駒の再使用が可能になったことによる変化

日本生まれの将棋は、チェスや中国象棋など海外の類似ゲームと異なり駒の再使用が可能だ。そのため、終盤になっても駒の動きが限定されることはなく多彩な攻防が繰り広げられ、引き分けは少ない。それが将棋の優れた点であると言われている。


 このことに異論はないが、感心するのは、駒の再使用が可能になったことそれ自体よりも、「駒の再使用が可能となっても、なぜゲームのバランスが崩れないのか」ということだ。


 それまでできなかった駒の再使用が可能になったら、①駒を打つことが可能になる、②終盤になってもゲームに参加する駒の数が減らないという二つの大きな変化が起こる。あまりにも簡単に勝負が決まってしまったり、逆にいつまでたっても勝負が決まらなかったり、必勝パターンが見つかってしまったりしてゲームのバランスが崩れてしまうことも十分考えられる。そうならないために、どのような工夫がなされたのだろうか。

 

2 チェスとの比較

子供のころ自宅にチェス盤があったので、最初にチェスを知りその後将棋を知ったが、将棋の次の3点について不思議に思った。

    なぜ駒の力がチェスに比べて弱いのか

    なぜ取った駒をどこにでも打てるのに簡単に勝負が決まらないのか

    なぜゲームに参加する駒が減らないのに終盤になると勝負が決まるのか


 このうち②と③は逆の方向の話であるが、実力者同士の力の拮抗した対局で、序盤で簡単に勝負が決まることもなく、逆にいつまでたっても勝負が決まらないこともなく、ほどよい時期に勝負が決まるのを不思議に思ったのだ。

詳しく書くと次のとおりだ。

 

3 なぜ駒の力がチェスに比べて弱いのか

将棋はチェスに比べて駒の力が非常に弱い。チェスには将棋の飛車と同じ動きをする駒が2枚、角と同じ動きをする駒が2枚、桂馬と似たような動きをするが桂馬の4倍の場所に移動できる駒が2枚、さらには飛車+角という最強の力を持つ女王という駒が1枚ある。


 将棋には飛車も角も1枚しかなく、女王のような最強の駒もない。金と銀が2枚ずつあるが、名前の割には動きはしょぼい。

 

4 なぜ取った駒をどこにでも打てるのに簡単に勝負が決まらないのか


 チェスは、盤上にある駒を移動させることができるが、駒を打つことはできない。

囲碁は、石を打つことができるが、盤上にある石を移動させることはできない。

それらに対し将棋は、盤上にある駒を移動させることと駒を打つことの両方が可能だ。駒の再使用が可能となったため、ゲームに駒を打つという新しい要素が加わったのだ。


 将棋で、盤上にある駒を自分の置きたい場所に移動させるのは容易ではない。一方、持っている駒は、二歩や打ち歩詰めなどが禁止されているくらいで、基本的にいつどこの場所にどの駒を打っても構わないので、容易に自分の置きたい場所に置くことができる。


 同じ駒でも盤上にあるときより持駒の方が駒の威力が大分強力になるのではないだろうか。(注参照)


 しかし、強力になりすぎて、実力者同士の力の拮抗した対局であっても、いきなり絶妙の場所に王手を打たれて簡単に勝負がついてしまうようにならないのだろうか。


 普通なら駒の再使用が可能になっても、自陣にしか打てないとか、いきなり王手は禁止とか、力が大きくなりすぎないように制限を課すのではないか。よくどこに打ってもよいという思い切ったことをしたものだ。


 制限を課さなくても、なぜ簡単に勝負がついてしまわないのだろうか。


(注)小沼諒氏は
「将棋の歴史:持駒制度の意義」の中で、「移動が限定される盤上の駒より、持駒の方が個々の局面において適材適所に配置される可能性が高い」ことから、「戦力の総和は双方の持駒数の増加に従って向上する」とし、「中・終盤になってもゲーム展開が単調にならない」「むしろ序破急という激しい展開になる」としている。

 

5 なぜゲームに参加する駒が減らないのに終盤になると勝負が決まるのか


 将棋は、ゲーム開始当初盤上に計40枚の駒が並んでいる。この40枚の駒は終盤になってもすべてゲームに参加している。盤上にない駒も持駒として機能しているからだ。


 ゲームに参加する駒が減らないと、こう着状態に入りなかなか決着がつかず延々とゲームが続くことになりやすいのではないだろうか。


 チェスは、終局に向かうのは駒が減少することが大きいように思う。駒の数が減少すると、王の守りが手薄になるので、王を取りやすくなり決着がつきやすくなる。ただ、攻めるための駒も少なくなるので、終盤の駒の動きが限定され引き分けが多くなるが、引き分けも一つの決着の仕方だ。勝負がつくにしろ引き分けになるにしろ、ゲームは終局に向かう。


 しかし、将棋は駒の数が減らない。終盤になっても多彩な攻防が繰り広げられる。攻撃態勢を整えられるが、守備も整備される。王の守りが手薄になっても持駒で補強できる。なかなか決着がつかなくても不思議ではないように思う。


 しかし、実力者同士の力の拮抗した対局であっても、大抵百数十手くらいで決着がついている。将棋には駒の数が減ることの替わりに終局に向かう要因があるはずであるが、それは何なのだろうか。


 次回にそのことについて考えてみる。

 



quiquiruko352 at 13:23│Comments(0)TrackBack(0)将棋 

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