女性から絶大な人気をもつAV男優

一徹さんのお話をうかがう機会があり

今では

女性のためのAVも盛り上がってて

なかでも

『胸キュン』

という要素は大切なようで

その一つに

ツンデレ男子

というカテゴリーがあるそうです。


イケメンでツンツンしてるんだけど

ちょっと強引に壁ドンされたり?


「ツンデレ、好きな女性多いですよね〜。鉄板じゃないですか〜」

少女漫画からの影響なんですかね〜


という一徹さんの素朴な感想をうけて

なるほど〜っと

考えてみると。


自分の周りに

この人ツンデレだな!

という人間がいたことはなく、

実際にツンデレな人とつきあったことも

ないわけだが

そうなってくると

本当にそんな人が

実存するのか疑わしいが(自分の周りにいないだけかもしれない)

たしかに

ドラマや映画の世界で

ツンデレ男子が

一人の女性にこころをひらき

照れながらも壁ドン?などしながら

だんだん恋が実っていく様子は

たしかに

見ていて甘酸っぱく

これが胸キュンか!

と、思ってしまうわけだが

なんで

私たちは

ツンデレ男子? が好きなのだろう。


まずは、イケメンじゃなきゃ

なりたたない前提がありそうだが


自分にだけ心を開いてくれる感、

その変化していくさまを

目にすることで

そこに

自分に対する一途さと特別感、そして

母性本能をくすぐられのだろうか。



ちなみに

ツンデレ文化が

世界てきにも人気かどうかは

わからないところでは

あります。

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これから新宿三丁目に行く。

けっこうアクティブな動きだと思うが

今日のレッスンは

「何もしないこと」

少なくとも1時間は存在するだけの時間をつくってください。

と、ある。


電車を待ちながら

おおきな木を見つけた。


木は、ただ存在する

ということに近いのかな

ちょっと木のまねをしてみる

そんなことをしていたら

5分ほど電車がきた。


あれこれ用事をすませて

帰路

また電車にのった。


席に座ると70代〜80代と思われる。

夫婦が目の前に来た。


いたく、ご主人の視線を感じて

視線をむけると

こちらをガン見している

ご主人と目があった。



あ。これ、席ゆずれってことかしら?



私は席をたち

「どうぞ」

言ってみた。


しばらく間があり、


「お前座れよ」

「あなた、年寄りって思われたのよ」


と、夫婦の会話。しばらくやっていたが、

けっきょく、奥さんが座って

収束した。


席ゆずるって、むずかしいな〜っと

感じつつ

そういえば、今日のレッスンは

「何にもしない」

だった〜っと、思い出した。


何もしないって

一番むずかしいかも。

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●江原河畔劇場の話を続ける。プロジェクトページを確認したところ、初日に売り切れていた999万円の江原河畔劇場ネーミングライツ三年分コースは現在再び売り出し中状態に戻っている。私が注視していた法人限定の100万円のコースは2つ売れて残り8個だったのが1つ売れて残り9個に修正されている。実際どうなっているのか質問しようかとも思ったが、おそらく何らかの不具合があったのだろうし、現状で正しいので察してくれということなのだろうと思い直した。前回書いた通り、弊法人の意思決定機関である役員会でこのプロジェクトへの支援を提案したところ、全会一致で否決され、あえなく撃沈した。実質20万円で劇場に三年間法人名掲示プラス観劇無料券100枚ですよ、と力を込めて説いたのだが、そもそも営利を目的としない宗教法人でそのような宣伝行為はかえってマイナスイメージになるのではないかという意見もあり、公益のために採算を度外視して私財を投じる寄付文化の思想が全く理解されていないらしいのが残念だった。

●それだけならまだいいのだが、多くの役員会参加者には私が何を求めているのか全くわからないようだったし、江原に新しく建設中の劇場が話題になっていることについても、全く知らないか、知ってはいるが、あんな取り壊し寸前の商工会の建物が劇場になるわけがないと頭から否定してかかる人がほとんどだった。また演劇文化の役割についても、ロザリオ何とかいうやつが何かやっているようだが、そんなものが地域おこしや金儲けになることなど100%ありえないと鼻で笑う人がほとんどだった。城崎国際アートセンターしかり、この江原河畔劇場しかり、業界内での華々しい成功と広範な支持の裏にはこのような地元の保守派の頑迷固陋な無理解がある。そして現場の人間を直撃するのはこの後者のほうである。クラウドファンディングの支援コメントだけ読んでも世の中の全面はわからない。こういう無理解には、まあ15年後を見ててくださいよ、と言いたいのだが、年齢を考えると15年後にはかれらのほとんどが生きていない。だからあえて説得の労をとるより無視したほうが合理的だということになってしまい、それもよくない。

●78歳で死んだ私の父が最後に読んでいたのは平田オリザ氏の新書『下り坂をそろそろと下る』だった。(豊岡を扱ったページに爪楊枝が挟まれていた。)あれで意外に進歩的だったのかと今にして思う。


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