2018年10月

●どう見てもアートでないものがアートを僭称することがある。それにいちいち目くじらを立てるのは意味がない。そんなものは無視すればいいだけであって、それをアートとして真面目に批評しようとしても徒労に終わるだろう。

●たしかにアートを明確な言葉で一義的に定義するのは難しい。しかし非言語的なイメージとしてなら、たいていの人はアートに対して一定の観念を持っている。たとえばゴッホ。あの耳を切った、不器用な生活者、彼のカンバスは燃えるようだ。たとえばアンディ・ウォーホル。ポップ・アートの旗手、俗悪な商業主義が逆説的に彼を生んだ。たとえば岡本太郎。「芸術は爆発だ」と喝破し、生きることがアートだった。たとえば赤瀬川源平。梱包も千円札も芸術の自壊ギリギリを突き詰めた捨て身の行為だ。以上の列挙は趣味的に偏っているかもしれない。しかしそれでも「アートとは何か」という問いに間接的に答ええている。アーティストは自分の生きている状況に駆り立てられて世界を represent する。何が彼らをそうさせたかという問いに正確に答えるのは難しいが、そうせずにはいられない何かがあったからだと多くのアーティストは答えるだろう。その思いがまったくない世界具現はいくら巧緻で美しく万人を感動させるものであってもアートとは言わない。

●藤田直哉 編・著『地域アート 美学/制度/日本』(2016 堀之内出版)の最初の章を読んでいて、どうも苛立ちの矛先が違うのではないかと感じたので以上のことを書いてみた。屈託なく、善意で、社会や地域に貢献することを肯定している営為はアートとは何の関係もないおそれがある。しかし他人の行為を「これはアートではない」と切って捨てるからにはもっと定義を煮詰めなければなるまい。



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●今週は以下のような感じ。
10月21日(日)
 通夜の直前、控室で伯父の訃報に接する。しかしコミュニケーションの手違いから葬儀依頼が受けられず。別の親戚の寺にお願いする。

10月22日(月)
 葬儀(伯父のとは別の)。

10月23日(火)
 午後一で出石湖月堂へらくがんを取りに行く。帰宅後、法要の準備。はかどらず。O氏、T氏と19時3分の最終の特急で東京出張。移動中は上野千鶴子の『情報生産者になる』を読む。23時45分頃着く。

10月24日(水)
 会議、懇親会。

10月25日(木)
 4時起き。飛行機で帰豊。昼前、親戚の寺へ伯父の通夜・葬儀のお礼に行く。あちらも法要前。荘厳を見せてもらう。チョコレートを輪ゴムで貼ったのが秀逸。継職法要の会係の内諾を得る。伯父の葬儀を断った理由が別の葬儀ではなかったと伝えて絶句される。
 19時半、法要出勤。導師を勤める。四句念仏に入るところの高さを間違えるなど。

10月26日(金)
 10時、法要出勤。
 19時半、当山法要。喚鐘をたたき始める時間が早すぎた。(間違え、なおかつ腕時計が狂っていた。)但馬米穀に頼んだ小餅は一日でひび割れた。
 終了後、Facebookでコメントをもらうがスマフォのブラウザ(アプリではなく)からしか見えないのでかなりの間わからなかったし、やっと返信しても既読にならないので著しく気を遣って消耗する。



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●最近気づいてしまったのだが、時間性やプロセス、社会性をとりこんだ現代アートを何か全く新しいもののように見做す言説が散見されるのは一体どういうわけだろう。ホメロスや平家物語を想起するまでもなく、一個人の作者によってつくられる単体作品としてのアートこそが近代という極めて特殊な一時期に特有の例外的なものなのだ。こんなことは常識ではなかったのか?

●そのうえで、アートの可能性について考える。死ぬのは個体だけだ。社会的な存在は死なない。われわれが死を忌避し、不死を求めることが、社会的なアートの隆盛につながっている。

●死に対峙するための後ろ盾がなにもないことを不安という。ニーチェの意味で神が死んで百年、世界にとって、不安はとっくに耐えられる限界を超えていた。そこへインターネットがあらわれた。思い出してほしい。インターネット黎明期、これをアートの文脈以外で見ることのできた人はいるか?

●死との共存共栄。ひとつには、死をその構成要素として含むアートを生きることが考えられる。自分の死がブログ投稿のトリガーとなり(つまり生きているあいだは更新できていた投稿予約の延期が成されなくなり)匿名で書き続けられていたそのブロガーの本名が明かされ、二つの人生が一致するなど。私はそういう話を実際にしたことがある。「私、実はあさって誕生日でして、せっかくなので皆さんに誕生日にまつわる私の秘密をお話ししてご法話に替えさせていただきたいと思います。その秘密というのは、まず、私、ここ18年ほど、実はこっそりブログを書いております。」という風に始まり、誕生日に投稿されるよう設定している自分の死亡報告を毎年延期していることを明かした。その死亡報告には私の名前と享年が書いてある。「このエントリがアップされたということは俺はこの世にいないだろう。」で始まるそれはキザで鼻につく文章だが、あとに残す者のために、自分の死を悲しむ必要はないと書いてある。この通り俺は満ち足りていたと。


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前回書いた読書会に参加した。最近のアートはヌルい、とんがってない、問題解決だけを目的化している、ようするにいい子すぎる、というような意見が多かったと思うので、まずはそのことについて一言。

●私はアートは必ずとんがっていなければならない(またはアートだけは最後の聖域としてとんがっていてほしい)とは思わない。アートがとんがるのもとんがらないのも状況次第である。アーティストは自分の生きている世界に起こっている変化の兆候を誰よりも早く敏感に捉えて提示するものだ。現代アートが《穏健・建設的・善・薬》になっているとすれば、それは世の中がそうなっているからにすぎない。かつてのアートの《過激・破壊的・悪・毒》なところを基準にして今のアートを断罪するのは古い価値観に囚われているのではないか。おそらく昔も価値の転換に際しては全く同じ動揺があったはずだ。20世紀初頭、ダダやシュールレアリスムがあらわれた時代には、古い芸術の立場から眉を顰める大人たちが無数にいただろう。アートの消長はそのぐらいのタイムスパンで見るべきものである。

●ただ、これは現代アートはさまざまな大人の事情を忖度して穏健になったほうがいいという意味では全然ない。それはまた話が全然ちがう。両者をちゃんと区別したい。豊島区池袋とコラボした社会参加型アート作品(予算も池袋から出ている)が行政批判などの過激な方向へ走りすぎて圧力がかかり、変更を余儀なくされた、というような例が出たが、そういうのはハッキリ問題視すべきだ。

●読書会は参加者5人のこぢんまりした会だった。もっと深めたいので同じ書籍で第2回をやることになった。さらに今後は芸術祭批評の場としての読書会や、音楽と社会との関わりについて考える読書会も予定されていることが明かされた。芸術祭批評という着眼点がとくに鋭い。近年いろいろな地方で開催されているビエンナーレやトリエンナーレは、たしかに成功しているものもあるが、箸にも棒にもかからないものも決してなくはない。われわれの地方でも来年の9月に「豊岡国際演劇祭」が開催されると言われているが、そのための徹底的な議論は果たして充分なされているだろうか。これは文化芸術政策に未来を賭けている地方に住むものにとって他人事ではない切実な問題である。


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『ソーシャリー・エンゲイジド・アートの系譜・理論・実践』を読んだ。私はこの「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」という用語を初めて聞いたが、今となってはこれが主流のアートだと思う。デュシャンの『泉』(1917)あたりからこっち、社会的文脈をその構成要素として含まないような芸術は批評の枠からはずされる。何が主流か傍流かを決めるのは多数決ではない。印象派の時代に印象派っぽい絵ばかりが描かれたわけではなく、数のうえで圧倒的多勢だったのは普通のリアリズムの肖像画などだった。それでも印象派は内在世界への幸福な溶融的没入の果てに空虚をひらいて表現主義の “無からの叫び” を準備したという位置づけによって歴史となった。同じように抽象・ダダからシュールレアリスムを経て自己解体に至り、今また建設の苦しみにあえぐ現代アートにとって、プロセスや社会的文脈を含まない(=非時間的かつ個人的な)アートは傍系にすぎない。
 
ソーシャリー・エンゲイジド・アートの系譜・理論・実践 芸術の社会的転回をめぐって
アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会
フィルムアート社
2018-07-26


●順序として、まずアートの定義をしておこう。アーティストがやむにやまれぬ思いから成す世界具現をアートという。それはさまざまな形をとりうる。自己表現へ向かうこともあれば潔癖なまでの自己滅却に徹することもある。リアリズムになったり抽象主義になったり、時間的であったり空間的であったりする。「彼の人生は一個のアートだった」というような言い方もできる。なぜその作品をつくったのかアーティスト自身にも説明できないことも多いだろう。しかし必要条件として、そうせずにはいられないという内的な衝迫から成されたものであることが絶対で、それがなければどんなに巧緻で万人を感動させる作品であってもそれをアートとは呼ばない。

●アートは状況の産物である。この本との関わりで言えば、ここで扱われているソーシャリー・エンゲイジド・アートは建設的・非パンクであることを特徴とするだろう。そこに最大の意義がある。かつてアヴァンギャルド芸術は破壊的でパンクだった。『泉』は言うまでもなく、60年代日本のハイレッド・センターあたりまではパンクだった。しかしいつの頃からか「いまさらパンクでもないだろう」という状況が支配的になった。先日のバンクシーのシュレッダーはパンクであり、かつ、かっこいいという稀有なものだが、それは芸術作品がオークションで高額取引されるという習慣が非常に強いものとしてあるからで、特殊な状況である。パンクであることがかっこいいという不幸な状況。

●建設的・非パンクであることによって、ソーシャリー・エンゲイジド・アートは地方活性化の唯一の切り札だと私は考える。大都市よりも地方小都市のほうが社会との密な関わりがしやすい。

●地域の中で誰もが日々やっているような仕事、たとえば私であればドメインを取って自分の主管する寺の公式サイトを作り、世界へ向けて発表する文章を書き、法要やイベントを組織するなどの、こういう一連の社会的実践をアートでないという理由はない、ということを教えられたのがこの本を読んだことによる最大の収穫だった。

●以上、偶然Facebookでこの本の読書会が近々開かれることを知り、とりよせて一読してみた感想である。希望しかない。あとは読書会にひとりでも多くの人が来てくれれば。


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