●パトレイバーのBlu-rayはほぼすべて見終わりあと映画版のディレクターズカットを残すのみ。(通常版を見ても何が何だかわからない。これはディレクターズカットを見ろといっているのだろう。セーラー服と機関銃みたいなもんだ。)


●読んでいる本に書き込みをするということを時々するのだけれど、梅棹忠夫に教えられたのは、要約などを書いても意味はないということだ。それならその本をもう一度読めばいいじゃないか全部書いてあるのだから。そうではなくて読んだ内容とは関係なくてもそこから閃いたこと・触発されたこと・つまり新しい創造を追加すべきなのであって、それを何年もかけてカードにまとめてシャッフルしてさらに組み替えによる新しい創造を積み重ねていく。知的生産なんてほんと一朝一夕にできるものじゃない。

●堀田善衛『時空の端ッコ』読了。最後の回想が圧巻だった。1968年のソ連軍のプラハ侵攻とほぼ時を同じくしてA・A作家会議10周年を祝う集いがタシュケントで催され、その席上でただひとりこの軍事弾圧に言及して場を凍りつかせた堀田善衛はモスクワへ帰るやいなや党の大立者や各種ジャーナリストに取り巻かれてこの侵攻の正当性を説かれることになる。(当時のタシュケントはソ連でありこの集いの主催者はソ連作家同盟であった。)

●堀田善衛にははねっ返りのようなところも口で身を滅ぼすようなところもなく、モデストで尋常な知識人なのだけれど、それでも日本を脱出して何十年もヨーロッパで暮らしたのは作家としての主題の要請もさることながらつまらんことで引っかけられたらあほらしいと思ったからではなかろうか。西村博之が逮捕される前にフランスへ身を躱したように。
時空の端ッコ (ちくま文庫)
堀田 善衛
筑摩書房
1998-01



(金川信亮)