カテゴリ: 【スタッフより】

●江原河畔劇場の話を続ける。プロジェクトページを確認したところ、初日に売り切れていた999万円の江原河畔劇場ネーミングライツ三年分コースは現在再び売り出し中状態に戻っている。私が注視していた法人限定の100万円のコースは2つ売れて残り8個だったのが1つ売れて残り9個に修正されている。実際どうなっているのか質問しようかとも思ったが、おそらく何らかの不具合があったのだろうし、現状で正しいので察してくれということなのだろうと思い直した。前回書いた通り、弊法人の意思決定機関である役員会でこのプロジェクトへの支援を提案したところ、全会一致で否決され、あえなく撃沈した。実質20万円で劇場に三年間法人名掲示プラス観劇無料券100枚ですよ、と力を込めて説いたのだが、そもそも営利を目的としない宗教法人でそのような宣伝行為はかえってマイナスイメージになるのではないかという意見もあり、公益のために採算を度外視して私財を投じる寄付文化の思想が全く理解されていないらしいのが残念だった。

●それだけならまだいいのだが、多くの役員会参加者には私が何を求めているのか全くわからないようだったし、江原に新しく建設中の劇場が話題になっていることについても、全く知らないか、知ってはいるが、あんな取り壊し寸前の商工会の建物が劇場になるわけがないと頭から否定してかかる人がほとんどだった。また演劇文化の役割についても、ロザリオ何とかいうやつが何かやっているようだが、そんなものが地域おこしや金儲けになることなど100%ありえないと鼻で笑う人がほとんどだった。城崎国際アートセンターしかり、この江原河畔劇場しかり、業界内での華々しい成功と広範な支持の裏にはこのような地元の保守派の頑迷固陋な無理解がある。そして現場の人間を直撃するのはこの後者のほうである。クラウドファンディングの支援コメントだけ読んでも世の中の全面はわからない。こういう無理解には、まあ15年後を見ててくださいよ、と言いたいのだが、年齢を考えると15年後にはかれらのほとんどが生きていない。だからあえて説得の労をとるより無視したほうが合理的だということになってしまい、それもよくない。

●78歳で死んだ私の父が最後に読んでいたのは平田オリザ氏の新書『下り坂をそろそろと下る』だった。(豊岡を扱ったページに爪楊枝が挟まれていた。)あれで意外に進歩的だったのかと今にして思う。


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●今回は読まないでほしい。自分のためだけに書く。江原河畔劇場のクラウドファンディングが開始早々かなりの評判である。私はずっとウォッチしているが、1日目にして支援総額500万円を突破、2日目もみるみる伸びていき、現時点で832万2千円に達している。数種類あるリターンのうち私が注視しているのは法人限定の100万円のコースで、それには劇場の終身会員権(死ぬまでタダで観劇できるということだ)一人分と観劇無料券100枚、さらに三年間、法人名を劇場に掲示してもらう権利がつく。(このコースにはほかにも特典がつくが省略する。)クラウドファンディングの支援というものは損得勘定でやるものではないだろうが、それでもこのリターンはどう考えてもお得で、豊岡の法人がこれに乗らないのは馬鹿ではないかと思われるほどのものである。もちろんそんなことはみんなわかっているようで、十枠しかないこのコースは初日に一つ売れ、2日目にもう一つ売れた。私はいち宗教法人の代表役員をやっていて、宗教法人という性格上、終身の役職だが、もちろんこんな重大なことを自分の独断では決められないので、役員会を招集する。終身会員権だけのリターンが80万円で別にあることを考えると、劇場に法人名を三年間掲示+観劇無料券100枚で実質20万円という破格の値段である。終身会員には僕がなってその権利ぶんの80万円は負担しますから20万円をこの寺の未来のために宣伝費として出してくれませんか?と説得するつもりだ。(このほか300万円で法人名永年掲示というコースもあり、金さえあればこっちのほうが魅力だが、十年ひと昔と言われている昨今、先のことはわからないし、残念ながら私の経済力では乗れない。また、余談だが、999万円で江原河畔劇場のネーミングライツ三年分というのが初日に売れたのに、そのぶんがまだ支援額に反映されていないらしいのが気にかかる。これほど大々的に江原河畔劇場、江原河畔劇場と言っておきながら三年間は江原河畔劇場ではなくなってしまうということになるが、大丈夫なのか。偏見かもしれないがモノノフの人だったとしたらとんでもない名前をつけたりしないか。モノノフというのはももクロファンの総称で、BiSのファンの総称を研究員と言っていたようなものである。平田オリザ氏がももクロ主演の映画の原作をやっていたのだ。2015年。ドルヲタの方々は律儀である。)

●私が終身会員になっても年齢を考えるとそんなに永いあいだ権利を行使できるわけではないので、檀家の方のお孫さん、ひ孫さんの中から希望者を募って実費でお譲りするのがいいだろう。いずれ一連のストーリーをしかるべきところにまとめるが、現在思っていることを備忘録としてここに書いておく。

●役員会を招集するのはどうしても2月10日の夜になってしまうので、それまでに完売しないよう祈るばかりだ。こんなことは書かないほうがいいのかもしれないが、現在、ここには書かない諸事情のために関心の焦点が四つぐらいに分散してしまい、四すくみのようになって何もできない状態が続いているので、一つの焦点を解放するために今日はこんなことを書いた。


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●「迷惑をかけたくない」という呪いにかかる人がいる。それは元気な高齢者に多い。91歳のアマチュア写真家・西本喜美子さんは朝日新聞のオピニオンフォーラム「『人生100年』の現実」で何の迷いもなく次のように言っていた。

 年をとって一番嫌なのは、人に迷惑をかけること。自分で動けなくなって、食事やお風呂にも介助が必要になったら、介護してくれる人にも迷惑をかけるし、息子にもしょっちゅう来てもらわないといけなくなるかもしれない。

●しかしこれは相当危うい思考だと思う。世の中にいくらでも存在する「自分で動けなく」て「食事やお風呂にも介助が必要」な人たちのことを彼女はどう思っているのだろうか。その人たちへの介助はヘルパーさんたちにとっての「迷惑」だというのか。かりに彼女の息子がALSなどの難病に罹患して体が動かせなくなり、高齢でもピンピンしている彼女が息子の介護をしなければならなくなったとき、やはり彼女は息子に「迷惑をかけられている」と感じるのだろうか。

●普段から「迷惑をかけたくない」と公言している人が逆の立場に立ったとき、その人に助けられる人は「迷惑なのかな?」と思って遠慮しなければならなくなる。いくらそんなことはないと否定しようとも、普段を知っていれば、会話の中で否定しきれない澱のようなものがフッと流れる。それがここでいう《呪い》の意味だ。

●「迷惑をかけたくない」という意思表明は日常生活でもしばしば耳にするのだけれど、それが自分の中の差別感情に由来していないか、一度じっくり考えてみるべきだ。赤ん坊がおむつを替えてもらって済まながったりしないように、介助者と被介助者のあいだにネガティブな感情がよぎることのない社会を生きたい。人間は生まれてすぐに歩ける草食動物ではないのだから少なくとも二、三歳ぐらいまでは生存のために誰かの手をがっつり煩わせている。その返礼の意味も込めて、役割分担として、できる者ができない者を助けるのは迷惑ではなく当然だとする社会通念を意識的に醸成していきたいと思う。


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●ご講師の接待のため、いい感じの店を探していて、以前から気になっていた加広町のダイニング「酒菜哉」を選び、コースを食べたが(二日前に要予約)、かなりよかったのでまた行こうと思った。
●ソーントン・ワイルダー『わが町』(ハヤカワ演劇文庫・鳴海四郎訳)読む。昔ニッポン放送の何かのラジオCMで「ソーントン・ワイルダー『わが町』」と何度も何度も連呼されていたので覚えてしまった。
●隣保長なので、隣保の新年会の幹事をしたが、ちょっとしたおみやげを用意するのが習わしになっており、うさみへ行ってカタログを見ながら一番安い菓子折(600円ぐらい)を手配したら、これが大当たりで、しっとりしていて大変旨かった。
●住宅機器ショールーム入れ替えの季節なので、システムバスの展示品を見に行き、押さえる。これで安く手に入る。
●エミール・クストリッツァ監督『パパは、出張中!』見る。
●アラン・ロブ=グリエ監督『不滅の女』見る。
●「時効警察」に引き続き「帰ってきた時効警察」見始める。

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●イーヴリン・ウォー『ご遺体』(小林章夫訳・光文社古典新訳文庫)が面白かった。葬送業界を舞台にした中編小説である。ハリウッドで働いていたイギリス人の詩人デニス・バーロウはペット専用の葬儀会社〈幸福の谷〉へ転職する。ちょうど年長の同僚であり同居人でもあるサー・フランシスが映画会社から解雇されて自殺したので、界隈で評判の葬儀社〈囁きの園〉へ視察がてら葬儀を依頼し、自分のペット葬の仕事の参考にもしようとする。……という導入部はしかしどうでもいい。実際この導入部を丸ごと省略して「デニス・バーロウという若者は涙もろいというよりは、むしろ多感な人間だった。」で始まる章から読み始めたほうが躓きがないのではないかという気がしてならない。実際私は導入部のイギリス人同士の鼻につく異邦の地にあっての保身の会話に乗れなくて(英文学の話はいいのだが)永いあいだ読むのを中断していたのを、久し振りに手に取ってこの章から読み始めたら面白すぎて一晩で読んでしまった。英国風のどぎついユーモアが最高である。

●『ホテル・ニューハンプシャー』のトニー・リチャードソン監督で1965年に映画化されている。クリストファー・イシャーウッド脚本、DVDはリージョンフリーだ。これは見ねばなるまい。日本語字幕はないだろうが原作に忠実ならだいたいわかるだろう。……などと考えつつネットをザッピングしていたらこの映画はウォーの原作だけでなく公民権運動家で作家・ジャーナリストのジェシカ・ミットフォードの葬送業界暴露もの(?)The American Way of Death にも依拠しているという記述をみつけた。それからそれへと辿ると、脚本はイシャーウッドにばかり目が行っていたが、共同執筆者のテリー・サザーンという人は『博士の異常な愛情』の脚本家か!


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