超圧縮映画ガイド

映画を超高速で観る技術,CinemaGazerを用いて,普段観ることのできない長い映画,不朽の名作などを観まくって書くエッセイ風映画紹介. CinemaGazerダウンロードサイト:https://sites.google.com/site/qurihara/home/cinemagazer

ブレードランナー (1982年)

117分 → 20分(7.9x3倍)
総合評価:☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆
達成感:☆☆☆☆

ハリソン・フォード主演,SFの金字塔と言われる映画である.
故あって20分しか時間がなかったために時間指定圧縮したら7.9x3倍だった.さすがにこのくらいの速度になるとアクションシーンは画面変化が激しすぎてよくわからなかったが,内容の理解にはほぼ問題なかった.
この映画は,「マイノリティ・リポート」「マトリクス」と並んでIT業界ではよく引き合いに出される映画である.特にシニア世代の支持が厚く,「ブレードランナー知らないなんてダメだね」という雰囲気なのでいつも「なんかやだなー」という意識はしつつ,今日まで観ないで過ごしていた.
多少話がわきにそれるが,先ほど「イヴの時間」というSFアニメを見始めた.これは限りなく人間に近いアンドロイドが実用化された近未来の社会問題を取り扱った心理描写の繊細なドラマである.(残念ながらDVDに字幕がついていないので,通常速度での観賞を強いられている.)そのシーンの1つで,誰がアンドロイドで誰が人間だかわからなくなり疑心暗鬼になっている主人公の一人に対し,ある紳士が「ブレードランナーよ」と揶揄するように呼びかけた.どうやらブレードランナーはアンドロイドと人間の関わりを描いたものらしい.となると話は別である.ここはイヴの時間をよく楽しむ意味でも,ブレードランナーを理解しておく価値がある.そう思いイヴの時間の観賞を一時停止し,ブレードランナーに切り替えた.
僕はアンドロイドと人間,というテーマに敏感に反応してしまう.というのも,僕は現在は情報科学者だが,大学院の修士課程までは人間型ロボットの研究をしていたからだ.研究動機としては,「道具としてのコンピュータの追求」ということで今も昔も一貫しているつもりだが,当時(ホンダが二足歩行ロボットを発表したころだ)のロボット研究の業界はなんというか不思議な雰囲気だった.みんな純粋に鉄腕アトムやガンダムやパトレイバーやエヴァンゲリオンを作りたい,というロボット好きの人たちの集まりなのに,表向きには「二足歩行ロボットは人間と似ていて社会に溶け込みやすい.だから研究すべきである」という大義で動いており,その二重性に違和感を感じていた.ハードウェアの研究とともに人間らしい思考をロボットにも与える人工知能の研究も盛んに行われており,「ロボットが自律的に動作して問題を解決した.」「ロボットが人間と豊かなコミュニケーションをとれた」というような無邪気で強引な結論の研究を見るにつけて,その延長線上にある未来に僕は得体のしれないうすら怖さを感じてしまっていた.「そんな簡単にロボットに心が生まれた,なんて言わせないぜ」という思いもあったが,やはり人間とアンドロイドの区別がつかなくなり,心を通わせるようになったら,とても面倒で複雑な問題が生まれるに違いない,という直感である.僕が「道具」としてのコンピュータにこだわるのは,そういう面倒や複雑さからの逃避なのかもしれない.イヴの時間やブレードランナーは,そういう「複雑な問題」の一面を見せてくれる作品だ.

ブレードランナーに話を戻す.本作はざっくりと言えばセオリー通り,人間そっくりでいろいろな能力が強化されたアンドロイドが人間に反抗する世界の話だが,「ターミネーター」や「アイ・ロボット」のように凶暴化したアンドロイドに人類が単純に襲われる話ではなく,むしろ自我の芽生えたアンドロイドの葛藤に物語の主軸がある点が素敵である.当時高評価された「暗くオリエンタルな未来都市像」はそういう世界観にマッチしており,その後の数々のSF作品に影響を与えたという点もうなづける.

問題は,既に我々の世代はこういう「暗くオリエンタルな未来都市像,葛藤するアンドロイド像」に既に慣れきってしまっているということだ.今この作品を観たあとの素直な感想は,「まあ理解できる感じの話だよね.おおっとよく見たらもう30年近く前にこれを描いたのか.それは確かにすごいかも」という,ある種の非直感的な感動である.冒頭で話した「ブレードランナー世代」のシニア層の感じた感動は,もはや我々は感じることはできないということだ.あまりにその世界観が世の中に浸透してしまったための,名作ゆえの不幸である.
 
ところで,実はこの映画は「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」という小説の映画化版である.この小説の名もSF通の話になるとよく暗号的に出てくるので,今回ブレードランナーという形で消化できてよかった.驚愕なのは,この作者のフィリップ・K・ディックさん,なんとこの作品の他に,「トータル・リコール」「マイノリティ・リポート」という我々業界では決して無視できない数々のSFの原作者でもある.この事実はすごい.まさに巨匠と言えるだろう.

合わせて観たい映画: A.I. ,フィフス・エレメント

クライマーズ・ハイ (2008年)

145分 →49分(主映像6.0倍,字幕2.0倍)
総合評価:☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆☆
達成感:☆☆☆

日本アカデミー賞を受賞した、横山秀夫の小説の映画化版。堤真一主演。
1985年の日航機墜落事故をめぐって、奔走する地元新聞記者の活躍と新聞社組織のドロドロを描いた骨太の社会派作品である。
本作品に触れたきっかけは、単純に「SP 警視庁警備部警護課第四係」で堤真一演じるクールなリーダー像に惹かれたのでそれを再体験できそうだったこと、そしてtwitterで増井俊之氏(@masui)が本作品について、新聞社のありかたを単刀直入にdisっていたのを見たことである。

日航機墜落事故そのものについて、発生当時幼かった僕は「何かすごいことが起きてしまった!」という驚きだけを覚えている程度である。この事故について詳しく知ることができたのは本作を見て得られた数少ないプラス面である。
しかし、この物語の本質はそこではない。増井さんの言っていたとおり、実際の新聞社がこの映画に描かれているとおりだとすると、本当にひどいところですね。今と当時で一般的な会社の社風の違いもあるんでしょうが、もう基本的に恫喝、罵倒、暴力による問題解決なんですよ。「読者に有益な情報をいち早く提供する」という正義のもと、あらゆる欲望と権力が渦巻いているんです。どうやって他社を出し抜くか。どうやって組織内の頭の硬い上層部を説き伏せるか。どうやって組織内の仲の悪い他の部署と戦って利権を保つか。どうやって部下をこきつかうか。基本的にみんな一生懸命仕事してるんです。締め切り前は常に夜更かし。当然家族にも愛想をつかれ、ますます仕事に没頭していく。
一体何のために新聞を作っているんだろうかと思ってしまう。こんなにも政治的で非人道的なことを毎日のように続けるには、報道の正義という理想だけではとても自分の身を支えられないと思うんです。

もしこれが、現代の働き盛り世代、もしくはもう少し上の世代の男性の「男は仕事」的なプライドを擁護する側面をメッセージとして持っている映画ならば、おそらく成功していると思う。しかし、すくなくともみんなで仲良く、男女平等、ワークライフバランスを良く、の思想を教育された僕にはあまり賛同しかねる。
「骨太」と評されるって、そもそもこういうものなのかもしれないけれど。
ああ、高速鑑賞があって本当によかった。なければ絶対に途中でやめてただろう。


P.S. 偶然別のタイミングで家内が日航機墜落事故を知るためだけに長編小説「沈まぬ太陽」に手を出したが、どうやらこの映画と似たところが多いものだったらしい。「事故のことを知りたいだけなら、○巻だけ読めば十分だよ」とアドバイスされました。


ムーンウォーカー (1988年)

93分 →19分(主映像6.0倍,字幕2.0倍)
総合評価:☆☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆
達成感:☆☆

マイケル・ジャクソン主演、原案、製作総指揮のミュージカル映画。
2009年の彼の訃報は世界に衝撃を与えたが、僕自身と彼との(一方的な)関わりは20年ほど前に遡る。僕は実家が2件の駄菓子屋に挟まれた場所にあり、当時の駄菓子屋につきもののアーケードゲームコーナーが僕の憩いの場所だった。お金がなかったので、近所の兄ちゃんがプレイするのをひたすら見続けるだけで飽きもせず時間を過ごしたものだ。
1990年、セガから衝撃的なゲームがリリースされた。「マイケル・ジャクソンズ・ムーンウォーカー」である。当時圧倒的なクオリティでゲームを世に送り出していたセガが、クォータービュー(斜め上から見下ろすスタイル)のアクションゲームとしてマイケルを登場させてきた。
当時マイケル・ジャクソン=後ろ向きに歩く歌手、くらいの知識レベルであった僕だが、グラフィックの美しさ、そして攻撃の「ためうち」ができる爽快感などから、それなりにゲームに詳しくなっていた僕はわりと高評価をこのゲームに下していた記憶がある。
しかし、このゲームにはどうしても少年には理解しがたい2つのフィーチャーがあった。
一つ目は、ダンスボタンである。当時のゲームでは、戦況が厳しくなった時に画面上の敵や敵の攻撃をすべて撃退する「ボム」と呼ばれる使用回数制限付きのボタンがよくついていた。本ゲームでも然りである。しかし、マイケルはここからが違う。ボムではなく、あくまで「ダンス」である。ダンスボタンを押すと、これまで血相を変えてマイケルに襲いかかってきた敵が、マイケルの「あおぅ!」というシャウトとともに突如として一致団結し、美しいダンスをみんなで披露してくれる(そしてその後彼らはいなくなる)。その不条理よ。
二つ目は、おさるさん「バブルス」に触れることによる、いきなりのマイケルの「ロボット化」である。ロボット化すると、レーザやミサイルで敵をなぎ倒すことができる。なんというか、ゲームの世界観がうまく捉えられない。マイケルはすごいなぁ。当時の純粋な僕は「マイケルはそういう存在なんだ」と自分に言い聞かせることしか出来なかった。

そして月日は流れ、惜しくもマイケルはこの世を去った。僕の手元には映画「ムーンウォーカー」が届く。
この映画は、前半はマイケルのライブ映像がサイケデリックな表現とともに編集され、後半はストーリー仕立てミュージカルになっている。
前半のライブ映像はなかなかシュールなものがあり、6倍速のため肝心のダンスは全く何をやっているのかわからないが、映像の面白さは今でも十分関心する。
セリフはほとんどないので、あっという間に前半は終了した。
後半は子供たちを麻薬漬けにしようとする悪の組織から子供たちを救う物語を中心にマイケルの歌とダンスが織り交ぜられる。
これがのちにゲーム化された世界観であった。
確かに、悪者に囲まれたマイケルが突如踊り出すと悪者がバックダンサーとしていい働きをした。
そして、マイケルも最終的には唐突にロボット化しレーザとミサイルで悪の組織を壊滅させた。

こういうことだったのか!!
目からウロコが落ちた僕は、この20年の断絶を埋めることができ幸せな気持ちになった。
ありがとう、マイケル。
安らかに眠ってください。

注:ゲーム等の背景知識なく初見でこの映画を主映像6倍,字幕2倍で見ると、まったく内容がよくわからない可能性があります。

アバター (2009年)

161分 →53分(主映像4.0倍,字幕2.0倍)

総合評価:☆☆
高速観賞よかった度:☆☆
達成感:☆☆

ジェームズ・キャメロン監督が3D映像技術を全面的に取り入れたSF映画。本当は3D映像を楽しみたかったが、手元に機材が無いため通常の2D映像で挑戦。

こういうSF映画は、そのSFの世界観が重要だと思うんですよね。少なくともセリフではない。そういう意味では、セリフを重視する我らが高速鑑賞はあまり妥当ではないかもしれない。現にこの映画は、他の映画にくらべてセリフの割合が少ない。つまり映像美を楽しむ映画ということだ。(一方で高速鑑賞は字幕が無い方が高速化させやすいので、とにかく早く見終わりたい場合には有利である。)

西暦2154年、宇宙のどこかの惑星「パンドラ」を植民地的に支配しようとしている人類と、現地の宇宙人であるナヴィ族との交流と抗争を描いた映画である。スパイをするために現地に潜り込んだ人類(の操作するアバター、すなわち見た目はナヴィ族のような遠隔操作生命体)代表の主人公が、現地人の反感を買いながらも次第に伝統を理解し打ち解け、互いに好意を抱き始めた頃に人類VS現地人の抗争が激化し、主人公がどちらに味方するか苦悩する。

これって、結構SFでなければよくある話のような気がする。ネイティブアメリカンとの交流を描いたダンス・ウィズ・ウルブズや、武家社会や日本人との交流を描いたラスト・サムライと非常によく似た筋である。
つまり、このSFはストーリー展開自体に未来SFならではの要素はない。舞台がアメリカから世界、そして宇宙へと置き換わっただけだ。
映像は高速鑑賞ではもったいないくらい文句なしに美しく、モーションキャプチャ技術による宇宙人ナヴィ族の動きも非常にリアルである。
しかし、しばしば情報技術研究業界で語られる映画「マイノリティ・リポート」のような、我々現代人の生活や来るべき未来に対してある種の警鐘を鳴らしてくれるような作品ではない。単純に僕自身がそういう「問題提起型SF」が好きなだけなのだが。

辛口になってしまったけど、普通に家族・恋人と休日に楽しむにはいい映画だと思います。

P.S.地球とはまったく独自進化した遠い惑星にヒト型の生命体がいて、しかも生殖様式まで同じ(にみえるようなベッドシーンがある)ってどうなのよ!と最後に突っ込ませてください。

ウエストサイド物語 (1961年)

152分 →91分(主映像4.0倍,英語字幕1.0倍)

総合評価:☆☆
高速観賞よかった度:☆☆
達成感:☆☆


アカデミー賞各賞を受賞した往年の名作。無謀とも言えるミュージカル映画への高速鑑賞の挑戦である。今回は英語の勉強を兼ねて,字幕を通常速度再生にした.
まず冒頭に謎のサイケデリックアートが延々とプレリュードとともに流れる。なぜこの映像なのか?という問いは、4倍再生でも十分すぎる思考時間を与えられたが、まったくわからなかった。
ミュージカル映画のため、登場人物が突然踊りだしたり歌い出したりするのだが、そのへんはもたつくことなくサクサクと見ることができる。
何しろこの映画は、シェークスピア原作の「ロミオとジュリエット」の現代版リメイクなのである。
思春期に白黒映像でフランコ・ゼフィレッリ監督のロミオとジュリエットを見て、そのあまりに劇的な結末に少年なりに強い衝撃と感銘を受けた僕としては、あの名作をどう現代的に料理してくれているのかが気になった。つまり、あらすじ的にはもう知っている話のため、だいぶ高速化してもあまり影響はない。

基本はイタリア系アメリカ人の少年不良チーム・ジェット団と、最近勢力を増しつつあるプエルトリコ系少年不良チーム・シャーク団の抗争劇である。どう見てもティーンエイジャーに見えないようなデラデラした肌の不良少年どもが、恋や喧嘩を通じて汚い大人の世の中に対する鬱憤を晴らしていく青春ストーリー。こう書くと、よくある少年漫画誌の連載もののようですが、実際そんな感じです。違いといえば、この1961年という時代に、すでに不良少年たちが青春ストーリーを謳歌する素地が当時のアメリカにあったいう点で、それを思うとやはり進んでるなぁとは思いますね。
(あ、いわゆる「バルコニー」のシーンで歌い上げられた名曲Tonightは、さすがに高速再生だと忍びないので1倍で見なおしましたよ。)

が、僕個人にとってロミオとジュリエットの真骨頂はその終わり方なんですよ。核心を突かないように慎重に書きますけど、悲劇で有名なロミオとジュリエットですから、ある悲しい出来事が起こるんです。その起こり方がとても切なくて、想像を絶していて、最高に哀れで、でも愛にあふれていて、そこが魅力なんです。でもウエストサイド物語のラストは、形式的には確かにオリジナルをなぞってはいるんですが、ちょっと納得がいかない感じなんです。

ああ、この思いを皆さんと語り合いたい。どうか、オリジナルのロミオとジュリエットも138分と、高速鑑賞ならちょちょいと見られる分量なんで、本作と一緒にこの際観了させて語りましょうよ!

夕凪の街 桜の国 (2007年)

118分 →39分(主映像6.0倍,字幕2.0倍)

総合評価:☆☆☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆
達成感:☆☆

第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞した漫画作品の映画化版。友人から激しく推薦され、いつか観るリストに加えられたものの原爆がテーマという重苦しさから、ついつい敬遠してしまっていた。
高速鑑賞でようやく観られたものの、この名作ですら飛ばし読みをしてしまった現代っ子の自分が恥ずかしい。
でもいいんだ。それでもこの作品に出会い、味わうことができたんだから。

本作品は広島の原子爆弾が本質的なテーマなのだが、原爆投下やその後の惨状そのものの描写が殆ど無い点が異彩を放っている。原爆投下、終戦から月日が経ち、人々が淡々と日常を過ごす様子が親子3世代にわたり描かれる。しかしその日常の中に、苛烈な経験としての自身や家族の被曝の影響が色濃く影を落とす。
第一部「夕凪の街」は、終戦後10年ほど経った広島が舞台である。復興めざましい広島で、ヒロインの女性はささやかな幸せを生きようとするが、「私だけ幸せになるわけにはいかない」という自責の念にさいなまれる。「私たちをこんなに苦しめる原爆を落としたアメリカは、まさかこの現状を喜んでくれていますよね?」というメッセージは、なんとも深く僕の心を揺さぶった。

これだけでも相当なものだったのだが、続く第二部の「桜の国」がさらにノーガードだった僕を鋭く貫いた。
舞台は打って変わって2007年東京となり、第一部とは全く関係のなさそうな現代っ子のヒロインの家庭に起きた小さな事件が描かれる。
実はヒロインの父は第一部の登場人物の肉親である(疎開しており被曝を免れた)のだが、この第二部の主テーマの一つはなんと「被爆者差別」なのである。
そんなのいつの時代のどこで起こった話だよ、と無教養な僕は信じていたのだが、今のこの時代、未だにそういう社会悪は存在するようだ。
目に見えていじめられている、ということならば我々もいくらでも正義を振りかざせるだろう。差別は良くない、と。
しかし、こと結婚に関わるとどうだろう。
ヒロインの弟は交際相手の両親から絶交を強要され、また実は父が被爆者の母と結婚するとき、祖母に反対されたことなどが明らかになる。

今年2011年は我々日本人にとって歴史に残る悪夢の年である。1000年に一度と言われる地震と大津波、それに関連して起きた福島の原発事故の惨状は筆舌に尽くしがたい。放射能の脅威は目に見えず、科学的にも十分は明らかになっておらず、我々市民は怯える日々を過ごしている。

自分のこどもを守るために、少しでも放射能汚染されていない食べ物や飲み物を与えたい、こう思うのは当然の親心であり、否定することは難しい。一般に風評被害と呼ばれるこのような現象は、非科学的と論じられることもあるだろうが、必然的な集団心理であると僕は思う。(実際に被害を受けている農家の皆さんはさぞや辛いだろうから、しっかりと支援したいと思う点は強調しておく。)

しかし本当に酷い風評被害はこれからである。近い未来、自分のこどもが原発事故現場からなんとかkm離れた場所に住んでいる人と結婚したい、と申し出てきた時、あなたは快くそれを受け入れられるだろうか。自分の思いもよらなかった差別が、その時、親心の裏返しとして表面化する可能性がある。

この映画は、過去と現代をつなぐことで我々に原爆被害・放射能被害のリアリティを教えてくれた。そして我々は今年、震災を経験した。今後未来において、どのような「見えにくい被災」が現実に起こりうるのかについて、よくよく想像力を働かせなければならないと思う。

鳥 (1963年)

119分 →33分(主映像6.0倍,字幕2.0倍)

総合評価:☆☆
高速観賞よかった度:☆☆
達成感:☆☆☆

アルフレッド・ヒッチコック監督のサイコサスペンス.動物パニック映画の原点である.
まず基本的なこととして,映画を観る者であればヒッチコックは一度は通過しないといけないと思っていた.聞くところによると,セリフではなく映像のみでどこまで表現ができるか,という点に大変こだわりを持っていた方のようで,そのへんには大変興味をそそられたことは確かだ.

以前初心者向けの映像表現論的な講演をどこかで聴いたとき,映像クリエータでもある講師の先生はヒッチコックなどの昔の名監督を引用しつつ以下のようなことを言っていた.
「昔は映画というものは,みんな食い入るように見てそこから多くを感じていた.ちょっとした映像の変化の中にある意図すら,感じられるだけのリテラシーが人々の中に醸成されていた.しかし今は違う.情報技術の恩恵により映像コンテンツは膨大に増え,名作は埋もれ,その中で目立つためにはこのようなまどろっこしい表現は嫌われるようになり,パッと見て理解できるものが求められるようになってきてしまっている.これは人々の映像リテラシーの明らかな低下である.一人のクリエータとしてはそういう状況を悲しく思うけれども,一方でそういう時代の流れに合わせざるを得ない」と.

僕は確かに映像表現をする上で現代がとても難しい時代になってきている点は同意したのだが,一次元的に人々のリテラシーが低下してしまったと捉えている点には少々違和感を感じた.リテラシーが低下したのではなく,単純に人々の価値観が多様化してきたに過ぎないのではないだろうか.昔はそれこそ鶴や亀を見れば多くの人がめでたいと感じられるような,表現とそこから感じるべきメッセージというものが比較的単純かつコンセンサスを得ていたと思う.しかし現代は人々の考え方も多様になり,はっきりとメッセージを言葉で表さなければ伝わらない.あうんの呼吸で物事を伝えることが難しい時代になってきてしまったと思う.

この映画は,ある意味高速観賞に最も向いていない映画の一つである.平和な街に理由もわからずじわりじわりと鳥の群れがやってきて,怖い.これがこの映画の表層的な全てである.高速観賞で得られるものは,この表層だけであろう.この映画に関しては,僕は少し速度を下げて2度見たが,印象は変わらなかった.

高速観賞は,セリフのやり取りで物語が紡がれるような映像に向いている.極端に言えば,明示的に言葉にされたメッセージに重点を置き,言葉以外の映像表現を軽視する戦略をとっている.よってある意味現代的であり,あうんの呼吸的な(昔の)表現は苦手である.
僕は,それでもそもそも個人が生きていく上で消化しなければならない映像コンテンツの量が爆発的に増大したとき,こうせざるを得ないと思い,覚悟を持って高速観賞を世に送り出した。
とはいうものの僕は欲張りなので,昔の人がこの映画を見て感じたであろう感動もできれば感じたいなと思ってしまう.しかしその感動が「みんなが共通認識として当時持っていた感覚」を前提としていたならば,おそらく我々はもう二度と(特殊な訓練を受けない限りは)感じることができないだろう.それは少し悲しいことだ.

南極料理人 (2009年)

125分 → 42分(XX倍xYY倍)

総合評価:☆☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆☆
達成感:☆☆

2009年に公開された日本映画。海上保安官出身の西村淳のエッセイ『面白南極料理人』(新潮文庫)を原作とする.
いわゆる「まったり系邦画」の一つと分類できるかもしれない。なかなか積極的に見ようとは思わないが、見てみると面白い部類の映画だ。
一言で評すなら、だいの大人がウォーターボーイズを南極でやりました、のような可笑しみがある。

この映画は、淡々とした日常の描写で綴られる。ただしそれは、ウイルスも生息できない極寒の南極大陸奥地の日常である。彼らの暮らすドームふじ基地は、男世帯のむさ苦しい、しかも逃げられない閉鎖空間である。料理担当として赴任した主人公は、限られた環境で基地に暮らす隊員たちを喜ばせようと奮闘する。
とにかく南極とは思えない美味しそうな料理が次々配膳され、美味しそうに食べる隊員たちが印象的な映画なのだが、終盤になんの変哲もない普通の朝食のシーンが延々と続き、それを最後に隊員たちが任務を終え帰国する、という描写がある。
ここに来て、初めて南極という非現実的な環境でどうして「日常」を我々が感じられたのかがわかる。日常というのは、家族との規則正しい食事を通じて育まれるのだ、という作者のメッセージではないかと思う。

定点カメラ視点による「間延びした感じ」を映像効果として狙っている(と思われる)シーンの多い本映画は、高速鑑賞に非常に相性がよく、気軽に楽しめる一品である。そして鑑賞後は、ラーメンを食べに行きましょう。

ゴッドファーザー Part I, Part II, Part III (1972〜1990年)

177分+202分+170分 → 59分+66分+56(主映像3.5倍,字幕2.5倍)

総合評価:☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆☆
達成感:☆☆☆☆☆

あなたの周りの映画をそこそこ観る男性たちに,「好きな映画ベスト5は?」と聞くと,まずこのゴッドファーザーシリーズが不動の地位を占めることだろう.名作の呼び声高いフランシス・コッポラ監督のアカデミー賞受賞作品であり,とにかく長い三部作である.なんとシリーズ合計で549分!

個人的には僕の母親が基本的にヤクザ映画・戦争映画が嫌いである影響で「とにかく不毛なマフィアの殺し合い」という側面のみを植えつけられてきたため,縁遠い存在であった.
大人になり,さすがにそろそろ観ないとな,と感じ始めるも,周囲のゴッドファーザー好きな人たちに「この映画のどのあたりが魅力なのか?」と聞くと,大体の場合「雰囲気」「重厚さ」「渋さ」のような,とらえどころのない言葉で表現してくれるため,いまいち腰が上がらない.
常にこの映画は僕の中で「登らなければならない山」として君臨し続けていた.

そんな僕が高速観賞技術を開発して,一市民として真っ先に挑戦したのがこの映画である.ある意味この映画のお陰で高速観賞技術が世に生み出されたと言っても過言ではないだろう.深く感謝したい.

この映画は,もちろん血で血を洗うマフィアの抗争が日常として続いていくのだが,実はその負の連鎖の中でもがき続ける人間群像を描いていることに本質があるように思う.よく任侠の世界は義理と人情,秤にかけりゃ義理のが重いなどと唄われるが,マフィアの世界は家族愛への価値の置き方が大変特殊で,特別だ.彼らにとって家族(女性・子供)は日常世界の中で守るべき存在であり,裏社会の仕事は家族には極力見せないようにしている.また「ファミリー」の契を交わした男たちの絆は絶対的であり,そんな一員が殺されようものなら,何が何でも復讐を遂行する.そんな「情に厚い」人たちだからこそ,殺し合いは永遠に終わらないのだ.

シリーズを通しての一つの大きなテーマは,世代交代と時代の変遷である.ある意味大らかだった古き良き時代は終わり,マフィアもビジネスの近代化を余儀なくされる.体質を変えなければ組織として生き残ることが難しくなってくる中,組織を結びつけてきた原動力であるファミリーの絆そのものが組織の生存に対し大きな足かせとなり,アル・パチーノは苦悩する.家族の為に尽力するほど,家族がバラバラになっていく.そんな悲愴のリーダーの波乱に満ちた一生の記録を,ぜひあなたにも走破していただきたい.シチリアの太陽はカラッとしていて,どこか不気味だ.

余談だが,Part IIとPart IIIのDVDには監督によるコメンタリーがついている.高速観賞はコメンタリーを観るのにとても適しているので,ぜひこちらも試して欲しい.彼が何を考えこの映画を作ったのか,それを知るのも楽しみの一つである.

それでもボクはやってない (2007年)

143分 → 52分(主映像3.5倍,字幕2.5倍)
総合評価:☆☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆☆
達成感:☆☆☆☆

痴漢冤罪裁判を扱った映画.つまり痴漢をしていないのに痴漢だとみなされ,裁判で無罪を主張する映画だ.
この手の裁判は圧倒的に男性側が不利になることが知られており,その理不尽さと辛さがこの映画の中心的主題である.
つまり,この映画のほとんどの時間は,「なんで自分は痴漢をやってないのにこんな目にあわされるんだ!」と思いたくなるシーンで構成される.犯罪者扱いされ,罵倒され,プライドを踏みにじられる行為を強要され,自分の日常が次々に崩壊していく.
つまり,見てて本当に辛い映画なのである.僕はこれまでこの映画を,何度も途中で挫折していた.辛すぎて見てられなくて.
高速観賞により,ようやく制覇することができた.

それでも裁判官はきっと公正な判断をしてくれるはずだ.
この根拠のない先入観・期待も,日々粛々と日常業務として痴漢事件を裁く裁判官の内情を知ってしまうと,いとも簡単に打ち砕かれてしまう.
痴漢に限らずよく冤罪事件では「取り調べで心が折れて嘘の自白をしてしまう」ということが社会問題になっているが,正直僕はこの映画を観るまではピンと来なかった.別に何も悪いことはしていないんだ.毅然とした態度でNoを言い続ければいいじゃないかと.
しかし今や本当にその大変さがよくわかる.「自分がやったって言えばすぐに開放されるんだよ」という悪魔のささやきの甘美さは想像以上だ.

ラストシーンの主人公の最後のセリフは,一見当たり前のことを言っているように見えるのだが,それまでの経緯からもう何が正しいかとか判断不能になるほど疲れきった僕の脳に不思議に染みいっていった.

風と共に去りぬ (1939年)

222分 → 52分(主映像4.0倍,字幕2.5倍)

総合評価:☆☆☆☆☆
高速観賞よかった度:☆☆☆☆☆
達成感:☆☆☆☆☆
 

かつて空前の大ヒットを記録した,名作中の名作.3時間42分という大長編のため,最難関の映画の一つである.

僕が事前に知っていたのは,古き良きアメリカの映画であり,ヒロインの女性がいわゆる「小悪魔系」,つまり男をたぶらかす性分の持ち主,という情報のみ.これがさらに観賞のハードルを上げていた.多分高速観賞が無ければ,一生観なかったのではないだろうか.

冒頭,華やかなアメリカ南部の貴族的な生活が描かれ,とにかく10秒に一人くらいの割合で(ただし高速観賞時ですが)男をたぶらかしまくるヒロインに僕は神経を逆撫でられる.この調子で大長編かと思うと先が思いやられた.しかし,南北戦争が激化し,華やかな生活が一変する.実はこの映画はここからが本番であり,その後の物語だけでも普通の映画より長い.ただの生意気な小娘と思われたヒロインが数々の辛酸を舐めながらもしたたかに世の中を渡り歩き,恋をし,絶望し,また立ち上がり,といった重厚な人生像が描かれる.

僕は全てが予測不能なその展開に圧倒された.それはまさしく「時代の波に翻弄される」ことの追体験であり,僕の心を深くえぐっていった.

現代に例えるとどうなるんだろう?とても美人で会社や合コンでもモテモテ,人生を謳歌していた若い女性ヒロイン.プライドが高いが男性依存のため自立心や生活力はゼロ.しかし徐々に第三次世界大戦の戦火が彼女の住む街にも広がってくる.ついに空襲ですべては灰燼に帰し,彼女は絶望に打ちひしがれる.現代的な感覚から言うとこの時点でこのヒロインに希望や未来はないはずなんだ.しかし彼女は違う.復興を誓い,政略結婚を始めとするありとあらゆる非道を甘受して残された家族を養い,裏社会でのし上がっていく.

自愛,恋愛,家族愛,隣人愛,郷土愛.愛の対象も理論上はいろいろあるものだ.この映画は,これらの愛情が人間個人の中でどのような割合を占めうるのか,という問いについて,興味深い事例を提示してくれている.それはある一通りに画一化された現代人のものとは違う.時代の暴流という未曾有の力と,それにすら負けない人間の本質的な底力を思い知らされた.

たしかにこれは名作であった.

まえがき

mguide

私はCinemaGazerという,映画・動画を超高速で鑑賞するシステムを開発した.これがあまりに強力で,自分の映画鑑賞に関する人生観を一変してしまった.この「超圧縮映画ガイド」では,実際にCinemaGazerを使って私が鑑賞した映画の数々を題材に,その新しい映画鑑賞の世界をお伝えしたいと思う.扱う映画は,CinemaGazerが無ければ一生観る機会がなかったであろう映画・名画の数々である.
プロフィール

qurihara

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