2006年06月15日

Meet the learning of tomorrow5

昨日、東京大学大学総合教育センターマイクロソフト先進教育環境寄付研究部門、略称MEETの開設記念シンポジウムで講演を行った。

MEETオフィシャルHP:http://utmeet.jp/events/index.html

毎日新聞:http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20060614org00m040167000c.html


師匠の講演の露払いという感じの位置づけであるが、大学規模のシンポジウムで講演を行うのは初めての経験だった。学会発表とは異なり、特定の研究報告ではなくあるテーマについて自分の研究経験から論ずるというのはなかなかおもしろい。講演では新規性とか詳細な技術説明などに神経を尖らせるのではなく、広くお客さんの知的好奇心をくすぐるようなプレゼンテーションが要求されているのかもしれない、と体感した。

僕はわりといつもの調子で発表を行ったつもりだったのだが、予想に反しものすごい反響があった。講演終了後には僕の席に人の列ができ、挨拶や質問・コメントを求める人が絶えなかった。懇親会の半ばには用意していた名刺がすべてなくなってしまったほどだ。

大学教育にITを、というのはもはや当然とも言うべき時代の趨勢であるし、大学と大企業が手を組んだならばインフラ整備の段階から教育システムの改革までいろいろなことができるに違いない。シンポジウムの講演も、比較的大きな視野でこれからどうやって活動していくかに焦点を当てているものが多かった。当然、トップダウンのアプローチが主体となる。
一方、聴衆には現場教育やフィールドスタディ系教育工学を専門としている人たちが多かったようである。彼らは政府や自治体によるトップダウン行政が教育現場を少なからず混乱させている事実をよく知っている。トップダウンアプローチが教育を未来へと牽引していく原動力になることを肯定した上で、それでもなお現場にこそ教育の主体があり、それを無視することは許されないという強い信念を持っているように思う。

これまで僕が数年間、千葉県の先生方とともに研究してきた経験談は、コテコテな例であるけれども「工学者が研究室にこもって開発した教育ツールを自信満々で現場に持ち込んだら、ほとんど役に立ちませんでした。そこで工学者は改心し、現場の人たちの意見を取り入れて本当に役立つツール作りをはじめたのでした。はじめは苦労ばかりで、工学者は論文もかけず悩んだりもしましたが、継続は力なり、そして偶然の失敗がもとで、工学的にも価値のある新しいツールが誕生したのです。めでたしめでたし。」という分かりやすい筋書きで、そのような現場主義者たちの琴線に触れることができたのではないかと自己分析する。僕としてはただがむしゃらに(時にくじけそうになりつつ)開発を続けてきただけだったのだが、その活動自体が価値を持ち、ある特定の人たちの声を代弁できる立場にいつの間にか立っていた自分に正直驚いている。

最新のテクノロジーと現場の知見を融合させて最良の道具作りをすること。これはユーザインタフェース研究者に課せられた使命だと思う。しかし現場にとって最良な道具が、ぜんぜん新しくないきわめて単純なテクノロジーで完成してしまうことがよくある。そうすると多少論文も書きにくくなるし、テクノロジーをサポートしている企業との共同研究の中ではなかなか主張しにくい場合もある(「実際比べてみたらTablet PCより紙のほうが良かったです」とか)。そこでぐっと我慢して、さらに現場とのやりとりを続けて、研究としても価値があり、現場も満足し、また学会や企業のテクノロジー欲を満たすような道具が生まれるまでには、1研究者の存在価値を保てる許容量を越える空白の時間とリスクが伴うことが多い、というのが実状ではないだろうか。

これからもMEET・Microsoftにはお世話になりそうな気がする。長いものに巻かれつつ、時にそれを謳歌し、また時にその中で反権力的行動に使命感を感じる僕という狡猾な終身反抗期少年を、社会が容認してくれればと願う。

結局ジャイアンが強い世の中で、それでもドラえもんを目指したい。
でもドラえもんもうすうすは感じている。
ジャイアンがいなければ、自分にはこれほどまでの存在価値は認められない。
しかしそれを認めた上でもドラえもんは確信できる。
ジャイアンがいなくなったら、必ずどこからかジャイアン2が現れてのび太をまたいじめ始めるということを。


P.S.
今回何よりもうれしかったこと:
師匠に、「講演、良かった。」と褒められたこと!!
わおぅ!こんなことは、初めてです。
ツ○○レな師匠についにフラグが立ったのか??


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2006年05月09日

魚人の歩

ちょっとダーク.

今朝,通勤途中であった出来事.
大学病院に近い門のそばの大きな通りで赤信号に捕まり,待っていた.
かなり車の交通量が多く,強引に渡ろうという気にはやんちゃな子供でも思わない.
すると脇から,ゆっくりとした足取りで,しかも一定のペースで,傘を差した老人が歩いてきて・・・

そのまま道路を横断しだした!

その瞬間,嫌な電気が体を駆け巡る.
歩行者信号が赤になっただけで,進行方向の車の信号は青だからまだ絶望的な状況ではないが,その交差点は変則的な構造をしており,いつどこから車が飛び出してくるかわからない.
この老人,傘を上げて信号を見るような仕草はしなかったぞ?
その躊躇のない,ゆっくりとした,それでいて脆い歩み.外界の刺激に対する反応がとても希薄な感じ.このヒトは危険だ!
瞬間的に僕は自転車を投げ出し,老人を止めようとするシミュレーションをした.
しかし老人の行動の異常さと,想像される体の脆さ,なんとなく周りの車たちも老人の奇行を認識し始めたと見て取れる状況から判断して,僕は救出作戦を中止した.
無理やり老人を止めても,その行為が老人に理解されない,もしくは老人にかえって怪我を負わせてしまうような気がしたから.
その心境は,ブラックジャックで手札が14,ディーラーの見せ札が6だったときの心理に似ていた.決して満足できる選択ではないけど,自分が強いてリスクを背負いよりよい何かを得ようとするより,状況が自然と解決してくれるだろう,してくれるといいな,そんな気持ちだ.じっと耐えろ.

僕は「スタンド」した.

老人は周囲の交通が寸断される中,悠々と赤信号を横断して,そのまま何事も無かったように大学病院の方へペースを崩さず歩いていったのだった.すぐに交差点はもとの活気を取り戻し,僕の見慣れた日常へと帰っていった.

・・・とりあえず良かった.
多少心配だけど,後は大学病院のお医者さんがなんとかしてくれるだろう.
暴論だけど,「この人を自分が何とかしなきゃ」と他人に思わせてしまうことは一つの病気の症状だと思う.経験上こういう時に素人が首を突っ込むとかえって話がややこしくなる.プロに任せるに限る.

そんなことを思いながら僕は信号を待ち,1分くらい後に道路を横断した.



大学病院に入るための門の前の,最後の小さな信号の手前でその老人に追いついた.
考えて見れば,当然の再会だ.

老人は相変わらずのまったく変わらない姿勢とペースで,淡々と歩いていた.
傘を深くさしており,これまで顔はおろか性別までもわからなかったので,僕は興味本位から追い越しざまに振り返り,その表情を窺った.

男性だった.
数分の一秒垣間見たその顔には,あらゆる筋肉の動きがない,静止画のような皮が貼りついていた.そしてその目は,薄碧く濁り,これも一枚の絵のように,焦点の合わない違う世界を淡々と観察しているかのよう.
こういうのを,さかなのような眼と言うのだろうか.
僕は動物的な直感で背中が寒くなり,あわてて目をそらした.怖かった.
ペダルを強く踏んで,赤になりそうな最後の信号を急いで渡る.
そしてまるで草食動物が天敵から距離を測りながら逃げるように,僕は少し離れた場所からもう一度彼を振り返る.
彼は初めに見たときと何一つ変わらない仕草で,赤信号を渡るのだった.


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2006年05月01日

トロントという街

トロントにやってきた.
たまたまホテルが繁華街であるYonge通り沿いだったので,ちょっと散歩してみた.
モントリオール同様,寒い時期に備えてか地下街が発達しており,休日ということもあって恋人や家族たちであふれていた.
すこし歩いてみて,ふと気がついた.
この街は,数年前にアジアふらふら旅行してたときに訪れた,マレーシアのクアラルンプールに良く似ている.何と言うか,まさしく人種のるつぼなのだ.
もちろん欧米系の人が多いのだが,アジア系,中東系の人も存在感があり,僕が歩いていても特に誰も気に留めない.
地下街のきらびやかな様子もクアラルンプールで見た雰囲気に似ている(もっともあっちは暑いから地下なんだろうけど).フードコートも,いろいろな人種の口に合うようものすごくたくさんの種類があり,「halal(イスラムOK)」の表示もよく見かけられた.

昨日の昼はギリシャ料理のギロのファーストフードを食べた.よくなんとかケバブとかいう名前で街中で売っている,回転しながら削ぐ肉(by ミスチル).ソーセージみたいな味だった.
昨晩のメニューはカリビアンスタイルChicken jerk rice:鶏肉ぶつ切り煮込みライス.うまいが毎日は食べられない油量.
今日のディナーはベトナム麺.好物のパクチー来い!と思っていたら,フェンネル(ういきょう)が草丸ごと入っていてかなりスパイシー.
そして帰るまでに,レバノン料理と気になる日本料理ファーストフード「TERIYAKI」を食べてみたい.見た目は鉄板焼きみたいだけど・・・

こんな感じで,トロントのはじめの2日間は食べ歩きつつ,ホテルにこもってスケジュールどおりに進まなかった論文書きの仕事をしたりしたのでした.


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MITメディアラボの石井先生と対談

CHIはコーヒーブレイクが1時間あるので,たっぷり世界中の研究者と会話する時間を取れる.
昨日MITメディアラボの石井先生と話す機会を得た.
Tangible Interfaceを提唱した,知らない人はいないこの業界の巨匠である.

面識も無かったし顔も知らなかったので,最初はなんかやかましく日本語しゃべっている人がいるなぁというだけの印象だったが,日本から来た偉い方々が列を成して挨拶していたので,ただものではないことはわかった.

石井先生は,普通の人よりクロック周波数が1.5倍くらい速い.
「で?それで?うんうんうん.じゃあそれは?その裏にある思想は?それを一言でいうと?ダメ.それはill-defined.別のは?」
と猛烈にまくし立てられる.

軽い挨拶のつもりだった僕もはじめの5秒の会話で「プレゼン鬼モード」に入らざるを得なかった.(※「プレゼン鬼モード」とは,界王拳10倍くらいのエネルギーを投入することで,疲労と引き換えに一時的に攻め攻めのプレゼンを展開できるようになる脳内スイッチを入れた状態を指す)

僕の研究について,とりあえず聞かれたことは即答できたけど興味を持ってくれたのだろうか.特にダメ出しはされなかったけど・・・

話したのはほんの数分だが,石井先生という人物を体感するには十分過ぎる時間であったし,そのやり取りのスリリングさはなかなか面白かった.実感として,「石井先生は戦略的に仕事をしてる.」 長期的なビジョンをもって仕事をするをとても重要視しているようだ.

これが世界クオリティか.




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発表を終えて

自分の学会での発表は無事終了した.質問もぱちっと答えられたので,現地での病気という大きなトラブルを経た中ではうまく軟着陸できたと言える.いくつか用意していた演出をあきらめざるを得なかったのは残念だが欲は出すまい.
直前の追い込み時,同室のTomer君,その友人のDavid君には英語添削で大変お世話になった.
当初はプレゼンの基本コンセプトとして「手書きを復興して脳を活性化しよう!」というものを掲げていたのだが,どうやら脳のトレーニングが流行っているのは日本だけのようで,「これ意味わかんないよ」と指摘してくれてくれたことがありがたかった.
全体的に,僕も発表した「Pen」というセッションは好評だったようである.

CHI全体を通じて,日本人の登壇発表は僕だけだった.
さらに,純粋日本人グループの発表も我々だけ.
これは名誉なことだが,どうせならばもっとCHIにおける日本人の存在感がほしい.アジア系人の発表がどんどん増えている中で,日本人の発表が無いのはとても切ない.

同士諸君,がんばってCHIを日本人で席巻しよう!オレもがんばる!

・・ちょっと調子に乗りすぎましたな.まあ,今日だけは美酒に酔わせてください.
今回の研究と発表でお世話になりました皆さん,本当にどうもありがとうございました.


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加式断食メソッド

空前絶後ののどの痛みで,つばを飲み込むだけで全身が10cm飛び上がるくらい悶絶する.
ものを食べることなどもってのほか.
パンを小さくちぎって,コーヒーに浸して,ゆっくり口の中でほぐしながら,涙とともにのどを下す.
そのときふと目の前に浮かんだ情景は,なぜか産卵で涙を流すウミガメの姿であった.

当然,食が細くなる.
時差ボケもあるだろうが,不思議とそれほど空腹を感じず,頭も冴えているような?
なんか得しているような気がしている.脳内エンドルフィン効果か.

翌日
病状は少し落ち着いた.
しかし,妙な集中力は今も続いている.
これから断食をたまに取り入れよう.
それからコンビニに思いのままに行くのをやめよう.


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水を,ください

人生で初めて納得のいくwaterの発音ができ,それが一発で通じた.
それはそれは,涙が出た.
コツは,本当に体の芯から水を欲すること,だ.
病に瀕するとき,人は本当の生命力を発揮する.


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2006年04月24日

Place D'Armes駅に行きたいんですが

CHI2006という学会に出席するためにカナダのモントリオールに来ている.
行きの飛行機の中で風邪を引いてしまい,高熱と猛烈な喉の痛みに苛まれておりこの先が心配である.あまりに体の震えが激しいのでフライトアテンダントに初めて風邪薬をもらってしまった.

モントリオールは世界でパリに次ぐフランス人文化の街らしく,いたるところにフランス語があふれている.もちろんほとんどみんな英語をしゃべれるんだけど,デフォルトがフランス語なのである.風邪薬を買いにドラッグストアに行ったとき,一つの薬にフランス語と英語の両方で説明書きが書かれているのが非常に読みにくかった.目にする情報の二分の一が理解できそうでできない無駄情報であるからだ.

さらに旅行者の僕が困るのは,「フランス語音読できない問題」である.フランス系の街だけあって,地名がすべてフランス語である.タクシーに乗るときや電車に乗るとき,「どこまで行くんだい?」と聞かれても,発音ができないから答えられない.筆談するしかない.もどかしい.9年前に半年だけ,フランス語を習ったのだがその動機は不純なものだったので内容などなにも覚えていない.あーそういえばリエゾンとかアンシェヌマンとかいう概念を習ったような.そんなことより,となりに座っていた女の子のけだるくて艶っぽい発音の方が頭に残っている.

見かけによらず思ったよりサバイバル度が高い街モントリオール.そして僕は到着以来,丸二日寝込んでいる.いまのところ会議は始まっていないことが救いだ.早めに現地入りしておいて良かった.


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2006年04月13日

Subway in the Campus

5af183b8.JPGなんとこの4月から,(地下鉄ではなく)サブウェイがキャンパス内にオープンした.

「野菜大盛りで」

大盛りというコマンドが通用するファーストフード店も珍しい.無論好きである.
以前はサブウェイを求めて後楽園まで遠征に行くこともあったが,便利になったもんだ.

経験則だが,卒論のシーズンになると,大学周辺のコンビニで野菜ジュースの売り上げが伸びると思う.ビタミンが足らないと研究もできないもんね.
工学部サブウェイは,まさに救世主の光臨である.
しかしなんといっても,「他でもない」サブウェイを工学部の建物中に誘致したお偉いさんの功績は賞賛されるべきだ.

ローソン,ドトール,サブウェイと,順調にキャンパスは快適になってきている.実はあまり知られていないけど,大学病院の隅にタリーズも.

学生生活11年目.もはや敵なし!


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2006年04月10日

サラダ油が燃えなくて

小学生のころ,実家の裏手で隣家との間のスキマ1m足らずの空間が,僕の実験室だった.
菓子の袋に入っている,白い吸湿剤.水をかけると,ぐつぐつと泡が沸き温度が上昇した.
どこからともなく調達してきたアルコール.火をつけると,野外では見えにくい青い炎となって燃えた.
口が広い,昔のコカコーラの大瓶.そこに30円のコマ型回転花火を点火し投入する.内部で猛烈にスピンし,最後にはきれいにビン底が切断された.

そしてその日は,サラダ油燃焼実験.
台所のサラダ油をシーチキンの空き缶に注入し,マッチで火をつけようとする.
サラダ油は,豊富にある.さぞや豪快な炎をあげることだろうと期待したが,結果は意外なものだった.
マッチの火を油面に触れさせると,なんとマッチの火が消えてしまうのである.
まるで油ではなく,水にマッチを突っ込んでいるようだ.
何度やっても同じ結果.
これは「油=燃える」という確信に近い常識を身につけていた少年の心に衝撃を与えた.

実験は,失敗した.
しかしそれは,新たなる,そしてより大きな好奇心を生み出し,少年を成長させていく.


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