そのほか

2009年09月10日

メモ

ここしばらくのできごとをメモにしておく。
一応、このブログは「日記」なので。

・8月初旬〜中旬:技術士試験受験。その他特になし。
・8月中旬:お盆休み。留萌→旭川へ。お墓参り。旭川青少年科学館へ行く。
旭川→留萌。甥っ子とサッカー。そのほかジェンガをはじめてやり面白かった。甥っ子は2人いるが片方は宿題が終わらず遊べず。盆踊りなど。
・8月下旬:甥っ子が札幌まで野球の試合(新人戦)をしにきたので応援。センター4番。2エラー2打席ノーヒット。最終回でタッチアップを阻止する好返球を見せる。甥っ子のチームは4年生主体。相手は5年生もいたので、負けてもしょうがないだろう。来年に期待。
・8月末〜9月頭:四国、和歌山、名古屋弾丸ツアー。瀬戸大橋などを見学。
・そして本日(9/9)。人生初の室蘭行き。まあ観光ツアーのようなものでした。いろいろ勉強になった。

シルバーウイークは倹約のためあまり出歩かないようにしたいが、嫁さん、子供しだいだな・・・

最近、ビデオカメラが壊れてしまった。
だいぶ前から一眼レフがほしいと思っていた。
10万くらいするのでボーナスまで待つか・・・嫁さんにどうやって相談しようか・・



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2009年05月17日

紙芝居

嫁さんが下の子のために紙芝居を作った。
30分くらいで作ったらしく、かなりストーリーを省略しているが、よくまとまっているなぁと思った。
ところどころは子供が手伝ったようである(3枚目の左の鬼の目など)

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2009年05月02日

風邪2

やはり風邪っぽい。
上の子の中耳炎治療のため耳鼻科に連れて行ったついでに自分も診てもらった。
上の子はもうほとんど問題なし。
私は、扁桃腺がはれており、薬をもらった。自分としてはのどの若干の痛みと軽いだるさを感じる程度なので自然治癒に任せたいと思うところもあるが、薬を服用してしっかり治してしまいたい。

毎年GWは実家に帰ったり、遊びに行ったりで楽しいイベントだったが、今年はどうもおとなしくしているしかなさそうだ。
ただ、かわいそうなのが自分の母親である。孫が2人(つまり私の娘2人)しかいないので、GW、お盆、正月のほか、年に何回しか会えないのだ。「今回は行けないわ〜」と電話で話したところ、嫁さんの腰痛とか子供の中耳炎を気遣って、また来れるときにおいで〜と言っていたが、残念なことだろう。母親だけ来られればいいのだが、実家には父親とその母親(つまり私の祖母、母親のお姑さん)もいるし、家を空けるわけにはいかないらしい。そりゃそうだろう。
まあ、次の機会に埋め合わせするとしよう。

反対に嫁さんの母親(私のお義母さん)は孫に不自由していない。
お義母さんの実家では2世帯住宅で孫3人と同居している。そのほか1人の孫が実家近くにいる。
そしてここ1ヶ月はうちに来ていただいており、嫁さんが腰痛のため家事一切をお願いしている。
当然、うちにも2人孫がいる。
常に孫と触れている環境なのだ。
祖母としての満足度に大きな格差があるといわざるを得ない。といってもどうしようもないが。。。
ただ、いつも一緒にいるより、たま〜に会えるからかわいさもひとしおということもあるだろう。
そう考えるとどっちもどっちかな・・

5日には、マラソン大会に代理で出場する予定だ。
参加申し込みまで済ませた方が参加できなくなったので、私が代理で出ることになった。10kmなので、ちょうどいいトレーニングのつもりで参加しようと思う。そのためにも明日中には風邪を治してしまわねば。



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2009年04月19日

ハーフマラソン

今日は春一番伊達ハーフマラソンに出場してきた。
結果は2時間19分。夏に行われる北海道マラソンの参加資格はハーフマラソンを2時間20分で走れることが条件なので、ギリギリクリアしたことになる。
社会人になってから運動不足を解消するためにジョギングを続け、大会に出場してきたが、スタートからゴールまで一度も立ち止まらず歩かずに走り続けたのは今回がはじめてである。
今までの記録を振り返ると、
1998年 フルマラソン 5:57
1999年 フルマラソン 5:34
2000年 フルマラソン 5:56
2001年 10マイル   1:57
2003年 フルマラソン 5:55
2004年 ハーフ     2:50
2006年 ハーフ     3:03
2009年 ハーフ     2:19

自分の調子が最高潮に良かったのは1999年のときだったと思う。このときは確か2時間30分程度で25kmまで走り続けられたと記憶している。最高潮に調子が良いといってもこの程度だから威張れたもんではないが・・・・・25km以降はほとんど歩いてしまい、結局5時間34分という結果に終わってしまった。25km以降もがんばって走り続ければ5時間は切れたと思うのだが・・・
今回はやはり、北海道マラソンの参加資格タイムを出したいという明確な目標があったから、文字通りの完走(途中で歩かない)を成し遂げられたのだと思う。
せっかくなので今回の大会の準備から今日までのことを振り返りたい。

ハーフ(約21km)を2時間20分で走りきるためには時速9kmが必要になる。
ジムのランニングマシンでいつも走っている速度は7.5km/h〜9km/h。10km/hはよほど調子が良くないと20分と持たない。ということで、9km/hを維持することが必須となる。
そのほか、自分の特性として、9km/hくらいの高速(私にとっては)で走っていると体にたまった熱で暑くなってきて精神的に疲弊してしまう。肉体的よりも精神的に参ってしまうのだ。
また、これまでの経験上、15kmを過ぎると足がつってくる。一度こむら返りするともう終わりだ。それ以降は走るどころか歩くこともままならなくなる。
よって、本日の準備のために一月前からトレーニングをはじめた。
・9km/h走を毎日30分以上行う。(30分程度が精神的な限界)
・ふくらはぎがこむら返りするので筋トレで重点的に強化する。
そして、最後の仕上げで先週の日曜日に12km走を試した。すると、1時間10分程度で走れた。しかもまだまだ続けて走れそうな感じだ。ジムのランニングマシンでは9km/h一定で走っているが、もしかすると、10km/hも可能かもしれない。
以上のことから、今回のハーフマラソンの作戦を次のように定めた。
●15km地点まで10km/hで走る。これにより、残り6kmを50分で走ればよくなる(7km/h)。足に疲労が溜まっても何とかなる速度だ。
●こむら返りを少しでも防止するため、筋肉の潤滑剤といわれているクエン酸をスタート直前に服用する。
●体の熱を逃がすため、できるだけ薄着する。
●あとは、ときどき発現する爆発力に期待する。というのも、去年何度か15km/h走をしていたときに、ランナーズハイというのだろうか、急に元気が出てきてビュンビュン飛ばせる時間帯があったのだ。今年の練習では発現しなかったのだが、これがないと目標達成は厳しいだろう。

当日。
天候は最高である。風も適度にあり、熱を奪ってくれるだけの冷たさもある。かといって寒いわけではない。
天は我に味方した。体調も良い。これはいけるかもしれないと思った。
そしてスタートの号砲。
集団に飲み込まれて思うようにスピードが出せない。だがあせりは禁物だ。前日までの3日間を充電期間にしたせいか体が重い。まずは体が調子を上げてくるまでゆっくり走ろう。
そうこうしてるうちにあっという間に2km地点だ。タイムは13分。10km/hだと12分で通過していなければならない。ちょっとペースを上げる。横を同時開催の小学生駅伝大会のランナーが颯爽と駆けていく。
3km地点タイム19分。
4km地点タイム25分。
次の5km地点が目安だ。ここをタイム30分で通過できれば目標どおりだ。
しかし、5km地点のタイムは32分。
まあ2分程度の遅れだ。15km地点以降のLAST6kmを8km/hで走ればいいだけだ。あせってもしょうがない。・・などと考え意識的に若干ペースダウンしながら走り続けた。
その後、6km地点タイム39分。7km地点タイム46分。8km地点タイム53分。5分の遅れだ。ほぼ9km/hペースで走ってきている。このまま行けばLAST6kmを約40分で走らなければならない。少しでも貯金を作っておかなければ。
ここで秘策のMP3プレーヤの登場である。ドラマ「ルーキーズ」のサウンドトラックを聴きながら徐々にペースアップする。音楽を聴きながらだと少し調子が出てくる。下り坂も手伝い、11km地点を70分で通過。中間地点(10.5km)を500m行き過ぎたところでちょうど時間的に中間だ。
ということは、これからもこれまでと同様のペースで走らなくてはならないということである。
この時点で、「止まったり歩いたりしたら終わりだ」と思った。
そしてここから15km地点までは緩い上りが続く。MUSICの力を借りながら淡々と走る。足の痛みは無い。若干ではあるが体にエンジンがかかってきた感じもある。去年の練習で味わったランナーズハイのような感じだ。ここは勝負どころだ。とにかく15kmまではがんばろう。そこについたらまた計算しよう。
12km77分。13km84分。14km91分。当初予定では、15km90分だったので、かなりの遅れだ。
10km/hの目標だったところを9km/hより遅いペースで走っている計算だ。若干の焦りを憶えながら淡々と走る。
そして15km地点で98分。ここでつかれきった頭で計算する。この計算は何度も事前にシミュレーションしたのでボケた頭でも計算可能だ。残り6kmを42分。当初構想ではこの後は7km/hで余裕を持って走る予定だった。だがしょうがない。9km/hより若干遅くても大丈夫。敢えてポジティブに考えた。
ここではじめての給水。といっても走りながら2回ほど水を口に含ませるだけ。腕に少し水を掛け熱の発散を促す。最初のフルマラソンの時に調子に乗って頭から水をかぶり、その後調子が悪くなったことを思い出す。
ここからはゴールまで緩い下りだ。風も追い風になってきた。少しペースを上げてみよう。
16km104分。10km/hペースになった。
17km110分。あとは30分で4kmだ。8km/h強で良い。もしかしたらいけるかもしれないと思い始める。
18km117分。ちょっと遅れた。だがもうこのまま行くしかない。あと3kmを20分で走ればいい。9km/hペースを維持するんだ。
!!ここで、恐れていた事態が発生した。右のふくらはぎが痙攣しそうになっている。もしつま先の指を内側に折り曲げる動作をしようものならたちまちこむら返りを起こすだろう。
ペースダウンし右足をかばいながら走る。つま先の指を上に上げるよう意識し、ふくらはぎを伸ばすよう心がける。右足はもうあまり曲げられない。左足が頼りだ。これで左足も故障したらもう歩くしかなくなる。
18.5kmで再び給水。2回ほど口に含むだけ。走りながらなので顔に水が大きくかかった。だけどまったく意に介さず歩を進める。
19km124分。ここは勝負だ。少しペースを上げてLAST1kmを余裕を持って走れるようにしよう。
右足を伸ばすように全神経を集中し、左足を酷使して前に進む。なぜだか両手の指先が伸びてしまう。まわりから見たら滑稽だろう。だけどそんなことにはかまっていられない。
20km地点131分。残り9分で1kmを走ればいい。勝負した甲斐があった。もしかしたら少し歩いても140分でゴールできるかもしれない。いやいや、走り続けて確実に140分を切ろう。もう少しだけがんばれば北海道マラソンに出られる。もう少しだ。
残り5分。会場に入る。もう地面しか見ない。ひたすら我慢して前に進む。「もう少しだ」「がんばれ」という声がかかる。手を振ったりして応えたいがそんな余裕はまったく無い。だが、声援はやはり力になる。
残り3分。おかしい。もうゴールが見えてもいいはずなのに見えない。あの右曲がりを曲がったらゴールが見えてくるはずだ。もう少しだけがんばれ!
残り2分を切った。右を曲がる。ゴールは目と鼻の先だった。ゴールラインを超え、すぐに立ち止まり、右ふくらはぎを伸ばす。時計を見る2:19:01を指していた。
・・・戦いは終わった。

ということで、次は北海道マラソンに向けて取り組みます。



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2009年01月08日

カマクラと正月

kamakuraAこの年末年始は自分と嫁さんの実家に帰った。写真は自分の実家で作ったカマクラである。
カマクラは子供の時に毎年作っていた。だけど、山を作っているうちにすぐ穴を掘りたくなって山が小さいうちに穴を掘ってしまい、結局2,3人が小さくなってようやく入れるサイズのものになってしまっていた。
そういう思いもあって、今年は大人が立って入れる大きなカマクラを作ろうと考え、山作りに半日かけ、翌日、穴を掘ることにした。
「今日は山作りだけ!」と決めたことにより、ある程度大きな山ができた。
結局は大人ではなく子供が立って入れる程度のものになったが大きな進歩である。
ちなみに嫁さんによると本格的なカマクラは水とかで固めながら作るらしい。
そんな作り方してで何日掛かるの?と聞いたら「2〜3日くらい」・・・たかだかカマクラくらいでそんなに時間をかけることは自分には考えられない。第一、2泊3日しか滞在しないのに、カマクラ作りで正月が終わってしまうではないか。
とはいえ、本格的なカマクラにいつかは挑戦してみたい。次の正月に子供に手伝わせて作ってみようか。

正月が明け、今度は嫁さんの実家に移動。
それにしても今年は雪が少ない。地球温暖化の影響か?ところで、最近は地球温暖化懐疑論があちこちで発表されているらしい。先駆者であろうT教授のおっしゃることは、結構納得できるものである。ただ、本当のことは100年後、もしかしたら千年後にならないとわからないだろう。とにかくいろんな情報を仕入れて自分で判断するしかない。ただし、建設部門の技術士としては、CO2が地球温暖化の元凶だという認識の下、低炭素社会を実現させるべし、というスタンスを取るべきであろう。
話がそれたが、雪が少ないとどうなるかというと肥えるのである。除雪作業が無いうえに、正月で食べたり飲む機会が多く、あっという間に体が張り詰めたような感じになる。これはヤバイと考え、嫁さんの実家でもカマクラを作った。

kamakuraBこちらは山作り1時間穴掘り30分の即席である。甥っ子姪っ子に手伝ってもらいながら何とか仕上げ、けっこう汗もかいた。

そんなこんなでなかなか充実した正月を終えて仕事始めを迎えたのであるが、幸いスーツは去年と同じように着れた・・ものの、会社で席に着くとお腹のまわりがダブついている感覚がある。カマクラを作っていなければもっとひどいことになっていただろう・・・

それでは、今年もよろしくお願いいたします。



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2008年12月28日

ここ2ヶ月の振り返り

もうすぐ年の暮れである。
久しぶりのブログ更新でここしばらくの出来事などを振り返ってみたい。
今回のブログはヤ○○さんのブログのような長編となる。
それでは会社、家族のことなどつれづれなるままに・・・

11月からは忙しかった。何に忙しかったかというと泊まりも含んだ会社の部の忘年会の幹事を命じられたのである。そのほか自分のグループの忘年会、外部から先生をお招きして講演会のセッティング、懇親会の準備など、宴会セッティングの幹事をあわせて5回くらいこなした。また、同業他社との情報連絡会議にカバン持ちで出席したりした。
部の忘年会ではせっかく泊まりで宴会をするのであるから色々レクリエーションを企画したりしてまあそれなりに盛り上がった。
自分自身も麻雀などして楽しんだ。
前の会社では入社して5年くらいまでは社内積み立てを活用した社内旅行があった。一泊二日で近場であるがなかなか楽しかった。宴席、夜中まで麻雀、温泉卓球などを楽しんだ。静岡の寸又峡や上高地などにいった。しかし、不況の波のせいか入社6年目くらいからは無くなってしまった。
去年職場でスキーに泊まりで行ったり、苫小牧に楓風会に行ったときは、すごく久々のような感触であった。
仕事よりもそういう企画もののほうに力が必要という、まあ、いわゆる余裕のある会社に転職したんだなぁと思う。
仕事納め最後の一週間も、2日有給休暇をいただいたにも関わらず、特にさしあたって急ぎの作業も無く、悠然と過ごすことができた。
前の会社では考えられない状況である。まあ、来年からは忙しくなりそうなので、今は基礎勉強の時期と考えて十分地力を付けていこう。

地力を付けるといえば、こんな本を買った。
http://coronasha.workarea.jp/tetsudou/tetsudou.html
なかなかマニアックな本である。
これは、講演に来ていただいた先生に個人購入を勧められたものである。
内容は実に難解であるが、読破すればそれなりに知識は身につくであろう。
この本を買った後にまったく同じ本が自分がいる会社フロアの近くの本棚の隅に佇んでいたという軽くショックな出来事もあったが、自腹で買ったことで真剣に読むようになるだろうし、好きなときに好きなように扱えることのメリットは計り知れない。
雑誌、本は吟味した上で自費で購入するに限る。
本の内容が実に難解と書いたが、1年半の経験である程度予備知識があったおかげで章によっては理解できることもある。
ある分野の知識を習得する上では、いきなりものの本を読むのではなく、ある程度周辺知識を仕入れてから読む。もしくはものの本を読んでわからないことを他の手段で調べるということが有効なのだろう。
自分の場合は、とにかく本を買い漁って最初から100%覚えようと思うと続かないので、興味のあるところを覚えていく感じである。色々本を読んだり、グループの中で突発的に行われる議論を聞いたり、打合せしていると自然と知識が増え、その後、本を読み返すと、増えた知識を本で確認できるといったことが少しずつではあるが出てきている。「このページは前は理解できなかったが、今はわかる!」といった感覚である。
自分の今の知識はかなり空っぽに近いのでなんというか右肩上がりで知識が増えているという実感がある。
まあ、あせらないで今後も勉強していこう。・・・しかし来年36の年男なのにこんな状況だと今の会社でモノになるんだろうか?・・深くは考えまい・・35を超えて最近若干衰えが出てきていることだし、健康第一で体重も少し減らしてがんばっていこう。

衰えを感じたのは11月下旬だった。かぜで胃腸がやられたとの診断だった。熱は少しあるがセキは無い。のども痛くない。しかしなんといっても体に力が入らないのがきつかった。幹事の準備もあるし会社に出たほうがいいだろうと思っていた。前に調子が悪いときに点滴をうってもらったり、たかーい栄養ドリンクを飲むとだいぶ回復したことがあった。その経験から先生に点滴をお願いしたが、うちではこの程度だったら打ちませんと言われてしまった。しかたなしに1200円くらいのユンケルを服用したが一向に回復しない。その日は午前半休で会社に出て午後を何とか過ごした。翌日、翌々日も会社に出た。症状は快方に向かったのだが、その回復スピードは遅く、体に力が入らない症状は結局2週間ばかり続いた。
逆療法でスポーツクラブに行っても効果なし。前の会社では多少の風邪は業務の忙しさから来る気合で治していたが、そのときはそういう気合の入る業務も無く、なかなか治らない。なんというか衰えを感じたものである。体を鍛えて予防に努める年代になったのであろう。

予防の大事さを身に染みて知ることがあった。入院である。
といっても私ではなく長女が入院したのだ。
20日(日)にセキをコンコンしている長女を見て早めに病院に連れて行こうとチョット思った。しかし症状が軽く見え、こんな軽い症状で病院に連れてきて・・・と思われるのもどうかと思い見送った。結局22日(月)になっても回復せず少し悪化していたので近くの小さい病院に連れて行った。風邪との診断を受け吸入をしていたら長女の顔が一気に白くなっていくではないか。しかも苦しいと訴えている。先生がすぐさま飛んできて横にして酸素を吸わせたところ、顔色が戻り、脈も安定した。しかし酸素吸入をやめると脈が落ちる。先生は「お父さん、これは入院だね。救急車を呼ぶわ」・・・まさかこんな事態になるとは。ごめん。日曜日に病院連れて行くんだった。と心の中で長女に謝り、総合病院へ。救急車は速やかに到着し手際よく長女を乗せて赤信号をものともせずに雪道を快調に走行し(緊急車両はスパイクタイヤらしい)、受け入れを断られること無く行き先の総合病院に着いた。ここでも手際よく長女を迎え入れ、すぐさま診察が始まった。私が手続きをしている10分ほどで酸素マスクをして車椅子に乗った長女がやってきた。これから入院する個室に案内されるという。
救急医療サービスには本当に感謝である。今までサービスの恩恵を受けていなかったため、それほど救急医療サービスに関心が無かった。救命医療のドラマなんかを見ていたが感情移入することも無かった。これらのサービスを提供してくれる方々に本当に感謝した。
結局、長女は25日まで入院し、私が付き添った。母親べったりの次女がまだ小さいため、父親である私が付き添うしかなかったのである。会社も二日間休んだが、快く有給を許可いただいた。本当にいい会社である。忙しくなったらぜひとも尽くさねばならない。
長女にとってはとんでもないクリスマスになったと思われるかもしれないが、入院生活で看護婦さんに上げ膳据え膳してもらってお姫様のような夢のような4日間だったのではないだろうか。入院中、本を読んだり絵を描いていたりして楽しそうだった長女のことを考えるとそう思う。家に帰ってからサンタさんからDSのソフトももらえてそのまま冬休みに直行であるから、ちょっと長女にはかわいそうなことをしたような、だけどちょっとオイシイんじゃないのというような複雑な気分である。
自分としては、これまであまり子供にお父さんらしいことをしてやれていなかったと感じているので、今回は少し挽回したかなと思っている。
付き添っている間に前出のハンドブックも10ページくらい読み進められたし、まあいいか。
本当に今回のことは勉強になった。入院付き添いも初めての体験だったし。救急医療サービスには感謝するが、なによりもそのお世話にならないように予防保全に重点を置いた生活を心がけるべきである。と言っているそばから次女も熱がある・・・次女の場合は元気が良すぎるので多少熱があったほうが静かでいいのであるが。

ということで本日(もう昨日だけど)仕事納めも終えて、病気っぽい子供たちも早く寝て静かな夜を迎えている。
職場が変わって溶け込めるかどうかが不安であったが、予想通り何とかなるものである。意外に皆さんに仲良くしていただき、忘年会の幹事まで任せていただいた。まずはそこが一番大事だと思っていたのでほっとしている。仕事のほうでも2件ほどの検討と3件ほどの試験をしたことになる。内容については、まだまだ100点は取れない状況であるが、なにより、自分以外の方々を巻き込んでコミュニケーションして実行できたことが大きい。人脈も増えたと思う。
本日技術士一次試験の合格通知も受け取った。社内通信教育も2科目を取得できた。技術士二次試験は惨敗だったので100点ではないが、種は蒔けたと思う。総合的に考えるとなかなかいい年だったのではないかと思う。
来年は、まず体重を減らしたい。そろそろ億劫になってきた。いい加減にしよう。
そして、なんといっても技術士二次試験に合格したい。これが最大の目標である。その目標のために日常業務、勉強、健康管理など付随するタスクが発生するのだと思う。

それでは、このブログを読んでくださっている皆さん、良いお年をお迎えください。



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2008年10月18日

観楓会

会社の観楓会に行ってきた。
3月までいた職場の方が誘ってくれたのだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E6%A5%93%E4%BC%9A
茨城にいたときは芋煮会ってのがあって、東北ならではの行事らしいが、観楓会は北海道ならではの行事らしい。
日帰りでパークゴルフをしてジンギスカンを食べて温泉につかってのんびりすごした。
前の職場の雰囲気は大好きである。
前の職場は本当にいいキャラがそろっていて、何をするでも盛り上げ役が必ずいるのだ。仕事でもコミュニケーションが円滑でうまく回っていたと思う。
今の職場もけっこう好きである。前の職場にはないキャラの方がいっぱいいる。
今の職場でも更にいい雰囲気を作れるように自分もがんばらなくてはと思った。



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2008年09月05日

ストリートビュー

Googleのストリートビューを使ってみた。
http://www.google.co.jp/help/maps/streetview/
こんなのがあったら道路管理者が重宝するだろうと思う。
きっと、この技術には注目しているに違いない。
Googleも1kmあたりいくらで整備しますよ・・とかビジネスになるんじゃないだろうか。
観光誘致にも力を発揮できるのではないだろうか。
自治体も自分の町をストリートビューにしてくれとかいうニーズがあるかも。

しかし、全方向を見られて、マウスドラッグで進行、後退もスムーズにできるとは・・・スケールが違う。

ソフトウェアを極めたい人は潤沢な資金が使える会社に行きたがるんだろうな。Googleなんかはソフトウェア開発技術者にとっては最高の会社だろう。その分成果主義で厳しいと思うが。



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2008年08月09日

珍しく善行した

最近飲み会が続き、疲れが出たのか、8時くらいに家に帰ってから少し寝てしまった。
1時間ほどで目が覚め、オリンピックの開会式を見ていると頭がすっきりしてきて、「こりゃ寝れないな」と思って夜中のジョギングに出かけた。
往復1時間弱の行程である。
折り返し地点で折り返したところで財布を拾った。
往路では気づかなかったので、多分、つい先ほど落としたものに違いない。
気づいてすぐ探しに来るかもしれないがそうでないかもしれない。
もう夜中の1時だし、免許証も入っているようだ。交番に届ければ免許証から持ち主に連絡することができると思う。私が拾って交番に届けたほうがいいだろうと判断し、財布を拾って復路を戻り、家の近くの交番に財布を届けに行った。
内容物の確認、拾った時間、場所をなんだかんだと答えて20分くらいで解放された。
財布などを拾ったのは2回目で交番に届けたのは初めてである。
1回目は大学生のとき構内に落ちていた財布を拾って大学の然るべきところに届けた記憶がある。
金額の1割をもらえるとか、お礼をもらえるということを聞いていたが、その権利を放棄することもできるということを始めて知った。
拾った人(私)の個人情報も記録されるが、それを落とし主を含めて非公開にすることもできる。
ならば、私の個人情報はいらないのではないか?とも思った。まあ、深く考えないことにする。
以上、珍しく善行をしたのでブログに記録した次第である。
善行というか、やって当たり前の行為なんですけどね。



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2008年05月08日

GW

GWが明けた。
今年のGWはすごく短かく、あっという間に過ぎた。
それにしても、子供のパワーに圧倒されたGWだった。

うちの娘二人はGW1日目にいった実家近くの公園で3時間ずーっと遊び続けていた。
いつもは嫁さんと4人で行動するのだが、嫁さんはいなかった。
嫁さんはいつも子供が少しでも危ない目にあったり、風が強かったりすると遊びを自粛するよう訴えてくるのだが、その嫁さんがいないので、全面的に放任した。
下の娘(もうすぐ3歳)が下りの砂利の坂道を走った挙句に転んだときは、まずいと思ったが、ちゃんと両手で受身をとったようでほとんど無傷だった。それ以外にジャングルジムや小高い丘にある滑り台を二人で仲良く危なげなく遊んでいた。
帰ったらあまりの服の汚れに嫁さんがボーゼンとしていたが・・・
多分子供たちも「あれするなこれするな」といわれずに遊べたので楽しかったと思う。
とにかく3時間休みなしで走って遊び続ける娘たちの体力に驚いたが、よくここまで成長してくれたものだとも思った。

3日目には二人の娘とそのいとこ(つまり私の甥っ子、姪っ子)の計7人を相手に鬼ごっこや、ポケモンごっこ(子供たちが繰り出すポケモンの技(?)をひたすら受け続け、倒される演技をし続けるという過酷なもの)、かくれんぼ(どこだ〜見つからん〜、と演技するのが大変)に半日付き合ったが、もうくたくたであった。その筋肉痛が今日(2日後)出てきて動くのがつらい。
鬼ごっこは結構本気になって、瞬発力で捕まえたり、持久戦に持ち込んで長い距離を走った末に捕まえたりした。小学2年と3年の甥っ子はなかなか根性と体力があり、何度捕まえられても立ち向かってきたのでなかなか面白かった。。そのあと親たちも含め男だけで少しサッカーもしたのだが、これが結構うまい。聞くとサッカー部と野球部に入っているようだ。
家ではDSばかりやっていて運動なんかしないんだろうなと思っていたが見直した。

4歳の姪っ子は目にごみが入ったりちょっとしたことですぐ泣いたりするので、機嫌を損ねないように扱いが難しい。だけど、機嫌がいいときはなぜかお父さんよりも叔父の私になついてくるので、なかなか可愛いもんである。姪っ子をだっこしていると下の娘がやきもちを焼いて怒り出すのがまたかわいい。

まあ、嫁さんに言わせると、私があまりに楽しそうにしているので、私が子供たちに遊んでもらっているように見えるらしいが・・・

甥っ子姪っ子含めてこうやって遊べるのもあと数年だろう。中学生にもなったら一緒に遊んでくれまい。
いまのうちに、遊んでやる(もらう?)ことにしよう。



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