2015年08月30日

明慧日本2015年8月30日】米国ペンシルベニア州・フィラデルフィア(以後・ヒフ)の法輪功学習者は9日、ヒフの「自由の鐘広場」で集団煉功を行いました。旅行ブームのさなか、多くの観光客が米国の自由主義精神の発祥の地に来ています。当日、観光客は歴史的な遺跡を仰ぎ見るとともに、法輪功の真相を伝えている法輪功学習者を見ていました。観光客の中には80歳の高齢者もいれば、8歳の子供もいます。法輪功学習者の功法を見て、好奇心から感動に変わり、自ら学びに来ました。

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自由の鐘広場で集団煉功しているヒフの法輪功学習者

81歳の張さん(前列一番左)8歳の女の子・恩澤(前列一番右)

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静功を学んでいるペンシルベニア州・ランカスターから来た6歳の女の子(前列右二番目)と母親(前列右一番目)及びメキシコから来た、フロリダ州在住のケットさん(二列目一番右)

再度、功法を学びに来たジョンさん(最後列右一番目)

 カールさん一家(カールさん、奥さん、6歳の娘さん、4歳の息子さんの4人)はペンシルベニア州・ランカスターから来ました。奥さんと娘さんは平和的な座禅に惹きつけられ、どういうふうに煉功するのかを尋ねました。隣にいたカールさんも興味深そうに「ずっとこのような心身の健康に役立つ方法を探していました」と言いました。カールさんは法輪功を紹介する資料を貰い「家へ帰ったらネットを利用して功を学ぶようにします」と言いました。

 フロリダ州に在住のケットさんは「観光地でこのような座禅を組む方法に会えたことを喜んでいます。法輪功が中国共産党に迫害されている事実を、インターネットサイトにアップして多くの人々に知らせるつもりです」と言いました。

 いつも「自由の鐘」の観光地で真相を伝えている楊さんは「残念なことに、沢山の中国人が中国共産党の虚偽宣伝に騙されています。彼らは、法輪功とはどのようなものなのかを理解したくないのです。もちろん中国からきた観光客の中には真相を聞いて党・団・隊から脱退した人も少なくありません」と言いました。

 中国人観光客・王さんから「法輪大法の経費はどこから出ているのですか?」と聞かれた楊さんは、こう答えました。「皆でお金を出しあって資料を印刷しています。天安門焼身自殺も偽りの事件で、共産党が法輪功を弾圧する口実として捏造したものです。中国共産党は無神論を宣伝し、人々に祖先を忘れさせ、マルクス主義を信じさせた行為は、本当の売国です」最後に王さんと奥さんは、共産党組織から脱退しました。もう1人の張という高校生も、実名で脱退を申し出ました。

 法輪功学習者・謝さんは「迫害の前の1998年11月に『羊城夕刊』に『老いも若きもみんな法輪功を修練している』と掲載された文章を読んだ記憶がありますが、あれから16年が経過しました。中国の国民が、私のように自由に煉功ができて、心身ともに受益できるようになってほしいものです」と語った。

 また、こうも話した。「私は中国の親友に電話をかけ、国内では聞くことの出来ない法輪功の真相を伝えています。法輪功を学びたいという人がいますが、私は中国共産党の党・団・隊からの脱退を手伝うことしかできません。私達庶民は心の中に天秤を持っていると思います。沢山のできごとは、良心の天秤で量れば一体どういうことなのかがわかると思います。毎日中国から訪れてくる多くの同胞が、200年の歴史がある『自由の鐘』の観光地にくるのを見て、私たち中国人が偽・悪・暴力の精神的束縛を振り切ることが出来たなら、我々中華民族は真に善良で強大になると思います」

(中国語)
(English)

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明慧日本2015年8月26日】北京市の法輪功学習者・趙秀環さん(60歳女性)は、法輪功迫害の元凶・江沢民を告訴した。そのため、先月28日午後、北京石景山(せっけいざん)公安支局の国保大隊(法輪功迫害の実行機関)および派出所の警官は趙さんの自宅に不法に侵入し、パソコン1台、プリンタ2台、法輪功の小冊子70、80冊などを押収し、趙さんを石景山留置場に拘禁した。

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趙秀環さん

 かつて、趙さんはB型肝炎、鼻炎などを患っていた。病院の医師は「治療方法がないので、気功を練習して見たら」と勧めました。さっそく法輪功を教えてくれる人を見つけ、学び始めました。すると、たちまち健康を取り戻しました。

 以前は強情な性格だった趙さんは、法輪功の「真・善・忍」の教えを学んでから穏やかになり、内に向かって探すことができるようになりました。そして、姑や兄弟との関係も改善され、親族や同僚などから高く評価されるようになりました。

 しかし、趙さんは法輪功を学んでいるとの理由で、何度も不当に連行されました。2000年の旧正月期間中、警官らは趙さんを天安門広場に陳情に行かせないようにと、40日間不当に拘禁しました。同年7月20日、警官らは趙さんを再度連行し、10日間不当に拘禁した。

 2002年、趙さんは法輪功の資料を配ったとの理由で不当に連行され、懲役7年を宣告された。

 2004年、趙さんは女子刑務所の警官に無理やり両足を壁に向かって開脚するよう強いられた。そのため、趙さんは大きなダメージを受けた。また、全身傷だらけにされ、血尿が出て、足が不自由になった。そのため、這ってトイレに行かなければならなくなった。そんな状態もかかわらず、腰を90度に曲げた姿勢にさせられ、その上に2人が乗りました。また長時間にわたって立たされたり、独房に監禁されて迫害を加えられたりしたという。

 現在、趙さんは石景山留置所に拘禁されていて、彼女の夫は趙さんの安否をとても心配している。 

 (法輪功学習者を迫害している主要な責任者の情報は、中国語のページを参照)

(中国語)

qxbbs at 10:02コメント(0)トラックバック(0)明慧人権 
文/江蘇省の大法弟子 静白

 【明慧日本2015年8月28日】私は1996年に法輪大法の修煉を始めました。私の母もその後に始めました。

 『轉法輪』を読んで奇跡が起きた

 母は幼いころ学校に通えず、1年間だけ塾に通いました。そのため、あまり字が読めません。母は師父に「『轉法輪』を読むことができますように」とお願いしました。

 その後、母は本の上で眠ってしまいました。目が覚めると奇跡が起きました。母は私に「目を開けても閉じても目の前に字がたくさん出てくる」と言いました。再び、『轉法輪』を持つと、スラスラ読めるようになりました。そして、修煉していない父は母に「おや? 本当に不思議だ! どうしてそんなになめらかに読めるのか?」と、とても驚いた様子でした。母は「私の師父が教えてくださったのです」と言いました。

 師を信じ法を信じて 腫瘍が消えた

 母は修煉してからいつも笑顔でした。1997年のある日、母の脇の下に卵大の腫瘍ができました。母は一心に師を信じ法を信じて、心性を守り、毎日の集団煉功と学法に参加していました。

 しかし、このことを一番上の姉に知られ、私に母を病院に連れて行くようにと言いました。私は「母は修煉者で、師父がいらっしゃるから、病院に行くかどうか、本人に任せましょう」と言いました。母は姉に「師父が私を守ってくださるから、大丈夫ですよ」と言いました。その後5、6日して、腫瘍から黄色い水が流れ出しました。2週間経つと、その腫瘍が消えてなくなりました。

 1999年7.20、中国共産党は全国のメディアを駆使して、法輪功に対する誹謗中傷、偽りの宣伝を始めました。しかし、母は依然として師父を信じ、法輪功の真相を伝え、資料を配り続けました。2001年、私は3年の労働教養処分を科され、労働教養所に収容されました。私の子供2人はまだ11と12歳で、母は子供2人の世話をしてくれました。母は法輪功を学んでいることで周りの親戚から責められました。

 2007年、私は再び、連行され実刑判決を受け、刑務所に送られました。私が刑務所に入る前日、母は面会に来ました。私は母に「学法を続け、真・善・忍に従って自分を律し、良い人になってね。私たちは間違っていませんよ」と話しました。

 師父は母を助けて下さった

 2012年3月のある日、母は夜中にトイレに行き、何回も転び、歩けなくなりました。私たち兄弟はみんな、母のところに来て、母を病院に送りました。病院で検査を受け、小脳の萎縮があると言われました。医者はもう母の命があまり長くなく、治療できず、家に連れて帰るようにと言いました。

 その時、私は心から母の病気を否定しました。家に帰って、母は兄弟たちに点滴を3日間させられました。そして、母は食べられなくなり、誰を見ても反応がなく、一日中、寝てばかりで、便意も尿意もわからなくなりました。

 私は正念で、兄弟たちが勧めている母の点滴をやめさせました。私は「点滴をすると、お母さんの状態がさらに悪くなるので、やめるべきです」と言いました。その後、父も同意してくれました。

 私は帰宅してすぐ、師父の写真の前に跪き「師父、母に先史の誓約を果たし、師父と一緒に家に帰る機会をもう1度お与えてください。母をお助けください」とお願いしました。、昼間は母に師父の説法を聞かせ、夜は同修とともに母に法を読み聞かせ、発正念をしました。

 それから10日目、その夜、母の看病の当番をしていた一番上の兄が、夜中に母が「師父、師父、私を助けてください、私を助けてください」と叫んでいるのを聞きました。私が朝、入り口を入るとすぐに、兄嫁は興奮しながら、私の手を引っぱってそのことを話しました。

 私が部屋に入った時、母は目覚めていました。母は話せませんでしたが、意識ははっきりしているのがわかりました。私はこの数日のことを母に話すと、母は「覚えていない」と言いました。私は母にうちに向けて探すようにと言うと、母は探し当てたと言い、それは怒ったり、疑ったりすべきではないということでした。

 その後、私は毎日、母に法を読んで聞かせ、発正念をしました。母は次第に食べることも話すことも煉功することもできるようになり、2カ月後には、街へ行って、法輪功の真相を伝え始めました。母は毎日法を学び、朝3時過ぎに起き、2時間煉功しています。

 今年、母はもう82歳になりますが、毎日、真相を伝えています。母は「三つのことがまだしっかりできていません。ただこれからいっそう精進し、そしてやっと、師父の慈悲なる救い済度に報いることができます」と言いました。


(中国語)

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2015年08月29日

文/中国の大法弟子

明慧日本2015年8月27日】私は東北出身で今年69歳になりました。96年に大法を修煉しはじめました。現在は中学校の国語の教師です。

 私は同年代の多くの人々と同様に、少女時代に大躍進(1958年から1960年にかけて、中国共産党が農業・工業の大増産政策を施行し、結果的に経済の大混乱を招き、推計2,000万人から5,000万人の餓死者を出す)を経験し、ちょうど成長期の体に大きな影響を受けました。そのために3、40歳の時からすでに多くの病があり、年のわりには老けていました。大学へ進学する時期には「文化大革命」に遭遇しました。数多くの政治運動の中、中国共産党が人々を迫害する色々な手段を見てきた私は、臆病になり、よけいな心配をするようになりました。いつも自分を守ろうとし、弱っていた体も精神も疲れ果ていました。修煉してから、私は心身とも浄化され健康になり、心もだんだん寛大で穏やかになりました。

 職場環境を変える

 修煉し始めて間も無く、私は国語の教育を研究するグループのリーダになりました。私の学校では国語、数学、外国語は、最もトラブルが多いグループだと言われています。一部の人は他人の問題を見つけると、直接指摘するのではなく、密かに上司に報告し、少しの利益のために争っていました。自分がミスを犯した時は隠し、自分の上げた成績だけを言いふらし、人と比べあうのでした。

 私がリーダになってから、二つのことを要求しました。一つはトラブルをグループ内で解決し、他人に隠れて是非を議論しないこと。もう一つは真実だけを言い、良い行いをすること。そして、毎週の定例会で、私に1週間で、でてきたトラブルと不足を隠さずに、誠実に話すことを求めました。同僚たちの不足に対して、批判するのではなく、善意を持って注意することにしました。

 私はしっかりと師父が『精進要旨』の「はっきりと目覚めよ」の中で説かれた「わたしがいつも言っているように、ある人が他人のためだけを思って、しかも、自己の目的と認識を少しも抱かなければ、語る話は相手に涙を流させるのです」を心に銘じました。一度私はある同僚の不足を指摘した時、彼女は私の善意と彼女を思う心を感じとり、感動してくれました。「私は数年前から、ずっとこの欠点を抱えてきました。私の両親すらそれについて何も言えませんでした」と言いました。

 だんだんとグループ内のトラブルが少なくなり、笑い声が増えました。同僚たちもお互いに、心を開いて話せるようになりました。多くの同僚が「轉法輪」を読みました。若い同僚たちは私と親しくになり、自分の悩みを相談するまでになりました。中には大法の本を買って自分の両親に見せる人もいました。

 インフルエンザが流行った時、校内の多くの教師と学生たちが感染し倒れましたが、私たちのグループだけは、大法のおかげで一人も倒れませんでした。ある日、ある同僚は嬉しそうに「今年あなたと向き合うようになってから、例年より病気が少なく、体の調子がよいのです」と言いました。彼女も大法のおかげだと分かっていました。もし法輪功への迫害がなければ、大法を修煉する同僚がもっと多くいたかもしれません。

 修練し、ますます若くなった

 私の手元に97年に写した一枚の写真があります。同じ学校の数人の大法弟子たちと撮った記念写真でした。写真の中の私たちは自信に溢れ、健康的な笑顔で、同年代の人より皆ずっと若々しく見えました。中の一人の大法弟子は、修煉する前に重い中耳炎を患い、耳の肉が腐り、とても見にくいものでした。しかしその人は、大法を修煉してから中耳炎が治り、しかも煉功すると、自然に煉功の音楽が聞こえるようになり、音楽を流す必要もなくなりました。

 修煉してから、私はほぼ欠かさず煉功を続けてきました。体もほとんど老けていません。ある人は大法弟子の事を「見た目が若々しく、元気に溢れ、人にも親切で、そこに居るだけで真相を証明できます」と言ってくれました。

 一度内モンゴルのある町へ、十数年ぶりに親友に会いに行きました。親友と彼女の夫が駅の入口で待っていました。私が彼女を呼ぶと、彼女はびっくりして「本当にあなたなの、信じられないわ、十数年も会っていないのに、相変わらず若くて、本当にあなたなのか信じられなかったわ」と言いました。彼女の夫も「私たちと同年代の人に見えません。私たち夫婦を見れば分かりますが、白髪だらけで、あちこち病気を患っています。しかしあなたは白髪すら見えず、体もとても元気そうですね。だけど学生時代はいつも病気がちで、仕事をしてからもいつも病院に通院していましたよね。どういうわけでこうなったのですか」と不思議そうに聞きました。

 私は「法輪功を修煉しているからよ」と答えました。大法を修煉してから元気になり、「4・25」中南海の陳情、そして「天安門焼身自殺」など、真相を伝えることができました。親友は「そんなに元気になって!」と驚き、彼女の疑問が解けたようです。また「私は修煉してから、正直者になり、視野もずーっと広くなったのよ」と友人に伝えました。彼女もかつて一度『轉法輪』を読んだことがあり、今もその本を大切にまだ持っていました。私は彼女に煉功の動作を教え、修煉を始めるよう勧めました。考えてみれば、私たちが今生で友達になったのは、もしかして彼女と大法との縁を結ぶためだったのかもしれません。

 私は年寄ではない、修煉者だ!

 「老ける」問題において、私も一念の違いで邪悪に隙を乗じられた教訓がありました。2009年の8月、私は長女と孫と一緒に外地へ行きました。その翌日大きく転んでしまい、足に数か所の怪我をして、目の周りも青くなりました。娘が病院へ連れて行こうとしましたが、私はそれを断り「家に帰る」と言いました。娘が「今までお母さんは金剛不壊だと思っていましたが、今見れば、お母さんも年を取ったなあーと思いました」と言いました。

 自分が怪我したのは、きっと漏れがあるからと分かっていました。家に帰っていつも通りに、法を勉強し、煉功して、間も無く治りました。怪我に至った原因も、孫への情が深いからだと分かりました。情を放下するようにしましたが、「老けた」との思いを否定しませんでした。それに時々「自分も年を取ったなあー、物忘れも多くなり」と思っていました。自分が認めれば、本当に老け始めました。みるみるうちに白髪が増え、皺も多くなりました。顔色が暗くなり、体も重くて、長く歩くと足を挫いたりすることもありました。

 ある日、同修と交流したとき、つい「老けた」と口にしました。同修は「われわれは性命双修の功法を修煉しているから、修煉すればするほど体に蓄えた高エネルギーの物質も多くなります。どうして老けるのでしょうか。老病死は常人の理です。常人を制約するもので、修煉者を制約するものではありません」と言いました。同修の話を聞いて、私は老けていると認めていることは、つまり旧勢力の按配を認めたことではないかと思いました。

 絶えず法を勉強し、明慧ネットの体験文を読み、私の老けることへの認識もますますはっきりしました。大法弟子は心性を高めると同時に、表面の体も心性の高まりにしたがって、ますます若く、綺麗になる。これこそ師父が求められていることです。心の底から師父を信じ、法を信じ、旧勢力が按配した私たちの肉体を老衰させる要素を取り除き、自分の体と身の回りのすべてを良い方向へ運びます。私たちを通して、大法の超常さと素晴らしさを、世の人に分かるようにするべきです。

 今年の3月、私は嵩山(河南省の洛陽の東にある名山)へ行ってきました。三皇寨側から登り、少林寺から降りました。大きな荷物を背負いながら、歩いて完走しました。ほとんどの若者が三分の一までしか歩けず、引き返しました。終点までたどり着いた人でも「疲れたー」と言いました。元気な私をみて、歩いていた途中で、絶えず私の年齢を聞く人がいました。「そろそろ70歳を迎えます」と答えたら、皆びっくりしました。親指を立てて、私の健康な体を羨ましがっていました。私はこの機会に真相を伝えました。真相が分かった人は心から「法輪功はこんなに素晴らしいものでしたか」と感銘を受けていました。

 この末劫の時期に、幸いにも大法に出会えたことは、師父への感謝の気持ちで一杯です。 修煉において、まだまだたくさんの不足があり、時には緩んで精進しないこともありますが、修煉当初の気持ちに立ち返り、同修たちと共に、師が法を正すことを手伝う道を、邁進するようこれからも努めてまいります。

(中国語)

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文/河北の大法弟子

 【明慧日本2015年8月26日】昨年の7月19日のこと、私は自転車に乗り、買い物に出かけました。そして道を横断していた時に、私は一台のバイクにはねられ、私の体は自転車ごと飛ばされ、思い切り地面に叩きつけられました。

 その時、私は動けなくなり、起き上がることができませんでした。しかし、痛みは感じませんでした。私は大法弟子であり、師父のご加護の下、きっと無事であることを確信していました。しばらくするとバイクに乗っていた若い男性は私の傍に来ました。彼の顔色は変わり、とても恐れているようでした。私を起こしてくれた彼に「私は法輪功の学習者です。他人に迷惑をかけたりするようなことはしません。大法のご加護があれば、きっと無事でいられるので、あなたにお金を請求することもありません。ただ家に帰ったら、今日、起こった出来事を、あなたのご家族と友人達に、伝えて下さい。法輪功の師父は世人を救い済度するために居られ、法輪功学習者は皆良い人間で、メディアが宣伝しているようなものではないことを知って欲しいのです」と告げました。

 若い男性はとても感激し、「今日は本当に良い人に逢った」と呟いていました。そして、彼は「心配なので、ここで待ってて下さい」と私に言いました。「大丈夫ですよ、今後スピード出し過ぎには要注意ですね、それから『法輪大法は素晴らしい』と覚えておいてくださいね」と私はその若い男性に言い、彼を帰らせました。 

 すると通行人たちが私を囲んで「彼を帰して、本当に大丈夫なんですか。病院に連れてってもらわなくてもいいんですか?」と口を揃って、私に聞きました。

 私は彼らに「私も自転車も無事です。法輪功学習者は人をゆするようなことはしません。私たちは真、善、忍に従い、良い人になり、そしてよりもっと高尚な人になり、すべて人のためを思うという教えに従って行動します」と教えました。

 1人の女性が「失礼ですが、あなたはおいくつになられたのですか?」と尋ねました。私は「もう74になります、でも見て下さい、私は健康そのものです。私は心の底から皆さんに大法の真相を知ってほしい。『法輪大法は素晴らしい』、『真・善・忍は素晴らしい』と覚えていれば、万事順調になり、幸運に見舞われますよ」とみんなに言いました。すると「今日の事は忘れません!」と皆は答えました。

 私は自転車に乗り、その場を去りました。「法輪功は本当に不思議で素晴らしい。法輪功の学習者も良い人たちね」という声が私の後方で響いていました。

(中国語)

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明慧日本2015年8月25日】黒竜江省ハルビン市呼蘭刑務所に拘禁されていた法輪功学習者の馮雪さんは10日午後5時半、迫害により死亡しました。享年47歳。

 馮さんと妻の関淑麗さんは、2013年12月6日にハルビン市道里区新農派出所の警察官に、不当に連行されました。それぞれに懲役9年と11年の不当判決が宣告され、呼蘭刑務所および黒竜江省女子刑務所に拘禁されました。

 馮さんは刑務所で脳梗塞や冠状動脈症などを患い、4回治療を受けましたが治りませんでした。今年1月、馮さんの病状は再び悪化し、ハルビン公安病院に入院して治療を受けました。2月、家族は馮さんの一次出所を要求しましたが、拒否されました。

 今月10日午後、馮さんは重体に陥りました。刑務所側が馮さんをハルビン病院に送ることを決めたときには、すでに手遅れでした。

 現在、呼蘭刑務所は病院に送るタイミングが遅延したことを隠すため、家族に馮さんの死体検証を勧め、病死と見せかけようとしました。

 馮さんは連行されてから、わずか計19カ月と4日間の拘禁で、死亡しました。

(中国語)
(English)

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2015年08月28日

明慧日本2015年8月27日】ロシア・サンクトペテルブルグの法輪功学習者は、「家庭祭」で法輪功の素晴らしさを多くの人々に伝えるために色々な活動に参加しました。

 8日に海浜公園で行われた「家庭祭」で、法輪功学習者は法輪功の功法を実演したり、資料を配布したりしました。

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法輪功の功法を実演している法輪功学習者

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法輪功学習者たちの煉功を見ている人たち

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法輪功の真相を伝えている学習者

 優美で穏やかな煉功音楽と、煉功者の功法を見て多くの人たちが足を止め、法輪功のことを訪ねてきました。また法輪功を学びに来た人もいました。サンクトペテルグルグのテレビ局も取材して、当日の夜に放送しました。

 数千人の市民がこの祭りに参加しました。多くの市民は学習者に「どうすれば法輪功を学べるのか?」と質問してきました。そして、なぜ中国共産党が法輪功を弾圧するのかなども知りたがっていました。

(中国語)
(English)

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明慧日本2015年8月25日】湖北省の法輪功学習者・肖愛秀さんは、2012年7月に法輪功を学び始め、第二の生命を得た。しかし昨年9月末、肖さんは法輪功が迫害されている実態を人に伝えた際、警官により不当に連行され、武漢市第一留置場に拘禁された。留置場で肖さんは拷問を受けて危篤に陥ったため、解放された。しかし、帰宅して10日目に、肖さんは無念な思いを晴らせないまま死亡した。

 かつて、武漢市で商売をしていた肖さんは、いつも寒気を感じ、真夏でも綿入れの服を着用しなければいけない状態だった。しかし、法輪功を学んでから心身ともに健康になった。

 その後、肖さんは法輪功を学んで受けた恩恵と、法輪功が迫害されている実態を人々に伝えた。昨年9月28日夜、肖さんは水果湖で法輪功迫害の実態を人々に伝えたが、中国共産党の法輪功に対する誹謗中傷を信じている人に通報され、水果湖派出所の警官により連行された。翌日、警官は肖さんを武漢市第一留置場に送り込んだ。肖さんは留置場で、警官に指示された受刑者に激しく殴打された。

 先月、肖さんの家族が留置場に着替えを届けたとき「肖愛秀は危篤だ」と知らされた。21日に帰宅した肖さんは、幻覚・黄疸の症状が現われ、毒物を飲まされた疑いがあるという。そして肖さんは31日に死亡した。

(中国語)
(English)

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文/インディアナ州の大法弟子

 【明慧2015年8月26日

 尊敬する師父、こんにちは。

 同修の皆さん、こんにちは。

 私は16歳の大法弟子で、今年の夏に、「真相を伝える自転車の旅」に参加し、その中での修煉体得を皆さんと分かち合いたいと思います。

 一 、学業に対する執着を放下する

 新学期が始まると、私は高校三年生に上がります。普段の勉強は忙しく、長期にわたり大法のプロジェクトをやっているので、今年の夏休みに家でSAT試験の準備や、AP授業や学校のクラブの関連のことをやろうと思い、「自転車の旅」に参加する予定をしませんでした。しかし5月30日、「自転車の旅」がもうすぐ出発すると知った時、これはとても特殊で貴重な真相を伝える機会だと突然思いました。その日の夜、『カナダ法会での説法』を読んでいた時に、「わたしがあげた例のようですが、自分の将来、仕事や事業を肝心な時に放下することができれば、その人はこの関を乗り越えたのではありませんか?」が目に入りました。

 これは師父からのご啓示ではありませんか? 振り返ってみると、その辺り私はよく「勉強が忙しい」を言い訳にして、真相電話をかけることを疎かにして、衆生を救い済度するやる気は緩みました。家族(同修)も「大法を第1位に置かなくちゃ、機会は二度とありませんよ」と言ってくれました。そして、私は5月31日朝、飛行機に乗ってロサンゼルスに向かいました。

 二、旅中の妨害を排除する

 私は5月31日の夕方に着いたため、自転車を乗る練習もしておらず、その上自転車の数量も足りません。1日目、在ロサンゼルス中国領事館の前で、出発する直前に、ある同修が1台の自転車を貸してくれました。その自転車のスピードはとても速くて、慌てた時に、ブレーキをかけるのを忘れ、止まっていた車にぶつかり、自転車ごと並木道に飛ばされました。私は地面に座って、心の中で「法輪大法は素晴しい」と言い続けていました。ぶつかった車には何の傷もないのですが、私はずっとそこに座って車の持ち主を待ちました。それは車の持ち主に法輪功の真相を伝えたいからです。車の持ち主は中国人女性で、すぐに「法輪功は何をやっているか知りませんが、とにかく弁償してくれないとただでは済みませんよ」と言いました。彼女に大法弟子に対して悪い考えを持たせてはならない、この事故を彼女と善解して、彼女を救いたい、と私は思いました。

 事故の経緯を説明した後に、彼女の態度は良くなり、「ぶつかってからずっとここで私を待っていたのですか、法輪功の人は良い人ですね。大丈夫です、もう行ってください」と言いました。あまり時間がないため、私はただ彼女に「法輪大法は素晴しい、真善忍は素晴しい」を教えました。後日、ワシントンDCでろうそく追悼をした夜、その日に事故現場にいた同修Aさんと会いました。あの中国人女性は何の弁償も要求をしていないほか、多くの真相を理解したと彼は私に教えました。大法の「真・善・忍」の特性は、いかなるトラブルも解消することができ、自分の心性を高めてこそ、はじめてより多くの衆生を救えるのだ、と私は悟りました。

 一日目の計画はロサンゼルスを出て隣の都市に着くことです。もうすぐ山に登りますが、先ほど車に衝突した事が、なかなか脳裏から離れません。私は心を落ち着かせて学法を始め、その中の「街を歩いていても、あるいはその他の社会環境においても、面倒なことに遭遇する可能性もあります。常人の中で捨てられないような心を、全部あなたに捨てさせなければなりません。どんな執着心であれ、それを持っているかぎり、さまざまな環境の中でそれを少しずつ削り落とさなければなりません。さまざまな失敗を経験させ、失敗の中で悟らせることこそ修煉なのです」を読んで、まるで師父が自ら私に教えられたように感じました。自転車の旅が始まったばかりなのに失敗に出遭い、これは邪悪の妨害で、否定しなければいけません。今回の旅もきっと多くの困難や挫折に出遭いますが、中国共産党に迫害されて亡くなった同修たちが残した孤児らを助けるためにも、私は必ずこの自転車の旅を最後まで続けていこう、と決心しました。

 一日目の午後、私たちのチームが自転車に乗る番になります。午前中に自転車に乗った同修を見ると、怪我する人もいれば、呼吸困難と訴える人もいて、途中で諦めて車に乗ってしまう人もいました。監督は「あなたは急に参加したため、トレーニングができていないので、初日は自転車に乗らなくてもいいです。車に乗って下さい」と言ってくれましたが、私はやはり自転車に乗りました。

 初日から上り坂で、道幅が狭く、下の眺めは谷底が見えません。対向車が頻繁に走ってくるので、私は2キロも走っていないのに石につまずき転びました。仲間を待たせてはいけないと思い、這い上がって引き続き自転車を漕ぎ、2、3回転倒したことがあります。ロサンゼルスからワシントンまでの3000キロの旅、初日は最も忘れ難い自転車の旅の始まりです。あの山道はとても険しく、夏の太陽の下に、我々の固い正念と衆生を救い済度する思いをのせて、走りました。

 三、恐れる心を除去する

 旅が始まった3、4日目の夜、多くのメンバーは宿泊地に先に行き、ご飯を作ったり片付けをし、残る人は引き続き自転車に乗って宿泊地に向かいます。すでに夜の8時、9時頃になると、山道は真っ黒で何も見えません。先頭で皆をリードする役目の私は、全員を引っ張っていくために、自分の自転車のスピードを最も速いモードにしました。その時、心の中ではとても怖くて、あの15マイルはこの上なく長いと感じました。私のそばで走っている協調人は、「怖かったら、師父に願いすればいい」と教えてくれました。私は心の中で『洪吟二・正念正行』を暗唱しました。「大覚は苦を畏れず 意志は金剛より鋳られる 生死に執着無く 坦々たり正法の路」。すると涙がポロリと流れました。あの一瞬、師父と大法を信じることは、これほど幸せなんだ、法に溶け込むことは、これほど楽しいなんだ、法を正す時期の大法弟子になれてこれほど栄光なことなんだ、と感銘しました。師父に感謝します! あれ以来、自転車に乗っても、もう恐くなんかありません。

 四、正念の力で乗り切る

 旅の中で毎日の宿泊地を探すのは私の担当の仕事です。ペンシルベニア州にいたある日、大雨が降って、テントを張ることができなくなり、急いで近くの旅館を探しました。当日料金は高くて、ネットで調べた料金は私たちの予算を大幅に超えました。私は5、6軒の旅館に問い合わせましたが、手頃の料金のところがありません。内に向けて探すと、早く問題を解決したいばかりで、旅館の人たちに真相を伝えることを忘れていたと気付きました。そこで私は心の中で発正念してから、ある旅館の電話をダイヤルしました。そこは条件の良い旅館であるため、9つの部屋は全部で680ドルで、けっこう高いのです。しかしカウンターはマネージャーの電話番号を私に教えました。私はマネージャーにかけて、江沢民による迫害や生体臓器狩りの真相、私たちの今回の旅の目的を説明しました。マネージャーは、あなたたちはとても有意義な事をやっていると言って、料金を490元にまで下げてくれ、予算よりも安かったです。

 途中、多くの同修は毎日苦労を惜しまずに道を探したり、前もって旅館に行って準備をしたりしてくれて、彼らの黙々としたサポートに感謝したいと思います。

 五、出会った中国人に真相を伝える

 「自転車の旅」はただ自転車に乗り、走るだけではなく、途中で出会う人々、政府の官僚、メディアの人、通行人、店の店員や、全ての人に真相を伝えるのが重要な目的です。これまで私はずっと、コンピューターを通じて真相電話をかけていましたが、出会った中国人と向かい合って真相を伝えることは、ほとんどありませんでした。どの都市を通っても、多くの中国人観光客に出会います。私の記憶に最も深く残ったのはシカゴで、米国独立記念日の前日、私たちは走るのを半日休んで、町に行って真相を伝えました。ある中年の中国人女性は「天安門焼身自殺」の真相と「江沢民告訴」のことを知り、「三退」に同意しました。「あなたたちは愛の心を持っていますね。今どきの中国の少年と違います。頑張ってね」と言ってくれいました。最後に彼女とハグして分かれ際、彼女の目に涙が浮かんでいるのを見ました。

 真相を伝えることは行脚に似ていて、どんな人にも出会います。実は多くの中国人の中にも、まだまだまだ善良な人が多くおり、大法に救われることを待ち望んでいると感じました。

 「自転車の旅」にヨーロッパ人の同修2人がいて、毎日どんなに遅くても、どんなに疲れていても煉功を怠りません。それは私が学ぶべきところです。今回の旅を通じて自分の多くの執着心、汚い環境や汚い物を嫌う心、メンツを重んじる心、他人の対立の中に参与したくないという利己心などに気付きました。師父は『転法輪』に「絶えず執着心を取り除くことこそ人間の修煉の過程のすべてです」と説かれています。その言葉は以前数え切れないほど読んでいたのですが、その中の道理をじっくりと考えたことがありませんでした。

 今回の「自転車の旅」のおかげで、私は数ヶ月前の怠惰な自分から抜け出し、多くの執着心を取り除き、日々煉功することの大切さを学びました。今後、よく自分を修さめ、三つのことをしっかりと行っていきたいと思います。

 師父、ありがとうございました。

 同修の皆さん、ありがとうございました。

(2015年米国中部法会の発表原稿)

(中国語)
(English)

qxbbs at 09:14コメント(0)トラックバック(0)明慧ニュース 
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