子ども手当てはバラマキ政策で、「重税以外にその財源の確保する政策案が脆弱すぎる」から反対するだけではない。

「子育ての尊重」という観点が欠け落ちているから、たまらなく反対なのです。
「人権の尊重」は守らなければならないように。

子育て。

子どもは親が育てます。
自分が生んだ子ども。自分たちに授かった子供たち。

生まれたばかりの子どもを見て、
感動したと同時に、
果たしてこんな自分で育てていけるかと感じた不安。
しかし子どもとの日々を過ごしていくうちに自然に強くなる責任感。
責任感こそ人を成長させる。
親として人として自分も成長する。

この子を必ず育てていく。自分たちの力で。
だからたとえ会社で辛いことがあっても耐えて働けるのだ。
毎日毎日、満員電車も耐えられる。

家族の生活を守る責任を持って、自助努力の精神を実践しているのだ。

私は両親に育てられた。
兄弟が2人3人と増えていくとき、父の昇進も見えてきた。
母も自宅で営んでいた商売が軌道に乗り始め、
自宅の改築に親戚から借金をした。
全力で2人は仕事をし、自分たちで全力で借金を返した。
私が学生時分、バイトをして海外に旅行に行くとき、
母は喜んでくれた。「海外を見てきなさい。私たちは国内でも遊びに行ったことがないから」と。

苦しくても自分たちの力で育ててくれた両親の姿を見て子どもは育つ。
子どもが将来「自立して生活していく大切さ」を知って自分の足で生活できるかどうか、
そうした親の姿勢、後姿も大切なことなのだ。

雑誌で団塊の世代2人が子ども手当て談義をしていた。
「友達が民主党に投票したというんだよ。何だ、お前も子ども手当てに賛成かよ、って聞いたら
『しょうがないよ、息子夫婦に子どもがいてさ。おむつ代もバカにならないからよ。』とさ。
 子どものおむつぐらい自分で買えよっての。」
そのぐらいのことを息子に一喝できない。
親になっても甘やかされている親。
見ず知らずの人から集められた税金をもらって育てる親の姿をみて育つ子どもたち。国中全土で。


鳩山首相が言った次の言葉。
「子どもは社会全体で育てるものだ」

それは違う。
子どもは親が育てるものだ。
国、社会は子育てを『支える』ものだ。

子どもは親が育てるといっても、すべてを自分たちだけでやっていると妄信しているのではない。
社会全体にお世話になっている。

橋がなければ川の向こうの病院、学校に行くのもとても大変だ。
毎日の食事、買うものも、それを作る人あり、加工する会社があり、運ぶシステムがあり自分の手元にたどり着く。一つ一つに実に多くの人が携わっている。

社会全体の発展がよりよい子育てをも支援することになり、それを可能にしているのだ。

あくまで子ども育てるのは親である。
国がお金与えることで国が子どもを育てることになるなんぞ、とてもおぞましいことだ。


金を配れば少子化対策にもなると民主党はいう。
1ヶ月ほど前にテレビ朝日の番組で我妻大臣もそのようなことを言っていた。

子ども手当てで子どもが増えると考えるのか。
金を配るから子どもを生めと。

違う。
断じてその言葉に乗ることはできない。
けっしてそれを鵜呑みにするわけにはいかない。

子どもはけっしてお金の対価ではない。
金をもらえるから子どもを生むわけではない!!!

母親は子どもを生産する道具ではない!!
夫婦は子どもを生み出す機関ではない!!




人様の税金から払われるお金が子ども手当てです。
そこまでしてのお金はいただけません。

子どもの笑顔だけでいいんです。
自分の子どもたちのためなら、どんなに辛くても耐えて生きたい。
自分たちの家庭。自分の家族。
笑い声で包まれた家族の幸せ。自分たちだけのもの。
その笑顔を支えてきた誇り。

たのむから、子どもを育てるというその尊さを汚さないで下さい。
お願いです。自分たちの力で子どもを育てる私たちに、国の介入を許さないで下さい。