2007年08月03日

「死者の宴」

学生時分、よく夜中にジョギングをしていた。くろぐろとした山並みをバックに月明かりの田圃の畦道を友人と連れ立って走る。情趣あるといえばあるし、怖いといえば怖い。野犬の声だけが後を追って来る真っ暗闇、なんて状況もあったりした。いつも違う道を走る。

真っ暗闇の中から、どんちゃん騒ぎの声が近付いてきた。その日もいつもとは違うルートである。

「誰か騒いでいるね」

「え、何も聞こえないよ」

「いや、騒いでいる」

だんだんと近づく楽しげな話し声、ざわめきは低い崖面に沿ってしつらえられた塀の、上のほうから聞こえる。道は崖沿いに上り坂になり、程なく崖の上に至る。

あっ

友人が絶句した。

そこは墓場だった。



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これは少し長いスパンの話しになる。

白菜畑の真ん中の長屋に、友人と共に住んでいた。これも学生時分の話し、飲み会の帰りで夜半過ぎることなど日常茶飯事である。ときどき、

私の目にだけ見えるものがあった。

満月の晩、ある白菜畑の真ん中に、枯れ木のような老人が、月明かりを浴びながら、

舞い

踊っているのである。

楽しそうに、酒でも入った風に。でも身は案山子のように枯れ細り、定かには見えないが、格子模様のぼろぼろの着物を着ている。

歌ってもいるようだったが声までは聞こえない。ましてや畑の真ん中だから近寄るわけもなく(そうでなくても近寄らないか)、その幻の老人は時々舞いを舞って、ひとり酒宴を行っていたようである。午前2時くらいのことが多く、新月には現われなかった。

何年かが過ぎた或る日。

白菜畑は潰された。

そこにアパートが建ち、おおきな駐車場がしつらえられた。

学生であった私は卒業も近くその地を離れるのも遠くない。卒論が終わって酒宴が続いたある晩。もう朝方近くに、私はかつてあの独り宴の繰り広げられた畑があった、アパートの前を通った。

しんとした駐車場で、何か動くものがある。

あっ

あの老人がいた。

骨と皮の老人が、固いコンクリートの上で、かつてと全く変わらぬ様子で、一献傾けては舞っている。満月の明かりが乾いた肌を照らして白々としている。

楽しそうだった。

ああ・・・まだいたんだ。

・・・

私は嬉しかった。




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沈黙の死者たちがワルプルギスの夜の如く集い、唄い踊るおどろの宴げ。気持ち悪くもどこかもの悲しい「死者の宴」。しかしこの題名はオリジナルではありません(もっとオリジナルがあったらすいません)、昭和初期を舞台とした怪奇幻想漫画で知られる高橋葉介先生の作品「夢幻外伝・死者の宴」からとらせていただきました。新装版が出ているが(大人向けの作品にかんしては寡作なのでいろいろ再発してはすぐ品切れになるのです。。)ほんとうは初期の大判でないと、この常に独特の描画手法と創話センスを満喫できないだろう。話には馴染めなくてもコミック絵に興味がおありなら是非。いちばん入りやすい著者のライフワークの中盤に位置づけられる作品です。映画ネタがちょっと露骨ですけど。最近の復刊では墨線と色彩の魔術師の現在における到達点が表紙絵で確認できます。紙芝居に近いものもあります。昭和流行りだし、帝都物語も遂に続刊が出てきましたしね。葉介先生が一部漫画化していますが、画風的に相容れない部分がちょっとありまして、、、藤原カムイってどこいったんだろ。

夢幻近影

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